それは身を守るための武器
●薫風
「んぅ~~。 いい天気~」
ベンチに腰掛けた少女が頭の後ろで手を組み、ぐ~っと伸びをする。
木々に覆われたこの公園は遊具も無く、子供すら来る事は少ない。
ここは俗世から隔離されたような、少女に神秘的な雰囲気さえ感じさせてくれる場所だった。
木々の香りは心を穏やかにさせ、差し込む光はまるで異世界に迷い込んだかのように錯覚させてくれる。
そのまま本の世界に迷い込んだかのように浸る事が出切るここは、いわば少女の秘密の隠れ家だ。
本の文字を追う事に疲れ、しぱしぱした目をぐっと強く閉じる。
大きく息を吐くと同時にゆっくりと目を開けると、それだけで疲れが吹き飛びまた本の世界に潜ることができそうだった。
少女は再び目を本に向けようとするが、ふと視界の隅に違和感を覚え視線を上げる。
木のざわめく音に混ざり草を分ける音が聞こえたと思うと、真向かいの茂みから何かがのそりと姿を現した。
「ひっ……!? く、熊……?」
熊がこの辺りで出たなんていう話は効いた事がないが、他に思い当たる物もない。
まるで本の世界から姿を現したモンスターのようなその獣は、1歩、2歩とこちらへ近づいてくる。
逃げなくては…と思うものの、恐怖にすくんだ足は動きそうも無い。
獣はじっとこちらを見ると、急に振り返りこちらに尻を向ける。
襲う気が無い…? 少女は喉に詰まった栓が抜けたかのように大きなため息をつく。
良く見れば、獣には黒い体には白いラインが所々入っている。 顔つきも、鼻がキツネのように尖り、熊のそれとは違うように思える。
そして特徴的なのはその尾だ。
もこもことした毛に覆われた、まるでリスの尾のように大きいそれはピンと垂直に立っている。
白と黒、もこもこの尾、そして尻を向けるこの体勢。
少女が、ふとある動物を思い浮かべ冷や汗を垂らす。
「ま、まさかこれって………」
少女が焦り椅子から立ち上がろうとした瞬間。
ぼふん!
間の抜けたような音が獣の尻からすると、少女を黄色い気団が覆い尽くす。
「うっ!?」
そのガスに包まれた少女は、哀れ、今まで嗅いだ事も無いような強烈な香りに包まれ意識を失うのだった。
●奴の名は
「まず最初に謝っておくけど、こんな依頼でゴメンね?」
夢見の久方 万里(nCL2000005)が覚者達に愛想笑いを浮かべる。
ホワイトボードに描かれた1匹の動物。 白と黒のツートンカラーで尾の大きい。
そしてお尻から煙をふきだしているような絵が付け加えられたとなれば、もうその答えは明白だ。
「今回はね、スカンクの妖が現れちゃったんだよ! 知ってる? すっごいオナラで身を守るって言うあの…」
やっぱりかとげんなりした様子の覚者達をあえてスルーし、万里は説明を続ける。
「普通のでも厄介だけど、問題は…」
そういうとスカンクの絵の隣に人の絵を描き始める。 人の背丈はスカンクよりも少し高い程度で、普通のスカンクは小型犬ほどの大きさだと考えると、何かの間違いのような大きさだ。
「あ! 変な攻撃だからって甘く見ちゃダメだよ? 凄い強い動物だってスカンクには手を出せないんだから!」
確かに、動物の持つ武器で強力なのは身を守る為の物だ。
鋭利な牙よりも、獲物を切り裂く爪よりも、襲われる側の身を守る為の毒の方が恐ろしいというのは良くある事。
その武器を襲う為に使うとなるのだから、確かに甘く見てよいものではないのかもしれない。
「みんなでもきっと倒せるくらいの強さだと思うよ。 頑張ってね!」
元気よく覚者達を送り出す万里は、笑顔のまま言葉を続ける。
「それと……。 成功の報告に来るのは、ニオイが落ちてからにしてね?」
「んぅ~~。 いい天気~」
ベンチに腰掛けた少女が頭の後ろで手を組み、ぐ~っと伸びをする。
木々に覆われたこの公園は遊具も無く、子供すら来る事は少ない。
