<漆黒の一月>バトルマニアとごろつき集団
●
会場は大いに賑わっていた。
大手企業が新製品を発表するために開いたイベントとあって、多くの人が集まっている。
小難しい顔をして説明を聞いているどこかの営業らしいスーツ姿から、単純に興味本意で立ち寄った親子連れまで。どこを見回しても人、人、人。
その光景を満足そうに見ている男がいた。
周囲を護衛する人員で固めた男の名は、東小路・財前。このイベントを主催する大手企業の重鎮である。
表向きはありとあらゆる分野においで顔と名を知られ、支援活動など人道的な方面においても知られている有名人である。
その裏の顔を知る者は少ない。
「そろそろご挨拶を」
秘書に言われて財前は中央舞台へと進む。
「財前はあいつだ!」
中央に立ったその時、会場のどこかから叫ぶ者がいた。
何事かと驚く会場の人々の中から、または会場の外から飛び出してくる者達がいる。
背に翼がある者、体に輝く刺青を持つ者、それを見た財前は悲鳴をあげた。
「な、ななななんだあいつらは、お、おい!! お前等俺を守れ!! 金ならくれてやる!! ひぃい!」
バタバタと護衛のもとへと逃げ込む財前。
少し遅れて財前がいた場所に火炎が撃ち込まれ、近くにいた護衛も巻き込まれる。
その瞬間、会場は逃げ惑う人々や交戦する隔者達が入り乱れパニックに陥った。
●
「皆大変だ! 街中で隔者同士の戦闘が起きるぞ!」
久方 相馬(nCL2000004)がスクリーンに映したのは人通りの多い街の一角。
「ここで大企業主催のイベントがあるんだ。新製品の紹介のためらしい。企業関係者だけでなく偶然目にした通行人まで大勢が集まって来る」
そして、一般人が多く集まった場所で隔者同士の戦闘が始まる。
標的となったのは主催者企業の重鎮である東小路・財前。
表向きはクリーンなイメージで通っているが、裏ではどす黒い噂が絶えない男だ。
財前を襲撃するのは『百鬼』と言う隔者集団。実力はF.i.V.Eの覚者と同格か、中にはそれ以上の者もいるようだ。
そして財前側にも護衛をしている能力者がいる。こちらは少々性質が悪い連中の寄せ集めと言った所で、戦いが続けば確実に百鬼が勝つだろう。
「両者は周囲にいる一般人を巻き込むのも構わず戦いを始めてしまう。一体どれだけの被害が出るか分からない。被害を防ぐため、F.i.V.Eはこの介入する」
目的は当然ながら一般人を守る事だ。
『百鬼』と言う組織と財前の間に何があったかは一先ず置いて、巻き込まれる一般人を助けなければならない。
「街中と言う事もあって会場には小さな子供からお年寄りまでが集まっている。混乱の中で怪我をしたり攻撃に巻き込まれて動けなくなった人も出て来るだろう」
百鬼と護衛の能力者がいる場所に介入するのだ。戦闘と混乱は避けられない。
いかにその混乱の度合いを軽くし、いかに一般人を守って避難させるかが課題となる。
「状況次第では財前側の能力者と百鬼の両方から集中攻撃を受ける可能性もある。十分に注意してくれ」
また逆に両社から自分達の方に協力して敵を倒そうと誘われる可能性もある。
今回の最優先は一般人の安全と避難。誘いを受ける事でその場をしのげるならそれもありかも知れないが、F.i.V.Eの立場としてはどちらの味方をするのもあまり推奨されない。
「百鬼は勿論の事、財前も黒い噂がある人間だ。襲撃されたのもおそらく財前に原因がある。F.i.V.Eとしてはどちらの側にもつくわけにいかない」
そこで一旦言葉を切り、相馬は集まった覚者一人一人の顔を見ながら言う。
「危険なのは充分分かっている。だが隔者同士の争いで一般人に犠牲者を出すわけにはいかない。頼む。皆の力で人々を守ってくれ!」
会場は大いに賑わっていた。
大手企業が新製品を発表するために開いたイベントとあって、多くの人が集まっている。
小難しい顔をして説明を聞いているどこかの営業らしいスーツ姿から、単純に興味本意で立ち寄った親子連れまで。どこを見回しても人、人、人。
その光景を満足そうに見ている男がいた。
周囲を護衛する人員で固めた男の名は、東小路・財前。このイベントを主催する大手企業の重鎮である。
表向きはありとあらゆる分野においで顔と名を知られ、支援活動など人道的な方面においても知られている有名人である。
その裏の顔を知る者は少ない。
「そろそろご挨拶を」
秘書に言われて財前は中央舞台へと進む。
「財前はあいつだ!」
中央に立ったその時、会場のどこかから叫ぶ者がいた。
何事かと驚く会場の人々の中から、または会場の外から飛び出してくる者達がいる。
背に翼がある者、体に輝く刺青を持つ者、それを見た財前は悲鳴をあげた。
「な、ななななんだあいつらは、お、おい!! お前等俺を守れ!! 金ならくれてやる!! ひぃい!」
バタバタと護衛のもとへと逃げ込む財前。
少し遅れて財前がいた場所に火炎が撃ち込まれ、近くにいた護衛も巻き込まれる。
その瞬間、会場は逃げ惑う人々や交戦する隔者達が入り乱れパニックに陥った。
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「皆大変だ! 街中で隔者同士の戦闘が起きるぞ!」
久方 相馬(nCL2000004)がスクリーンに映したのは人通りの多い街の一角。
「ここで大企業主催のイベントがあるんだ。新製品の紹介のためらしい。企業関係者だけでなく偶然目にした通行人まで大勢が集まって来る」
そして、一般人が多く集まった場所で隔者同士の戦闘が始まる。
標的となったのは主催者企業の重鎮である東小路・財前。
表向きはクリーンなイメージで通っているが、裏ではどす黒い噂が絶えない男だ。
財前を襲撃するのは『百鬼』と言う隔者集団。実力はF.i.V.Eの覚者と同格か、中にはそれ以上の者もいるようだ。
