わかれみち
わかれみち



 カラフルな文字と写真が雑多に入り交じる雑誌記事。
 その中の一つを食い入るように見ていた少女は、記事を読み終わると同時に感嘆のため息を漏らす。

「F.i.V.E.かあ……超能力で危険なヤツらと戦う異能集団……カッコイイ!」

 実際は今年の春大学生になりそろそろ「女性」と言ってもいいのかも知れないが、顔立ちは幼く体型もめりはりが少なく小柄。同期の学友にも妹のように可愛がられていたりする。
 そんな少女は昔から魔法や超能力と言った超常的な力に憧れていた。

「犯罪に走る奴もいるけど、正義の味方だってちゃんといるわ」

 悪にも正義にもなれる力。
 そんな力を持ち正義のために戦うのはどんな人々なのか。

「なかなか会えないのよね……」

 最近この地域で目に余る行為を繰り返していたチンピラや、素行の悪い連中が制裁される事件が何度も起きている。
 目撃者の証言、発生した時刻や制裁された連中を調べて行くと、一人の女性が見え隠れしているのだ。

「今度こそ会えるかしら」

 この地域で目立った悪さをする者はもう残り少ない。
 少女は制裁の現場を直に見て覚者と思われる女性に会うため、目星を付けた連中の溜まり場をこっそり見て回っていた。
 自分の思い込みが間違っている事に気付かずに。


「かわいい子ね。小さくて、あどけなくて……」

 その日、少女は望み通りに求めていた物を目にした。
 置き引きやスリの常習犯が集まる溜まり場に現れた一人の女性は、かすり傷一つ負わず連中を制裁した。

「どうしてこんな所にいたの?
 悪い子ね。本当に悪い子……せっかく男で堪えてたのに……これでもうおしまいだわ」

 ネイルアートで飾られた白く細い指で鉄パイプをへし折り、体格の良い男を片手で軽々と吊り上げ部屋の中央から壁に叩きつけた。

「私ね、あなたみたいな女の子が殺したいくらい大嫌いなの。
 でも人殺しはしたくなかった。だから男を狙って我慢してたの。
 ああどうしてこんな所にいるの?
 もう止まらない。もう我慢できないわ」

 目にした光景の凄まじさに悲鳴を上げた少女の頬を、女性の手が優しく包む。
 次第に爪が肌に食い込み、血が滲んで行く。

「かわいそうに。痛いわね、怖いわね。もっともっと苦しんでちょうだい。
 こんな所に来たあなたが悪いのよ」

 雑誌に殺人事件の記事が載る。
 『巷を騒がせていた暴力事件が遂に凄惨な殺人事件に!
 犠牲者の中には地元の大学に通う……』

「かわいそうな事をしてしまったわ。でもこれからもっとするわ。
 次はどんな子がいいかしら。どうやって殺そうかしら」

 箍を無くした殺人鬼が、優しい微笑みを浮かべて記事に載った少女の遺影を撫でた。  


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:
■成功条件
1.『少女』とスリグループの救出
2.隔者の『女性』を撃破または撃退する
3.なし
 皆様こんにちは、禾(のぎ)と申します。
 好奇心は猫を殺すと言いますが、少女の行いは自らの死だけでなく何人もの死を呼ぶ一人の殺人鬼を生む事になってしまいました。
 この悲惨な結末をどのように変えるかは皆様にお任せします。 


●場所
 大通りから細い路地に入り、五分ほど歩いた所にあるクラブハウス。
 実は既に廃業しており、行状が悪い連中の溜まり場になっています。
 周辺は少々身持ちの悪い人々の棲家や店となっており、多少騒いだ程度では誰も気にしません。
 『少女』が来るのは午後22時。『女性』が来るのはその二十分後です。

 路地から入ると五畳ほどの横長のエントランスがあり、両開きの扉を開けると大雑把に縦20m、横15mほどのホールに入れます。
 ホールの奥は入り口から向かって左からカウンター、DJブース、ブースに登る階段、化粧室と裏口に繋がる廊下と続きます。
 裏口は鍵が掛かっていますが当日は少女がピッキングして開けています。

