遅れて来たサンタクロース
●
「ひ、酷い! 騙したんですね!」
「ヒャハハハ! だまされる方が間抜けなんだぜネーちゃん」
「ヒーハー!」
絶体絶命。一言で言えばそんな状況だった。
場所は廃棄された町工場。物がほとんど撤去されてがらんとした中、へたり込んだ蓮風を4人の男たちが囲んでいた。
「すげえ、本当にコイツの袋の中、神具だらけですぜアニキ!」
「マジか。そいつぁ良い。使えそうなの選んどけ、残りは売り払うぞ」
蓮風の荷物を漁る小男と、彼から報告を受けるリーダー格と思しき大柄な男の格好はまだストリートファッションの範疇だったが、蓮風をあざ笑う男は中心が金のソフトモヒカンにピアスをじゃらじゃらと、さらにはリベットだらけの黒の革ジャン。彼に追従して珍妙な雄叫びを上げた白人青年に至っては肩から背にかけてのタトゥーをみせつけるかのようなタンクトップ姿だ。
ともかく、彼らはチンピラ、あるいは俗に言う半グレの類なのだろう。何にせよまっとうな人間で無い事は明らかだった。
「しっかしお宝満載のザック片手に歩いてるとはなァ。こいつはあれか。遅れて来たサンタクロースか。
連れて来たのはお前だったな、どうやって騙したんだ?」
「ヒヒ、そりゃあ京都で駅員に五麟学園の最寄り駅を聞いてやがったからそこの生徒だって言ったらイッパツよ」
「ザッケンナコラー! ッスゾコラー!」
いやらしい顔で笑うソフトモヒカンの男と、なんでか吠えてる白人男性から、思わず蓮風は顔を背ける。
「そいつに学生だって名乗られて信じたのか。信じたのか。
……俺が言うのもなんだが、嬢ちゃん、ちょっとは人を疑うとかしようや……」
いっそ感心した様な顔で呟くリーダー格の男の視線から蓮風は、今度は意識的に更に顔を背けた。『騙されたのは二回目です』とか言ったらいっそ憐れみの目でも向けられそうだった。
「アニキ、目ぼしいのを選り分けやしたぜ」
「ヤッハー!」
小男が武器になりそうな品を配る。万歳をする白人の青年をはじめ、全員異様に嬉しそうだった。
彼らは間違いなく、F.i.V.Eが『隔者』と定義している存在だった。『五行の力を悪事に使う者』だ。
隔者にはなんらかの犯罪組織の下っ端も多いが――こいつらの場合、数名単位で犯罪を行っているチンピラの類でしかなかった。
彼らが手にした神具に、蓮風は内心で歯噛みする。あれは、これから必要になるものなのに。
その直後だ。
「そんじゃあ、これからお楽しみタイムだなあ!」
「良いっすねえ。この女、良い身体してやがるし」
ソフトモヒカンと小男の言葉、自分の胸元に注がれる目線。表情。
それが意味することに気がついて、蓮風は真っ青になった。
「はあ。じゃあ見張りに行っとくから、手短にすませろよ?」
「女ノ子ニランボウ良クナイ、グランマガ言ッテタヨ」
リーダー格と白人は少し不快げな反応を示したが、止めようとはせず、そのまま倉庫の外に出てしまった。
(あの人、ちゃんとした日本語喋れたんだ……)
現実逃避にそんなどうでも良い事を考えてしまったところで状況は変わらない。蓮風は薄汚れた工場跡の床でにじにじと後退しようとしていて、そんな彼女を追い詰めようと二人の男が迫っている。
「……や、やだ……」
ドン、と。蓮風の背に壁がぶつかった。
●
「今すぐ急行すれば、彼女を、貞操の危機から助けだす事ができます――それと、五麟市に」
「?」
妙なところで言葉を切った久方 真由美(nCL2000003)は、目の前の机に数枚の書類を広げる。記入済みの転居届などの中に混じって五麟大学の学生証もあった。その紙の中でにっこりと笑っているのは、間違いなく祭木蓮風、その人の写真。
五麟大学の学生ではなかったはずなのだが。
「編入試験の志望動機には、郷土史研究クラブのことが書いてありました」
――住む場所も学ぶ場所も、選ぶのは本人の自由。学力だの住居だのの諸々の条件をこうしてクリアーにした以上、むしろ権利。
それは間違いないのだが――覚者たちは顔を見合わせる。
「もちろん……現時点で、妖などの研究をしている郷土史研究クラブは、五麟学園に存在しませんし。
そのあたりの説明などは……最初に彼女との接触があった際はF.i.V.Eの存在を隠していましたから、結果的に騙す形になってしまったことの謝罪も含めてこちらで行います。ですのでみなさんは、彼女を」
真由美はそこでまた言葉を切り、彼女にどう説明したものかしら、とだけ小さなため息混じりにひとりごちると、前を向いて言い直した。
「五麟市に――F.i.V.Eに。蓮風さんを連れて来てください」
「ひ、酷い! 騙したんですね!」
「ヒャハハハ! だまされる方が間抜けなんだぜネーちゃん」
「ヒーハー!」
絶体絶命。一言で言えばそんな状況だった。
場所は廃棄された町工場。物がほとんど撤去されてがらんとした中、へたり込んだ蓮風を4人の男たちが囲んでいた。
「すげえ、本当にコイツの袋の中、神具だらけですぜアニキ!」
「マジか。そいつぁ良い。使えそうなの選んどけ、残りは売り払うぞ」
蓮風の荷物を漁る小男と、彼から報告を受けるリーダー格と思しき大柄な男の格好はまだストリートファッションの範疇だったが、蓮風をあざ笑う男は中心が金のソフトモヒカンにピアスをじゃらじゃらと、さらにはリベットだらけの黒の革ジャン。彼に追従して珍妙な雄叫びを上げた白人青年に至っては肩から背にかけてのタトゥーをみせつけるかのようなタンクトップ姿だ。
ともかく、彼らはチンピラ、あるいは俗に言う半グレの類なのだろう。何にせよまっとうな人間で無い事は明らかだった。
「しっかしお宝満載のザック片手に歩いてるとはなァ。こいつはあれか。遅れて来たサンタクロースか。
連れて来たのはお前だったな、どうやって騙したんだ?」
「ヒヒ、そりゃあ京都で駅員に五麟学園の最寄り駅を聞いてやがったからそこの生徒だって言ったらイッパツよ」
「ザッケンナコラー! ッスゾコラー!」
いやらしい顔で笑うソフトモヒカンの男と、なんでか吠えてる白人男性から、思わず蓮風は顔を背ける。
「そいつに学生だって名乗られて信じたのか。信じたのか。
