空虚な鎧を満たす物
空虚な鎧を満たす物


●己の意味
 人に作られた物には、役割がある。 何の為に作られたかという奴だ。
 包丁は料理を作る為に作られ、鍬は畑を耕す為に作られる。
 では、自分は何だ? 何の為に作られた?
 遥か以前に作られてから繰り返してきた、幾ら考えても答えの出る事の無い問い。
 いや、答えは当初より出ている。 なにせ作られる物というのは、何かしらの目的があり、その為に作られるのだから。
 解らないのは、なぜ自分がその役割を担っていないかという事だ。
 自分の体はどんな弓矢だってはじく事が出切る! 自分の雄雄しき鍬形は数多の敵に畏怖を与える事が出来る!
 しかし自分は、戦場の空気を知らない。
 自分を身につける主を持った事すら、ない。
 自分には、これほどまでに戦う力が備えられているというのに。
 
 大事に扱われ、羨望の目を向けられる自分。
 しかし、自分の役割は………!!


●夢見た合戦へ
 「集まってもらって悪ぃな。 実は厄介な古妖が現れちまってな……」
 夢見の青年、久方 相馬(nCL2000004)が、覚者たちを集め話を始める。

「古妖は、甲冑飾りのツクモガミって奴だ。  床の間に飾ってあったりするあの武将の鎧みたいなアレだよ。 古民家に飾られてた甲冑飾りが月日を経てツクモガミになったらしい」
 古妖…。 この日本に古くから住まう、妖とは違う、いわゆる『妖怪』のような者だ。 友好的な個体も多いと聞くが…。
「この甲冑飾りのツクモガミも人と敵対したいって訳じゃないみたいなんだけどな……。 強者と戦いたいって強い欲求を持ってるみたいでさ。 なんとか満足させてやれねぇかな」

 つまりここに集められたのは、ツクモガミを満足させる事ができるかもしれない『強者』。 少し照れ臭いものの、悪い気はしない。
 しかし相手は甲冑飾りの古妖。 元々戦いに適した形に作られ、幾年もの歳月に耐えられる丈夫な甲冑飾りが相手となれば、厄介な相手といえる。
 しかも相手は鎧そのもの。 鎧と兜の隙間を縫って内部を攻撃しても効果は無い。
 鎧自体が動くとあっては一体どうすればいいのかと覚者達が悩んでいると。

「一応攻撃すればダメージは通る。 鎧を傷つければ良い訳だから、ある意味生身が入ってるより戦いやすいと言えなくもないかもな。 もっとも……」
 相馬は、一拍置いて言葉を続ける。
「…鎧を傷つけるだけの力が必要だけどな」 
 緊張からか使命感からか、覚者達は口を引き結び、ごくりと息を呑む。

「ツクモガミの武器は一緒に飾られてた日本刀だ。 もちろん模擬刀なんかじゃない、正真正銘の真剣。 言うまでも無いと思うけど気をつけてくれよ?」
 中身のない戦国の武将のような難敵…。 覚者達は気を引き締め、戦いに挑むのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:のもの
■成功条件
1.古妖「鎧飾りのツクモガミ」1体の撃破
2.なし
3.なし
初めまして! …の方は初めまして! 
STの「のもの」です。
甲冑飾りって格好いいですよね。
凛と背筋を伸ばして剣を胸の前で構えた西洋の鎧も好きだけど、堂々と鎮座している甲冑の威圧感も大好きだったりします。

●敵情報

古妖「甲冑飾りのツクモガミ」
 古民家に飾られていた甲冑飾り一式。 大事に扱われていたようで、刀共々非常に状態は良い。
 身長は170cm程度。 物理防御力がやや高めですが、特殊防御はあまり高くはありません。
 戦闘不能になったら満足するようです。
 鎧飾りの持ち主も、ツクモガミが満足するなら鎧飾りに傷が付いても大丈夫とのことです。 
 

・攻撃方法
 ・切りつけ…手に持った刀で相手を切りつけます。 (近接、単体攻撃)
 ・なぎ払い…刀を脇に構え、すくい上げるように横になぎ払う攻撃です。 (近接、範囲攻撃)
 ・真空切り…刀を上段に構えてから振り下ろし、真空の斬撃を飛ばします。 (遠距離、単体攻撃)



●場所情報

甲冑飾りのツクモガミは古民家の縁側に面した庭で強者を待ち続けています。 その場に覚者達が到着すれば、そのまま戦闘になるでしょう。
庭は、派手に戦っても家への被害等は気にしなくても大丈夫なほどの広さがあります。
高低差や障害物もなく、足場も硬土で安定しているようです。
古民家の人には事前に連絡があり、戦いの場に入ってくる事はありません。
ツクモガミが戦いの場に選んだだけあり、小細工無く全力で戦えます。

