<黎明>望まぬ力
●
笠井 春人(かさい はると)に対する他者からの評価は「目立たない人」だった。
春人自身がそう振る舞っていたからだ。
だが、そうして守ってきた平穏は脆くも崩れ去った。
「いてえ……痛ぇよ……」
地面に倒れる男達。全身に裂傷を負い、所々火傷のようになっている。
近くに倒れていた母親は怯える娘を抱えて逃げようとしているが、両足が男達と同じような状態になっていて立ち上がる事もできない。
「違う……こんなつもりじゃ……」
春人は数人の男達に囲まれた親子連れを見て、助けようとしただけだ。
しかし、春人に気付いた男達が刃物を突き出して来た。それに激しい恐怖を感じた時、急激に湧き上がったものに一瞬頭の中が真っ白になる。
そして次に気付いた時はもうこの状態になっていたのだ。
「誰か来てくれ! 人が襲われてる!」
突然の声に振り返ると、路地に何人もの人間が集まっていた。
「ち、違う! 俺はこんなつもりじゃなかったんだ!」
叫ぶ春人。だが周囲から突き刺さるのは恐怖と軽蔑の視線。
どうして、なんで。今までずっと隠してきたのに。
「能力者……」
誰かの怯えた声が聞こえて来た。
はっとして腕を押さえると、力の余波で袖が千切れ飛んでいる事に気付いた。
そこにある刺青が光り輝いているのは見ないでも分かる。
これを隠すため、自分はずっと目立たないように生きて来た。特別なんていらなかった。皆と同じがよかった。いつかこうなる事が分かっていたからだ。
「なんで、なんでこんな物があるんだよ! なんで俺なんだよ!」
胸の奥でわだかまっていたものが一気に噴き出し、春人の叫びに合わせて周囲に雷が荒れ狂った。
「お母さん、こわいよー!」
それを見た少女が母親の腕の中で泣き叫ぶ。
「誰か助けてくれ! 化け物だああ!」
男が道路を這いずって喚く。
それを聞いた春人の目は正気を失いかけていた。
うるさい。うるさい。俺だって好きでこうなったわけじゃないのに!
「黙れえええええ!」
雷は容赦なく動けない親子連れと男達に襲い掛かったが、当たる直前に人影が割り込んで来た。
人影は避雷針となって雷を受け止め、苛立たし気に言う。
「よりによって破綻者か……」
突然現れた青年に対しても、春人の雷は無差別に襲い掛かる。
「この力が悪いんだ! 力さえなければ、こんな事にならなかった!」
春都の叫びに、青年の表情が一瞬歪む。
「消えろ、俺の中から全部消えろおおおお!」
激しい雷の余波をで青年の帽子が吹き飛び、尖った獣の耳がぴんと立つ。
青年……獣の因子を持つ黎明の覚者、日向 夏樹(ひゅうが なつき)は叫ぶ春人に舌打ちする。
荒れ狂う雷の避雷針となる夏樹の歯が鋭く尖り、腰に巻いたストールを跳ね飛ばして獣の尾が揺れる。
正気を失いかけて破綻者となった春人に向け、夏樹は小さく呟いた。
「お互い、運が悪かったな」
●
「破綻者と黎明の覚者が鉢合わせしたようです」
久方 真由美(nCL2000003)が予知したのは笠井 春人と言う二十前後の破綻者と、黎明の覚者である日向 夏樹(ひゅうが なつき)の姿だった。
破綻者となる春人はずっと能力を隠して来たが、当日複数の男に脅される親子連れを助けようとして自身が危険に陥り、その動揺がきっかけで力の制御が外れてしまったらしい。
暴走した力で男達だけでなく助けようとした親子連れまで傷付けてしまう。
「間の悪い事にそこを通りがかった複数の人間に目撃され、騒がれた事で錯乱状態に陥ってしまったようです」
その時春人の腕には因子の力を示す刺青が出現しており、制御しきれていない雷が春人自身に纏わりついていた。これでは誤解するなと言う方が難しいだろう。
「実際、親子連れ共々傷付けてしまった事には変わりありません。その事実が余計に精神を追い詰めてしまったのでしょう」
錯乱状態から暴走した力は無差別攻撃となって荒れ狂う。
その時点で集まって来た野次馬などは逃げ出したのだが、取り残された親子連れの前に飛び出したのが黎明の覚者である夏樹だった。
「夏樹さんは破綻者を止めようとしているようですが、現場には動けなくなった親子連れと数人の男性が取り残されています。彼女達を庇いながらでは難しいでしょう」
破綻者を止める前にまずは動けない五人を救助しなければならない。
五人は一般人なのだ。これ以上春人の攻撃を受ければどうなるか分からない。
「破綻者の無差別攻撃はいつ誰に当たるか分かりません。救助する時も庇いながら安全な場所に運ぶ必要があります」
雷は春人を中心に荒れ狂っている。逃がす先はその場から十メートルほど離れるか、近くの住宅の中でもいい。雷は住宅の壁を貫通する力はなく、壁一枚隔てれば最低限の安全は確保できる。
「破綻者は一時的な錯乱状態に陥っていますが、まだ元に戻る事ができます。取り返しのつかない状態になる前に、皆さんで止めて下さい」
笠井 春人(かさい はると)に対する他者からの評価は「目立たない人」だった。
春人自身がそう振る舞っていたからだ。
だが、そうして守ってきた平穏は脆くも崩れ去った。
「いてえ……痛ぇよ……」
地面に倒れる男達。全身に裂傷を負い、所々火傷のようになっている。
近くに倒れていた母親は怯える娘を抱えて逃げようとしているが、両足が男達と同じような状態になっていて立ち上がる事もできない。
「違う……こんなつもりじゃ……」
春人は数人の男達に囲まれた親子連れを見て、助けようとしただけだ。
しかし、春人に気付いた男達が刃物を突き出して来た。それに激しい恐怖を感じた時、急激に湧き上がったものに一瞬頭の中が真っ白になる。
そして次に気付いた時はもうこの状態になっていたのだ。
「誰か来てくれ! 人が襲われてる!」
突然の声に振り返ると、路地に何人もの人間が集まっていた。
「ち、違う! 俺はこんなつもりじゃなかったんだ!」
叫ぶ春人。だが周囲から突き刺さるのは恐怖と軽蔑の視線。
どうして、なんで。今までずっと隠してきたのに。
「能力者……」
誰かの怯えた声が聞こえて来た。
はっとして腕を押さえると、力の余波で袖が千切れ飛んでいる事に気付いた。
そこにある刺青が光り輝いているのは見ないでも分かる。
これを隠すため、自分はずっと目立たないように生きて来た。特別なんていらなかった。皆と同じがよかった。いつかこうなる事が分かっていたからだ。
「なんで、なんでこんな物があるんだよ! なんで俺なんだよ!」
胸の奥でわだかまっていたものが一気に噴き出し、春人の叫びに合わせて周囲に雷が荒れ狂った。
「お母さん、こわいよー!」
それを見た少女が母親の腕の中で泣き叫ぶ。
「誰か助けてくれ! 化け物だああ!」
男が道路を這いずって喚く。
それを聞いた春人の目は正気を失いかけていた。
うるさい。うるさい。俺だって好きでこうなったわけじゃないのに!
