<黎明>裏切りの小道
<黎明>裏切りの小道



 車イスが通り過ぎるのを待って、正面玄関を出た。空きが目立つ駐車場を回り、駅前行のバス停へ向う。
 バス停の色あせた青いベンチに猫耳の男が一人座っていた。ヒールの音を聞きつけて、こちらへ回した顔が若い。
 ゆっくりと立ちあがった青年は、ダッフルコートの下に五麟学園高等部の制服を着ていた。ファイブの覚者か。
「椿さん? 黎明の?」
 椿 奈央は足を止めると、病院の五階へ顔を向けた。あきらめとともに吐きだした息が白い。それにしてもたった一人とは。ずいぶんと舐められたものだ。
「早かったわね。さすが、と言っておこうかしら」
「え? あ、もしかして、ファイブから連絡が……あった?」
「あたしに?」
「えっと……連絡は、なかったんだね」
 どうも変だ。会話がかみ合っていない。
 奈央は首を少し横へ傾けると、目を細めて青年を睨んだ。
「じゃあ、改めて。竹伐狸という古妖退治の依頼なんだけど。あ、ボクは高井 真人。よろしく。なかなか人が集まらなくってさ。引き受けてくれると助かる」
 どうやらまた別の――夢見の依頼で、助っ人を探しに来たらしい。
 やっと話が飲み込めたところで、しずしずと黒塗りの車がやって来て、奈央の真横で止まった。
 ガラス窓に黒い偏光シートが張られていた。秘匿の必要がなくなったとはいえ、ファイブが用意したにしては悪い意味で目立つ。隔者組織の成りあがり者が好んで乗り回しそうな車だ。趣味が悪い。
「ま、どうでもいいけど」
 奈央はひとりごちると、真人が開けたドアから車に乗り込んだ。


「黎明の椿さんが<烈風>と名乗る隔者組織に拉致された」
 集まった覚者たちを前にして、久方 相馬(nCL2000004)の顔はひどく青ざめていた。
「拉致というか、引き抜きなんだけど、断った椿さんはたった一人で隔者八人と戦い始める。二人倒すけど、結局は――」
 相馬は奈央の死を夢見た。
 悲劇を回避するには助けが必要だ、という。
「隔者は五輪学園の生徒に化けて椿さんに近づいたらしい。夢見で五麟の制服を着た男が出てきている。偽の依頼をでっちあげて、連れ出したんだ」
 隔者たちの目的はなんだ、と卓から疑問が持ちあがった。
「たぶん、黎明が持つ血雨の情報が目的だと思う。ついでにファイブの情報も。それ以外、黎明の覚者をさらう意味がないと思うんだ。頼む、みんな。椿さんを助けてくれ!」


「<烈風>という。ボクらのような、力に目覚めし者たちの自由と権利を守る組織だ。血雨に興味があってね、いろいろ調べている。早い話が、君が知っている情報と君自身の力が欲しい」
 真人は現地についてすぐ、仲間たちと示し合わせて奈央を囲みこむと、自ら正体を明かしていた。
 古妖はいなかった。
 何のことはない、ファイブから黎明の者を連れ出すための嘘だったのだ。
「ファイブっていったかな、君たちを飲み込んだのは。最近、調子に乗って名を売り出し始めたみたいだけど……」
 真人は鼻から息を抜くと、口角をねじりあげた。
「武装して殺す気満々のやつらを相手に非殺を貫く、なんてぬるいことやっててさ、この先も生き残れるの? ま、かっこいいけど。ボクたちにはとても真似できないね。だって、自分や仲間の命は大切だもん」
 ファイブを完全に見下している。
「まあ、ね。あたしもどうかと思うわ。お偉いさんは自分たちのために、人殺しで組織の名を汚すのが嫌なんでしょ、どうせ」
 奈央は話を合わせながら、どう逃げようか、と考えた。
 小道の北に四人、南に四人。両端は竹林。
 油断していたわけではないが、しっかり囲まれてしまっている。
「だよな。しかもいま黎明は全員、半軟禁状態なんだって? 黎明から情報を盗るだけ盗って、果ては信用できないと飼い殺し……。ひどい話だ。なあ、ファイブなんか捨ててボクらのところへ来いよ。全員で」
 悪いようにはしない、と真人はいった。
 奈央はこみあげてくる笑いを押し殺すのに必死だった。
 全てを知る者が見れば、これほど可笑しな絵図はないだろ。
 <烈風>だか何だか知らないが、身の程知らずもいいところだ。
「お、こ、と、わ、り。血雨のこと、知ってどうするっていうのよ。倒して名を上げる? ファイブ相手にこそこそしているアンタたちには無理よ。仮に奇跡が起こったとしても七星剣に……まあファイブでもいいけど、速攻潰されるのがオチね」
「だから、そのために血雨を――」
 奈央は真人の話を鼻で笑い飛ばすと、肩にかかった黒髪を手で後ろへ払った。
「実際、口じゃとがったこと言ってるけどさ、他と大っぴらに事を構える気なんてサラサラないんでしょ? あのね、真人くん。あたしはアンタたちみたいに覚悟のない中途半端なヤツらが大っ嫌いなの。ゲロゲロ。見ているだけで吐き気がする」
 奈央は中指たてると、真っ赤なマニュキアを塗った爪を真人たちに見せつけた。
「もういいから全員死んじゃって。アンタたちバカの吸う空気がもったいないわ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.<黎明>椿 奈央の保護
2.<烈風>隔者たちの逮捕、または撃退。
3.なし
あけましておめでとうございます。
新年一本目。よろしければご参加くださいませ。

