鬼子奇譚 白面の天邪鬼
●白面の少女たち
F.i.V.Eに所属する夢見の一人が、山中に進む白面の集団を知覚したことが今回の始まりである。
白面の集団はすべて十代の少女で構成され、顔には凹凸の全くない仮面をつけ、身体をすっぽりとローブで覆っている。
集団の出発地点は名も無い町工場である。だが内部を隠密に調査させた所、これが工場に偽装した何らかの研究施設であることが明らかとなった。
なぜ、研究施設だと分かったのか。
「これが、その確証だ」
久方 相馬(nCL2000004)は画質の粗い盗撮写真を机に置いた。
ここはF.i.V.E会議室。所属覚者たちを集めて、夢見が依頼説明を行なう場所である。
写真は大きな筒状の物体で、工学に詳しい人間によるとこれは強制睡眠チャンバーであるらしい。詳しい説明は省くが、人体を強制的に冬眠状態にして長期間保存する機械だ。いくつか改造が施され、人間の脳に直接催眠情報を送り込む仕組みが備わっているという。
これが工場内に8機。うち1機が電源を落とされた状態で設置されている。
当然これだけなら子供を何らかの理由で冬眠させているだけの施設だが……。
「最後の写真を見てくれ」
約50センチ四方の円筒である。半透明な液体が満たされ、中には少女の生首らしきものが浮かんでいた。
死体、ではない。
「この首は、どうやら生きているらしい」
瞬きをして、『うあうあ』と意味不明の語りかけをしてきたというのだ。
「既にピンときてる仲間もいると思うが、この白面の集団はF.i.V.Eに隔者認定され、以前戦闘を行なった連中だ。施設にあったメモ書きから、こう呼称されている――『天邪鬼』」
隠密調査で判明したのはここまでだ。現場から物的資料を持ち去るまでは流石にできなかった。もし資料を獲得できれば、大きな進展が見込めるだろう。
「彼女たちは少女の生首をもぎ取って奪い去ろうとするような連中だ。
今後どのような被害を起こすか検討もつかないが、少なくとも善人とは思えない。
『天邪鬼』が守っているであろうこの施設を襲撃して、これらを撃破。存在している資料を回収するのが今回の任務になる。よろしく頼む」
F.i.V.Eに所属する夢見の一人が、山中に進む白面の集団を知覚したことが今回の始まりである。
白面の集団はすべて十代の少女で構成され、顔には凹凸の全くない仮面をつけ、身体をすっぽりとローブで覆っている。
集団の出発地点は名も無い町工場である。だが内部を隠密に調査させた所、これが工場に偽装した何らかの研究施設であることが明らかとなった。
なぜ、研究施設だと分かったのか。
「これが、その確証だ」
久方 相馬(nCL2000004)は画質の粗い盗撮写真を机に置いた。
ここはF.i.V.E会議室。所属覚者たちを集めて、夢見が依頼説明を行なう場所である。
写真は大きな筒状の物体で、工学に詳しい人間によるとこれは強制睡眠チャンバーであるらしい。詳しい説明は省くが、人体を強制的に冬眠状態にして長期間保存する機械だ。いくつか改造が施され、人間の脳に直接催眠情報を送り込む仕組みが備わっているという。
これが工場内に8機。うち1機が電源を落とされた状態で設置されている。
当然これだけなら子供を何らかの理由で冬眠させているだけの施設だが……。
「最後の写真を見てくれ」
約50センチ四方の円筒である。半透明な液体が満たされ、中には少女の生首らしきものが浮かんでいた。
死体、ではない。
「この首は、どうやら生きているらしい」
瞬きをして、『うあうあ』と意味不明の語りかけをしてきたというのだ。
「既にピンときてる仲間もいると思うが、この白面の集団はF.i.V.Eに隔者認定され、以前戦闘を行なった連中だ。施設にあったメモ書きから、こう呼称されている――『天邪鬼』」
隠密調査で判明したのはここまでだ。現場から物的資料を持ち去るまでは流石にできなかった。もし資料を獲得できれば、大きな進展が見込めるだろう。
「彼女たちは少女の生首をもぎ取って奪い去ろうとするような連中だ。
今後どのような被害を起こすか検討もつかないが、少なくとも善人とは思えない。
『天邪鬼』が守っているであろうこの施設を襲撃して、これらを撃破。存在している資料を回収するのが今回の任務になる。よろしく頼む」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.天邪鬼の撃破
2.施設からの資料回収
3.なし
2.施設からの資料回収
3.なし
●現場の地形と状態
大型車二台は収納できる大きさのガレージと車一台分の駐車場を備えた工場(偽装)です。
内部はオープニングで説明されたような設備の他、紙媒体の資料がいくつか存在しています。リプレイ内でこれらの内容を読み上げるとPCの出番を10割以上奪ってしまうので、よほど気になる内容以外は回収だけにとどめておいてください。
●適正存在について
夢見の予知と調査の結果判明している限りでは、この施設には7人の『天邪鬼』と生首が存在するのみで、他に人間は確認していないそうです。
『天邪鬼』は体術をメインにした隔者と思われる集団です。詳細は不明。
以前戦闘した際の報告では、F.i.V.E覚者よりやや強力な戦闘力を持っているとされています。
戦闘不能になると即座に撤退すること。こちらの質問をことごとく無視することなどが報告されています。また、情報収集目的で捕獲を試みましたが自害されました。
以上のことから、完全な抹殺ないしは敵軍撤退を目的とした戦闘が推奨されています。
●過去の戦闘について
『天邪鬼』とは以下のシナリオで戦闘しています。
『鬼子奇譚 ヴィオニッチ交換児童複製体』
/quest.php?qid=291
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
9/9
9/9
公開日
2016年02月10日
2016年02月10日
■メイン参加者 9人■

●
住宅街を隣に見る、ごく静かな町工場。
遠くでは高速道路の交通音がごうんごうんと大気を鳴らしている。
『炎の記憶の』天王山・朱(CL2001211)は冬場だというのに、頬を流れる汗を手の甲でぬぐった。
「みんな、準備はいい?」
「いつでも」
覚醒済の『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が鎖鎌を両手に構える。
戦闘準備は万全だ。
『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)は忍び装束に着替え、工場の正面シャッターめがけて力を溜めた。
白面の集団、仮称『天邪鬼』が外を出歩いている様子はない。
建物を工場に偽装していることもそうだが、周囲からの関心を避けたい意図があるのだろうか。
だが深く考えている時間も、探り回っている余裕もない。
「正面からたたき壊す。いくぞ!」
夜一は弾丸のように走ると、正面シャッターめがけて思い切り体当たりを仕掛けた。
