≪百・獣・進・撃≫報酬は鹿せんべい
●
「班長! 東からも妖が!」
「数が増えてます!」
古い家屋が立ち並びどこかのんびりとした雰囲気が漂う町が一転、厳めしい武装をしたAAA職員と妖が大立ち回りを行う戦場と化していた。
鹿が妖になっている!
民間からの情報を得たAAAが現場に急行した頃にはその数と発生地点は拡大。
AAAの努力によって一般人への被害は抑えられたものの、妖への対処を行う現場では混乱が続いていた。
男が戦っているこの場でも、すでに立っているのは男と助っ人のみ。
彼等は鉄道に繋がる道に立っている。
妖が線路に向かって移動を始めたと聞いて近くにいた者を呼び集めて戦っていたのだが、集まって来る妖を前に苦戦を強いられていた。
「すまん、報酬の鹿せんべいは払えないかもしれない」
荒い息を吐く男の隣にはこの戦いの中で得た助っ人がいた。
つぶらな黒い瞳に濡れた鼻。すらりと伸びた四本の足。
「気にする事はない。最近観光客からもらいすぎてな。吾輩も少し控えようと思っていたところだ」
ほれぼれするような低音ボイスで答えるのは一匹の鹿だった。
「お前も奈良の市民だ。これ以上戦う事はないんだぞ」
「何を言うか。吾輩と共にこの地で生きて来た奈良の民すべてが危険に晒されておるのだ。吾輩が尻尾を巻いて逃げるわけにいかん」
「巻けるほど長くないだろ」
無理矢理軽口を叩く男に、鹿がくくくと笑う。
「それだけ言えればまだやれよう」
「当たり前だ。F.i.V.E.が到着するまで俺達が奈良の町と市民を守る!」
角切を済ませたはずの頭から新たな角を生やした鹿と銃を構えた男。
一人と一匹はニヒルな笑みを交わし、命の限り妖に立ち向かって行く。
●
「鹿がピンチだ! いや奈良がピンチだ!」
身を乗り出した久方 相馬(nCL2000004)が伝えたのは奈良で起きた異常事態とAAAからの救援要請だった。
「奈良で妖の発見報告が急増していて、AAAで調査を行っていたらしいんだ。その増加傾向が異常でF.i.V.E.にも強力してほしいと依頼が来ていたんだよ」
夢見の予知でも奈良で起きる妖事件が多く報告されていた。
「どうも妖は奈良の鉄道を狙っているらしい。鉄道付近での事件が集中している」
何故妖が鉄道を狙うのか?
覚者からの質問に相馬は首を横に振る。
「理由は分からない。だが鉄道を狙っているのは確かだ。もし鉄道を破壊されれば奈良のライフラインが一つ断たれてしまう。
AAAも必死に対処しているが、数が多くて手が回り切らない」
相馬が見た予知でもAAAが奮闘していたが、力及ばず倒れてしまうのだと言う。
「AAAの奮闘ぶりに心を打たれたのか思わぬ助っ人も参戦してたんだけどな……」
それは古妖だと思われる一匹の鹿だった。
AAA職員と奮闘したものの、妖の増援に抵抗しきれず予知夢の中では職員と共に力尽きてしまっていた。
「命懸けで戦っているAAAと鹿がいるんだ。F.i.V.E.も彼等と共に戦って鹿がのんびり過ごせる平和な奈良を守ってくれ!」
拳を握る相馬の懐から、ちらりと鹿せんべいの袋が見えた気がした。
「班長! 東からも妖が!」
「数が増えてます!」
古い家屋が立ち並びどこかのんびりとした雰囲気が漂う町が一転、厳めしい武装をしたAAA職員と妖が大立ち回りを行う戦場と化していた。
鹿が妖になっている!
民間からの情報を得たAAAが現場に急行した頃にはその数と発生地点は拡大。
AAAの努力によって一般人への被害は抑えられたものの、妖への対処を行う現場では混乱が続いていた。
男が戦っているこの場でも、すでに立っているのは男と助っ人のみ。
彼等は鉄道に繋がる道に立っている。
妖が線路に向かって移動を始めたと聞いて近くにいた者を呼び集めて戦っていたのだが、集まって来る妖を前に苦戦を強いられていた。
「すまん、報酬の鹿せんべいは払えないかもしれない」
荒い息を吐く男の隣にはこの戦いの中で得た助っ人がいた。
つぶらな黒い瞳に濡れた鼻。すらりと伸びた四本の足。
「気にする事はない。最近観光客からもらいすぎてな。吾輩も少し控えようと思っていたところだ」
ほれぼれするような低音ボイスで答えるのは一匹の鹿だった。
「お前も奈良の市民だ。これ以上戦う事はないんだぞ」
「何を言うか。吾輩と共にこの地で生きて来た奈良の民すべてが危険に晒されておるのだ。吾輩が尻尾を巻いて逃げるわけにいかん」
「巻けるほど長くないだろ」
無理矢理軽口を叩く男に、鹿がくくくと笑う。
「それだけ言えればまだやれよう」
「当たり前だ。F.i.V.E.が到着するまで俺達が奈良の町と市民を守る!」
角切を済ませたはずの頭から新たな角を生やした鹿と銃を構えた男。
一人と一匹はニヒルな笑みを交わし、命の限り妖に立ち向かって行く。
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「鹿がピンチだ! いや奈良がピンチだ!」
身を乗り出した久方 相馬(nCL2000004)が伝えたのは奈良で起きた異常事態とAAAからの救援要請だった。
「奈良で妖の発見報告が急増していて、AAAで調査を行っていたらしいんだ。その増加傾向が異常でF.i.V.E.にも強力してほしいと依頼が来ていたんだよ」
夢見の予知でも奈良で起きる妖事件が多く報告されていた。
「どうも妖は奈良の鉄道を狙っているらしい。鉄道付近での事件が集中している」
何故妖が鉄道を狙うのか?
