「好き」に等しい「ありがとう」のために
「好き」に等しい「ありがとう」のために



 ――自慢ではないけれど、私はそこそこ料理が出来る方だと思っていた。
 幼い頃から女手一つで育てられた環境は、親に負担をかけさせまいと、私を人より成長させてくれるきっかけになっており、料理の腕もその中で磨かれたものだった。
 ただ、それらはやっぱりお弁当や、料理の範疇に入るもので――まあ正直に言ってしまうと、デザートやお菓子なんかは作った経験がなかった。
 だから、だろうか。
「……いや、それにしたって酷いと思うのよこれは――――――!」
 家中を駆け回る私の視線の先には、生まれて初めて作ったお菓子が『逃げる』姿だった。
 不出来で崩れかけの――自分で言うのもなんだけど――何だかよくわからない姿のチョコレートは、半ば溶けた自分の体を周囲に撒き散らしながらぺたぺたと私から逃げ続けている。
 恋も知らない青二才が作った代償と言うものは、予想以上に重いものらしく。
 見知った我が家の中でさえ息も切れた私は、それでも半泣きになりながら、自分の作品を追いかけ続けていた。


「……んー、比較的軽い代償だと思うのって万理だけ?」
 いや聞かれても。
 どうにもゆるい展開で始まったブリーフィング。抑えめにした暖房を何するものと、ホットココアをこくこく飲みながら久方 万里(nCL2000005)は依頼の説明を始めていた。
「まあ、それは兎も角。えーっと、どこまで話したっけ。
 先ず目的だけど、さっきも話した女の子の家に出現しちゃった物質系妖の討伐が一番」
 ――一番? と問う覚者達に、うんと頷く夢見の少女。
「残る目的として、その妖が逃げ回った痕跡……要するに部屋中に飛び散ったチョコレートを掃除することと、被害に遭った女の子にお菓子の作り方を教えてあげるの。ただし、チョコ以外でね?」
 ……困惑する覚者達を前に、あははー、と万理自身も苦笑交じりで、しかし口調は真剣さを保ちながら説明を続ける。
「先に、お菓子作りを教える理由から話そっか。
 今回の依頼を無事に済ませても、その子はまたチョコレートのお菓子を作ろうとするんだけどね?」
 ――まさか。
「うん、そのお菓子もまた妖になっちゃう。何かよくわからないけど、今回の依頼の日に限って、その子が作ろうとするチョコレートは全部妖になっちゃうみたい」
 偶然も二度続けば必然と言うが、寧ろそうであってほしいと願う程度には酷い運命である。
「かと言って、その、ね? 『貴方が今日チョコレートを作ると、全部妖になっちゃいます』なんてこと言ったら、その子が傷つくかもしれないし」
 幸い……と言うべきかはわからないが、件の少女はお菓子を作った経験がまるで無い。
 テンパリングや、些少ながらも小技を利かせた味の調整が必要なチョコレートはまたの機会にして、今回は手軽に作れるお菓子を――等と言えば、少女も流石に否やと言わないだろう。
「……で、もう一つの目的の理由ね。今回のチョコレート、バレンタインにお母さんに贈るお菓子の練習なんだって」
 万理が言うところによると、少女の母親は親戚があまり居らず、生活費や娘の将来の学費などの為に朝から晩まで働き詰めらしい。
 自らの為に身を粉にして働いてくれる母親に恩返しをしたいというのは当然の思いだし――それと同じくらい、迷惑をかけたくないという思いも当然のことだ。
「帰ってきたら家中チョコまみれでした、なんて嫌だしねー」
 困ったように笑う万理は、そう言って「よろしくね」と手をひらひらと振った。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:田辺正彦
■成功条件
1.物質系妖の討伐
2.『少女』のチョコレートづくりの阻止
3.なし
STの田辺です。お久しぶりです。
以下、シナリオ詳細。


場所:
後述する『少女』の家です。時間帯は昼を少し回ったあたり。
平屋建ての小さな家屋であり、逆を言えば参加者の皆さんが全員で行動するとなると少し難しいかもしれません。
部屋数は台所や浴室、トイレ等を除けば二つと、物置が一つ。整理は行き届いているため、下記『妖』が隠れるスペースは多くありません。基本は足を使った勝負になるでしょう。