(相談期間が4日と短めです。 ご注意ください)
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年09月06日

■メイン参加者 6人■



 車の音や人々の活気溢れる声の代わりに、セミの鳴く声と風が木を撫でる音で賑わう片田舎。
 豊かな自然と澄み切った青い空は、まるで武士が刀を握る時代にタイムスリップしたかのような、現実からは隔離された感覚があった。

「鎧として、武者として、あるべき生を全うして終わらせたい、か」
 目的の古民家に到着し、家主を待つ間にふと水蓮寺 静護(CL2000471)が呟いた。
 武人とは戦に生き戦に死ぬ者。 戦場に立てていないツクモガミは、生きているとすらいえないのかもしれない。
「戦う為に生まれたのに戦えないのは嫌だよねー」
 八百万 円(CL2000681)はどこか物憂げなような、少し眠そうなテンションで答える。
 自由に生きるという事を体現したかのような彼女にとっては、戦いたくとも戦えないツクモガミには思う所があるのだろう。
「武具とは戦場において朽ちるモノ。それ以上でもそれ以下でも無い。が、偉大な先人の残した技術、その体現を残してゆくべきという思いもある」
 黒いロップイヤーのような耳を生やした『神具狩り』深緋・恋呪郎(CL2000237)はその姿に似つかわしくない、多くの時代を見た賢人のように語ると、臆病さの中に決意を猛らせた賀茂 たまき(CL2000994)が、よしっとばかりに腰に腕をあて、気合を込める。
「でも…。 ツクモガミさんが戦うことを望んでるんですもんね。 頑張って満足させてあげないと」
 その言葉に覚者達が頷き、それに合わせたかのように家主が戦場への案内に現れるのだった。


 古民家の主に案内され母屋と生垣の間を抜けると、話に聴いていた広い庭があった。
 一片は縁側に面しそれ以外は覆い茂る木々に囲まれた広い庭。
 隅に灯篭と大きな岩、それに細い松の木があるだけの庭は、白い砂利の敷かれた美しい庭には無い質実剛健を思わせるような力強さがあった。
 その奥、木々に面した庭の隅に置かれた岩に腰掛けるように、それは居た。
 漆で塗り固められた胴。 鈍く黒光りする兜。 歯を食いしばるような顔当ては、待ち望んだ戦いへの笑みを堪えているかのようにすら見える。
 明らかに屋敷への来客では無い。 自分に用があり、また、自分が用のある客だ。
 ツクモガミは脇に置かれた刀を手に取り、ゆっくりと腰を上げる。
 まるで時間を引き延ばしたかのような遅い動きだが、一部の隙も無い。
 刀の柄に手をかけ、腰を落とすと同時にピンと辺りの空気が張り詰める。
 今まで夏を謳歌するように鳴いていた蝉の音はしんと静まり、風の渡る音だけが辺りに響く。
 ほんの瞬きの間にでもその刀を煌かせてきそうなツクモガミの迫力に、覚者達は息を呑む。
「刀は怖いし、痛いのは嫌だ。けど、それ以上にさ、こういう風じゃないと語れないこともあるんだよな!」
 自らを奮い立たせるように『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)も負けじと愛用のギターを手に取り迎撃の準備をする。
 語るというのは何も言葉を交わすだけでは無い。 音楽に乗り心が届く事もあれば、刃を交えて相手を知る事も有るのである。
「道具が道具として使われないのは、さぞ無念だろうな。 だが、それは人にとって平和の証でもある」
 『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)がツクモガミへの緊張を目線に残しながら言葉をかける。
 そう、正しく平和だからこそ。 それは素晴らしい事だが……。
 そのツクモガミの苦悶に答えを出すかのように懐良は続ける。
「……ま、そんな風にいろいろと思う事があるが、戦えば満足するんだろ」
 戦えば満足する。 言葉にすれば簡単だが、その通りだった。
 世を乱したいわけでは無い。 平和を嘆く訳でもない。 ただ、戦いたかっただけなのだから。
 かくして、覚者達とツクモガミの、領土を取り合うわけでもなく天下を分ける事もない大合戦が幕を開けたのであった。



 ツクモガミは腰の刀の柄を掴み、構えをとったまま動かない。
 しかし対峙しているだけでも伝わる気迫に相手が尋常では無い手練だとひしひしと伝わってくる。
 まるで氷の中に居るかのような冷え切った緊張。 下手な動きをすれば即座に切り捨てられそうな。

 小一時間たったのか、それとも瞬きほどの間だったのか。
 誰かの靴が土をズっと擦る音と共に張り詰めた空気が一気に弾け、誰が合図をした訳でもなくその場に居た全員が一斉に動き出す!