覚者からの質問に相馬は首を横に振る。
「理由は分からない。だが鉄道を狙っているのは確かだ。もし鉄道を破壊されれば奈良のライフラインが一つ断たれてしまう。
AAAも必死に対処しているが、数が多くて手が回り切らない」
相馬が見た予知でもAAAが奮闘していたが、力及ばず倒れてしまうのだと言う。
「AAAの奮闘ぶりに心を打たれたのか思わぬ助っ人も参戦してたんだけどな……」
それは古妖だと思われる一匹の鹿だった。
AAA職員と奮闘したものの、妖の増援に抵抗しきれず予知夢の中では職員と共に力尽きてしまっていた。
「命懸けで戦っているAAAと鹿がいるんだ。F.i.V.E.も彼等と共に戦って鹿がのんびり過ごせる平和な奈良を守ってくれ!」
拳を握る相馬の懐から、ちらりと鹿せんべいの袋が見えた気がした。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
KSKSTの企画に参加させていただきました。
奈良を襲う妖の急増事件。
状況は厳しくAAAからの救援依頼が届いたようです。
●場所
奈良の古い建物が並ぶ一角。
普段はそこそこの交通量がある道路が主戦場になります。
大型トラックがすれ違える程度の幅があり両側に歩道もありますが、こちらは人がすれ違うのがやっとと言うくらい細いです。
歩道に面して木造二階建ての古い民家が並んでおり、家と家の感覚は人が通れないほど狭いです。
なおAAA職員が通行止めを済ませているので車が入って来る心配はありませんが、家の中に避難誘導に応じなかった一般人がいる可能性はあります。
●味方
・AAA職員/非覚者×4(戦闘できる状態なのは一名)
鉄道に向かおうとする妖と戦っていますが、皆様が到着した時点では戦闘場所では三名が行動不能になっていると思われます。
この三名を残したまま戦闘を行うと巻き込んでしまいますが、3mほど離れた場所にある細い路地まで連れて行けば後はF.i.V.E.の人員が安全な所まで連れて行きます。
残った職員は「佐野 隆(さの たかし)」と言うAAA職員。
タフで動物好き。銃の扱いに長けています。
火薬の臭いが染みくと動物が嫌がるのが悩み。
スキル
アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
コンバットナイフ(近単/物理ダメージ)
・鹿/古妖
「吾輩は鹿である」と名乗る古妖。
普段はただの鹿としてのんびり過ごしていますが、今回の事件で仲間の鹿が被害を受け、愛する奈良の民が危険に晒されている事に憤慨し参戦。
AAA職員と共闘し、戦場の絆を結んで奮闘しています。
スキル
いかづち(遠単/特攻ダメージ+痺れ)
脛蹴り(近単/物理ダメージ+減速)
●敵
・鹿鬼/妖/動物系ランク2
前衛3体
鹿の頭に二足歩行する筋骨隆々の人間のような体。
物理攻撃しか使いませんが、二種の状態異常持ちです。
防御力と体力は攻撃力に比べると劣りますが、けして低くはありません。
スキル
殴打(近単/物理ダメージ)
頭蓋砕き(近単/物理ダメージ+混乱)
噛み潰し(近単/物理ダメージ+出血)
・火鹿/妖/動物系ランク2
中衛2体
見た目は燃える角を持った鹿。
特殊攻撃能力が高く、火傷の状態異常を引き起こします。
鹿鬼に比べ体力、防御力共に低くその分動きが素早い。
スキル
火炎角(近単/特攻ダメージ+火傷)
火炎弾(遠単/特攻ダメージ+火傷)
●補足
戦っているAAA職員と古妖の生存は成功条件には入っていません。
こちらから何も言わなければ共闘する事になりますが、行動不能になっている他のAAA職員の運搬と護衛を任せて戦闘区域から離れてもらう事もできます。
情報は以上となります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年06月08日
2016年06月08日
■メイン参加者 8人■

●
古都の名残を感じさせる古い町並み。
いつもなら顔なじみ同士で談笑したり観光客が行き交ったりする姿が見られるのだが、今この町を駆け回っているのは突如増加した妖怪とその対処に走るAAAの職員達。
そして彼等から救援要請を受け駆け付けたF.i.V.Eの覚者である。
「鹿の町で鹿と共に鹿を倒した報酬が鹿せんべいなのか」
「鹿ばっかすぎて鹿がゲシュタルト崩壊しそうだ」
共に白い髪に今一つ内心を読み切れない茫洋とした表情の由比 久永(CL2000540)と葉柳 白露(CL2001329)が呟く。
二人の声が聞こえた岩倉・盾護(CL2000549)が帽子のつばをいじり少し考える。
「熊さん退治、終了。鹿さん退治、入りました。奈良県、妖、大フィーバー?」
