雪やふれふれ、もっと降れ
雪やふれふれ、もっと降れ


●ふれやふれ
 しんしんと、雪が降り積もる。
 丸一晩以上降り続いた雪のおかげで、辺り一面はすっかり銀世界だ。
 黒々と生える木々が樅の木でもあったならさぞかし絵本の中のような光景だったのだろうが、生憎この辺りは竹林だ。ふっかりとした柔らかそうな雪の絨毯の中を、所狭しと色褪せたり青々とした竹は節ごとにまで雪を積もらせて、白い化粧を纏っている。
 どちらかといえば閑散とした、しかし少し離れた所には石畳が整えられてその先には小ぢんまりとした神社がある為に、忘れ去られない程度の頻度で、客が近くを擦れ違って行く。
 だが、そんな事は知る由も無い。参拝客も、それも、どちらもが。

 それは、雪だるまだった。
 分厚い雪の絨毯が、そこだけ不自然な小山になったその上に浅く沈み込んで、のっぺらぼうの顔を心持ち空に向けている。
 元からのっぺらぼうだった訳ではない。それは程近い家に住む少女が、白い世界にはしゃいで作った雪だるまだった。彼女が手がけた時にはそれはまだ両手に乗るほどに小さく、秋から大事に残されてきたどんぐりの両目と、茶色と緑の松の葉の口が飾られていた。
 それが今やすっかり大きく膨らんで顔が真っ白になり、最初は丁度良かった筈のおもちゃのポリバケツが、頭の上にちんまりと所在無く乗っかっている。
 舌っ足らずな口調の、まだ小さな少女だった。「ゆきがやんだら、ゆきだるさんもとけちゃうかなぁ」。雪だるまは、その言葉を覚えている。意味など到底知らないが、それがきっと愉快な事ではないのだろうというくらいには。
 雪だるまが見上げる空は、地上を埋める白に等しく真っ白だった。分厚い雲がどこまでも広がって、やはり真っ白なふわふわの粒、大きな雪を音も無く降らせている。
 降ってくる雪がそれの頭にぽとんと落ちて、身体の上をころころ転がりながら落ちて行った。振り募った雪を纏って、崩れる事もなく少しだけ粒を大きくし、雪原に転がり落ちた雪の粒は雪原の上をぴょんぴょんと跳ね出す。生き物のように。
 何粒かの雪は、雪だるまの乗る小山の中に潜り込んだ。人の目にはごく僅かな差だろうが、潜り込んだ雪の数だけ、雪山は少し高くなる。
 不自然な雪が降るのは、雪だるまの上とその周囲だけだった。同じ雪を浴びて、周囲で転がる雪うさぎ達は南天の目を雪だるまに向けた。
 丸い雪人形は時々ぶるっと身震いして、身体の上に積もる雪を振るい落とす。動いているのだ、雪だるまも、雪うさぎ達も、彼らの上に降る雪も。そうして落ちきらなかった雪の粒が、そのまま雪だるまの身体を少しずつ大きくしていく。

 しんしんと、雪が降り積もる。
 雪山は徐々に高くなり、雪だるまは膨らんでいき、雪うさぎ達はまどろむように転がっている。

 
●雪かむりのお人形
 厚めに降り積もった雪の上に、時間経過ごとに大きくなっていくのっぺらぼうの雪だるまが一体。
 雪だるまの足元の小さな雪山も少しずつ高くなっていき、雪だるまと小山の周りには、歪な雪うさぎ達が転がり跳ね回っている。
 提示された資料をおおよそ略せば、そんな非現実的な、しかし怪異に対峙する者には然程珍しくもない、不可思議な説明が踊っていた。
「雪だるまを倒せば、その上から降ってくる雪は止まる筈です」
 これですと、久方 真由美(nCL2000003)は資料上にある、雪だるまとその周囲へそこそこ不自然な速さで降り積もって行く雪の項目を示す。
「この雪は雪だるまと雪うさぎの身体を、少しずつ大きくしていっているようです。それによりエネミーの能力が特に強化される訳ではないようですが、大きくなればなるだけ目立つ事は間違いないでしょう」
 何しろ大きくなれば一挙手一投足から攻撃まで、派手になる事は考えられる。
 投げ合う雪玉がこぶし大から一抱えにまで大きさを増せば、それだけ人目も惹いてしまいかねない。
「雪だるま達のいる辺りに人通りはほとんどありませんが、夕方には子供達の遊び場になるようですから、出来ればそれまでに対象の討伐をお願いしますね」
 真由美は手にしたファイルを閉じて、そう頭を下げたのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:猫弥七
■成功条件
1.全エネミーの討伐
2.エネミーの住宅街、神社への進入阻止
3.なし
 ごきげんよう、猫弥七です。
 はじめまして、またはお久し振りです。
 どうぞよろしくお願い致します。