「黙れえええええ!」
雷は容赦なく動けない親子連れと男達に襲い掛かったが、当たる直前に人影が割り込んで来た。
人影は避雷針となって雷を受け止め、苛立たし気に言う。
「よりによって破綻者か……」
突然現れた青年に対しても、春人の雷は無差別に襲い掛かる。
「この力が悪いんだ! 力さえなければ、こんな事にならなかった!」
春都の叫びに、青年の表情が一瞬歪む。
「消えろ、俺の中から全部消えろおおおお!」
激しい雷の余波をで青年の帽子が吹き飛び、尖った獣の耳がぴんと立つ。
青年……獣の因子を持つ黎明の覚者、日向 夏樹(ひゅうが なつき)は叫ぶ春人に舌打ちする。
荒れ狂う雷の避雷針となる夏樹の歯が鋭く尖り、腰に巻いたストールを跳ね飛ばして獣の尾が揺れる。
正気を失いかけて破綻者となった春人に向け、夏樹は小さく呟いた。
「お互い、運が悪かったな」
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「破綻者と黎明の覚者が鉢合わせしたようです」
久方 真由美(nCL2000003)が予知したのは笠井 春人と言う二十前後の破綻者と、黎明の覚者である日向 夏樹(ひゅうが なつき)の姿だった。
破綻者となる春人はずっと能力を隠して来たが、当日複数の男に脅される親子連れを助けようとして自身が危険に陥り、その動揺がきっかけで力の制御が外れてしまったらしい。
暴走した力で男達だけでなく助けようとした親子連れまで傷付けてしまう。
「間の悪い事にそこを通りがかった複数の人間に目撃され、騒がれた事で錯乱状態に陥ってしまったようです」
その時春人の腕には因子の力を示す刺青が出現しており、制御しきれていない雷が春人自身に纏わりついていた。これでは誤解するなと言う方が難しいだろう。
「実際、親子連れ共々傷付けてしまった事には変わりありません。その事実が余計に精神を追い詰めてしまったのでしょう」
錯乱状態から暴走した力は無差別攻撃となって荒れ狂う。
その時点で集まって来た野次馬などは逃げ出したのだが、取り残された親子連れの前に飛び出したのが黎明の覚者である夏樹だった。
「夏樹さんは破綻者を止めようとしているようですが、現場には動けなくなった親子連れと数人の男性が取り残されています。彼女達を庇いながらでは難しいでしょう」
破綻者を止める前にまずは動けない五人を救助しなければならない。
五人は一般人なのだ。これ以上春人の攻撃を受ければどうなるか分からない。
「破綻者の無差別攻撃はいつ誰に当たるか分かりません。救助する時も庇いながら安全な場所に運ぶ必要があります」
雷は春人を中心に荒れ狂っている。逃がす先はその場から十メートルほど離れるか、近くの住宅の中でもいい。雷は住宅の壁を貫通する力はなく、壁一枚隔てれば最低限の安全は確保できる。
「破綻者は一時的な錯乱状態に陥っていますが、まだ元に戻る事ができます。取り返しのつかない状態になる前に、皆さんで止めて下さい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.現場に取り残された五人の救助
2.破綻者の撃破
3.なし
2.破綻者の撃破
3.なし
さて幾度も厄介事に見舞われる黎明の覚者が、今度は年明けから破綻者と鉢合わせです。
●場所
平日の午前中、周辺住民くらいしか使わないような人気のない裏道です。
アスファルトの道幅は三メートル弱。片側に住宅が並び、反対側は用水路となっています。
用水路側は金網のフェンスがありますが、用水路の上には覆いがないためうっかりフェンスを突き破ると落ちます。結構な深さがあり流れも速いので気を付けて下さい。
●人物
・笠井 春人(かさい はると)/男/20歳前後/破綻者
覚醒したのはかなり前ですが、普通の暮らしを望み良くも悪くも騒ぎの種になる因子の力を忌避しています。覚醒してからは目立たないようひっそりと過ごして来ました。
親子連れが襲われる所に出くわし思わず助けようとしましたが、刃物を突き付けられた恐怖から力の制御が上手くいかなくなって親子連れもろとも人を傷付け、恐怖と拒絶の言葉に錯乱し暴走してしまいました。
・日向 夏樹(ひゅうが なつき)/男/18歳/覚者
『黎明』に所属する覚者。見た目はクールそうですが、中身はぼんやりしているのか気が付くとトラブルに巻き込まれて酷い目に遭うタイプのようです。
春人の暴走現場に居合わせ、現場に取り残された五人を庇いながら春人の対処に当たっていますが、一人では手が足りずじりじりと消耗しています。
・親子連れ/一般人
近所に住んでいる母親とその娘。保育園に向かう途中で男達に襲われそうになり、助けようとした春人の力の暴走で母親は両足を負傷し立てなくなりました。娘の方は無傷ですが、怯えて母親から離れようとしません。
・男×3/一般人
親子連れを襲おうとした三人組。全員成人しており体格もそれなりにいい方です。
春人の力の暴走で親子連れより深刻なダメージを受けて動けません。手助けしたとしても自力で立ち上がる事も歩く事も難しいでしょう。
●能力
・笠井 春人/破綻者(深度1)
彩の因子/天行
右腕上腕に刺青があります。力をひた隠しにしてきたため扱いが下手で、半ば錯乱状態な事もあってコントロールなしの無差別攻撃をひたすら繰り返しています。