間違ってはいないが緊張感に欠ける台詞である。
しかし彼等の足は目的地に向かった止まることなく走り続けていた。
「最近こういう妖的なものが多くなったよね」
並走する鳴神 零(CL2000669)の長い黒髪と赤い飾り紐が走る速度のためにほぼ水平になびいている。
「いやな予感がするっていうか、いやな予感しかしないっていうか」
「お互いに干渉しないのであれば何の問題もないのに、最近の妖はどうしてこんなに人に危害を加えようとしているのでしょうか」
柳 燐花(CL2000695)の黒い猫の尾が彼女の乏しい表情の代わりに疑問に揺れる。
奈良に現れた妖は単に暴れまわる以外にも何故か鉄道を狙っていると言う。妖が何故わざわざ鉄道を狙うのかは不明である。
「まあ、とりあえず僕らはAAA職員の救出と妖退治をしないとね」
疑問は最もだが今は救援要請に応えなければと普段のあご髭を生やした中年近い姿から二十代の姿に変化している蘇我島 恭司(CL2001015)が言う。
目的地に近付く程に感じる切迫した雰囲気が一同の足を早めた。
路地を駆け抜けた先に見えたのは居並ぶ妖を前に銃を構え退治するAAA職員と、一匹の鹿だった。
ボディビルダーのような筋骨隆々の体躯の上に鹿の頭を載せた鹿鬼と、燃える角を備えた火鹿を前に一歩も引こうとしない。
「F.i.V.E.が到着するまで俺達が奈良の町と市民を守る!」
佐野が銃を構え、鹿が角を振り上げた。
妖はたった一人と一匹の抵抗を弄るかのようにじわりと距離を詰める。
「待たせたな」
わざとらしく拳を振り上げた妖の前に三島 柾(CL2001148)が立ちはだかった。
●
「遅れてごめんな! 助けに来たぜ!」
黒崎 ヤマト(CL2001083)が隣に表れ、柾の赤く輝く刺青とヤマトの黒い翼、続々と駆けつける覚者達に佐野が快哉を叫ぶ。
「F.i.V.E……来てくれたのか!」
「ほう、これが例の……」
少年のように目を輝かせた佐野と落ち着いた低音ボイスで呟く鹿。
「遅くなっちゃったけど、Fiveから応援に来たよ。とりあえず、倒れてる人の救出を手伝ってもらえるかな?」
恭司が佐野と鹿に周囲で倒れているAAA職員達の救助を頼むと、柾がサポートのために少し離れた路地に待機しているF.i.V.Eの人間を指し示す。
「ここは一旦俺達に任せてくれ。佐野と……古妖は倒れているAAAを向こうの細い路地まで運んでもらえないか? 後の手当と避難はF.i.V.Eの仲間がしてくれるはずだ」
「そうそう、こんなところで寝ていたらあっぶないよ!」
ふっと頭上にかかった影がなんなのか、佐野は一瞬わからなかった。
それが倒れていたAAAの同僚であると気付いてあわてて受け止める。
「早く連れて行ってあげてね!」
倒れていたAAA職員を放り投げた零はそれだけ言うと妖に切り掛かって行く。
流石にあっけにとられた佐野と鹿を久永が癒しの霧で包む。
「最低限ではあるが傷を癒しておいた。彼等の避難を頼むぞ。周辺の家屋には人が残っているようだが、被害が出ぬよう注意をしよう」
鋭敏化させた聴力で確認したのだろう。久永が立ち並ぶ民家をぐるりと見回す。
「どこにいるかは透視である程度分かった。出てきそうではないから、とりあえずは家屋への被害に気を付ければ大丈夫だろう」
白露も自分が見た民家の様子を伝えに来た。
避難勧告を無視して家に残っていた住民はいたようだが、下手に外にず家に立て籠もる事にしたらしい。
「分かった。だが俺もAAA、戦える内は戦うぞ」
「吾輩も奈良の町と民のため力を尽くそう」
頷いた佐野と鹿に柾が頷く。
「お前達は負傷しているから後衛になるが、終わったら一緒に戦ってもらっていいか? 心強い」
柾の言葉に無論と頷き、佐野と鹿が倒れているAAA職員の救助に走る。
「どうして暴れているのです? 落ち着く事はできませんか」
獲物が逃げたと思ったのか、佐野と鹿を狙おうとした鹿鬼の足元から声が聞こえた。
自分の胴回りよりも太い鹿鬼の足を燐花の飛燕が切り裂く。
「妖まで鹿だらけ。紅葉鍋を食べたくなってきた」
白露が斬った鹿鬼の足は見事な断面を晒した。
「お前たちの相手はこっちだぞ」
柾の拳から放たれた気の弾丸が鹿鬼達を撃つ。
「どちらが倒れても相棒が悲しむだろう。手出しは無用にな」
久永が呼び出した高密度の霧が鹿鬼だけでなく後方にいた火鹿にも纏わり付く。
鬱陶しいと腕を振り回しながら霧から抜け出てきた鹿鬼を迎えたのはヤマトがかき鳴らすギターの音。
「さぁ、ガンガン行くぜ! オレたちで護るぞ! レイジングブル!」
火柱に焼かれた鹿鬼達が吼える。
「今の内に連れて行こう!」
恭司ができる限り早くと倒れたAAA職員達を拾い上げ、佐野と鹿をカバーするように少し先にある路地へと駆ける。