そこそこの程度の耐久性をもつであろうスチールシャッターが大きくへこむ。
まるで自動車が突っ込んだかのような衝撃に、隣のスチール扉が勢いよく開いた。
白面の者。天邪鬼だ。
「攻撃。適正覚者。あなたを迎撃します――嘘です」
天邪鬼は素早くバックスウェーで逃げる夜一へ強引に追いつくと、その胸元へ掌底。夜一は激しく吹き飛ばされた。
シャッターは開き上がろうとしているが、夜一の攻撃によって変形したスチール板が挟まって一メートル程度で止まってしまった。
その下を走るような速度で次々と滑り抜けてくる天邪鬼。
一方で、夜一はニヤリと笑った。
「悪いが暫く付き合って貰うぞ」
地面をバウンドして転がる夜一。追撃にと飛びかかる天邪鬼たちに、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が双刀を引き抜いた。
「かかってこい、相手になってやる!」
同時抜刀と共に走ったスパークが広がり、天邪鬼たちへと浴びせられた。
そんなスパークを抜け、奏空の顔面を蹴りつけてくる天邪鬼。
のけぞった所に更にもう一段の蹴りを浴びせられ、奏空もまた蹴り飛ばされた。
片目を開けて相手の人数を数える。
ひーふーみーよー……六人。全員ではない。
「バトンタッチ!」
奏空を引き下げ、跳躍する『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)。
蹴り技直後の天邪鬼に逆立ち蹴りを叩き込み、逆に相手をはねのけた。
ガード姿勢で引き下がる天邪鬼。
禊は両手を地面につけた状態でスピンすると、遠心力で状態をもどした。
地面をざりりと半円形に削った足は熱を帯び、砂利の土を焦がしていく。
が、そんな禊の頭上を複数の影が覆った。
天邪鬼が三体。同時に飛びかかり、同時に構え、同時に蹴りを繰り出してきたのだ。
「鐡之蔵さん、危ない!」
灯が禊の頭上を飛び越えるようにして割り込み、鎖鎌を繰り出した。
反撃にこそなったが、灯は激しく吹き飛ばされて後方のブロック塀を突き破って転がった。
民家の敷地内だ。流石に目立ちすぎるということで事前の避難勧告をして回れなかったが、驚いて飛び出してきたらどうしよう。そんな灯の不安とは裏腹に、民家からは物音ひとつ聞こえなかった。留守にしていたのか。いや、だとしても……。
「七海、大丈夫か。一旦やすめ」
庇うように陣取る『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)。
天邪鬼から衝撃波が飛んできたが、それをクロスアームでガードした。
「相当の体術だな。日頃から訓練を重ねているから……という雰囲気じゃあないが」
立て続けに放たれる衝撃をクロスアームのままでしのぎ、あえて突っ込む。
相手の距離をギリギリまで詰めた所でダッシュパンチを繰り出した。
手のひらでガードする天邪鬼。が、柾はすかさず回し蹴りへ連携。天邪鬼の側頭部を見事にとらえた蹴りが、相手を激しく吹き飛ばした。
濃密な霧を展開しながら突っ込む『裏切者』鳴神 零(CL2000669)。
空中で受け身の姿勢をとろうとした天邪鬼を、すれ違いざまに刀で切りつけた。
腕が切断され、回転しながら飛んでいく。
受け身をし損なった天邪鬼は顔面からアスファルト道路に落ち、ねじれるように転がった。
「まず、ひーとーり」
仮面の下で呼吸する零。彼女の読み通り、天邪鬼は腕を押さえて立ち上がり、その場から走って逃げ始めた。
「……」
朱はその背を横目に見ながら、炎の渦を放って天邪鬼を牽制する。
「うまく、いっていればいいけど」
朱たちF.i.V.E覚者と天邪鬼は開始時点で7人対6人。
同数とはいえ戦闘スペックは相手が上だ。
守りに入った戦いをしたい所だが……ここは攻めなくてはならない。
『彼ら』を中に入れるためには。
一方その頃。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)と『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は偽装工場の裏側で様子をうかがっていた。
お察しの通り。表の七人は陽動である。
朱たちが表で戦っている間に施設内に侵入して内部を素早く制圧する予定だったのだ。
だが裏口は硬く施錠され、有効な物理侵入スキルも持っていない。強行突入すれば感づかれ、陽動の意味が無くなってしまう。
そもそも陽動を立てたのは、天邪鬼が施設の資料を物理的に破棄する危険を考えたからだ。
たしかに。中に一人しか残っていないとはいえ、その一人が戦闘を無視して証拠隠滅に走るおそれがある。それが例の『生きた生首』だったとしたら最悪だ。
こういうとき、覚者というのは面倒くさい。と千陽は脳内でぼやいた。
これがただの人間なら、素早く突入して一秒程度で黙らせられたものを。
「おい時任よ、ココ……なんか臭うぜ」
誘輔が舌打ちでもしそうな顔で言った。頷く千陽。
「分かっています。これがただの施設でないことも、この裏にあるものを必ず……」
「いや、そういうハナシじゃねえ。なんつうかこう……ああもう、とにかく」
誘輔は言葉にできない何かを頭の中でこねくるようにしてから、千陽の襟首を強く掴んだ。
「今まさに『やべえ』んだよ!」
「!?」
引き倒される千陽。彼の頭が一瞬前まであった場所を竹槍のように鋭い鉄パイプが突き抜けていった。
工場の壁を貫通したものだろう。千陽と誘輔は今度こそ舌打ちした。
「気づかれてやがる。戦うぞ!」
「了解!」
誘輔は隠密性を無視してドアを破壊。開かれたドアから千景が飛び込み、全身からプレッシャーを放った。
不可視の力に吹き飛ばされる天邪鬼。
鉄パイプを手放し、後ろにあった紙束へと突っ込んだ。
途端、紙束が炎をあげた。
火の上がり具合からして今着火したものではない。千陽たちが回り込んでいるのを察して天邪鬼が火を放っていたのだろう。
もはや舌打ちどころではない。千陽は周囲に視線を巡らせて状況を高速で把握。
ヒーター用の灯油タンクが倒れ、中身が散らされている。着火するものが手近にないせいで時間を食ったようだが、火は既に燃え広がっていた。
「おい、どうする!」
腕の機関銃を天邪鬼に浴びせながら、誘輔が一秒を急ぐ顔で振り返った。
事前の調べではここは紙の資料が多い。とにかく天邪鬼を素早く倒し、鎮火しなくては。
いや、鎮火を優先して戦闘を誘輔に任せるか。
「こんなことなら決めておくんでした。とにかく今は出来ることを!」
千陽の目を持ってしても、何が重要な資料かは今すぐに判別できない。天邪鬼を施設の端へ追いやって破壊のリスクを減らしつつ、千陽は備え付けの消火器を誘輔へ投げ渡した。
素早く安全ピンを抜いて消化剤を撒き始める誘輔・
「いいとこだけ燃えてるとかナシにしろよ!?」
体術を封じられた天邪鬼が直接殴りかかってくる。
千陽はオーラによるプレッシャーを放ちつつ、天邪鬼に掴みかかって壁へと押しつけた。
状況は不利ではないが、大成功とは言いがたい。
