雷を避けて薬を買いに行け 蝦蟇の油と太鼓のリズム
雷を避けて薬を買いに行け 蝦蟇の油と太鼓のリズム


●香具師と呼ばれるモノ
「さあさ、お立ち会い。御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで」
 祭の中、そんな香具師――露店などで芸を見せて商売をする人の口上が響く。今時珍しいと言えば珍しいが見世物と思えば子供や大人が寄ってくる。
「手前持ち出したるは、これにある蟇蟬噪(ひきせんそう)、四六のガマの油だ」
 ――有り体に言えば、薬売りである。要約すると珍しい古妖の大蝦蟇と知恵比べをして、一晩だけ言うことを聞いてもらい、なんとかかんとかして脂汗を回収して煎じた物がこれだという。
「蝦蟇の効用は刃物の切れ味を止めるという。手前持ち出したるは抜けば玉散る氷の刃だ。御覧のとおり鉄の一寸も真っ二つ。だが問題ない。斯様に切れる刃の傷も、ひと塗りすればこの通り!」
 自分の腕に切り傷を入れ、自前の薬を塗るとあら不思議。なんと傷跡は全くなくなっていたのでした。なんとすごい薬なのでしょう!
 立て板に水の口上と祭の熱気。それに任せて売ってしまえという商売は、残念だが現代社会ではあまり通用しない。何人かは面白がって見ていき、その口上の良さにお金を払うこともあるが、殆どは見た後に去っていく。
 ところが――

●FiVE
「本物の『蝦蟇の油売り』のようです」
 集まった覚者を前に、間延びした口調で久方 真由美(nCL2000003)が出迎える。人数分の粗茶とお茶請け。それが置かれたテーブルに全員が座ったことを確認し、真由美は説明を開始した。
「……どういうこと?」
「御崎さんの話だと『物語が生命を得た』類の古妖のようです」
 基本的に怪談は『そういう古妖がいるから、そういう話が生まれる』物である。だが逆に『そういう話があったから、その影響を受けて古妖が生まれる』事もあるらしい。らしい、というのは誰もその瞬間を見ていないから断言できない為だとか。
 言ってしまえば『物語そのものを形どる』古妖だ。
「……で? 確かに奇異な存在だけど。それと呼ばれた理由は何か関係あるの?」
「はい。古典落語では蝦蟇の油は偽物でしたが、この油売りの薬は本物です。その効用を使えば古妖狩人で古妖達が受けた傷を癒す役に立つようです」
 古妖狩人。古妖を捕らえ、非道な実験を行った憤怒者集団。既に禍根は断ったが、彼らに傷つけられた古妖の傷は未だ完全に癒えていない。FiVEもその治療に人員を割いているが、古妖と人体は違うため治療は十分とは言えないようだ。
「なるほど。つまり油売りから薬を買ってくれば――」
「いいのですが……妨害が入ります。七星剣です」
 七星剣。国内最大の隔者組織。それがなぜ? まさか彼らも古妖の薬を――
「なんでも勝手に敷地内で香具師行為を行ったため、商売料金を請求するとか」
 うわ、893だなぁ。
 しかし安堵はできない。逆に言えば、彼らと明確に相対しなければならないのだ。こういう事態に出てくるのだから相応に暴力慣れした相手なのだろう。そう思って資料を見れば……。

●七星剣
「あたい、やる気起きねぇんだよなー」
 ため息をつきながら歩くのは、まだ二十歳にも達していない少女だった。制服を着れば、そのまま学生と言われても問題ない年齢だ。
「姉御、そんなこと言わねぇくださいよ。これ以上逃げられると俺達が絞られるんすから」
 言葉を返すのは彼女の倍ほど年齢を重ねた男だ。翼を生やした男は、自分よりもはるかに年下の少女を『姉御』と呼び、下手に出ていた。卑屈な態度ではない。敬意をもって相手を押し上げるように。
「なんであたいがあんた等のケツ持ちしないといけないのさ? しかもそんなに強くない古妖一匹に」
「そりゃ姉御の実力を見せつける為ですよ。七星剣武闘派『拳華』の実力を見せつければ他の奴らも黙ってませんて。勢力拡大は地道な努力が必要ですぜ」
 男の言葉に露骨にため息をついて肩を落とす少女。あー、やだやだとばかりに表情を顔に出す。
「そういうのは好きじゃないって知ってるだろ。あたいは喧嘩できるときにできればいいんだから」
「その喧嘩の舞台を得るためにも実力を示さなくちゃいけないんですよ。最近は『ヒノマル陸軍』や『禍時の百鬼』が派手に動いてますから、重要な戦いで八神さんに選んでもらえなくなりますよ」
「わーったよ。軽くひねってやるから泣くなって。ああ、もう。しょうがねぇなぁ」
「ありがとうございやす! さすが『雷太鼓』の姉御! 信じてましたぜ」
 肩をすくめて泣きつく子分を押し返す少女。守護使役から神具である和太鼓を取り出し、背中に背負った。体をほぐしながら、ため息とともに愚痴る。
「やれやれ。泣く子と地頭には勝てないっていうのは本当だね。こいつはあたいにはできない喧嘩だよ。
 せめて強い相手が出てきてくれないものか」



■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:どくどく
■成功条件
1.口上が終わるまで『蝦蟇の油売り』を戦闘不能にさせない
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 耐久レースといきましょう。倒してしまってもいいのですよ?

