≪初夢語≫アルケミーズ・アカデミー
●ここではないどこか
現を離れ、さあ行こう。
しがらみのない自由な世界へ。
●猛獣の方程式
胡乱だった意識が透き通った時、あなたは煉瓦造りの建物の中にいることに気が付いた。
目につくのは椅子、長机、そして教壇。どうやら何かの学校であるらしい。棚にはおよそ現実的でない生き物の標本や、毒々しい色の薬品が詰まった瓶が大量に並んでいる。
すぐ隣には生徒と思しき制服姿の人々が。更にあなた自身も同じ制服を着込んでいる。
「諸君らに明日の試験を課す!」
豊かな髭を蓄えたローブ服の老人が、あなたを含む数人の学生達に発破を掛けている。学生の顔にはどことなく見覚えがあるが、この妙に気合の入った老人は何者だろう。
口ぶりからして、この学校の先生であることは間違いなさそうだが。
「思いつくままにキメラを配合し、そして打ち倒すのだ!」
訳の分からないことを言っている。
「キメラについては先日学んだな。二種類のモンスターを掛け合わせた人造の合成獣……どう組み合わせれば面白い個体が出来上がるか、皆も授業を通じて想像してみたことであろう。頭の中に描いた図を形にする機会を、今回! 私は与えようと思う!」
なんとなく、モンスター同士を合体させてキメラというものを作れという主旨は掴めたが、何故わざわざ戦う必要があるのか。
「一流の錬金術師たる者、不足の事態にも即座に対応できなければならない! 想定外に強力なキメラを作り上げてしまったとしても、容易く組み伏せられるだけの力量は必須!」
要は作って遊ぼう的な話らしい。
どうやらこの学校は錬金術師の育成を目的とした施設のようだ。キメラを合成して戦えというのもカリキュラムの一環なのだろう。
状況をひとつひとつ呑み込んでいるうちに、段々落ち着きを取り戻したあなたは、ようやく周囲の学生達が誰であるか理解した。F.i.V.E.の面々だ。
しかしここは老人の話を聞く限り五麟市でもなければ現代ですらない。
ということは。
夢。
夢の中の世界である。あなたはそこで錬金術に携わる学徒となっているようだ。
「これよりキメラ作成式の記入用紙を配る。明日の朝までに提出するように」
渡された紙には多数のモンスターの名前が併記されていた。ここから選ぶらしい。
教鞭を取る老人が退室するのを見届けると、あなたはすぐに皆と話をしようとする。だがそうするよりも先に、相手から話しかけられた。なんと全員が全員、あなたと同じ心中でいた。
つまり、皆がこれが夢だと勘付いている。おかしな話だ。そもそもこれは自分が見ている夢ではないのか? 皆も同じ夢を見て、架空の世界を共有しているのか? ……という設定の夢なのか?
あなたが頭を悩ませていると、仲間の一人が声を掛けてきた。
「まあ深い考察はどうでもいいじゃないか。せっかくだし、この世界を楽しもう!」
確かに、あれこれ考えたところで答えが出るような問題でもない。だったら流れに流されるまま、ファンタジックな夢の世界を満喫したほうが気が楽だろう。
夢から覚めるまではどこまでも自由なのだから。
まったくもってその通りだとあなたは笑みを浮かべ、記入用紙に視線を落とした。
さて、どいつを選んでやろうか――
現を離れ、さあ行こう。
しがらみのない自由な世界へ。
●猛獣の方程式
胡乱だった意識が透き通った時、あなたは煉瓦造りの建物の中にいることに気が付いた。
目につくのは椅子、長机、そして教壇。どうやら何かの学校であるらしい。棚にはおよそ現実的でない生き物の標本や、毒々しい色の薬品が詰まった瓶が大量に並んでいる。
すぐ隣には生徒と思しき制服姿の人々が。更にあなた自身も同じ制服を着込んでいる。
「諸君らに明日の試験を課す!」
豊かな髭を蓄えたローブ服の老人が、あなたを含む数人の学生達に発破を掛けている。学生の顔にはどことなく見覚えがあるが、この妙に気合の入った老人は何者だろう。
口ぶりからして、この学校の先生であることは間違いなさそうだが。
「思いつくままにキメラを配合し、そして打ち倒すのだ!」
訳の分からないことを言っている。
「キメラについては先日学んだな。二種類のモンスターを掛け合わせた人造の合成獣……どう組み合わせれば面白い個体が出来上がるか、皆も授業を通じて想像してみたことであろう。頭の中に描いた図を形にする機会を、今回! 私は与えようと思う!」
なんとなく、モンスター同士を合体させてキメラというものを作れという主旨は掴めたが、何故わざわざ戦う必要があるのか。
「一流の錬金術師たる者、不足の事態にも即座に対応できなければならない! 想定外に強力なキメラを作り上げてしまったとしても、容易く組み伏せられるだけの力量は必須!」
要は作って遊ぼう的な話らしい。
どうやらこの学校は錬金術師の育成を目的とした施設のようだ。キメラを合成して戦えというのもカリキュラムの一環なのだろう。
状況をひとつひとつ呑み込んでいるうちに、段々落ち着きを取り戻したあなたは、ようやく周囲の学生達が誰であるか理解した。F.i.V.E.の面々だ。
しかしここは老人の話を聞く限り五麟市でもなければ現代ですらない。
ということは。
夢。
夢の中の世界である。あなたはそこで錬金術に携わる学徒となっているようだ。
「これよりキメラ作成式の記入用紙を配る。明日の朝までに提出するように」
渡された紙には多数のモンスターの名前が併記されていた。ここから選ぶらしい。
教鞭を取る老人が退室するのを見届けると、あなたはすぐに皆と話をしようとする。だがそうするよりも先に、相手から話しかけられた。なんと全員が全員、あなたと同じ心中でいた。
つまり、皆がこれが夢だと勘付いている。おかしな話だ。そもそもこれは自分が見ている夢ではないのか? 皆も同じ夢を見て、架空の世界を共有しているのか? ……という設定の夢なのか?