どこに攻撃が行くか分からないので、要救助者を救出する際には注意が必要です。
攻撃力が跳ねあがっていますが、避ける、狙いをつけるなどの行動はほとんどせずに棒立ちに近い状態です。
半ば錯乱しているものの、呼びかけがあれば声は聞こえるようです。
・スキル
召雷(遠列/特攻ダメージ)
・日向 夏樹/覚者
獣の因子(戌)/木行
動けない五人を庇いながら破綻者と戦っています。
要望次第で救助活動も行いますが、特に指示がなければ五人が救助された後も破綻者との戦闘を続けます。
・スキル
深緑鞭(近単/特攻ダメージ)
棘一閃(遠単/特攻ダメージ+出血)
樹の雫(近単/回復補正+50%/HP回復)
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年01月20日
2016年01月20日
■メイン参加者 6人■

●
周囲に撒き散らされる雷が負傷して動けない母と恐怖に泣き続ける子供の方へ飛んだのを見て、何とか受け止める。
黎明の覚者である日向 夏樹(ひゅうが なつき)は我ながら何をやっているのかと思っていた。
目をやればこの雷を撒き散らす張本人たる破綻者が、叫び嘆く姿が見える。
「ちくしょう、ちくしょう! 何でまだ出てくるんだよ! 早く消えろ、消えろおおお!」
覚者だという事を隠していたのだろう。その理由も夏樹には何となく分かった。
「本当に……お互い運が悪かったな」
人を傷付け暴走する破綻者、笠井 春人(かさい はるひと)に、うっかり首を突っ込み倒れている人間を逃がす事もままならない自分が滑稽に思えた。
「いいですねぇ、多方面から絶望の織りなす音色。素晴らしい!」
何でこんな真似をするようになってしまったのかと思った時、聞き覚えのある声に思わず振り返る。
民家と用水路に挟まれた裏道では場違いな事この上ない絢爛な軍服に銀の仮面。
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)の登場に、夏樹は何故か安堵した。
「これはこれは日向君。パーティ会場が此方と聞きましたのでエヌ・ノウ・ネイムがお邪魔しますよ、と」
足元近くに飛来した春人の雷から身をかわしつつ軽く一礼。
「またおうたなあ」
おっとりした関西訛りで現れたのは本来の少女の姿ではなく妙齢の女性に変化した榊原 時雨
(CL2000418)。
「話は後にしよか。避難の方はうちらに任しとき」
時雨はそう言うと視線で「うちら」を示した。
「随分派手な荒れ方をする破綻者だな」
谷崎 結唯(CL2000305)は破綻者を前にしても眉ひとつ動かさず、冷静に観察している。
「相変わらずの巻き込まれ体質だな。ここまでくると頭が下がるわ」
冗談なのか本気なのか判断し難い調子で言う香月 凜音(CL2000495)。
「夏樹さん、また人を守ってたのか。ほんといい奴だな」
「そう言うわけじゃないんだけどな……」
成瀬 翔(CL2000063)の姿は成人男性のものだったが、ストレートな物言いと表情は本来の年齢そのままで、「いい奴」と言われた夏樹は複雑な表情を見せた。
その時、もう一人の覚者が現れると同時に春人に向かって艶舞・寂夜が放たれる。
「夏樹、怪我はないか?」
白と黒、金と黄緑。ツートンカラーの髪にオッドアイと言う一度見たら忘れない組み合わせ。
指崎 心琴(CL2001195)が仕掛けたのだ。
その力に対して春人は何か葛藤するような仕草を見せたが、抵抗に成功したらしく撒き散らされる雷の様子は変わらない。
「失敗か。決まれば少しは楽になったんだが」
「……君らも毎回巻き込まれに来るな」
六人の覚者が来た事で精神的に楽になったのか、夏樹の複雑そうな顔が苦笑を滲ませた。
「誰かさんが毎度事件に遭うからや」
「それを言わないでくれ……」
時雨にすばっと返され肩を落とす夏樹。どうやらふざける程度には余裕が出たらしい。
改めて覚者達は撒き散らされる雷から親子連れと男三人を守りつつ、それぞれの役割に分かれた。
「それじゃ僕は夏樹と残って破綻者を止める。救助は他のみんなに任せるぞ」
「……その……頼んだ」
心琴に続いて口を開いた夏樹のぎこちない声かけに、救助を担当する五人は任せろと請け負った。
●
「怪我してないか? 母ちゃんと一緒に逃げような。オレ達が守るからな」
翔はしゃくりあげる子供に声を掛けながら母親の足の様子を見た。
ズタズタに切り裂かれたような傷は深く、雷がいつ飛んでくるか分からない場所での治療は出来そうにない。
「お母さん、ケガ、治る?」
翔の表情から何か感じたのか、子供が不安そうな顔で再び泣き出しそうになっている。
「大丈夫やで。お母さんも一緒に助けたるから、ちょっとこっちにおいで……飴ちゃん要る?」
早くも涙が溢れてきた子供に時雨が飴を差し出す。
「すぐ安全な所まで連れてったるからな」
「母ちゃんの怪我もちゃんと治るぞ」
翔は時雨に子供を任せ、自分は母親を抱えあげた。
「ここから離れるから、しっかり捕まってろよ!」
「ほな出発進行や」
痛みで脂汗をかきはじめている母親を安心させる力強い翔の言葉と、泣きすぎて目が真っ赤な子供にわざと軽い口調で言う時雨。