獲物が数人逃げたと起こったのか、鹿鬼は咆哮を上げながら突進する。
「お前達、相手、こっち」
打ち鳴らされる金属音。
盾護が手にした大盾で鹿鬼を囃し立てるように鳴らしていた。
振りかぶられた拳が風を切って前衛に降り下ろされ、頭蓋に響く強烈な拳が盾護の脳を揺さぶる。
「星、散る」
「よし、混乱まではしておらぬな」
少しくらくらしながらも盾構える盾護に久永が胸を撫で下ろす。
鹿鬼の拳が引き起こす混乱を皆が警戒していた。
「やられる前に倒します」
「まずはその無駄に太い足を止めようか」
燐花と白露が足を狙って攻撃する。
盾護の戦之祝詞で強化された二人の刃で分厚い筋肉に覆われた足がざくりと斬られ、柾の烈波に撃たれて傷を更に深くする。
「十天、鳴神零!!いざ尋常に、勝負!」
真正面から切り掛かった零と鹿鬼の拳がぶつかり合った。
ざっくりと裂かれた腕に苛立ち鼻息を荒くする鹿鬼。
零も拳を受けて痛み分けと言った所か。
「君も結構無茶するねえ」
恭司の演舞・清爽が味方の身体能力を引き上げる。
「蘇我島さん、避難は終わったんですか」
「ああ、滞りなくね」
凜音に軽く手を挙げて答えると、AAA職員の佐野と古妖の鹿も一緒に戻って来た所だった。
「AAAの佐野だ。俺も戦うぞ!」
「吾輩は鹿である。奈良の民のため、吾輩も参戦する」
鹿の角が帯電し、鹿鬼達の頭上に落ちる。
それを見た妖側は火鹿が燃える角を振りかざし、火炎弾を叩きつけてきた。
「火使いなら負けられねー! オレの炎を見せてやる!」
ヤマトの火柱が鹿鬼を飲み込むが、鹿鬼達は怯まず炎をかき分けて突っ込んで来る。
覚者達を道の途中にある障害物ではなく何があろうと排除すべき脅威と見做したのだ。
●
丸太のような腕がうなりを上げて殴り付けて来る。
その威力は盾護の大きな盾でも衝撃を殺しきれない。
だが驚異なのは拳そのものの攻撃力だけでなく、拳がもたらす混乱だ。
「味方の攻撃でやられたのでは目も当たられん。すぐに回復してやろう」
久永の回復も確実と言う訳ではない。
幾度か味方同士で殴り合いと言う事態が発生していた。
「佐野ちゃんと鹿は後ろから出ないようにね」
恭司が混乱した味方によるものと妖によるものの両方で傷付いた盾護と白露に調子が悪くなったテレビのように叩かれ……少しばかり切られた零を癒すしながら、佐野と鹿に忠告する。
古妖の鹿は雷を、佐野は銃を全力で乱発する戦いぶりを見せていたが、妖からの攻撃だけでなく混乱した覚者の攻撃にまで巻き込まれたらどうなるか分からない。
「燐ちゃんも気を付けて。今回は回復が少ないからね」
「倒される前に倒せば良いだけの事。鹿鬼はあと一体だけです」
恭司の心配をよそに燐花は苦無を振るい続ける。
(自分が倒れるより、この人が倒れる方が嫌です)
目の前で銃撃に倒れた恭司の姿が脳裏に浮かぶ度にその思いを掻き立てる。
「その拳、ぶった斬ってあげる!」
零の大太刀が腕深くまで入った。
今だとばかりに飛び込んだ燐花だったが、とどめを刺すには至らない。
鹿鬼が打ち下ろした拳を寸でのところで盾護がガードする。
(頭蓋骨に強烈な一撃を与えて脳震盪を起こさせ相手を混乱に陥れる技か)
その技を警戒の意味もあって観察していた柾は少し残念に思う。
(相手が古妖か人であれば技を盗む事ができただろうに)
厄介ではあるがそれだけに興味を引かれる鹿鬼の技ではあったが、延々披露させるつもりはない。
「これで終わりだ」
柾の拳が鋭く風を切り、刃に勝るとも劣らない鋭い拳の二連撃を放った。
鹿鬼の分厚い筋肉の鎧が破壊され、力尽きた鹿鬼が地響きをたてて倒れる。
「これは魔王を名乗る者としては負けられないね」
白露は前衛を失った事でより苛烈に火炎弾を飛ばしてくる火鹿に手を翳し、対抗して火柱を呼び出す。
「火鹿だからと言って火に強いわけではないようだのう」
久永はここで回復の手を止める。
頭上に雷雲が集まり、発生した雷獣が火鹿を蹂躙する。
「オレとお前ら、どっちの炎が強いか勝負だ!」
ヤマトが激しくレイジングブルをかき鳴らす。
炎の塊が連続で火鹿を撃ち、妖のものとは違う炎が全身を焼いて行く。
焼かれる苦痛に暴れる火鹿が角を突き出してがむしゃらに突撃する。
燃える角を防いだのは盾護の盾だった。
「盾役、盾護、得意」
大盾は火鹿の炎に炙られながらも揺らがず味方を背に立ちはだかっている。
「僕も少しは良い所見せないとね」
ほとんどの行動を回復に占められていた恭司だったが、久永が回復から攻撃に移ったように、恭司も同じ雷雲を頭上に集める。
「この前は燐ちゃんにみっともない所を見せちゃったからね」
燐花本人に聞こえない程度の小声で言ってから火鹿に向けて雷獣を放つ。
