リアルファイト伝説
リアルファイト伝説


●人と人
 煩いほどに絢爛豪華な電子音が乱舞するここは、京都市内に店舗を構えるゲームセンター。
 その中で一際多くのギャラリーを集めているゲーム筐体がある。
「すげぇ、あいつずっと勝ってるぜ」
「一体どんな奴なんだ……女?」
 とある格闘ゲームの前に足を組んで座り続ける、ジャージ姿の少女。巧みなレバーの操作技術と、まるで鍵盤を叩くように軽やかな指捌きで、次々に挑戦者を跳ね返していっていた。
 画面に表示された連勝数は三十を越え、彼女のゲームの腕前が相当なものであることを明確に数値化している。目の醒めるようなプレイを見せれば、当然ギャラリーも湧く。だというのに少女はにこりともせず、斑に染めた髪を掻くだけで、脇目も振らずにモニターと睨み合うだけだった。
 数えるのも飽きた勝利の後、筐体の反対側で、台を蹴り上げる乱暴な音が響く。
「おいてめぇ!」
 次いで怒声。
 回りこんできた男はいかにも柄の悪そうな風体で、尚悪いことに激昂した様子である。
「ふざけてんじゃねぇ、ハメやがったな。あんなのガードできるか!」
 曰く、少女がゲーム内で取った行動が余程卑怯なように感じたのだという。しかし試合の成り行きを一部始終眺めていた観衆からすれば、難癖にしか聴こえなかった。結局のところ負け続けて溜まったストレスをぶつけているだけに過ぎない。
 少女はただ一瞥をくれただけで。
「座りなよ。ゲームのことはゲームで決着つければいいじゃないか」
 と言ってすぐに視線をモニターに戻した。
 ――それで引いてくれるほど、相手は冷静ではない。男は少女の肩を掴んで無理矢理立ち上がらせる。
 少女は背の高い男を上目遣いで睨んだ。その態度が反抗的に思えたのか、男は一層怒気を強めて拳を振り上げる。
 今にも殴られようとする少女は、ふうと小さく、呆れたように息を吐く。
 そして僅かに身を翻すと、飛んできた右ストレートを回避。拳が空を切ってぐらついたところに、横から掌底を喰らわせると同時に――微量の電撃を流した。
 紛れもなく因子の力である。男はショックで気絶し、その場に倒れ込む。
 静まり返る店内。客の全員が、店員が、視線を少女に集めている。
「……な、なんだよ。手加減はしてる。ちょっと眠ってもらってるだけだ」
 だが結果として喧嘩であることに変わりはなく、おまけに一撃で片付けてしまったのだから、傍目には危ない人物のように映っただろう。ひそひそ声が針のように肌を刺す。
 少女は舌打ちすると、店を早足で去った。
 ゲーム筐体に未消化のクレジットを残して。

 ゲームセンター二階に備え付けられた駐車場の片隅で、少女は膝を抱えていた。
 この店にはもう来られないな、と小さく呟く。それから、これで何度目だろう、とも。
 自分はただゲームを遊びたいだけだ。何の力もなかった頃のように、大人しく殴られていたら済むのだろうか。けれど理不尽な暴力を受け入れられるほど今の自分は弱くない。
 小石を踏みしめる音が不意に少女の耳に届く。顔を上げると、数人の男達が近づいてきているのが見えた。
「よう。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
 そのうちの一人、優男風の青年が妙に気さくに話しかけてくる。
「あんた強いらしいな。自分より大柄の男を一捻りするくらいだしさ。俺達と一緒に来なよ。なに、萎縮しなくていい、俺達はあんたと同じさ」
 言いながら青年は指先に火を灯し、自身もまた因子に目覚めていることを示す。
 その光景を目にした少女は、同じか、と胸の奥で反芻する。異能が前提にある以上、昔のようにはいられない――思考のあり方も含めて。そのことは身をもって知らされている。
 行き場のない少女は、半ば自暴自棄気味に口を開く。
「私は――」