●隔者六名(新興組織・烈風、本人たちは覚者組織と言っている)。
<小道北側>トロッコ嵐山駅方面
 (奈央に対して前列)
 ・木行、暦【錬覇法】【深緑鞭】【棘一閃】【貫殺撃】
 ・土行、暦【錬覇法】【隆槍】【無頼】【蔵王】【蒼鋼壁】
 (奈央に対して後列)
 ・天行、械【機化硬】【召雷】【纏霧】【演舞・舞衣】
 ・木行、暦【深緑鞭】【棘一閃】【樹の雫】
<小道南側>渡月橋方面
 ・高井 真人(17歳)五麟学園高等部の制服を着ている。
  天行、獣(猫)【猛の一撃】【召雷】【演舞・舞衣】【填気】
 ・火行、暦【火炎弾】【醒の炎】【特攻強化・壱】【火纏】

 ※八人いたが、ファイブ到着時は椿 奈央によって二人倒されている。


●椿 奈央(黎明。22才)……木行、彩の因子
 【五織の彩】【深緑鞭】【棘一閃】【葉纏】【非薬・紅椿】
 艶のある長い黒髪、宝石にブランド物の服、ミニのタイトスカートをはいている。
 ※初出シナリオ『<黎明>ノーフェイス』
 ※ファイブ到着時、奈央は命数復活した直後です。
 ※火傷を負っています。
 ※奈央は<烈風>隔者たちを殺すことにためらいがありません。

●古妖・竹伐狸
現場にいません。真人が奈央を騙すため名を利用しただけです。

●場所と時間
 ・京都嵐山、竹林の小道。
  昼ですが薄暗いです。
 ・竹林の小道の中ほど、20メートル前後の範囲。
  戦闘時、横は三人並びが限界。
 ・北に隔者4名(2列体制)、南に隔者1名と真人。丁度、真ん中に奈央が倒れています。
 ・予め隔者たちによって結界が張られており、観光客などの一般人はいません。

 ※小道の南側、北側、どちらからでもアプローチ可能です。
  プレイングで指定してください。
  なお、南側から行く場合は、北側のチームに比べて到着が若干遅れます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年01月20日

■メイン参加者 6人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『隔者狩りの復讐鬼』
飛騨・沙織(CL2001262)