火鹿は手数に勝る覚者達の雷と炎に焼かれ切られて追い詰められる。
「あなた達に何の恨みもありませんが、許してくださいね」
燐花の苦無が火鹿の足に突き刺さる。
「もし残ったら、全部肉にして食ってあげる」
冗談なのか本気なのか分からない調子で零が火鹿の長い首を刎ねる。
炎を纏った角は地面に落ちると砕け散った。
●
「助かった! ここにいない同僚の分もお礼を言わせてほしい。ありがとう!」
佐野に一人一人手を握られて苦笑するF.i.V.Eの覚者達。
妖を撃破した後、一同は現場から少し離れた場所へと移動していた。
倒れた仲間も命拾いし、F.i.V.Eと最後まで戦う事ができたと佐野の表情は明るい。
「仲間の仇を討つことができた。感謝する」
そして妖となってしまった仲間のため奈良の町と市民のため奮起した鹿も、つぶらな瞳で一同を見つめ低音ボイスで礼を言う。
「イケ鹿だ」
「無駄にダンディな声してるよね」
白露と恭司にそう言われるとまんざらでもなさそうに鼻を鳴らして来た。
「で、なんだっけ。報酬はもみじに…紅葉せ、鹿せんべいだっけ?」
紅葉肉と言いかけては訂正し荷物を漁る白露。
取り出したのはまさに奈良公園名物(?)鹿せんべいだった。
「これは忝い。少々力を使い過ぎて腹が減っていたのだ」
イケ鹿でも鹿は鹿。
いそいそと差し出された鹿せんべいを頬張る姿に場が和む。
「鹿せんべいではなく、普通の焼き菓子ですがよかったら」
いつも同じ鹿せんべいでは飽きるだろうと燐花の気遣いである。
これも鹿はありがたく頂いた。
「佐野さんもどうぞ」
「はは。物欲しそうな顔をしてたかな? ありがとう」
鹿せんべいと焼き菓子をほおばる一人と一匹。
「でもなんで妖が鉄道を狙って来たんだ?」
ヤマトの疑問に佐野も鹿も首を横に振った。
「今の所鉄道を狙う理由は分からない。さっき倒した妖はそれほど知能が高いようには見えなかった。鉄道が何か理解しているとは思えないんだが……」
「妖と鉄道の関係か……そう言えば列車の名を冠した大妖がいたなぁ」
「関連があるかどうかは調査が必要になるだろう」
佐野の答えは覚者達もほぼ同意見だった。
「親玉はいそうだよな……」
「嫌な予感が当たりそうね」
ヤマトと零の言葉をまさかと笑い飛ばせる者はいなかった。
「ところで鹿せんべいとは煎餅なのか? 食べてもいいのだろうか?」
空気が重くなり始めた所、鹿せんべいを初めて見たらしい久永が興味深そうに一枚手に取ってかじってみる。
「あ」
鹿せんべいの事を知っている者から思わず声が漏れた。
何回か咀嚼した久永の顔が徐々に俯いて行く。
「……不味くはないが……そうだな……うん……うん」
鹿用に作られた鹿せんべい。人間が食べて美味い物ではない。
「オレ一緒に食べようって言っちまったんだけど……そんなにまずい?」
ヤマトもチャレンジしてみるが、結果は言うまでもない。
「あの……焼き菓子よかったらどうぞ」
見かねた燐花が持って来た焼き菓子を差し出した。
「あ、そう言えばそっちの……名前なんて言うんだ?」
「吾輩とは言ってるけど名前あるのか?」
AAA職員の佐野はネームプレートもあるので分かるが、鹿は分からない。
柾とヤマトの質問に鹿は口の中の鹿せんべいを飲み下してから答える。
「吾輩は鹿である。このような事がなければただの鹿であったのだ」
鹿は一人ずつ感謝を込めて体を摺り寄せてから、自分の棲家の方角に向かった。
「改めて礼を言わせてもらおう。奈良の民を守った事、深く感謝する。共に戦えた事は光栄であった」
最後にそう言って去って行く鹿。
「俺も報告に行かないとな。今回の事件の事はAAAでも引き続き調査を行うが、おそらくまた君達の力を借りる事になるだろうな……」
「奈良、動物ランド化。AAA、F.i.V.E、大忙し」
盾護がさくさくと菓子を食べながらも真剣そうな目つきになっていたが、零は軽い口調でこう言った。
「ま、難事件がいくら起きようが端から片っ端に止めていくだけよね!!」
「ああ、また奈良の鹿がのんびり出来るように、頑張らないとな!」
ヤマトは鹿が去って行った方向を見ていた。
古の都奈良で起きる妖の増加に鉄道を狙う妖の行動。
何かが起きる予感を抱えながら覚者達は帰路についた。
古都の名残を感じさせる古い町並み。
いつもなら顔なじみ同士で談笑したり観光客が行き交ったりする姿が見られるのだが、今この町を駆け回っているのは突如増加した妖怪とその対処に走るAAAの職員達。
そして彼等から救援要請を受け駆け付けたF.i.V.Eの覚者である。
「鹿の町で鹿と共に鹿を倒した報酬が鹿せんべいなのか」
「鹿ばっかすぎて鹿がゲシュタルト崩壊しそうだ」
共に白い髪に今一つ内心を読み切れない茫洋とした表情の由比 久永(CL2000540)と葉柳 白露(CL2001329)が呟く。