●流れ者
 召集を掛けられた覚者達が久方 相馬(nCL2000004)が机上に広げた資料の数々を閲覧していると、何やら端のほうに相馬の仕業と思しき落書きを発見する。
『もしもサブミッション緑川が格ゲーのキャラだったら』
 必殺技がセットで書かれている。全部一回転コマンドだった。
 さておき。
「組織、って言えるほど大きな集団じゃないけど、戦力の充実を図ってる隔者達の動向が明らかになったんだ。今のところは大したことない徒党だが、こういうのは早いうちに断っておくに限る!」
 相馬の説明によれば、彼らは京都市を一時的な拠点として人員を募っているのだという。
「誘われてるのは大原ユキノって子。最近発現した天行の覚者だ。無愛想な性格のせいでよくトラブルに巻き込まれるそうなんだが、その度に通ってたゲーセンに居辛くなって各店を転々としてるとか。その噂を聞いた隔者が目を付けたみたいだな。孤立してるところにつけこむだなんて卑怯な連中だよ」
 とはいえ、こちらからしてみれば彼女は敵を誘き寄せる材料になってくれている。
「この女の子を追ってれば隔者とはエンカウントできるはずだ。殲滅任務、頼んだぜ!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.隔者六人の身柄確保
2.なし
3.なし
 OPを御覧頂きありがとうございます。
 こちらは平たく言うと健全な青少年の育成を目的としたシナリオです。

●目的
 ★隔者鎮圧

●現場
 ★ゲームスポット嵐山
 京都市内にあるゲームセンターです。
 音ゲー格ゲーパズルゲー、レースガンシューカードメダルプライズなんでも取り揃えてあります。
 店内は広いことは広いのですが、各種筐体が設置されている分通路は狭いので戦闘に適した場所かというと微妙です。
 また多くのお客さんがいますので派手な行動をすると大きく目立つことが予想されます。
 二階部分が立体駐車場となっているのでそちらなら活動はしやすいと思われます。
 NPC『大原ユキノ』は格闘ゲームのコーナーにおり、連勝を積み重ねています。
 そのまま放っておくと夢に示された通り負かした相手に絡まれます。

 作戦実行する時間帯は自由ですが、予知夢ではNPCの入店が午後六時、トラブルで退出するのが午後八時頃となっています。参考までに。

●敵について
 ★男性隔者 ×6
 彼らは午後六時以降に出現しますが基本的に店内には侵入しません。
 ゲームセンター周辺で待機し、下記NPCが外に出るのを見計らって接触を試みます。
 ただし店内があまりに騒がしいようなら様子を窺いに来るかも知れません。
 構成は前衛に攻撃役の火・械が三人、後衛にサポート役の木・現が三人。
 前者は『炎撃』『火柱』『火炎弾』、後者は『棘一閃』『清廉香』『樹の雫』を活性化しています。
 共通でナイフを所持しており、出血効果のある通常攻撃にも警戒が必要です。

 ★大原ユキノ
 十五歳の不良娘。天行の暦。格闘ゲームが好き。
 身長は低めなのですが背伸びしてLサイズのジャージを愛用しています。
 覚者になってから数ヶ月程度とはいえ天行壱式のスキルは概ね習得しているようです。
 立ち位置としては中立NPCなのですが彼女と戦闘になるケースとしては
 ・他の客と喧嘩をしているところに干渉する
 ・隔者組織の勧誘を承諾させてしまう
 ・こちらから何かしら敵対的な行動を取る
 などが挙げられます。逆に言えば行動次第で友好的な関係になる可能性もあります。
 なお彼女と一切接触せずに依頼を終了させることも可能です。隔者さえボコればいいので。



 解説は以上になります。それではご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年02月14日

■メイン参加者 8人■

『弦操りの強者』
黒崎 ヤマト(CL2001083)
『隔者狩りの復讐鬼』
飛騨・沙織(CL2001262)
『RISE AGAIN』
美錠 紅(CL2000176)
『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)