●人物
・『少女』安曇野 芽愛(あずみの めい)/一般人
 黒髪ボブショートにどんぐり眼。
 今年の春大学生になったものの、体格も顔つきも幼い。
 覚者への憧れから最近起きている暴行事件を『正義の味方の行い』だと追いかけ続け、隔者が殺人に走る決定的な切っ掛けに。

 当日は裏口から入り、廊下の柱に隠れて自作したレンズ部分だけ伸ばせるカメラで撮影しています。
 事件が起きると腰を抜かして動けません。

・『女性』岬 翔子(みさき しょうこ)/隔者
 背が高くスレンダー。長い黒髪に猫目のクール系。
 彼氏に浮気された挙げ句捨てられた悲しみと怒りで覚醒。
 芽愛のような子供っぽく可愛いタイプの女性に殺意を抱いていたものの、殺人に対する忌避から性別の違う行状の悪い男を狙って誤魔化していました。
 しかし暴行現場で芽愛を見付けてしまい、殺人への衝動を止められなくなります。

 事件当日は表から入り近くにいる順でスリグループを襲い、最後に芽愛を見付けて殺人に及びます。
 
・スリグループ/一般人
 置き引きやスリの常習犯。当日は十代後半から二十半ばまでの十人がクラブハウスのホールにいます。
 三人がカウンターで酒をのみ、七人がホール中央で三つのテーブルに分かれてガードや『収穫』の確認をしています。

 翔子の襲撃一回目では生き残りましたが、芽愛を殺した事で箍が外れた彼女に改めて襲われ死亡するはめに。
 仲間以外は信用しないため、助けようとしても素直には聞きません。
 現場に残したままでいると翔子に攻撃を仕掛けて思わぬ事態を起こす危険があります。

●能力
・岬 翔子/隔者
 彩の因子/火行
 装備/爪(ネイルアートを施した爪。格闘武器)
 芽愛を発見後理性の箍が外れ殺人も厭わぬ勢いで戦いますが、不利を悟ると逃走します。
 特殊攻撃能力が高く反応速度は低めの代わりに体力と防御力がそこそこあります。
 芽愛を発見していなければ多少攻撃力が落ち逃走するタイミングが早まりますが、戦闘した時点で理性の箍が外れているため今後殺人に対する忌避がなくなります。

・スキル
 醒の炎(自単/強化)
 炎撃(特攻ダメージ+火傷/格闘)
 圧撃(特攻ダメージ+ノックB)

・技能
 第六感
 韋駄天足

 情報は以上となります。
 皆様のご参加お待ちしております。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年06月27日

■メイン参加者 8人■

『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)


 表通りのように車が通るわけでもなく、夜の遊びに興じる人々が行き交うわけでもなく、それでいて誰かがどこかに潜んでいるかのような、裏路地には近寄るのを躊躇う独特の空気が漂う。
「こんな所に女一人で来るなんてな。度胸があるんだか鈍いんだか」
 短い金髪にくしゃりと手をやって言う東雲 梛(CL2001410)もその空気を感じ取り、さりげなく周囲に視線を巡らせた。
 この裏路地から先は少々身持ちの良くない人間の棲家だとかで、日が出ている間もあまり近付くなと言われているような場所だった。
「自作レンズにピッキング、現場を探して張り込みか……芽愛ちゃん、ちょっと此処で人生を終わらせちゃうには勿体ない逸材だとは思うんだけどねぇ。危機感が足りないかな」
 あご髭を撫でながら苦笑する蘇我島 恭司(CL2001015)のカメラマンとしての経験と勘が、この場所は女性一人で立ち入るようなものではないと伝えて来る。
 潜んでいるような、ではなく実際に潜んでいるのだ。
 一見すると何の変哲もない家屋や経営しているのかよく分からない店の窓越しに、突然現れた異分子の集団を窺う視線がある。
「正義の味方、かぁ。まあ僕はそのつもりだし、わからなくはないけど。憤怒者でもない一般人に手を出すような奴が正義の味方なわけがないんだ」
「想像と現実は違うって事のいい例だよなー。しかも虎穴に入るのはいーんだけど、うっかり虎の尾を踏んじまってるみたいだし」
 集団の中でも特にこの場所で浮いているのが御白 小唄(CL2001173)と十河 瑛太(CL2000437)。二人は集団の中で一際小柄な少年少女である。
「芽愛さんもだけど、翔子さんもよく一人でここに来たね」
 そう言う工藤・空(CL2000955)も二人と変わらない歳だ。周囲の仲間はさりげなく彼等を囲むように歩いている。
「フラれた事で憎悪に支配されちゃった女性、か」
 空と似たような歳に見える小柄な指崎 まこと(CL2000087)だが、呟いた声と穏やかそうな顔には見た目とは異なる年齢相応の苦みが滲む。
「人の愛のうらっかわは憎ってか。愛憎渦巻き、それは理屈じゃ解けない女心ってやつなんやろうな」
 眼帯に包帯。肌を見せた衣服。どちらかと言えばこの界隈の雰囲気に近そうな格好をしている切裂 ジャック(CL2001403)が溜息を吐く。
「それに巻き込まれてしまう犠牲者はたまったものではないね」
 この路地裏では浮いてしまう儚げで線の細い鈴白 秋人(CL2000565)はまだ現れていない隔者と、彼女がこの先起こす事件を思う。
 向かう先に灯の入っていないクラブの電光看板が見えて来た。
 ここが今夜凄惨な殺人現場になる場所だ。
 八人は夢見が見た未来を変えるため、店に向かって足を踏み出す。