二人の声が聞こえた岩倉・盾護(CL2000549)が帽子のつばをいじり少し考える。
「熊さん退治、終了。鹿さん退治、入りました。奈良県、妖、大フィーバー?」
間違ってはいないが緊張感に欠ける台詞である。
しかし彼等の足は目的地に向かった止まることなく走り続けていた。
「最近こういう妖的なものが多くなったよね」
並走する鳴神 零(CL2000669)の長い黒髪と赤い飾り紐が走る速度のためにほぼ水平になびいている。
「いやな予感がするっていうか、いやな予感しかしないっていうか」
「お互いに干渉しないのであれば何の問題もないのに、最近の妖はどうしてこんなに人に危害を加えようとしているのでしょうか」
柳 燐花(CL2000695)の黒い猫の尾が彼女の乏しい表情の代わりに疑問に揺れる。
奈良に現れた妖は単に暴れまわる以外にも何故か鉄道を狙っていると言う。妖が何故わざわざ鉄道を狙うのかは不明である。
「まあ、とりあえず僕らはAAA職員の救出と妖退治をしないとね」
疑問は最もだが今は救援要請に応えなければと普段のあご髭を生やした中年近い姿から二十代の姿に変化している蘇我島 恭司(CL2001015)が言う。
目的地に近付く程に感じる切迫した雰囲気が一同の足を早めた。
路地を駆け抜けた先に見えたのは居並ぶ妖を前に銃を構え退治するAAA職員と、一匹の鹿だった。
ボディビルダーのような筋骨隆々の体躯の上に鹿の頭を載せた鹿鬼と、燃える角を備えた火鹿を前に一歩も引こうとしない。
「F.i.V.E.が到着するまで俺達が奈良の町と市民を守る!」
佐野が銃を構え、鹿が角を振り上げた。
妖はたった一人と一匹の抵抗を弄るかのようにじわりと距離を詰める。
「待たせたな」
わざとらしく拳を振り上げた妖の前に三島 柾(CL2001148)が立ちはだかった。
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「遅れてごめんな! 助けに来たぜ!」
黒崎 ヤマト(CL2001083)が隣に表れ、柾の赤く輝く刺青とヤマトの黒い翼、続々と駆けつける覚者達に佐野が快哉を叫ぶ。
「F.i.V.E……来てくれたのか!」
「ほう、これが例の……」
少年のように目を輝かせた佐野と落ち着いた低音ボイスで呟く鹿。
「遅くなっちゃったけど、Fiveから応援に来たよ。とりあえず、倒れてる人の救出を手伝ってもらえるかな?」
恭司が佐野と鹿に周囲で倒れているAAA職員達の救助を頼むと、柾がサポートのために少し離れた路地に待機しているF.i.V.Eの人間を指し示す。
「ここは一旦俺達に任せてくれ。佐野と……古妖は倒れているAAAを向こうの細い路地まで運んでもらえないか? 後の手当と避難はF.i.V.Eの仲間がしてくれるはずだ」
「そうそう、こんなところで寝ていたらあっぶないよ!」
ふっと頭上にかかった影がなんなのか、佐野は一瞬わからなかった。
それが倒れていたAAAの同僚であると気付いてあわてて受け止める。
「早く連れて行ってあげてね!」
倒れていたAAA職員を放り投げた零はそれだけ言うと妖に切り掛かって行く。
流石にあっけにとられた佐野と鹿を久永が癒しの霧で包む。
「最低限ではあるが傷を癒しておいた。彼等の避難を頼むぞ。周辺の家屋には人が残っているようだが、被害が出ぬよう注意をしよう」
鋭敏化させた聴力で確認したのだろう。久永が立ち並ぶ民家をぐるりと見回す。
「どこにいるかは透視である程度分かった。出てきそうではないから、とりあえずは家屋への被害に気を付ければ大丈夫だろう」
白露も自分が見た民家の様子を伝えに来た。
避難勧告を無視して家に残っていた住民はいたようだが、下手に外にず家に立て籠もる事にしたらしい。
「分かった。だが俺もAAA、戦える内は戦うぞ」
「吾輩も奈良の町と民のため力を尽くそう」
頷いた佐野と鹿に柾が頷く。
「お前達は負傷しているから後衛になるが、終わったら一緒に戦ってもらっていいか? 心強い」
柾の言葉に無論と頷き、佐野と鹿が倒れているAAA職員の救助に走る。
「どうして暴れているのです? 落ち着く事はできませんか」
獲物が逃げたと思ったのか、佐野と鹿を狙おうとした鹿鬼の足元から声が聞こえた。
自分の胴回りよりも太い鹿鬼の足を燐花の飛燕が切り裂く。
「妖まで鹿だらけ。紅葉鍋を食べたくなってきた」
白露が斬った鹿鬼の足は見事な断面を晒した。
「お前たちの相手はこっちだぞ」
柾の拳から放たれた気の弾丸が鹿鬼達を撃つ。
「どちらが倒れても相棒が悲しむだろう。手出しは無用にな」
久永が呼び出した高密度の霧が鹿鬼だけでなく後方にいた火鹿にも纏わり付く。