●時間帯
 14時以降――
 最短での遭遇時間は14時だが、行動の選択によって遅延させる事も可能。
 16時には子供達が竹林に遊びに来る。 

●立地
 参拝客の少ない、小ぢんまりとした神社を囲む広い竹林の一箇所。
 竹林を抜けて少し進むと閑静な住宅街に続くが、よほどの騒音を立てない限り、竹林内の騒ぎは住宅街や神社には届き辛い。
 全体的に積雪があり、場所によっては足を取られやすい。

●エネミー
・「ゆきだるさん」(自然系ランク2)×1
 住宅街に住む少女が作った雪だるま。体当たりの他、身体の周りに降る雪の粒を意のままに操る。
 数ターンごとに少しずつ大きくなるが、攻撃によって肥大化の阻止が可能。
 己を中心にした一定範囲内を「命令範囲」とし、その範囲内にいるゆきうささんを命令によって従わせ、戦わせる事が出来る。

・「ゆきうささん」(自然系ランク1)×3
 大人のこぶし大の大きさの、南天の目をした少々歪な雪うさぎ。体当たり、逃走以外の何も出来ない。
 ゆきだるさんの命令範囲内にいる個体は命令を聞くものの、離れた距離にいるゆきうささんは住宅街や神社をめがけ、好き勝手に移動を始める。
 個々の体力と戦闘力は低く、攻撃やスキル以外の手段でも討伐可能。基本的に好奇心旺盛。

・雪山×1
 毎ターン30cmの勢いで高くなっていく、雪が集まって出来た小さな山。天辺に「ゆきだるさん」が乗っかっている。
 雪山そのものに効果はないが、放置すると巨大化して人目に触れやすくなる。
 毎ターンゆきだるさんに一定ダメージを与えるか、雪山の破壊により阻止が可能。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
公開日
2016年02月19日

■メイン参加者 7人■

『デブリフロウズ』
那須川・夏実(CL2000197)
『キャンディータイガー』
善哉 鼓虎(CL2000771)
『ハルモニアの幻想旗衛』
守衛野 鈴鳴(CL2000222)