 表よりも更に暗く狭い建物と建物の間を通って裏口に向かったのは梛、恭司、小唄の三人。
 彼等は裏口に回ってすぐに目的の人物、好奇心から危険に飛び込み犠牲者になってしまう安曇野 芽愛(あずみの めい)を発見した。
 手元を見ればドアの鍵穴に妙にてきぱきと道具を使ってピッキングを行っている。
 その背中に梛が声を掛けた。
「あんたこんな所でなにやってんの?」
「っ!」
 梛の声に芽愛の背中が跳ね、慌てて振り返ってくる。
 その目が梛の周囲に浮遊する人魂を発見して驚愕に見開かれた。
「ゆ、幽霊?」
 覚者の存在は知られているとは言え、近くにいなければ外見特徴など詳しく知る機会が特にない一般社会。芽愛には人魂と覚者が繋がらなかったらしい。
「俺はF.i.V.E.の覚者だ。暴走寸前の覚者が現れると聞いて来たんだ」
「F.i.V.E.の覚者?! ウソ、本物に会っちゃった!」
 声量は抑えながらもはしゃぎだす芽愛。梛ばかりか恭司と小唄も流石に呆れ顔だ。
「あんたさ。俺より年上なんだろ。少しは考えて行動したら? あんたが追ってる奴だって確信もなかったんだろ」
「なかったから自分で確かめに来たんじゃない! でも意外な所で正義の味方に会えたわ!」
 正義の味方。この一言で梛は顔をしかめる。
 黙りこんだ梛に気付かずはしゃぐ芽愛に小唄が水を差す。
「僕達F.i.V.E.は、神秘が関与しない一般人の悪事には基本的に干渉しないよ」
「えっ? でもこれまで何度も……」
「まあ、見かねて手を出しちゃう事もないことはないけど。僕達は妖が起こした事件とか、隔者の悪巧みをとめたりするのが仕事」
 小唄の言う事は芽愛にとっては思わぬ事だったらしく戸惑い始める。
「覚者を追うなら一つ、肝に銘じておかないといけない事があるんだよ」
 戸惑う芽愛に恭司が一歩近付く。
「『覚者関連は命がけ』危険を見極める嗅覚がなければ何があってもおかしくないんだ」
「だな。憧れは自由だけど、いざと言う時の事を考えて行動した方がいいよ」
 恭司の告げた言葉が芽愛の頭に浸透するのを待ち、梛は勢いよく店の壁を殴る。
 普通なら硬いコンクリートの壁はびくともしないだろうが、壁は大きくひび割れ細かい破片が飛び散った。
「覚者の力ならこういう事も出来る」
 呆然としている芽愛に、梛は彼女を襲うはずだった不幸な未来を告げた。
「あんたはこのままここにいたら追っていた暴走寸前の覚者に殺される。俺達の夢見がそう予言した」
「殺される……? 覚者に?」
「すでに暴力事件を何度も起こしてる。正確に言うなら隔者だね。それより、早くここを離れた方がいい」
 恭司が付け加えて固まっていた芽愛の肩をぽんと叩く。
 びくっと跳ねた反応を見て、ちょっと効きすぎたのかなと思いつつもそれならそれでいいかと結論付けた。
「自分の身は自分で守れるようにしなよ。俺達はいつでもあんたを助けられるわけじゃない」
 まだ呆然としている芽愛に帰れと表の方を指し示す梛。
 小唄も同調して早く行ってと促す。
「まあとにかく今はここから逃げて。このまま居たら、正義の味方と勘違いしてた人に殺されちゃうよ!」
 芽愛は壁にできた亀裂と三人の顔を交互に見ていたが、やがて顔をうつむかせると勢いよく頭を下げて路地の表の方へと駆け出した。
「これで大丈夫か?」
「うーん……どうだろう?」
「まあ頭は冷えたと思うよ」
 三人はこの場はよしとして裏口に入ろうとすると、そこから縛られたスリグループの男達が放り投げられた。
「やっぱり説得はきかなかったみたいだね?」
 恭司が店内の方に声を掛けると、表に向かった五人がそれぞれの反応で気絶した上で縛られたスリグループを見下ろす。