●敵情報
・七星剣
『雷太鼓』林・茉莉
 天の付喪。一五歳女性。神具は背中に背負った和太鼓(楽器相当)。守護使役は黄色い鬣をもつ竜系。
 喧嘩好き。とにかく強い相手と戦いたい隔者です。七星剣武闘派『拳華』と呼ばれる組織で年齢不相応ながら『姉御』と呼ばれています。
 立場相応の実力……なのですが諸事情あってかやる気がありません。ステータスにマイナス修正が付き、ランダムで行動を放棄したりします。会話などによって修正やランダムの割合は変化します。
 基本古妖を狙いますが、PC達の行動如何によっては攻撃目標を変える可能性があります。
『機化硬』『雷獣』『飛燕』『演舞・清爽』『霞纏』『戦之祝詞』『電人』『絶対音感』あたりを活性化しています。
 
・子分(×7)
 七星剣隔者。『拳華』ではないチーム。
『油売り』に逃げられ続け、やむなく『雷太鼓』に応援を頼みました。端的に言えば下っ端です。
 古妖に逃げられ続け、お金よりもメンツが重要な状態です。なので『お金で解決』はできません。古妖に痛い目を見せないと納得できない段階です。戦闘不能にして、商売道具(薬など)をすべて没収するのが彼らの目的になります。
 逃亡防止のため周囲を他の部下がうろついていますが、援軍は来ないものと思ってください。
 構成は以下の通り。

 木の付喪(×3):「機化硬」「非薬・鈴蘭」「清廉香」
 水の翼人(×2):「エアブリット」「癒しの滴」「癒しの霧」
 火の獣憑(×2):「猛の一撃」「炎撃」「火柱」

・『蝦蟇の油売り』
 古妖。落語の登場人物が形を持った存在です。戦闘能力は皆無。HPはそれなりに存在しますし、術式による回復も可能です。
 12ターン(二分)足を止めて口上を聞かせてから薬を塗ることで、聞いた人間から受けた傷を一瞬で治します。この能力を見れば、七星剣は諦めて帰っていきます。
 口上を止めて近接距離単体に薬を塗ることもできます。そうすることで体力が200点と気力が100点回復します。頼まれればすぐに対応しますが、戦闘中は薬売り以外が塗っても効果はありません。

●場所情報
 町の裏路地。ビルとビルの間。
 時刻は夕刻。明かりは薄暗いですが『雷太鼓』の守護使役が灯りをともしています。広さや足場は戦闘に支障なし。周囲を他の子分たちがうろついているため、少人数で戦場を離れると襲われる可能性があります。
 戦闘開始時、『木の付喪(×3)』『火の獣憑(×2)』が前衛に。『雷太鼓』が中衛に。後衛に『水の翼人(×2)』が居ます。敵前衛と『蝦蟇の油売り』が接敵している状態です。
 覚者の初期場所は敵前衛から10メートル離れた場所です。事前付与をする余裕はありません。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2016年01月27日

■メイン参加者 10人■

『五行の橋渡し』
四条・理央(CL2000070)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『独善者』
月歌 浅葱(CL2000915)