あなたが頭を悩ませていると、仲間の一人が声を掛けてきた。
「まあ深い考察はどうでもいいじゃないか。せっかくだし、この世界を楽しもう!」
確かに、あれこれ考えたところで答えが出るような問題でもない。だったら流れに流されるまま、ファンタジックな夢の世界を満喫したほうが気が楽だろう。
夢から覚めるまではどこまでも自由なのだから。
まったくもってその通りだとあなたは笑みを浮かべ、記入用紙に視線を落とした。
さて、どいつを選んでやろうか――

■シナリオ詳細
■成功条件
1.キメラ全ての撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
2016年一発目の依頼ですが、夢の世界の出来事なので、何でもアリです。
●目的
★キメラの製造と、その討伐
●場所
★錬金術師養成機関
なんだか凄そうな施設ですが、実際に描かれるのはだだっ広い訓練所だけです。
特に邪魔するものもないので十全に戦闘に望めます。
体術や術式は現実世界とまったく同じものを使用できます。
●敵について
★キメラ ×4~8
今回の敵は決まった相手ではありません。
下記のリストから別々のモンスターを二種類選んで合成させてください。
両方の特質を持ったキメラが出来上がります。一人一体まで作れます。
それらを倒すことで、強さを測っていただきます。
(作中での扱いは「紙に書いて提出→それを元に専門家が合成→出来たキメラと訓練所でご対面」というかたちになります。リプレイ内で描写されるのはキメラとの戦闘シーンのみです)
普通に作ればランク1の妖よりやや弱い程度のものが出来ます。
登場は一体ずつなので全員で挑めばサクサク進行するかと思われます。
なお、どのモンスターを掛け合わせるかは各自EXプレイングにお書きください。
「誰だこの化け物を作ったのは!?」感を楽しんでもらいたく存じます。
・オーガ…筋肉質の巨人。物理攻撃が高くなります。
・デビル…イタズラ好きの小悪魔。特殊攻撃が高くなります。
・ゾンビ…立ち上がった死者。物理防御が高くなります。
・ゴーレム…魂の宿った石像。特殊防御が高くなります。
・ゴブリン…身軽な小鬼。反応速度が高くなります。
・ハーピー…半人半鳥。翼が生え、飛行が可能になります。
・ドレイク…小型の竜。ブレスを吐き、攻撃が列対象になります。
・ウィルオウィスプ…怪しげな火の玉。スキルに火傷が付与されます。
・ジャックフロスト…霜の妖精。スキルに凍傷が付与されます。
・ナーガ…蛇に似た怪物。スキルに毒が付与されます。
・マンドラゴラ…泣き叫ぶ植物。スキルに弱体が付与されます。
・カトブレパス…危険な目を持つ獣。スキルに鈍化が付与されます。
・ゴースト…いわゆる幽霊。スキルに呪いが付与されます。
・レッドキャップ…刃物を持ったやばい奴。スキルに出血が付与されます。
・ドラゴン…めちゃつよ。こいつが混じれば苦戦は必至。
・スライム…ぬめぬめぷるぷる。選ぶと全体的にゆるいキメラが誕生します。
■初夢依頼について
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると一夜限りの夢の出来事なので思いっきり楽しんじゃえ!です。
解説は以上になります。
それではご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
6/8
公開日
2016年01月18日
2016年01月18日
■メイン参加者 6人■

●ペルソナ
黴臭い古びた教科書も、長ったらしいルーンの解読術を書き留めたノートも、お気に入りの羽ペンだって、今この瞬間は必要ない。
錬金術師養成機関アルケミーズ・アカデミー。
その実技の時間が始まるところだ。
訓練所に集められた見習い錬金術師は六名。
踏み固められた黒土にはキメラの出現口となる魔方陣が敷かれており、準備は万端。
早速魔方陣が淡い輝きを放ち始め、一体目が呼び出される。
登場したのは輪郭の朧な、不定形の、かつ透き通った生物。素体の片割れがゴーストであるのは間違いなさそうだが、もう一方は果たして。
「恐らく、ウィルオウィスプの要素が含まれていよう」
そう呟いたのはカラーガードの制服を纏う『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)である。持ち前の優れた洞察力でキメラの肉体が小火で構成されていることを看破した。
「呪いで行動を阻害している間に熱気でじわじわと削る、搦め手に長けた個体と見た。心して掛からねばなるまいな」
毅然とした眼差しを向け、士気高揚の旗を掲げる鈴鳴。――ここまで来て彼女に違和感があることがお分かりいただけただろうか。具体的に言うと、キャラが違う。
『私にも出来ることがあるはずです!』
これが普段の応援されたい系女子の鈴鳴である。
「我こそは民の導き手。蒼旗の錬金術師、守衛野鈴鳴なり!」
それでこれが現在の振る舞い。要は折角の架空の世界なので現実から離れた別人格がフィーバーしているという、そういう感じのアレだ。
そんなお祭モードの覚者は何も一人というわけではなく。
背中合わせで立つ賀茂 たまき(CL2000994)と『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)もノリノリでこのシチュエーションを楽しんでいる。