打って変わってこの事件の元凶である男三人は、エヌにロックオンされた所だ。
「さてさて、ではこの男共の面倒を見ましょうか」
くるりと男達の方に振り向いたエヌは笑顔だ。
しかし、凜音と結唯の表情は冷たい。
「捨てといてもいいんじゃね? って思うけどなー」
「これも依頼だ」
立ち上がれもしない男三人は見た目に怪しいエヌ、お前らなどどうでもいいと言う風情の凜音と結唯に囲まれて目を白黒させている。
「助けてくれ……あいつら化け物だ……殺されちまう!」
「ん? 何か勘違いなさっていませんか」
にんまりと笑うエヌの手に青白くスパークする光。
男達が目を剥くと、そのすぐ近くに雷が落ちた。
「……あっは、残念ながら僕も怪物なんですよねぇえ?」
「ま、ま、ま……」
「ま?」
「待ってくれ……こ、殺さないでくれよ……!」
「なんでも、何でもするから!」
「口だけは達者ですねえ。ほらほら、打たれたくなければ這いずり回ってでも逃げて下さいね」
春人と夏樹の二人を化け物と言った男達は、三人目の登場と雷に完全に肝を潰した。
白めを剥いて大人しくなった男達はまるで荷物のようにアスファルトの上を引きずられる。
「ここなら大丈夫そうだな」
春人が暴れている場所から約10mは離れた所まで男達を引きずって来ると、先に到着していた翔が母親に癒しの滴での治療を試みている所だった。
凜音は母親の近くで不安そうにしている子供を見てから、まだ白目を剥いている男達を軽く蹴り飛ばして起こす。
「で、よ。助けてやってる俺達の言う事、聞けるよな?」
目を白黒させていた男達が自分に気付くのを待ち、威圧を兼ねて上から言い放つ。
「あの親子もそうだが、自分より弱いものに手を出すな。そういうのは何れ自分に跳ね返る。今日みたいにな」
「せやでぇ」
おっとりした声が聞こえた直後、男達の一人の真横にざくりと薙刀が突き立った。
「あかんよな、弱い者虐めは」
体が動かないため視線だけで薙刀の先を辿った男は時雨と目が合った。
「……次はあらへんよ?」
男達が再び白目を剥いたのは言うまでもない。
時雨に脅された男達が沈黙すると、凜音はいつも通りの雰囲気に戻って親子連れの所へ近寄る。
母親の足の裂傷は大分軽くなっており、子供の方もそれに安心したのか少し落ち着いていた。
「怖い思いをしたな。帰ったらゆっくり休むといい。親子仲良くな」
術式も万能ではない。母親の傷の深さを考えると神経に影響が出ていないとも限らないし、三人の男は警察に突き出した方がいいだろう。
まずは向こうの事を片付けねばと、凜音は後ろを振り返る。
●
五人が救助を行っている間も、心琴と夏樹は春人相手の交戦を続けていた。
春人の無力化のため艶舞・寂夜を試みていた心琴は救助対象が離れ始めたのを確認し、春人を説得するための防御姿勢へと行動を変えた。
しかし、すでに春人の力は本人では制御できない域にまで暴走し、その事がますます春人の混乱と恐怖を助長していた。
春人にとって、能力者は自分の日常には必要のない異質なものだった。
時折報道される隔者が起こした事件もそうだが、能力者を排除するため活動する憤怒者が引き起こす事件も、能力者が存在する事で変わって行く日常が嫌でたまらなかった。
「俺はこんな力いらなかったんだ!」
叫ぶ程に自分の中から荒れ狂う力の塊が雷となって迸る。
この雷が五人の人間を瞬く間になぎ倒し引き裂いたのだ。自分が、自分に宿ったこの力が。
「俺は、嫌だ……お前らみたいな化物になんて、なりたくなかったんだ!」
「僕らは化け物じゃない!」
春人の叫びに心琴が叫び返した。
体に負ったダメージは夏樹が回復していたが、攻撃の痛みよりも今春人が叫んだ内容にこそ痛みを感じる。
「僕らは因子があるだけの人間だ! お前も同じ人間だ!」
「嘘だ! 俺もお前らも化け物なんだよ! もう今までのように生きられないんだ!」
隠して来た力で人を傷付け、恐れて来た事が現実となったショックは強い。
春人の頭の中は恐怖と嫌悪の視線が、声が、化け物となった自分への絶望に満ちていた。
「呼び掛けて戻るような状態じゃないぞ」
夏樹の気力も大分減っている。五人を庇いながら戦っていた間に消耗していた分が痛い。
「普通の人間として生活したかった? 愚か者が」
不意に、雷が砕いたアスファルトの欠片を踏みしめる音と結唯の冷徹な声が聞こえる。
「自分の力すら制御できない奴がまともな生活を送れるものか」
救助に向かっていた全員がそこに集まっていた。
「害成すだけの存在やったらさっさと殺すんやけど……良かったな、自分。まだ戻れる可能性あるみたいやよ?」
「もど、れる? 俺は戻れるのか? 元の俺に、人間に戻れるのか?」
能力者が破綻者になるケースはそう多くない。
F.i.V.Eとして様々な情報が手に入る時雨達とは違い、一般人にとっては破綻者と隔者は同じものだ。「破綻者」と「隔者」に分ける事はしないし、その必要もない。
破綻者と言う概念を知らない一般社会で生きて来た春人にとって、「戻る」と言うのは因子を持たない人間に戻ると言う事なのだろう。
しかし、一瞬沈黙した覚者達の反応でそう言う意味でない事を悟った。
「戻りたいのか」
そう言ったのは夏樹だった。
「当たり前だ! お前言ったよな、運が悪かったって。お前だって戻りたいんじゃないのかよ!」
