こうもり傘お化け
こうもり傘お化け


●現代の唐傘
 ある夏の日。
「チッ、ついてねぇな」
 図書館を出た所で、突然の雨に降られて男は悪態をついた。
 天気予報など普段から見ないし、今日出掛ける時は晴れていたのだから、今の雨など予想出来ようもない。
「どうすっかな、止みそうにねぇしよ……」
 曇り空を見上げながらしばらくの間途方に暮れていた男であったが、不意に小さな笑みを浮かべて、視線を下の方へと移す。
 男の視線の先にあるのは、施設に設置されている傘置き。今日の雨を予想していた人々の持ち込んだ、色取り取りの傘が挿してある場所。
「傘がねぇんだもん、しょーがねぇよなー?」
 誰に聞かせるでもない言い訳を口にして、男は傘置きの中から、一際太く、大きな傘を一本抜いた。
「へへ、でけぇし丈夫そうだ。これなら家に帰るまで余裕で持つだろ」
 邪な行為に酔っているのか、ニヤニヤと意地の悪い笑みのまま、男は傘を開いて歩き出す。
 彼の予想通り、傘は男の体をすっぽりと隠し雨から守り、風が吹いても折れなかった。
「ふーんふふん」
 上機嫌で男は歩みを進め、家への近道である路地へと入る。
 その時だった。
「ん? 何か一気に重く……」
 雨脚が強くなったのか、そう思って男は空を見上げた。
 そこで目が合った。
「……ッ!?」
 大きな一つ目が、男を見つめていた。
 それは傘に浮かんだ模様というには余りに生々しくそこにあり、
「―――ばぁ~!」
 次の瞬間、目の下に開いた大きな口が現れた事で、男はそれが妖である事を理解した。
「ひっ……」
 しかしもはや、彼に逃れる時間など、残されてはいなかったのである。

●妖を倒せ
「皆、聞いてくれ!」
 集まった覚者を前にして、久方 相馬(nCL2000004)は真剣な顔を浮かべて話し始める。
 とある市街の図書館から発生する事件。傘から化けた物質系の妖である傘お化けによる犯行。
「そいつは傘に擬態して傘が多くある所に潜伏しては、勘違いした人や、今回みたいにマナーの悪い奴に人目につかない場所まで持っていかせて、一人になった所で犯行に及ぶんだ。絵本なんかじゃよく驚かすだけって言われてるけど、こいつは違う、そのまま殺してしまうんだ」
 夢見に映った光景を思い出したのか、相馬は怒りに震えて拳を握りしめている。
「こいつは思ったよりも用心深い性格してるのか、最初の不意打ちや企みが失敗したと見るやすぐに逃げちまう」
 過去、AAAの活動時に同じ妖の事件があったらしく、資料には取り逃がした時の話が書いてある。
 傘お化けは自らが罠にハメられたことに気づくと、一本足を巧みに操り壁を蹴り跳んで逃げた、と。
「こいつを戦場に引っ張り出して確実に倒すには、何らかの工夫が必要になると思うんだ。例えば誰かが囮になる、とかな」
 用心深い妖を逃がさないための工夫。知恵を絞る必要がある。
「人目がある間は妖も傘の振りを続けると思うから、どこかへ持っていくって分には大丈夫なはずだ」
 戦場を選ぶ権利はこちらにある。それは上手く使えば大きな有利になるだろう。
「逃げられないと悟れば、傘お化けはその場にいる全員を相手に戦いを挑んでくる。傘の先端、鋭く尖った部分で突いてきたり、脚の部分を巨大化させて踏みつけてきたり。特に突いてくる攻撃は衝撃が後列まで届くかもしれない」
 戦うとなれば、また妖は脅威として覚者の前に立ちはだかるだろう。
「でも、俺は皆が勝つって信じてる!」
 相馬の熱い信頼の火を点した瞳が、覚者達をまっすぐに見つめている。
 この想いに応えられるか否かは、覚者達の手に掛かっていた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
初めましての方は初めまして、そうでない方は毎度ありがとうございます。
みちびきいなりと申します。
今回の敵は傘お化け、現代デザインのこうもり傘バージョンです。

用心深い相手をうまく策にハメて、やっつけてしまいましょう。

●戦場
相手にバレなければどこを戦場にすることも出来るでしょう。

●敵について
ランク2の物質系に属する妖、傘お化け。
奇襲を好み、持ち主が一人になった所を急に襲います。
先手を打つ前に自分の正体がばれていると悟れば、逃げる用心深さも持っています。
以下はその攻撃手段です。

・ふみつけ
A:攻物単・脚の部分を肥大化させ強烈にふみつける。物理大ダメージ。[負荷]