 マフラーは鼻近くまでしっかりと首を覆い、コートの全面はすっかりボタンを留めておく。冬仕様のブーツは、内側にたっぷりとしたボアを敷き詰めてある。
 それでも尚、雪に包まれた竹林は寒過ぎたらしい――少なくとも、彼には。
「……寒い!」
 新咎 罪次(CL2001224)が、銀世界に短く声を上げた。雪が音を吸い込んででもいるのか、聞こえるのは彼らが起こす物音の他、ずっと遠くからぼんやりと響く学校のチャイムだけだ。今の所は参拝客らしい姿も通りかからず、近隣に住宅街がある事さえ漠然としている。
「北国じゃないしヨユーとかナメてたけど、この国の冬って、こんな寒いんだなー……」
「やけど子供としてははしゃがずにはおられまい! 雪かきとか大変やろけどな」
 冬ごとに雪に悩まされる家々に同情を垣間見せながらも、『キャンディータイガー』善哉 鼓虎(CL2000771)はまだ誰にも荒らされていない白を踏んだ。盛りの季節を過ぎた雪はそれでも、浅く彼女の足跡を残す。
「はあっ……息、真っ白です。まだまだ寒いですが、少しずつ春に近づいてるんですよね」
 冷気で少し赤くなった指先に息を吹きかけて、『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)の視線が空を向く。春草のような色をした双眸が、冬の忘れ形見のようにはらはらと振ってくる雪を見た。
「でも、雪だるま達はそれが辛いから……動き出しちゃったのかも知れません」
 彼女がちらりと振り返った先には、道端に幾つも置かれた小さな雪だるまがあった。暴れ出したという妖とは異なる、子供の手によるものだろう、どこか歪な雪人形だ。
「椿花。雪だるまとか作ったことあるか?」
 道をふさいだロープに立ち入り禁止と書いた板を吊り下げながら、香月 凜音(CL2000495)は傍でロープを張る手伝いをしていた『天衣無縫』神楽坂 椿花(CL2000059)を見下ろした。顔を上げた椿花は、自信ありげに胸を張って頷く。
「雪だるま、作ったことは無いけど作り方なら知ってるんだぞ! この前、友達とかまくらを作ったから、雪だるまもきっと作れるんだぞ!」
 しかしすぐに、我に返った顔をして凛音を見上げる。
「雪だるま、椿花が作っても妖になったりするのかな……? 椿花の作った雪だるまが動き出して、一緒に遊べたら楽しいけど……そうなったら壊さないとダメなんだよね……?」
 恐る恐る尋ねる椿花に少し目を瞠り、凛音は微かに眼差しを緩める。
「……大丈夫だろ。今回のも、必然性があって妖化した訳じゃないだろうしな」
 大丈夫だろうともう一度繰り返すと、不安げだった椿花が安心したように表情を輝かせた。
「椿花が作っても妖にならないなら、同じような雪だるまを作って……もっとお友達も増やしてあげるんだぞ!」
「ストップ。……いたよ」
 群れるように生える竹に触れないようにして先に立っていた指崎 まこと(CL2000087)が、そう声をかけてカメラを取り出す。目的は敵の姿形の記録だ。雪だるまの方はどうにもならないかもしれないが、雪うさぎに関しては未だ原型を保っている。
 覚醒者としての能力が許す限り距離を置いているとはいえ、遠目に見る雪だるまと雪うさぎは呑気に雪浴びを楽しんでいた。未だ自分達に気付いた様子のない白い塊達に、まことはレンズの奥で少し目を細める。
「あれだけ跳ね回ってると、最初がどういう状況だったのか分からないな……」
「妖化する前の配置なら、真由美に資料を貰ってきたわ」
 後は勘でいくしかないだろうけど。そう付け足しながら、応えを返したのは『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197)だ。
 覚醒者達の視線をその一身に浴びながら、雪だるま達は気付きもせずに、ただ降る雪を浴び続けていた。



