君が為に廻る春
●
遥か、遥か、遠き日。
まだ、覚者だとか古妖だとかそういう概念が無かった程に遠き日。
男女が愛を誓いあっていた。
この場所に花を植えよう。
遥か未来、満開の花が咲くように。
二人の愛が永遠に続くように。
祈りを込めて、おまじないをかける為に。
いや……君が、一人になったとしても寂しくないように……―――。
●
「依頼をひとつ、頼むんだぜ!」
久方 相馬(nCL2000004)は資料を配りながら、言った。
「とある山を開拓する計画があるんだが、そこで暮らしている古妖が怒っているんだぜ。俺達としちゃあ、古妖の気持ちも分からないでも無いんだ。人間の都合で住処を荒らされるのは、確かに理不尽ではあるからな。
ただ、もう我を忘れて暴れてしまう未来が視えたから、それを止めて欲しいんだぜ」
●
無秩序に理不尽な重機が樹を削り、山の土を削る。
そんなのはどうでもいい。こちらまで来ないのなら。
淡い期待は裏切られるためだけに存在するのか。
『やめて、やめてよ』
この場所には、花が咲く。春には満開の、色とりどりの花が咲く。
『来ないでよ、来ないで!!』
彼が寂しくないようにと、大切に育ててくれた。そして育てて来た花々が咲く。
『ここじゃないといけないの』
ここから見る空と、花々と、空気だけが寂しさを紛らわしてきた薬のようで。
本当は、本能のままにここに来た彼を閉じ込めてしまえば良かったと後悔している。
見開いた瞳に血が走る。真っ赤にまで陥った白目が怒りを分かりやすく魅せていた。
彼女の太陽が消え去り、寂しいのはもう慣れたはずだった。
でも足りないのは水だった。心を潤す水が足りない。
地面に根を刺す髪から周囲の緑にひとつの願い事を下す。
『ここに来るものを全て、殺せ』と。
遥か、遥か、遠き日。
まだ、覚者だとか古妖だとかそういう概念が無かった程に遠き日。
男女が愛を誓いあっていた。
この場所に花を植えよう。
遥か未来、満開の花が咲くように。
二人の愛が永遠に続くように。
祈りを込めて、おまじないをかける為に。
いや……君が、一人になったとしても寂しくないように……―――。
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「依頼をひとつ、頼むんだぜ!」
久方 相馬(nCL2000004)は資料を配りながら、言った。
「とある山を開拓する計画があるんだが、そこで暮らしている古妖が怒っているんだぜ。俺達としちゃあ、古妖の気持ちも分からないでも無いんだ。人間の都合で住処を荒らされるのは、確かに理不尽ではあるからな。
ただ、もう我を忘れて暴れてしまう未来が視えたから、それを止めて欲しいんだぜ」
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無秩序に理不尽な重機が樹を削り、山の土を削る。
そんなのはどうでもいい。こちらまで来ないのなら。
淡い期待は裏切られるためだけに存在するのか。
『やめて、やめてよ』
この場所には、花が咲く。春には満開の、色とりどりの花が咲く。
『来ないでよ、来ないで!!』
彼が寂しくないようにと、大切に育ててくれた。そして育てて来た花々が咲く。
『ここじゃないといけないの』
ここから見る空と、花々と、空気だけが寂しさを紛らわしてきた薬のようで。
本当は、本能のままにここに来た彼を閉じ込めてしまえば良かったと後悔している。
見開いた瞳に血が走る。真っ赤にまで陥った白目が怒りを分かりやすく魅せていた。
彼女の太陽が消え去り、寂しいのはもう慣れたはずだった。
でも足りないのは水だった。心を潤す水が足りない。
地面に根を刺す髪から周囲の緑にひとつの願い事を下す。
『ここに来るものを全て、殺せ』と。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の無力化
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
・古妖がとある事情で怒っている
既に理性も乏しくテリトリーを侵されたら無条件で攻撃をしてくるようだ
止めるのは覚者の仕事である、至急向かって欲しい
●古妖『緑の精霊』
・ドリアードと呼んだ方がらしいかもしれない
髪が緑色の長髪で、髪の先端は地の中に入り込んでは他の草木を操っているようです
