わたしのいもうと
わたしのいもうと


●人間以前
「やめろ××××。君はいまおかしくなっている。その銃を下ろしてくれ。いいか、落ち着け。落ち着くんだ」
「おかしいのはお前のほうだ△△△△。今自分が何をしようとしているのかわかっているのか? いいか、お前は俺の妹を殺そうとしているんだぞ」
「だから落ち着け、落ち着けよ。よく見ろ。よく見てみるんだ。それはお前の妹じゃあないだろう」
 言い争い。否、武器を構えあっている現在、そんなレベルはとうに逸脱してしまっている。だが彼らはお互いに、本来は敵同士でなどないのだ。ただひとつの問題に直面し、それゆえにこうして対面してしまっている。
 それ、とされたものは肉の塊だった。赤黒い血のような色をした脳みその塊、というのが正しいだろうか。形だけ、シルエットだけはヒトのそれをしており、なるほど、大きさも幼児程度と言えなくもないが、これを『妹』だと呼ぶのは不気味を通り越して滑稽ですらある。
 異常な光景だ。銃を構え、その肉塊をかばうようにして立つ男はそれを優しい目で見ている。愛する家族を、血を分けた兄妹を見る目だ。正しく慈愛に溢れ、それでいて使命感に満ちた瞳である。
 彼はまさしく、その肉塊を自分の『妹』だと認識しているのだ。
 催眠か、洗脳か。彼が正常な状態ではないということは、誰の目にも明らかだった。それは対面しているもうひとりの彼にとっても同じことであり、そうであるからこそ説得に必死になっているのだ。
「わかるだろう。どうしてそれがお前の妹なんだ。第一、お前とは長い付き合いだが妹が居たなんて話は聞いたことがない。お前には兄貴がひとり居ただけじゃないか。頭を振って、目を覚ませ。そこにいるのはお前の妹じゃあない。俺の妹なんだ」
「馬鹿なことを言うなよ△△△△。こいつが、俺の可愛い妹がお前の妹だって? ああ、わかったぞ。そうやって、お前は俺から妹を取ろうとしているんだ。なんて、なんて浅ましいやつなんだ。大丈夫だ。大丈夫だよ。お前は必ずお兄ちゃんが守ってやるからな。だから、ちょっと待ってろよ」
「そんなことを言って、お前こそそんな幼児趣味があるんだなんて知らなかった。やめろ。やめるんだ。ひとの妹の頭を勝手に撫でるだなんて。汚らわしい犯罪者め。嗚呼畜生、なんてやつだ。怖がってるじゃないか。畜生、殺してやる。殺してやるぞ」
「ああ殺してやるとも。ひとの妹にひどいことをする奴は、親友だって殺してやる。畜生、かかってこいよ。ぶち殺してやる」
 怒号。罵声。そして銃声。
 しばらく喧騒が続いて、静かになった。
 脳のような塊はようやっと動き始めると、異常なまま互いの生命を奪った男たちの額を砕き、開き、そこにあったまだ温かい脳を取り出すと、喰らい始めた。
 その肉塊。なかでもとりわけ黒い部分が蠢くと、本体から切り離される。まるで排泄のようだ。切り離された肉はしばらくびちびちとアスファルトをはねていたが、やがて動かなくなった。
 そうして、切り離した本体のそこからは新しく、桃色の脳が再生している。
 はあ、ふう。
 満足したような吐息を漏らして。それは動き出す。それは動き出す。
 闇夜に紛れて。また食らうために。

●あなたをつくります
「嗚呼、もう嫌だ」
 その日、任務があるのだとミーティングルームに集められた彼らは、鬱のまっただ中である『悪夢見』双尾・紫(nCL2000115)を見ることとなった。
 いつもより『クマ』の晴れた目。自分たちが集められた。この状況から察するに、今回の予知夢を見、収集をかけたのは彼なのだろう。
「どうしてこう、怖いものばかり。嫌だ。嗚呼」
 ひとに仇なすもの。不幸をもたらすもの。夢見が予知するのはそういった類ばかり。とりわけ彼の場合は、より醜怪なものを観る傾向にあるらしく、こういった様はしばしば見かけられた。
 いつものことだ。薄情なのではない。呆れているのでもない。ただ、手を施す手段がないだけだ。ひとは眠らずにいられず、ひとは夢を見ずにはいられないのだから。
 だがひとまずは、彼をなだめずして話は先に進まなさそうだ。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:yakigote
■成功条件
1.古妖の討伐
2.なし
3.なし
皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