……俺が言うのもなんだが、嬢ちゃん、ちょっとは人を疑うとかしようや……」
いっそ感心した様な顔で呟くリーダー格の男の視線から蓮風は、今度は意識的に更に顔を背けた。『騙されたのは二回目です』とか言ったらいっそ憐れみの目でも向けられそうだった。
「アニキ、目ぼしいのを選り分けやしたぜ」
「ヤッハー!」
小男が武器になりそうな品を配る。万歳をする白人の青年をはじめ、全員異様に嬉しそうだった。
彼らは間違いなく、F.i.V.Eが『隔者』と定義している存在だった。『五行の力を悪事に使う者』だ。
隔者にはなんらかの犯罪組織の下っ端も多いが――こいつらの場合、数名単位で犯罪を行っているチンピラの類でしかなかった。
彼らが手にした神具に、蓮風は内心で歯噛みする。あれは、これから必要になるものなのに。
その直後だ。
「そんじゃあ、これからお楽しみタイムだなあ!」
「良いっすねえ。この女、良い身体してやがるし」
ソフトモヒカンと小男の言葉、自分の胸元に注がれる目線。表情。
それが意味することに気がついて、蓮風は真っ青になった。
「はあ。じゃあ見張りに行っとくから、手短にすませろよ?」
「女ノ子ニランボウ良クナイ、グランマガ言ッテタヨ」
リーダー格と白人は少し不快げな反応を示したが、止めようとはせず、そのまま倉庫の外に出てしまった。
(あの人、ちゃんとした日本語喋れたんだ……)
現実逃避にそんなどうでも良い事を考えてしまったところで状況は変わらない。蓮風は薄汚れた工場跡の床でにじにじと後退しようとしていて、そんな彼女を追い詰めようと二人の男が迫っている。
「……や、やだ……」
ドン、と。蓮風の背に壁がぶつかった。
●
「今すぐ急行すれば、彼女を、貞操の危機から助けだす事ができます――それと、五麟市に」
「?」
妙なところで言葉を切った久方 真由美(nCL2000003)は、目の前の机に数枚の書類を広げる。記入済みの転居届などの中に混じって五麟大学の学生証もあった。その紙の中でにっこりと笑っているのは、間違いなく祭木蓮風、その人の写真。
五麟大学の学生ではなかったはずなのだが。
「編入試験の志望動機には、郷土史研究クラブのことが書いてありました」
――住む場所も学ぶ場所も、選ぶのは本人の自由。学力だの住居だのの諸々の条件をこうしてクリアーにした以上、むしろ権利。
それは間違いないのだが――覚者たちは顔を見合わせる。
「もちろん……現時点で、妖などの研究をしている郷土史研究クラブは、五麟学園に存在しませんし。
そのあたりの説明などは……最初に彼女との接触があった際はF.i.V.Eの存在を隠していましたから、結果的に騙す形になってしまったことの謝罪も含めてこちらで行います。ですのでみなさんは、彼女を」
真由美はそこでまた言葉を切り、彼女にどう説明したものかしら、とだけ小さなため息混じりにひとりごちると、前を向いて言い直した。
「五麟市に――F.i.V.Eに。蓮風さんを連れて来てください」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.蓮風の貞操の危機を助ける
2.蓮風を五麟市に連れて来る
3.なし
2.蓮風を五麟市に連れて来る
3.なし
●祭木蓮風
・百数えるにはひとつ足らない (ID:171)
・黒犬は転倒を許さず (ID:255)
・郷土史研究クラブはいずこなりや? (ID:324)
今までに上記3本のリプレイで登場した女性です。
編入試験を経て、晴れてこの春から五麟大学に通う予定。
五麟市に直接来たことはなかった様子で、紹介された下宿に向かう途中、この事態に。
道に迷った際はとりあえず行き止まりまで直進するタイプ。
五麟市に一緒に行こう、等言われたら大きく頷いて「はい!」と言うでしょう。
なお、彼女が今回持ってきて奪われた神具は、神具庫で購入できるものと大差ありません。
●戦場
がらんとした廃工場。壁は中も外もスプレーの落書きがいっぱい。
出入り口には出荷用だったらしき大きなシャッターが閉じられているものと、人が出入りするために使われていたドアが並んでいますが、どちらも錆びついていて動かすと大きな音がします。
蓮風が追い詰められているのは、奥の壁です。
工場の外に広い駐車場があったりしますが、近隣に人が住む民家の類はありません。
●隔者
詳細は不明な点もありますが、それぞれ戦闘の傾向ははっきりしています。
また、彼らの『猛の一撃』に致命はありません。
・リーダー
普通のストリートファッションその1。
手にしたのは蓮風から奪った大数珠。
暦の因子で、水行。
水礫と薄氷を使い分けて敵の薄い所を狙い撃つのが基本戦略のようです。
・白人
タトゥータンクトップ。
愛用の武器はトンファーですが攻撃はキックを多様します。
獣の因子(寅)で、土行。
ただし五行より鋭刃脚や疾風斬りを好む、体力派。
・小男
普通のストリートファッションその2。わりと外道。
武器は蓮風から奪ったワンド。
獣の因子(子)、天行。
近寄るよりは距離をとって召雷、の戦略を取ります。
・ソフトモヒカン
ソフトなのは一度モヒカンにしたあと手入れしてないから。外道。
武器はずっと愛用している片手斧。血を吸ったことがある。
械の因子、火行。両腕はトゲトゲ鋲打ちだらけのメカアーム。
炎撃以外を使ったところは誰も見たことがない、パワーファイター。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年04月10日
2016年04月10日
■メイン参加者 8人■

●
ドン、と。蓮風の背に壁がぶつかった。
その時だ。
『――さん、蓮風おねーさん!』
「ひょえ!?」
突如頭の中に響いた声に、蓮風は飛び跳ねて周囲を見回す。
当然、周囲にいるのは半モヒカンと小男だけだ。どう見たところで、彼女に聞こえた、幼さの残る少年声の持ち主では、断じてない。
「なんだ? 逃げ道でも探してるのか?」
怪訝そうな顔をした小男には聞こえていなかったのだと、空耳だろうかと思いかけたその時、さっきの声が再び、蓮風にだけ届く。
『聞こえてるよね?