「碧雷の錬金術師、麻弓 紡さんとと並び立つ、紫鋼の錬金術師……たまき!」
名乗りを上げると同時に謎原理の効果音がババーンと鳴った。
「こんな時は男らしく、しっかり女の子を守ってみせるよ!」
ずり落ちそうになる三角帽を抑えて、宣言通りに反射障壁を女子達の前に展開する。どうやらこの世界でのたまきは、勇猛果敢な少年錬金術師になっているらしい。
「でまあ、その碧雷の錬金術師、麻弓紡。面倒くさいからさっさと終わらせてもらうから、ヨロシク」
と嘲りながら三日月をモチーフにしたスリングショットを突きつけた。
口調といいアンニュイな雰囲気といい、然程現実世界における紡と変わらない。
「華奢な女の子だからって甘く見ないことだね」
が、ついてるかついてないか曖昧な性別に暫定措置を下している。あと微妙に髪も長い。獏が見せる夢のロールプレイ性能たるや。
「大丈夫だよ。紡さんのことは僕がちゃんと守り抜くから」
「うん。だけどあんまり心配はさせないで。大切にしたい気持ちはこっちもなんだからさ」
二人がいちゃいちゃしている傍ら。
「ふふっ、みんなには負けないからね! 戦うのもいいけど、私の作ったキメラのかっこいいところも見てほしいな!」
楽しそうに語る『夜に彷徨う』篠森 繭(CL2000431)は覚醒の証である銀の髪をなびかせて、爽やかな笑みを零した。例によって、性格が別人。凄くポジティブ。
「……っと、いけないいけない。目の前のことにも集中しないとね」
そう言うと繭――いや、『水の錬金術師』マユは、自身に根差す英霊の力を高め始める。
「その通り。あの亡霊を皮切りに異貌の群れが次々迫ってくるのですから」
と不適に微笑む少女の影。自分が名乗れる出番を窺っていたらしく、何やらうずうずしている。
「いざ行きましょう! 安らぎの大地を守るため、乙女の祈りが敵を討つ! 夢と浪漫の美少女錬金術師、菊坂結鹿、ただいま参上!」
日曜朝っぽい感じで口上を述べた菊坂 結鹿(CL2000432)は、放課後考えてきたキメポーズを微塵も恥ずかしがることなく威風堂々として取った。日頃の落ち着いた学園生活と比較して見ると、とてもはっちゃけている。別の層の生徒から支持を生みそうな雰囲気である。
「ふう、こういうの、一度やってみたかったんですよね」
すっきりした表情の結鹿だが、まだまだ遊び足りない様子。刀剣片手に次はどんな台詞を叫ぼうかうきうきで考えている。
一方で一人世代の違う軽妙洒脱な浪人生風の『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)はというと。
「俺としては、気分よく殴り合えればそれに越したことはないんだがな」
キャラを大きく崩さない彼は安定感に定評のある男だった。
●戦う卵
さて、一体目のキメラである。幽霊と火の玉が合わさった、実に抽象的な個体だ。
「この手の奴には純粋な打撃は期待できないな」
内面に秘めた火を滾らせる柾はゆえに、ナックルを嵌めた拳に神気を帯びた焔を纏わせる。
「これで効かないとは言わせないぞ。お前の火と俺の火、どちらが上か試そうじゃないか」
薄らと唇の端に愉悦に耽るような笑みを湛えて、握り締めた拳を貫かせる。
対象は実体を持たないがために、はっきりとした手応えはない。だがキメラの許容限界を凌駕する炎が小火の集合体を焼き払う様を、柾は確かに目で認識した。
反撃に靄のようなものを浴びせかけられるが――
「我らに立ち止まる瞬息はなかろう!」
即座に鈴鳴が清浄な露を振り撒いて治癒。金縛りじみた感覚はたちどころに消え去った。
後方から更に水流が飛来する。それは鈴鳴の放ったものとはまるで異なる、明確な圧殺力が見て取れる、砲撃にも似た水の塊である。
「大いなる雫よ、その顎を開けよ!」
射出者は繭。弾丸となった水は宙に漂うキメラの全身を飲み込み、消滅には至らしめなかったが、その戦闘力を維持できなくした。打ち倒されたキメラは魔方陣の中へと吸い込まれていく。最初の敵は目立った苦戦もなく退けられたようだ。
「『天青の錬金術師』を目指してるんだもの、水の扱いには慣れてないとね!」
相変わらずノリのいい空想世界のマユちゃん。
休む間もなく二体目が召喚されてくる。
「う……ちょっと僕には厄介な相手かも」
陣中から飛び上がるように現れたキメラは、漆黒の羽根に彩られた鳥の翼を有していた。だが胴体は鳥類のそれではなく、神話に描かれる幻獣を模した石像だ。石像に翼が生えている。鈍重そうな外見とは裏腹に、自在に空を舞っている。近接特化のたまきからすれば見上げることしか出来ない。
それでも向こうから攻めてきた時に備えて、とたまきは凝固させた黒土をぶかぶかのローブに貼り付け守りを磐石にする。
たまきに代わって紡が空気弾で攻勢に出るが、何せキメラのベースが術式に抵抗を持つ魔石、効き目は十分でない。直接的な攻撃から飛行で距離を取れるハーピーの翼と、術への耐久性に優れたゴーレムの肉体。相性は抜群である。
「これ、テスト的には高成績だったりするのかな」
でも結局倒せなきゃ点にはならないんだよね、と紡はシニカルな意見を述べた。
「あいつは俺も苦手だな。飛んでる奴はてんで駄目だ」
遠距離戦を得意としない柾はお手上げのポーズをする。その間にもキメラは石の礫を投擲し、錬金術師達にプレッシャーを掛ける。
「わたしも接近戦でないのは不本意ですが……やれることはあります!」
上空の標的を見据える結鹿が、一歩前に進み出る。