●交差点
 時刻は午後六時。
 ジャージの少女は――大原ユキノはゲームセンターに来店すると同時に格闘ゲームの筐体へと向かい、空いている台に慣れた所作で腰掛ける。
 逆側の台に硬貨が投入される音を耳にしてもユキノはさして反応を示さなかった。対戦相手が誰かであるかより、ゲームの中でどう動いてくるかだけが彼女の関心事だった。
 けれど後ろから突拍子もなく話しかけてくる声には流石に振り向いた。
「私の他にもジャージの人がいる! ジャージ、楽ですよねっ」
 ロードの合間に視点を動かすと、そこにいたのは同年代と思しきふんわりとした雰囲気の少女。背丈に合わない大きめのジャージに着られている。絶えず微笑を浮かべる彼女に対して、今までギャラリーに声を掛けられたことのなかったユキノは少し動揺気味に、これしかないから、とだけ答えた。
 ちょっとしたやりとりを挟んで対戦に戻ったユキノは破竹の勢いで勝利を重ねる。
「凄いですねえ、どうやったらそんなに強くなれるんですか?」
 するとまたしても先の少女が声を掛けた。不良少女の刺々しさをコットンで包み隠すかのように柔らかな物腰で。どうしてそんなに関わり合いになろうとするのか、とユキノは尋ねようとするが、それは反対側から回ってきた赤い髪色の少年の快活な呼び掛けで有耶無耶になった。
「強いな! 今のコンボどうやるんだ?」
 ギターケースを背負ったこの少年もまた歳の近そうな外見だった。話を聞く限り、先程一戦交えた相手のようである。
 少年は親しみやすい笑顔でゲームについてあれこれ話す。ゲームの話題ならユキノも人並み以上に知識があるので、少しだけ饒舌になった。
「連れと来てるんだ。初心者だけど格ゲーで遊んでみたいってさ。まあ程々に揉んでやってくれよ」
 ある程度話し込んだ後で照れ混じりにそう語った少年は、親指と目線で対面の台にその身内がいることを指し示す。
 覗き込んでみると確かに済ました顔の女の子が座っていて、軽く会釈をされた。背格好はほぼ等しいのだが、とある一箇所の発育が自身より遥かに進んでいて、ユキノは少々面食らう。
「オレもまた乱入するから、その時はよろしくな! 今度はもうちょい爪痕残してやるぜ!」
 順番待ちの列に戻っていく少年は最後に、『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)と名乗った。

「……賑やかね、ホント」
 ハイネックのセーターを口元まで引っ張り上げた『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)は店内の片隅で、コンピューター制御された機器での享楽に耽る人々を眺めながら厭世的に呟いた。生来山里で暮らしていた彼女には、娯楽に餓えるという感覚が分からない。だからこの場所に溢れる眩い電飾や華やかな音声は、全て騒々しさにしか感じられなかった。
「でもみんなが遊びに来てる場所だからね。それを楽しみにしてる人がこれだけいるってこと」
 近寄りがたい雰囲気を纏った彼女に気兼ねなく話しかけるのは、格闘ゲームの対戦風景を遠巻きに眺める『RISE AGAIN』美錠 紅(CL2000176)くらいであった。獣憑の証である猫の耳が表している通り、ありすと同様の覚者である。
「だからこそ、余計な揉め事は避けたいよね」
 視線の先には大原ユキノと、そして彼女に接触した味方三名。夢見の観測によればあと一時間少々で逆恨みした客とのトラブルが起きると予見されている。それを止めるだけなら造作もないことだが、その後の展開がよろしくない。隔者につけこまれる隙が彼女の心に生まれようものなら、これまでの下準備が水泡に帰することになる。
「そんなに繊細な話なのかしら。ホント、お人好しばっかりね。自分の生き方くらい好きにさせればいいのに。……ま、手の打ちようがあるのにみすみす見逃すのも悪手なんでしょうけど」
 世話が焼けるわ、と小さく溜息を吐くありす。
 その一方、店内を物色する望月・夢(CL2001307)は興味の眼差しを方々に向けていた。
「面白いですね、こちらのショーウィンドウにはぬいぐるみがたくさんあります」
 目に留めたのは、況やUFOキャッチャーの装置である。
「店員さんに頼めば購入できるのでしょうか」
「それもゲームよ。上のほうに付いてるアームを操作して遊ぶの」
「成程」
 紅に注釈されて夢は感心したかのように頷く。ゲームセンターに訪れたのは初めてであり、目に映る全てが物珍しさに満ちていて、知的好奇心をくすぐられた。
「踊りのゲームもあるのですね。これなら私にも出来るかも知れません」
「別物じゃない? 少なくとも、ドラムのゲームは別物だったわ」
 二人が状況が以降するまでの時間を消費している傍ら、ひっそりと、ありすは店を後にした。目的の第一段階である味方と保護対象の接触を見届けた以上、長居は無用。
 向かう先は後々の戦地となる二階の立体駐車場。
 道すがら手の中で、小さく因子の焔を灯した。