そして財前側にも護衛をしている能力者がいる。こちらは少々性質が悪い連中の寄せ集めと言った所で、戦いが続けば確実に百鬼が勝つだろう。
「両者は周囲にいる一般人を巻き込むのも構わず戦いを始めてしまう。一体どれだけの被害が出るか分からない。被害を防ぐため、F.i.V.Eはこの介入する」
目的は当然ながら一般人を守る事だ。
『百鬼』と言う組織と財前の間に何があったかは一先ず置いて、巻き込まれる一般人を助けなければならない。
「街中と言う事もあって会場には小さな子供からお年寄りまでが集まっている。混乱の中で怪我をしたり攻撃に巻き込まれて動けなくなった人も出て来るだろう」
百鬼と護衛の能力者がいる場所に介入するのだ。戦闘と混乱は避けられない。
いかにその混乱の度合いを軽くし、いかに一般人を守って避難させるかが課題となる。
「状況次第では財前側の能力者と百鬼の両方から集中攻撃を受ける可能性もある。十分に注意してくれ」
また逆に両社から自分達の方に協力して敵を倒そうと誘われる可能性もある。
今回の最優先は一般人の安全と避難。誘いを受ける事でその場をしのげるならそれもありかも知れないが、F.i.V.Eの立場としてはどちらの味方をするのもあまり推奨されない。
「百鬼は勿論の事、財前も黒い噂がある人間だ。襲撃されたのもおそらく財前に原因がある。F.i.V.Eとしてはどちらの側にもつくわけにいかない」
そこで一旦言葉を切り、相馬は集まった覚者一人一人の顔を見ながら言う。
「危険なのは充分分かっている。だが隔者同士の争いで一般人に犠牲者を出すわけにはいかない。頼む。皆の力で人々を守ってくれ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.会場にいる一般人から死亡者を出さない
2.百鬼の撃退
3.なし
2.百鬼の撃退
3.なし
隔者同士の戦闘ともなれば、その場がいきなり戦場になったと言っていいほどの状況になってしまうでしょう。大変な被害が予想されます。
この戦いに介入し、被害が出ないよう力を尽くして下さい。
●注意
『<漆黒の一月>』に参加するPCは、同じタグの依頼に重複して参加する事はできません。同時参加した場合は参加資格を剥奪し、LP返却は行われないので注意して下さい。
●補足
会場にはF.i.V.Eから派遣された他のグループも来ています。
彼等は彼等で避難誘導を行うため、会場全体を六人でカバーすると言うよりも六人の担当エリアで避難誘導を行うものと考えて下さい。
介入できる場所は中央にある円形舞台側、百鬼が襲撃して来る会場の外に面した歩道側、その間の一般人が集まっている会場通路側の三通りがあります。
●場所
街中に設置された屋外イベント会場。一つの企業が主催しているため、各企業ブースなど細かに区切られておらず、少し高くなった円形舞台を中心に所々に商品が展示されていたり、ちょっとした屋台が点在しています。
イベント会場の外側は広場と歩道になっていますが、会場のごく周辺以外は通行が規制されていません。
●人物
・会場にいる人々/一般人
会場に集まっていた企業関係者や通行人。皆様が担当するエリアには二十人ほどいます。
立ち位置は財前と護衛がいる円形舞台と襲撃を仕掛けて来る百鬼に挟まれた状態です。
中には小さな子供がいる親子連れもおり、混乱が激しくなると転倒した人が逃げ惑う人に踏まれてしまうと言う危険もあります。
・東小路・財前/男/一般人
とある企業の重鎮。ここまでのし上がったのは、ワイロや金の力で裏から手を回してきた為。
傍から見れば善人だが、裏では女癖悪く、自分がのし上がる為ならなんでもする。
予想外の襲撃を受けて狼狽え、周囲に一般人がいる状態では逃げる事もできず円形舞台の辺りで護衛に守られています。
・護衛の能力者/隔者
財前に雇われている能力者達。性質が悪く脛に傷もつ者が多いごろつきのような集団です。
汚い事もやり一般人を巻き込む事も躊躇わないため隔者に分類されます。
金のために護衛をしているものの、財前の指示も特にないため個人が好き勝手に戦っている状態です。連携などは皆無と言っていいでしょう。
・百鬼/隔者
財前を狙い襲撃を仕掛けてきた隔者集団。どうやら財前が先に彼等に対して何かしたようですが、詳しい事は分かりません。
会場外の歩道側かから中央の円形舞台にいる財前目指して、その間にいる一般人を蹴散らし突撃して行きます。
こちらは仲間同士の連携もあるため、戦う時はその辺りも考慮して下さい。
●能力
『護衛の能力者』×3/隔者/前衛
全員似たり寄ったりの弱い者にはとことん強いごろつき。能力の方も多少体力や攻撃力の違いがあれど誤差の範囲です。
連携も取れていないためそこまで脅威ではないでしょう。
一人だけ武器を装備していますが、他二人は能力に頼っているため武器はありません。
・護衛A/男/隔者
彩の因子/火行
・スキル
炎撃(近単/格闘/特攻ダメージ+火傷)
爆裂掌(近単/特攻ダメージ)
・護衛B/男/隔者
獣の因子(丑)/土行
装備/メリケンサック(格闘)
・スキル
猛の一撃(近単/格闘/物理ダメージ)
降槍(近単/特攻ダメージ)
・護衛C/男/隔者
翼の因子/天行
・スキル
エアブリット(遠単/射撃/特攻ダメージ)
召雷(遠列/特攻ダメージ)
『百鬼』×2/隔者
二人とは言え実力は護衛の能力者とは比べ物になりません。実力はF.i.V.Eの覚者と同等かやや上と思われます。
・勝浦(かつうら)/男/十代後半/隔者
直情型で体を使って物理的に解決する事を好むタイプ。
財前の周りにいる一般人はただの障害物として遠慮なく破壊して目標に向かいます。