「冥府に誘え、遁甲陣!」
翻訳すると『迷霧』になるのだが、それはさておいて、結鹿が両手を伸ばしてダンサーのようにその場でくるりと回った途端、密度の濃い粘性の霧が朦々と立ち昇り始めた。霧の一粒一粒が強い粘着力でキメラに絡みつき、頑健な石造りの体を侵食し――綻びが生まれる。
「今こそ好機! さぁ、偉大なる足跡の礎となりたまえ!」
キメラの弱体化を瞬時に視認した鈴鳴が、隙を見逃さずに圧縮空気を発射する。両肩部分の石が弾け飛ぶ破砕音が響き渡る。優れた回復の技術は破壊力に転化され、攻撃においても際立った成果を生んだ。それに続いたのは紡。同じく空気弾を打ち込む。先程とは違い、結鹿の霧による補助のおかげで紛れもなくダメージを与えられていることが実感できる。
肉体が崩壊したキメラはやがて墜落し、ようやく機を得たたまきが地面から突き出させた土製の槍に刺されると、魔方陣へと撤退していった。
入れ違いざまに新たなる合成獣が呼び起こされる。またしても飛んでいる。バサバサと騒々しく羽ばたく音が木霊する。
もっとも今回翼を生やしているのは知性と獰猛さを両立した面構えの蛇だ。フォルムだけで言えば、想像上の生物ケツァルコアトルを思わせる。
「でも雷は起こさないよね、流石に。多分元になってるのはナーガだろうし」
スリングショットを構える紡。懸念は見当たらない。飛行する相手の攻略法は既に確立している。
「もう一回、遁甲陣!」
結鹿が再度身体機能を弱らせる霧を訓練所全体に広げる。
「強そうな見た目だけど、その分撃ち落とし甲斐のある子だね」
ハンドガンの照準を合わせる繭の表情は甚く静穏だ。狙いは無論人造の怪物。引き金に掛けた指に軽く力を込める。銃声と共に放たれた鉛弾は一切のぶれもない一直線の軌道を描き――光沢のある鱗で覆われたキメラの皮膚を突き破り、極彩色の血を噴かせた。
キメラも剥いた牙から毒を滴らせ、地上に立ち並ぶ錬金術師達に一矢報いようとするが、やはり全身に纏わりつく粘液の重苦しさは拭えない。
「むしろ雷はこのボクが起こさせてもらうよ」
そう言って、紡はとどめとばかりに紺碧の雷を降らせた。
ゆくキメラ。くるキメラ。
一体が倒れると、間髪入れずに次の個体が出現する。
「もう、安堵する暇もないなぁ」
口でこそ繭はぼやきを零すが、表情はどこか嬉しそうだ。
「フフ、楽しくなってきましたね。どの程度の敵までいけるのか、わたしの限界はどこまでなのか……これは是非試してみないといけませんね」
続々襲来するキメラに刺激を受ける結鹿は、新顔にも当然のように興味津々の目を向ける。
その四体目。
額に角の生えた人型の生物が姿を見せた。
鈴鳴はじっくりと観察し、そして後方の紡と繭をその小さな背中に隠す。
「合成素材はゴブリンとオーガ、だろうか。共に和の国では鬼などと呼称される魔物だが……」
まさに『鬼』としか表しようのない風貌である。二メートルはあるであろう長身に加え、逞しく引き締まった筋肉が目を引く。ゴブリンの要因が混ざったことを代償にオーガ本来の巨体は縮小されているが、その分俊敏性も兼ね備えていそうだ。
「……良い。こういう奴を待っていた。さて、どっちが速いかな」
発奮して息巻いたのは肉弾戦に餓えている柾だ。ようやくシンプルに殴り合えそうな相手、これを楽しまない手はない。
「大丈夫、みんなのところへは行かせないよ。こういう危なそうな敵から女の子を守るのは、僕の務めだからね」
同時にたまきも前へと歩み出る。
キメラはいきり立って二者に襲い掛かった。驚くべきはその瞬発力。長躯に似つかわしくない素早さで一気に距離を詰めると、身長差を活用してたまきに重い拳打を振り下ろした。たまきはそれを交差させた両腕で防ぎ、懸命に跳ね除けて致命傷を逃れる。柾がその脇から軽くステップを踏みつつ打撃を繰り出す。右ストレートの一発では飽き足らず、脛を狙った下段蹴りもセットにしての連撃。よろめいたところにたまきは勇敢にもしがみつき、キメラの獰猛な目を臆することなく睨みつけての『無頼』による強大なプレッシャーを浴びせ、その戦意を鈍らせる。
特殊な能力を持たない分、近接戦闘を主軸に置いた基本性能が極限まで高まっている――が、言ってしまえばそれだけであり、与し易い相手であるのは確か。
戦意の揺らぎは消極性に繋がり、消極性は躊躇を生む。すなわち、一歩目が遅くなる。
それをみすみす看過するほど柾は甘い男ではない。今度は先制して殴打を二発叩き込み、一気に体力を奪う。続いて攻撃を仕掛けるのは闘志を燃やすたまき。柾のように華麗な連携を構築できる訳ではないが、一撃の威力には自信がある。
「一撃必殺……くらえぇ!!」
小柄な体全身を使って勢いよく助走をつけ、跳躍。硬化した拳でキメラの頬を殴りつける。
地に伏せたキメラは魔方陣へと吸引されていき、後には血痕だけが残った。
「さあ、次は如何な輩だ!」
体術を駆使したことの疲弊と多少のダメージを負った二人を癒しながら、鈴鳴が檄を飛ばす。
「異界に眠る者よ、我が呼びかけに答えよ。我が思いに答え、我が意思のままに形を為し、出でよ! ……なんてね」
繭も悪乗りしてみる。
光溢れる中に呼ばれてきたのは――
「えっ、何これ」
体高五十センチメートル少々の、そして角が取れてぷるぷるとした半透明のゲル状ボディの、やる気のなさそうなドレイクがそこにいた。
「わ、意外と……うん。どうなの、これ?」
たまきと顔を見合わせる紡。小型の竜の癖に全然刺々しさがないせいで威圧感がない。