 トロッコの嵐山駅を左手に見ながら細い道を行くと、しきりに首を捻るカップルとすれ違った。少し前にはやはり首をかしげた老夫婦とすれ違っている。いずれも発現していない一般人だ。
「結界か……。人払いは万全なようだね」
 『BCM店長』阿久津 亮平は首を振り向けて、去っていくカップルを見送った。吐きだす息がうっすらと、白く煙っていた。
 竹藪の間を進む自然のままの道のうえで薄い日影がゆれる。姿も見せず、高いところで鳴く鳥の声と風に揺れてこすれる葉の音が寂しさを感じさせる。
「みたいですね。それにしても、なかなかいい雰囲気です」
 飛騨・沙織(CL2001262)は上着のポケットから手を出した。もうしばらく竹藪に囲まれた静寂を味わっていたいところだが、どうやら叶わぬらしい。
 前方から物騒な物音が聞こえて来た。
「ま、終わったらゆっくり散策しようぜ。寒いし、湯豆腐でも食ってあったまりてぇな」
 奥州 一悟(CL2000076)は足を止めずに覚醒した。
 沙織、そして納屋 タヱ子(CL2000019)と続いて覚醒する。
「湯豆腐ですか。嵯峨野の名物ですね」
 手を握り開きしながらタヱ子が言った。
少し気が早いが、自分自身に蒼鋼壁をかける。
「せっかくですし、食べながらみんなでゆっくりお話ししましょう」
「この近くに純日本建築の建物で、日本庭園を眺めながら拘りの豆腐料理を堪能できる店があるぜ。じいちゃんたちと行ったんだ」
 祖父が支払ったので、代金がいくらか分からないけどと続ける。
 金額はともかく、お昼は食べたばかりだ、と『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が口を尖らせた。
「あすかは甘い善哉とお抹茶のほうが断然いいのよ」
「あの、私、メロンパン持って来ているんです。椿さんやみんなと一緒に食べたいなって思って……。これも何かの縁ですし、椿さんとは仲良くしたいです」
 優しい言葉を聞いて、奈央を知る亮平は顔を曇らせた。
 あれから時間がたっている。黎明の仲間たちとともに、奈央がファイブの仲間と交流する機会も、たぶん、あっただろう。少しは角が取れて、丸くなっているといいが。
 戦いそのものよりも、亮平がその後の事を案じていると、同じく奈央と一緒に戦ったことがある一悟が真剣な顔を振り向けてきた。
 亮平は微かに首を振って、余計なことは言わないほうがいい、と暗に伝えた。
 大河内山荘庭園へ上がる分かれ道で左に折れると、すぐ、烈風の隔者らしき男たちの背中が見えた。ファイブの存在には全く気づいていないようだ。
 後衛組も次々と覚醒し、戦闘態勢に入った。
「奈央お姉さん、助けに来たのよ! もう安心なのよ!」
 驚いて列を割り、振り返った烈風たちの間から、道にうずくまった黒髪の女が見えた。椿 奈央だ。
 保護すべき人物を確認できたのはいいが、声掛けによって不意打ちのチャンスを失ってしまった。
 飛鳥がしまったのよ、と小声にしてしょげ返る。
「まぁ、やれることをするだけだよ。いつも通りにね」
 黒桐 夕樹(CL2000163)は、気にするほどの事ではないさ、とフォローしながら胸の前で合わせた手をゆるりと開いた。
 治癒力を高める柔らかく甘い香りが覚者たちのまわりに広がった。
「なんだ、お前たち! 能力者なら結界に気がついただろう! 見ての通り、こっちは取り込み中なんだよ、勝手に入ってくるな!」
 烈風の一人が、出ていけと、ノラ犬を追い払うように機械化した手を振るう。
 資料に記されていた、天行、械の男だろう。
 沙織は奈央のその向こうに立つ、五麟学園高等部の制服を着た男を睨んだ。
「揃いも揃って女性を取り囲んでリンチとは……反吐が出る程の鬼畜外道共。こんな程度の低い事しか出来ないなら「烈風」という組織も底が知れる」
「なんだと! ……とおい、どうして俺たちのことを知っている?」
 十分に距離が詰まったところで亮平が、すっと背筋を伸ばして腕を上げた。
「どうやら君たちの組織には夢見がいないようだね」
 ひんやりと冷たい空気をかき抱いた、緩やかな腕のふりひとつで、竹林に射しこむ光が乱れ千切れた。昼なお暗い小道を影が覆う。
「――艶舞・寂夜。眠れ」
 抗いがたき睡魔が烈風たちを襲った。