 七星剣に追いつかれた蝦蟇の油売りはひええと声をあげる。その声が演技ではないことはだれの目にも明らかだ。
 だが彼らも商売。ここで逃してなるものかと神具を取り出し、えいやとばかりに切りつけた。 戦闘タイプではない古妖相手に八人の覚者。過剰戦力も甚だしい。
 そんな所に現れるは十人の覚者。
「突然失礼、故あって貴方の助太刀をさせていただきます」
 油売りと七星剣の間に割って入るのは指崎 まこと(CL2000087)。赤い瞳に金の髪。覚醒して広げた翼を油売りを守るように広げ、手で後ろに下がるように誘導する。柔らかくほほ笑むように立ちながら、その足運びは武を嗜む動きだ。目線を七星剣からそらさず、古妖に問いかける。
「蝦蟇の油売りさん、ですね?」
「ボク達、そこの蝦蟇の油売りさんから薬を買いたいんだ。だから、ここは一旦お引取り願えないかな?」
 七星剣に語り掛ける四条・理央(CL2000070)。断られることはわかっている。それでも礼節だけは怠らない。案の定帰ってきた答えは怒りの言葉だったが、それは構わない。やるべきことが明確になっただけだ。柄頭に紐を括りつけた短剣を握り、投擲の構えを取る。その意思は相手に伝わったのか、場の空気が変わる。
「まぁ、お引取りは却下されるのは目に見えていたけど」
「あいにくと油売りの薬と力を必要としている奴らがいるんでね」
 だから倒させはしない、と言いたげに香月 凜音(CL2000495)が声をかける。癒すことが自分の戦い。この手の届く限り、何度でも癒す。その癒しが油売りを助け、そしてその力が古妖を助ける。救助の糸は途切れぬ限り続いていくのだ。だから負けるつもりはない。その意思を込めて神具を握りしめた。
「癒しつくすことが俺の戦い。倒れさせはしないさ」
「天が知る地が知る人知れずっ。蛙さん助けのお時間ですっ」
 光と爆音、そして口上。『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)は腰に手を当てて仁王立ちする。相手の気を引く為の陽動でもあり、今から正義を執行するという浅葱の儀式でもある。七星剣にも義はあろう。だがそれに反する義もあるのだ。折衷案を取るつもりはない。数多の正義が交差するなら、我が義を貫くのが浅葱という覚者。
「別に手前が蛙というわけでは――」
「さあ、張り切っていきましょうかっ」
「蝦蟇の油売り、ですか」
 蝦蟇の油売りの話を思い出しながら『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)は術符を構える。万病の薬、切り傷をぴたりと塞ぐ、刃物を切れなくする。物語から生まれた香具師の古妖。その薬があれば古妖狩人に傷つけられた古妖の治療に役立つのだ。ここで七星剣の暴力により無に帰させるつもりはない。
「その油が、話通りに効くなら、これ以上のものは、ありませんね」
「酒さえ飲まなければな」
 刀を抜き、『星狩り』一色・満月(CL2000044)は静かに言い放つ。落語のオチは酔っぱらった香具師が無様を晒して、逆に客に血止めを求めるというものだ。夢見の情報に嘘はないだろうが、物語の古妖である以上そういうこともあるかもしれない。意識を切り替えて満月は七星剣を見る。嘗て家族を殺した組織の一員を。
「……七星剣か」
「七星剣ってのは何でこうも荒っぽいんだろうねー?」
 御白 小唄(CL2001173)は腰に手を当てて、全身で怒りを表現していた。敷地内で勝手に商売をしていた古妖を捕らえる為の大捕り物。しかもわざわざ無関係の人間を呼び寄せてまで。命を取る気はないけれど、商売道具の薬を壊させるわけにはいかない。狐の尻尾を振り、小唄は構えを取る。
「貴方達には負けないよ!」
「ヤのつく商売は、メンツを大事にするもんだって話だしな。しゃあない」
 肩をすくめて『侵掠如火』坂上 懐良(CL200052)が口を開く。自分たちの失敗は七星剣の失敗。その看板を背負っている以上、舐められるわけにはいかないのだ。とはいえ同情はしない。ここで彼らを制し、そしてそのやり方を学ぶ。敵の動きを知る事もまた兵法なのだ。油売りの薬には興味があるが、懐良の関心は相手の動きを見ることにあった。
「正義だ、大義だ、でオレもいまのところ動いているわけじゃないしな」
「せやな。実戦での腕試しが出来れば充分、戦って技を磨けるなら上等」
 空間から薙刀を取り出す『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)。時雨の興味も油売りの救出にはなかった。榊原流長柄術師範見習い。幼き頃から薙刀を握ってきた時雨は自己の切磋琢磨にあった。七星剣の武闘派『拳華』。それを聞きつけ、参戦したのだ。……とはいえ、本来の目的を忘れはしない。
「より強い相手と手合わせ出来るなら最高やね」
「おう! ……いや、我慢我慢……」
 拳を握って一歩前に出て……何かを我慢するように言葉を押さえる鹿ノ島・遥(CL2000227)。和太鼓を背負う隔者を見ながら、歯を食いしばって己の中にある闘争心を押さえ込む。握った拳から洩れる精霊顕現の光。雷を帯びた布が、遥の意志に従い動き出す。身を護るように包み込み、しかし主の心を示すようにわずかに焦れるように。
「とにかく、古妖はやらせないぜ!」
「へえ。結構骨のありそうだな」
『雷太鼓』はそんな覚者の登場に少しばかりやる気を取り戻したのか、笑みを浮かべる。無抵抗の古妖を相手するよりは、楽しそうだと思ったのか。太鼓の撥を手にして腰を落とす。
 古妖を後ろに下げながら、覚者は各々の位置に展開する。七星剣もその意図を察し、殺気立つ。
「さぁさ、お立会い。ご用とお急ぎのない方はゆっくりと聞いておいで」
 始まる口上。それが終わるまで約二分。
 それを僅か二分と受け取る者は、この場にはいなかった。
 