 時間は少し遡る。
 クラブハウスの表口は鍵が掛かっておらず、そちらに回った面々は簡単にクラブハウスの中に侵入する。
 ガラス戸を開いた瞬間、覚者達を煙草と酒の臭いが取り巻いた。
「ぁあ? 何だお前ら。どこの連中だ?」
 スリグループはホールに入って来たの見覚えのない人間に身構える。
「俺達はF.i.V.E.の者だよ。お兄さん達、ここ最近のニュース。素行の悪い連中が制裁されてるっていうの知ってる? 今度のターゲットはお兄さん達みたいだよ」
 空は気負いなく前に出てスリグループとの交渉を試みる。
「ヒーローごっこか? ガキは家帰って寝てろ」
 酒で酔った赤ら顔の男がげらげら笑う。他の連中も揃って馬鹿にした笑いを浮かべて囃し立てるか警戒心を丸出しに黙って見据えていた。
「なあ、これ無理なんじゃねえか?」
 瑛太は馬鹿にした目で見られたのが腹に据えかねたのか、儚げな少女の風情を台無しにする素が出ていた。
「怪我をさせたくないし、穏便に済むのが一番なんだけどね」
「猶予は二十分。そんなに時間をかけられない」
 空と変わらない身長のせいで「ガキ」と言われたまことと中性的な容姿から「ねーちゃん」とからかわれた秋人もこれは仕方ないと含む。
「おいガキ、いきがってこう言う所に来るとロクな目に遭わねえぞ。悪い事は言わねえからさっさと帰れ」
 しっしと手で払う仕草をされたジャックも仕方ないとデコレーション過多で原型が分からなくなった杖を取り出す。
「下手したらこいつらも殺されるんだ。人の命は地球より重い。殺したらダメだ。死なせてもダメだ」
「ほんとはお兄さん達の行為も見過ごせるものじゃないけど、今回はその制裁を加えてる人が殺人まで起こす未来が見えてるからね」
 空もスリグループの男達の反応から説得はできないと悟った。
 割と勘が良いらしいスリグループが何かを察知して動き出したが、時すでに遅し。
「と、言う訳で縛って転がしておこうかなって」
 特筆する事もなくあっさり終わったスリグループとの顛末を語り終わった空。
 スリと置き引きを専門とする彼等は人との喧嘩を躊躇わない精神はあったが、喧嘩して強いかどうかは別の話だったらしい。
「放っておいたら翔子さんに殺されちゃうかもしれないしね」
「騒がれても困るからこれで良しとしようか」
 小唄と恭司が同意を返し、改めて覚者達は店内に入って行く。
「それじゃお……私はそこにいるね?」
 先程脱げた猫を改めてかぶり直した瑛太は夢見の予知で芽愛が隠れるはずだった廊下の柱で足を止める。
 他は先程放り出したスリグループに代わってホールに入った。
「うう、窮屈……我慢我慢」
 ぐいぐいとパーカーとズボンに耳と尻尾を隠す小唄。
 背中の翼を大きめのパーカーで誤魔化すまことも少し居心地が悪そうだ。
 これからやって来る隔者、岬を迎え撃つに当たって覚者達はスリグループを装うために因子を示す特徴を隠す事にしたのだ。
「人魂……オマエ、案外使いづらいな」
 ジャックの方は人魂をどこに入れるか考えた後、フードを被ってさっと人魂を隠した梛に倣う。
 特に隠す事に困らないのが空と秋人、隠す事もないと若返った姿になった恭司は酒が並ぶカウンターに座った。
 全員が配置についてしばらく、実に無造作に一人の女性が入って来た。
 長い黒髪にほっそりした体つきの女性、岬 翔子(みさき しょうこ)の猫目がホールにいる男たちを眺め、あら? とまことと空の所で首を傾げた。
「子供がいるわ。おかしいわね。悪い子なのかしら」
 時間は夜二十二時を過ぎ、場所は裏通りにある潰れたクラブハウス。
 翔子自身もここがスリグループの溜まり場だと知って来ているのだ。違和感はすぐに警戒心に変わる。
「まって! 正義の味方じゃ無いの? 逃げないでよ!」
 翔子が警戒を強めた事を悟った瑛太が柱の影から飛び出してきた。
「また子供?」
 瑛太の一際小柄で儚げな容姿を、ネイビーの清楚なワンピースが引き立てている。