根っからのバトルマニアでもあり、強いと思った敵がいれば目的を後回しに戦いを仕掛けに行くと言う欠点があります。
翼の因子/火行
装備/ナイフ
・スキル
爆裂掌(近単/特攻撃ダメージ)
火柱(近列/特攻ダメージ+火傷)
火炎弾(遠単/特攻ダメージ+火傷)
・リオ/女/十代後半/隔者
勝浦の舵取り役として組んでいます。一見冷静に見えますが、勝浦同様バトルマニア。
目的達成は大事だが、本音を言えばあんな雑魚集団を相手にするくらいなら勝浦に喧嘩を吹っかけてやりあった方がよほど楽しいと言う危険なタイプ。
一般人を効率的にどかすのは無理と判断し、勝浦同様排除しながら目標に向かいます。
暦の因子/天行
装備/短槍
・スキル
疾風斬り(近列/物理ダメージ)
召雷(遠列/特攻ダメージ)
纏霧(遠敵全/ダメージ0+弱体)
情報は以上となります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年01月25日
2016年01月25日
■メイン参加者 6人■

●
多くの人が集まり賑わいを見せていた広場は、今混乱の真っただ中にあった。
混乱の引き金となったのは円形舞台の隅で動くに動けないでいる男、東小路・財前。
彼を狙って襲撃をしかけてきた隔者『百鬼』達と財前の護衛は逃げ惑う人々に構わず戦いを始め、誘導する者もいない人々は目の前の危険からただ逃げ惑う。
「おいなんだよこの人数! 邪魔じゃねえか!」
「想定はされていただろう。聞いてなかったのか」
会場の様子を見ていた『百鬼』、勝浦とリオの目的は勿論この会場の中央にいる東小路財前。
財前は護衛の能力者に囲まれて舞台から出ていない。勝浦の飛行能力を使えば人波を飛び越えていけなくもないが、この場にいる人々には不幸な事にその方法は選ばれなかった。
「よし、ウォーミングアップにぶっ飛ばして行くか」
見れば財前の護衛も百鬼の襲撃に対処するため動き始めている。
二人が逃げ惑う人々に向けてその力を振るおうとしたその時、炎が上がり勝浦に向かって来た。
「勝浦!」
「おうよ!」
リオの警告を聞くまでもなくその正体に気付いた勝浦は腕を交差させ、炎を受け止める。
強烈な熱が勝浦の腕を焼くが、勝浦は笑った。
「はははっ! いいのがいるじゃねえか!」
炎の勢いが緩んだのを見計らって交差した腕を勢いよく解き、拳を振るう。
手応えはなく、切り裂かれた炎の向こうに立つ二つの人影が目に入った。
「F.i.V.E所属、華神悠乃。キミらの邪魔をしにきたよ」
「この先には行かせぬぞ!それが覚者たるワシらの役目!F.i.V.Eの役目じゃ!」
名乗る華神 悠乃(CL2000231)と勇ましく薙刀を構える檜山 樹香(CL2000141)。
「F.i.V.Eだと? 財前の護衛……ではなさそうだな」
リオはごろつきと大差のない男達とは毛色の違う樹香と悠乃を観察していたが、不意ににまりと笑う。
「丁度いい。あんな雑魚連中より楽しめそうだな」
「お前さん方の楽しみのために犠牲者を出すわけにはいかん。お相手仕ろう」
樹香の薙刀とリオの短槍がぎらりと光る。先に仕掛けたのはリオだったが、樹香も切り裂かれつつ棘散舞を放って反撃する。
「ほう、これはなかなか……」
自身の体から伸び痺れと出血をもたらす棘にも笑みは消えない。
相方から飛び散った血の飛沫を突き抜け、勝浦が悠乃に突撃した。
「せめて、ヒノマル陸軍の将校級の力は見せてね。私、ふたりくらいには勝ってるけど」
「ヒノマルだかハナマルだか知らねえが、そっちこそ簡単に倒れんじゃねえぞ!」
勝浦と悠乃。二人の拳がぶつかり合い火の粉が宙を舞う。
会場の通路では賀茂 たまき(CL2000994)と鳴海 蕾花(CL2001006)が避難誘導のために駆けつけていた。
「護衛の方が出てこようとしてるぞ」
ていさつで会場の様子を見ていた蕾花は、上空から見える円形舞台の方で護衛が動き出している事に気付いた。
「貴様ら早く行け! そのために雇ってるんだぞ!」
更に円形舞台から聞こえて来るヒステリックな声。
「うー……あの財前って人、私嫌いデスネー……」
たまきと蕾花に続き会場に入ったリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)はその声を聞いた途端何か思い出したのか、実に嫌そうな顔をする。
「巻き込まれる前に避難して頂かないと……」
たまきは韋駄天足を駆使して素早く通路の中に入り込むと、右往左往する人々に向かってマイナスイオンを放射しながら声を張り上げた。
「皆さん、落ち着いて下さい。私達が必ず守りますから!」
マイナスイオンの効果が恐慌状態に陥りかけた人々の精神を緩和し、たまきの声を聞く余裕を与えた。
「あたしらが安全な場所に誘導する。落ち着いて移動してくれ!」
たまきに続く蕾花の声は一旦落ち着いた人々にしっかり届いたようだ。
ワーズワースの効果もあり、人々は周囲から聞こえる戦闘音に怯えながらも誘導に従って移動し始めた。
「小さなお子さんに気を付けてあげて下さい! 怪我をした方はいらっしゃいますか!」
自身もさほど背が高くないたまきと同じ年の中では長身の部類に入るが明らかに成人していない蕾花の二人が声を上げて目を配り、時に肩を貸して避難を行っている。
それを見た周囲の人々も小さな子供を庇うように歩き、怪我人に肩を貸し始めた。
「おいどけ! 邪魔だ!」
会場側から乱暴な怒声が響く。
財前の護衛についていた内の三人が避難する人の波を押し退けようとしているのだ。
「あいつら……!」
蕾花もそれに気付いたが、風祭・雷鳥(CL2000909)に肩を叩かれて立ち止まる。
「向こうは任せな。避難誘導の方頼んだよ」
言うが早いか駆け出した雷鳥は強引に護衛と一般客の間に割り込む。