本体はその為、ほぼ移動は行いませんが、彼女から半径30m内に入った瞬間から攻撃が開始されます
敵の攻撃は周囲の草木を使って行われるため、周囲の草木を倒してしまうのも手ですが、古妖が更に怒る可能性は高いです
地の草へ命令壱(特遠全BS鈍化)
地の草へ命令弐(物遠全BS出血)
周囲の木々へ命令(物遠列)
地の中の種へ命令(物遠全、ダメージ分精霊のHP回復)
話は可能ですが、HPが低下するまでは暴走している為に声が届きません
●場所
・木々がうっそうと生い茂る森の中です
足下は不安定の、時刻は夜です
それではご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年02月09日
2016年02月09日
■メイン参加者 6人■

●
地面に繋がる身体を起こし、エメラルドの瞳が開く。
対した六人の目の前で、地面から根や茎が人間の手足と同じように起き上り、矛先は覚者達へと向いた。
最速で動けたのは『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955) 。
仲間の守護使役のともしびを頼りにしながら、紫電を投げる。痺れに叫び声をあげた精霊に、奏空の良心が痛む。
太い木の根が地面を裂き、叩き、暴れている。合間を縫って翔る『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029) は、茎根を蹴りで裂く。更にその中に見える精霊に足を伸ばし、蹴る。
「……行くわよ、緑の精霊サン」
『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)の右掌に開く瞳。
「……開眼。お願い、止まって」
光線を打ちそして、精霊を射抜いたそれは呪いを施す。
比較的安定した足場に立ち止まった『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732) 。
眠りに誘う舞を起こしつつ、同じく後衛、
「いくぜ、レイジングブル! 俺達の言葉、絶対届かせてやる!」
『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083) の演奏は開始された。風が森を駆け、そして木々を揺らす音をバックに独奏は協奏曲となり響く。
『調停者』九段 笹雪(CL2000517) は思い描く望みの為に、彼女を助ける。難しいことかもしれない、それでも、明るく照らされた未来を夢見ることは止めない。
●
ツルや蔦、そして草木が絡みあい、一種の太い植物が鞭となり槌となり襲い来る。
直撃した禊ら前衛陣は、地面に縫い付けられるように叩かれるが、即座に立ち上がった。
「私はあなたの力になりたい」
禊は終始、言葉を送った。彼女はきっと、追憶にしか残らない幻想を護りたいだけ。それはとても綺麗な思い出であったに違いなく。少女が秘密の宝箱に宝石を詰め込んだように、光り輝いているものなのだろう。
故に、精霊の攻撃は至極道理にかなっている。けれど、見過ごせる事は出来ない。
禊の蹴りは精霊を傷つける。歯を食いしばった憎悪の瞳が苦しい。
「私達はっ」
禊は言いかけて、
「下がって!」
ヤマトの声が響き、言いかけたものを飲み込んだ。まだ、何を言った所で彼女の暴走に全てがシャットアウトされるから。
「響け! レイジングブル!」
ギターを奏でる指先は止まらない。ヤマトの演奏に我にかえった禊は、一度後退。
代わりに空中を裂く、音波の衝撃波が迸る。それは可能な限り周囲の草木は巻き込まない様、配慮された攻撃であった。優しい攻撃とは、文字にしてみれば不可思議であるが、それはヤマトが仕掛ける最大の譲歩。
だが、まだ精霊は気づけない。侵入者だからだ、この居場所を荒らす、侵入者だから。
『人間は、そうやって……っ』
一層、草木の蔦が絡まり槌は強化されていく。
足下からであった。
種が植え付けられた足下、皮膚の合間から新緑が飛び出し、花を咲かせる。それは精霊の体力と変わっていくもの。
そう、覚者諸共彼女にとっては栄養だ。
『其の儘、私の糧にナリナサイ!!』
そうじゃない。ありすは思う。きっと、この戦いだって、精霊の御相手のかたは望んでいなかったはず。こうなる事だって、予想さえしていなかっただろう。月日が人を変えるように、精霊もまた長い年月の中で変わってしまったのか?