ここは俗世から隔離されたような、少女に神秘的な雰囲気さえ感じさせてくれる場所だった。
木々の香りは心を穏やかにさせ、差し込む光はまるで異世界に迷い込んだかのように錯覚させてくれる。
そのまま本の世界に迷い込んだかのように浸る事が出切るここは、いわば少女の秘密の隠れ家だ。
本の文字を追う事に疲れ、しぱしぱした目をぐっと強く閉じる。
大きく息を吐くと同時にゆっくりと目を開けると、それだけで疲れが吹き飛びまた本の世界に潜ることができそうだった。
少女は再び目を本に向けようとするが、ふと視界の隅に違和感を覚え視線を上げる。
木のざわめく音に混ざり草を分ける音が聞こえたと思うと、真向かいの茂みから何かがのそりと姿を現した。
「ひっ……!? く、熊……?」
熊がこの辺りで出たなんていう話は効いた事がないが、他に思い当たる物もない。
まるで本の世界から姿を現したモンスターのようなその獣は、1歩、2歩とこちらへ近づいてくる。
逃げなくては…と思うものの、恐怖にすくんだ足は動きそうも無い。
獣はじっとこちらを見ると、急に振り返りこちらに尻を向ける。
襲う気が無い…? 少女は喉に詰まった栓が抜けたかのように大きなため息をつく。
良く見れば、獣には黒い体には白いラインが所々入っている。 顔つきも、鼻がキツネのように尖り、熊のそれとは違うように思える。
そして特徴的なのはその尾だ。
もこもことした毛に覆われた、まるでリスの尾のように大きいそれはピンと垂直に立っている。
白と黒、もこもこの尾、そして尻を向けるこの体勢。
少女が、ふとある動物を思い浮かべ冷や汗を垂らす。
「ま、まさかこれって………」
少女が焦り椅子から立ち上がろうとした瞬間。
ぼふん!
間の抜けたような音が獣の尻からすると、少女を黄色い気団が覆い尽くす。
「うっ!?」
そのガスに包まれた少女は、哀れ、今まで嗅いだ事も無いような強烈な香りに包まれ意識を失うのだった。
●奴の名は
「まず最初に謝っておくけど、こんな依頼でゴメンね?」
夢見の久方 万里(nCL2000005)が覚者達に愛想笑いを浮かべる。
ホワイトボードに描かれた1匹の動物。 白と黒のツートンカラーで尾の大きい。
そしてお尻から煙をふきだしているような絵が付け加えられたとなれば、もうその答えは明白だ。
「今回はね、スカンクの妖が現れちゃったんだよ! 知ってる? すっごいオナラで身を守るって言うあの…」
やっぱりかとげんなりした様子の覚者達をあえてスルーし、万里は説明を続ける。
「普通のでも厄介だけど、問題は…」
そういうとスカンクの絵の隣に人の絵を描き始める。 人の背丈はスカンクよりも少し高い程度で、普通のスカンクは小型犬ほどの大きさだと考えると、何かの間違いのような大きさだ。
「あ! 変な攻撃だからって甘く見ちゃダメだよ? 凄い強い動物だってスカンクには手を出せないんだから!」
確かに、動物の持つ武器で強力なのは身を守る為の物だ。
鋭利な牙よりも、獲物を切り裂く爪よりも、襲われる側の身を守る為の毒の方が恐ろしいというのは良くある事。
その武器を襲う為に使うとなるのだから、確かに甘く見てよいものではないのかもしれない。
「みんなでもきっと倒せるくらいの強さだと思うよ。 頑張ってね!」
元気よく覚者達を送り出す万里は、笑顔のまま言葉を続ける。
「それと……。 成功の報告に来るのは、ニオイが落ちてからにしてね?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖(生物系、ランク2)1体の撃破。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
依頼を出すのは初めてで緊張してますが、楽しんでいただけたら幸いです。
初依頼の相手はスカンクさんです。 自衛の武器こそ最強の武器なのです!