・傘突き
A:攻物貫3・先端の鋭い部分から衝撃を伴う突きを放つ。前衛に物理中、中衛後衛に物理小ダメージ。

・糊付け
A:強自・長い舌で自分の体を舐めてコーティング。 特防:+50 効果継続:6ターン

●一般人
どこを戦場にする事も可能ですが、一般人の居る場所を選ぶのは非推奨です。

ただ戦うだけではなく、そこに至るまでに工夫が必要な依頼です。
プレイング次第で展開も大きくあれこれ変化する可能性があります。
ですが目的、成功条件を忘れず、覚者達が連携することが必要となります。
如何にして勝つか。覚者の皆様、どうかよろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年08月28日

■メイン参加者 8人■


●あめあめ、ふれふれ
 その日、妖である一本の傘の化生は獲物を狙い待っていた。
 雨が降る事を気配で知り、傘立てに挿された数多の同族の中に紛れその時を待っていた。
「傘忘れちまったぜ~。お、ラッキー、いい傘あるじゃねえの」
 降り出して少し経った頃か、今日の獲物が罠にかかる。
 赤く長い髪をした男だ。傘を忘れたのかしばらく空を恨めしげに見た後、傘立てに視線を移ししばらく注視してから、妖の化けた傘を手に取った。
 一際太く大きな見た目に惹かれたのだろう、男はにやりと笑い傘立てから抜き去る。その時だった。
「あ、華多那くんっ! 華多那くんも図書館来てるなんて奇遇だね」
 男に話しかける知り合いらしい小柄な女、少女然とした見た目のそれはやたらと年上ぶった態度を男に向けながら話しかける。
 しばらくの会話の後おもむろに女が切り出したのは、傘を忘れたという告白だった。
「あ、あのね……傘入れてもらえない、かな?」
 上目遣いの頼みごとを、男はしばしの逡巡の後に了解する。傘に化けた妖はその様子を心の中で唾棄した。
 獲物は一人になった時に狙う。それが己の狩りをする時のルール、生き残る為の術。
 だから妖は、その時を静かに待つ事にした。

 程無くして、絶好のタイミングが訪れる。
 それは人気の少ない高架線下のトンネルでのことだった。
「もうっ! 華多那くんのいじわるっ。わたしが身長のこと気にしてるの知ってるのにぃ!」
 男女は移動中相合傘で歓談を続けていたのだが、コンプレックスを刺激された女が不機嫌さを顕わにして男の元を離れたのだ。
「もういいよ、べ~っだ!」
 女の声はトンネルに良く響き、その音を残して男の視界から消え去る。
「なんだよ、褒めただけだぜ?」
 取り残された男は女の去った方を見つめたまま、ただただぼやき続けるばかり。
 トンネルに差し掛かった時点で周囲に人の気配はなくなっており、そして男も心ここにあらずといった様子。
 今しかない。
 男の意識が本格的に傘から外れた瞬間を鋭く突いて、傘は己の体を展開する。
「あ、やばっ……!」
 気配に敏いのか、気付いた男が慌ててこちらに向き合うももう遅い。
 肥大化させた脚は男の顔面を寸分狂わず踏み抜き押し潰す………はずだった。
「ギィッ!?」
 妖は踏み抜く動作を急遽取り止め、代わりに男の肩を蹴り己が身を大きく跳ねさせる。直後、
 チュインッ!
 鉄と石とが当たり弾ける音がした。
「ギギィッ!!」
 己の奇襲が失敗した事実と、己が不意を打たれた事実。即座に妖は考えを巡らせる。
 思えば人の減りも唐突であったのではないか?
 結界に踏み込んでいたとようやく気付く。強い妖であれば入った瞬間に気付けたかもしれないが、この妖は対応できなかった。
 それらの事実を把握した時、妖――傘お化けはそれを罠だと理解した。