「誰だこれを作った奴は? 本気か? 本気でこれなのか?」
困惑する柾。
「エ、エッチなことは、許しません!」
何故か結鹿だけが異様に警戒している。どうも柔らかい生き物にトラウマがあるらしい。
キメラ(非ゆるキャラ)が少しずつ近づいてくる。
「外見で判断すべきではない。あれで中々の強豪である可能性もある」
鈴鳴が気を抜かないよう喚起するも、キメラはぎりぎり形状を保っているだけで不安定なのか、最初の二、三歩でぺしゃっと転んだ。
「だ、だが列記とした竜。ブレスを念頭に入れて隊形を整えたほうが……」
言っている間になんか息を吐いてる。肺活量に乏しく、射程30cm。しかも若干苦しげ。
「やん、ちょっとかわいいかも……」
紡が自ら近づいて突っついてみる。ぷにぷにしている。あとひんやりしてて夏場は気持ちよさそう。
「わわっ、ほんとだ。触り心地は悪くないね」
たまきも一緒に人差し指でつつく。ぷにぷに。ぷにぷに。ぷにぷにぷに。
――そんな些細な攻撃でこのキメラはやられたのであった。
●儚き夢
ブレイクタイムを挟んで、錬金術の学徒達はいよいよ最終戦に臨んでいた。
敵となるキメラは――竜。与えられた合成素材における最強の選択肢、ドラゴンだ。
体表を覆う硬い鱗の一枚一枚に霜が下り、氷の結晶のように真っ白な容貌をしたそれは、見るからに雪の妖精ジャックフロストとの混合生物だろう。
中和されてサイズこそ三メートル弱に収まっているが、全く油断は出来そうにない。
「これは強そうな相手じゃないか。燃えてくるな」
言いながら柾は足元に張られた氷を自身が放射した炎の熱で溶かす。
キメラは極低温の息を吐き続け、錬金術師達を翻弄する。まともに喰らえば凍傷は免れない。
「貫け、地霊穿!」
結鹿は力強く地面を踏み鳴らすと、キメラの真下にある大地を隆起させて比較的守りの薄い足の裏にダメージを加えた。流石に一度で倒れてはくれない。だがそれが幾度となく続くとなればどうか。
たまきは絶えず『蒼鋼壁』による味方の防護を維持。キメラと交戦しながら、である。
負担は大きいが、それでも守りたいものがあった。
「立て、学舎の同朋よ!」
傷ついた者の怪我を治すだけでなく、戦意が削がれてしまわないよう鼓舞する鈴鳴。一方で紡は凍てついた肌を刺すような空気の正常化に努め、全員の凍傷解除を担う。
回復の手が十分であることを把握した繭は、『水の錬金術師』マユとして攻撃役に加勢。遠距離から撃ち出すのは無論最も得意とする『水礫』だ。
文字通りの総力戦。終止符を打ったのは――
「これでぇ、おしまいだよっ!」
たまきによる強烈な打撃が炸裂。キメラが纏う氷の鎧は砕け散り、皮下にある無防備な肉だけにたまきの拳の衝撃が伝わる。それに耐えられるだけの体力、精神力、共に最早残されていなかった。
少年錬金術師はへへ、と小さく笑うと、疲れた様子でその場にしゃがみこんだ。
すぐさま駆け寄り、然程得意ではない治癒の術をかける紡。
「ちょっと無理しちゃったかも……心配させてごめんね」
「ん」
言いながら、紡はロングコートの懐から棒付きのキャンディを二つ取り出した。そのうちの一方を包み紙を取って頬張ると、片方をたまきへと差し出す。
「お疲れ様。今日もたくさん助けられたよ。ありがとね」
たまきは表情をぱっと晴らして飴を受け取り、咥えてみる。
「苺ミルク味だ! 僕、今日は何味かなっていつも楽しみにしてるんだよ」
「知ってるよ。だから毎回、味変えてるってワケ」
微笑を返す紡に、今度はたまきが何やらすっと握らせた。紡が手を開いてみると、小さな青と緑の宝石が輝きを放っている。
「いつも貰ってばかりだから、お返しだよ!」
それに助けられてるのは僕もだからね。たまきはそう言葉を添えて、照れ臭そうに笑った。
「……そろそろ夢が醒める頃なんですかね」
凛々しさから丁重さへ、普段通りの自分に戻った鈴鳴が、夢の終わりを察して言った。
「いつもと違う皆さんの姿も見られましたし、不思議ですけど、楽しかったですっ」
「変な初夢だったけど、悪夢なんかじゃなくて良かった、かな」
今年はいい年になるといいな、と繭は内心思う。
「なんとなくでキメラを作ってはみたが、中々楽しませてもらえたな……ありがとうな」
誰に聞かせるでもなく柾は呟く。
もうここには何もない。未知の生物も、喧騒も。
静かになった世界は暗転し始め、慌しかった夢は段々と溶け出していった。
黴臭い古びた教科書も、長ったらしいルーンの解読術を書き留めたノートも、お気に入りの羽ペンだって、今この瞬間は必要ない。
錬金術師養成機関アルケミーズ・アカデミー。
その実技の時間が始まるところだ。
訓練所に集められた見習い錬金術師は六名。
踏み固められた黒土にはキメラの出現口となる魔方陣が敷かれており、準備は万端。
早速魔方陣が淡い輝きを放ち始め、一体目が呼び出される。
登場したのは輪郭の朧な、不定形の、かつ透き通った生物。素体の片割れがゴーストであるのは間違いなさそうだが、もう一方は果たして。
「恐らく、ウィルオウィスプの要素が含まれていよう」
そう呟いたのはカラーガードの制服を纏う『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)である。持ち前の優れた洞察力でキメラの肉体が小火で構成されていることを看破した。
「呪いで行動を阻害している間に熱気でじわじわと削る、搦め手に長けた個体と見た。心して掛からねばなるまいな」