本当はガスではなく液体らしいのですが、今回の妖はガスを放ってきます。
●敵情報
・スカンクの妖 ×1
生物系の妖で、ランクは2です。
四つんばいで成人男性よりも少し背が低い、尻尾も含めると高さ3Mはありそうな巨大なスカンク。
動きは遅いもののでっぷりと太っていて体力はありそうです。
もふもふした尻尾はもふもふ好きならたまらなそうなもふもふ具合です。
【攻撃方法】
・尻尾叩きつけ……くるりと周り前衛を尻尾でもふっと叩きつけます。 あんまり攻撃力は高くないです。
・引っかく……さほど鋭くない爪で引っかきます。
・黄色いガス……お尻から放つ恐怖の必殺技です。 お尻を向けた側に居る相手全員にダメージ+弱体と毒のバッドステータス。 3ターンに1度しか放てない。
●戦闘場所の情報
周りを森に覆われた静かな公園。 円形で半径10Mほど、小さなベンチがあるだけで高低差などもありません。
覚者が来た時はOPの少女は来ていませんが、スカンクは覚者の気配を感じ現れます。
利用する人は本当に少なく、特に事前に準備などをしなくとも戦場に一般人が入ってきてしまう事は無いでしょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年08月27日
2015年08月27日
■メイン参加者 8人■

●木漏れ日の公園
太陽が、描く弧の天辺で燦々と輝くお昼時。
覆い茂る木々に激しい日差しをさえぎられた公園は、暑すぎず寒くも無く、読書をするには確かにこれほどの場所は無いだろうと思わせる場所だった。
これがピクニックであればこれほどの条件は無いと言える程の場所と陽気であったが、心なしか覚者達の表情は浮かない。
「まだ妖は来ていないようだな」
辺りを警戒しながら、水蓮寺 静護(CL2000471)がつぶやく。
気配はまだ無い……が、遅からずここに来る事は間違いないのだ。 なにせ、覚者達が知っているのは未来の情報なのだから。
気を引き締めるように静護は『裂海』の柄を掴む。
広い公園を中央に向かい歩を進める覚者達。 これだけ広ければ不意打ちをされる事も無いだろう。
「彼は何故人を襲うのだろうな」
普段は絹のように白い髪を、覚醒により黒く染めた十一 零(CL2000001)は、ふとポツリと呟く。
誰に向けた訳でもない、つい口から出てしまったかのような問いに、『月々紅花』環 大和(CL2000477)が苦笑交じりに答える。
「臭いの事がないのならばあのサイズのあの尻尾、抱き枕にしてみたい所だけど。 妖になってしまったのであればどちらにせよ討伐しないといけないけれどね」
大和の言葉にコクリと頷いた零は、その言葉に同意を示す。
「いずれにせよ私達はこの任を受けた。殺害するのみ」
「ふっ、愛らしいですがある意味強敵ですねっ! 匂いに負けずにがんばりましょーっ!」
覚悟を決めたかのような二人に続けとばかりに、白いマフラーをはためかせながら元気に気合を入れる月歌 浅葱(CL2000915)。
しかし若干季節感から外れたかのような肌の露出を抑えた厚着をしているのは、匂いが肌に付く事を警戒しての事か。
匂いには負けないが、対策無しという訳では無い様子だ。
一方の『無銘の刀』御佩刀 千(CL2000936)は、マスクを3重に装備し、さらにアロマスプレーを染みこませるほどの完全防備だ。
なにせ敵が敵である。 この薄いマスクはある意味鋼で出来た鎧よりも頼もしい。
彼女の鉄すら切り裂けそうな刀でも、流石に匂いを切り裂く事は出来ない。 だとすれば……
「ニオイの元を断つしか無いな」
マスクの内でぼそりとそう呟く。
「都心部にハクビシンが現れるというのは最近よく聞くけど、スカンクなんてハクビシンより物騒ね。 大きさも非常識!」
ガスの悪臭を恐れてか、ピンク色の髪の少女『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)がむむむっと頬を膨らませるように言うと、そんな彼女に少し怪しくも気の良さそうな椎野 天(CL2000864)が抜群の営業スマイルを向ける。