●かごめ、かごめ
 弾丸が寸でのところで回避されたのを見て、阿久津 亮平(CL2000328)は小さく舌打ちする。
 トンネルの出口付近で待機していた彼は、囮役の『ライオンヘッド』結城 華多那(CL2000706)が害されないように動くつもりだったのだ。
「……チッ」
 すぐさま次弾を打ち込むべくライフルを構え直す。
「!」
 その隙をみすみす逃がす程この妖は迂闊ではない。すぐさま踏み込み、出口へ向かい猛進する。
 が、その行く手を青白い輝きが遮った。
 たまらず再び中空へと舞い上がる傘お化けが見たのは、こちらを見据える青い双眸と、手の甲に輝く空色の紋様。
 離宮院・太郎丸(CL2000131) の持つ彩の因子の顕現の輝きだった。
「ギッ……!」
 しかし戦局は、その輝きに見惚れるのを許さない。
「戦いの産声としては、まぁ及第点といった所でしょうか」
 新たな声が音を響かせるよりも早く、閃光を伴ったいくつもの線が奔る。小さく鋭い雷が妖を貫いた。
 その加減は適当か、適切か。雷は妖のみに放たれたわけではなく、天井に展開した暗雲の思うまま列を為して打ち下ろされている。
 それもこれも、全ては妖の退路を断つために。
「……さて、さて。此度はどのような『声』が聴けるでしょうか」
「ギァァァッ!?」
 呻きを上げる妖の向かう先、ほの暗いトンネルの中へと現れた男の軍服めいた黒衣に飾られる金の意匠が、雷に彩られ鈍く輝く。
 『名も無きエキストラ』エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)の表情は、その中でも彼の仮面と共に妖しげな笑みを湛えていた。
「――ギギッ!?」
 雷に耐えゆらりと地面に降り立った傘お化けは、出口側は危険と判断するや否や反対側、入口へと向かい身を跳ねさせる。
 だが、その目に新たに捉えたのは退路ではなく、同じくトンネルを塞ぐように立つ四人の人の姿だった。
「華多那くんっ、大丈夫ですかー!?」
 よく通る声が再びトンネルに響く。それは先程逃げたはずの女、『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)のものだ。
 肩を抑え尻もちをつきながらも手を振る華多那の様子にホッとした顔を浮かべる御菓子の隣で、
「出口側の人達に倣って、私達も変に並ばないように広く展開して退路を断ちま……」
「そんなことより見ろよ見ろよ真面目君!」
「ちょっ、苦役さん!?」
 大真面目に指示を飛ばしていた『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) の肩を叩きながら、不死川 苦役(CL2000720)が相対する妖に関心を向けている。
「あんなトコに目が付いてんぜ!! アレだな、目の付け所が違う! ってやつ!? 潰したら痛えかな? 痛いなら急所だよな!?」
「は、はしゃいでないで打ち合わせ通りにやって下さいっ」
「ふはっ! よーしお兄さん頑張っちゃうぞー」
 ラーラの叱責に調子を外さないままゆらりと構え、一撃。苦役は小さな種を妖に飛ばす。
 呆気にとられていたのか、避け損ねた妖の体にそれはまんまと付着した。
「ギギ?」
 触れても痛みも何も感じないそれに傘お化けがほんの微かに注意を向けた次の瞬間、
「ギギャッ!」
 種は急成長して茨となり絡みつき、その身に生やした棘で傘お化けを鋭く傷つけたのである。
「立てますか?」
「何とか」
 その隙に御菓子が駆け寄り華多那を助け上げてしまえば、妖包囲網はより盤石さを増していく。
「どんなもんだい、真面目君?」
「おふざけはいけません」
 引き出した結果にしたり顔の苦役に対して、戦局を見逃さない様にしつつもラーラはぴしゃりと言い切った。
「ケェーーー!!」
 度重なる痛みに耐えかね、遂に傘お化けは地を蹴り壁を蹴り、華多那と御菓子の頭を飛び越え入り口から逃げ出すべくその身を躍らせる。
 追いすがるように放たれた亮平の弾丸が当たろうとも、一目散に逃げを打つ。
「上です!」
 新たに響くラーラの声掛けと、最後の詰めとなる人物の動きは同時であった。
「飛び跳ねられると面倒だからね、ここは通せんぼだよ」
 妖の前に立ち塞がったのは、指崎 まこと(CL2000087)。中空で相対する彼の背には、白く美しい翼が展開し傘お化けの行く手を遮った。
 さぁ、どうする? と、眼鏡の奥の赤い双眸が傘お化けを射抜いていた。
「ギ、ギギギ……」
 上下左右、どこを見ても道はなく、敵対者という名の壁があるだけ。
 進退窮まった傘お化けに残された選択は、用心深さを身上として来た怪物らしからぬ本能の答え。
「――バァッ!!」
 身を開き、大口を開けて長い舌を、メタリックな塗装を肥大化させた脚を、ぎょろりと睨む大きな瞳を。
 己の全てを全開しての戦闘態勢。
 ここに覚者の策略は見事完成し、妖との真っ向勝負へと移行する。