今、頭のなかに直接話しかけてるから――そこの人たちには気が付かれないように気をつけて!』
そういうことは先に言って欲しかったなあ、なんてことを蓮風は思う。
そのあたり、声の主である『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は受心(きこえ)なかったふりをした。
「諦めないタイプも、嫌いじゃネエけど、な!」
「きゃああ!」
大振りの手斧に服を切られそうになった――男たちはそうやって追い詰めることで楽しんでいるのだろう――蓮風が叫び声を上げ、彼女の送心内容も悲鳴に塗り替えられる。
少し急いだほうが良さそうだ。
助けに来たことだけは蓮風に取り急ぎ説明し、奏空は廃工場前に立つチンピラたちに目を向ける。
多少退屈そうなリーダー格と、何故か片足立ち瞑想を始めた白人の姿が見える。救助が来ていることも、想像の域外なのだろう。
奏空は、その隔者立ちよりはるか先、廃工場の向こう側で待機している『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)へと呼びかける。
『行ってください! あまり詳しいことは説明できなかったけど……!』
「心得た」
敢えてそれを声に出して、両慈は『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)に軽く手を振る。
ハンドサイン――『急襲』。
場所のない指示は、保護対象との連絡がうまくいかなかったことの証左。
「……しゃーない」
髪と目を赤に変じながら、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は眉をひそめ、目を細める。
「以前、知人が彼女と関わりがあったそうだが……この短い期間によく色々な被害に遭うものだな」
こちらもふわりと、髪色を銀に変えた両慈が不意に呟く。
まったくだ、と凛は思う。
「まぁ叱るにしても助けん事には始まらん。急ぐで!」
手のひらに伝う感触が変わる。
廃工場の、冷たい壁を押していたはずの手が漆喰にぬるりと飲み込まれる。
「つーかあの二人も毎度付き合い悪いっすねえ」
「ヒヒ、良いじゃねえか。その分俺らが楽しめんだからよォ」
違いない、と下卑た笑みを浮かべ、小男は蓮風の首元に手をかける。
恐怖に、彼女の足から力が抜けた。
がくりと崩れ落ちそうになった体は、しかし地面に着くことが許されない。襟元の生地が悲鳴をあげて、蓮風の首を締め付けた。
――廃工場の中へと壁をすり抜けた両慈と凛が最初に目にしたのは、その光景だ。
すぐ傍に出てくることこそできなかったが、そう遠いわけでもない。凛は韋駄天の速度で駆け寄りながら、威嚇を込めて吠えた。
「あたしらの友人に何してくれとんねん、ミンチにすんぞコラ!」
「な、何だお前らァ!?」
突然の事態に、ソフトモヒカンが目を見開いて叫ぶ。
「遅れて来たサンタクロースだ」
両慈は真顔で、そう言い放った。
●
中で騒ぐ声は当然、外の隔者にも届く。
「?」
白人とリーダーは、揃って顔を見合わせる。――周囲から気を逸らしていたのはたったそれだけの、されど中の騒ぎと奏空の合図で待機していた覚者たちが跳びかかるには、充分な時間。
不意を抜けて突入した奏空が、扉に飛びつく。
その様子に『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は目を向けていた。万が一にも鍵がかけられていたら、と警戒したのだが――その心配はなさそうだ。
(……よし)
拒食少年の細い腕が、空に向かって伸ばされる。
瑠璃によって呼び起こされにわかに集まった雷雲は、いまだあっけにとられていた廃工場前の隔者たちを直撃する。
「くそっ、なんだ!」
「テキシュー!?」
思わず叫んだ隔者たちは、その鼻をくすぐった香りに思わず鼻をつまむ。
悪臭というわけではなく――その匂いが、そのまま痛みに直結したからこそ。もちろん、鼻をつまんだところで春野 桜(CL2000257)が手にした花の独特な匂いは既に、彼らの身を苛んでいるのだけれど。
瑠璃の背後、桃色の髪を風に晒した桜は穏やかに、虚ろに微笑む。
「クズは死ねばいいのに。
だから殺しましょう。ええ殺しましょう殺しましょう。
彼女がこれ以上奪われる前に殺しましょう。
慈悲も情けも無く殺しましょう、私達の為にも殺しましょう」
「何こいつ怖ぇ!?」
こちらも鼻をおさえながら、リーダーが叫ぶ。本音だった。
この半グレの面々の中でツッコミ役を担っている内にリーダーになっていた彼だが、殺人など、関わったことすらない。割にあわないからだ。
だが、目の前に現れた連中は、どうやらその割にあわないことを目指しているらしい――自分たちを題材に。
そのことに気がついて、リーダー格の男は肌が粟立つのを自覚した。
死にたくない。
殺されたくない。
殺されてたまるか。
慌てて飛び退ったリーダー格は、ドアノブを掴んでいた奏空に水の礫を投げつける。
一目散に逃げるより、仲間がいる場所を目指そうとして。
「いたいけな、女子を狙うなど、許されませんね」
リーダー格の狙いに気がついた『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)が、双刀を抜き放つ。
「F.i.V.Eに所縁のある方を狙ったのが運のつきですね。心の底から後悔してください」
「ふぁ……? 昔の戦隊か?」
初耳らしいリーダーの反応に、特に感想も興味もない。ただ祇澄は夫婦刀をその男に向けた。
「何より、女性に乱暴をしようなどと。
隔者である前に人として許されることではありません。絶対に許しませんからね!」
閃く双刀は土行の力を顕現し、刺青と同じ黒い輝きを迸らせる。
「悪事は許さないぞー!」
ちょっと勇ましいことを言ってはみたが、なんかふわっとしてるなあ、と自覚しつつ。『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)はええっと、とすこしばかり考えこむ。若干、作戦のすり合わせがうまく行っていないことがここに皺を寄せていた。纏霧は今、何の意味もなさない。慌てて次手に用意していた召雷に切り替え、雷雲を喚んだ。
待機中に英霊の力を引き出していた葦原 赤貴(CL2001019)は、赤く変じた瞳で隔者たちとの距離を詰める。韋駄天のような速度で動く足には容易いことだったが、途中、追い越す形になった桜の近くで赤貴は少しだけ速度を落とした。
「より重要なことがある、ゴミ処理なぞ後回しでいい」
敵を殺す、そんなこと時間を割くよりも仲間を――五麟市に来るという意志を示した相手を救う事の方が、一般的に――赤貴にとっても、遥かに優先順位が高い。
「早く終わらせて中へ加勢に行きたい所ね」
桜は眉ひとつ動かさず、そう返す。
赤貴はそれに対し何かを返すことはせず、今度は隔者の近くまで足を緩めなかった。
狙うは、前衛と思しき白人。そのまま駆け抜けるように切りつけて、大剣はその名の通り銀光を残す。
「カメハメ、ビーム!」
状況の把握に徹していた白人はトンファーを握りしめながら、祇澄に鋭い蹴りを浴びせた。
「お前ら――外の騒ぎもか!」
自分たちが袋のネズミだと最初に気がついたのは、小男だった。
敵対するような相手に目をつけられるほど、目立った動きをした覚えはない。突然拠点が漏れるような理由に心当たりは、ひとつしかない。
妙にごろごろと神具を持っていたこの女、どこかの組織のスパイだったに違いない!