鬱陶しいと腕を振り回しながら霧から抜け出てきた鹿鬼を迎えたのはヤマトがかき鳴らすギターの音。
「さぁ、ガンガン行くぜ! オレたちで護るぞ! レイジングブル!」
火柱に焼かれた鹿鬼達が吼える。
「今の内に連れて行こう!」
恭司ができる限り早くと倒れたAAA職員達を拾い上げ、佐野と鹿をカバーするように少し先にある路地へと駆ける。
獲物が数人逃げたと起こったのか、鹿鬼は咆哮を上げながら突進する。
「お前達、相手、こっち」
打ち鳴らされる金属音。
盾護が手にした大盾で鹿鬼を囃し立てるように鳴らしていた。
振りかぶられた拳が風を切って前衛に降り下ろされ、頭蓋に響く強烈な拳が盾護の脳を揺さぶる。
「星、散る」
「よし、混乱まではしておらぬな」
少しくらくらしながらも盾構える盾護に久永が胸を撫で下ろす。
鹿鬼の拳が引き起こす混乱を皆が警戒していた。
「やられる前に倒します」
「まずはその無駄に太い足を止めようか」
燐花と白露が足を狙って攻撃する。
盾護の戦之祝詞で強化された二人の刃で分厚い筋肉に覆われた足がざくりと斬られ、柾の烈波に撃たれて傷を更に深くする。
「十天、鳴神零!!いざ尋常に、勝負!」
真正面から切り掛かった零と鹿鬼の拳がぶつかり合った。
ざっくりと裂かれた腕に苛立ち鼻息を荒くする鹿鬼。
零も拳を受けて痛み分けと言った所か。
「君も結構無茶するねえ」
恭司の演舞・清爽が味方の身体能力を引き上げる。
「蘇我島さん、避難は終わったんですか」
「ああ、滞りなくね」
凜音に軽く手を挙げて答えると、AAA職員の佐野と古妖の鹿も一緒に戻って来た所だった。
「AAAの佐野だ。俺も戦うぞ!」
「吾輩は鹿である。奈良の民のため、吾輩も参戦する」
鹿の角が帯電し、鹿鬼達の頭上に落ちる。
それを見た妖側は火鹿が燃える角を振りかざし、火炎弾を叩きつけてきた。
「火使いなら負けられねー! オレの炎を見せてやる!」
ヤマトの火柱が鹿鬼を飲み込むが、鹿鬼達は怯まず炎をかき分けて突っ込んで来る。
覚者達を道の途中にある障害物ではなく何があろうと排除すべき脅威と見做したのだ。
●
丸太のような腕がうなりを上げて殴り付けて来る。
その威力は盾護の大きな盾でも衝撃を殺しきれない。
だが驚異なのは拳そのものの攻撃力だけでなく、拳がもたらす混乱だ。
「味方の攻撃でやられたのでは目も当たられん。すぐに回復してやろう」
久永の回復も確実と言う訳ではない。
幾度か味方同士で殴り合いと言う事態が発生していた。
「佐野ちゃんと鹿は後ろから出ないようにね」
恭司が混乱した味方によるものと妖によるものの両方で傷付いた盾護と白露に調子が悪くなったテレビのように叩かれ……少しばかり切られた零を癒すしながら、佐野と鹿に忠告する。
古妖の鹿は雷を、佐野は銃を全力で乱発する戦いぶりを見せていたが、妖からの攻撃だけでなく混乱した覚者の攻撃にまで巻き込まれたらどうなるか分からない。
「燐ちゃんも気を付けて。今回は回復が少ないからね」
「倒される前に倒せば良いだけの事。鹿鬼はあと一体だけです」
恭司の心配をよそに燐花は苦無を振るい続ける。
(自分が倒れるより、この人が倒れる方が嫌です)
目の前で銃撃に倒れた恭司の姿が脳裏に浮かぶ度にその思いを掻き立てる。
「その拳、ぶった斬ってあげる!」
零の大太刀が腕深くまで入った。
今だとばかりに飛び込んだ燐花だったが、とどめを刺すには至らない。
鹿鬼が打ち下ろした拳を寸でのところで盾護がガードする。
(頭蓋骨に強烈な一撃を与えて脳震盪を起こさせ相手を混乱に陥れる技か)
その技を警戒の意味もあって観察していた柾は少し残念に思う。
(相手が古妖か人であれば技を盗む事ができただろうに)
厄介ではあるがそれだけに興味を引かれる鹿鬼の技ではあったが、延々披露させるつもりはない。
「これで終わりだ」
柾の拳が鋭く風を切り、刃に勝るとも劣らない鋭い拳の二連撃を放った。
鹿鬼の分厚い筋肉の鎧が破壊され、力尽きた鹿鬼が地響きをたてて倒れる。
「これは魔王を名乗る者としては負けられないね」
白露は前衛を失った事でより苛烈に火炎弾を飛ばしてくる火鹿に手を翳し、対抗して火柱を呼び出す。
「火鹿だからと言って火に強いわけではないようだのう」
久永はここで回復の手を止める。
頭上に雷雲が集まり、発生した雷獣が火鹿を蹂躙する。
「オレとお前ら、どっちの炎が強いか勝負だ!」
ヤマトが激しくレイジングブルをかき鳴らす。
炎の塊が連続で火鹿を撃ち、妖のものとは違う炎が全身を焼いて行く。
焼かれる苦痛に暴れる火鹿が角を突き出してがむしゃらに突撃する。
燃える角を防いだのは盾護の盾だった。
「盾役、盾護、得意」
大盾は火鹿の炎に炙られながらも揺らがず味方を背に立ちはだかっている。