あとはなんとか天邪鬼を押さえられれば……。
偽装工場内で戦闘の音がし始めたのをきっかけに、天邪鬼たちの動きに動揺が混じるようになった。
一見して分からないが、柾の感じた微妙な息づかいの違いや、奏空の感じた動きの端々のブレに、それは現われる。
だが柾たちも優勢とは言いがたい。
灯と零、そして柾は戦闘不能。禊と奏空も体力切れが近い。
天邪鬼も既に二人ほど撤退しているが、劣勢はますばかりだ。
「いちかばちか、突っ込むしかないな」
「うん……」
双刀を逆手に握り、十字に構える奏空。
禊も、あえて両足をしっかりと地に着けた姿勢で構えた。
衝撃が来る。
防御はせずに突っ込む奏空。
交差させた刃から高速の斬撃を放ち、一方で禊は飛び込み宙返りからの高加熱踵落としを繰り出した。
仮面が砕け、身体から血をまき散らしてよろめく天邪鬼。
「う、ふ、ふぐ……」
ローブの切れ端を顔にあてて隠すと、天邪鬼はその場から逃げ出した。
追いかける余裕は全くない。
なぜなら背後から繰り出された手刀が奏空の腹を貫通したからだ。
血を吐いて崩れ落ちる奏空。
更に繰り出された手刀をバク転で回避する禊。
入れ替わるように駆け込んだ夜一が、天邪鬼のボディに強烈なパンチを叩き込んだ。
カタパルトのように吹き飛ばされる天邪鬼。
直後、夜一の死角から回し蹴り。
素早く腕を翳してガードすると、その足を掴んで地面に激しく叩き付けた。
こうして生まれた僅かな隙を、手刀を構えて狙う天邪鬼。
「御巫さん、伏せて!」
叫んだ朱が、槍を強引にスイングさせて叩き付けた。
素早くかがんだ夜一の頭上を槍の軸が抜け手刀を繰り出した天邪鬼へカウンターぎみにめり込む。
が、天邪鬼はその槍を鉄棒のように逆上がりすると、槍の上に足をのせて立った。
目を剥く朱をよそに跳躍。朱の上をとる天邪鬼。
見上げたその瞬間、朱は相手と目が合ったような気がした。
頭を掴まれ、捻られる。
首の骨をへし折る気だ。朱はあえて抵抗せずに自らをスピンさせると。槍のこじりを地面へ突き立てるように打ち下ろした。
慣性の法則がはたらき、振り払われる天邪鬼。
「――ッ!」
朱は口角から漏れた血を無視して、槍を力強く握りしめた。
槍の威力は突き上げの威力。朱は天邪鬼めがけて槍を思い切り押し込み、そして肉体を貫く感覚を手に覚えた。
抜き去り、振り払う。
よろよろと倒れた天邪鬼はすぐに起き上がると、仲間をつれて撤退を始めた。
●追跡、鳴神零
天邪鬼撃破の後、覚者たちは施設の探索を始めていたが、鳴神零だけは別の場所にいた。
「なんとか追っては来てみたけど……」
戦闘不能になって撤退した天邪鬼たちを、同じく戦闘不能になった零は密かに追跡していたのだ。
天邪鬼の逃走方法は至極単純なもので、走って現場から安全な場所まで離れるというものだ。
零とてただ『まてー』と言いながら後ろから追いかけたわけではない。物陰に隠れ、時には回り込み、危ないときには常人の振りをしてやりすごすという手順を繰り返してようやくある場所までたどり着いた。
その場所とは。
JR河崎口。電車の停車駅である。
天邪鬼たちは移動しながら面とローブを取り外し、地元にあるような女学生の制服姿になって駅へと入っていった。
駅の前に立つ零。
「まさか、ここから電車で移動するの?」
ここで諦めたら意味が無い。零は仮面を外して適当なコートを羽織ると、自らも駅へと入っていった。
電車にゆられる零。
仮面を外して不特定多数の人前へ出ることには抵抗があったが、変装効果は抜群だったようだ。
戦闘中の異様な雰囲気と黒い狐面の印象が大きい零にとって、顔の傷のことを差し引いたとしても充分人に紛れることができた。
それに、こうして休憩することで体力も回復し、いつ襲われても対応できる程度には復調できた。ここまではOKだ。
長い髪の間からのぞき見るように、天邪鬼の様子を観察する。
恐らく地元の中学校の女子制服だろう。顔ぶれも、どこにでもいる女子といった具合だ。
(部活帰りの女子みたい……)
不思議な話だが。あれほど謎めいた連中だったにもかかわらず『ただの女学生』にしか見えなかった。
会話らしい会話もしていないようだが、それもまたよくある光景だ。
(私なんかより、ずっと女の子らしい)
ふるふると首を振る。
別のことを考えよう。
たとえばそう、天邪鬼が以前狙っていたと言う『びおにいち』だ。
彼女の報告を見たときに連想したのはサヴァン症候群である。
サヴァン症候群とは、先天的ないしは後天的に脳の通常使用しない箇所が活性化した結果異常な才能と体質もった人間である。世間的には障がい者の一種として扱われているが、その才能が学問・芸術・工業など様々な分野で人類を進歩させているのも事実。
ようするに天才のたぐいなのだ。
零はテレビで、五分だけ見た町の風景を全く別の場所で完全に模写してみせた男を見たことがある。他にも芸術に全く関心がなく絵心もなかった男が事故にあったことを境に所狭しと絵画や詩を描きはじめ、その高い芸術性に高額がつくなんて話も聞いたことがある。
人間の脳使用率は約一割。多くても四割とされ、残り六割がどういった役割をもっているのか未だ解明されていない。
宇宙の神秘が隠れていると言う者もいれば、サイキックやESPといった超能力が使えるという者もいる。人類の類い希なる能力の理由をそこに求める者もまた多い。
『びおにいち』のそれは、言ってみれば言語構築能力の喪失と引き替えに何らかの才能を獲得したものと思われる。
近いものだと、ある事故をきっかけに世界のあらゆるものに数学的紋様が見え始め、それを正確に描写する能力が芽生えたという人間だ。これもサヴァン症候群。
ビオニッチペイントから採取した成分からして、人類では知覚できない何かを使用してそれを描写したと考えることが……できる。
(おっと。考え事しすぎちゃったかな)
終点のアナウンスを聞いて、零は気を取り直した。
電車は弓ヶ浜和田浜大篠津町と進み、今は終点の境港駅へと到着している。
天邪鬼たちはまるでいつもの通学路をゆくように、スムーズに電車から降りていった。
下りてすぐに、町並みの異様さに足を止めた。そこかしこに設置された妖怪の彫像が零を出迎えたのだ。
別におかしな場所というわけではない。
ここはいわゆる妖怪の聖地ともいうような場所で、有名な観光スポットだ。
天邪鬼が戦闘直後に観光を? まさかと思って例の女学生の姿を探すと、天邪鬼たちは北側へと進んでいった。観光客はみな東側へ行くので、ひとまず胸をなでおろす。
かくしてたどり着いたのは、広大な駐車場。いや、船着き場である。
どうやらこの場所からフェリーが出るらしい。
天邪鬼たちはスムーズに乗り場へと入り、丁度やってくるであろうフェリーへ乗り込んでいった。
(……今度は船?)
ただ移動するだけにしては交通手段が派手だ。
とはいえ。ここで引くのは惜しい。
資料を根こそぎ押収する作業は他の仲間たちがやってくれている筈だ。無理に戻る必要も無い。
(虎穴には入らずんば虎児を得ず、だ!)