「止まれ、暴力で解決は好かんが。やらねばならん、許せ」
 最初に動いたのは満月。抜き身の刀を下段に構え、足を開く。相手から目を離すことなく呼吸を整え、心を静かに研ぎ澄ましていく。話を聞いてくれるとは思わないが、それでも心のどこかで引っかかってくれればと思う。
 下に構えた刀が揺れる。地面を削るような軌跡で動き、相手の目の前で跳ね上がるように。同時に満月は相手に向かって踏み込み、振り上げた刀を返して真上から切り下した。地から天に、そしてまた地に。流れるような連続攻撃。
「大人しく退くなら、手出しはしない。だが来るなら加減せん」
「それはこちらのセリフだ。素人には手を出さないつもりだったが、容赦しないぜ」
「乱暴ごとはさせないよっ!」
 七星剣の一員の言葉と神具を止めるように小唄が迫る。両手に付けたナックルを交差させ、その攻撃を受け止めた。互いの神具越しに睨みあう。お互いに退くつもりはない、とばかりに歯を食いしばり全力で相手を押し返す。
 相手を押し返して両手を振りかぶる。左右の動きながら、両手の爪を隔者に向かい交互に振るった。疾風のように戦場を吹き荒れる小唄の爪。地面を蹴って力をためて、さらにもう一閃。隔者の怒声と痛みをこらえる声が入り混じる。
「指崎先輩、油売りさんをお願いします! へへ、一度油売りの口上ってちゃんと聞いてみたかったんです!」
「おお、そうかい。中々うれしいこと言ってくれるね、狐の坊主。興味があるなら他の口上もやってもいいぜ。なに時間はとらせねえ。ほんの十分あれば――」
「あ、今は蝦蟇の油売りの方で」
 脱線しそうになる古妖を押しとどめるまこと。巨大な盾を構えて、古妖を守るようにその前に立つ。『雷太鼓』の視線を意識しながらゆっくりと。慌てて移動し、ガードできなくなっては意味がない。焦るな、と自分を律しながらじりじりと。
 戦場全ての人間の立ち位置を理解し、誰がどう動くかを頭に入れる。相手の狙いはこの古妖。ならばこちらを狙ってくるのは自明の理だ。翼人が放つ風の弾丸。盾を構え、その一撃を受け止める。軽視はできないが、この程度なら耐えられる。
「貴方の薬を必要とする存在がいるんです。詳しい話は後で」
「ありがたやありがたや。捨てる神あれば拾う神ありとはこの事か。手前の薬が必要ならば、黄泉路を退き帰してでも駆けつけましょうや。三途の川の六文銭を投げ捨てて――」
「うん。できれば口上の方を先に」
 脱線しそうになる古妖を押しとどめる理央。物語から生まれた香具師の古妖。確かに落語ではお調子者だったか。術装束を翻し、赤の瞳を戦場に向ける。戦いで荒れ狂う風が、理央の黒髪を薙いだ。その戦意に負けぬと神具を構える。
 理央は木の源素を活性化させ、清らかな香りを周囲に振りまいた。体内の抵抗力を活性化させ、相手の攻撃に対する備えを作る。そして水の源素を体内で循環させその力を一滴の滴に凝縮する。滴は仲間の傷に触れ、その痛みと傷口を塞いでいく。
「香月君は中衛陣を。ボクは前衛や毒の方を癒していくから」
「了解。ぼちぼちやらせてもらいますよ」
 返答を返す凜音の声は若干気だるげだが、行動がだらけているわけでは無い。体をほぐしながら、術を展開する。水を霧のように薄く広げ、仲間達の方に散布する。清らかな霧が疲弊した体を冷やし、そして癒していく。
 幾多の戦いを経て荒事に慣れつつある凜音。それを自覚して身震いする。覚醒した時の身体変化に慣れつつあり、怪我人を見ても『そういう状況』と冷静に思うようになってきた。それが正しいのか狂ってきているのか。
「全く、奴さんやる気ありすぎだな。大人しくしてくれるとありがたいんだが」
「本当にやる気をだしてほしいのは……いや、皆に迷惑がかかる」
 ぐぐっ、と拳を握りながら遥が言葉を飲み込んだ。戦闘開始からずっと何かを我慢している顔をしていた。事情を知るFiVEの覚者は苦笑しているが、七星剣からすれば疑問符である。
 体内の気を『白溶裔』に通す。それは遥の意志に従いうねり、硬化する。今は遥の利き腕にまとわりつき、拳を強化する武具となっていた。天の源素を拳に集わせ、ただ真っ直ぐに隔者を穿つ。流れるような空手の攻防。
「なあ坊主。もしかしてトイレか?」
「……我慢我慢……違うわ!」
「あ。ツッコまへんといたげて。気持ちは十分わかるし」
 怪訝に思い問いかける七星剣に、手を振って誤魔化す時雨。問いかける隔者の気持ちも、何かを我慢する遥の気持ちも両方理解できる。時雨本人も遥と似た感情を持っているのだから。だが、今はその時ではないと薙刀を構える。
 背筋を伸ばし、呼吸を整える。幼いころから何度も繰り返し、もはや無意識にできる構え。手になじんだ薙刀は時雨は時雨の体を軸として思うよりも早く動き、戦場を翻る。薙刀が生む軌跡は竜巻の如く。敵を討つ武の芸術。
「そりゃうちかて手合わせぐらいはしたいけどなぁ……」
「ん? なんだいさっきからこっち見て?」
「大きな意味はない。敵を見て情報を得るのは戦いの基本だ」
 問いかける『雷太鼓』に誤魔化すように言う懐良。事実、知覚できる情報は重要だ。夢見がいかに未来を見通して情報を与えてくれるとはいえ、実際に自分で見て判断するのは重要なこと。兵法者観察を怠ることなかれ。
 手にした『相伝当麻国包』を正眼に構える。攻防一体の構えにして、もっとも相手を観察できる構え。刀の長さが敵の距離を測り、刀を相手の正中線に合わせることで隙を伺うことができる。観察しろ、思考しろ。全てはそこから始まるのだ。
「一戦一戦が、オレの糧になる。学ばせてもらうよ」
「はっ、高い授業料にならないといいけどね!」
「七星剣の『拳華』、ですか」
『雷太鼓』の所属する組織の名を口にする祇澄。武闘派とだけしかわからない七星剣内の団体。決して伊達や酔狂で名乗っているのではないのだろう。その実力を推し量るのは、今ではない。大切なことは、古妖を守り抜くこと。
 頭を振って、体の緊張をほぐす。足を広げて大地を強く踏みしめた。周りの雑音を遮断し、意識を深く沈めて集中する。意識するのは踏みしめる大地の感覚。その感覚を全身に伝え、大地を滑るように前に出て、隔者に一撃を放つ。
「神室流、琴富士! さあ、貴方達の相手は、私達ですよ!」
「どーんとかかってきなさいっ」
 因子の力で体を固くしながら挑発するように浅葱が隔者を手招きする。不敵に笑みを浮かべながら神具を構えた。白いマフラーを風に揺らし、挑発していた手を握りなおして突き出すように構える。
 炎を纏う隔者の一撃と浅葱の腕が交差する。炎の熱で痛みを感じるが、意に介さず浅葱は隔者の攻撃を弾き帰す。怯まない。怯えない。迷わない。ただ真っ直ぐに神具を振るう浅葱。それは数多ある正義の中でも、迷わず己の正義を貫くように。
「さあ、守り抜きますよっ」
「そうはさせるか! って『雷太鼓』の姉御ももう少し真面目に動いてくださいよ」
「わーってるよ。でもなんか、こう気が乗らねぇんだよなぁ」
 太鼓で味方を鼓舞する音頭を取り、七星剣隔者を強化する『雷太鼓』。だが戦意が低いためか、積極的に攻撃には参加しようとはしなかった。そのせいもあり、七星剣の隔者は少しずつ押されつつある。
 勿論FiVEの覚者も無傷ではない。必死になって戦う隔者や時折飛んでくる稲妻により傷は増えていく。
「くそっ! まだまだ負けねぇぞ!」
「っ……! 一筋縄では、いきませんか」
「回復を狙ってくるあたり、嫌らしいね」
 七星剣の猛攻を受けて遥、祇澄、理央が命数を削られるほどの傷を受ける。まだ負けてられないと神具を握りしめて、戦場に目を向けた。
「手前ここに取りいだしたるが、それその陣中膏はガマの油だ。だがお立ち合い。ガマと一口に云っても、そこにもいるここにもいるものとはちとこれ違う」
 一進一退の戦いは、ガマの油売りの口上の中進んでいく。
 