悲しみの色に濁るありすの黒き瞳。今や、ぬばたまの漆黒よりも闇に等しい色。
再び右手の力の結晶を放つ。
だが、先に斧を化した木々の蔦が飛び込んで来た。直撃する――と思われた時、奏空の天地が斧を裂く。
華やかに彩られた金髪が風に揺れた。灯りとまではいかないが、空の星々は彼の味方をしているように照らしていた事だろう。
可能な限り、周囲の植物には手を出さない事は考えていた。けれど、仲間を傷つけられて黙っていられる程、奏空はコドモでは無い。
「君の気持ちは分るよ」
でも。今は。
再度、ありすの波動は精霊を射抜く。叫び声が響いた。心の中で、ごめんなさいを繰り返した二人。
斧や剣、そんな無数の刃に引き裂かれていく覚者。あえて攻撃を受けた者も少なくはない。
彼女の怒りは身をもって受け止めるべきだ――と。禊は傷つく身体に見向きもせずに、荒い吐息をしながら足を止める事はしない。
その前衛を支えるのは笹雪の役目。
毎度手作りという人形代も、草木の攻撃に少しだけボロついてしまったが、また直せばいい。今は、仲間の出血を止める方が優先だ。笹
祝詞を唱え、力を籠める。天の月星に願いを託す。どうか、仲間のこれ以上の消耗を止められるよう。そして、精霊へ。
「殺しに来たわけでも追い出しに来たわけでもない。まずは話を聞いて!」
『ウウウウウ!!』
唸る低い声。地面を揺らした。まだ届かないか、笹雪はそれを残念に思うことはなく、届く時まで手を止めまいとする。
バキバキやベキベキと音を発しながら、形を変える草木が攻撃を仕掛けて来た。しかしそれは、一瞬にして止まる。
精霊を中心に這い上がっていた武具が止まった事により、精霊自身も何が起きたかわからないように周囲を見回した。
「草木も眠る丑三つ時、と言われるように植物も寝ますからね。基本昼行性なので上役面して糞オーダー投げてくる」
ポケットに手を突っ込んだまま、棒付きの飴を舐めていた槐。彼女が眠らせたのは、何も精霊という本体では無い。周囲の草木の方である。確かに、周囲の草木も倒す事が可能である、だが逆に眠らせてしまえばどうだ――。
「発狂マニアックに睡眠妨害されて実に可愛そ可愛そなのです。私は皆々様の安眠とサボタージュを心から応援する者なのですよ」
眠った草木は形を崩して地面に散らばった。だがそれは一瞬の静寂に過ぎない。草木は眠れど、ここは森。また、新たな草木を呼び起こすだけである。それには、精霊も時間を喰う事だろう。
そういう事で。
その一瞬ばかりの隙を見逃さない覚者達だ。
『アウウウ!!』
精霊は悔しそうに顔面を歪ませながら、地面に突き刺さる髪から信号を送る。周囲の森から、再び武具を形成せんと音が鳴った。
「させない!!」
これ以上は、何も。
禊は傷ついた手足に鞭を打つ。今は右腕さえ取れかけているものの、それがなんだというのだ!
禊は跳躍、奏空の得物の刃が交差する。その交差地点に禊は足を置いてから、奏空は刃を半円を描いて振り、彼女を投げる。
勢いのついた禊は爆炎を纏わせ、砲弾のように精霊へと飛んだ。空中で体勢を変え、禊の回転蹴りが精霊の頬を穿つ。
同じく速度を誇る奏空は禊の到達とほぼ同時に精霊の背後へと廻った。蹴り撃により首が回った精霊の瞳が奏空を捕え、精霊は右手を上にあげれば護る盾のように植物が這い上がってくる。
「そんなの、効かないよ、ごめん」
本当は気が引けたが。
奏空は話がしたいだけである。なのに、木々を壊すなんて。
「その為に、まず話を聞いて貰う為に……目を覚まさせて貰うよ!」
盾の植物ごと切り伏せ、静電気が絶えず発生する刃に精霊の背が裂けていく。
笹雪はふぅと息を当てれば、人形のただの紙も力を持つ。淡く発光せし、五体の人形代は笹雪を護るように周囲を浮遊してから、彼女が指さす方向へと一斉に飛んでいく。
どうしても話しを聞いてくれないのなら、殺すしかない。そう思っていた笹雪。早く、可能なだけ、早く、目を覚まして欲しいと願うのだ。
同じく後衛のありす。
背後の木々もめしめしを音を立てているのをいの一番によくわかっていた。
それでありすが焦りの表情を魅せる事は無く、一の字に結ばれた唇は中々思いを魅せる事も無いのだが。右手の瞳は再度、煌煌と光を灯す。