ひとに害をなす古妖が現れました。
それはひとに催眠をかけ、互いに争わせ、死んだところを食らっているようです。
捨て置くわけには行きません。
討伐をお願い致します。

【エネミーデータ】
●『わたしの』妹
脳みそのようなものでできた、ヒトの形をした古妖です。サイズは幼児程度。ヒトの脳を就職としているようです。
非常に強力な催眠攻撃を得意としており、これによる『魅了』にかかった対象はこの古妖を自分の妹だと認識するようになり、これを庇わねばならない、守らねばならないという強迫観念に囚われます。
また、魅了にかかった対象はこの古妖が常に自分の庇護を求めているのだという妄想に陥り、他のキャラクターは妹を襲う暴漢であると錯覚するようになるでしょう。

【シチュエーションデータ】
夜間の公園です。
薄暗くはありますが、街灯のおかげで明かりの心配はありません。
また、深夜であり誰かが紛れ込むこともないでしょう。

【警告】
これはホラーシナリオです。
あなたのキャラクターは理不尽かつ狂気的な体験をし、またその言動をとる可能性があります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年02月04日

■メイン参加者 8人■

『名も無きエキストラ』
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『調停者』
九段 笹雪(CL2000517)
『アフェッツオーソは触れられない』
御巫・夜一(CL2000867)
『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)
『『恋路の守護者』』
リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)

●太陽クイズ
 妹。基本的には、庇護の対象だ。可愛いかどうかは関係がなく、愛想が良いかは関係がなく、守るべき相手である。年下の肉親というのはそういうものだ。たとえどれほど気質がよくなかろうと、たとえ犯罪に手を染めていたとしたって。守るべき対象だ。そういうものだ。妹というのはそういうものなのだ。

 本当に寒いといえる期間は思ったより短かったものだと、この冬何度目になるのかわからない感想を頭のなかで抱きながら、それでも申し訳程度に白い息を夜空に吐いた。いつもより、一枚は防寒具を減らしても平気。それくらいには、温かい夜だ。
 それが唯一の救いだとばかりに、風もない。薄気味悪い腐臭を届かせまいとするかのように。風は凪ぎ、上着のポケットに突っ込んだ握りこぶしがホンの少し汗ばんでいた。
「何やら面白い生命体がおいでなさっているようですが」
『名も無きエキストラ』エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)が件の古妖について独り言をもらしていた。
「……ふむ、強く精神に働きかける古妖ですか。非常に興味がありますね。ええ、味方同士で同士討ち……ああ! ああ!」
 悲鳴と怒声。仲間だと思っているものに暴力を受ける。仲間だと思っていたものが仇敵に見える。そういうものだそうだ。そういうものなら、興奮する。興奮する。
『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)がふと昔を思う。いつもひとりぼっちだった。この国は特定の異質に対して非常に差別的な村八分という概念が非常に濃く残りがちだ。社交的であればそれはコンプレックスとして逆転することもあるが、特別な個人に対する反応は二分され、限られる。彼女の場合は、どうやら孤立の側であったようだ。
「一人でいるのは、慣れっこだった……けど。もしかしたら、兄弟とかいれば少しは、何か、違ったのかな……?」
「うげっ!! 何これ、リアル過ぎて気持ち悪い!」
 手渡された資料から、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)。中途半端に人体に似ている、というのは醜悪なものだ。四肢だけのマネキンに嫌悪するように。壁のシミが人の顔のようであるだけで想像を掻き立てるように。
「あ、気持ち悪いとか言ったらダメだな。彼女も、古妖。これまでその姿と習性で生きて来たもの。でも、その食べ方は、人間からしてみれば……やりすぎよ」
「妹、いもうと」
『調停者』九段 笹雪(CL2000517)が首をかしげている。
「あたしひとりっこなんだけど、何だか引っかかるなぁ」
 記憶にない記憶。既視感。デジャ・ヴュ。いつかどこかで、どこかいつかに、あったような気がする。明確に自分の概歴上はそんなもの、存在しないというのに。
「小さい頃にでもそういう風に思っていた誰かがいたのかな」
 もしくは、巡り巡ったひとつ前に。前に。ずっと向こうに、何か誰かが。
「こう言うヤツが一番尻尾が掴めなくて始末に終えないんだ」
『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)が読み終えた資料を端を揃えて折り畳んだ。魅了し、同士討ちをさせ、直接的な行動は極めて少ない。そういう類の習性であれば、目撃情報もほとんど出てこないだろう。夢見の力がなければ今もまだ誰も知らないままだ。
「このチャンスで仕留めよう」
「古妖とも、付き合い方次第でうまくやれるんだと。住む領域に線引きをすればうまくやっていけるんだと思っていました」
 納屋 タヱ子(CL2000019)の理想に反し、生物界にはヒエラルキーが存在する。何かの摂取なしに生命は存続できず、食われたくなければ食う側で居るしかないのだ。
「人と違う理屈で動いている者に人の理屈で咎めても意味はないでしょう。なれば、ここで斃すしかありません。それが人のエゴでも、それを通すしか今はないんです……!」
「人の想いを捻じ曲げてしまうだなんて放っておけない相手ね。その上命まで奪うだなんて敵よ敵だわ殺しましょう」
 春野 桜(CL2000257)は狂うている。
「もしかして……私の、私に唯一遺された思いすら奪うのかしら? それは許せない話よ」
 彼女の心は未だ、誰も掬い上げられず。深い深いタールに塗れたままだ。
「私達の為に死んでよねぇ早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く死ね」
「キャーーーーー!? イーヤーデースーーー!!」
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)が全力で喚いている。
「お化けは大嫌いなのデースー!!」
 まあ妖だ古妖だという世界に足を踏み入れているのだ。非常識なホラーテイストとは切っても切り離せない。
「うぅ……ど、どうしても行かないとイケマセンカ……? うー、うーーー!! 人を襲う古妖は確かに放ってオケマセンガ、こんなに気乗りしない依頼は初めてナノデス……」
 さて、妹。妹である。妹であるそうだ。そういった肉親とは無縁の諸兄であれ、その概念を知らない人間は存在しない。年下の女が生まれない人種など聞いたこともない。
 しかし、それはあくまで肯定的な意味であるものだ。脳人形などではけしてあらず、しかしまた。事実はいつだって想定を裏切るものである。