「きゃッ――」
 タイミング悪く雪に足を取られて飲み込んだ悲鳴は、尻餅をついた事で小さな呻き声へと変わった。
 夏実に体当たりを喰らわせてみせた雪うさぎは、ぴょんと後ろに跳びつつ心なしか誇らしげだ。歪な楕円形の下部が胸と言えるのなら、若干反り気味に胸を張っている。
 咄嗟に杖を模した姿のまま刀を振り抜けば、鋭く礫と化した水滴が敵の白い身体を少し削った。慌てたように飛び跳ねた雪うさぎがすぐさま身体を低く――出来る限り低くしているつもりらしい様子を見せる間に立ち上がって、夏実は改めて杖を握り構え直す。
「トクイじゃなくてもイヤでも、ヤラなきゃいけない事はヤラなきゃだもの」
 自分を鼓舞するように雪うさぎへと向き直りながら、「痛いのはガマン」、と小さく呟く。
「なんや、大丈夫か~? 怪我しとらん?」
 足元を跳び抜けようとしたした雪うさぎの前に立ち塞がって逃亡を遮り、鼓虎がちらりと夏実の様子をうかがう。それに気付いた夏実が、衣服に引っ付いた雪を叩き落としてつんと顎を上げた。
「フ、フン! 平気よ、よ、弱音なんか吐かないんだから!」
 少々目を潤ませながらも、動揺しながら夏実が言い返す。
 そんな彼女へと勢い良く突っ込もうとした雪うさぎの前へ、まことが素早く割り込んだ。妖が飛び跳ねたタイミングで硬く圧縮した空気の塊を打ち込む。見た目通りの軽さらしい雪の塊は容易に弾き飛ばされ、遠く転がる。
「なんだかこの構図、小動物を狩る猛禽類みたいだな」
 ぶるぶると身震いして跳ね起きた雪うさぎとの距離を測りながら、緩やかに空を羽ばたきつつまことは唇の端を釣り上げた。喰らう為に狩る訳ではない。だが、本質は確かにその通りに違いなかった。
 対となった盾を構え直すと同時に意識を集中させ、気を合わせる。正面に据えた雪うさぎがぶるりと大きく身震いし……直線状、その奥で高くなりつつあった雪山の一部が崩れ落ちた。
 雪うさぎの相手をまことに任せて後方に下がり、仲間達全体を視界に捕えて杖を握った所で、夏実はバッと広がる竹林を振り返った。仲間達の掛け声や戦闘のもたらす音、竹の枝葉から雪の落ちる音。それらに紛れるようにして、確かに予定にはない微かな人の声が聞こえてきたのだ。
「妖が暴れてるの! 危ないから来ちゃ駄目!」
「どうした?」
「誰か来たみたい……!」
 竹林の中に立ち入る前に、立ち入り禁止区域を模して張り巡らせたロープを思い起こして眉を寄せる。とはいえ地域に密着したような神社の事だ、正規の通路以外にも、地元住人が使う小道や横道の一つもあったのだろう。
「来るな!」
 木々のざわめきと、新たに雪の落ちる音を聞き付け凛音もまた声を張り上げる。
 幸いにして声は騒音をついて届いたのか、それともいまだいとけなさのある夏実の声に比べれば 現実味があるという事だろうか。
 どうやら子供の悪戯とは思わなかったらしく、竹林の奥のざわめきは動きを止めたようだった。視力を高めた双眸を細めるようにして様子をうかがった夏実が、此方から離れていく数名の姿を認めて安堵から溜息を吐く。
 不意に、轟、と風の唸る音が響いた。積もる雪を散らすようにして鋭く風が吹き付ける。
「く……っ」
 地を離れて羽を広げていたまことが、風に煽られてバランスを崩した。風、というのは語弊かもしれない。巻き込むように襲いかかってきたのは、雪だるまの周囲に降り積もっていく雪の粒だ。
 木々の間隔は広くはなく、咄嗟にその内の一本に手を伸ばして身体を支える。
 吹雪のような音が再び大気を唸らせ――しかし隙をついてまことを襲う事が叶わなかったのは、地を這うようにして斬り上げた斬撃が逃げ損ねた雪うさぎの一匹両断し、同時に雪だるまの胴にも太刀筋を残したからだ。雪だるまがそのまま切り飛ばされずに済んだのは、器用にも足のない身体で後方へと飛び退いたからに違いない。
「可哀想だけど、そのままにしちゃダメだから……よそ見は厳禁なんだぞ」
 雪で出来た白い巨体ががぶるっと身体を震わせると、雪の粒が霰のように一斉に椿花へと向かい降り付ける。