小男は目を吊り上げて、襟首を掴んだままだった蓮風を見据える。
「ハメやがったな!」
地面に放り投げるようにして突き放した蓮風に向けて、小男が指をつきつける。その先から湧き上がった雲は雷気を帯びていた。凛は咄嗟に小男と蓮風の間に割って入り、蓮風を庇い突き飛ばし、雷をその身に受けた。
突き飛ばされた蓮風が擦り傷以上の怪我を負っていないことを視認した両慈は、彼女を小男やハーフモヒカンの視線から遮るように位置取る。
「プレゼントは返して貰うぞ」
油断なくあたりを見据えたまま、隙を見せぬよう手を、足を動かす。演舞が生み出す、心地良ささえ感じられる風は清爽で、両慈の身体を奮い立たせる。
「ヒヒヒ! 女が増えたって考えてやっても、いいんだぜ!」
強がりか、それとも本心からの下衆なのか。半モヒの挑発めいた笑い声が響き、その手にした斧がボウ、と火を纏った。蓮風を護るために手を割いた分、凛は守勢に回るしかない。
「ちっ、アニキの方はどうなってんだ!?」
外にいる仲間を気遣ってではなく、自分に援軍が来ないことへの苛立ちに舌打ちし、小男は再び雷雲を呼ぶ。繰り返される召雷の狙いは、既に怪我を負っている凛だ。
ひどい怪我でなければ良いがと目を向けた両慈に、凛は小さく頷きを返す。まだ、大丈夫。
ふむ、と片目を細めた両慈は手にした書の背を撫でる。
どうやらあの小男は、雷の使い方をよくわかっていないらしい――。
「こう使うものだ」
両慈が呼び出した雷雲は小男のそれよりも遥かに大きく、そこから産み落とされた、獣のようでさえある雷はソフトモヒカンをしたたかに打ち据える。
しかし――両慈と凛の形勢は、決して優と言えない。
2対2。
数の上では互角に見えても、そこに非戦闘員(あしでまとい)がいることは大きな問題になるからだ。
だから。
「蓮風お姉さんごめんね! 悪い奴らやっつけたら、ちゃんと説明するからね!」
ガチャリと音がして、奏空の声が聞こえた時。凛は反撃の予感に釣り上がる唇を隠しもせず刀を引き抜き、名乗りを上げた。
「焔陰流21代目かっこ予定、焔陰凛、推して参る……!」
凛の眼前で目を剥いたモヒカンへ、一振りの速度で二度翻る影打・朱焔。
「がっ……!」
怒りに満ちた声を上げて、火を帯びた手斧を反撃に振り下ろす、モヒカン。
●
「カトンノジュツー!」
全く意味の分からない咆哮をあげた白人タンクトップは、奏空が扉の中に飛び込むのとほぼ同時に祇澄に向け、再度の鋭刃脚を放つ。
「泥棒もダメだし、女性に無理矢理そういう事するのもダメだろ。
一応言っておくと男性にもダメだぞ」
クレセントフェイトを構えて、瑠璃はリーダーが奏空を追わないよう、先を塞ぐ。
「で、なんだって? 神具が欲しいんだって?」
彼自身の肩まである大鎌も、神具には違いなく――そしてその基礎の構えは、正道だからこそ全てに通じる。斬りつけられたリーダーに、桜が、綿貫と名付けた包丁を手に追撃をかける。
「嬲る様に殺しましょう」
いっそ歌うかのように囁いた言葉のとおり、濃縮された植物毒が刃を通じて男の体内を巡る。
濃厚な殺意にリーダーは身震いし、水礫を桜に撃ち出しながら白人に声をかける。
「おい! この女やべえ! そっち目処ついたら、お前も手伝え!!」
「ココロエ・ター!」
各個撃破を狙うのはしかし、覚者たちも似たようなものだ。
先と同じように、祇澄が五織の彩で、あかりが召雷で打ち据える。それでもまだ、苦痛を見せつつも立っているあたり、リーダーにも意地があるのだろう。
そして、赤貴が動く――ドアへと向かって。
開け放たれたままのドアを潜り、大剣を収めて走る。
これで、廃工場の内外、ともに2対4。
「カイシャク!」
刃のように鋭い蹴りは、タフだという前情報を示すかのように桜に深く切り込んだ。その傷口に叩き込まれる、水の礫。集中して攻撃を受ける桜の傷は深くとも、あかりの、祇澄の精製した神秘の雫が、少しずつ、確実に癒していく。その一方で、桜は鋭い棘のある大蔓を鞭のように唸らせて、瑠璃は残・一の構えでリーダーを斬りつける。
一度、祇澄が思いの外深手を負ったこと以外――数に、回復手段に劣る隔者たちには、もう負けが見えているも同然だった。
「グランマが泣くぞーおとなしく諦めてお縄につけー」
「一般人襲っておいて、何がサンタクロースだよ。
大体、サンタにプレゼントもらえるような年でも人柄でもないだろ」
「ノーウッ!!」
「正論!?」
ついでに瑠璃とあかりはちまちまと、隔者のメンタルに針を刺してみたりしている。
廃工場内も、大局は変わらない。
小男とソフトモヒカンが凛を狙い撃つも、奏空が癒しの滴で凛の怪我を治療する。
そして両慈が落とす雷獣が、体内の炎を灼熱と化した凛の飛燕がソフトモヒカンを苛む。
「ほんと、お前らみたいな大人ってほんとサイテーだな!」
「あ、それ自覚あるっす」
「ヒャーハハー、当っ然!」
「なんでだよ!?」
顔ぶれの違いか、奏空のメンタル攻撃は不発だったりもしたのだが。
「心配無用だ。因子が発現していれば、半身欠損程度なら死にはしない」