●逆まわりの世界
 別種。分かり合えないということはけして悲しいことばかりではない。ひとかそうでないか。言語。肌の色。宗教観念。モラル。社会意識。君は隣人でさえも理解できておらず、隣人は君ですら理解できていない。それでいい。想像がコミュニケーションを補完してくれる。君は守られている。

 くちゃくちゃ。
 くちゃくちゃ。
 音を立てて食べるのは行儀の良くない話だと言うけれど。聞く相手を想定しないのであればそんな作法などまた存在し得ないのだろう。
 それは咀嚼している。啜っている。嚥下している。
 人間とは全く異なった、もしくは人間から見て非常に偏った食物のみを摂取する生物は珍しくない。肉体構造の違いは物質の主要成分を分解、ないし吸収する仕組みにも現れるからだ。
 よって、それが脳しか食えないというのであれば。
 ひとである我々は、排除以外にいかような選択肢も持たないのである。

●悪夢機械
 牛。豚。鳥。食べる対象。その代表格。だけどそれが急に牙を向いたなら、爪を向けてきたのなら。君がどれほど凄腕の猟師でも、あなたがどれほど経験豊富な農家でも、驚くに違いない。でも、それがないとは言い切れない。

 例えば。
 自分から直接的な狩りを行わないというのはどういうことだろう。
 罠を仕掛ける。策を弄する。その必要性はどこから来ているのだろう。
 確実性、警戒心。それらはマイナスの意味ではなくひとつの習性により開始されるものだ。
 つまるところ、臆病なのである。
 飛び出し、こちらへと走り来る覚者達。それを確認した古妖は、迷いなく身を翻して逃げ出した。
 追うしかなく、覚者らも足を止めることができない。囲む、という行為には条件が存在する。人足で円を完成させるまで、その内より相手を抜けださせないだけの手段が必要なのだ。
 距離を詰めねばと夜一が苦無を振りかぶる。狙いを定め、投擲に転じようとした瞬間、横合いから攻撃を受けた。
 思っても居なかった方向からの衝撃。地に倒れ、傷を確認する間もなく横向きに転がる。
「妹に何をする」
 嗚呼畜生、『もう』か。
 こいつもう、『オレの』妹の敵なのか。