 FiVEの覚者は古妖を守り、七星剣の隔者はそれを攻める。
 前衛に遥、小唄、祇澄、浅葱が。中衛に満月、懐良、時雨、凜音が。後衛に理央、まこと、そして古妖の油売りが布陣する。そんな陣営だ。『雷太鼓』や火行の術を警戒して、火力と回復を散開させた形だ。
 対し、七星剣はFiVEの陣営に比べて前衛過多だが、敵陣に深く踏み込もうとはしなかった。進んでも古妖まで手が届かないこともあるのだが――
「布陣が変わった……これは」
 懐良は範囲攻撃を仕掛けて一掃しようとするFiVEの覚者に対抗するように、七星剣の隔者の前衛は二名後ろに下がっていた。こちらが範囲攻撃を警戒するように、相手もこちらの範囲攻撃を警戒して分散している。
「そっちの目的は守ることみたいだからね。そういう相手に迂闊に攻めるのは愚策だよ」
 前衛の人数を減らすことは、防御面で不安が出る。だが、相手が攻めないとわかっているのなら問題は大きくない。むしろ攻撃を受ける人数を減らすメリットの方が大きい。後衛の水行使いも、回復よりも攻撃を重視して行動していた。
「なるほど。愚かではないということか」
『雷太鼓』のセリフに頷く懐良。力任せにぶん殴ってくるパワーファイターかと思っていたが、それなりに喧嘩慣れしている。武闘派を名乗るのは伊達ではないということか。
「それはそれとして、いたいけな十五歳の少女がサラシ一枚というのはいかがなものか」
「ああん? 何か問題でもあるのかよ」
 いいえありません。むしろもっとやれ。心の中で首を横に振る懐良。十八歳男子の衝動である。
「ここで引くわけには行かないんだ……待ってる古妖達のためにも!」
「癒し手が先に倒れるわけにはいかないからな」
「倒すつもりも無い。だが、倒されるつもりも無い」
 小唄、凜音、満月が七星剣の攻撃を受けて命数を削られる。各々の矜持を見せつけるように、鋭く戦場を睨み立ち上がる。
 だがFiVEの覚者も負けてはいない。七星剣の隔者を一人、また一人と倒していく。
「こいつら俺達の手に負えそうもないぐらいに強い……! 『雷太鼓』の姉御!」
「しょうがねぇな。古妖の方はお前らがやれよ」
 仲間が倒されるのを見て撥を空中で回転させる『雷太鼓』。撥を手にして背負っている和太鼓を叩く。稲妻が一閃し、FiVEの覚者を襲った。
「大人しくしておいてくれりゃ、俺たちは楽なんだがな」
 雷撃で受けた傷を回復しながら凜音が『雷太鼓』に話しかける。言って止まる相手ではないことは知っている。相手の気持ちも理解できる。慕ってくれる相手の願いを、無碍にできないのだろう。
「戦いたいって言うならこんな状況じゃなくて堂々と試合でもすりゃいんじゃね? 強い奴と手合せしたいって言う人間集めて」
「してるぜ、試合。なんだったらお前らも来るか? こんな状況なのはあたいも不本意だけど」
「なるほど。そういう試合をしたうえで、仕事でも戦っているのか」
 戦いは『雷太鼓』にとって日常なのだ。癒すことが常の凜音のように。
「仲間思いなのは感心するがな……くだらない理由で争うのは好かんな。お互いに」
『雷太鼓』に語り掛ける満月。以前であった時のことを思い出す。猫の妖をめぐる戦いで、最終的には話を理解してくれた。人情味のあるいい奴だと思っていたのだが……。こうして敵として出会うことになるとは。
「……七星剣、だったか。残念だ」
「久しいね。他の奴らは元気かい? あの時とは面子が違うようだけど」
 対し林は友人に会うような気安さで満月に言葉を返す。いや、『ような』ではない。本当に彼女は久しぶりに会う相手に向けて言葉を返しているだけなのだ。
「ま、積もる話はあとにしようか。巻き込まれたくなければ離れてな」
「ここは通さねえぜ」
 言って前に出る『雷太鼓』の前に立ちふさがる遥。拳を構え、ここを通さないと意思表示をする。
「弱いものイジメしてるんじゃねーぞ!」
「それを言われると弱いね。でもま、あんたらは弱くなないんだろう」
 遥は刺青を光らせ、天の源素を拳に集めて攻撃する。精霊顕現の基礎の基礎。力を温存して『雷太鼓』に挑む。深く攻め入らずに一定の距離を置き、時折防御に徹して味方の回復をうけて。
「鹿ノ島先輩、信じてますよ!」
 その様子をとこで見ながら小唄が声をかける。遥の実力は知っている。ここは遥に任せると決めて小唄は目の前の相手に向き直った。毒の一撃を放つ隔者の攻撃を弾いてかわし、鋭い一撃で敵を穿つ。
 相手が倒れる気配はまだないが、それでもかまわないとばかりに神具を振るう小唄。一撃は小さいかもしれないが、戦っているのは一人ではない。仲間と共に攻撃を積み重ね、口上が終わるまで耐えきるのだ。
「ふっ、闘いたい方同士は満足いくまでどうぞですねっ。あっ、子分さん達もこっちですよっ」
 浅葱は遥と『雷太鼓』の様子を見ながら、隔者と交戦する。邪魔をさせないように手招きしながら神具を振るう。隔者が二人の邪魔をしに行かないことを確認し、笑みを浮かべた。遥の気持ちを思えば、あまり邪魔はされたくない。
 敵の攻撃を受け止めながら、近くに居る人間に手を触れる。体内の生命力を手のひらに集める感覚。わずかに熱を帯びた手のひらから伝わる生命力を、触れた相手に受け渡す。敵を倒す必要ない。口上が終わるまで耐え抜けばいいのだ。
「生憎と、うちはじっとしてるつもりはないよ」
 隔者を全員倒すつもりで時雨は攻める。防御に徹することだけが正しいわけでは無い。相手の数を減らし、受ける攻撃を軽減することも勝利への道なのだ。そういった戦術的な意味もあるが、個人的にじっとしているのが耐えられないこともある。
 相手の数が減ってくれば、薙刀の動きは薙ぎ払う動きから突き刺す動きに変化してくる。薙刀を握りしめて、絞るように筋肉を収縮する。力を込めた筋肉を一気に開放して、時雨は薙刀を突き出す。一気に貫けとばかりに衝撃は突き抜ける。
「さてこれは耐えきれるかどうか」
 癒しの術を行使しながら、頭の中で状況を試算する理央。隔者の攻めとこちらの癒し。天秤にかければ隔者の攻めの方が高いだろう。いざとなれば回復を放棄して、身を挺して味方を守ることも考えなくては。
『流星飛剣』で空間に印を切り、力を籠める。臨む兵、闘う者、皆 陳列べて前に在り。古くから伝わる護法の印。戦う戦士を守り、活力を与える術に乗せて癒しの源素を解き放つ。覚者を支える回復の術。今はまだ断つわけにはいかない。
「この力で助かる人がいるというのに、貴方達は自分の利益にならないというだけで、この力を力ずくで排除しようだなんて愚かにも程があります!」
 土の加護を身に纏い、祇澄は七星剣を攻める。剣舞を嗜む祇澄の動きは、荒々しい戦いの中にあっても優雅。洗練された動きは、戦いの中にあっても美を感じさせる。まるでそうあるのが当然のように、拳は隔者の胸に穿たれた。
 隙を逃さず追撃をかける祇澄。隔者の炎の柱を払いのけるように腕を振るい、熱風をかき消す。流れるように、硬化した肉体の一撃を叩き込んだ。その一撃によろめく隔者を見ながら凛とした声で叫ぶ。
「そんなことでは、人々がついてきません。それでも力ある七星剣の一員のつもりですか!」
「そうだそうだー。情けないと思わないのかー」
 祇澄の言葉に同意の声をあげたのは、以外にも『雷太鼓』だった。彼女なりに思うところはあったらしい。
「いや姉御、俺たちの立場もわかってくださいよ!」
「わりいわりい。……ていうか救うってどいうことだい?」
「先日の、大勢の古妖達が拉致られた事件、知ってるでしょうか? それについては、最終的に僕らが彼らを助けた訳なんですが」
 まことは蝦蟇の油売りと、そして隔者に聞こえるように口を開く。先の古妖狩人の話だ。FiVEが薬売りを確保するのは、その事件のアフターケアである。
「いろいろ酷い目にあってた方も少なくなくて。情けない事に、僕ら人間の力では上手く治療できないケースもあるんですよ。
 だから、貴方の力を借りたい訳です。お願いです、傷付いた彼らの為に、力を貸してください」
 その言葉にざわめく七星剣。古妖狩人の事件は知っているのか、動揺は大きい。
「だから薬が必要で、油売りが必要なんだ。俺達は何も、アンタラに盾ついてる訳ではない」
 補足するように満月が告げる。刀を納めるつもりはないが、積極的に攻め滅ぼすつもりはないと。
「純粋に俺達の友人達を助けたいだけでな」
 真摯に告げる表情に嘘はない。それは七星剣にも理解できることもある。
 そして、もう一つ理解できたこともある。
「ってことは……こいつら、京都の新興覚者組織!」
 図らずもFiVEと名乗ったも同然だが、それを恐れるつもりはない。両者の間に緊張が走る。
「はっ、たいしたお題目だね! 確かにご立派だが、そんな理由で……あたいは手を抜くつもりはないよ!」
 そんな言葉に『雷太鼓』は啖呵を切るように叫ぶ。
「姉御、涙拭いてください」
「ちくしょう……本当にあたい立場がないじゃないか」
 訂正。涙を流している自分を誤魔化すように叫んでいた。仲間から受け取ったハンカチで涙をふく林。義理と人情の板挟みで、明らかに戦意は薄らいでいた。
「この蝦蟇の油の効用はというとひびにあかぎれ、しもやけの妙薬。いぼ痔に切れ痔に腫れ物一切。虫歯の痛みもピタリと止まる! そこのお嬢さんの涙にも効くよ」
 蝦蟇の油売りの口上は続く。山場を越え、残り半分を超えたところだ。
 残り一分。
 覚者達は時間を意識しながら、しかし油断することなく戦いに挑む。