 奈央に殺された者を除く烈風六名中、三分の一にあたる二人が、いきなり膝から崩れ落ちた。
「お、おい?!」
 高井 真人が倒れた仲間の腕を取って引きあげながら、驚きの声をあげる。
「なんだよ、いきなり。一体どうしたっていうんだ?」
 烈風なる組織に夢見がいたとしても、ファイブに所属する夢見よりもずっと未来視の力が劣るのだろう。それに、明らかに「艶舞・寂夜」を知らないようだ。
「ふうん、なるほど。阿久津さんが見せた技、知らねぇのか……。どうやらオレたちと比べて、明らか踏んだ場数が少ねぇみたいだな。一気に畳んじまおうぜ!」
「長引かせてもいいことなんて何もないですしね。そうしましょう」
 一悟とタヱ子が、倒れた女の体を踏まないように気をつけながら、械の因子を持つ男の横を駆け抜ける。
 薙刀を手にした木行と土の鎧を纏った土行が奈央に背を向けて、突破を試みた二人の前に立ちはだかった。
 さすがに、そう簡単に抜けさせてくれない。
 一悟の足元で土が盛りあがったかと思うと、地中より鋭く尖った岩が突きあがった。
 左右にステップを踏んで突破口を探していたタヱ子には、蔓草の鞭が飛んできた。変則的な動きで見切れさせない鞭先の穂が、制服の下からのぞいた太ももを激しく打ち据える。
「「……っ!!」」
 飛鳥は一悟とタヱ子が受けた傷が致命傷でない、と即座に判断するやいなや、奈央へ癒しの滴を飛ばした。
「奈央お姉さん、しっかり! 一悟たちが行くまで頑張るのよ!」
「奥州さん、納屋さん。今、行きます」
 沙織が、ツーブロックを破壊せんと双刀・鎬を鞘から抜き放った。
「くそ! 行かせるか!」
「後ろを振り向くな。あんたの相手は俺だよ」
 夕樹はてのひらの上に出現させた種を、指で強く弾いて飛ばした。
 種子は械の因子を持つ男のセーターに付着すると、鋭い棘をもつ蔓へと急成長した。天に向かって伸び、消えてながら、突き刺した棘で敵の体を引き裂く。
 呻き声とともによろめいた男の横を、沙織が駆け抜ける。
 一悟とタヱ子の間から烈風たちの前に飛び出ると、下から上へ救い上げるように双刀を振るった。
「殺すにしろ、不殺にしろ……私達は覚悟を持ってやってる……貴方達はその覚悟、あるの? ないのに自身の欲望のままに動くなら……貴方達は立派な屑。隔者だ!」
 高い竹の上に開けた空から、一筋の雷が撃ち落された。細かく、根を張るように空中で枝分かれした雷は、まず沙織を打ちのめし、左右にいた一悟とタヱ子に喰らいついた。
 雷に打たれた肩を手で押さえて、タヱ子が言葉を継ぎ重ねる。
「覚者としての、この力は……自分の思うようにする為に、人に向かって振るうものではありません。それがわからない人はなんて呼ばれるか知っていますか? そう、隔者です」
「なにが『覚者』だ、なにが『隔者』だ! キミたちの言葉遊びを押しつけないで欲しいな。ボクたちが屑? は、偉そうに……見下しやがって……むかつくぜ」
 真人は歯をむき出して唸ると、ファイブの覚者たちを順に睨んだ。
 亮平はざっと場全体を見渡した。
 真人の横で猫耳の男が目を覚ましたようだ。対して奈央は飛鳥から癒しの滴を受けたにもかかわらず、まだ顔をあげていない。すぐにでも誰かが烈風のブロックを抜け、奈央のガードに入らなければまずい。
「『言葉遊び』か……確かにそうだね。『覚者』にしろ『隔者』しろ、一般的じゃないな。ボクたちファイブの中だけで通じている言葉かもしれない。でも、勘違いしないで。飛騨さんも、納屋さんも、俺やほかのみんなも、真人君たちを見下したりしていないよ」
 言いながら亮平は、まず足の速い一悟を回復させることにした。あとの二人には今しばらく痛みに耐えていてもらおう。
「ごめんさないなのよ。あすか、先に奈央お姉さんを助けます」
 飛鳥も亮平に倣って、ファイブの仲間の手当を後回しにし、奈央に二度目の癒しの滴をかける。
 一悟は傷が治り切るのを待たず、土鎧の男の気が削がれた隙を見つけるなり、脇を回って奈央の横へ出た。
 奈央もようやく体を起こせるまで回復したようだ。が、夢見によると、奈央は一度倒れてしまっている。烈風たち全員を無力化するまでは、庇ってやらなくてはならないだろう。
「――って、大きなお世話!!」
 奈央は立ちあがると、首の動きと腕を使って、長い黒髪を背の後ろへ回し流した。太ももまでめくれ上がった真っ赤なタイトスカートの裾を、指でつまんで降ろす。
「さっきから聞いていればうっとうしいたらありゃしない。戦いの最中にべらべらお喋りしてるんじゃないわよ。そんな余裕ぶっこいでいる暇があるなら、1人でも早く殺しちゃいなさいよ!」
「なんでそうケンカ腰なんだよ。少しの間だけでも愛想よくできねえのか? まあ、助けてやっけどさ」
 一悟は、奈央を真人と猫耳の男から守るために、奈央の背に回った。トンファーを回し持って腕に添わせると、真人に向けてファイティングポーズを取った。
「誰も助けてくれなんて言ってないわよ。アンタたちが勝手に来たんでしょ?」
「はいはい。勝手に来ました。ファイブの矜持と誇りを守るためにな」
 猫耳の男が火炎弾を飛ばした。狙いは奈央かと思いきや、黒髪を掠めて飛んだ火の弾は、タヱ子の後ろに倒れていた烈風の男にあたった。
 仲間から攻撃を受けて、木行の男が目覚めたようだ。背に手を回し、顔を痛みにしかめながら膝を立てる。
「数を合わせるために起こしたのは分かるけど、同士討ちするかな? 普通?」
 そういうところが『隔者』なんだよ、と夕樹は追撃妨害の為にライフルを乱れ撃った。
 土鎧の男が、上から覆いかぶさるようにして目覚めたばかりの木行の男を庇う。
「あらあら、美しい友情だこと! でも、このあたしに背を向けるのは感心しないわね」
 真っ赤な唇を凄みのある形に歪めて、奈央は柄に鋭い棘の蔓草が巻きついた新緑のランスを構えた。
 夕樹は守護使役の紅湖を奈央の前に送って視線を遮らせておき、脳に念波を直接送って語りかけた。
<「やるなら半殺しで留めといて」>
「はぁ?」
<「あと、あまり動かない方がいいよ。自分の為に」>
「なによ、それ」
<「さっきから思ってたけど、あんたのスカート、破れてる」>
 動くと見えるよ。パンツ――。
「見たければ見れば? あたしは見られて困るようなもの、普段からはかない主義なの」
 それでも奈央は興ざめしたように、ランスを持った腕を降ろした。
 沙織は目の前に立つもう一人の木行の相手をタヱ子に任せると、手から植物のつるを伸ばした。鞭のようにしならせて道に打ちつけて跳ねさせ、土鎧の下にいた木行の男の手首に巻き付けた。そのまま腕を勢いよく引いて、引きずりだす。
「椿さん、決して貴女が黎明だとか嫌いだから止めた訳ではありません。……ただ、やるなら効率的に殺りましよう」
 一緒に共闘しませんか、と言いかけたところで膝の裏に衝撃が走った。視界が、すっと下へ落ちる。
 土鎧の男が後ろ回し蹴りで沙織の膝を折ったのだ。
「飛騨さん!」
 タヱ子が倒れる沙織を支えようとして腕を伸ばす。
「ぐっ……!!」
 セーラーの上の細い首に、後ろから蔓草の鞭が巻きついた。
 天行、機の因子の男が腕を開くと、中から白い霧が勢いよく吹き出てきた。
「ち、力が……抜け、る……」
 沙織に続いてタヱ子が冷たい道の上に膝をつく。
 霧はファイブの覚者と奈央の体にまとわりつき、体から力を吸い取った。