「妹に何をする」
 エヌは妹を追う味方を思い切り殴りつけた。
 可愛い妹。その妹を守るのだ。それにほら、だから、守るためだから。暴力も許される。
 前後不覚。正常な視点からすれば彼は今脳みその塊でできた肉人形に親愛のこもった視線を向け、本来なら仲間であるはずの彼らに向けて敵意を示している。異常な状態だ。術士。後衛に属するはずの彼が暴力的に得物を振り回しているのも、不覚に陥っている典型的な症状といえよう。 
「しかたないですよね。僕にはどうにもできませんね」
 だが、人間性が失われるわけでもないのだろう。妹を守る。悲鳴を聞きたい。手ずから仲間に暴力を振るう彼の様はそのどちらもを両立させているようだった。
 だが、覚者とてそれに手をこまねいては居ない。誰かがそうなることなど覚悟のうえであるのだ。
 エヌの身体を刃が通る。痛み、衝撃。それが失った記憶を取り戻させるかのように無理矢理正気へと引っ張り上げる。

「味方だろうが容赦はしないわ、貴方がいると倒せないの。ごめんなさい。妹と一緒に、死んでみる?」
 零は手にした大太刀で遠慮無く味方の身体を貫き、そのまま脳人形を追う。中途半端に説得などしても時間が惜しい。互いに覚悟はできている。
 帯電。放出。空気中の水分が凝縮し、この季節には珍しい雷雲を一時的に発生させる。
 雷が落ちた。
 流石に、電撃を受けては全速力で逃げるなど叶わなかったのだろう。ようやっと、逃げる足を緩めた古妖。その背に二連の刃を叩き込み、こちらもようやく足を止める。
 仲間が追いついた。誰がいつ敵に回るかもしれない状況だ。完全とはいえないが、しかしそれでも取り囲むことはできた。これでもう逃げられない。
 脳でできた人の形。とても愛しい私の妹。嗚呼、汚染されている。そう感じているうちは大丈夫。
「十天、鳴神零! いざ、尋常に勝負!」
 脳内でがんがんに鳴り響く誘惑に抗いながら。

 見た目通り、という言葉がこの場合正しいのかは分からないが。古妖そのものの戦闘力はそこまで高いものではない。というのが立ち会ったうえでのタヱ子の感想だった。
 逃げ足は早く、小さいだけあってすばしっこさは持ち合わせているものの、直接的な戦闘力には欠けている。それでも一般人からすれば脅威ではあろうが。
 問題は、やはり無差別に連打してくる魅了のそれだろう。街中でなくてよかったと思う。大衆皆お兄ちゃんとか身震いする。
 妹、というワードを口にしだした味方にすぐさま手にした液体をぶちまける。気付けになるよう生成したものだ。
 まったく、ひとの妹をなんだと思っているのか。
 大盾を反転させる。先程まで正気を失っていた仲間と同じ方向を向く。
 可愛い妹。愛しい妹。こんなにも震えて、可哀想に。御飯を食べていただけなのに。どうして刃を向けるのか。
「こんなにも怯えているじゃないですか。守る理由はそれで十分です!」

「イヤーーーー!?」
 リーネでなくとも、正常な神経を持ち合わせていればその外見を好むというのはなかなかに難しい。
 脳みその持つ、シワのついた肉の塊。それが顔を、胴体を、腕を、指先を作り上げている。人体模型よりもずっと不出来で、それがしぐさだけは人間のようであるのだ。本能的な嫌悪感が恐怖心を煽る。掻き立てる。
「ヒィ……! や、やっぱり本物はトテモ怖いのデース……!」
 同士討ち。それが頻発する特殊な戦場。前後不覚から本来の能力を発揮できないのは魅了されたものの特徴だ。それ故に大怪我を頻発するわけではないが、それでも普段より回復の手が休まらないことには変わらない。
 敵から視線をそらすわけにもいかず。恐怖心と義務感。そのせめぎあいの中で目尻に涙を溜めながら。それでも彼女は傷を癒していく。
「ううぅぅぅぅ……! な、なるべく見ない様にシタイデスガ早くこの恐怖を終わらせる為にもヤッパリ怖いデース!!!」