「スカンクにガスを浴びせられても安心! 不快なニオイも一網打尽! 消臭剤をお求めの際は俺がバイトしてるコンビニ『太閤記』まで!」
どんっ!と言い放ったその言葉は、激励でも助言でもなく、売込みだった。
「も、持ってきてくれてるんじゃなくて買えってワケね…」
少し呆れたかのように言う数多だが、緊張がほぐれたのか、よしっとばかりにピシっとした表情に変わる。
「さっさとやっつけてにーさまに褒めてもらわなきゃ!」
しかし、数多でなくともやはり悪臭ガスの攻撃は恐ろしい。 それがうら若き女性が多いとなればなおさらだ。
「こんな女性の扱い方がなっていない妖さんにはオシオキが必要ですね。 ボク達でしっかり調教…ではなく教育してあげましょう」
そう言う『食虫花』不動 遥(CL2000484)も一見年頃の少女のように見える。 世の男性を魅了しそうな彼女だが、実際は正確には『彼』である。
遥は護符を指でつまみ辺りを払うように腕を振ると、公園全体にやわらかな香りが漂い始める。
戦闘の準備は万端。 後は敵を待つのみだ。
数多と大和が守護使役の力を鼻に宿し鼻を鳴らす。
辺りを包む清廉香の香りの向こうから、濃厚な獣の香りが近づいてくる。
二人が同時に公園の奥を見ると同時に、のそのそとそいつは姿を現した。
「天が知る地が知る人知らず、妖退治のお時間ですっ!」
遥が口上と共にドドーンとヒーローが登場するような爆音を上げる。
それを合図にしたかのように、皆武器を構え戦闘体制を取るのだった。
●芳しき香り
じりりと距離を詰めつつも互いに初手の探りあいをする覚者達とスカンク。
その緊張を破り最初に動いたのは大和だった。
太腿につけたポーチから滑らかに護符を抜き出すと、加護を与えるかのように護符に小さくキスをする。
そのまま片足を軸にくるりと流れるように舞うと、辺りに心地の良い風が吹きぬけ覚者達の体を冴えさせる。
「大和さんと一緒でちょっとカッコいいとこみせなきゃって思ってるわ!」
「滾ってきたぜおォいィィイイ!!」
それに続くように数多が体に宿る炎の力を活性化させ、天が体をブルブルと震わせながら地の鎧を身にまとう。
覚者達が何かしらの強化を行っている事を察したのか、迎え撃つ体勢だったスカンクも攻めざるを得ない。
まるで猛牛がするように前足を踏み鳴らし、その巨体を跳ねさせるように覚者達へと駆ける!
その勢いにのせ、ぞろりと揃った牙を敵に付きたてようとした瞬間、牙はガキンという硬い音と硬い感触に阻まれる。
静護の刀が、スカンクの鋭い牙と鍔迫り合いをするように押さえ込んでいたのだ。
「今だ!空いている所を思いっきり叩け!」
静護の号令と共に散開した覚者達は、瞬く間にスカンクを囲うような陣形を作る。
飛び掛った事が災いしたのか、覚者達の連携が素晴らしかったのか、あるいはその両方か。
覚者達は驚くほど素早く有利な状況を作り出したのだ。
風に揺られ、木漏れ日を遮る木々の淡い影が動いた。
そう思える程のスピードで背後を取った零は、弾くように飛苦無を放ちスカンクの後ろ足に鋭い痛みを与える。
いつの間に背後に回られたのかと驚くスカンクだが、覚者達の攻撃はまだ終わらない。
機の因子を覚醒させた脚部で砂埃を巻き上げ、零とは逆側から背後に回りこんでいた天は、指先で手招きするようにちょいっと指を上に向ける。
「そんなにデカいと足元が見えにくいだろぉ?」
天の指の動きに合わせ、地獄の底から杭が突き出されたかのように地面が隆起し、零が攻撃した方とは逆側の後ろ足を穿つ。
後ろ足を攻められ、腰が落ちるかのように体勢を崩したスカンクの左側。
すらりと刀を抜いた千が、その刀身に自身の木行の力を流し込む。
「私にできることはただひとつ。敵を斬り伏せるのみ」
鋭さに、さらに巨木のような力強さを供えた千の刀が煌くようにスカンクを切り付ける。
自慢の毛皮すらものともしない一閃は、体に深く刻まれるような重い衝撃となってスカンクを襲う!