毅然とした眼差しを向け、士気高揚の旗を掲げる鈴鳴。――ここまで来て彼女に違和感があることがお分かりいただけただろうか。具体的に言うと、キャラが違う。
『私にも出来ることがあるはずです!』
これが普段の応援されたい系女子の鈴鳴である。
「我こそは民の導き手。蒼旗の錬金術師、守衛野鈴鳴なり!」
それでこれが現在の振る舞い。要は折角の架空の世界なので現実から離れた別人格がフィーバーしているという、そういう感じのアレだ。
そんなお祭モードの覚者は何も一人というわけではなく。
背中合わせで立つ賀茂 たまき(CL2000994)と『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)もノリノリでこのシチュエーションを楽しんでいる。
「碧雷の錬金術師、麻弓 紡さんとと並び立つ、紫鋼の錬金術師……たまき!」
名乗りを上げると同時に謎原理の効果音がババーンと鳴った。
「こんな時は男らしく、しっかり女の子を守ってみせるよ!」
ずり落ちそうになる三角帽を抑えて、宣言通りに反射障壁を女子達の前に展開する。どうやらこの世界でのたまきは、勇猛果敢な少年錬金術師になっているらしい。
「でまあ、その碧雷の錬金術師、麻弓紡。面倒くさいからさっさと終わらせてもらうから、ヨロシク」
と嘲りながら三日月をモチーフにしたスリングショットを突きつけた。
口調といいアンニュイな雰囲気といい、然程現実世界における紡と変わらない。
「華奢な女の子だからって甘く見ないことだね」
が、ついてるかついてないか曖昧な性別に暫定措置を下している。あと微妙に髪も長い。獏が見せる夢のロールプレイ性能たるや。
「大丈夫だよ。紡さんのことは僕がちゃんと守り抜くから」
「うん。だけどあんまり心配はさせないで。大切にしたい気持ちはこっちもなんだからさ」
二人がいちゃいちゃしている傍ら。
「ふふっ、みんなには負けないからね! 戦うのもいいけど、私の作ったキメラのかっこいいところも見てほしいな!」
楽しそうに語る『夜に彷徨う』篠森 繭(CL2000431)は覚醒の証である銀の髪をなびかせて、爽やかな笑みを零した。例によって、性格が別人。凄くポジティブ。
「……っと、いけないいけない。目の前のことにも集中しないとね」
そう言うと繭――いや、『水の錬金術師』マユは、自身に根差す英霊の力を高め始める。
「その通り。あの亡霊を皮切りに異貌の群れが次々迫ってくるのですから」
と不適に微笑む少女の影。自分が名乗れる出番を窺っていたらしく、何やらうずうずしている。
「いざ行きましょう! 安らぎの大地を守るため、乙女の祈りが敵を討つ! 夢と浪漫の美少女錬金術師、菊坂結鹿、ただいま参上!」
日曜朝っぽい感じで口上を述べた菊坂 結鹿(CL2000432)は、放課後考えてきたキメポーズを微塵も恥ずかしがることなく威風堂々として取った。日頃の落ち着いた学園生活と比較して見ると、とてもはっちゃけている。別の層の生徒から支持を生みそうな雰囲気である。
「ふう、こういうの、一度やってみたかったんですよね」
すっきりした表情の結鹿だが、まだまだ遊び足りない様子。刀剣片手に次はどんな台詞を叫ぼうかうきうきで考えている。
一方で一人世代の違う軽妙洒脱な浪人生風の『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)はというと。
「俺としては、気分よく殴り合えればそれに越したことはないんだがな」
キャラを大きく崩さない彼は安定感に定評のある男だった。
●戦う卵
さて、一体目のキメラである。幽霊と火の玉が合わさった、実に抽象的な個体だ。
「この手の奴には純粋な打撃は期待できないな」
内面に秘めた火を滾らせる柾はゆえに、ナックルを嵌めた拳に神気を帯びた焔を纏わせる。
「これで効かないとは言わせないぞ。お前の火と俺の火、どちらが上か試そうじゃないか」
薄らと唇の端に愉悦に耽るような笑みを湛えて、握り締めた拳を貫かせる。
対象は実体を持たないがために、はっきりとした手応えはない。だがキメラの許容限界を凌駕する炎が小火の集合体を焼き払う様を、柾は確かに目で認識した。
反撃に靄のようなものを浴びせかけられるが――
「我らに立ち止まる瞬息はなかろう!」
即座に鈴鳴が清浄な露を振り撒いて治癒。金縛りじみた感覚はたちどころに消え去った。
後方から更に水流が飛来する。それは鈴鳴の放ったものとはまるで異なる、明確な圧殺力が見て取れる、砲撃にも似た水の塊である。
「大いなる雫よ、その顎を開けよ!」
射出者は繭。弾丸となった水は宙に漂うキメラの全身を飲み込み、消滅には至らしめなかったが、その戦闘力を維持できなくした。打ち倒されたキメラは魔方陣の中へと吸い込まれていく。最初の敵は目立った苦戦もなく退けられたようだ。
「『天青の錬金術師』を目指してるんだもの、水の扱いには慣れてないとね!」
相変わらずノリのいい空想世界のマユちゃん。
休む間もなく二体目が召喚されてくる。
「う……ちょっと僕には厄介な相手かも」
陣中から飛び上がるように現れたキメラは、漆黒の羽根に彩られた鳥の翼を有していた。だが胴体は鳥類のそれではなく、神話に描かれる幻獣を模した石像だ。石像に翼が生えている。鈍重そうな外見とは裏腹に、自在に空を舞っている。近接特化のたまきからすれば見上げることしか出来ない。