●橋
 薄暗い駐車場の一角で、車輪止めに腰掛ける葦原 赤貴(CL2001019)はペットボトルに口をつけながら、その瞬間をひたすら待ち続けた。持参した菓子は特に味わいもせず、外面上の『食べる』という行為を成立させるためだけに適当に齧る。
「……あれで引っ掛かってくれたら話が早かったのに」
 退屈を持て余したありすは左の指先で髪を弄う。
 ユキノという人物がはぐれ者という情報だけは隔者にも伝播しているとのことなので、そのイメージで退店際煙草に火を点ける真似をしてみたが、流石にそれだけでは炙り出せなかったようだ。
 ありすからしてみればこのやり方で誘導されてくれれば非常に助かった。それは手短に終わらせられるからではなく、碌に確認も出来ない間抜け揃いであれば苦労はしないだろう、という観点である。
「オレとしては、速やかに片付けられればそれで構わないんだが」
 僅かに上体を反らし、携帯ゲーム機を掲げる赤貴。
「しかし穏便に済ませたいという意見があるのであれば、それに越したことはない」
 画面は真っ暗のままだった。
「それにしても面倒くさい娘のお守りを頼まれたものですね。目には目をなんてのはしょーもない自尊心が生むやり方なのですよ。説教するのも馬鹿らしいです」
 『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)が億劫そうに言う。
「まあでもガキに目くじら立てたところで仕方ないです。目くじら立てるべきガキのほうをその分ぼてくりこかすとしましょうか」
 そこで三者の会話は途絶え、階下の動向を伝える報告を待った。
 鈍い緋色の瞳でどこを眺めるでもなく無気力に視線を移ろわせる槐が時折、車椅子の車輪を軋ませる音のみが駐車場に蔓延する沈黙を邪魔していた。
 長い待機の末――
「こちら赤貴……そうか、了解した。備えておこう」
 連絡を受け取る。発信源は店内に残り逐次状況を観察している、紅であった。

 時間は前後し、舞台はゲームセンター内へと戻る。
「……凄いです」
 連勝を積み上げるユキノを見学する『カワイコちゃん』飛騨・沙織(CL2001262)は率直に、尊敬の意志を伝えた。
「あー! あともう少しで勝てそうだったのに!」
「十年早いよ」
「言ったな? 次こそ一本取ってやるからな!」
 ヤマトは随分と打ち解けた様子で軽口を叩き合っていた。だけでなく、アドバイスを受けながら何度も対戦を続けているうちに、めきめきとゲームの腕前も上達していた。
 時刻は、午後八時に迫ろうとしている。
 数多の電子音を掻き消さんばかりの大音が響いたのはその時だった。
 ヤマトの後で乱入した厳つい男が、怒り心頭の顔で筐体下部に力任せの蹴りを入れた。ゲーム画面には『K.O』と表示されており、たった今敗戦したばかりだと分かる。
 頭に血を昇らせた男は裏手に回ってユキノに因縁を付けようとするが――
「あのー、先程の勝負のどこが悪いのでしょうか?」
 それより早く夢が割り込んだ。
「よろしければお教え願えませんか? 私、何分素人なものですから」
 夢は一歩も怯むことなく男の前に立ち、このひりついた空気にはいささか不似合いな真面目さで、論理立った説明を求める。面と向かい合っている男だけでなく、八つ当たりを恐れて口を差し挟めなかった他の客も呆気に取られた。調子を狂わされた男はチッと舌打ちをして悪態を吐いたのを最後に、肩で風を切って店から出て行った。
「……行ってしまいましたね」
 これといって表情を変えることなく、夢は成り行きを窺っていたユキノのほうを見る。
「あ、ありがとう。恥ずかしい話だけど私、見た目も態度もこんなだから、よく絡まれるんだ」
「強かったら目立つでしょ。ゲームにしても、何にしてもさ」
 だから良からぬ連中に目を付けられたのだと教えたのは、頃合を見て近づいてきた紅であった。ユキノは紅の作り物ではない動く尻尾を見て、即座に覚者だと――自分と同じだと認識した。
「目を付けられた、って……」
「……ごめんなさい。ユキノちゃんに黙っていたことがあります」
 差し入れのドリンクを買いに行っていた天野 澄香(CL2000194)が、缶のひとつを不思議がるユキノに渡しながら伝える。柔和な微笑みを絶やさなかった表情に真剣みを帯びさせて。
「あなたを狙ってる組織があるんです」
 澄香は覆い隠すことなく言った。また自分達が――交流していたヤマトや沙織まで含めて――覚者である事実も明かす。
「だけど、友達になりたいって気持ちはホントだぜ。だから悪い奴らなんかに大原を渡したくないって思ったんだ。それだけは信じてくれ」
 ヤマトはユキノの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「今からその人達との戦闘が始まるかも知れませんから、決して店内からは出ないでくださいね」
 言いながら澄香はジャージの下に着込んでいるパーカーのフードを被り、ふうと一呼吸置くと、自動ドアを潜って外へと出て行った。ユキノはその背格好を見て、パッと見の風貌が自分にとてもよく似ていると感じた。
 澄香を見届けた紅はまず、駐車場の面々に『送受心』を活用して連絡をよこす。当初の計画通り、囮役が出発した、と。夢は澄香から少し遅れて店を後にし、ヤマトも続く。
「中々に興味深い店舗でした。もう少しお暇させていただきたかったですね」
「オレだってさ。大原、絶対また来るからな!」
 二人の後で通達を終えた紅もゲームセンターから足早に去って行った。
「大丈夫です、私が護衛しますから」
 もしもに備えての警邏役として一人店内に残った沙織がユキノに声を掛ける。
「といっても、大原さんが特別気を遣うようなことはありません。普通にしていただければ結構です……ですから、その、事態が落ち着くまで、少しお話しましょう」