●化け傘退治
 戦うと決めた傘お化けは、完全に逃亡の意志を捨て去り殺意を剥き出しにして動き出す。
 傘を広げて回転すれば、トンネルを吹き抜ける風に乗って独楽のような軌道を描いて回し蹴りを放つ。
 狙われたまことは、盾を前に向けて受け止めた。
「くっ、重い!」
 直撃こそ免れたがその重さに表情をゆがめる。土の鎧の防御を加えてもそう何度も受け止められない威力だと、痺れを訴える手が彼に教えていた。
「シッ!」
 反撃に放った空気の弾丸は、回転する傘お化けに掠りその軌道を変えさせる。
「逃がさない!」
 合わせて飛び込んだ太郎丸の拳が、再び蹴りの動作に移行していた妖の脚部と真正面から衝突する。
「………ギィッ!」
「く……ああっ!!」
 撃ち合いの末、弾かれたのは太郎丸である。精度に於いては太郎丸の方が上だったが、それをねじ伏せる一撃の重さが傘お化けにはあった。
「ゴホッ」
 コンクリートの地面へと叩きつけられ、太郎丸は咳と共に腹の中の空気を全て吐き出す。即座に御菓子の癒しの滴による治療が行なわれるが、一度の治療では治し切れないほどのダメージを負っていた。
「バァッ!」
「させるか……!」
「させません!」
 追撃すべく太郎丸へと急降下する傘お化けに、そうはさせまいと亮平の弾丸とラーラの火炎弾が飛ぶ。
「ギァッ?!」
 弾速の早い亮平の一撃に気を取られたのか、対面より迫るラーラの火炎弾をまともに浴びた傘お化けは、パチパチと火花を散らしながら暴れ回り前衛の覚者を無差別に襲う。
「直撃じゃなけりゃあ、いける!」
 動きが読みやすくなったそれを見事に受け流し、華多那の水気を纏った拳が傘お化けのくるぶしを打った。
 狙い澄ました一撃は深く浸透し、怪物は受けた衝撃に舌を振り回す。
「えっ、そこも弱点なのか? だったらお前弱点だらけじゃね?!」
 そこにすかさず追撃を打つのは前衛へと出てきた苦役だ。念を込めた指は今まさに打たれて痺れるくるぶしへと寸分違わず打ち込まれ、傘お化けから更なる阿鼻の声を引き出す。
「グェェェェェェェエ!!」
 痛みに我を忘れた傘お化けは、これ以上の攻撃を避けるべく頭を覚者達へと向けた。
「カァァァ!!」
 回転を加えて鋭さを増した頭頂部を、ドリルのように唸らせて突き出す。
「どわっちゃあ!?」
「え、きゃあ!」
「不死川さん! 向日葵さん!」
 怪異の一撃に苦役と、治療に奔走していた御菓子が餌食となった。隙を窺い戦局を見守っていたまことの声が響く。
 正面で身構えていた苦役と違い、視認できない衝撃をまともに受けた御菓子の方がダメージも重く、元来の体力差もあり一撃で彼女から余裕を奪う。
 倒れてこそいないが脇を抑える御菓子の表情は暗い。
 一進一退、拮抗する戦いは覚者も妖も等しく傷つき疲弊を重ねていく。ゆえに長くは続かない。
 どちらかが流れを掴んだ時、天秤は大きく傾く。
 そんな中で最初に動いたのは、傘お化けの方だった。
「ジュルッ……ジュルッ……」
 自らの体を舐めまわし糊付けし、力を纏わせ防御力へと変換する奥の手を切る。
 傘お化けは、それが勝敗を分かつ決定打になると確信していた。
「ケケケ、バァ!」
 コーティングを終えた傘お化けが、再び傘を広げて戦闘の意志を示す。だが、その一手こそが悪手だった。
「立てるか? 下がるぞ」
「すみませんっ、一旦後ろへ下がります」
「いえいえお構いなく、お坊ちゃん?」
 一番深いダメージを受けていた太郎丸が、救助に回った亮平の手を借りつつどうにか体を起こして後退していた。
 代わりに前に立ったのは、中衛で戦局を見守っていたエヌだ。
「こんな場面はないと思っていたのですがね。まあいいです」
 考えていたとはいえ己の望まぬ役どころではあったが、しかし敵を正面にしたエヌの表情は明るい。
「!?」
 現状に異質な彼の笑みはそれだけで妖へのプレッシャーとなったのか、傘お化けは警戒を強める。そして気付いた。
 エヌは無傷だった。
 それは二方向からの挟撃を仕掛けたことにより、敵の攻撃面に偏りが起こった結果生まれた成果。
 特に遠距離に徹して狙われることのなかったエヌと、その更に後ろから狙撃を続けていた亮平に至っては顕著だった。
 そんな無傷ゆえの余裕がエヌを笑わせていたのか。
 答えは否である。
 彼はそんな生易しいものではない。
「死闘、実に結構。愉しませて貰いました」
 それは誰に向かって吐いた言葉か、芝居がかった彼の動きは戦場の全てに届けられているようで。
「ですがそろそろ幕を下ろす頃ですよ?」
 彼の言葉通り、戦いはこれより終わりへと向かう。
 この時点で、覚者達は御菓子と華多那によって重ねた治癒の術によりその傷の多くを治療していた。
 次いで返礼のように放たれた亮平、太郎丸の填気が、消耗の激しかったラーラと苦役の気力を呼び起こす。
 消耗の関係上次は無いが、覚者達はほぼ全快といった様子だった。
「悪いがもう、後ろに攻撃は通させねえ!」
「ゲ、ゲゲ……」
 仲間を背に最前衛で啖呵を切る華多那を前に、孤軍である傘お化けに再び逃走の二文字が浮かぶ。
 己を癒す手段のないこちらに、今からまた削り合いをしろというのか。いやできない。
 本能が、負けを認めて逃げる事を選んでいた。
 だがそれも直後に舞い込んできたラーラの火弾や、亮平の銃弾、苦役の刺突に阻まれ叶わない。
 高めた防御を上回る、あるいは全く無視する攻撃の連打に、打つ手のない傘お化けは滅茶苦茶に反撃を繰り返す。
 相応の打撃を返しても、しかし一度生み出された流れは覆せない。
「いーかげん諦めて俺の討伐ポイントになってくんねーかなあ。今月はちょっと上位目指してんのよ」
 三度放たれる苦役の指が、遂に傘お化けの目を突いた。
 分かり易い急所であったが故に敵も必死に守っていたそこを穿たれ、大きな損耗に甲高い悲鳴を上げる。
 耳をつんざく怪音が響く中、不意に傘の前へとまことが決死の気迫で飛び込んできた。
「いい加減にこれで、おしまいだ!」
 大胆にも手を伸ばし相手の口を思い切り塞いだまことは、そのまま気合を込めて空気の弾丸を放つ。
「ゲェッ!!」
 放たれた空気の弾丸は傘お化けの体を貫き、地を穿つ。掴まれたままビクンと身を跳ねさせた妖は、まことが手を離すと地に堕ちた。
「ぐ、ゲェ……」
 そんな怪異の呻きを最後に、戦場に静寂が戻る。
「……終わったの、ですか?」
「ええ、終幕ですよ。お嬢さん」
 ラーラの問いにエヌが答えた所で、化生が払われた傘はただの壊れた傘へとその姿を取り戻していた。