「オォォォォォ!」
 懐良が低い音で吼え英霊の力を身に宿すと、たまきもそれに続き護符に祖先の加護を付与する。
 円が地の鎧を身に纏い、恋呪郎が内に眠る炎の力を体中に充満させる。
 最後にヤマトがギターをかき鳴らし、その魂を燃やした。
 それぞれが己の強化にその力を費やしたほんの少しの隙。 その隙にツクモガミは姿勢を低くし、獣が駆けるかの如く瞬く間に間合いをつめ刀を斜に構える。
 狙いは…ヤマト! 
 ヤマトは持ち前の身軽さで身を躍らせるように刃をかわそうとするが、深く踏み込んだツクモガミの一撃はヤマトの右足を深く捕えたが……
「させない…!」
 刃がヤマトに触れようかという正にその瞬間、静護の声が響きヤマトの体が薄い水のベールに包まれる。
 穏やかでいながら力強いそのベールは、まるで刀が滝に弾かれるかのようにツクモガミの攻撃を押し返す。
 腿を僅かに裂かれ膝をついたヤマトだが、転んでもただでは起きない。
 一見、立ち上がる為に地に付けた手がぼうっと光ると、ツクモガミの足元から激しい炎が噴き上げる!
 突風のように勢い良く吹き出す炎に、思わずたたらをふみ後退するツクモガミ。

 1歩、2歩と後退し、炎からの脱出を果たしたツクモガミは再び刀を構えようとすると、火柱に何者かの影が写る。 
 大角を生やし、まるで獄炎を操るという悪魔のようなその影は、火柱を掻き分けるように突っ切りツクモガミをその角の付け根で突き飛ばす!
 猛牛に跳ね飛ばされたかのように弾かれ後退するツクモガミ。
 炎から姿を現したのは、地から噴出す獄炎すら恐れず、兜の鍬形にも負けない雄雄しき羊の角を生やした乙女、円の姿だった。
 
「わーい。 ものどもかかれ~」
 先ほどの力強い一撃からは考えられないような無邪気なようなぼーっとしているかのような円の言葉と同時に、黒い影がツクモガミに向けて駆ける。
 刀を振るえば届きそうな距離ですら黒い影と形容するほどの恐るべき速さのそれに、まるで闇を振り払うかのようにツクモガミが刃を煌かせる。
 しかし、幾ら研鑽を重ねた刀でも闇を切り裂く事は出来ないように、刀は影を捕える事は出来ずに空を切る。
「喜べ。儂が相手してやるからの」
 黒い影の正体、恋呪郎が刀の間合いのさらに内に入り込む。 いかに刀とはいえ、触れてしまうほどの近距離ではその力を存分に発揮する事は出来ない。
 しかし、それは恋呪郎にとっても同じ事。 なれば柄でその顎を跳ね上げ無防備な姿を晒した所を斬りつけてくれる!
 素早く、的確な判断。 しかし、それを実行に移す僅かな間に恋呪郎は身を捻らせ飛び上がるように剣を振るう。
 卯の力か、身体能力の高さからか。 捻り上げる様に振るわれた「ウルカヌス」と名付けられた剣は、隙間すら無いような近距離から遠心力を伴った旋風のような斬撃を繰り出す。
 
 胴に刻まれた深い溝。 重い体がぐらりと揺れる。 倒れるものかと足に力を込め、後ろに傾く重心を立て直そうとしたその瞬間に、背を鋭い太刀筋が切り刻む。
 いつの間に背後に回られた? それにこの太刀筋は、戦国の世の猛者の振るうと聞く太刀筋に似ている。
 刃筋を立て、自重と膂力、全てを切る力に費やす合理的な太刀筋。
「柔よく剛を制すってな。鬱憤がたまってんだろ、ぶつけてこいよ」
 ツクモガミはその太刀を振るった懐良に向き直る。
 戦国当時の武人とは似ても似つかない、軽く粗暴な言動だが、その太刀筋や内なる力からは確かに当時の猛者と同じ匂いがする。

 荒れ狂う刃の傷に、甲冑がカチャカチャと弱々しい音を立てる。
 しかし、自分は鎧の身。 この程度の傷で膝を突く訳にはいかない。
 おぼつかない足をどんっと踏み鳴らし、下半身を安定させると刀を脇に構える。
 必殺の太刀で、全てをなぎ払う為に!