●塗布されたメッキ
 立体駐車場の中央に立つジャージ姿の少女に、ただならぬ気配を纏った男達が歩み寄っている。
「やあ、ちょっといいかい」
 彼らが目的の人物を追いかけているのは何も昨日今日の話ではない。仲間に招くのに持って来いのやさぐれた覚者がいるとの情報を聞きつけてからずっとである。ゲームセンターから一人で出てきたところを目撃した時は針に大物が掛かったときと同種の喜ばしさがあった。
 ――彼らは気付いていなかった。自分達こそが疑似餌に誘き寄せられた魚だという構図に。
 少女は、いや、れっきとした成人である澄香は隔者の接近を知るや否やフードを取り、大きく後方に跳躍した。着地した先に控えているのは、戦闘の手筈を整えたF.i.V.E.の覚者達である。
「あなた方が巷で噂のバッドボーイとやらですか。面白集団すぎて片腹痛いですね」
 事故前の健康な姿で隔者の面前に仁王立ちする槐は、真っ先にその活動を茶化した。
「抵抗は無駄だ、大人しくしろ」
 冷気めいた銀色の光を放つ大剣を突きつけて威圧し、赤貴は投降を促す――ふりをするだけで、切りのいいところで台詞を断つと一気に距離を詰めた。元より話を聞くような相手ではない。その証拠にこちらの呼び掛けを聞き終えるより先に敵は武器であるナイフを手にしていた。駆け引きするまでもなく問答無用で来るならば、それに従うまで。
 火花は交錯した。
 覚者達の呼吸器周辺に槐が振り撒いた清らかな香りが散りばめられる。
「……ようやく来たわね。行くわよ、開眼」
 待ち侘びた様子のありすは鬱憤をぶつけるように第三の眼をカッと見開いて顕現させ――
「燃えなさい」
 前線に立つ隔者達の足元に火柱を噴き上がらせる。燃え盛る炎はに上昇するにつれ勢いを増し、皮膚を焦がすのみならず活力の源となる酸素をも奪う。
 もがき苦しむ隔者がかろうじて開けた目で見たものは、猛進してくる赤貴の姿である。
「生憎だが、躊躇は持ち合わせていない。果断即決で行かせてもらう」
 振り翳された騎士の大剣が、疾駆の勢いを乗せて叩き込まれた。