叫ぶ春人の周囲からまた新たな雷が放出される。
雷の眩しさに目を細めるように、夏樹は目を眇めて自分の発言を悔いたような表情を見せた。
「お前らだって思わないのかよ。自分達は化け物だ、人間じゃないって!」
心琴が否定した「化け物」と言う言葉は、まだ春人の中にある。
何よりも春人自身が自分をそう思っているのだ。
「感情が昂り過ぎて駄目だな」
凜音はため息交じりに飛んできた雷を避け、水衣で前衛に立つ者を覆う。
穏便に済ますわけにはいかないようだ。
「しかし、その程度で化け物を自覚なさるとは少々お笑い草ですね」
最初から穏便に済ます気がないであろうエヌの声は楽し気だ。
「良いでしょう、僭越ながらこの僕が本当の『化け物』と言う代物をその身で教えて差し上げますよ」
容赦なく、手加減なく、エヌの全力の雷獣が周囲に轟く咆哮を上げて春人に襲い掛かった。
「ガッ……!」
激しい雷撃は春人の喉を塞ぎ苦痛の声も途切れさせる。
本格的な戦闘に入ると、春人の無差別攻撃も夏樹を含めれば七人となる覚者達の前ではあまり意味を成さなくなっていた。
「殺しはせんけど、ちょっと痛いからな?」
時雨は一言断りを入れつつ貫殺撃を叩き込む。
「ちょっとじゃねえよ、すげえ痛え……痛えのに骨すら折れてねえ……」
喚き散らす春人の声とがは徐々に錯乱しただけのものから暗く危険な物へと変わりつつあった。
「は、はは……やっぱ俺もう人間じゃないんだ……あの時なんで飛び出したんだろうなあ……」
自分の力を理解し始め、それが余計に春人の精神を追い詰めているのだろう。
「笠井春人、お前は間違ってない。できるから。力があるから守りたいと思った。そうだろう?」
心琴は事の発端となった春人の行動に、彼自身の優しさを見ていた。
「大丈夫だ。お前は化け物じゃない! どこにでもいる善良な市民だ!」
熱く呼び掛ける心琴に対し、あくまで冷静に諭すのは結唯である。
「助けようとして来たのにその相手を傷付けては本末転倒だろう」
琴桜の一撃と共に叩きつけられる冷徹な言葉。
「力に怯えるな。それはお前自身だ」
望まぬ力だからと言って怯えて逃げ続けていては駄目なのだ。
それでは今のように力に振り回され、破滅してしまうだろう。
「いらない力だったとしても、これはお前の力だろ! お前がコントロールしないでどうすんだ!」
確かに春人は人を傷付けてしまったが、あの母子を助けようとしたのは間違いないのだ。
このまま破綻者として破滅させる訳にはいかない。
「力に飲まれてんじゃねーよ!」
とどめとなる雷獣の一撃を受け、春人の体が吹き飛んでいった。
●
雷に打たれ、吹き飛びながら見上げた空が青かった。
「……そんな夢オチだったらよかったなあ」
「良かった。目が覚めたな」
目を開いた春人に、近くにいた翔と心琴がほっと一息つく。
親子連れは病院に、三人の男達は警察に行き、残っているのは春人と覚者達だけだった。
「俺、ほんとに能力者って言うのになったんだな……」
「普通の人間の生活に戻りたいか?」
春人の呟きに結唯が問いかけると、乾いた笑いが返って来た。
「戻れないんだろ?」
「覚者になった時点でそんなものは不可能だ」
「そうだよな……」
春人は取り乱す様子はなかったが、表情は暗く俯いたままだ。
「その有様では今回のような暴走はまた起こりかねん。そうならん為に訓練でもした方がいいだろう」
「訓練?」
「うちの組織で訓練だけでも受けるか? 無論強制はしない」
今度の反応は戸惑いだった。
しかし、春人自身がその必要性を感じているのは明らかだ。
「良かったら力の使い方練習しねーか?」
「隠してきたモノを出すなんてすごい勇気がいるだろう。それを成し遂げたお前はすごいんだ! 後は力の使い方さえ身に着ければもうこんな事は起きないぞ!」
春人は三人の言葉にすぐには答えられず黙り込んだが、返答を急かす者はいなかった。
その様子を少し離れて眺めていたエヌが言う。
「僕としては勧誘したいんですがねぇ。日向君と同じトラブルメーカーの香りがしますし、きっと愉快な光景をたくさん作って下さると思うんですが、ね」
「俺も好きでこうなったんじゃない……」
エヌの台詞に落ち込む夏樹。
その肩を時雨と凜音がぽんと叩いた。
「夏樹さん、本当あれやな……まぁ、義を見てせざるは勇無きなりやっけ? ええ事したなあ」
「しっかし、お前災難続きだよな。いっそのこと俺たちの所にでも来るか?」
「それで毎回こんな風にいじられるのか……」
曖昧な笑みでお茶を濁す二人と平然としている約一名。
夏樹は勘弁してくれと肩を落としたが、春人と覚者達を見ると少し表情を改めた。
「君らなら、あの破綻者……もう覚者か。彼も悪いようにはしないだろうな」
夏樹の言葉に当然と言ったような答えを返す三人。
「まぁ、こんな騒ぎ起こして普通に暮らすのも無理あるやろし、暫く覚者に囲まれて生活してみんか誘ってみるつもりや」
「俺も声を掛けるつもりだ。お前もあいつも放置したらまた類似案件が発生しそうだしな」
「……くそ、反論できない」
そうやってじゃれ合うようなやりとりをする様子を、春人もまた眺めていた。
右腕の刺青が現れる前からずっと、能力者は日常を壊す存在でしかなかったし、それが事実である事は今身を以て思い知らされた。