 何故こんな子供がここに? と言う疑問と同時に違和感が危険信号へと変わる。
「逃がさない!」
 その場から離れようとした翔子に先んじて空が抜刀。素早い二連撃を避ける事はできず、翔子が思わぬ痛みにたたらを踏んだ。
 この間に因子の特徴を隠していた仲間も覚醒し、翔子を取り囲んで行く。
「まあなんてことかしら。どうしましょう」
「悪いけど、逃がさないよ!」
 言葉の割に焦ったように感じない翔子に小唄が速度を乗せた鋭刃脚を見舞った。
 刃のような鋭い蹴りに翔子の顔が厭わしげに歪む。
「酷い子たちね。どうして男って酷いのかしら」
 これまで受けた事のない痛みのためか、初めて経験する戦いの興奮なのか、翔子は感情的に言い放つ。
「酷い男。それが貴方を暴力に走らせたのですか?」
 紫鋼塞を掛けていたまことが翔子に問い掛ける。
「なぜ貴女はそんなにも怒りに支配されているのですか? 教えてください、貴女の衝動の源を」
 少しでも翔子の精神を解きほぐそうとするまことに、翔子は炎の拳で答えた。
「聞く耳は持たないと言う事かな」
 秋人は受けた炎の拳を跳ね除け、超純水で自身の回復力を上げながら肌に残る炎のように理性の揺らぐ翔子の目を見返した。
「いいえ聞こえてるわ。その通りよ。だから私も酷い事をするわ。そうよ。酷い事をするのよ」
 喋っている内に翔子の目から理性との葛藤を示す揺らぎが収まっていく。
 それも、理性が消えて行く方へ。
「もっと酷い事をしないとけないわ。あの女。そう、男だけじゃだめよ。あの女に酷い事をするの」
「正義の味方じゃ、なかったのね」
 まだしっかり猫を被って演技する瑛太の体から活性化した炎が立ち昇る。
 彼女の目から見ても翔子は明らかに異常な方へ傾き出していた。
「此処で捕らえないと面倒になるね」
 恭司の演舞・清爽を受け、翔子を包囲した覚者達が攻撃に出る。
「さっきの安曇野はまだ素直だったからいいが、こっちは大分拗れてるな」
「恋愛で拗れた挙句の殺人鬼か……俺たち相手ならいくらでも発散していいけどな」
 梛とジャック、二人の破眼光が拳を振りかざし殴りつけて来る翔子に向けて放たれた。
「痛いわ。痛いわ。どうしてかしら、今日は上手く行かないわね」 
「もうやめな。人の恋沙汰でどう起きようが、何が起きようがそれはもう同情するしかないけど、それで手を汚す理由にはならん」
 ジャックの破眼光を腕でガードした翔子の手から、ネイルアートを施した爪が落ちる。
「頼むから、もう駄目って思ったら退いてな。あんたがこれから幾度、人を殺したいと呪っても、そのたびに俺達が止めに入るから」
「そうね。やめた方がいいわね」
 翔子は床に落ちた爪を見て、受けた傷の痛みを確かめるように手を当てる。
「こんなに痛いのは初めてよ。やめた方がいいわね……今日は」
「今日だけかよ!」
 少し期待したのか、思わず被っていた猫を放って叫ぶ瑛太。
「俺達が怖くなったのかな。どうせ弱い者しか攻撃できないんだろ!」
 裏口の通路の前に立った空が語気を荒げ、雷獣を放つ。
 雷獣に撃たれながらも翔子はそれを押しのけるように駆け出した。
「逃がさないって言ったよ!」
 駆け付けざまに繰り出される小唄の鋭刃脚が翔子の足を刈る。
 まことも逃がすものかとエアブリットを撃つが、翔子の足を止めるには至らなかった。
「暴れるだけ暴れて逃げるなんてとんだ正義の味方だな!」
 瑛太が声を上げるが、翔子はうすらと笑みを浮かべて秋人に熱圧縮された空気圧の塊をたたきつける。
 腹のあたりで爆発するような衝撃に押されて秋人の体が後方に吹き飛ばされた。
 秋人が飛ばされてすぐ前に出ようとしたまことをやりすごし、恭司の雷獣に纏わりつかれ瑛太の飛燕に切り裂かれながら包囲から飛び出す。
 反応速度に勝る空と小唄が追ったが、翔子が表口の両開きの扉に飛び込む方が僅かに早い。
「さようなら。もう会いたくないわ」
 後を追う覚者達の耳にそれだけ残し、翔子は夜の路地に消えた。