 すっかり夜だというのにゲームスポット嵐山の客足は途絶えることなく、店内の騒がしさは収まる気配がない。
 その喧騒に紛れて、事件の終息を待つ沙織とユキノは、一介の客としてお互い初挑戦となるリズムゲームをプレイしている。
「源素に目覚めてからゲームの強さより、喧嘩の強さのほうが評判になってさ……笑えるだろ?」
 気を許した様子で覚者となってからの身の上を語るユキノに対し、沙織は深く頷く。自分自身の過去と照らし合わせて、そうした思慮に満ちた仕草を見せた。ほんの少しの差異が生じただけで、それまで共に歩んできた仲間に迫害される。その苦い経験があるだけに、覚醒という出来事が大きく人生を左右することを沙織は誰よりも強く理解している。
「ですが今の私達にとって肝要なのは、覚者になるまでどう生きてきたかではなく、覚者になってからどう生きるかではないでしょうか」
 それから沙織は淡白な表情に少し照れを浮かべて、告げる。
「友達になるまでより、なってから過ごす時間のほうが大事なのときっと同じです」
 沙織は自分達が所属する組織『F.i.V.E.』について伝える。ほのめかすだけで強制はしないが、選択肢は作っておきたかった。彼女の人生に関わることの重みを知った上で、そう行動した。
「覚醒したからこそ、私達は出会えた。そう思いませんか?」
 ユキノは答えず、俯いたままだった。スピーカーは底抜けに明るい軽快な音楽を奏でていた。

 ゲームセンターから合流した面々もそれぞれのポジションに付き、加勢する。
「回復はお任せください!」
「頼りにさせてもらうよ。さあて、暴れよっか!」
 一対の刃を両手に持った紅は澄香から治癒の術式を後ろ盾とし、気兼ねなく豪快な連撃を繰り出し続ける。赤貴もまた複数を巻き込める大振りの斬撃で押す。しかしながら相手も黙ってやられるだけではない。火炎を凝縮した弾丸を放ったかと思えば、ナイフで接近戦を仕掛けてもくる。
「あの方々を抑えるのが得策と見ます」
 ゆえに夢は直接的な攻撃を仕掛けてくる前衛に向けて雷を招き寄せ、三者纏めての掃討を狙う。撃てるだけ撃ち尽くした後は、とりわけダメージの大きい対象を認識すると、果敢に近づきダメ押しのナイフで切り刻む。本職の占いとは異なる初の実戦任務だが、中々戦略的な戦い方だ。
「行くぜレイジングブル! 火なら負けねー!」
 ヤマトがギターの弦を弾いて紡がれた旋律は業火を呼び起こす呪詛となる。同じく焔を扱うありすと共闘し火行の隔者達を一気呵成に攻め立てる。
 傷を負った隔者は後方支援を求めるが、回復手段を持つ木行の連中は全く手が空かない。
「ガキは既に寝る時間なのですよ」
 巧みに戦場の空気を操作する槐によって次から次に眠りの淵へと陥れられていたのでは、それも仕方のない話だ。なんとか『清廉香』で立ち向かうが守り一辺倒だと埒が明かないのは自明。覚者達からすれば攻めの起点がいたるところに出来ている。
 一人、また一人と膝を折る隔者。
「あなた達の置かれた状況を説明しますと、じゅーぜろです。10:0」
 歪めた唇で勝ち目はない、と真っ向から告げる槐。
「私自身が何のダメージも与えなくても勝ってしまうのです。とても簡単でした」
 隔者の瞼が重力に屈するその間際まで槐は、この上なく嫌味ったらしい、至福の愉悦を満面に浮かべていた。
「そろそろ仕上げか」
 前衛三名の戦闘不能を確認した赤貴は前世の力を十二分に引き出し、残る後衛へと刃を向ける。
 相互了解する間も与えず接近。烈火のような艶やかさも、迅雷のような激しさもない、極めて実直で成果主義を突き詰めた、無味乾燥な一撃が振り下ろされた。
 その一太刀は赤貴という少年の性質を如実に表していた。

 隔者全員が『蜘蛛糸』で拘束されたことを知ると、羽を縮小したヤマトは階下へと急いだ。
「誓ったからな、また遊ぼうって!」
 それにまだ約束したいことはある。『また』は『いつでも』ではなく、次の機会しか保証してくれない。ヤマトは駆けていく。もう一度『また』を伝えるために。
 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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