死にたくねえ、と叫んだ小男に赤貴はそう返すと、疾風斬りでソフトモヒカンを切り伏せる。
中で一人倒れたのと同時、外では瑠璃が大鎌を深々とリーダーに突き立てた。
「参った。降参だ――俺らにまるで、勝ち目がねえよ」
気を失うかどうかの瀬戸際で、リーダーはそう言葉を絞り出して大数珠を投げ捨てる。
奏空が蓮風たちに近づくのに要したのは、二十秒ほど。
赤貴が要したのは、十秒ほど――それから一分もしないうち、勝負は決した。
●
隔者たちの神具を蓮風自作の鞄へと回収した瑠璃が、彼女に声をかける。
「無事か? 変な事されてないか?」
「はい、ありがとうございます。中身も、全部ありますね」
ぺこりと頭をさげると、よかったぁ、と大げさなくらいの、しかし素だろう仕草で胸をなでおろし――その直後、ぴ! と小さく悲鳴をあげてコメツキバッタのように頭を下げ始めた。
「ごめんなさい! またご迷惑を……!」
「ちょっとー! こないだ連絡先渡したよねボク!?
来る前に一言教えてくれれば……もう!」
「姉さんこないだ言うた事聞いてたか?
男にホイホイついていくなって言うた傍から何やっとんねん……。
人を疑わんにも限度があんで。あんま心配させんといてや。
何より蓮風さん自身がどうなるか解らんねんから」
あかりと凛に助けられた回数は、もう仏の顔でも許されない可能性が出てくる始末の蓮風である。
しょげた顔で、顔の前で指先をあわせてもじもじしながら、何度も頭を下げる。
「五麟学園に通えることになったから……驚かせたかったんです。ゴメンナサイ」
「お前とは直接面識は無いが話は聞いている……かなり星の巡りが悪い様だな。
それと……」
このままでは話が進まないと、両慈が割って入る。そして、こちらも頭を下げた。
「例のクラブの件について、騙す形になり、すまなかった」
「諸々の発端の原因はあたしらにもあるからな……」
「嘘ついたのは素直に謝る。ごめんなさい」
凛とあかりも、続いて頭を下げる。いくらか簡単に説明をしてみたものの、内容に理解が追いついていないのか展開についてこれなかったのか、きょとんとした顔のままで蓮風は首を傾げる。
郷土史研究クラブが実在しないことを彼女に理解してもらうには、もう少し時間をかけて説明する必要がありそうだった。
●
F.i.V.Eが捕縛した隔者は、多くの場合しかるべき施設へと移送される。
輸送車に乗せられたリーダーは、逃げられそうにねえなあと唸ってどっかりと腰を下ろす。
「ヒャッハッハ、諦めてんのかよー!」
ソフトモヒカンが、なっさけねえなあリーダー! と笑い飛ばす。このふたりは簡単な治療を受けはしたが、怪我の状態が酷い。5日ほど安静にする必要があるだろう。
白人が、神妙な顔をして首を左右に振った。
「ジョーシャヒッスイ。罪人ガ裁カレルワインガオウホウノコトワリト知レトグランマハ言ッテタ」
「なあ。ずっと聞きたかったんだが、お前の婆さん一体なんなの?」
思わず唸ったリーダーの横で、小男は小柄な体をさらに小さくして呟く。
「アニキ、俺らこれからどうなるんで?」
「……まあ、こんだけ潔く降参したんだ、殺されはしないだろ」
まだ痛む怪我を撫でて、リーダーはそう答えた。
そういえば、隔者たちは全員乗せられたのに、輸送車はまだ動く様子がない。
訝しく思ったリーダーが窓の――鉄と、神秘を受けつけない素材で二重の格子が作られていた――外を覗きこむ。ちょうどその時、エンジンがかけられる音がした。
大したことではなかったのだろう、と。
そう思い、コンテナの中を振り返ったリーダーは、そのまま言葉を失った。
「倒れたところでとどめを刺す……その程度の余裕はある戦力差だと思ったのだけど」
そこに、桜が立っていた。
穏やかに、虚ろに微笑んで。
護送車に潜り込んだのだ。他の覚者にも、輸送チームにも、伝えずに。勝手に。
「殺す殺すクズは殺す……生かしておく価値など無い。せめて彼の為に役立って死ね」
死にたくない。
総毛立った隔者たちはその一心で、各々武器を構えようとしたが、もちろん、既に没収されている。
「クズはクズらしく死んでよねえ死んでよ彼の為にあははははははは」
哄笑をあげた桜は、包丁を、トマホークを、その手に構える。
徒手空拳の4、対1。
騒ぎに気付いた輸送チームが制止に入ったことで、死者が出るような惨事にこそならなかったが――この事件以降、護送関連の設備、及び襲撃対策は強化されることとなった。
そのことだけを、ここに記しておくこととする。
<了>
ドン、と。蓮風の背に壁がぶつかった。
その時だ。
『――さん、蓮風おねーさん!』
「ひょえ!?」
突如頭の中に響いた声に、蓮風は飛び跳ねて周囲を見回す。
当然、周囲にいるのは半モヒカンと小男だけだ。どう見たところで、彼女に聞こえた、幼さの残る少年声の持ち主では、断じてない。
「なんだ? 逃げ道でも探してるのか?」
怪訝そうな顔をした小男には聞こえていなかったのだと、空耳だろうかと思いかけたその時、さっきの声が再び、蓮風にだけ届く。
『聞こえてるよね?