 古妖に向けられた攻撃を見るや、仲間だったはずの相手にミュエルは武器を向けた。
 ひとり。ひとり。そう、いつもひとりだったのだ。島国において、異国の血というのは人種の違いである。人間は、自分と異なる度合いが高まれば残酷になれるもの。受けた仕打ち、孤独。その側にいつも居てくれたのが妹なのだ。
「友達が作れなくても、クラスで孤立しても、そんなアタシを支えてくれる……大切な妹」
 言動の矛盾。洗脳が解けるに従い、自分の意味不明な発言に理解が及んでいく。さらさらの髪を撫でていたつもりが、自分の手のひらに残っているのは体液と柔らかい肉の感触。
 嘔吐感をこらえる。同時に悲しくなった。
 妹などいない。ずっとひとりだった。ひとりだったのだ。心の隙間を埋めた妹など存在しない。誰かと笑いあった記憶などない。
 ひとり、手を握りしめる。気持ちのわるいべちゃべちゃとした感触。
「……ひとりにしないで」

 殺そう。殺そう。ぶつぶつと。ぶつぶつと。徐々に声を大きくしながら、桜は古妖の背に向けて包丁を突き立てる。醜い塊。シワのひとつが切れて、血が流れる。中身まで、人間のそれのようだ。
 殺せ。殺せ。殺せばその分だけ、思いは強くなる。想いは強くなる。そうすればかえってくる。かえってくるのだ。あの日々が。幸せが。過去が。かつてといえる何もかもがかえってくるのだ。
 ついた傷に、種を植えて。茨が飛び出して。また傷を作って。何度も、何度も、何度も、苦しみに喘ぐように。続けていれば、ほら、ほら。
 ねえ、帰ってきた。ほら、帰ってきたでしょう。
 私の妹よ。私の妹よ。こんなにもかわいい。こんなにもかわいらしい。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
 彼女は何も喋っていない。笑っているだけだ。愛しいと、愛しいとその脳髄の塊を抱きしめる。幸せそうに、ぎゅっと、ぎゅうっと。抱きしめている。

 目眩がする。
 洗脳と解放。これを幾度繰り返しただろう。笹雪はがんがんと鳴り響く頭を抱え、状況を整理した。
 皆言っていることが支離滅裂で、正気を取り戻したかと思えばまた、妹を守るのだと繰り返している。
 ダメージを与えていないわけではない。むしろ、古妖そのものの攻撃能力は極めて低いのだ。無理もない、あれくらいの可愛らしい妹が、強いわけがないのだから。
 嗚呼またか。正気を失う数瞬前。汚染された脳がアラートを鳴らす。妹。妹。あれ。あれれ。妹なんていたっけ。いたんだっけ。
 でも、覚えている。知っている。その顔を、自分は知っているのだ。大事な大事な、私の妹。
 違う。そうじゃない。こんな肉の塊がそうであるわけがない。自分が愛おしそうに撫でていたそれを、今度は蹴り飛ばした。
 雨が降ってきた。疲労の色は濃く、しかし終わりも近いようだ。古妖も動きが鈍い。
 戦おう。その意志とは別のところで、ひとつの思考が螺旋を描いていた。
 あれは、誰であったのか。

●電気羊はアンドロイドの夢を見るか
 愛情を持って接する。愛情によりお互いが言葉をかわし、愛情によりお互いを補完し、愛情によりお互いを愛しあう。ライク。ラブ。どちらでも。世界は愛情で回っている。愛している。君が好き。大好き。

 泥沼。泥沼。
 気合の込めた一撃でもなく、必殺の魔法でもなく、ただ意地だけで動かしているような乱雑な殴打で、それは動かなくなった。
 殴り飛ばした直後、自分を羽交いじめにしてきた仲間の力が緩む。正気を取り戻したのだろう。
 ひどいものだ。負った傷のほとんどが味方につけられたもので、味方の負った傷の一部は自分がつけたものなのだから。
 雨は止みそうもない。このままでは風邪をひくだろう。撤収するなら速いに越したことはない。
 死体は動かない。こんなものが何体もいるのだろうか。ふと、そんな疑問に駆られ身震いする。おぞましい。そう思うが、披露からくる悪思考だろうと頭を振った。
 仲間に声をかけられ、そちらへと振り向く。
 後ろで何かが動いたような音がしたのは、きっと気のせいだっただろう。
 了。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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