だが、化け物と思っていた……正直に言えば今も思っている存在にも、こうして言葉を交わし、人を助け仲間とふざけ合うような心があるのだ。
「俺も、そんな『化け物』になれるかな」
人の心を持ち、人として生き、人を守り助ける『化け物』に。
因子の力を得てから目立たないよう人から隠れるように生きて来た春人にとって、その一言は自分の人生を変える決意の言葉であった。
周囲に撒き散らされる雷が負傷して動けない母と恐怖に泣き続ける子供の方へ飛んだのを見て、何とか受け止める。
黎明の覚者である日向 夏樹(ひゅうが なつき)は我ながら何をやっているのかと思っていた。
目をやればこの雷を撒き散らす張本人たる破綻者が、叫び嘆く姿が見える。
「ちくしょう、ちくしょう! 何でまだ出てくるんだよ! 早く消えろ、消えろおおお!」
覚者だという事を隠していたのだろう。その理由も夏樹には何となく分かった。
「本当に……お互い運が悪かったな」
人を傷付け暴走する破綻者、笠井 春人(かさい はるひと)に、うっかり首を突っ込み倒れている人間を逃がす事もままならない自分が滑稽に思えた。
「いいですねぇ、多方面から絶望の織りなす音色。素晴らしい!」
何でこんな真似をするようになってしまったのかと思った時、聞き覚えのある声に思わず振り返る。
民家と用水路に挟まれた裏道では場違いな事この上ない絢爛な軍服に銀の仮面。
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)の登場に、夏樹は何故か安堵した。
「これはこれは日向君。パーティ会場が此方と聞きましたのでエヌ・ノウ・ネイムがお邪魔しますよ、と」
足元近くに飛来した春人の雷から身をかわしつつ軽く一礼。
「またおうたなあ」
おっとりした関西訛りで現れたのは本来の少女の姿ではなく妙齢の女性に変化した榊原 時雨
(CL2000418)。
「話は後にしよか。避難の方はうちらに任しとき」
時雨はそう言うと視線で「うちら」を示した。
「随分派手な荒れ方をする破綻者だな」
谷崎 結唯(CL2000305)は破綻者を前にしても眉ひとつ動かさず、冷静に観察している。
「相変わらずの巻き込まれ体質だな。ここまでくると頭が下がるわ」
冗談なのか本気なのか判断し難い調子で言う香月 凜音(CL2000495)。
「夏樹さん、また人を守ってたのか。ほんといい奴だな」
「そう言うわけじゃないんだけどな……」
成瀬 翔(CL2000063)の姿は成人男性のものだったが、ストレートな物言いと表情は本来の年齢そのままで、「いい奴」と言われた夏樹は複雑な表情を見せた。
その時、もう一人の覚者が現れると同時に春人に向かって艶舞・寂夜が放たれる。
「夏樹、怪我はないか?」
白と黒、金と黄緑。ツートンカラーの髪にオッドアイと言う一度見たら忘れない組み合わせ。
指崎 心琴(CL2001195)が仕掛けたのだ。
その力に対して春人は何か葛藤するような仕草を見せたが、抵抗に成功したらしく撒き散らされる雷の様子は変わらない。
「失敗か。決まれば少しは楽になったんだが」
「……君らも毎回巻き込まれに来るな」
六人の覚者が来た事で精神的に楽になったのか、夏樹の複雑そうな顔が苦笑を滲ませた。
「誰かさんが毎度事件に遭うからや」
「それを言わないでくれ……」
時雨にすばっと返され肩を落とす夏樹。どうやらふざける程度には余裕が出たらしい。
改めて覚者達は撒き散らされる雷から親子連れと男三人を守りつつ、それぞれの役割に分かれた。
「それじゃ僕は夏樹と残って破綻者を止める。救助は他のみんなに任せるぞ」
「……その……頼んだ」
心琴に続いて口を開いた夏樹のぎこちない声かけに、救助を担当する五人は任せろと請け負った。
●
「怪我してないか? 母ちゃんと一緒に逃げような。オレ達が守るからな」
翔はしゃくりあげる子供に声を掛けながら母親の足の様子を見た。
ズタズタに切り裂かれたような傷は深く、雷がいつ飛んでくるか分からない場所での治療は出来そうにない。
「お母さん、ケガ、治る?」
翔の表情から何か感じたのか、子供が不安そうな顔で再び泣き出しそうになっている。
「大丈夫やで。お母さんも一緒に助けたるから、ちょっとこっちにおいで……飴ちゃん要る?」
早くも涙が溢れてきた子供に時雨が飴を差し出す。
「すぐ安全な所まで連れてったるからな」
「母ちゃんの怪我もちゃんと治るぞ」
翔は時雨に子供を任せ、自分は母親を抱えあげた。
「ここから離れるから、しっかり捕まってろよ!」
「ほな出発進行や」
痛みで脂汗をかきはじめている母親を安心させる力強い翔の言葉と、泣きすぎて目が真っ赤な子供にわざと軽い口調で言う時雨。
打って変わってこの事件の元凶である男三人は、エヌにロックオンされた所だ。
「さてさて、ではこの男共の面倒を見ましょうか」
くるりと男達の方に振り向いたエヌは笑顔だ。
しかし、凜音と結唯の表情は冷たい。
「捨てといてもいいんじゃね? って思うけどなー」
「これも依頼だ」
立ち上がれもしない男三人は見た目に怪しいエヌ、お前らなどどうでもいいと言う風情の凜音と結唯に囲まれて目を白黒させている。
「助けてくれ……あいつら化け物だ……殺されちまう!」
「ん? 何か勘違いなさっていませんか」