零は自らの頬をぱちんと叩いて、フェリーチケットの売り場へと向かった。
こうして。
零は慎重な追跡を続け、ある場所へとたどり着いた。
鳥取県北西部の小島郡がひとつ、中之島である。
さすがにここまで来れば気づかれるだろうと、零自身もさすがに思っていた所である。
「私たちに何かご用ですか」
うっそうとした森林地帯へ入ったところで、天邪鬼の一人がが女学生の姿のまま目の前に現われた。一度気配を消して隠れたのだろう。他の連中は先へいったと見える。
(まあ、そうなるよね)
わざわざこんな辺境にまで誘い込む必要はないので、恐らく船の中あたりで気づいたのだろう。零は覚醒。再び仮面を装着すると、腰の刀に手をかけた。
身の丈ほどはある巨大な刀である。これを零は、自身をぐるりと回転させるようにして抜刀。
「追いかけて来ちゃった☆ なんて」
無垢な女子高生に言われれば嬉しい言葉ではあるが、狐面と大太刀を備えた女が述べるのだ。殺意以外以外のなにものも感じはしないだろう。
そのように振る舞ったつもりだ。
理性的にも。
本能的にも。
「そうですか。では、お帰り頂きます……嘘です」
正面から突っ込んでくる天邪鬼。
狙いは服への掌底か。零は刀を水平に振り込んだ。
ダッシュの途中で跳躍する天邪鬼。零のスイングを跳躍によってかわしたのだ。ベリーロールのフォームで刀を回避し、両足からきっちりと着地する。
その様子に、零は違和感を覚えた。
示し合わせたスタントショーでならともかく、正面から殴りつけようとした人間がこうも機敏に動けるものだろうか。
(ためしてみるか)
天邪鬼の流れるような回し蹴りをあえて受けつつ、両足でふんばって重心制御。吹き飛びやのけぞりが起こらないように支えると、気力を集中。わき上がったオーラを矢に変えて天邪鬼へと放った。
手刀で払い落とす天邪鬼。
そこへ刀による突きを繰り出す。身の丈ほどある刀だ。間違っても突きに使うようなものではないが、そこをあえて腕と足の筋肉で無理矢理ねじ込んでいた。
相手にとってはただごとではない。二メートル近い鉄塊が突っ込んできたのだ。
しかし天邪鬼は上半身を反らす形で突きを回避。
が、そこで零はあえて刀を手放した。刀が飛んでいく。代わりに身体が軽くなった零は飛び込むような回し蹴りを繰り出した。
対して。天邪鬼は手のひらを零の靴底に押し当てる形でピンポイントに防御していた。
避けすぎだ。
未来予知とは言わないまでも、一瞬先を予測できないとおかしい。
勿論、今までこの疑問が無かったわけではないだろう。
ただ一度目は集団を無理矢理突破するという条件付きの乱戦状態だったし、二度目は陽動を目的とした挑発的な戦い方だった。戦力的にも相手に分があったので、攻撃が避けられるくらいはよくあること、くらいに思っていたのだ。
予測。
計算。
(なるほどね)
それまで零のしてきた予測。読んできた資料。現在の状況。
これらを総合した結果、零にはことのカラクリが分かってきた。
天邪鬼の格闘能力と、F.i.V.E覚者を上回るだけの戦闘スペック。これらは高すぎる計算によって相手の動きを先読みする才能だ。
そういえば、幾度となく負け続けたボクサーが相手のパンチを先読みできるようになったなんて話もあったか。
ただそれが複数同時に都合良く存在するわけはない。
あの睡眠チャンバーと生首を使って、これらの『異常才能』を人為的に引き起こしていたとみるべきだろう。脳のインプリントめいた技術でだ。
「でも、同じことができないわけじゃないよ」
零は術式の霧を発動。自らを濃密な霞が覆っていき、逆に天邪鬼に霧がまとわりついていく。その上で、零は着ていた服の上着とその下に着込んでいた特殊加工水着を脱ぎ捨てる。
捨て身の姿勢だ。
かまわず掌底を繰り出してくる天邪鬼。
狙いは心臓。常人なら即死するような攻撃だが、それを零は正面から受け止めた。
死に直結するような危機に彼女の本能が反応したのだ。
野球選手が突如ボールがスローモーションに見えるように。格闘家が突如すべの動きを読み取れるようになるように。一時的におこる天才的な脳のブースト現象である。
手と手が組み合い、恋人つなぎのようにがっちりと絡まり、固定される。
「つかまえた」
手を握って強引に振り回し、ぶん投げた。
狙いは後ろの木――に刺さっている零の刀だ。
「――!?」
天邪鬼は刀の柄頭に直撃。
内蔵がえぐれるように破壊されたのか、血を吐いてその場に転がった。
「……ふう」
とはいえ、零も無傷ではない。防御を捨てて受け止めたせいでダメージが身体にキッチリ響いているのだ。
聞き耳をたててみると、遠くから走ってくる足音が聞こえる。天邪鬼の増援が来るのだろう。
木から刀を抜くと、その場から身を翻して撤退する。
収穫は十分だ。
零は来た道をそのまま戻り、仲間たちの資料回収作業へと合流することにした。
●チェンジリング
天邪鬼の撤退を確認した千陽たちは、改めて資料の回収にとりかかった。
「なあ、今更言ってもしょうがないんだが……」
柾は無事な資料を片っ端から段ボール箱に詰め込みながら言った。
「もし戦闘で負けていたら、俺たちは一切の資料を回収できなかったことになるよな。殆ど陽動に出ていたせいで、撤退しつつも何かしら掴んでいけるって状況じゃあなかった」
「その場合は自分たちが、『これ』だけでも持ち出す努力はしましたよ」
千陽はそう言って例の『生きた生首』の前に立った。
同じくそばに立つ奏空。
「今度は俺もやるよ。送受信ならしゃべれなくても会話ができるだろうから」
「……」
この時、千陽の頭にズキリとした痛みが走った。戦闘直後にどこかが痛むのはよくあることで、耐えられない痛みではないとして、これを無視した。
「まあ相手がどんなモンかは分からんが、俺も協力するぜ。読心術が通用する相手なら口をつぐんでも……というか、心をつぐんでも読み取れるはずだ」
誘輔は慣れた調子で手帳とペンを取り出し、書き込む構えをとった。
ある意味、戦闘よりも得意なことだ。
生首を見る。
あれだけのことが起きていたというのに、目を閉じてじっとしたままだ。
「さて、始めるか」
千陽と奏空の送受信、オンライン。
生首がゆっくりとまぶたを開いていく。
一方その頃。
「なんだか、思ったよりすごいものが来たね……」
「ああ……」
朱と夜一は目の前に停車したコンテナトラックに唖然としていた。
「紙資料をできるだけ持ち出すため、だけじゃないよね」
「そのようです。私はちょっと、よく分からなかったんですけど……」
灯がコンテナの後方扉を開いて乗り込んでいく。
一人暮らしの引っ越しに使う程度のトラックで、レンタカーショップでも借りることができるサイズだ。運転免許も普通車レベルで済む。勿論戦闘で破壊されてはたまらないので、終わってから調達したものだが……。
「生命維持装置のたぐいが自動車に積む程度のバッテリーで事足りるかとは思ったが……」
夜一はコンテナの奥に設置されたディーゼルエンジン式の発電機に目をつけた。
ケーブルを伸ばして停電時間を僅かに押さえ、後は車内の発電機で補うという考えだ。
夜一は生首だけで生きてるヤツが人間なワケないので、リュックサックにでも詰め込めば手軽に運べるだろうとすら思っていたが、どうやら灯はあの首を生きた人間だと考えたらしい。
夜一は水槽に入った脳みそに電極を刺した、SF映画のワンシーンを思い出した。
「幸い、ガレージは大型車を入れるだけのスペースがある。持ち出す資料を限定しなくて済みそうだな」