「蝦蟇の効用は刃物の切れ味を止めるという。手前持ち出したるは抜けば玉散る氷の刃だ」
 抜いた刀を手に口上を続ける古妖。自分を守る覚者達に薬を塗った方がいいかと目線で問えば、口上を終わらせることを優先してほしいと言われた。ならばとばかりに力を込めて口上を急ぐ。
 そんな間にも、戦いは進む。
「まだまけませんよっ」
「ほんま、きっついなぁ」
「まったく、戦場は予測がつかないことばかりだ」
 浅葱、時雨、懐良が七星剣の猛攻を受けて膝をつく。命数を燃やして、その温もりを原動力にして戦場に舞い戻る。
 だが七星剣の隔者も三人が倒れ伏していた。数の上では一〇対五。疲弊具合を考慮しても覚者に分があるのは明確だ。
 戦いの勢いは覚者の方に向いていた。覚者が完全防衛に徹していれば、相手の攻撃の前に疲弊し、押し切られていただろう。適度に攻撃し、相手の数を減らしたことが防衛の勝利につながっていた。
 防衛役のまことが倒れても、他の覚者が庇うつもりでいる。古妖を守り抜くという戦略的な目的は、果たせるだろう。
 最も不安がないわけでは無い。戦意こそ大きく減じたが『雷太鼓』はいまだ健在。七星剣の説得次第では、戦意を取り戻し再起する可能性もある。
 だがその可能性は、意外な理由で消失した。
「我慢……できるかあああ!」
 相手に全力を出させないように、控えめに行動していた遥の我慢が限界に達した。ため込んでいた鬱憤を晴らすように、全身全霊を乗せた一撃を『雷太鼓』にぶつける。
「ケンカ好きな相手を目の前にして、やる気無いそぶりなんて失礼にもほどがある! ていうかオレが嫌だ! ここから全力だ! お前も全力来いよタイコ!」
「っ……効いたぜ、今の一撃は」
 唇から流れる血をぬぐい、『雷太鼓』の視線が遥に向く。
「んー……ほならうちも乗せてもらおうか」
 一口乗ったで、とばかりに時雨も薙刀を構えて参戦する。残り四〇秒。余裕があると判断しての行動だ。その根底にあるのは、強者と遣り合いたいという武芸者としての欲求。
 その純粋な思いの一撃にエンジンがかかったのか、遥の要望通りやる気を出す『雷太鼓』。荒々しく和太鼓を叩き、そのリズムに合わせるように稲妻が響く。それに負けじと遥は拳を振り上げ、時雨は薙刀を振るう。
 突然始まった喧嘩祭。FiVEの覚者は七星剣の武闘派の猛攻に目を見張るが、
「ちょ……。姉御、狙ってほしいのはそっちじゃなくて古妖の方……!」
 真に予想外だったのは七星剣の方である。やる気を出して狙ってほしいのは古妖の方で、覚者ではない。確かに邪魔をする彼らを廃してほしくはあったが、今この瞬間においては古妖を守る後衛に稲妻を落としてほしかったのに。
 勿論、FiVEの覚者もその様子をずっと見ているわけでは無い。着実にダメージを重ね、前衛の二名を戦闘不能にする。
 だが、七星剣隔者も黙ってやられはしない。
「後は……任せます」
「さすが、です、ね」
 理央と祇澄が攻撃を受けて力尽きる。
「大丈夫です。こう見えても看護師ですよ。限界ラインは見極めています」
 ずっと古妖を庇い続けていたまことが命数を削るほどの傷を受けるが、雌雄はほぼ決したも同然だ。口上の終わりは近い。
「へ……やるな……!」
「流石やで。ええ修行に……なったわ」
『雷太鼓』に戦いを挑んだ遥と時雨が力尽きるが、口上の終わりはそれとほぼ同時。
「これなる名刀でも蝦蟇の油をつければたちまち切れ味が止まる。押しても引いても切れやせぬ。
 さあ、ガマの油の効用が分かったら遠慮は無用、早い者勝ちだ買っていきやがれ!」
 ぱあん、と膝を叩く音。その音が、二分にわたる攻防の終わりを告げた。