にんまりと笑うエヌの手に青白くスパークする光。
男達が目を剥くと、そのすぐ近くに雷が落ちた。
「……あっは、残念ながら僕も怪物なんですよねぇえ?」
「ま、ま、ま……」
「ま?」
「待ってくれ……こ、殺さないでくれよ……!」
「なんでも、何でもするから!」
「口だけは達者ですねえ。ほらほら、打たれたくなければ這いずり回ってでも逃げて下さいね」
春人と夏樹の二人を化け物と言った男達は、三人目の登場と雷に完全に肝を潰した。
白めを剥いて大人しくなった男達はまるで荷物のようにアスファルトの上を引きずられる。
「ここなら大丈夫そうだな」
春人が暴れている場所から約10mは離れた所まで男達を引きずって来ると、先に到着していた翔が母親に癒しの滴での治療を試みている所だった。
凜音は母親の近くで不安そうにしている子供を見てから、まだ白目を剥いている男達を軽く蹴り飛ばして起こす。
「で、よ。助けてやってる俺達の言う事、聞けるよな?」
目を白黒させていた男達が自分に気付くのを待ち、威圧を兼ねて上から言い放つ。
「あの親子もそうだが、自分より弱いものに手を出すな。そういうのは何れ自分に跳ね返る。今日みたいにな」
「せやでぇ」
おっとりした声が聞こえた直後、男達の一人の真横にざくりと薙刀が突き立った。
「あかんよな、弱い者虐めは」
体が動かないため視線だけで薙刀の先を辿った男は時雨と目が合った。
「……次はあらへんよ?」
男達が再び白目を剥いたのは言うまでもない。
時雨に脅された男達が沈黙すると、凜音はいつも通りの雰囲気に戻って親子連れの所へ近寄る。
母親の足の裂傷は大分軽くなっており、子供の方もそれに安心したのか少し落ち着いていた。
「怖い思いをしたな。帰ったらゆっくり休むといい。親子仲良くな」
術式も万能ではない。母親の傷の深さを考えると神経に影響が出ていないとも限らないし、三人の男は警察に突き出した方がいいだろう。
まずは向こうの事を片付けねばと、凜音は後ろを振り返る。
●
五人が救助を行っている間も、心琴と夏樹は春人相手の交戦を続けていた。
春人の無力化のため艶舞・寂夜を試みていた心琴は救助対象が離れ始めたのを確認し、春人を説得するための防御姿勢へと行動を変えた。
しかし、すでに春人の力は本人では制御できない域にまで暴走し、その事がますます春人の混乱と恐怖を助長していた。
春人にとって、能力者は自分の日常には必要のない異質なものだった。
時折報道される隔者が起こした事件もそうだが、能力者を排除するため活動する憤怒者が引き起こす事件も、能力者が存在する事で変わって行く日常が嫌でたまらなかった。
「俺はこんな力いらなかったんだ!」
叫ぶ程に自分の中から荒れ狂う力の塊が雷となって迸る。
この雷が五人の人間を瞬く間になぎ倒し引き裂いたのだ。自分が、自分に宿ったこの力が。
「俺は、嫌だ……お前らみたいな化物になんて、なりたくなかったんだ!」
「僕らは化け物じゃない!」
春人の叫びに心琴が叫び返した。
体に負ったダメージは夏樹が回復していたが、攻撃の痛みよりも今春人が叫んだ内容にこそ痛みを感じる。
「僕らは因子があるだけの人間だ! お前も同じ人間だ!」
「嘘だ! 俺もお前らも化け物なんだよ! もう今までのように生きられないんだ!」
隠して来た力で人を傷付け、恐れて来た事が現実となったショックは強い。
春人の頭の中は恐怖と嫌悪の視線が、声が、化け物となった自分への絶望に満ちていた。
「呼び掛けて戻るような状態じゃないぞ」
夏樹の気力も大分減っている。五人を庇いながら戦っていた間に消耗していた分が痛い。
「普通の人間として生活したかった? 愚か者が」
不意に、雷が砕いたアスファルトの欠片を踏みしめる音と結唯の冷徹な声が聞こえる。
「自分の力すら制御できない奴がまともな生活を送れるものか」
救助に向かっていた全員がそこに集まっていた。
「害成すだけの存在やったらさっさと殺すんやけど……良かったな、自分。まだ戻れる可能性あるみたいやよ?」
「もど、れる? 俺は戻れるのか? 元の俺に、人間に戻れるのか?」
能力者が破綻者になるケースはそう多くない。
F.i.V.Eとして様々な情報が手に入る時雨達とは違い、一般人にとっては破綻者と隔者は同じものだ。「破綻者」と「隔者」に分ける事はしないし、その必要もない。
破綻者と言う概念を知らない一般社会で生きて来た春人にとって、「戻る」と言うのは因子を持たない人間に戻ると言う事なのだろう。
しかし、一瞬沈黙した覚者達の反応でそう言う意味でない事を悟った。
「戻りたいのか」
そう言ったのは夏樹だった。
「当たり前だ! お前言ったよな、運が悪かったって。お前だって戻りたいんじゃないのかよ!」
叫ぶ春人の周囲からまた新たな雷が放出される。
雷の眩しさに目を細めるように、夏樹は目を眇めて自分の発言を悔いたような表情を見せた。
「お前らだって思わないのかよ。自分達は化け物だ、人間じゃないって!」
心琴が否定した「化け物」と言う言葉は、まだ春人の中にある。
何よりも春人自身が自分をそう思っているのだ。
「感情が昂り過ぎて駄目だな」
凜音はため息交じりに飛んできた雷を避け、水衣で前衛に立つ者を覆う。
穏便に済ますわけにはいかないようだ。