「っ!  皆さん、引いてください!」
 今までとは違う、明らかに力と意思の篭った構えを超視力で見抜いたたまきの声が響く。
 前線に出ていた円、恋呪郎、懐良はとっさに飛びのくように距離を離すが……。

 ツクモガミが半円を描くように舞うと、一瞬、覚者達とツクモガミの間に光の筋が現れた。
 水面が光を反射したかのような、弧を描く月のようなその軌跡は痛みも衝撃も無く円の腕を、恋呪郎の腿を、懐良の肩を撫でるように通り抜ける。
 飛び退いた3人が、それぞれ光の通り抜けた所に違和感を感じたのはその少し後。
 皮膚自体も斬られた事に遅れて気がついたかのように、一拍の時間を置いてから服に血が滲む。

 致命傷という程ではない物の、浅くは無い傷に表情をゆがめる3人。
 戦とは勝機。 ここで相手を切り崩す!
 ツクモガミは正面で腕を押さえる円に刀を振り上げ、狙いをつける。
 円の目から戦意は微塵も衰えては居ない……が、自分の刀を避ける余力は無い!
 今こそ千載一遇の好機、ここで討ち取る!
 ツクモガミは上段の構えから袈裟懸けに刀を振り下ろす。
 その刀は間違いなく円に大きな傷を与える……筈だった。

 何かが。 刀でも矢でもない何かが刀を持つ腕の肩口に当たり、弾けた。
 大筒の砲弾でも当てられたかのような衝撃に腕を跳ね上げられ、円を守るかのように隆起した地面が巨大な杭となり、胴に大きな穴を開ける。

「そう易々とさせると思うな」
「だ…大丈夫ですか?」
 少し距離を置き戦況を広く見ていた静護の水礫、それにたまきの隆槍の術がツクモガミの好機を危機へと変える。
 今まで目にした事も無い、戦での話にも出てきたこともない不思議な術。
 先ほどの火柱を上げた少年もそうだった。
 この相手は、骨董無形な物語に出て来る面妖な術のような物を使う。
 危機に瀕しながらも、ツクモガミは心の奥が弾むのを押さえられない。
 日の本に武勇を響かせた名だたる武将でさえ、このような術を相手にした事はないだろう。
 自分は今、強者と手を合わせている。 その事を強く実感できた。


 裏を取る者、内に入る者、射程から出入りし臨機応変に動く者。 各々の攻撃がツクモガミの体力を削る。
 この自分の全力での攻撃に耐え、逸らし、あまつさえ反撃をしてくる。 そこには遠慮も手加減も無い。
 これこそが! これこそが求めていた合戦!


 満身創痍の鎧を地に伏せようと恋呪郎が再び距離を詰め剣を振るう。
 振るわれる大剣の衝撃はすさまじく、辛うじて弾いた刀との間に眩しい程の火花が炸裂し、辺りを照らす。
 呼吸の間すら挟めぬ程の連撃の合間、恋呪郎の動きが僅かに鈍る。
 先程の腿の傷によるものだろうか。 その僅かな間は戦においては勝敗を決するに値るす。
 ツクモガミは片足を引き恋呪郎とのあいだに間を作ると、そのまま刀を引くように振り下ろす!
 冷たい刃が恋呪郎を通り抜け、赤い衣装をさらにその血で染める。
 これで、まずは一人。 ツクモガミが他の者に目を向けようとするが……
「我は深緋。咲かすは徒花。散らすは命。屍山血河を征くモノよ。 儂の技が。古人のモノに。其処に宿るモノに。劣るモノでないと証明してやろう」
 恋呪郎は止まらない。 血に染まる衣装をはためかせ、舞うようにツクモガミに怒涛の連続攻撃を仕掛ける。

 自分が、気迫で負けたなど思いたくは無い。
 しかし、僅かに引いてしまったその距離に小さな体が滑り込む。
「こ、怖くないっ! ビビったら負けだ!」
 ヤマトの、炎を纏わせた蹴撃がツクモガミの胴を正確に捉える。
 重力を無視したかのような不思議な動き。 地を這うような足払いが来たかと思えば、そのまま逆立ちをするように頭上から蹴りを浴びせてくる。
 異国の格闘術。 炎の軌跡は不規則で、不思議な舞のようでありながら正確に胴を打ち抜いてくる。
 漆に守られた鎧の身ですら、窪ませ、焦げさせる威力を伴いつつだ。
  