「花は、種は、こんな事のために育てたんじゃないだろ!」
ヤマトの声がこだまのように跳ねていく。
巨大にも、雄々しくも広がる翼が風にのり、羽がヤマトの周囲を舞う。ギターの弦を抑える指さえ、ひび割れたように傷ついていた。だから、奏でれば奏でる程指は痛んでいた。けど。
音波を乗せる。ありすの放つ、光線と音波は入り混じる。
ひとつの脅威的な合成物は化学反応を起こしながら、二重の威力で精霊を弾いた。髪が地面から抜けながら、精霊の身体は後方へと押された。
吹き飛び、地面の草木に寝転がる精霊。その胴を跨ぎながら、槐は精霊を見下ろした。
「まだやるんなら、とことん付き合うのですが。私は引き籠りにしては、植物は結構好きなのですよ?」
『っ』
好き。
その言葉がヤケに耳に残る。
形勢された刃、槐は一度後退し再び足下の良い場所まで戻る。
「話は聞きやがれ、なのです」
●
首をコキコキ鳴らしながら、槐は周囲の草木を眠らせる作業を続けていく。その間、暴走状態から解かれた精霊に言葉をかけるのは五人の仕事だ――と。
攻撃を中段した笹雪。
「突然立ち入って、攻撃してごめんなさい。でも貴女を助けたかったの」
『助ける……? 何故です。人間を殺すなという事ですか?』
「それもそうだけど。ここの工事は止まらない、ごめんなさい、止める事はできなかった」
『ならば、退けるだけです』
「命を賭して止めても一時的なもの、そして害した貴女を誰かが倒しに来る。結局ここを守る誰かはいなくなる」
奏空も思いを伝える。
「君の気持ちはわかるよ……どっちかというと、君の味方をして開拓する奴らを追い払いたいくらいだ」
『ならば、何故そうしてくれないのです』
「でも……そんな事やっても何の解決にもならない。子供の駄々っ子みたいな行動では何も変えられないって俺もあの時知ったんだ」
『……』
奏空が思い出すのは、木に登ってみる空の景色。だけど、あの光景はもう帰って来ない思い出の産物。今やあそこは立派なマンションになって、子供達の遊び声が聞こえる事だろう。
「でもその花を枯らさない事なら出来る! 君が寂しくない場所へ行こう! 君と同じ古妖もいる場所へ!」
『別の……場所?』
ありすも一歩前へと踏み出した。
「想い続ける事に時間も場所も関係なんてないじゃない。アナタが想い続ける限り、アナタの心の中にその人は生き続ける」
そう。いつでも心の中で思い出は残り続ける。
「それはアナタ次第じゃない。思い出の切っ掛けでこそあれ、それはアナタを縛るものじゃない。この場所がなくなったら、アナタの想いもなくなってしまうの?」
精霊はハッとした。例えば、形として残らなくても、形の無いものの方が大切なものは多いのかもしれない。
「この花の種と思い出を持って、別な地で生かしていきましょう? こんな悲しいことは誰も望んでいないわ! きっとその人も!」
『あ……あぁ』
精霊は両腕で頬を抑えた。なんて事をしてしまっていたのだろうか、そう考えているのだろう。揺れ動く気持ち、そして芽生えた罪悪感。
「君は……」
ヤマトは言う。
「寂しかっただけなんだよな」
わあっと泣き出した精霊。ありすも考えていたが、人と古妖が恋をした所で、寿命の差というのものは埋めようが無い。
生まれ変わりを信じて彼を待っていた訳では無いが、募る寂しさからは逃げられなかった。
「俺さ、友達になりたい。そうしたら、少しは寂しくなくなるかな?」
『友達……ですか? そ、それはっどういうものでしょう?』
生まれてこのかた、精霊には友人というものは無かった。古妖は割とこじらせたマイペースが多いからか、それとも精霊があまり居場所を変えなかったからは知れないが。
精霊の身体を抱きしめた禊。彼女の身体は冷たく、冷え切っていた。
ごめんねと、ひとつ謝罪を残して。当たり前だったかもしれない、緑を奪うのはいつでも人間の方だ。それを止められる事はできないし、そうやって生活している上で精霊に何を言えるのか悩んだが。
「私は、FiVE村に持てる限りの花と一緒に来てもらいたい。だから、彼女と彼女の思い出を、一緒に守らせて」
ああ、あのマッチョMAX村? 名前を考えた奴こっちこい。