「逃げられたか……」
 外に飛び出した覚者達だったが、翔子の姿はすでにどこかへ消えていた。
 ほとんど交戦しなかったために覚者達の怪我は軽い物だったが、まるで石でも飲み込んだかのような重いものが蟠る。
「すぐにF.i.V.E.に報告しよう」
「そうだね。捜査が早ければ発見できるかもしれない」
 気持ちを切り替えるように言う秋人と恭司だったが、がたんと音を立てて倒れた古看板に全員の視線が集中する。
「あ、ご、ごめんなさい……えっと、やっぱりその……」
 しどろもどろに倒れた古看板の裏に隠れていたらしい芽愛に、視線は呆れと怒りのものに変わった。
「まったく……困ったね」
 恭司が疲れたようにあご髭を撫でて息を吐く。
 梛は呆れてものが言えないと言った風に空を仰ぎ、小唄はどうしたものかと半眼になっていた。
 三人の様子を見た他の覚者達も大体の事を察したようだった。
「本当は此処で君が彼女に殺されていた所だったんだよ……?」
「君さ、自分が死ぬかもしれなかったって事、ちゃんと理解してる?」
 秋人とまことが目を逸らさせないように両側から芽愛を見据える。
「これに懲りたら、一人で危ない場所に突っ込むのは止めるようにね」
「君が死んでしまう未来を夢に見て防いでくれた人が居る事に一番感謝して、もう、こんな事はしないと約束出来るかい……?」
「えっと……それはその……」
「しっかりしろよ。あんたもう大学生なんだろ?」
 さすがに瑛太にまで言われるとこたえたのか、芽愛ががくりと肩を落とす。
 しかしここで「はい」と返事がないあたり誰も安心できなかった。
「こりゃ後で改めてお話かな……」
 恭司が連絡先を教えるかどうか考えていると、まことも厳しくしていた表情を少し緩めた。
「もし君がこれからも、覚者という存在に関わりたいと思うなら。僕らの所に、遊びに来てみるといいよ。FiVEは、覚者への善意の協力者を、いつでも歓迎してるからね」
 まことにそう言われてすぐに目を輝かせて顔を上げる芽愛。
 その反応に覚者達はもう呆れる他なかった。
「とりあえず夜も遅いし、家まで送ってからF.i.V.E.に報告か」
 これは放っておいたら帰りにも何か起こすんじゃないかと梛が言う。
 失われるはずだった命を救う事はできたが、理性を失った翔子は夜の中に放たれてしまった。
 先の事を思わずにはいられなかったが、今夜の所はこれ以上の事件が起きるのは御免こうむりたいと言うのが正直なところだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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