 奈央を保護するため、強引に敵陣突破を図ったことが裏目に出ていた。
 味方の前後を敵にはさまるという窮地に陥っているのは烈風も同じだが、不殺を意識して攻撃に手加減がかかっているだけに、ファイブのほうが不利になってしまっている。
「ああ、まずい!」
 亮平は自分たちにまとわりつく白い霧を払い流すかのように、寂夜の舞いを演じた。
 慌てて舞ったためか、はたまた霧に力を奪われたためか。初舞いのときほど効果が出せず、たった一人を眠らせるにとどまった。
 しかし、それが回復役の木行の男だったのは大きい。
「あすかも霧を出すのよ、それっ!」
 霧は霧でも飛鳥が広げたのは癒しの霧だ。きらきらと少ない木漏れ日を弾く細かな水滴はまるで金砂のごとく流れ、傷ついた仲間の体を癒していく。
 真人にランスを突き入れようとした奈央を、一悟が腕を伸ばして遮った。
「おとなしく後ろにさがってろ! オレたちが守ってやるからよ」
「大きなお世話だって言ったでしょ! 第一ね、後ろってどっちよ」
 怒鳴りあいながら、二人は互いの腕を絡ませた。ぐるり、と勢いよく半回転し、立ち位置を入れ替えて腕を解く。
「殺すなよ」と一悟。
「知ったことじゃないわ」
 奈央は、ランスを振るって柄に絡みつく茨の蔓を猫耳の男へ伸ばした。
 竹林に高笑いを響かせながら、二度、三度と打ちすえる。
「そのへんでやめとけよ。もう倒れてるじゃねえか」
 一悟は雷雲を召喚しようと右腕を上げる真人の腹に、炎を纏わせたトンファーを突き入れた。
 続けて、腹を抱いて前のめってきた真人の顎を、膝で蹴り上げて気絶させた。
 土鎧の男が立ちあがるのを見て、夕樹は棒つきキャンディを口から外すと、小さく舌を打った。
「大人しく倒れたままでいればいいのに……手間、増やさないで」
 機の因子の男と直線状に並ぶ位置へずれると、突きだしたてのひらから波動弾を飛ばした。
 機の因子の男は胸から金属の破片を飛び散らせながら崩れ落ち、土鎧の男は弾が当たった衝撃によろめいた。
 沙織は刀身に新緑の風を纏わせると、膝をついたまま、下から救いあげるようにして土鎧の男の背を切って倒した。
「く、不覚……」
 土鎧がかき消えた男の胸が上下しているのを確かめて、沙織は唇を噛んだ。
 殺す気で切りかかったはずが、上半身だけで剣を振るったために威力が削がれたようで、不本意にも不殺になってしまっていたからだ。
 自分は覚者であり憤怒者でもあると、日ごろから隔者に対する憎しみを公にしているだけに仕留めそこなったことが悔しくてならない。双剣を引き戻し、立ちあがって構えを取り直す。
 タヱ子は首に巻きついていた鞭を急いで取り払った。
「飛騨さん、いけません!」
言葉だけで仲間の暴挙を制すると、ラージシールドを高く掲げ持った。
 振り返りざま、盾を木行の隔離者の胸に強く叩きつけてつき飛ばす。
 後ろにいた奈央がさっと横によけたため、木行の男は後頭部から地面に倒れて気絶した。
「どうして止めたのよ。その子のやりたいように殺らせてあげればよかったじゃない? ほんと、アンタたちってぬるいわね」
 刺々しく放たれた辛らつな言葉に、タヱ子は怯むことなく柔らかい笑顔を返す。
「ぬるいからこそ、できたら良いなって思いませんか?」