正に攻防一体の連携。 死角からの攻撃は守りにくく、必殺の攻撃は敵を巻き込めない。
スカンクからしたらこれほど厄介な状況は無いといえるかもしれない。
苛立ちにも似た焦りを見せたスカンクは、体に力を入れ、体が膨らんだかと錯覚するほど毛を逆立てさせる。
「っ! あれはまさか!」
「わわわっ!? マズいかも!」
千と遥が叫び、仲間に緊張が走る。
しかし、時既に遅し。
スカンクは、ぼわっと膨らんだ尻尾を振りかざし運悪く攻撃の対象に選ばれた覚者に尻を向け、標準が合った事を示すように尻尾をピンと立てる。
ふんっと鼻息荒くスカンクが腹に力を込めると…
ぼふぅ~~!
低い音で空気が振動し、尻からドス黄色いガスが勢いよく噴射された。
そのガスは少女のピンク色の髪をふわりと後方になびかせたかと思うと、それすらすぐに隠すように姿を覆いつくす。
それだけでは収まらず、少し後ろで、せめてもの抵抗にととっさに鼻を覆った少女の淡い紫色の髪をも撫でるようになびかせたかと思うと、そのまま二人を黄色で飲み込んでしまう。
「数多さんっ! 大和さんっ!」
浅葱が焦り、黄色いガスの餌食になってしまった者達の名前を叫ぶ。
「ん…っ! こ、ここでも少し匂う……!」
直撃を受けた訳では無い浅葱はダメージを負うほどではないものの、それでも口と鼻を押さえずにはいられないほどの悪臭。
ガスの中に包まれてしまった者は、一体どれほどの臭気に晒されているかと思うと、覚者達は冷や汗を抑えられない。
「二人とも、今助け……っくぅ」
餌食になった二人と親交のある零が助けに向かおうとするも、その匂いに思わず歩を止める。
このまま向かってしまえば恐らく二次遭難になってしまう。 それに、陣の維持も難しくなる。
零は無表情の中に歯がゆさを少し滲ませ、スカンクに向き直る。
あの二人は強い。 あの二人なら大丈夫。 ダメージ的にも、それに、まぁ多分乙女のプライド的にも。 ……かなり多分。
「臭ぁ……! こほ! うぅぅ……」
一方のガスの中。 目に涙を浮かべた数多が地に膝を突き鼻を覆い咳き込んでいる。
目を潤ませた美少女の姿は男なら誰でもドキリとしてしまいそうな魅力があるが、それがスカンクの屁に咽てではその涙も今回ばかりは効力を持たないだろう。
むわっとした香りに頭がくらくらとする。
毒ではない、ましてや熱や衝撃でもない。 ただ、臭い。 それだけで数多は体の力が抜け立ち上がることすらままならない。
これほどの臭さを嗅がされると視界が歪み足もおぼつかなくなるという知りたくもない事を知る羽目になった数多は、ただその臭気に耐えるしかない。
「数多……。 だ、大丈夫…?」
情けなさと臭気で心が折れかけていた数多の後ろから、苦しそうな声がかけられる。
「大和さん……!」
振り向いた先には、黄色いガスにぼやけてはいるが見慣れた紫の髪と凛々しい姿。 大和の姿があった。
前衛で直撃ではなかった分ダメージは少ないのか、フラフラとしているもののなんとか屈まずに両の足でこらえている。
「立って、このガスの中から出ないと……」
自分もかなりのダメージを負っている筈だが、大和は眩暈をこらえながら鼻を覆っていない方の手を差し出し、数多を引っ張り起こす。
「アイツ…絶対許さないんだから…!」
「仕返し……してやりましょ」
二人の乙女は、怒りと悔しさを足へ込める力に変え、ガスからの脱出を試みるのだった。
「大丈夫か? 今回復を…」
静護が、よたよたと黄色いガスの中から出てきた数多と大和にすかさず癒しの滴を使用する。
清らかな水滴が数多を、続いて大和の頭上に降り注ぎ、ふらつく足に、力の入らなかった腕に、再び活力を漲らせる。 しかし…