敵:
『妖』
ランク1、物質系妖です。数は一体。
基本、妖は好戦的なタイプが多いですが、この妖に限っては自分の弱さを本能的に自覚しているため、兎に角逃げ延びて力を蓄えようとしているようです。
大きさは10cm弱。体の小ささと動きの速さにより、回避や反応速度等の動作にかなりの補正が入ります。
物質系妖の常として速度が低く、耐久性が高いという点が挙げられますが、ことこの妖に関してはその真逆のステータス性能を誇っております。攻撃一発はおろか、恐らく手や道具で捕まえただけでも溶解して消滅します。
また、この妖は動くだけで自分の体が溶けて小さくなっていっており、そのために時間経過で体力の最大値が減少するとともに回避補正が向上していきます。
この妖を捕まえるのにかかった時間で、その後の掃除時間、『少女』へお菓子作りを教える時間が前後します。

その他:
『少女』
上記『妖』の発生のきっかけを作った少女です。何の変哲もない十代半ばの女の子。
休日に母が働きに出たタイミングを見計らい、お菓子作りを練習しようとしたときに今回の事件が発生しました。
妖などに関する一般的な知識は有しているため、参加者の皆さんからはメジャーなAAA等の組織名を名乗っておけば素直に信用してくれるでしょう。
戦闘後に関してですが、料理は人並みに出来るため、皆さんが教えたいと思うお菓子を教えてあげると良いでしょう。但しあまりにも沢山だと混乱する恐れがあります。ご注意。

『チョコレートの汚れ』
上記『妖』が逃げ回ることにより、周囲の壁や床などにこびりつくチョコの汚れです。結構頑固。
時間をかけすぎると『少女』にお菓子作りを教える時間どころか、下手をすれば『少女』の母親が帰ってくる恐れもあります。



それでは、ご参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
公開日
2016年02月20日

■メイン参加者 5人■

『スピード狂』
風祭・雷鳥(CL2000909)
『月下の白』
白枝 遥(CL2000500)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)


「うーん、チョコを妖に変えるかあ……ある意味、才能かもしれないね」
「まるで嬉しくない感想なんですけど!」
「それにしてもよく動くわねアイツも……。火柱ばら撒けば楽なのだろうけれど」
「止めてくださいね! 止めてくださいね!?」
 ありふれた休日のありふれた一軒家にて。非日常の渦中は仕方なしとは言え、何とも不毛な追いかけっこを繰り広げていた。
 部屋と廊下の各所にはビニールシート。絨毯等の汚れやすいものは一旦家の外に置かれ、ちょっとした大掃除のような様相を呈した現場では、点々と零れ落ちているチョコレートの跡を追う形で覚者と一般人の少女が走り続けていた。
 時間にしては十数分前のこと。突如発生した妖……小さなチョコレートのヒトガタに、作り手である少女が驚いた辺り。
 到着した覚者たち……『白い人』由比 久永(CL2000540)と天野 澄香(CL2000194)は、自身と仲間達の所属を教えた後、現在の状況の説明とそれらの対処の手伝いとして現れたことを伝え、こうして妖を捕まえるために共に行動していた。
 その後、自他ともに認める潔癖症の『浄火』七十里・夏南(CL2000006)、そして同様に対策を講じてきた白枝 遥(CL2000500)の両者が持ち込んだビニールシート等で周囲の壁や床を保護したのち、足に自信のある『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)が部屋中を駆け回るように小さな影を追い続けている。
「なーに、案ずるなお嬢ちゃん、ここにいる人たちはみんなプロで、なおかつこの私は最速な女、ただのチョコレートの固まりお化けなんて瞬殺よ」
「……う、うん」
 一瞬『何故チョコレート相手にここまで本気にならなければならないのだろう』と言う疑念が少女の表情によぎったが、発生に加担した一因と言う自覚はあるために頷くしか出来なかったようで。
 ともあれ、実際雷鳥による反応速度の高さがこの依頼の肝となっている部分は純然たる事実である。
 小柄な体系を活かしたかくれんぼに加え、その足の速さまで加わるとなれば相当の苦戦は必至と言えるが、獲物を探す猛禽のように目ざとい彼女の所作は妖が覚者達の視界から逃れるという逃走条件を決して許さない。
 一頻り部屋の中を駆けずり回ったのち、廊下へと出た妖の後ろで、ぱたん、と。
『――――――?』
「やあ、すまぬがこれ以上、この部屋には立ち入り禁止だ」
 後ろ手にドアノブを握り、戸を閉めた久永がにこりと微笑んだ。
 退路を断たれている。そう理解していればまた展開も違ったかも知れないが、生憎と低級の妖にそのような知性があるはずもない。
「フッフッフ、鬼ごっこじゃあえて鬼ばっかやってた鬼ごっこの鬼雷鳥さんの実力見せてやんよ……!」
 せめて、一刻も空いた扉の向こうへと。
 未だ追いすがる雷鳥の手を辛うじて避けながら、妖は駆け回る。
 が、周囲は僅かな隙間でさえもテープによる目張りが施されている。夏南と遥の対策はこんな細部でも絶好調であった。
 然程長くない時間の最中で、妖もまた体積を減らすことでその速さを上げている……のだが、それで本来の目的である家からの脱出ができないのならばどうしようもない。
 その果て、時間にすれば10分もしない頃。
『……!』
 未だ空きっぱなしの扉。急いで其処へ飛び込んだ後、どこかに狭苦しいところにでも無いものかと妖が考えれば。
 臨む室内は新聞紙とラップで各所が覆われている。指先ほどの大きさとなった妖と言えど、隠れる隙が無いほどに。
 何よりも。
「……やっぱり、チョコで誘き寄せられる、わけじゃないんでしょうか」
 ひょこりと顔を出したのは――湯気の立ち上る洗面器を両手で持った澄香の姿。
 そう、妖が罠と知らず飛び込んだ部屋はつまり浴室。もっとも汚れが付きにくい場所である。
『――――――!』
「生憎ですが、母親を想う気持ちを邪魔する。そんな無粋な妖に容赦はしません」
 言って、人一人が入れる程度の浴室の中。終ぞ逃げ場を無くした妖の真上から、澄香が洗面器をひっくり返した。