 戦闘行為が無駄と分かり、七星剣は諦めたように神具を下ろした。それを確認し、FiVEも神具を納める。浅葱は八つ当たりの攻撃を警戒して戦場に心を残していたが、それもないと再度確認する。
「な、何とか勝てた……かあ。よかったー」
 小唄が脱力して座り込む。どう転ぶか最後まで分からない戦いだった。体の痛みが、それを物語っている。
「二分間が、これほどまでに長かったのは、初めてですね」
 祇澄のセリフは、覚者全員の代弁だった。口上があと一分長ければどうなっていたか。
「お前さんの力と薬を必要としている奴らがいる。良かったら力を貸してくれないか」
「むしろ直接FiVEに来て貰って古妖達の傷を見て貰った方が早いかも?」
 凜音と理央は古妖と交渉をしていた。理央のセリフに二つ返事で頷く油売り。自分の薬によほどの自信があるのだろう。
「まだ僕は立ってるよ。もうちょっと遊んで欲しいな、お嬢さん」
「かくいう俺も戦いたい民族でな」
「第二ラウンド開始だ! まだオレはやれるぞ!」
「うちもいけるで!」
 まこと、満月、遥、時雨が『雷太鼓』に戦意を向ける。エンジンがかかった状態の彼女は、その誘いに乗るように笑みを浮かべた。
「上等だ。かかってきな!」
「そっち終わったらでいいんで俺と話しない? 兵法とか話せそうだし。勿論他の話もしたいけど」
 共通の話題を見つけたのか、ただのナンパか。懐良が『雷太鼓』に声をかけていた。
「周りに迷惑かけずに、夕飯の時間まで帰ってくるのですよっ」
 浅葱は古妖を連れて帰路につく。暴れるのを止めるつもりはない。むしろその方が後腐れないなら、暴れさせるべきだ。
 戦いは日が落ちて、あたりが暗くなるまで続いたという。