 雪粒はその小ささに見合わず、一粒ずつに礫に似た重さがあるらしかった。とはいえ粒自体の大きさは些細なもので、それらに刀を振るい薙いでいきながら、椿花はふと自分の手の甲を見た。
 紫の炎を抜けてきた雪粒は、心なしか僅かに威力が下がっている気がするのだ。
「……椿花の炎でも少しは溶けやすくなったりするのかな?」
 試しに炎の絡んだ刀で意識的に吹雪を斬り付けると、雪粒そのものに意識があるかのように一斉に四方八方へ飛び散った。大気中に、溶けた雪粒から生じた水蒸気だけが薄く残る。
 その白煙に紛れるようにして、別の雪うさぎが一匹跳び退った。
「ちっちゃくて当てづらいですね……!」
 圧縮した空気が大気を裂いて雪の上に落ちる。だが、それだけだ。器用に跳ねて身をかわした雪うさぎを、杖を兼ねた戦旗を振るって逃がさないよう狙いながら
「ほーら、甘くておいしいニンジンですよっ」
 逃げかけてぷるぷるしていた雪うさぎの動きが、ピタッと止まった。掲げられたニンジンを見て、そわそわしたように身体を揺らす。
 ニンジンを見せ付けて一歩下がると、雪うさぎは同じだけ鈴鳴にじりじりと近付いてくる。
 それを数回繰り返す内に、次第に雪うさぎの動きから躊躇が無くなってきた。
 丸いだけの身体で器用に彼女の近くまで跳ねてくると、掲げられたニンジンめがけてぴょんぴょん跳び始める。警戒心を失っているのは、雪だるまから距離が空いた事も理由かもしれない。
「いきますよー……えいっ」
 ニンジンを左右に振ると、合わせて雪うさぎの動きも横に揺れる。それを確かめて少しだけ離れた位置にニンジンを投げてみると、即座に雪うさぎも跳ねて跳び付いた。
「……雪で出来たうさぎでも、やっぱりうさぎはうさぎなんでしょうか」
 雪製の歪なうさぎには到底ニンジンが齧れているようには見えないが、しっかりとしがみついて離さない。
 鈴鳴は雪遊びが好きだ。雪だるまも雪うさぎも、決して嫌いではない。
「でも、それが人に危害を加えるのは、やっぱりいけない事ですから」
 だから、と呟きを挟んで、鈴鳴は戦旗を握った。――密やかに密やかに、寄せ集める風が音をはらんでいる。
 そうして雪うさぎ達がそれぞれに砕かれ、あるいは溶かされていく中で、罪次は機嫌良く手にした鉄パイプを大きく振るった。それを握るのは、先程までの子供の手ではない。
「あったまったら楽しくなってきたなー。どこもかしこも真っ白で、見た目的に地味なのが勿体ないくらいだ」
 果たしてその声の響きでも癇に障ったのか、それとも単なる偶然か。
 鋭さを纏って罪次に吹き付けた雪粒の群れは、しかし傷の一つも満足に与える事は無い。強い向かい風にでも襲われたかのように不自然な自然さで、吹雪はそのまま雪だるまの元へと還る。
 細かな粒が雪だるまの身体を僅かに削り、雪玉の化け物はそれに激高したかのように大きく胴を震わせた。
「そんな冷たくすんなよー。とことん遊ぼーぜ、溶けちゃうくらい!」
 元より雪だるまに、言葉を発する口は無い。けれど何かを叫ぶように全身を大きく震わせたのは、実態ではなく振動による一投が胴を半ば近くまで抉り取ったからだろう。後方にそびえた着々と高く伸びていく雪山をも巻き込んだ一撃に、雪粒が雪だるまの周囲に纏わり付く。
 狙い通りの状況に、罪次は色味の異なる双眼を剣呑に細め、ニヤリと口角を釣り上げる。
「――おっと!」
 雪だるまがぐっと身体を地締めたのを見て雪溜まりに靴底を喰い込ませて、一気に肉薄し距離を削いだ。体当たりを喰らわそうとした雪だるまを、その予備動作が終わる前に鎧に似て土を纏った足で蹴り止める。それと同時に積もった雪を裂くように、槍のように地が隆起し突き上がった。雪だるまの身体にまた一本、新たな罅が入る。
 少しずつ崩れて徐々に姿をより歪に、小さくしていく雪だるまの周りに降る雪は、次第にその勢いをも弱めていった。――かつては大きな雪の人形がすっかり砕け散るまでに、然程の時間は掛からなかった。