「なんだテメエは。邪魔すんじゃねえ!」
「あんたら財前に雇われてんでしょ? なら財前が集めた客傷付けたら報酬減るとか思わない?」
割り込んで来たのが若い女性と侮ったのか、蹄と化した右腕と肩に担いだランスを見ても護衛の男達は粗暴な振る舞いのまま雷鳥に噛みついて来た。
「てめえもあの連中の仲間かぁ? 痛い目見たくねえならとっとと消えな」
雷鳥は男達の態度に鼻白む。
噛みつきながらもニヤニヤ笑っている顔に少々苛立ち、ランスを構える。
「聞かん坊にはあたしの棒突っ込んでやるよ、脳みそ鈍足小僧どもが」
雷鳥の重突が三人に炸裂する。
「テメエ……上等じゃねえか!」
護衛の男達は頭に血を上らせ雷鳥に襲い掛かる。
●
護衛の男達と雷鳥、百鬼と樹里、悠乃。早めの足止めが成功した事で百鬼と護衛がぶつかり一般人が巻き込まれる危険は回避できたが、戦闘の余波はやはり障害となった。
覚者達は一般人を守ろうとしているが、護衛と百鬼はそうではない。その力は一般人も「敵」と同様に攻撃範囲に入れてしまうのだ。
「危ない!」
たまきが韋駄天足で走り出した先では、今まさに戦いの余波が一般人に向かっていた。
もしたまきが気付くのに遅れ、気付いても韋駄天足を持っていなければ間に合わなかっただろう。
「お怪我はありませんか?」
「あ、あんた……それ……」
一般人を守った代わりに炎を受けたたまきは、苦痛を欠片も見せず大丈夫だと言う。
被害は出ていないか見回すと、蕾花の方でも避難の足が鈍っているのがわかった。
「たまき、こっちは大丈夫だ。もう少しだぞ!」
上がったのは蕾花の力強い声だ。
たまきもそれに応える。
「はい、絶対にこの人達は守り抜きます!」
力強く宣言し、避難誘導を再開する。
「早く終わらせてあたしらも戦いに行かないと……」
偵察能力を使ってで上空から様子を見ていた蕾花は、他の状況も見えていた。
百鬼と護衛三人、どちらも状況は厳しい。
「ちょっと……甘く見てたね……」
雷鳥は手から転げ落ちたランスを掴む。
「雷鳥サン、避難が終わるマデ辛抱デス!」
立ち上がるのに手を貸したリーネも無傷ではない。
「へへへ……最初の威勢はどうしたんだよ」
いかに質が良くないと言えど護衛三人も腐っても能力者。三対一では雷鳥の負担は大きい。
それに気付いたリーネがいち早く参戦し援護をしたが、三人ともが最初に自分達に仕掛けて来た雷鳥を狙い撃ちにし始めると癒しの霧の回復量では追い付かなくなり、一度体力が尽きてしまった。
「戦略としては分かりマスガ、許しマセン!」
リーネの怒りは攻撃となって護衛を貫く。
今は立ち上がり再びランスを振るっているとは言え、仲間が目の前で倒された事が堪えたようだ。
「そもそも、周りの人を巻き込んで喧嘩するなんて迷惑デスネ! そんな喧嘩なら余所でヤッテくだサーイ!」
「その通りです!」
会場の通路側から琴富士の力を纏ったたまきが突撃してきた。
増援を予想していなかったのか、天行の男がたまきの攻撃をまともに食らう。
「避難は終わりました。私も参戦いたします!」
これまでの戦いで護衛三人も消耗している。
たまきに防御と攻撃を分担できるようになったリーネが癒しの霧を使い、たまきが味方の守りを固める。
味方二人の援護を受けた雷鳥は手にしたランスと蹄を備えた蹴りで男達を攻撃する。
「ここからは私達のターンデス!」
リーネの台詞の通り、一度は勝利が見えた護衛の男達だったが、じりじりと押されて行く。
「くそっ、こんな奴等と戦うなんて聞いてねえぞ!」
「うるせえ!文句言うより戦えよ!」
「テメエに言われたくねえよ、離れた所からちまちま撃ちやがって!」
自分達の不利を実感した途端、護衛の男達が文句を言い仲違いし始めた。
それまで連携とは言えないものの同じ標的を狙ったりとそれなりにまとまっていた攻撃も散発的になり、息が合わずにお互いの攻撃が邪魔になってしまう事も起きた。
「やっぱりチンピラはチンピラだね」
「きっと今まで弱い者イジメばかりして来たんデスヨ」
「面白半分に人を傷付けるような方々です」
男三人の醜い言い合いは女性三人にとっては見るに堪えないものだった。
「百鬼も後に控えてるんだ。終わらせてもらうよ!」
雷鳥の飛燕が男の一人を捉えると、たまきの琴富士が三人まとめてなぎ倒し、とどめにリーネがB.O.Tを決める。
護衛の男達は一人ずつ狙い撃ちされ、倒れて行った。
●
たまきが護衛と戦う雷鳥とリーネに合流した頃、百鬼との戦いは熾烈な物となっていた。
拳と拳、薙刀と短槍。
すでに何合打ち合ったか。地面の舗装は抉られ焼け焦げ、百鬼と覚者の風体も度重なる負傷で酷い有様だった。
「これだよ! こういうのじゃねえと戦ってる気がしねえよ!」
歓喜と共に振り下ろされた勝浦の炎を纏った拳が悠乃に炸裂し、お返しとばかりに悠乃からの強烈な炎の一撃が決まる。
「ごほっ……コイツは効くなあ」
「――――弐式、豪炎撃。みたことないかな?」
勝浦とリオを引き付けるため殊更に力をアピールする悠乃。
自分達より一段上の術式を使う悠乃と樹香を前にして、二人の意識はとうに財前から離れている。
だが、そもそもの目的は一般人を守り抜く事、そして『百鬼』をこの場から撃退する事なのだ
奇しくも互いに一人が肉弾戦、もう一人が武器を用いた白兵戦を得手としている。
悠乃と勝浦が激突すれば樹里がリオを抑え、リオが反撃で悠乃と樹里をまとめて攻撃すると言った戦いが続いている。
「お前さんもなかなかすばしっこいの。そろそろ疲れたのではないか?」
「この程度ではまだ足りんな」
リオを狙った樹里の棘散舞は体を痺れさせ出血が体力を削り、確実に消耗を強いている。
しかし、リオの攻撃は樹里と悠乃を同時に捉えダメージを与えて来るのだ。