それでも向こうから攻めてきた時に備えて、とたまきは凝固させた黒土をぶかぶかのローブに貼り付け守りを磐石にする。
たまきに代わって紡が空気弾で攻勢に出るが、何せキメラのベースが術式に抵抗を持つ魔石、効き目は十分でない。直接的な攻撃から飛行で距離を取れるハーピーの翼と、術への耐久性に優れたゴーレムの肉体。相性は抜群である。
「これ、テスト的には高成績だったりするのかな」
でも結局倒せなきゃ点にはならないんだよね、と紡はシニカルな意見を述べた。
「あいつは俺も苦手だな。飛んでる奴はてんで駄目だ」
遠距離戦を得意としない柾はお手上げのポーズをする。その間にもキメラは石の礫を投擲し、錬金術師達にプレッシャーを掛ける。
「わたしも接近戦でないのは不本意ですが……やれることはあります!」
上空の標的を見据える結鹿が、一歩前に進み出る。
「冥府に誘え、遁甲陣!」
翻訳すると『迷霧』になるのだが、それはさておいて、結鹿が両手を伸ばしてダンサーのようにその場でくるりと回った途端、密度の濃い粘性の霧が朦々と立ち昇り始めた。霧の一粒一粒が強い粘着力でキメラに絡みつき、頑健な石造りの体を侵食し――綻びが生まれる。
「今こそ好機! さぁ、偉大なる足跡の礎となりたまえ!」
キメラの弱体化を瞬時に視認した鈴鳴が、隙を見逃さずに圧縮空気を発射する。両肩部分の石が弾け飛ぶ破砕音が響き渡る。優れた回復の技術は破壊力に転化され、攻撃においても際立った成果を生んだ。それに続いたのは紡。同じく空気弾を打ち込む。先程とは違い、結鹿の霧による補助のおかげで紛れもなくダメージを与えられていることが実感できる。
肉体が崩壊したキメラはやがて墜落し、ようやく機を得たたまきが地面から突き出させた土製の槍に刺されると、魔方陣へと撤退していった。
入れ違いざまに新たなる合成獣が呼び起こされる。またしても飛んでいる。バサバサと騒々しく羽ばたく音が木霊する。
もっとも今回翼を生やしているのは知性と獰猛さを両立した面構えの蛇だ。フォルムだけで言えば、想像上の生物ケツァルコアトルを思わせる。
「でも雷は起こさないよね、流石に。多分元になってるのはナーガだろうし」
スリングショットを構える紡。懸念は見当たらない。飛行する相手の攻略法は既に確立している。
「もう一回、遁甲陣!」
結鹿が再度身体機能を弱らせる霧を訓練所全体に広げる。
「強そうな見た目だけど、その分撃ち落とし甲斐のある子だね」
ハンドガンの照準を合わせる繭の表情は甚く静穏だ。狙いは無論人造の怪物。引き金に掛けた指に軽く力を込める。銃声と共に放たれた鉛弾は一切のぶれもない一直線の軌道を描き――光沢のある鱗で覆われたキメラの皮膚を突き破り、極彩色の血を噴かせた。
キメラも剥いた牙から毒を滴らせ、地上に立ち並ぶ錬金術師達に一矢報いようとするが、やはり全身に纏わりつく粘液の重苦しさは拭えない。
「むしろ雷はこのボクが起こさせてもらうよ」
そう言って、紡はとどめとばかりに紺碧の雷を降らせた。
ゆくキメラ。くるキメラ。
一体が倒れると、間髪入れずに次の個体が出現する。
「もう、安堵する暇もないなぁ」
口でこそ繭はぼやきを零すが、表情はどこか嬉しそうだ。
「フフ、楽しくなってきましたね。どの程度の敵までいけるのか、わたしの限界はどこまでなのか……これは是非試してみないといけませんね」
続々襲来するキメラに刺激を受ける結鹿は、新顔にも当然のように興味津々の目を向ける。
その四体目。
額に角の生えた人型の生物が姿を見せた。
鈴鳴はじっくりと観察し、そして後方の紡と繭をその小さな背中に隠す。
「合成素材はゴブリンとオーガ、だろうか。共に和の国では鬼などと呼称される魔物だが……」
まさに『鬼』としか表しようのない風貌である。二メートルはあるであろう長身に加え、逞しく引き締まった筋肉が目を引く。ゴブリンの要因が混ざったことを代償にオーガ本来の巨体は縮小されているが、その分俊敏性も兼ね備えていそうだ。
「……良い。こういう奴を待っていた。さて、どっちが速いかな」
発奮して息巻いたのは肉弾戦に餓えている柾だ。ようやくシンプルに殴り合えそうな相手、これを楽しまない手はない。
「大丈夫、みんなのところへは行かせないよ。こういう危なそうな敵から女の子を守るのは、僕の務めだからね」
同時にたまきも前へと歩み出る。
キメラはいきり立って二者に襲い掛かった。驚くべきはその瞬発力。長躯に似つかわしくない素早さで一気に距離を詰めると、身長差を活用してたまきに重い拳打を振り下ろした。たまきはそれを交差させた両腕で防ぎ、懸命に跳ね除けて致命傷を逃れる。柾がその脇から軽くステップを踏みつつ打撃を繰り出す。右ストレートの一発では飽き足らず、脛を狙った下段蹴りもセットにしての連撃。よろめいたところにたまきは勇敢にもしがみつき、キメラの獰猛な目を臆することなく睨みつけての『無頼』による強大なプレッシャーを浴びせ、その戦意を鈍らせる。
特殊な能力を持たない分、近接戦闘を主軸に置いた基本性能が極限まで高まっている――が、言ってしまえばそれだけであり、与し易い相手であるのは確か。
戦意の揺らぎは消極性に繋がり、消極性は躊躇を生む。すなわち、一歩目が遅くなる。
それをみすみす看過するほど柾は甘い男ではない。今度は先制して殴打を二発叩き込み、一気に体力を奪う。続いて攻撃を仕掛けるのは闘志を燃やすたまき。柾のように華麗な連携を構築できる訳ではないが、一撃の威力には自信がある。