「貴女はこの場所を大事にしているみたいだけど、周りの植物もすごく大事にしてるよね?」
笹雪はすねこすりの山に移ろうと提案した。
FiVE村に、すねこすりの山。精霊には、選択肢は沢山広がっている。
奏空は両手を広げた。
「俺も、時々会い行くから! 空は……どこでも繋がってるよ!」
笹雪は付け足す。
「だから、大事なものと一緒にお引越ししない? あたしは九段笹雪。ねぇ、貴女のお名前は?」
これは過去の物語。
青年は名前が無いと言う精霊の隣で、うんうん悩んでいた。
『そうだ! 君の名前は――にしよう』
『――ですか?』
『そう。これから先、いつまでも―――』
でも、もう。
一人になった精霊は空を見上げていた。
呼んでくれない名前に、価値はあるというの?
名前というものは、呪いに等しかった。
『私は、名前は……ユメと、あの人は呼んでいた。結ぶ、芽と書いて、結芽だと』
「そう。なら、結芽。私は貴方ともっと一緒に楽しくおしゃべりをしたい。花や紅葉を一緒に見てみたい。あたしも、貴女と友達になりたいから」
そして、槐は言った。
「どうする?」
『私は――――』
●
開発工事が行われ、工事の際に、怒っている古妖が襲って来るという噂も一緒に消えていた。
不思議な事があったとすれば、とある場所一帯の草木が丸ごと消えていたという事で、とある日の朝方に来た作業員は目を丸くしたという。
人々は言う、古妖が土地を譲ってくれたのではないかと。
そこの周囲は公園となり、一部の木々は残されたが、元々春には花々が咲く場所はコンクリートが敷かれてしまっていた。
個性様々な覚者が道らしい道を歩いていく。
ふと、振り返った黒い翼の少年。アスファルトの僅かな隙間から、芽を出していた力強いものを見て、笑いを零した。
結芽は今――すねこすりのいる森で、静かに暮らしている。
地面に繋がる身体を起こし、エメラルドの瞳が開く。
対した六人の目の前で、地面から根や茎が人間の手足と同じように起き上り、矛先は覚者達へと向いた。
最速で動けたのは『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955) 。
仲間の守護使役のともしびを頼りにしながら、紫電を投げる。痺れに叫び声をあげた精霊に、奏空の良心が痛む。
太い木の根が地面を裂き、叩き、暴れている。合間を縫って翔る『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029) は、茎根を蹴りで裂く。更にその中に見える精霊に足を伸ばし、蹴る。
「……行くわよ、緑の精霊サン」
『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)の右掌に開く瞳。
「……開眼。お願い、止まって」
光線を打ちそして、精霊を射抜いたそれは呪いを施す。
比較的安定した足場に立ち止まった『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732) 。
眠りに誘う舞を起こしつつ、同じく後衛、
「いくぜ、レイジングブル! 俺達の言葉、絶対届かせてやる!」
『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083) の演奏は開始された。風が森を駆け、そして木々を揺らす音をバックに独奏は協奏曲となり響く。
『調停者』九段 笹雪(CL2000517) は思い描く望みの為に、彼女を助ける。難しいことかもしれない、それでも、明るく照らされた未来を夢見ることは止めない。
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ツルや蔦、そして草木が絡みあい、一種の太い植物が鞭となり槌となり襲い来る。
直撃した禊ら前衛陣は、地面に縫い付けられるように叩かれるが、即座に立ち上がった。
「私はあなたの力になりたい」
禊は終始、言葉を送った。彼女はきっと、追憶にしか残らない幻想を護りたいだけ。それはとても綺麗な思い出であったに違いなく。少女が秘密の宝箱に宝石を詰め込んだように、光り輝いているものなのだろう。