勝浦とやり合っている分火傷も追加され消耗が大きい悠乃がついに危険な状況に陥った。
「もらったあ!」
悠乃が勝浦に懐に入り込まれ、大きなダメージを受けてしまう。
「悠乃さん、今回復を!」
「甘い!」
鋭い叫びと同時に樹里と悠乃を切り裂く短槍。
立て続けの攻撃に体勢が崩れたのか、悠乃の反撃よりも先に勝浦が動く。
樹香の目の前で悠乃が火炎弾を受け倒れる。肉の焼ける嫌な臭いが流れて来た。
「チッ、先に取られたか」
舌打ちするリオに向かって、勝浦がにやりと笑う。
「悪ィなリオ、もう一人の方も俺が……」
しかしその顔は炎を纏った拳を受けて歪み、そのまま殴り飛ばされる。
「余裕だね? 余所見してると、焦げるよ?」
倒れた悠乃が立ち上がり、勝浦は逆に膝を付く。
「こいつぁやられたな」
立ち上がった勝浦の顔半分が焼け焦げていたが、残った半分は笑っていた。
その目が悠乃の後ろの方を見て、ますます爛々と輝く。
「遅くなって悪かった。避難は無事終了したよ」
避難を終え駆けつけた蕾花は、悠乃と樹香の状態を見て熾烈な戦いであった事を悟る。
「好き放題やってくれたな。あんたら覚悟しろよ」
蕾花の狙いはリオだ。
飛燕を放つ苦無とリオの疾風斬りが交差し互いに傷つけ合う。
不利なのはリオの方だ。
受けたダメージの総量では勝浦の方が大きかったが、樹香に加え蕾花にまで狙われたリオは一気に体力を削られて行く事になる。
勝浦の方は悠乃だけでなく樹香と蕾花の動きにも注意を払っていたが、悠乃と戦いながら二人に狙われるリオの援護を行うのは難しい。
リオの方は言うまでもない。援護に向かう余裕などなく、百鬼は連携を断たれたも同然である。
しかし、覚者側にも余裕があるとは言い切れない。
互いの援護に入れないとは言え百鬼の二人は列攻撃を所持しており、三人まとめて攻撃範囲に入れる事が可能だった。
参戦したばかりの蕾花と命数を使用し復活した悠乃はともかく、樹里の体力には余裕がない。
「勝浦、薙刀の方だ!」
リオの一声に勝浦が悠乃ではなく樹香の方に狙いをつける。
丁度蕾花と樹香がリオに攻撃をしかけ、悠乃の攻撃を受け止めた勝浦が反撃しようとしている時だった。
「くっ!」
樹香が咄嗟に向き直ったが、攻撃を避ける事も防ぐ事も間に合わない。
勝浦の拳が樹香を地面に打ち倒す。
「この野郎!」
「おっと、お前の相手は私だろう!」
いきり立つ蕾花にリオが立ち塞がるが、その体が蠢く棘に捕らわれる。
「それを言うなら、お前さんの相手はワシじゃ」
一度は地面を舐めた樹香だったが、彼女もまた命数を燃やし立ち上がった。
「みなサン! 助太刀に来マシタヨ!」
そこに護衛を倒した雷鳥、リーネ、たまきの三人が駆け付けた。
「そちらは無事おわったようじゃの」
「はい、怪我をなさった方も安全な場所に」
たまきは樹香に答えながら、蒼鋼壁をかける。
「もう一息デスネ。頑張りマショウ!」
「ありがとう。向こうも大分消耗してるからね、けりをつけよう」
「ああ、任せな」
雷鳥の演舞・舞衣が樹香と悠乃の体にまとわりついていた火傷を回復させ、リーネが更に癒しの霧を使う。
六人が揃った覚者達を前にしても、百鬼の二人はますます楽し気に攻撃を仕掛けて来る。
傷付けば傷付くほど、目を爛々と光らせ戦う姿は最早戦闘狂であるが、覚者達がそれで怯むわけもない。
続く戦闘の中、樹香の棘散舞に絡めとられたリオの動きが止まる。
「行くよ!」
「おう!」
雷鳥と蕾花が駆け出し、繰り出された貫殺撃と飛燕がリオを打ち倒した。
「リオ!」
「さっきも言ったけど、余所見してると焦げるよ?」
悠乃は先程自分が倒された時の再現のように勝浦の懐に入り込み、残る気力で豪炎撃を放つ。
体をくの字に折った勝浦に、たまきとリーネが追い打ちを掛ける。
「これ、くらいで……終わるかぁ!」
致命的なダメージを負った勝浦だったが、倒れはしなかった。
しかしあと少し戦えば確実に倒れるような状態であり、相方は起き上がれない。勝浦はそれでも戦いを続けようとしていたが、意識を失っていると思われたリオがそれを止めた。
●
「勝浦……ここは退くぞ」
「ああ?! 冗談じゃねえ!」
「退け……撤退命令も出た」
リオの言葉には覚者達も反応した。
改めて見れば会場に残ったのは破壊された展示品や広告の類と、所々で倒れた財前の護衛などの数名。
円形舞台の方に目をやれば財前の姿はすでになかった。
百鬼の方も目標がいなければこれ以上戦う理由がないのだろう。撤退を始めている他の百鬼を見て、勝浦も折れた。
「チッ、お前らファイブって言ったな。今度は死ぬまでやろうぜ!」
「その時は……私の借りも、倍にして返す」
勝浦はリオを担ぐと去り際に覚者達に指を突きつけ、担がれたリオも黙ったままは去らなかった。
二人は毒づきながら他の百鬼と合流すると会場から姿を消す。
後を追う者はいない。一般人の犠牲を防ぎ、百鬼の撃退に成功した。覚者達の役目は果たされたのだ。
しかし、蕾花は不満げな様子だった。
結果的に財前を助ける事になったのがよほど気に食わないらしい。
「まったく、あんなクズ野郎を見返りなしに救うなんてな。その慈悲を少しでもあたしらに向けてくれたっていいのにさ」
「気持ちは分かるが、大事なのは人々を守れた事じゃ」
ぶつぶつとこぼす蕾花に樹香が言う。その表情は守るべきものを守れた満足感が見て取れた。
「一般人のみなサンは百鬼と財前の間に起きた事には関係ないデスネ」
「巻き込まれて命を落としてはあんまりです」
リーネとたまきも口々に言う。
蕾花自身、死亡者がでなかった事には安心していた。
「それはいいけど、百鬼から見ればあたしらF.i.V.Eが財前に味方した事になるのか?」
「どうだろうね。財前の護衛ともやり合ってたのは見てると思うけど」