「……お、終わったん、ですか?」
 妖が消えた少し後。
 家中を駆けずり回って疲労困憊の様子の少女が、覚者達へと問い掛ける。
「ああ。後は掃除と……そう言えばそなた、菓子を作ろうとしていたのか?」
「え? あ、はい。折角なんでチョコレートをと……思ったんですけどね……」
 久永の言葉に、意気消沈した様子で応える彼女。
 事故とはいえ、自分の手で妖を作り出してしまったという実感はやはり、一般人の少女には荷が重いようである。が。
「気にすんな、何ならまたお化けになってもいい。そうしたらまた私達が倒してやるよ」
「いや、流石に其れは迷惑じゃ……」
 快活に笑う雷鳥へ、困惑した様子で答える少女。それでも『母親』足る者は揺るぎもしない。
「親にとっちゃね、子供が自分のためにやってくれたって事実だけでもう最高なんだよ。
 お母さんのために作るって事は忘れない。それだけで十分さ。出来を気にするようなら……」
 言いかけた雷鳥を継ぐように、ぽむ、と少女の肩に澄香の手が置かれて。
「台所の掃除、真っ先に終わらせました。
 良かったら、お菓子作りを私に教えさせて頂けませんか?」
「え――いや、それは嬉しい、ですけど」
「料理自体は出来るんですよね? それじゃあ今回はクッキーを作りましょう。
 お菓子作りの初心者が作るのに適してますし、アレンジも簡単ですから」
「それじゃあ、僕も手伝うよ。お菓子も大事だけど、外から帰ってきた人のために温かい飲み物も有った方が良いんじゃないかな」
 そっと手を引く澄香達を追うように、遥も笑いながら台所へと向かう。
「それじゃ、私達は片付けと掃除を担当、で良いのかな」
「ええ!? 其処までする必要は……!」
「任せなさい」
 言葉を覆うように返した夏南は、一仕事を終えた職人のような表情できっぱりと言い切った。
「私達は、プロだから」
 主に、何のですか。
 問うよりも先に、澄香に引かれた彼女が清掃済みの台所に向かったのを確認した後、残った三人は、そうして残った後片付けを済ませるべく動き出す。
 と言っても。比率で言えば掃除より、敷いたビニールシートや目張りしたテープの回収、後は動かした家具をもとの位置に戻す方が主だった。この辺りはどちらが面倒かと言うのは難しいが、夢見が『結構頑固』と言ったチョコレートの汚れに立ち会うことがほぼ無かったというのは僥倖と言って良いのだろう。
「……と言うかこいつ、逃げおおせたところで生き残れたのかしら」
 手早く引っぺがしたテープを丸めてゴミ袋に入れつつ、夏南が誰ともなく呟いた。
「どうだろうなあ、余も彼奴の事はちらりとしか見えなかったが、逃げた先のことを考えるほど身体を温存していなかったようには思えたが」
 言いつつ、唯一の男手である久永が重たい家具をひょいと持ち上げた。
「さりとて、溶け往く迄放っておくわけにも行かなかったろうがな。
 ……さて、後は彼方が母親の喜ぶプレゼントを作ることが出来るかだが」
「大丈夫じゃない?」
 対し、あっけらかんと言い返した雷鳥は、雑巾を掛ける手を止めずに小さく笑う。
「子供のために頑張って働いてる母親がさ、その子供からねぎらって貰えるんだから」
 何時か、自分も娘に贈られた記憶を思い出しながら。彼女は確信のようにそう告げた。