故に、精霊の攻撃は至極道理にかなっている。けれど、見過ごせる事は出来ない。
禊の蹴りは精霊を傷つける。歯を食いしばった憎悪の瞳が苦しい。
「私達はっ」
禊は言いかけて、
「下がって!」
ヤマトの声が響き、言いかけたものを飲み込んだ。まだ、何を言った所で彼女の暴走に全てがシャットアウトされるから。
「響け! レイジングブル!」
ギターを奏でる指先は止まらない。ヤマトの演奏に我にかえった禊は、一度後退。
代わりに空中を裂く、音波の衝撃波が迸る。それは可能な限り周囲の草木は巻き込まない様、配慮された攻撃であった。優しい攻撃とは、文字にしてみれば不可思議であるが、それはヤマトが仕掛ける最大の譲歩。
だが、まだ精霊は気づけない。侵入者だからだ、この居場所を荒らす、侵入者だから。
『人間は、そうやって……っ』
一層、草木の蔦が絡まり槌は強化されていく。
足下からであった。
種が植え付けられた足下、皮膚の合間から新緑が飛び出し、花を咲かせる。それは精霊の体力と変わっていくもの。
そう、覚者諸共彼女にとっては栄養だ。
『其の儘、私の糧にナリナサイ!!』
そうじゃない。ありすは思う。きっと、この戦いだって、精霊の御相手のかたは望んでいなかったはず。こうなる事だって、予想さえしていなかっただろう。月日が人を変えるように、精霊もまた長い年月の中で変わってしまったのか?
悲しみの色に濁るありすの黒き瞳。今や、ぬばたまの漆黒よりも闇に等しい色。
再び右手の力の結晶を放つ。
だが、先に斧を化した木々の蔦が飛び込んで来た。直撃する――と思われた時、奏空の天地が斧を裂く。
華やかに彩られた金髪が風に揺れた。灯りとまではいかないが、空の星々は彼の味方をしているように照らしていた事だろう。
可能な限り、周囲の植物には手を出さない事は考えていた。けれど、仲間を傷つけられて黙っていられる程、奏空はコドモでは無い。
「君の気持ちは分るよ」
でも。今は。
再度、ありすの波動は精霊を射抜く。叫び声が響いた。心の中で、ごめんなさいを繰り返した二人。
斧や剣、そんな無数の刃に引き裂かれていく覚者。あえて攻撃を受けた者も少なくはない。
彼女の怒りは身をもって受け止めるべきだ――と。禊は傷つく身体に見向きもせずに、荒い吐息をしながら足を止める事はしない。
その前衛を支えるのは笹雪の役目。
毎度手作りという人形代も、草木の攻撃に少しだけボロついてしまったが、また直せばいい。今は、仲間の出血を止める方が優先だ。笹
祝詞を唱え、力を籠める。天の月星に願いを託す。どうか、仲間のこれ以上の消耗を止められるよう。そして、精霊へ。
「殺しに来たわけでも追い出しに来たわけでもない。まずは話を聞いて!」
『ウウウウウ!!』
唸る低い声。地面を揺らした。まだ届かないか、笹雪はそれを残念に思うことはなく、届く時まで手を止めまいとする。
バキバキやベキベキと音を発しながら、形を変える草木が攻撃を仕掛けて来た。しかしそれは、一瞬にして止まる。
精霊を中心に這い上がっていた武具が止まった事により、精霊自身も何が起きたかわからないように周囲を見回した。
「草木も眠る丑三つ時、と言われるように植物も寝ますからね。基本昼行性なので上役面して糞オーダー投げてくる」
ポケットに手を突っ込んだまま、棒付きの飴を舐めていた槐。彼女が眠らせたのは、何も精霊という本体では無い。周囲の草木の方である。確かに、周囲の草木も倒す事が可能である、だが逆に眠らせてしまえばどうだ――。
「発狂マニアックに睡眠妨害されて実に可愛そ可愛そなのです。私は皆々様の安眠とサボタージュを心から応援する者なのですよ」
眠った草木は形を崩して地面に散らばった。だがそれは一瞬の静寂に過ぎない。草木は眠れど、ここは森。また、新たな草木を呼び起こすだけである。それには、精霊も時間を喰う事だろう。
そういう事で。
その一瞬ばかりの隙を見逃さない覚者達だ。
『アウウウ!!』
精霊は悔しそうに顔面を歪ませながら、地面に突き刺さる髪から信号を送る。周囲の森から、再び武具を形成せんと音が鳴った。
「させない!!」
これ以上は、何も。
禊は傷ついた手足に鞭を打つ。今は右腕さえ取れかけているものの、それがなんだというのだ!