今、頭のなかに直接話しかけてるから――そこの人たちには気が付かれないように気をつけて!』
そういうことは先に言って欲しかったなあ、なんてことを蓮風は思う。
そのあたり、声の主である『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は受心(きこえ)なかったふりをした。
「諦めないタイプも、嫌いじゃネエけど、な!」
「きゃああ!」
大振りの手斧に服を切られそうになった――男たちはそうやって追い詰めることで楽しんでいるのだろう――蓮風が叫び声を上げ、彼女の送心内容も悲鳴に塗り替えられる。
少し急いだほうが良さそうだ。
助けに来たことだけは蓮風に取り急ぎ説明し、奏空は廃工場前に立つチンピラたちに目を向ける。
多少退屈そうなリーダー格と、何故か片足立ち瞑想を始めた白人の姿が見える。救助が来ていることも、想像の域外なのだろう。
奏空は、その隔者立ちよりはるか先、廃工場の向こう側で待機している『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)へと呼びかける。
『行ってください! あまり詳しいことは説明できなかったけど……!』
「心得た」
敢えてそれを声に出して、両慈は『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)に軽く手を振る。
ハンドサイン――『急襲』。
場所のない指示は、保護対象との連絡がうまくいかなかったことの証左。
「……しゃーない」
髪と目を赤に変じながら、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は眉をひそめ、目を細める。
「以前、知人が彼女と関わりがあったそうだが……この短い期間によく色々な被害に遭うものだな」
こちらもふわりと、髪色を銀に変えた両慈が不意に呟く。
まったくだ、と凛は思う。
「まぁ叱るにしても助けん事には始まらん。急ぐで!」
手のひらに伝う感触が変わる。
廃工場の、冷たい壁を押していたはずの手が漆喰にぬるりと飲み込まれる。
「つーかあの二人も毎度付き合い悪いっすねえ」
「ヒヒ、良いじゃねえか。その分俺らが楽しめんだからよォ」
違いない、と下卑た笑みを浮かべ、小男は蓮風の首元に手をかける。
恐怖に、彼女の足から力が抜けた。
がくりと崩れ落ちそうになった体は、しかし地面に着くことが許されない。襟元の生地が悲鳴をあげて、蓮風の首を締め付けた。
――廃工場の中へと壁をすり抜けた両慈と凛が最初に目にしたのは、その光景だ。
すぐ傍に出てくることこそできなかったが、そう遠いわけでもない。凛は韋駄天の速度で駆け寄りながら、威嚇を込めて吠えた。
「あたしらの友人に何してくれとんねん、ミンチにすんぞコラ!」
「な、何だお前らァ!?」
突然の事態に、ソフトモヒカンが目を見開いて叫ぶ。
「遅れて来たサンタクロースだ」
両慈は真顔で、そう言い放った。
●
中で騒ぐ声は当然、外の隔者にも届く。
「?」
白人とリーダーは、揃って顔を見合わせる。――周囲から気を逸らしていたのはたったそれだけの、されど中の騒ぎと奏空の合図で待機していた覚者たちが跳びかかるには、充分な時間。
不意を抜けて突入した奏空が、扉に飛びつく。
その様子に『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は目を向けていた。万が一にも鍵がかけられていたら、と警戒したのだが――その心配はなさそうだ。
(……よし)
拒食少年の細い腕が、空に向かって伸ばされる。
瑠璃によって呼び起こされにわかに集まった雷雲は、いまだあっけにとられていた廃工場前の隔者たちを直撃する。
「くそっ、なんだ!」
「テキシュー!?」
思わず叫んだ隔者たちは、その鼻をくすぐった香りに思わず鼻をつまむ。
悪臭というわけではなく――その匂いが、そのまま痛みに直結したからこそ。もちろん、鼻をつまんだところで春野 桜(CL2000257)が手にした花の独特な匂いは既に、彼らの身を苛んでいるのだけれど。
瑠璃の背後、桃色の髪を風に晒した桜は穏やかに、虚ろに微笑む。
「クズは死ねばいいのに。
だから殺しましょう。ええ殺しましょう殺しましょう。
彼女がこれ以上奪われる前に殺しましょう。
慈悲も情けも無く殺しましょう、私達の為にも殺しましょう」
「何こいつ怖ぇ!?」
こちらも鼻をおさえながら、リーダーが叫ぶ。本音だった。
この半グレの面々の中でツッコミ役を担っている内にリーダーになっていた彼だが、殺人など、関わったことすらない。割にあわないからだ。
だが、目の前に現れた連中は、どうやらその割にあわないことを目指しているらしい――自分たちを題材に。
そのことに気がついて、リーダー格の男は肌が粟立つのを自覚した。
死にたくない。
殺されたくない。
殺されてたまるか。
慌てて飛び退ったリーダー格は、ドアノブを掴んでいた奏空に水の礫を投げつける。
一目散に逃げるより、仲間がいる場所を目指そうとして。
「いたいけな、女子を狙うなど、許されませんね」
リーダー格の狙いに気がついた『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)が、双刀を抜き放つ。
「F.i.V.Eに所縁のある方を狙ったのが運のつきですね。心の底から後悔してください」
「ふぁ……? 昔の戦隊か?」
初耳らしいリーダーの反応に、特に感想も興味もない。ただ祇澄は夫婦刀をその男に向けた。
「何より、女性に乱暴をしようなどと。
隔者である前に人として許されることではありません。絶対に許しませんからね!」
閃く双刀は土行の力を顕現し、刺青と同じ黒い輝きを迸らせる。
「悪事は許さないぞー!」
ちょっと勇ましいことを言ってはみたが、なんかふわっとしてるなあ、と自覚しつつ。『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)はええっと、とすこしばかり考えこむ。若干、作戦のすり合わせがうまく行っていないことがここに皺を寄せていた。纏霧は今、何の意味もなさない。慌てて次手に用意していた召雷に切り替え、雷雲を喚んだ。
待機中に英霊の力を引き出していた葦原 赤貴(CL2001019)は、赤く変じた瞳で隔者たちとの距離を詰める。韋駄天のような速度で動く足には容易いことだったが、途中、追い越す形になった桜の近くで赤貴は少しだけ速度を落とした。
「より重要なことがある、ゴミ処理なぞ後回しでいい」
敵を殺す、そんなこと時間を割くよりも仲間を――五麟市に来るという意志を示した相手を救う事の方が、一般的に――赤貴にとっても、遥かに優先順位が高い。
「早く終わらせて中へ加勢に行きたい所ね」
桜は眉ひとつ動かさず、そう返す。
赤貴はそれに対し何かを返すことはせず、今度は隔者の近くまで足を緩めなかった。
狙うは、前衛と思しき白人。そのまま駆け抜けるように切りつけて、大剣はその名の通り銀光を残す。
「カメハメ、ビーム!」
状況の把握に徹していた白人はトンファーを握りしめながら、祇澄に鋭い蹴りを浴びせた。
「お前ら――外の騒ぎもか!」
自分たちが袋のネズミだと最初に気がついたのは、小男だった。
敵対するような相手に目をつけられるほど、目立った動きをした覚えはない。突然拠点が漏れるような理由に心当たりは、ひとつしかない。
妙にごろごろと神具を持っていたこの女、どこかの組織のスパイだったに違いない!