「ええ、全体を塗りたいなら先ず縁取りのようにクリームを塗って、その後内側を塗るようにすれば形は崩れにくいですよ」
「は、はい。ええと、あんまり凝らない方が良いですよね」
「おっと、クッキーを焼く時は間をあけて並べてね、生地がくっついて焼けちゃうよ」
「わあ、すいません!」
 場所は変わって台所。遥、澄香の二人に教えられる形で、少女はクッキーを作っていた。
 種類はアイシングデコレーションを施したものと、そうした処理の無いプレーンやココアパウダー等を使ったもの。
 前者はアイシングに使うクリームが固まるまでそこそこの時間を必要とするため、直ぐに渡せるようもう一種類のクッキーを作っておこう、と相談で決まったものだった。
 殆ど(見た目的には)同年代の人間と接しているためか、教わる少女の緊張も少しは解れている。簡単なデコレーションや、一緒に出すココアの作り方なども教える最中、少女は一息をついて二人をちらりと見る。
「……お二人は料理とか、得意なんですか?」
「自炊しているので、多少は」
「僕も、良く親に料理を作るんだ。……まあ僕の親はただ料理が苦手なだけなんだけどね」
 苦笑交じりの遥が、そう言って手ずからココアを作りながら、訥々と言葉をつづける。
「料理する時にはね、とっても想いを込めて作るんだ。いつも有難う、とか『大好き』の気持ち。
 そうやって作った料理を、食べて美味しいって言ってもらえたら、伝わったんだなあって思うんだ」
「……それは」
「君も気持ち、伝わると良いね」
 遥の微笑みに、自分の気持ちを見透かされたような気恥ずかしさを覚える少女は、ただ小さな首肯と言葉しか返すことが出来ず。
(母に気持ちを届ける……私にはもうできない事ですし、少し羨ましいかもしれません)
 その様子を見て、澄香が少しばかり眩しいものを見るような表情を作る。
 少女がそれに気づくよりも早く、平時の笑顔に戻った彼女もまた、微笑みながら「がんばりましょう」と呟く。
 ――そうして、幾許かの時間が経った後。少しだけ形の歪んだクッキーは、彼らの前で焼き上がった。


「何から何まで、本当に有難う御座いました……!」
 妖を倒して数時間が経った後、玄関の前で少女は覚者達に頭を下げた。
「気にしない。それより、最高のお菓子。食べさせてやれそうかい?」
「はい、皆さんのおかげで! ……チョコレートじゃなくなったのは、少し残念ですけど」
 雷鳥に笑顔で言った彼女の視線の先には、覚者達の代表として久永が受け取った、小さなクッキーの包み。
 三人で一緒に作ったクッキーはやはり多少量が多く、余った分を受け取って欲しいと言った少女が彼らへと差し出したものだった。
「ふむ……ばれんたいんはよく分からんが、自分の気持ちを伝える日なのだろう? なら、別にちょこれーとに拘る必要はあるまい」
 言って、自然な動作で包みの口を開けた久永が、出来たクッキーの一つを口に放る。
 美味い、薄く笑った彼がそう言って、少女に改めて問うた。
「気持ちを込めて作れば、どんなものでも母御は喜んでくれるのではないか? 」
「そうね。心を込めて作ったお菓子には、ただの食べ物ではない特別な意味がある」
 それが何であるかなんて、関係なく。
 口にはせず、けれどそう付け加えた夏南は、表情こそ変えはしないものの、普段より幾分柔らかい声音で少女へと言う。
「母親は大事にしてあげなさいね」
「……はい!」
 そうして、覚者達が家を後にした直ぐのこと。
 敷地から出て少ししたところで、彼らは若干くたびれた様子の女性とすれ違った。
 つい先ほどまで居た家の扉を開けた彼女へと、家の中の声は幾分明るい様子で言葉をかける。

 ――お母さん、お帰りなさい。あのね――







■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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