「僕も少しは良い所見せないとね」
ほとんどの行動を回復に占められていた恭司だったが、久永が回復から攻撃に移ったように、恭司も同じ雷雲を頭上に集める。
「この前は燐ちゃんにみっともない所を見せちゃったからね」
燐花本人に聞こえない程度の小声で言ってから火鹿に向けて雷獣を放つ。
火鹿は手数に勝る覚者達の雷と炎に焼かれ切られて追い詰められる。
「あなた達に何の恨みもありませんが、許してくださいね」
燐花の苦無が火鹿の足に突き刺さる。
「もし残ったら、全部肉にして食ってあげる」
冗談なのか本気なのか分からない調子で零が火鹿の長い首を刎ねる。
炎を纏った角は地面に落ちると砕け散った。
●
「助かった! ここにいない同僚の分もお礼を言わせてほしい。ありがとう!」
佐野に一人一人手を握られて苦笑するF.i.V.Eの覚者達。
妖を撃破した後、一同は現場から少し離れた場所へと移動していた。
倒れた仲間も命拾いし、F.i.V.Eと最後まで戦う事ができたと佐野の表情は明るい。
「仲間の仇を討つことができた。感謝する」
そして妖となってしまった仲間のため奈良の町と市民のため奮起した鹿も、つぶらな瞳で一同を見つめ低音ボイスで礼を言う。
「イケ鹿だ」
「無駄にダンディな声してるよね」
白露と恭司にそう言われるとまんざらでもなさそうに鼻を鳴らして来た。
「で、なんだっけ。報酬はもみじに…紅葉せ、鹿せんべいだっけ?」
紅葉肉と言いかけては訂正し荷物を漁る白露。
取り出したのはまさに奈良公園名物(?)鹿せんべいだった。
「これは忝い。少々力を使い過ぎて腹が減っていたのだ」
イケ鹿でも鹿は鹿。
いそいそと差し出された鹿せんべいを頬張る姿に場が和む。
「鹿せんべいではなく、普通の焼き菓子ですがよかったら」
いつも同じ鹿せんべいでは飽きるだろうと燐花の気遣いである。
これも鹿はありがたく頂いた。
「佐野さんもどうぞ」
「はは。物欲しそうな顔をしてたかな? ありがとう」
鹿せんべいと焼き菓子をほおばる一人と一匹。
「でもなんで妖が鉄道を狙って来たんだ?」
ヤマトの疑問に佐野も鹿も首を横に振った。
「今の所鉄道を狙う理由は分からない。さっき倒した妖はそれほど知能が高いようには見えなかった。鉄道が何か理解しているとは思えないんだが……」
「妖と鉄道の関係か……そう言えば列車の名を冠した大妖がいたなぁ」
「関連があるかどうかは調査が必要になるだろう」
佐野の答えは覚者達もほぼ同意見だった。
「親玉はいそうだよな……」
「嫌な予感が当たりそうね」
ヤマトと零の言葉をまさかと笑い飛ばせる者はいなかった。
「ところで鹿せんべいとは煎餅なのか? 食べてもいいのだろうか?」
空気が重くなり始めた所、鹿せんべいを初めて見たらしい久永が興味深そうに一枚手に取ってかじってみる。
「あ」
鹿せんべいの事を知っている者から思わず声が漏れた。
何回か咀嚼した久永の顔が徐々に俯いて行く。
「……不味くはないが……そうだな……うん……うん」
鹿用に作られた鹿せんべい。人間が食べて美味い物ではない。
「オレ一緒に食べようって言っちまったんだけど……そんなにまずい?」
ヤマトもチャレンジしてみるが、結果は言うまでもない。
「あの……焼き菓子よかったらどうぞ」
見かねた燐花が持って来た焼き菓子を差し出した。
「あ、そう言えばそっちの……名前なんて言うんだ?」
「吾輩とは言ってるけど名前あるのか?」
AAA職員の佐野はネームプレートもあるので分かるが、鹿は分からない。
柾とヤマトの質問に鹿は口の中の鹿せんべいを飲み下してから答える。
「吾輩は鹿である。このような事がなければただの鹿であったのだ」
鹿は一人ずつ感謝を込めて体を摺り寄せてから、自分の棲家の方角に向かった。
「改めて礼を言わせてもらおう。奈良の民を守った事、深く感謝する。共に戦えた事は光栄であった」
最後にそう言って去って行く鹿。
「俺も報告に行かないとな。今回の事件の事はAAAでも引き続き調査を行うが、おそらくまた君達の力を借りる事になるだろうな……」
「奈良、動物ランド化。AAA、F.i.V.E、大忙し」
盾護がさくさくと菓子を食べながらも真剣そうな目つきになっていたが、零は軽い口調でこう言った。
「ま、難事件がいくら起きようが端から片っ端に止めていくだけよね!!」
「ああ、また奈良の鹿がのんびり出来るように、頑張らないとな!」
ヤマトは鹿が去って行った方向を見ていた。
古の都奈良で起きる妖の増加に鉄道を狙う妖の行動。
何かが起きる予感を抱えながら覚者達は帰路についた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