禊は跳躍、奏空の得物の刃が交差する。その交差地点に禊は足を置いてから、奏空は刃を半円を描いて振り、彼女を投げる。
勢いのついた禊は爆炎を纏わせ、砲弾のように精霊へと飛んだ。空中で体勢を変え、禊の回転蹴りが精霊の頬を穿つ。
同じく速度を誇る奏空は禊の到達とほぼ同時に精霊の背後へと廻った。蹴り撃により首が回った精霊の瞳が奏空を捕え、精霊は右手を上にあげれば護る盾のように植物が這い上がってくる。
「そんなの、効かないよ、ごめん」
本当は気が引けたが。
奏空は話がしたいだけである。なのに、木々を壊すなんて。
「その為に、まず話を聞いて貰う為に……目を覚まさせて貰うよ!」
盾の植物ごと切り伏せ、静電気が絶えず発生する刃に精霊の背が裂けていく。
笹雪はふぅと息を当てれば、人形のただの紙も力を持つ。淡く発光せし、五体の人形代は笹雪を護るように周囲を浮遊してから、彼女が指さす方向へと一斉に飛んでいく。
どうしても話しを聞いてくれないのなら、殺すしかない。そう思っていた笹雪。早く、可能なだけ、早く、目を覚まして欲しいと願うのだ。
同じく後衛のありす。
背後の木々もめしめしを音を立てているのをいの一番によくわかっていた。
それでありすが焦りの表情を魅せる事は無く、一の字に結ばれた唇は中々思いを魅せる事も無いのだが。右手の瞳は再度、煌煌と光を灯す。
「花は、種は、こんな事のために育てたんじゃないだろ!」
ヤマトの声がこだまのように跳ねていく。
巨大にも、雄々しくも広がる翼が風にのり、羽がヤマトの周囲を舞う。ギターの弦を抑える指さえ、ひび割れたように傷ついていた。だから、奏でれば奏でる程指は痛んでいた。けど。
音波を乗せる。ありすの放つ、光線と音波は入り混じる。
ひとつの脅威的な合成物は化学反応を起こしながら、二重の威力で精霊を弾いた。髪が地面から抜けながら、精霊の身体は後方へと押された。
吹き飛び、地面の草木に寝転がる精霊。その胴を跨ぎながら、槐は精霊を見下ろした。
「まだやるんなら、とことん付き合うのですが。私は引き籠りにしては、植物は結構好きなのですよ?」
『っ』
好き。
その言葉がヤケに耳に残る。
形勢された刃、槐は一度後退し再び足下の良い場所まで戻る。
「話は聞きやがれ、なのです」
●
首をコキコキ鳴らしながら、槐は周囲の草木を眠らせる作業を続けていく。その間、暴走状態から解かれた精霊に言葉をかけるのは五人の仕事だ――と。
攻撃を中段した笹雪。
「突然立ち入って、攻撃してごめんなさい。でも貴女を助けたかったの」
『助ける……? 何故です。人間を殺すなという事ですか?』
「それもそうだけど。ここの工事は止まらない、ごめんなさい、止める事はできなかった」
『ならば、退けるだけです』
「命を賭して止めても一時的なもの、そして害した貴女を誰かが倒しに来る。結局ここを守る誰かはいなくなる」
奏空も思いを伝える。
「君の気持ちはわかるよ……どっちかというと、君の味方をして開拓する奴らを追い払いたいくらいだ」
『ならば、何故そうしてくれないのです』
「でも……そんな事やっても何の解決にもならない。子供の駄々っ子みたいな行動では何も変えられないって俺もあの時知ったんだ」
『……』
奏空が思い出すのは、木に登ってみる空の景色。だけど、あの光景はもう帰って来ない思い出の産物。今やあそこは立派なマンションになって、子供達の遊び声が聞こえる事だろう。
「でもその花を枯らさない事なら出来る! 君が寂しくない場所へ行こう! 君と同じ古妖もいる場所へ!」
『別の……場所?』
ありすも一歩前へと踏み出した。
「想い続ける事に時間も場所も関係なんてないじゃない。アナタが想い続ける限り、アナタの心の中にその人は生き続ける」