「ここで議論していても仕方ないよ。もう誰もいないんだし、帰って報告しよう」
悠乃が考え込みそうになる五人に声を掛ける。
町中に設置された会場に壁はなく、戦闘が済んだ体に吹き付ける風が冷たい。
体を冷やして体調を崩す事があっても困ると歩き出し、会場を後にした。
この一件が今後どうなるかは不明だが、少なくとも『百鬼』との戦いは今後も続くだろう。
今は新たな嵐が来る前に、体を休め備えよう。
多くの人が集まり賑わいを見せていた広場は、今混乱の真っただ中にあった。
混乱の引き金となったのは円形舞台の隅で動くに動けないでいる男、東小路・財前。
彼を狙って襲撃をしかけてきた隔者『百鬼』達と財前の護衛は逃げ惑う人々に構わず戦いを始め、誘導する者もいない人々は目の前の危険からただ逃げ惑う。
「おいなんだよこの人数! 邪魔じゃねえか!」
「想定はされていただろう。聞いてなかったのか」
会場の様子を見ていた『百鬼』、勝浦とリオの目的は勿論この会場の中央にいる東小路財前。
財前は護衛の能力者に囲まれて舞台から出ていない。勝浦の飛行能力を使えば人波を飛び越えていけなくもないが、この場にいる人々には不幸な事にその方法は選ばれなかった。
「よし、ウォーミングアップにぶっ飛ばして行くか」
見れば財前の護衛も百鬼の襲撃に対処するため動き始めている。
二人が逃げ惑う人々に向けてその力を振るおうとしたその時、炎が上がり勝浦に向かって来た。
「勝浦!」
「おうよ!」
リオの警告を聞くまでもなくその正体に気付いた勝浦は腕を交差させ、炎を受け止める。
強烈な熱が勝浦の腕を焼くが、勝浦は笑った。
「はははっ! いいのがいるじゃねえか!」
炎の勢いが緩んだのを見計らって交差した腕を勢いよく解き、拳を振るう。
手応えはなく、切り裂かれた炎の向こうに立つ二つの人影が目に入った。
「F.i.V.E所属、華神悠乃。キミらの邪魔をしにきたよ」
「この先には行かせぬぞ!それが覚者たるワシらの役目!F.i.V.Eの役目じゃ!」
名乗る華神 悠乃(CL2000231)と勇ましく薙刀を構える檜山 樹香(CL2000141)。
「F.i.V.Eだと? 財前の護衛……ではなさそうだな」
リオはごろつきと大差のない男達とは毛色の違う樹香と悠乃を観察していたが、不意ににまりと笑う。
「丁度いい。あんな雑魚連中より楽しめそうだな」
「お前さん方の楽しみのために犠牲者を出すわけにはいかん。お相手仕ろう」
樹香の薙刀とリオの短槍がぎらりと光る。先に仕掛けたのはリオだったが、樹香も切り裂かれつつ棘散舞を放って反撃する。
「ほう、これはなかなか……」
自身の体から伸び痺れと出血をもたらす棘にも笑みは消えない。
相方から飛び散った血の飛沫を突き抜け、勝浦が悠乃に突撃した。
「せめて、ヒノマル陸軍の将校級の力は見せてね。私、ふたりくらいには勝ってるけど」
「ヒノマルだかハナマルだか知らねえが、そっちこそ簡単に倒れんじゃねえぞ!」
勝浦と悠乃。二人の拳がぶつかり合い火の粉が宙を舞う。
会場の通路では賀茂 たまき(CL2000994)と鳴海 蕾花(CL2001006)が避難誘導のために駆けつけていた。
「護衛の方が出てこようとしてるぞ」
ていさつで会場の様子を見ていた蕾花は、上空から見える円形舞台の方で護衛が動き出している事に気付いた。
「貴様ら早く行け! そのために雇ってるんだぞ!」
更に円形舞台から聞こえて来るヒステリックな声。
「うー……あの財前って人、私嫌いデスネー……」
たまきと蕾花に続き会場に入ったリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)はその声を聞いた途端何か思い出したのか、実に嫌そうな顔をする。
「巻き込まれる前に避難して頂かないと……」
たまきは韋駄天足を駆使して素早く通路の中に入り込むと、右往左往する人々に向かってマイナスイオンを放射しながら声を張り上げた。
「皆さん、落ち着いて下さい。私達が必ず守りますから!」
マイナスイオンの効果が恐慌状態に陥りかけた人々の精神を緩和し、たまきの声を聞く余裕を与えた。
「あたしらが安全な場所に誘導する。落ち着いて移動してくれ!」
たまきに続く蕾花の声は一旦落ち着いた人々にしっかり届いたようだ。
ワーズワースの効果もあり、人々は周囲から聞こえる戦闘音に怯えながらも誘導に従って移動し始めた。
「小さなお子さんに気を付けてあげて下さい! 怪我をした方はいらっしゃいますか!」
自身もさほど背が高くないたまきと同じ年の中では長身の部類に入るが明らかに成人していない蕾花の二人が声を上げて目を配り、時に肩を貸して避難を行っている。
それを見た周囲の人々も小さな子供を庇うように歩き、怪我人に肩を貸し始めた。
「おいどけ! 邪魔だ!」
会場側から乱暴な怒声が響く。
財前の護衛についていた内の三人が避難する人の波を押し退けようとしているのだ。
「あいつら……!」
蕾花もそれに気付いたが、風祭・雷鳥(CL2000909)に肩を叩かれて立ち止まる。
「向こうは任せな。避難誘導の方頼んだよ」
言うが早いか駆け出した雷鳥は強引に護衛と一般客の間に割り込む。
「なんだテメエは。邪魔すんじゃねえ!」
「あんたら財前に雇われてんでしょ? なら財前が集めた客傷付けたら報酬減るとか思わない?」
割り込んで来たのが若い女性と侮ったのか、蹄と化した右腕と肩に担いだランスを見ても護衛の男達は粗暴な振る舞いのまま雷鳥に噛みついて来た。
「てめえもあの連中の仲間かぁ? 痛い目見たくねえならとっとと消えな」
雷鳥は男達の態度に鼻白む。
噛みつきながらもニヤニヤ笑っている顔に少々苛立ち、ランスを構える。
「聞かん坊にはあたしの棒突っ込んでやるよ、脳みそ鈍足小僧どもが」