 それはアンタたちの理想、と奈央は茨の蔓をランスにまきつけ直した。
 亮平はバックの中から拘束用の縄を取りだすと、夕樹と飛鳥に手渡した。順に縄を手渡して回りながら、奈央の前へ進み出る。
「殺されかけて気が済まないのは分からなくはないけど、彼らがどうやって組織関係や血雨の情報を引き出したのか調べておかないとね」
 亮平が危惧しているのは事件の再発だった。このままうやむやにしてしまえば、また黎明の誰かが狙われる可能性が高い。
「大丈夫よ。また同じことが起きたら今度はし――し……心配してもらわなくても結構」
「あのさ、自分だけのことじゃねえんだよ。黎明の仲間があぶねえって阿久津さんは心配してくれてんだよ!」
 メロンパンを配っていた沙織が、「はい」と一悟にひとつ手渡した。カバンの中からもうひとつ取りだして奈央にも差し出す。
「椿さんも。甘いものを食べて、みんなでひと息つきましょう」
 奈央はメロンパンを一瞥すると、つんと顔を反らした。
うしろで飛鳥とタヱ子、夕樹がメロンパンにかぶりつきながら、「美味しいのにね~」と顔を見合わせて囁き合う。
 奈央がちらりとメロンパンに視線を戻した。
 くすくすくす、くすくすくす……。
 竹藪の奥でこっそりと、事の成り行きを見守っていた古妖・竹伐狸も一緒になって笑っていたが、残念ながらそれに気づいた者はいなかった。
 もふり放題はまた今度、別のお話で。
「そ、そんなに言うならもらってあげるわ」
顔をそらしたまま腕を伸ばす。
 沙織は笑いをこらえながら、奈央の手にメロンパンを乗せた。
「ところで椿さん。国枝さんは元気かい? まだ入院しているって聞いたけど……」
 国枝は奈央の恋人で、少し前に起こった事件の犠牲者だ。古妖にはぎ取られた顔を亮平や一悟たちが取り戻してつけてやったのだが、果たしてそれは本人の顔だったのか。
 奈央は亮平の質問に、しばらく考え込んでいた。
「言いにくいのなら、べつに……」
「元気よ。体はね」
「え?」
 奈央は灰色の毛並みが美しいが目つきの悪い猫の守護使役を呼び出すと、ランスとメロンパンを預けた。
「心配しなくても後でちゃんと食べるわよ。じゃ、あたしはここで」
 奈央は縛られて道に転がされていた真人の脇腹に真っ赤なハイヒールの先を蹴り入れると、腰を振りながら去っていった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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