●雨を歩けば
「傘がねぇんだもん、しょーがねぇよなー?」
「しょうがなくないですよ?」
「え?」
 図書館の傘立てから傘を盗もうとしていた男に誰かが声をかける。
「雨の日に置いてある傘をとってしまう……これはいけないことです」
 少女の声だが、男が周囲を見回してもその姿を捉える事は出来ない。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……」
「ひっ、ご、ごめんなさーい!!」
 淡々と告げられる言葉に男は次第に怖くなって、雨の中を一目散に逃げ出した。
 声の主、ラーラは男を見送ると、協力してくれた自身の守護使役の頭を優しく撫でた。
「それじゃペスカ、準備はいい?」
 相棒に声をかけ彼女もまた雨空の下へと歩み出す。纏った雨合羽にしとしとと降り注ぐ雨音が今は不快ではなかった。
「お待たせしました」
「お疲れ様、ラーラさんえらい!」
「そういえば、最初に負った傷は大丈夫なのか?」
「もう大丈夫だぜ。応急処置もして貰ったし、誰かさんのおかげで致命傷にならなかったしよ」
「正面からぶつかってよく分かりました。さすがはランク2、手ごわい相手でした……」
「しぶとかったですしね。まぁ、最後はしっかりとねじ伏せましたが」
「どちらもいい声でしたよ」
「……俺が思うに、役者君って結構ぶっ飛んでるよね? 嫌いじゃないけど! 嫌いじゃないけど!!」
 此度の覚者達は雨の中でも賑やかな、およそ一体感があるとは言えない個性派揃いだったが。
「カッパを着てきたとはいえ、雨の中の待ち伏せですっかり冷えてしまいました。早く温かいお風呂に入りたいものです」
 その個性ゆえの集団の賑やかさは、普段弱気な自分の心の中の火をこれから強くしてくれるような、そんな気がした。

 雨は、遠ざかる彼らの喧騒を優しく包み込みながらも、街に降り注ぐ。
 彼らの此度の活躍を見た者は、誰も居ない。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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