 胴体と頭が泣き別れ、崩れ掛けた雪だるまの前で足を止めて身を屈める。
 雪の塊に紛れて埋もれ掛けていた大粒のドングリを拾い上げ、太陽に翳して罪次は目を眇めた。
「どんぐり?」
「……これが目だったんだろうね。ほら、もう一個落ちてる」
 雪だるまの砕けた中に、もう一つ転がっていたドングリを指先で摘まみながら、首を傾げるようにしてまことが言う。木の実はうっすらと濡れて冷え切っていた。
「どんぐりとか葉っぱとか体のパーツになってる植物、そのあたりに落ちてたり埋まってたりするかもー!」
 無数に生える竹や雪を避けて探しながら、ふと罪次は顔を上げた。周囲をきょろきょろと見回し、笑う。
「……でも、雪景色の竹林てきれーだなー。なんだっけ……あ! ふーりゅー? わびさび?」
 竹の一本に手を掛けて少し揺らすと、木の葉を擦りさんざめかせて不思議な音を響かせながら、雪帽子が降ってくる。
「もーちょいここでのんびりしたいけどー……やっぱ寒い! 凍るまえにかえるー!」
「温かいコーヒーを持ってきたから、後でね。風邪ひかないよう気をつけなよ?」
 ぶるりと大きく身震いした罪次に笑って、まことはどんぐりを手のひらに握り込んだ。
「私、また来年も雪だるま作ります」
 雪だるまの身体を作っていた雪の塊を一つ取り、それを転がしてまた大きな雪玉を作り出しながらぽつりと呟き、鈴鳴は丁寧にその形を丸く整える。
「また一緒に、冬を過ごしましょう。だから……今年はもう、お休みなさい」
 宥めるように、労わるように撫でた雪玉の上に、もう一つ。一回り小さな雪玉が乗せられ、顔を上げる。
「頭、これでええやんな」
「はい、有難うございます」
 同じように雪玉を転がしてきた鼓虎が、鈴鳴の雪玉の上にそれを乗せた所だった。
 頷いた鈴鳴に満足げに微笑んで視線を巡らせた鼓虎が、ふと一点で動きを止めた。
「ん? さっき戦ったんによー似てるなぁ~」
 すぐそばで雪を丸めていた夏実の手元を覗き込み、感心したように声を上げた。楕円形の大きさも、人の手による独特な歪さも先程砕けて壊れた雪うさぎの一体に良く似ていた。
「あ、いや。べ、別に、目が覚めて皆潰れてたら悲しみそうだからとか。そんなんじゃないわ? ただその……あの……ええと……」
 慌ててつんと顎を反らせた夏実だったが、すぐに言葉が続かなくなり視線を泳がせる。
 その続きを問う代わりに、鼓虎はにんまりと口角を上げた。
「ほな、子供達がけーへん内にはよ作ったらんとな」
「そうですね、私も手伝いますっ」
 大きく頷いた鈴鳴もまた、夏実の傍にしゃがんで雪を掬う。
「雪遊びは楽しいなぁ~♪」
「ち、違うの。違うんだからね? ほ、ホントよ!?」
 機嫌良く雪を掬って丸め始めた鼓虎と鈴鳴に、しどろもどろになって迫りながら、夏実は雪うさぎの胴体に、丁寧に顔を作っていく。
 そうして当初より雪だるまや雪うさぎの増え始めた雪原の一角でうんうん唸っている椿花に、凛音が歩み寄る。それに気付いた少女は、大きな雪玉を掴む手から力を抜いた。
「あ、頭の部分が持ち上がらないんだぞ……」
「流石にデカ過ぎないか?」
 尋ねながらも手を伸ばすと、凛音もまた椿花の押し上げようとしている大きな雪玉に手を添える。
「……こうやって雪で遊ぶのは、何年振りだろうな」
 胴体部分から計算すれば、大きさでいえば先程戦った雪だるま程もありそうだ。童心に返る程ではないが、懐かしさに白く濁った息を大きく吐き出す。
「凜音ちゃんや皆が吃驚するくらい、大きな雪だるまを作ろうと思ったんだぞ」
 はにかみながらも胸を張った椿花に、雪だるまの頭を胴体の上に乗っけながら凛音は少し、口を閉ざした。
 大きな雪の塊を、更に大きな胴体の上に乗せてバランスを取ると、椿花は満足げに雪だるまを見上げた。そんな彼女を見下ろして、凛音は少しだけ雪を被った頭へと褒めるように手を乗せる。
「そろそろ帰るか。暗くなる前に」
「……もう帰る時間なの?」
 差し出された手を見て、凛音を見上げ。少し躊躇ってから、椿花は凛音の手を握る。
「……うん、凜音ちゃんと一緒におうちに帰るんだぞ!」
 視線を凛音へと向けて、椿花は嬉しげに微笑んだ。



 張り巡らされたロープは取り払われ、そこで何があったか知らない子供達は、迷うこともなく遊び場に足を踏み入れた。
 そこはつい昨日とはどこか様相が変わっていて、
「あれぇ?」
 声を上げたのは一人の少女だ。
 彼女が手掛けた雪だるまは溶けていなかった。それに安心したのも束の間、その前で足を止めてじっと雪の人形を見上げる。
「こんなにたくさんあったっけ?」
 大きく首を捻ったけれど、子供の目は普段よりもいささか荒れた光景には気付かない。
 数の増えた雪だるまや雪うさぎのなぞは結局解き明かされないまま、少女は友人達に呼ばれて元気良く駆け出していったのだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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