そう。いつでも心の中で思い出は残り続ける。
「それはアナタ次第じゃない。思い出の切っ掛けでこそあれ、それはアナタを縛るものじゃない。この場所がなくなったら、アナタの想いもなくなってしまうの?」
精霊はハッとした。例えば、形として残らなくても、形の無いものの方が大切なものは多いのかもしれない。
「この花の種と思い出を持って、別な地で生かしていきましょう? こんな悲しいことは誰も望んでいないわ! きっとその人も!」
『あ……あぁ』
精霊は両腕で頬を抑えた。なんて事をしてしまっていたのだろうか、そう考えているのだろう。揺れ動く気持ち、そして芽生えた罪悪感。
「君は……」
ヤマトは言う。
「寂しかっただけなんだよな」
わあっと泣き出した精霊。ありすも考えていたが、人と古妖が恋をした所で、寿命の差というのものは埋めようが無い。
生まれ変わりを信じて彼を待っていた訳では無いが、募る寂しさからは逃げられなかった。
「俺さ、友達になりたい。そうしたら、少しは寂しくなくなるかな?」
『友達……ですか? そ、それはっどういうものでしょう?』
生まれてこのかた、精霊には友人というものは無かった。古妖は割とこじらせたマイペースが多いからか、それとも精霊があまり居場所を変えなかったからは知れないが。
精霊の身体を抱きしめた禊。彼女の身体は冷たく、冷え切っていた。
ごめんねと、ひとつ謝罪を残して。当たり前だったかもしれない、緑を奪うのはいつでも人間の方だ。それを止められる事はできないし、そうやって生活している上で精霊に何を言えるのか悩んだが。
「私は、FiVE村に持てる限りの花と一緒に来てもらいたい。だから、彼女と彼女の思い出を、一緒に守らせて」
ああ、あのマッチョMAX村? 名前を考えた奴こっちこい。
「貴女はこの場所を大事にしているみたいだけど、周りの植物もすごく大事にしてるよね?」
笹雪はすねこすりの山に移ろうと提案した。
FiVE村に、すねこすりの山。精霊には、選択肢は沢山広がっている。
奏空は両手を広げた。
「俺も、時々会い行くから! 空は……どこでも繋がってるよ!」
笹雪は付け足す。
「だから、大事なものと一緒にお引越ししない? あたしは九段笹雪。ねぇ、貴女のお名前は?」
これは過去の物語。
青年は名前が無いと言う精霊の隣で、うんうん悩んでいた。
『そうだ! 君の名前は――にしよう』
『――ですか?』
『そう。これから先、いつまでも―――』
でも、もう。
一人になった精霊は空を見上げていた。
呼んでくれない名前に、価値はあるというの?
名前というものは、呪いに等しかった。
『私は、名前は……ユメと、あの人は呼んでいた。結ぶ、芽と書いて、結芽だと』
「そう。なら、結芽。私は貴方ともっと一緒に楽しくおしゃべりをしたい。花や紅葉を一緒に見てみたい。あたしも、貴女と友達になりたいから」
そして、槐は言った。
「どうする?」
『私は――――』
●
開発工事が行われ、工事の際に、怒っている古妖が襲って来るという噂も一緒に消えていた。
不思議な事があったとすれば、とある場所一帯の草木が丸ごと消えていたという事で、とある日の朝方に来た作業員は目を丸くしたという。
人々は言う、古妖が土地を譲ってくれたのではないかと。
そこの周囲は公園となり、一部の木々は残されたが、元々春には花々が咲く場所はコンクリートが敷かれてしまっていた。
個性様々な覚者が道らしい道を歩いていく。
ふと、振り返った黒い翼の少年。アスファルトの僅かな隙間から、芽を出していた力強いものを見て、笑いを零した。
結芽は今――すねこすりのいる森で、静かに暮らしている。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