「しかし、その程度で化け物を自覚なさるとは少々お笑い草ですね」
最初から穏便に済ます気がないであろうエヌの声は楽し気だ。
「良いでしょう、僭越ながらこの僕が本当の『化け物』と言う代物をその身で教えて差し上げますよ」
容赦なく、手加減なく、エヌの全力の雷獣が周囲に轟く咆哮を上げて春人に襲い掛かった。
「ガッ……!」
激しい雷撃は春人の喉を塞ぎ苦痛の声も途切れさせる。
本格的な戦闘に入ると、春人の無差別攻撃も夏樹を含めれば七人となる覚者達の前ではあまり意味を成さなくなっていた。
「殺しはせんけど、ちょっと痛いからな?」
時雨は一言断りを入れつつ貫殺撃を叩き込む。
「ちょっとじゃねえよ、すげえ痛え……痛えのに骨すら折れてねえ……」
喚き散らす春人の声とがは徐々に錯乱しただけのものから暗く危険な物へと変わりつつあった。
「は、はは……やっぱ俺もう人間じゃないんだ……あの時なんで飛び出したんだろうなあ……」
自分の力を理解し始め、それが余計に春人の精神を追い詰めているのだろう。
「笠井春人、お前は間違ってない。できるから。力があるから守りたいと思った。そうだろう?」
心琴は事の発端となった春人の行動に、彼自身の優しさを見ていた。
「大丈夫だ。お前は化け物じゃない! どこにでもいる善良な市民だ!」
熱く呼び掛ける心琴に対し、あくまで冷静に諭すのは結唯である。
「助けようとして来たのにその相手を傷付けては本末転倒だろう」
琴桜の一撃と共に叩きつけられる冷徹な言葉。
「力に怯えるな。それはお前自身だ」
望まぬ力だからと言って怯えて逃げ続けていては駄目なのだ。
それでは今のように力に振り回され、破滅してしまうだろう。
「いらない力だったとしても、これはお前の力だろ! お前がコントロールしないでどうすんだ!」
確かに春人は人を傷付けてしまったが、あの母子を助けようとしたのは間違いないのだ。
このまま破綻者として破滅させる訳にはいかない。
「力に飲まれてんじゃねーよ!」
とどめとなる雷獣の一撃を受け、春人の体が吹き飛んでいった。
●
雷に打たれ、吹き飛びながら見上げた空が青かった。
「……そんな夢オチだったらよかったなあ」
「良かった。目が覚めたな」
目を開いた春人に、近くにいた翔と心琴がほっと一息つく。
親子連れは病院に、三人の男達は警察に行き、残っているのは春人と覚者達だけだった。
「俺、ほんとに能力者って言うのになったんだな……」
「普通の人間の生活に戻りたいか?」
春人の呟きに結唯が問いかけると、乾いた笑いが返って来た。
「戻れないんだろ?」
「覚者になった時点でそんなものは不可能だ」
「そうだよな……」
春人は取り乱す様子はなかったが、表情は暗く俯いたままだ。
「その有様では今回のような暴走はまた起こりかねん。そうならん為に訓練でもした方がいいだろう」
「訓練?」
「うちの組織で訓練だけでも受けるか? 無論強制はしない」
今度の反応は戸惑いだった。
しかし、春人自身がその必要性を感じているのは明らかだ。
「良かったら力の使い方練習しねーか?」
「隠してきたモノを出すなんてすごい勇気がいるだろう。それを成し遂げたお前はすごいんだ! 後は力の使い方さえ身に着ければもうこんな事は起きないぞ!」
春人は三人の言葉にすぐには答えられず黙り込んだが、返答を急かす者はいなかった。
その様子を少し離れて眺めていたエヌが言う。
「僕としては勧誘したいんですがねぇ。日向君と同じトラブルメーカーの香りがしますし、きっと愉快な光景をたくさん作って下さると思うんですが、ね」
「俺も好きでこうなったんじゃない……」
エヌの台詞に落ち込む夏樹。
その肩を時雨と凜音がぽんと叩いた。
「夏樹さん、本当あれやな……まぁ、義を見てせざるは勇無きなりやっけ? ええ事したなあ」
「しっかし、お前災難続きだよな。いっそのこと俺たちの所にでも来るか?」
「それで毎回こんな風にいじられるのか……」
曖昧な笑みでお茶を濁す二人と平然としている約一名。
夏樹は勘弁してくれと肩を落としたが、春人と覚者達を見ると少し表情を改めた。
「君らなら、あの破綻者……もう覚者か。彼も悪いようにはしないだろうな」
夏樹の言葉に当然と言ったような答えを返す三人。
「まぁ、こんな騒ぎ起こして普通に暮らすのも無理あるやろし、暫く覚者に囲まれて生活してみんか誘ってみるつもりや」
「俺も声を掛けるつもりだ。お前もあいつも放置したらまた類似案件が発生しそうだしな」
「……くそ、反論できない」
そうやってじゃれ合うようなやりとりをする様子を、春人もまた眺めていた。
右腕の刺青が現れる前からずっと、能力者は日常を壊す存在でしかなかったし、それが事実である事は今身を以て思い知らされた。
だが、化け物と思っていた……正直に言えば今も思っている存在にも、こうして言葉を交わし、人を助け仲間とふざけ合うような心があるのだ。
「俺も、そんな『化け物』になれるかな」
人の心を持ち、人として生き、人を守り助ける『化け物』に。
因子の力を得てから目立たないよう人から隠れるように生きて来た春人にとって、その一言は自分の人生を変える決意の言葉であった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