とはいえ、積み込むには大きすぎる睡眠チャンバーは置いていくしかなさそうだ。
朱は停止していたという八つ目のチャンバーのことを考えた。
あのチャンバーの中身は空。つい最近まで使われていた形跡があったことから、以前倒した天邪鬼が入っていたものだと推測できた。
「この空席がすぐに埋まらなかったってことは、そう簡単に追加できるものじゃないってことだよね」
「あの手のものがそうポンポン作られちゃたまんないよ!」
ガレージの中から出てきた禊が軍手を脱いで投げ捨てた。粘液のついた軍手がべちゃりと落ちる。
彼女が調べたのは天邪鬼の生活である。
施設の中には大量の流動食が保管されていた。それもほぼ液体というべき『飲む栄養食』である。
数年前に海外の医療メーカーが開発して一般にも普及するようになった商品で、市販の『バランス栄養食』などとは比べものにならないほど栄養素とカロリーが凝縮されている。
他にもカップラーメンやコーラのボトルが段ボール単位で保管されていたが、量からして天邪鬼のものとは思えない。おそらくこれらを管理していた人間のものだろう。
「その、管理していた人間の痕跡は? 手帳だとか、日記だとか、残っていないのか」
「それが、燃えちゃってて……」
「そうか……残念だな」
とはいえ夜一はそれほど残念そうにはしていない。この偽装工場が完全にガワだけのものだということがわかったからだ。そうなると、この施設にいた管理人もさほど重要な人間ではないだろう。いい待遇もされていないようだし、外部の外部の外部の下請け……といった具合か。仮に捕まえて締め上げても『ごめんなさい』しか言わないだろう。
「残った資料頼り、ってことだね?」
「いや、まだある」
零と柾は生首とのコミュニケーション実験に立ち会っていた。
「まだあるが、あれではな……」
柾は低くうなった。
生首は目を開けたが、その目は白く濁り、口を半開きにしてはいるが喉周辺を液体が通る際に『うあうあ』と聞こえるだけだった。
率直に言って。
死体にしか見えない。
まぶたを開くことができるとしても、これで生きていると言えるのか。
「脳だけは活性化してる。逆脳死か……見てられないな」
柾が目を反らそうとした、その時。
「「あっ」」
千陽と奏空、そして誘輔が同時に声を上げた。
いやちがう。
「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」
奇声をあげたのだ。
それきり彼らは目を開けたまま仰向けに倒れ、後頭部を強く地面に打ち付けた。
「うぇ!? ちょっと!」
零が飛びつき、誘輔だけでもキャッチする。
誘輔を叩き、目をいじる。
どうやら目を見開いたまま気絶しているようだ。
「……三人同時に同じ奇声をあげたってことは」
「自分の意志や本能で叫んだというより生理的反応を肉体が示したと見るべきだ。電気ショックで跳ねるカエルの足のように」
恐らく千陽と同じ状態になったのだろう。
収穫はなしかと諦めかけた零の視界に、誘輔の手帳が見えた。
汚い走り書きでこうある。
『卯没瀬島病い』
「……大収穫」
住宅街を隣に見る、ごく静かな町工場。
遠くでは高速道路の交通音がごうんごうんと大気を鳴らしている。
『炎の記憶の』天王山・朱(CL2001211)は冬場だというのに、頬を流れる汗を手の甲でぬぐった。
「みんな、準備はいい?」
「いつでも」
覚醒済の『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が鎖鎌を両手に構える。
戦闘準備は万全だ。
『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)は忍び装束に着替え、工場の正面シャッターめがけて力を溜めた。
白面の集団、仮称『天邪鬼』が外を出歩いている様子はない。
建物を工場に偽装していることもそうだが、周囲からの関心を避けたい意図があるのだろうか。
だが深く考えている時間も、探り回っている余裕もない。
「正面からたたき壊す。いくぞ!」
夜一は弾丸のように走ると、正面シャッターめがけて思い切り体当たりを仕掛けた。
そこそこの程度の耐久性をもつであろうスチールシャッターが大きくへこむ。
まるで自動車が突っ込んだかのような衝撃に、隣のスチール扉が勢いよく開いた。
白面の者。天邪鬼だ。
「攻撃。適正覚者。あなたを迎撃します――嘘です」
天邪鬼は素早くバックスウェーで逃げる夜一へ強引に追いつくと、その胸元へ掌底。夜一は激しく吹き飛ばされた。
シャッターは開き上がろうとしているが、夜一の攻撃によって変形したスチール板が挟まって一メートル程度で止まってしまった。
その下を走るような速度で次々と滑り抜けてくる天邪鬼。
一方で、夜一はニヤリと笑った。
「悪いが暫く付き合って貰うぞ」
地面をバウンドして転がる夜一。追撃にと飛びかかる天邪鬼たちに、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が双刀を引き抜いた。
「かかってこい、相手になってやる!」
同時抜刀と共に走ったスパークが広がり、天邪鬼たちへと浴びせられた。
そんなスパークを抜け、奏空の顔面を蹴りつけてくる天邪鬼。
のけぞった所に更にもう一段の蹴りを浴びせられ、奏空もまた蹴り飛ばされた。
片目を開けて相手の人数を数える。
ひーふーみーよー……六人。全員ではない。
「バトンタッチ!」
奏空を引き下げ、跳躍する『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)。
蹴り技直後の天邪鬼に逆立ち蹴りを叩き込み、逆に相手をはねのけた。
ガード姿勢で引き下がる天邪鬼。
禊は両手を地面につけた状態でスピンすると、遠心力で状態をもどした。
地面をざりりと半円形に削った足は熱を帯び、砂利の土を焦がしていく。
が、そんな禊の頭上を複数の影が覆った。
天邪鬼が三体。同時に飛びかかり、同時に構え、同時に蹴りを繰り出してきたのだ。
「鐡之蔵さん、危ない!」
灯が禊の頭上を飛び越えるようにして割り込み、鎖鎌を繰り出した。
反撃にこそなったが、灯は激しく吹き飛ばされて後方のブロック塀を突き破って転がった。
民家の敷地内だ。流石に目立ちすぎるということで事前の避難勧告をして回れなかったが、驚いて飛び出してきたらどうしよう。そんな灯の不安とは裏腹に、民家からは物音ひとつ聞こえなかった。留守にしていたのか。いや、だとしても……。
「七海、大丈夫か。一旦やすめ」
庇うように陣取る『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)。
天邪鬼から衝撃波が飛んできたが、それをクロスアームでガードした。
「相当の体術だな。日頃から訓練を重ねているから……という雰囲気じゃあないが」
立て続けに放たれる衝撃をクロスアームのままでしのぎ、あえて突っ込む。
相手の距離をギリギリまで詰めた所でダッシュパンチを繰り出した。
手のひらでガードする天邪鬼。が、柾はすかさず回し蹴りへ連携。天邪鬼の側頭部を見事にとらえた蹴りが、相手を激しく吹き飛ばした。
濃密な霧を展開しながら突っ込む『裏切者』鳴神 零(CL2000669)。
空中で受け身の姿勢をとろうとした天邪鬼を、すれ違いざまに刀で切りつけた。
腕が切断され、回転しながら飛んでいく。
受け身をし損なった天邪鬼は顔面からアスファルト道路に落ち、ねじれるように転がった。
「まず、ひーとーり」