小男は目を吊り上げて、襟首を掴んだままだった蓮風を見据える。
「ハメやがったな!」
地面に放り投げるようにして突き放した蓮風に向けて、小男が指をつきつける。その先から湧き上がった雲は雷気を帯びていた。凛は咄嗟に小男と蓮風の間に割って入り、蓮風を庇い突き飛ばし、雷をその身に受けた。
突き飛ばされた蓮風が擦り傷以上の怪我を負っていないことを視認した両慈は、彼女を小男やハーフモヒカンの視線から遮るように位置取る。
「プレゼントは返して貰うぞ」
油断なくあたりを見据えたまま、隙を見せぬよう手を、足を動かす。演舞が生み出す、心地良ささえ感じられる風は清爽で、両慈の身体を奮い立たせる。
「ヒヒヒ! 女が増えたって考えてやっても、いいんだぜ!」
強がりか、それとも本心からの下衆なのか。半モヒの挑発めいた笑い声が響き、その手にした斧がボウ、と火を纏った。蓮風を護るために手を割いた分、凛は守勢に回るしかない。
「ちっ、アニキの方はどうなってんだ!?」
外にいる仲間を気遣ってではなく、自分に援軍が来ないことへの苛立ちに舌打ちし、小男は再び雷雲を呼ぶ。繰り返される召雷の狙いは、既に怪我を負っている凛だ。
ひどい怪我でなければ良いがと目を向けた両慈に、凛は小さく頷きを返す。まだ、大丈夫。
ふむ、と片目を細めた両慈は手にした書の背を撫でる。
どうやらあの小男は、雷の使い方をよくわかっていないらしい――。
「こう使うものだ」
両慈が呼び出した雷雲は小男のそれよりも遥かに大きく、そこから産み落とされた、獣のようでさえある雷はソフトモヒカンをしたたかに打ち据える。
しかし――両慈と凛の形勢は、決して優と言えない。
2対2。
数の上では互角に見えても、そこに非戦闘員(あしでまとい)がいることは大きな問題になるからだ。
だから。
「蓮風お姉さんごめんね! 悪い奴らやっつけたら、ちゃんと説明するからね!」
ガチャリと音がして、奏空の声が聞こえた時。凛は反撃の予感に釣り上がる唇を隠しもせず刀を引き抜き、名乗りを上げた。
「焔陰流21代目かっこ予定、焔陰凛、推して参る……!」
凛の眼前で目を剥いたモヒカンへ、一振りの速度で二度翻る影打・朱焔。
「がっ……!」
怒りに満ちた声を上げて、火を帯びた手斧を反撃に振り下ろす、モヒカン。
●
「カトンノジュツー!」
全く意味の分からない咆哮をあげた白人タンクトップは、奏空が扉の中に飛び込むのとほぼ同時に祇澄に向け、再度の鋭刃脚を放つ。
「泥棒もダメだし、女性に無理矢理そういう事するのもダメだろ。
一応言っておくと男性にもダメだぞ」
クレセントフェイトを構えて、瑠璃はリーダーが奏空を追わないよう、先を塞ぐ。
「で、なんだって? 神具が欲しいんだって?」
彼自身の肩まである大鎌も、神具には違いなく――そしてその基礎の構えは、正道だからこそ全てに通じる。斬りつけられたリーダーに、桜が、綿貫と名付けた包丁を手に追撃をかける。
「嬲る様に殺しましょう」
いっそ歌うかのように囁いた言葉のとおり、濃縮された植物毒が刃を通じて男の体内を巡る。
濃厚な殺意にリーダーは身震いし、水礫を桜に撃ち出しながら白人に声をかける。
「おい! この女やべえ! そっち目処ついたら、お前も手伝え!!」
「ココロエ・ター!」
各個撃破を狙うのはしかし、覚者たちも似たようなものだ。
先と同じように、祇澄が五織の彩で、あかりが召雷で打ち据える。それでもまだ、苦痛を見せつつも立っているあたり、リーダーにも意地があるのだろう。
そして、赤貴が動く――ドアへと向かって。
開け放たれたままのドアを潜り、大剣を収めて走る。
これで、廃工場の内外、ともに2対4。
「カイシャク!」
刃のように鋭い蹴りは、タフだという前情報を示すかのように桜に深く切り込んだ。その傷口に叩き込まれる、水の礫。集中して攻撃を受ける桜の傷は深くとも、あかりの、祇澄の精製した神秘の雫が、少しずつ、確実に癒していく。その一方で、桜は鋭い棘のある大蔓を鞭のように唸らせて、瑠璃は残・一の構えでリーダーを斬りつける。
一度、祇澄が思いの外深手を負ったこと以外――数に、回復手段に劣る隔者たちには、もう負けが見えているも同然だった。
「グランマが泣くぞーおとなしく諦めてお縄につけー」
「一般人襲っておいて、何がサンタクロースだよ。
大体、サンタにプレゼントもらえるような年でも人柄でもないだろ」
「ノーウッ!!」
「正論!?」
ついでに瑠璃とあかりはちまちまと、隔者のメンタルに針を刺してみたりしている。
廃工場内も、大局は変わらない。
小男とソフトモヒカンが凛を狙い撃つも、奏空が癒しの滴で凛の怪我を治療する。
そして両慈が落とす雷獣が、体内の炎を灼熱と化した凛の飛燕がソフトモヒカンを苛む。
「ほんと、お前らみたいな大人ってほんとサイテーだな!」