「一撃必殺……くらえぇ!!」
小柄な体全身を使って勢いよく助走をつけ、跳躍。硬化した拳でキメラの頬を殴りつける。
地に伏せたキメラは魔方陣へと吸引されていき、後には血痕だけが残った。
「さあ、次は如何な輩だ!」
体術を駆使したことの疲弊と多少のダメージを負った二人を癒しながら、鈴鳴が檄を飛ばす。
「異界に眠る者よ、我が呼びかけに答えよ。我が思いに答え、我が意思のままに形を為し、出でよ! ……なんてね」
繭も悪乗りしてみる。
光溢れる中に呼ばれてきたのは――
「えっ、何これ」
体高五十センチメートル少々の、そして角が取れてぷるぷるとした半透明のゲル状ボディの、やる気のなさそうなドレイクがそこにいた。
「わ、意外と……うん。どうなの、これ?」
たまきと顔を見合わせる紡。小型の竜の癖に全然刺々しさがないせいで威圧感がない。
「誰だこれを作った奴は? 本気か? 本気でこれなのか?」
困惑する柾。
「エ、エッチなことは、許しません!」
何故か結鹿だけが異様に警戒している。どうも柔らかい生き物にトラウマがあるらしい。
キメラ(非ゆるキャラ)が少しずつ近づいてくる。
「外見で判断すべきではない。あれで中々の強豪である可能性もある」
鈴鳴が気を抜かないよう喚起するも、キメラはぎりぎり形状を保っているだけで不安定なのか、最初の二、三歩でぺしゃっと転んだ。
「だ、だが列記とした竜。ブレスを念頭に入れて隊形を整えたほうが……」
言っている間になんか息を吐いてる。肺活量に乏しく、射程30cm。しかも若干苦しげ。
「やん、ちょっとかわいいかも……」
紡が自ら近づいて突っついてみる。ぷにぷにしている。あとひんやりしてて夏場は気持ちよさそう。
「わわっ、ほんとだ。触り心地は悪くないね」
たまきも一緒に人差し指でつつく。ぷにぷに。ぷにぷに。ぷにぷにぷに。
――そんな些細な攻撃でこのキメラはやられたのであった。
●儚き夢
ブレイクタイムを挟んで、錬金術の学徒達はいよいよ最終戦に臨んでいた。
敵となるキメラは――竜。与えられた合成素材における最強の選択肢、ドラゴンだ。
体表を覆う硬い鱗の一枚一枚に霜が下り、氷の結晶のように真っ白な容貌をしたそれは、見るからに雪の妖精ジャックフロストとの混合生物だろう。
中和されてサイズこそ三メートル弱に収まっているが、全く油断は出来そうにない。
「これは強そうな相手じゃないか。燃えてくるな」
言いながら柾は足元に張られた氷を自身が放射した炎の熱で溶かす。
キメラは極低温の息を吐き続け、錬金術師達を翻弄する。まともに喰らえば凍傷は免れない。
「貫け、地霊穿!」
結鹿は力強く地面を踏み鳴らすと、キメラの真下にある大地を隆起させて比較的守りの薄い足の裏にダメージを加えた。流石に一度で倒れてはくれない。だがそれが幾度となく続くとなればどうか。
たまきは絶えず『蒼鋼壁』による味方の防護を維持。キメラと交戦しながら、である。
負担は大きいが、それでも守りたいものがあった。
「立て、学舎の同朋よ!」
傷ついた者の怪我を治すだけでなく、戦意が削がれてしまわないよう鼓舞する鈴鳴。一方で紡は凍てついた肌を刺すような空気の正常化に努め、全員の凍傷解除を担う。
回復の手が十分であることを把握した繭は、『水の錬金術師』マユとして攻撃役に加勢。遠距離から撃ち出すのは無論最も得意とする『水礫』だ。
文字通りの総力戦。終止符を打ったのは――
「これでぇ、おしまいだよっ!」
たまきによる強烈な打撃が炸裂。キメラが纏う氷の鎧は砕け散り、皮下にある無防備な肉だけにたまきの拳の衝撃が伝わる。それに耐えられるだけの体力、精神力、共に最早残されていなかった。
少年錬金術師はへへ、と小さく笑うと、疲れた様子でその場にしゃがみこんだ。
すぐさま駆け寄り、然程得意ではない治癒の術をかける紡。
「ちょっと無理しちゃったかも……心配させてごめんね」
「ん」
言いながら、紡はロングコートの懐から棒付きのキャンディを二つ取り出した。そのうちの一方を包み紙を取って頬張ると、片方をたまきへと差し出す。
「お疲れ様。今日もたくさん助けられたよ。ありがとね」
たまきは表情をぱっと晴らして飴を受け取り、咥えてみる。
「苺ミルク味だ! 僕、今日は何味かなっていつも楽しみにしてるんだよ」
「知ってるよ。だから毎回、味変えてるってワケ」
微笑を返す紡に、今度はたまきが何やらすっと握らせた。紡が手を開いてみると、小さな青と緑の宝石が輝きを放っている。
「いつも貰ってばかりだから、お返しだよ!」
それに助けられてるのは僕もだからね。たまきはそう言葉を添えて、照れ臭そうに笑った。
「……そろそろ夢が醒める頃なんですかね」
凛々しさから丁重さへ、普段通りの自分に戻った鈴鳴が、夢の終わりを察して言った。
「いつもと違う皆さんの姿も見られましたし、不思議ですけど、楽しかったですっ」
「変な初夢だったけど、悪夢なんかじゃなくて良かった、かな」
今年はいい年になるといいな、と繭は内心思う。
「なんとなくでキメラを作ってはみたが、中々楽しませてもらえたな……ありがとうな」
誰に聞かせるでもなく柾は呟く。
もうここには何もない。未知の生物も、喧騒も。
静かになった世界は暗転し始め、慌しかった夢は段々と溶け出していった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