 両足の炎を振り払うように宙返りをし、距離をとったヤマトを追おうとツクモガミが足を踏み出すと踏みしめた地面がいびつに歪む。
「鎧の妖さん! どうか、お覚悟を!」
 たまきが胸の前で祈るように持っていた護符が青白く光ると、まるで粘土でもこねているかのように歪んでいた地面は槍となる。
 水のように蠢いていた地面は岩のような硬度でツクモガミの体を貫くと、そのまま砂に戻ったかのように崩れてゆく。

 崩れた砂の向こうから姿を現したのは羊の角を生やした円の姿。
 獣の如く極限まで姿勢を前傾させ、刃を地に擦りながらツクモガミに接近する。
 素早く滑らかにツクモガミの足元まで駆けた円は、波が岩に当たり砕けたかのように飛び上がり、刃群と名の付けられた刀と短刀は地の延長の如くツクモガミを切り刻む。
 跳ね上げるように斬りつけられたツクモガミの背後に四つん這いで着地すると、その姿勢を保つかのような低さで再び駆け寄り、鎧の背に更なる傷を刻み込む。
 明らかに体に大きな負担のかかる、命すら武器にするかのような円の連撃
 その瞳はただ戦場で命を散らす弱者とは違う。 命を削りながらも振るわれる武器は、その命を生かす為に振るわれている。
 
 なればその武器を取り上げるまで!
 背を切りつけ着地した円に、刀を上段に構え集中する。
 円は刀の間合いの外。 しかし、空を切り割く斬撃ならば!
 
 足を安定させ、微かに風を纏った刀に力を込める。
 その瞬間。 ドンっという鎧の空洞の中に鈍く響く音と共に、体が大きく後ろにずれる。
 水。 静護の掌から打ち出された水塊はツクモガミの胴で弾け、大きく体勢を崩させた。
 またもこの男に好機を砕かれた。
 見られ、間合いを計られ…戦を、支配されている。 
 しかし、相手も命を削り刃に変えている。 己がそれを出来なくてどうする!
 この振り上げた刀を振り下ろす。 例え限界が来ている身であれ、それだけは成し遂げる!

 震え、刀を離しかけていた篭手に再び力を込め、振り下ろす!
 風すら切り裂く刃が円に向けて放たれ、その強者を打ちのめす、そんな光景が視界に広がる筈だった。
 しかし、振り下ろされた腕の向こうで円はゆっくり立ち上がり、新たな傷を負っている様子は無い。
 そして視界の隅に転がる篭手と刀。 見間違えるはずも無い、それは長年見続けてきた自らのものだった。
 水撃ですら不意を付かれたが、それすら布石。 あの水撃は全て他を生かす為。
 背後から、腕を切り飛ばされたのだ。

「……満足したか?」
 声が響く。 この声、そして鎧の身すら切り裂くこの太刀筋には覚えがある。
 戦国の猛者の雰囲気を纏った者の、意識の外からの斬撃。
 いつの間に背後に回られたのか、そこには刀をゆっくりと納める懐良の姿があった。
 現代の剣豪の一太刀が、長き戦いに幕を引いたのだ。

 相手を前に膝を突くという、屈辱的な姿勢ながら、ツクモの意識は別の所にあった。
 戦国の技術と魂を次ぐ剛の者。 広い視野で仲間を生かす者。 土の術を操る摩訶不思議な符術士。
 命すら武器に敵を倒す戦士。 異国の格闘術と楽器による術を使う少年。 曇りの無い刃を振るう少女。
 どの者も、素晴らしい使い手だった。 この者達とでなければここまでの闘いは出来なかった。
 ふと、ある事を思う。 骨董無形なようでいて、真実を端的に表したようなある事を。
 自分が戦わずにここに居た意味。 それはこの強者達と刃を交える為だったのではないか。

 薄れる意識が途切れるその前に、ツクモガミはこの戦の勝者達に最初で最後の言葉を投げる。
「実に……良い勝負で……あった…。 満足だ………」
 ツクモガミは言葉が終わるか否かという内に、がくりと首を落とし、まるで普通の鎧飾りに戻ったかのようにガランとその場に転がるのだった。



「あ~あ、色々話がしたかったのになぁ。 友達にもなれればって思ったのに……」
 古民家を背に、ヤマトが他の覚者に残念そうな言葉を向ける。
「そうですね。 でも、亡くなってしまった訳ではなさそうですし、またいずれお会い出来ればその時に…」
 ヤマトを励ますように、自分も少し残念そうに、たまきが言葉を返す。

 覚者達が後にした古民家の座敷に置かれた鎧飾り。
 窪み、無数の傷が付き、胴には穴が空いている。
 しかし、傷を負いながらもなお威風堂々と座るその姿は、まるで傷を誇る将軍のように、誇らしげだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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