 戦闘後に『雷太鼓』と戦った面々は、かなりぼろぼろの姿になっての帰還となる。だがその表情は妙に晴れ晴れとしていた。
 そして彼らが連れてきた蝦蟇の油売りとその薬は、古妖治療に大きく貢献する。古妖の数が多いため一度に全員の治療はできないが、それでも回復の目途は立ったといえよう。

「さあ、お立会い。ここに取り出したるは――」
 今日も香具師の口上が、FiVE内に響いていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
『雷太鼓』林・茉莉のイラストは『はぎの秋都』VCにお願いしました。
 この場を借りて感謝の言葉をお送りします。

 途中油売りが脱線しているような描写がありますが、演出です。移動を含めて十二ターンの攻防戦となりました。
 余談ですが、『雷太鼓』の行動放棄率は、最初50%。これにPCのレベル平均値や、七星剣が一人倒れるたびに僅かに加算。プレイングにより、減少させたりしていました。

 MVPは鹿ノ島様に。あのタイミングで殴り掛からなかったら、低確率ですが『雷太鼓』の攻撃が後衛にいっていた可能性があります。うまく彼女を引き付けた形となりました。
 まあ、意図は全く別だったようですが、結果オーライ。

 ともあれお疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
 それではまた、五麟市で。




 
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