仮面の下で呼吸する零。彼女の読み通り、天邪鬼は腕を押さえて立ち上がり、その場から走って逃げ始めた。
「……」
朱はその背を横目に見ながら、炎の渦を放って天邪鬼を牽制する。
「うまく、いっていればいいけど」
朱たちF.i.V.E覚者と天邪鬼は開始時点で7人対6人。
同数とはいえ戦闘スペックは相手が上だ。
守りに入った戦いをしたい所だが……ここは攻めなくてはならない。
『彼ら』を中に入れるためには。
一方その頃。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)と『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は偽装工場の裏側で様子をうかがっていた。
お察しの通り。表の七人は陽動である。
朱たちが表で戦っている間に施設内に侵入して内部を素早く制圧する予定だったのだ。
だが裏口は硬く施錠され、有効な物理侵入スキルも持っていない。強行突入すれば感づかれ、陽動の意味が無くなってしまう。
そもそも陽動を立てたのは、天邪鬼が施設の資料を物理的に破棄する危険を考えたからだ。
たしかに。中に一人しか残っていないとはいえ、その一人が戦闘を無視して証拠隠滅に走るおそれがある。それが例の『生きた生首』だったとしたら最悪だ。
こういうとき、覚者というのは面倒くさい。と千陽は脳内でぼやいた。
これがただの人間なら、素早く突入して一秒程度で黙らせられたものを。
「おい時任よ、ココ……なんか臭うぜ」
誘輔が舌打ちでもしそうな顔で言った。頷く千陽。
「分かっています。これがただの施設でないことも、この裏にあるものを必ず……」
「いや、そういうハナシじゃねえ。なんつうかこう……ああもう、とにかく」
誘輔は言葉にできない何かを頭の中でこねくるようにしてから、千陽の襟首を強く掴んだ。
「今まさに『やべえ』んだよ!」
「!?」
引き倒される千陽。彼の頭が一瞬前まであった場所を竹槍のように鋭い鉄パイプが突き抜けていった。
工場の壁を貫通したものだろう。千陽と誘輔は今度こそ舌打ちした。
「気づかれてやがる。戦うぞ!」
「了解!」
誘輔は隠密性を無視してドアを破壊。開かれたドアから千景が飛び込み、全身からプレッシャーを放った。
不可視の力に吹き飛ばされる天邪鬼。
鉄パイプを手放し、後ろにあった紙束へと突っ込んだ。
途端、紙束が炎をあげた。
火の上がり具合からして今着火したものではない。千陽たちが回り込んでいるのを察して天邪鬼が火を放っていたのだろう。
もはや舌打ちどころではない。千陽は周囲に視線を巡らせて状況を高速で把握。
ヒーター用の灯油タンクが倒れ、中身が散らされている。着火するものが手近にないせいで時間を食ったようだが、火は既に燃え広がっていた。
「おい、どうする!」
腕の機関銃を天邪鬼に浴びせながら、誘輔が一秒を急ぐ顔で振り返った。
事前の調べではここは紙の資料が多い。とにかく天邪鬼を素早く倒し、鎮火しなくては。
いや、鎮火を優先して戦闘を誘輔に任せるか。
「こんなことなら決めておくんでした。とにかく今は出来ることを!」
千陽の目を持ってしても、何が重要な資料かは今すぐに判別できない。天邪鬼を施設の端へ追いやって破壊のリスクを減らしつつ、千陽は備え付けの消火器を誘輔へ投げ渡した。
素早く安全ピンを抜いて消化剤を撒き始める誘輔・
「いいとこだけ燃えてるとかナシにしろよ!?」
体術を封じられた天邪鬼が直接殴りかかってくる。
千陽はオーラによるプレッシャーを放ちつつ、天邪鬼に掴みかかって壁へと押しつけた。
状況は不利ではないが、大成功とは言いがたい。
あとはなんとか天邪鬼を押さえられれば……。
偽装工場内で戦闘の音がし始めたのをきっかけに、天邪鬼たちの動きに動揺が混じるようになった。
一見して分からないが、柾の感じた微妙な息づかいの違いや、奏空の感じた動きの端々のブレに、それは現われる。
だが柾たちも優勢とは言いがたい。
灯と零、そして柾は戦闘不能。禊と奏空も体力切れが近い。
天邪鬼も既に二人ほど撤退しているが、劣勢はますばかりだ。
「いちかばちか、突っ込むしかないな」
「うん……」
双刀を逆手に握り、十字に構える奏空。
禊も、あえて両足をしっかりと地に着けた姿勢で構えた。
衝撃が来る。
防御はせずに突っ込む奏空。
交差させた刃から高速の斬撃を放ち、一方で禊は飛び込み宙返りからの高加熱踵落としを繰り出した。
仮面が砕け、身体から血をまき散らしてよろめく天邪鬼。
「う、ふ、ふぐ……」
ローブの切れ端を顔にあてて隠すと、天邪鬼はその場から逃げ出した。
追いかける余裕は全くない。
なぜなら背後から繰り出された手刀が奏空の腹を貫通したからだ。
血を吐いて崩れ落ちる奏空。
更に繰り出された手刀をバク転で回避する禊。
入れ替わるように駆け込んだ夜一が、天邪鬼のボディに強烈なパンチを叩き込んだ。
カタパルトのように吹き飛ばされる天邪鬼。
直後、夜一の死角から回し蹴り。
素早く腕を翳してガードすると、その足を掴んで地面に激しく叩き付けた。
こうして生まれた僅かな隙を、手刀を構えて狙う天邪鬼。
「御巫さん、伏せて!」
叫んだ朱が、槍を強引にスイングさせて叩き付けた。
素早くかがんだ夜一の頭上を槍の軸が抜け手刀を繰り出した天邪鬼へカウンターぎみにめり込む。
が、天邪鬼はその槍を鉄棒のように逆上がりすると、槍の上に足をのせて立った。
目を剥く朱をよそに跳躍。朱の上をとる天邪鬼。
見上げたその瞬間、朱は相手と目が合ったような気がした。
頭を掴まれ、捻られる。
首の骨をへし折る気だ。朱はあえて抵抗せずに自らをスピンさせると。槍のこじりを地面へ突き立てるように打ち下ろした。
慣性の法則がはたらき、振り払われる天邪鬼。
「――ッ!」
朱は口角から漏れた血を無視して、槍を力強く握りしめた。
槍の威力は突き上げの威力。朱は天邪鬼めがけて槍を思い切り押し込み、そして肉体を貫く感覚を手に覚えた。
抜き去り、振り払う。
よろよろと倒れた天邪鬼はすぐに起き上がると、仲間をつれて撤退を始めた。
●追跡、鳴神零
天邪鬼撃破の後、覚者たちは施設の探索を始めていたが、鳴神零だけは別の場所にいた。
「なんとか追っては来てみたけど……」
戦闘不能になって撤退した天邪鬼たちを、同じく戦闘不能になった零は密かに追跡していたのだ。
天邪鬼の逃走方法は至極単純なもので、走って現場から安全な場所まで離れるというものだ。
零とてただ『まてー』と言いながら後ろから追いかけたわけではない。物陰に隠れ、時には回り込み、危ないときには常人の振りをしてやりすごすという手順を繰り返してようやくある場所までたどり着いた。
その場所とは。
JR河崎口。電車の停車駅である。
天邪鬼たちは移動しながら面とローブを取り外し、地元にあるような女学生の制服姿になって駅へと入っていった。
駅の前に立つ零。
「まさか、ここから電車で移動するの?」
ここで諦めたら意味が無い。零は仮面を外して適当なコートを羽織ると、自らも駅へと入っていった。
電車にゆられる零。
仮面を外して不特定多数の人前へ出ることには抵抗があったが、変装効果は抜群だったようだ。
戦闘中の異様な雰囲気と黒い狐面の印象が大きい零にとって、顔の傷のことを差し引いたとしても充分人に紛れることができた。
それに、こうして休憩することで体力も回復し、いつ襲われても対応できる程度には復調できた。ここまではOKだ。
長い髪の間からのぞき見るように、天邪鬼の様子を観察する。