「あ、それ自覚あるっす」
「ヒャーハハー、当っ然!」
「なんでだよ!?」
顔ぶれの違いか、奏空のメンタル攻撃は不発だったりもしたのだが。
「心配無用だ。因子が発現していれば、半身欠損程度なら死にはしない」
死にたくねえ、と叫んだ小男に赤貴はそう返すと、疾風斬りでソフトモヒカンを切り伏せる。
中で一人倒れたのと同時、外では瑠璃が大鎌を深々とリーダーに突き立てた。
「参った。降参だ――俺らにまるで、勝ち目がねえよ」
気を失うかどうかの瀬戸際で、リーダーはそう言葉を絞り出して大数珠を投げ捨てる。
奏空が蓮風たちに近づくのに要したのは、二十秒ほど。
赤貴が要したのは、十秒ほど――それから一分もしないうち、勝負は決した。
●
隔者たちの神具を蓮風自作の鞄へと回収した瑠璃が、彼女に声をかける。
「無事か? 変な事されてないか?」
「はい、ありがとうございます。中身も、全部ありますね」
ぺこりと頭をさげると、よかったぁ、と大げさなくらいの、しかし素だろう仕草で胸をなでおろし――その直後、ぴ! と小さく悲鳴をあげてコメツキバッタのように頭を下げ始めた。
「ごめんなさい! またご迷惑を……!」
「ちょっとー! こないだ連絡先渡したよねボク!?
来る前に一言教えてくれれば……もう!」
「姉さんこないだ言うた事聞いてたか?
男にホイホイついていくなって言うた傍から何やっとんねん……。
人を疑わんにも限度があんで。あんま心配させんといてや。
何より蓮風さん自身がどうなるか解らんねんから」
あかりと凛に助けられた回数は、もう仏の顔でも許されない可能性が出てくる始末の蓮風である。
しょげた顔で、顔の前で指先をあわせてもじもじしながら、何度も頭を下げる。
「五麟学園に通えることになったから……驚かせたかったんです。ゴメンナサイ」
「お前とは直接面識は無いが話は聞いている……かなり星の巡りが悪い様だな。
それと……」
このままでは話が進まないと、両慈が割って入る。そして、こちらも頭を下げた。
「例のクラブの件について、騙す形になり、すまなかった」
「諸々の発端の原因はあたしらにもあるからな……」
「嘘ついたのは素直に謝る。ごめんなさい」
凛とあかりも、続いて頭を下げる。いくらか簡単に説明をしてみたものの、内容に理解が追いついていないのか展開についてこれなかったのか、きょとんとした顔のままで蓮風は首を傾げる。
郷土史研究クラブが実在しないことを彼女に理解してもらうには、もう少し時間をかけて説明する必要がありそうだった。
●
F.i.V.Eが捕縛した隔者は、多くの場合しかるべき施設へと移送される。
輸送車に乗せられたリーダーは、逃げられそうにねえなあと唸ってどっかりと腰を下ろす。
「ヒャッハッハ、諦めてんのかよー!」
ソフトモヒカンが、なっさけねえなあリーダー! と笑い飛ばす。このふたりは簡単な治療を受けはしたが、怪我の状態が酷い。5日ほど安静にする必要があるだろう。
白人が、神妙な顔をして首を左右に振った。
「ジョーシャヒッスイ。罪人ガ裁カレルワインガオウホウノコトワリト知レトグランマハ言ッテタ」
「なあ。ずっと聞きたかったんだが、お前の婆さん一体なんなの?」
思わず唸ったリーダーの横で、小男は小柄な体をさらに小さくして呟く。
「アニキ、俺らこれからどうなるんで?」
「……まあ、こんだけ潔く降参したんだ、殺されはしないだろ」
まだ痛む怪我を撫でて、リーダーはそう答えた。
そういえば、隔者たちは全員乗せられたのに、輸送車はまだ動く様子がない。
訝しく思ったリーダーが窓の――鉄と、神秘を受けつけない素材で二重の格子が作られていた――外を覗きこむ。ちょうどその時、エンジンがかけられる音がした。
大したことではなかったのだろう、と。
そう思い、コンテナの中を振り返ったリーダーは、そのまま言葉を失った。
「倒れたところでとどめを刺す……その程度の余裕はある戦力差だと思ったのだけど」
そこに、桜が立っていた。
穏やかに、虚ろに微笑んで。
護送車に潜り込んだのだ。他の覚者にも、輸送チームにも、伝えずに。勝手に。
「殺す殺すクズは殺す……生かしておく価値など無い。せめて彼の為に役立って死ね」
死にたくない。
総毛立った隔者たちはその一心で、各々武器を構えようとしたが、もちろん、既に没収されている。
「クズはクズらしく死んでよねえ死んでよ彼の為にあははははははは」
哄笑をあげた桜は、包丁を、トマホークを、その手に構える。
徒手空拳の4、対1。
騒ぎに気付いた輸送チームが制止に入ったことで、死者が出るような惨事にこそならなかったが――この事件以降、護送関連の設備、及び襲撃対策は強化されることとなった。
そのことだけを、ここに記しておくこととする。
<了>