雷鳥の重突が三人に炸裂する。
「テメエ……上等じゃねえか!」
護衛の男達は頭に血を上らせ雷鳥に襲い掛かる。
●
護衛の男達と雷鳥、百鬼と樹里、悠乃。早めの足止めが成功した事で百鬼と護衛がぶつかり一般人が巻き込まれる危険は回避できたが、戦闘の余波はやはり障害となった。
覚者達は一般人を守ろうとしているが、護衛と百鬼はそうではない。その力は一般人も「敵」と同様に攻撃範囲に入れてしまうのだ。
「危ない!」
たまきが韋駄天足で走り出した先では、今まさに戦いの余波が一般人に向かっていた。
もしたまきが気付くのに遅れ、気付いても韋駄天足を持っていなければ間に合わなかっただろう。
「お怪我はありませんか?」
「あ、あんた……それ……」
一般人を守った代わりに炎を受けたたまきは、苦痛を欠片も見せず大丈夫だと言う。
被害は出ていないか見回すと、蕾花の方でも避難の足が鈍っているのがわかった。
「たまき、こっちは大丈夫だ。もう少しだぞ!」
上がったのは蕾花の力強い声だ。
たまきもそれに応える。
「はい、絶対にこの人達は守り抜きます!」
力強く宣言し、避難誘導を再開する。
「早く終わらせてあたしらも戦いに行かないと……」
偵察能力を使ってで上空から様子を見ていた蕾花は、他の状況も見えていた。
百鬼と護衛三人、どちらも状況は厳しい。
「ちょっと……甘く見てたね……」
雷鳥は手から転げ落ちたランスを掴む。
「雷鳥サン、避難が終わるマデ辛抱デス!」
立ち上がるのに手を貸したリーネも無傷ではない。
「へへへ……最初の威勢はどうしたんだよ」
いかに質が良くないと言えど護衛三人も腐っても能力者。三対一では雷鳥の負担は大きい。
それに気付いたリーネがいち早く参戦し援護をしたが、三人ともが最初に自分達に仕掛けて来た雷鳥を狙い撃ちにし始めると癒しの霧の回復量では追い付かなくなり、一度体力が尽きてしまった。
「戦略としては分かりマスガ、許しマセン!」
リーネの怒りは攻撃となって護衛を貫く。
今は立ち上がり再びランスを振るっているとは言え、仲間が目の前で倒された事が堪えたようだ。
「そもそも、周りの人を巻き込んで喧嘩するなんて迷惑デスネ! そんな喧嘩なら余所でヤッテくだサーイ!」
「その通りです!」
会場の通路側から琴富士の力を纏ったたまきが突撃してきた。
増援を予想していなかったのか、天行の男がたまきの攻撃をまともに食らう。
「避難は終わりました。私も参戦いたします!」
これまでの戦いで護衛三人も消耗している。
たまきに防御と攻撃を分担できるようになったリーネが癒しの霧を使い、たまきが味方の守りを固める。
味方二人の援護を受けた雷鳥は手にしたランスと蹄を備えた蹴りで男達を攻撃する。
「ここからは私達のターンデス!」
リーネの台詞の通り、一度は勝利が見えた護衛の男達だったが、じりじりと押されて行く。
「くそっ、こんな奴等と戦うなんて聞いてねえぞ!」
「うるせえ!文句言うより戦えよ!」
「テメエに言われたくねえよ、離れた所からちまちま撃ちやがって!」
自分達の不利を実感した途端、護衛の男達が文句を言い仲違いし始めた。
それまで連携とは言えないものの同じ標的を狙ったりとそれなりにまとまっていた攻撃も散発的になり、息が合わずにお互いの攻撃が邪魔になってしまう事も起きた。
「やっぱりチンピラはチンピラだね」
「きっと今まで弱い者イジメばかりして来たんデスヨ」
「面白半分に人を傷付けるような方々です」
男三人の醜い言い合いは女性三人にとっては見るに堪えないものだった。
「百鬼も後に控えてるんだ。終わらせてもらうよ!」
雷鳥の飛燕が男の一人を捉えると、たまきの琴富士が三人まとめてなぎ倒し、とどめにリーネがB.O.Tを決める。
護衛の男達は一人ずつ狙い撃ちされ、倒れて行った。
●
たまきが護衛と戦う雷鳥とリーネに合流した頃、百鬼との戦いは熾烈な物となっていた。
拳と拳、薙刀と短槍。
すでに何合打ち合ったか。地面の舗装は抉られ焼け焦げ、百鬼と覚者の風体も度重なる負傷で酷い有様だった。
「これだよ! こういうのじゃねえと戦ってる気がしねえよ!」
歓喜と共に振り下ろされた勝浦の炎を纏った拳が悠乃に炸裂し、お返しとばかりに悠乃からの強烈な炎の一撃が決まる。
「ごほっ……コイツは効くなあ」
「――――弐式、豪炎撃。みたことないかな?」
勝浦とリオを引き付けるため殊更に力をアピールする悠乃。
自分達より一段上の術式を使う悠乃と樹香を前にして、二人の意識はとうに財前から離れている。
だが、そもそもの目的は一般人を守り抜く事、そして『百鬼』をこの場から撃退する事なのだ
奇しくも互いに一人が肉弾戦、もう一人が武器を用いた白兵戦を得手としている。
悠乃と勝浦が激突すれば樹里がリオを抑え、リオが反撃で悠乃と樹里をまとめて攻撃すると言った戦いが続いている。
「お前さんもなかなかすばしっこいの。そろそろ疲れたのではないか?」
「この程度ではまだ足りんな」
リオを狙った樹里の棘散舞は体を痺れさせ出血が体力を削り、確実に消耗を強いている。
しかし、リオの攻撃は樹里と悠乃を同時に捉えダメージを与えて来るのだ。
勝浦とやり合っている分火傷も追加され消耗が大きい悠乃がついに危険な状況に陥った。
「もらったあ!」
悠乃が勝浦に懐に入り込まれ、大きなダメージを受けてしまう。
「悠乃さん、今回復を!」
「甘い!」
鋭い叫びと同時に樹里と悠乃を切り裂く短槍。
立て続けの攻撃に体勢が崩れたのか、悠乃の反撃よりも先に勝浦が動く。
樹香の目の前で悠乃が火炎弾を受け倒れる。肉の焼ける嫌な臭いが流れて来た。
「チッ、先に取られたか」
舌打ちするリオに向かって、勝浦がにやりと笑う。
「悪ィなリオ、もう一人の方も俺が……」