恐らく地元の中学校の女子制服だろう。顔ぶれも、どこにでもいる女子といった具合だ。
(部活帰りの女子みたい……)
不思議な話だが。あれほど謎めいた連中だったにもかかわらず『ただの女学生』にしか見えなかった。
会話らしい会話もしていないようだが、それもまたよくある光景だ。
(私なんかより、ずっと女の子らしい)
ふるふると首を振る。
別のことを考えよう。
たとえばそう、天邪鬼が以前狙っていたと言う『びおにいち』だ。
彼女の報告を見たときに連想したのはサヴァン症候群である。
サヴァン症候群とは、先天的ないしは後天的に脳の通常使用しない箇所が活性化した結果異常な才能と体質もった人間である。世間的には障がい者の一種として扱われているが、その才能が学問・芸術・工業など様々な分野で人類を進歩させているのも事実。
ようするに天才のたぐいなのだ。
零はテレビで、五分だけ見た町の風景を全く別の場所で完全に模写してみせた男を見たことがある。他にも芸術に全く関心がなく絵心もなかった男が事故にあったことを境に所狭しと絵画や詩を描きはじめ、その高い芸術性に高額がつくなんて話も聞いたことがある。
人間の脳使用率は約一割。多くても四割とされ、残り六割がどういった役割をもっているのか未だ解明されていない。
宇宙の神秘が隠れていると言う者もいれば、サイキックやESPといった超能力が使えるという者もいる。人類の類い希なる能力の理由をそこに求める者もまた多い。
『びおにいち』のそれは、言ってみれば言語構築能力の喪失と引き替えに何らかの才能を獲得したものと思われる。
近いものだと、ある事故をきっかけに世界のあらゆるものに数学的紋様が見え始め、それを正確に描写する能力が芽生えたという人間だ。これもサヴァン症候群。
ビオニッチペイントから採取した成分からして、人類では知覚できない何かを使用してそれを描写したと考えることが……できる。
(おっと。考え事しすぎちゃったかな)
終点のアナウンスを聞いて、零は気を取り直した。
電車は弓ヶ浜和田浜大篠津町と進み、今は終点の境港駅へと到着している。
天邪鬼たちはまるでいつもの通学路をゆくように、スムーズに電車から降りていった。
下りてすぐに、町並みの異様さに足を止めた。そこかしこに設置された妖怪の彫像が零を出迎えたのだ。
別におかしな場所というわけではない。
ここはいわゆる妖怪の聖地ともいうような場所で、有名な観光スポットだ。
天邪鬼が戦闘直後に観光を? まさかと思って例の女学生の姿を探すと、天邪鬼たちは北側へと進んでいった。観光客はみな東側へ行くので、ひとまず胸をなでおろす。
かくしてたどり着いたのは、広大な駐車場。いや、船着き場である。
どうやらこの場所からフェリーが出るらしい。
天邪鬼たちはスムーズに乗り場へと入り、丁度やってくるであろうフェリーへ乗り込んでいった。
(……今度は船?)
ただ移動するだけにしては交通手段が派手だ。
とはいえ。ここで引くのは惜しい。
資料を根こそぎ押収する作業は他の仲間たちがやってくれている筈だ。無理に戻る必要も無い。
(虎穴には入らずんば虎児を得ず、だ!)
零は自らの頬をぱちんと叩いて、フェリーチケットの売り場へと向かった。
こうして。
零は慎重な追跡を続け、ある場所へとたどり着いた。
鳥取県北西部の小島郡がひとつ、中之島である。
さすがにここまで来れば気づかれるだろうと、零自身もさすがに思っていた所である。
「私たちに何かご用ですか」
うっそうとした森林地帯へ入ったところで、天邪鬼の一人がが女学生の姿のまま目の前に現われた。一度気配を消して隠れたのだろう。他の連中は先へいったと見える。
(まあ、そうなるよね)
わざわざこんな辺境にまで誘い込む必要はないので、恐らく船の中あたりで気づいたのだろう。零は覚醒。再び仮面を装着すると、腰の刀に手をかけた。
身の丈ほどはある巨大な刀である。これを零は、自身をぐるりと回転させるようにして抜刀。
「追いかけて来ちゃった☆ なんて」
無垢な女子高生に言われれば嬉しい言葉ではあるが、狐面と大太刀を備えた女が述べるのだ。殺意以外以外のなにものも感じはしないだろう。
そのように振る舞ったつもりだ。
理性的にも。
本能的にも。
「そうですか。では、お帰り頂きます……嘘です」
正面から突っ込んでくる天邪鬼。
狙いは服への掌底か。零は刀を水平に振り込んだ。
ダッシュの途中で跳躍する天邪鬼。零のスイングを跳躍によってかわしたのだ。ベリーロールのフォームで刀を回避し、両足からきっちりと着地する。
その様子に、零は違和感を覚えた。
示し合わせたスタントショーでならともかく、正面から殴りつけようとした人間がこうも機敏に動けるものだろうか。
(ためしてみるか)
天邪鬼の流れるような回し蹴りをあえて受けつつ、両足でふんばって重心制御。吹き飛びやのけぞりが起こらないように支えると、気力を集中。わき上がったオーラを矢に変えて天邪鬼へと放った。
手刀で払い落とす天邪鬼。
そこへ刀による突きを繰り出す。身の丈ほどある刀だ。間違っても突きに使うようなものではないが、そこをあえて腕と足の筋肉で無理矢理ねじ込んでいた。
相手にとってはただごとではない。二メートル近い鉄塊が突っ込んできたのだ。
しかし天邪鬼は上半身を反らす形で突きを回避。
が、そこで零はあえて刀を手放した。刀が飛んでいく。代わりに身体が軽くなった零は飛び込むような回し蹴りを繰り出した。
対して。天邪鬼は手のひらを零の靴底に押し当てる形でピンポイントに防御していた。
避けすぎだ。
未来予知とは言わないまでも、一瞬先を予測できないとおかしい。
勿論、今までこの疑問が無かったわけではないだろう。
ただ一度目は集団を無理矢理突破するという条件付きの乱戦状態だったし、二度目は陽動を目的とした挑発的な戦い方だった。戦力的にも相手に分があったので、攻撃が避けられるくらいはよくあること、くらいに思っていたのだ。
予測。
計算。
(なるほどね)
それまで零のしてきた予測。読んできた資料。現在の状況。
これらを総合した結果、零にはことのカラクリが分かってきた。
天邪鬼の格闘能力と、F.i.V.E覚者を上回るだけの戦闘スペック。これらは高すぎる計算によって相手の動きを先読みする才能だ。
そういえば、幾度となく負け続けたボクサーが相手のパンチを先読みできるようになったなんて話もあったか。
ただそれが複数同時に都合良く存在するわけはない。
あの睡眠チャンバーと生首を使って、これらの『異常才能』を人為的に引き起こしていたとみるべきだろう。脳のインプリントめいた技術でだ。
「でも、同じことができないわけじゃないよ」
零は術式の霧を発動。自らを濃密な霞が覆っていき、逆に天邪鬼に霧がまとわりついていく。その上で、零は着ていた服の上着とその下に着込んでいた特殊加工水着を脱ぎ捨てる。
捨て身の姿勢だ。
かまわず掌底を繰り出してくる天邪鬼。
狙いは心臓。常人なら即死するような攻撃だが、それを零は正面から受け止めた。
死に直結するような危機に彼女の本能が反応したのだ。
野球選手が突如ボールがスローモーションに見えるように。格闘家が突如すべの動きを読み取れるようになるように。一時的におこる天才的な脳のブースト現象である。
手と手が組み合い、恋人つなぎのようにがっちりと絡まり、固定される。
「つかまえた」
手を握って強引に振り回し、ぶん投げた。
狙いは後ろの木――に刺さっている零の刀だ。
「――!?」
天邪鬼は刀の柄頭に直撃。
内蔵がえぐれるように破壊されたのか、血を吐いてその場に転がった。
「……ふう」
とはいえ、零も無傷ではない。防御を捨てて受け止めたせいでダメージが身体にキッチリ響いているのだ。
聞き耳をたててみると、遠くから走ってくる足音が聞こえる。天邪鬼の増援が来るのだろう。
木から刀を抜くと、その場から身を翻して撤退する。
収穫は十分だ。
零は来た道をそのまま戻り、仲間たちの資料回収作業へと合流することにした。
●チェンジリング
天邪鬼の撤退を確認した千陽たちは、改めて資料の回収にとりかかった。
「なあ、今更言ってもしょうがないんだが……」
柾は無事な資料を片っ端から段ボール箱に詰め込みながら言った。
「もし戦闘で負けていたら、俺たちは一切の資料を回収できなかったことになるよな。殆ど陽動に出ていたせいで、撤退しつつも何かしら掴んでいけるって状況じゃあなかった」
「その場合は自分たちが、『これ』だけでも持ち出す努力はしましたよ」
千陽はそう言って例の『生きた生首』の前に立った。
同じくそばに立つ奏空。
「今度は俺もやるよ。送受信ならしゃべれなくても会話ができるだろうから」
「……」
この時、千陽の頭にズキリとした痛みが走った。戦闘直後にどこかが痛むのはよくあることで、耐えられない痛みではないとして、これを無視した。
「まあ相手がどんなモンかは分からんが、俺も協力するぜ。読心術が通用する相手なら口をつぐんでも……というか、心をつぐんでも読み取れるはずだ」
誘輔は慣れた調子で手帳とペンを取り出し、書き込む構えをとった。
ある意味、戦闘よりも得意なことだ。
生首を見る。
あれだけのことが起きていたというのに、目を閉じてじっとしたままだ。
「さて、始めるか」
千陽と奏空の送受信、オンライン。
生首がゆっくりとまぶたを開いていく。
一方その頃。
「なんだか、思ったよりすごいものが来たね……」
「ああ……」
朱と夜一は目の前に停車したコンテナトラックに唖然としていた。
「紙資料をできるだけ持ち出すため、だけじゃないよね」
「そのようです。私はちょっと、よく分からなかったんですけど……」
灯がコンテナの後方扉を開いて乗り込んでいく。
一人暮らしの引っ越しに使う程度のトラックで、レンタカーショップでも借りることができるサイズだ。運転免許も普通車レベルで済む。勿論戦闘で破壊されてはたまらないので、終わってから調達したものだが……。
「生命維持装置のたぐいが自動車に積む程度のバッテリーで事足りるかとは思ったが……」
夜一はコンテナの奥に設置されたディーゼルエンジン式の発電機に目をつけた。
ケーブルを伸ばして停電時間を僅かに押さえ、後は車内の発電機で補うという考えだ。
夜一は生首だけで生きてるヤツが人間なワケないので、リュックサックにでも詰め込めば手軽に運べるだろうとすら思っていたが、どうやら灯はあの首を生きた人間だと考えたらしい。
夜一は水槽に入った脳みそに電極を刺した、SF映画のワンシーンを思い出した。
「幸い、ガレージは大型車を入れるだけのスペースがある。持ち出す資料を限定しなくて済みそうだな」
とはいえ、積み込むには大きすぎる睡眠チャンバーは置いていくしかなさそうだ。
朱は停止していたという八つ目のチャンバーのことを考えた。
あのチャンバーの中身は空。つい最近まで使われていた形跡があったことから、以前倒した天邪鬼が入っていたものだと推測できた。
「この空席がすぐに埋まらなかったってことは、そう簡単に追加できるものじゃないってことだよね」
「あの手のものがそうポンポン作られちゃたまんないよ!」
ガレージの中から出てきた禊が軍手を脱いで投げ捨てた。粘液のついた軍手がべちゃりと落ちる。
彼女が調べたのは天邪鬼の生活である。
施設の中には大量の流動食が保管されていた。それもほぼ液体というべき『飲む栄養食』である。
数年前に海外の医療メーカーが開発して一般にも普及するようになった商品で、市販の『バランス栄養食』などとは比べものにならないほど栄養素とカロリーが凝縮されている。
他にもカップラーメンやコーラのボトルが段ボール単位で保管されていたが、量からして天邪鬼のものとは思えない。おそらくこれらを管理していた人間のものだろう。
「その、管理していた人間の痕跡は? 手帳だとか、日記だとか、残っていないのか」
「それが、燃えちゃってて……」
「そうか……残念だな」
とはいえ夜一はそれほど残念そうにはしていない。この偽装工場が完全にガワだけのものだということがわかったからだ。そうなると、この施設にいた管理人もさほど重要な人間ではないだろう。いい待遇もされていないようだし、外部の外部の外部の下請け……といった具合か。仮に捕まえて締め上げても『ごめんなさい』しか言わないだろう。
「残った資料頼り、ってことだね?」
「いや、まだある」
零と柾は生首とのコミュニケーション実験に立ち会っていた。
「まだあるが、あれではな……」
柾は低くうなった。
生首は目を開けたが、その目は白く濁り、口を半開きにしてはいるが喉周辺を液体が通る際に『うあうあ』と聞こえるだけだった。
率直に言って。
死体にしか見えない。
まぶたを開くことができるとしても、これで生きていると言えるのか。
「脳だけは活性化してる。逆脳死か……見てられないな」
柾が目を反らそうとした、その時。
「「あっ」」
千陽と奏空、そして誘輔が同時に声を上げた。
いやちがう。
「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」
奇声をあげたのだ。
それきり彼らは目を開けたまま仰向けに倒れ、後頭部を強く地面に打ち付けた。
「うぇ!? ちょっと!」
零が飛びつき、誘輔だけでもキャッチする。
誘輔を叩き、目をいじる。
どうやら目を見開いたまま気絶しているようだ。
「……三人同時に同じ奇声をあげたってことは」
「自分の意志や本能で叫んだというより生理的反応を肉体が示したと見るべきだ。電気ショックで跳ねるカエルの足のように」
恐らく千陽と同じ状態になったのだろう。
収穫はなしかと諦めかけた零の視界に、誘輔の手帳が見えた。
汚い走り書きでこうある。
『卯没瀬島病い』
「……大収穫」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
運営追記(2016.02.11)
公開時に描写バランスに不調整な部分があり、一部キャラクターのみ描写が少ない情況となっておりました。
そのため、STの意向によりそのキャラクターの特別描写を追加させて頂きました。
特別描写につきましては当初のリプレイでの情況を鑑み、相応の文字数にて表現されて
おりますが、そちらにつきましては当初の描写が行なわれた際のご迷惑を考慮させて
頂いた上での描写量となります事をご理解、ご了承頂けます様宜しくお願いいたします。
参加者皆様にご迷惑をおかけする事となり、誠に申し訳ございませんでした。、
公開時に描写バランスに不調整な部分があり、一部キャラクターのみ描写が少ない情況となっておりました。
そのため、STの意向によりそのキャラクターの特別描写を追加させて頂きました。
特別描写につきましては当初のリプレイでの情況を鑑み、相応の文字数にて表現されて
おりますが、そちらにつきましては当初の描写が行なわれた際のご迷惑を考慮させて
頂いた上での描写量となります事をご理解、ご了承頂けます様宜しくお願いいたします。
参加者皆様にご迷惑をおかけする事となり、誠に申し訳ございませんでした。、