しかしその顔は炎を纏った拳を受けて歪み、そのまま殴り飛ばされる。
「余裕だね? 余所見してると、焦げるよ?」
倒れた悠乃が立ち上がり、勝浦は逆に膝を付く。
「こいつぁやられたな」
立ち上がった勝浦の顔半分が焼け焦げていたが、残った半分は笑っていた。
その目が悠乃の後ろの方を見て、ますます爛々と輝く。
「遅くなって悪かった。避難は無事終了したよ」
避難を終え駆けつけた蕾花は、悠乃と樹香の状態を見て熾烈な戦いであった事を悟る。
「好き放題やってくれたな。あんたら覚悟しろよ」
蕾花の狙いはリオだ。
飛燕を放つ苦無とリオの疾風斬りが交差し互いに傷つけ合う。
不利なのはリオの方だ。
受けたダメージの総量では勝浦の方が大きかったが、樹香に加え蕾花にまで狙われたリオは一気に体力を削られて行く事になる。
勝浦の方は悠乃だけでなく樹香と蕾花の動きにも注意を払っていたが、悠乃と戦いながら二人に狙われるリオの援護を行うのは難しい。
リオの方は言うまでもない。援護に向かう余裕などなく、百鬼は連携を断たれたも同然である。
しかし、覚者側にも余裕があるとは言い切れない。
互いの援護に入れないとは言え百鬼の二人は列攻撃を所持しており、三人まとめて攻撃範囲に入れる事が可能だった。
参戦したばかりの蕾花と命数を使用し復活した悠乃はともかく、樹里の体力には余裕がない。
「勝浦、薙刀の方だ!」
リオの一声に勝浦が悠乃ではなく樹香の方に狙いをつける。
丁度蕾花と樹香がリオに攻撃をしかけ、悠乃の攻撃を受け止めた勝浦が反撃しようとしている時だった。
「くっ!」
樹香が咄嗟に向き直ったが、攻撃を避ける事も防ぐ事も間に合わない。
勝浦の拳が樹香を地面に打ち倒す。
「この野郎!」
「おっと、お前の相手は私だろう!」
いきり立つ蕾花にリオが立ち塞がるが、その体が蠢く棘に捕らわれる。
「それを言うなら、お前さんの相手はワシじゃ」
一度は地面を舐めた樹香だったが、彼女もまた命数を燃やし立ち上がった。
「みなサン! 助太刀に来マシタヨ!」
そこに護衛を倒した雷鳥、リーネ、たまきの三人が駆け付けた。
「そちらは無事おわったようじゃの」
「はい、怪我をなさった方も安全な場所に」
たまきは樹香に答えながら、蒼鋼壁をかける。
「もう一息デスネ。頑張りマショウ!」
「ありがとう。向こうも大分消耗してるからね、けりをつけよう」
「ああ、任せな」
雷鳥の演舞・舞衣が樹香と悠乃の体にまとわりついていた火傷を回復させ、リーネが更に癒しの霧を使う。
六人が揃った覚者達を前にしても、百鬼の二人はますます楽し気に攻撃を仕掛けて来る。
傷付けば傷付くほど、目を爛々と光らせ戦う姿は最早戦闘狂であるが、覚者達がそれで怯むわけもない。
続く戦闘の中、樹香の棘散舞に絡めとられたリオの動きが止まる。
「行くよ!」
「おう!」
雷鳥と蕾花が駆け出し、繰り出された貫殺撃と飛燕がリオを打ち倒した。
「リオ!」
「さっきも言ったけど、余所見してると焦げるよ?」
悠乃は先程自分が倒された時の再現のように勝浦の懐に入り込み、残る気力で豪炎撃を放つ。
体をくの字に折った勝浦に、たまきとリーネが追い打ちを掛ける。
「これ、くらいで……終わるかぁ!」
致命的なダメージを負った勝浦だったが、倒れはしなかった。
しかしあと少し戦えば確実に倒れるような状態であり、相方は起き上がれない。勝浦はそれでも戦いを続けようとしていたが、意識を失っていると思われたリオがそれを止めた。
●
「勝浦……ここは退くぞ」
「ああ?! 冗談じゃねえ!」
「退け……撤退命令も出た」
リオの言葉には覚者達も反応した。
改めて見れば会場に残ったのは破壊された展示品や広告の類と、所々で倒れた財前の護衛などの数名。
円形舞台の方に目をやれば財前の姿はすでになかった。
百鬼の方も目標がいなければこれ以上戦う理由がないのだろう。撤退を始めている他の百鬼を見て、勝浦も折れた。
「チッ、お前らファイブって言ったな。今度は死ぬまでやろうぜ!」
「その時は……私の借りも、倍にして返す」
勝浦はリオを担ぐと去り際に覚者達に指を突きつけ、担がれたリオも黙ったままは去らなかった。
二人は毒づきながら他の百鬼と合流すると会場から姿を消す。
後を追う者はいない。一般人の犠牲を防ぎ、百鬼の撃退に成功した。覚者達の役目は果たされたのだ。
しかし、蕾花は不満げな様子だった。
結果的に財前を助ける事になったのがよほど気に食わないらしい。
「まったく、あんなクズ野郎を見返りなしに救うなんてな。その慈悲を少しでもあたしらに向けてくれたっていいのにさ」
「気持ちは分かるが、大事なのは人々を守れた事じゃ」
ぶつぶつとこぼす蕾花に樹香が言う。その表情は守るべきものを守れた満足感が見て取れた。
「一般人のみなサンは百鬼と財前の間に起きた事には関係ないデスネ」
「巻き込まれて命を落としてはあんまりです」
リーネとたまきも口々に言う。
蕾花自身、死亡者がでなかった事には安心していた。
「それはいいけど、百鬼から見ればあたしらF.i.V.Eが財前に味方した事になるのか?」
「どうだろうね。財前の護衛ともやり合ってたのは見てると思うけど」
「ここで議論していても仕方ないよ。もう誰もいないんだし、帰って報告しよう」
悠乃が考え込みそうになる五人に声を掛ける。
町中に設置された会場に壁はなく、戦闘が済んだ体に吹き付ける風が冷たい。
体を冷やして体調を崩す事があっても困ると歩き出し、会場を後にした。
この一件が今後どうなるかは不明だが、少なくとも『百鬼』との戦いは今後も続くだろう。
今は新たな嵐が来る前に、体を休め備えよう。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