「回復するが……、臭うから少し離れてくれ」
ガーーンと心の傷を微妙に増やした二人だが、匂いで癒しの術に影響が出ても仕方が無い…。 というか、そこまで匂いが付いてしまったのかとかなりショックが大きい様子だ。
回復に気づいたのか、スカンクは弱った相手を仕留めようと向き直ろうとするが……。
「そうはさせませんよ!」
遥がハンドガンを弾き、スカンクの胴に命中させる。 しかし、分厚い毛皮と肉に阻まれてかダメージはさほど無いように見える。
スカンクは、口が利ければ「蚊でも刺したのか」と言いたげな目線を遥に向けるが、遥は怯む事無く笑顔で、指をパチンと鳴らした。
すると弾が命中した位置から巨大な茨の蔓のようなものがニョキニョキと育ち、それは意思を持っているかのようにスカンクを締め上げその棘で体を蝕む。
相手に付着させた種を急成長させる、棘一閃の術だ。
茨をブルブルと振り払ったスカンクに、小さな影が迫る。
遥の術からようやく抜けて落ち着きを取り戻そうかというその顎に、浅葱の強烈なアッパーがお見舞いされる。
10倍以上はあろうかという体格差ながら顎をカチ上げられたスカンクは体をぐらつかせ、その目線はふらふらと空を泳いでいる。
「だけど本命は~~っ!」
スカンクの左頬を浅葱の拳がさらに捉える。 スカンクの巨体が横にずれるほどの激しい衝撃。 正にこちらが本命というほどの必殺の威力を誇っていたが…
「だけどだけど、ホントの本命はっ!」
ニカリと笑いそういう浅葱。 まさかまだもう一撃…?
スカンクが浅葱に最大限の警戒をすると、背後で鈍い音と鋭い痛みが響く。
「オイオイオイオイ~。 余所見しちゃいけねーんじゃねーの?」
自らの肘を鋼のように固くした天が、後ろ足の付け根に打ち下ろすような強力な肘鉄をお見舞いしたのだ。
浅葱に気をとられていたスカンクにとってはまさかの一撃。 よろよろとおぼつかない足取りで天を睨むが……。
「注意しなきゃいけねーのは、何もこっちだけじゃねーだろ」
ちょいちょいっと下を指差すと再び地面から土の槍が出現し、スカンクの足に深いダメージを与える。
体勢を大きく崩したスカンクに千が正眼の構えからの鋭い斬撃をお見舞いする。
袈裟懸けの流れるような太刀筋は、音も無くスカンクの顔に入ると斜めの深い傷を刻み付ける。
「敵が倒れるまで斬撃を重ねる。ただそれだけ」
一度刀を払いスカンクの血を飛ばすと、再び刀に木行の力を宿らせ刀を返す。
無心の連撃。 先ほどの傷とは逆斜めにすくい上げられた刀により、スカンクの顔にバツの字の傷が深々と刻まれる。
勝負が決するのはもはや時間の問題。 しかしスカンクは習性からかまだ勝利を諦めていないのか、尻尾を大きく膨らませ再び必殺技の構えに入る。
狙いは…浅葱と静護!
「くっ……!」
狙いを知り、後列の静護は飛びのくように距離を置くが、前衛の浅葱はそうも行かない。
「し、死中に活っ!」
浅葱はスカンクの股下を潜ろうと、あえてスカンクに向かいズザザっとスライディングを仕掛ける!
正に死中に活を見出すかのような賭け! 押して駄目なら引いてみろという言葉もあるが、引いても喰らうならばいっそ押してみるというのも一つの手。
勇気のある防御方法だったが、ただ一つ失敗があるとしたら…少し距離が足りなかった事だろう。
「あ……」
スカンクのオシリの真下でたら~っと汗をたらす浅葱。 時間が止まったかのように感じる一瞬の後に……
ばふぅっ!!
「ふぎゃぁぁぁぁぁ!」
小さな体を黄色いガスが飲み込み浅葱の悲鳴を木霊させる。
あまりに近距離からのお見舞いに、思わず背筋を凍らせる覚者達。
恐らく中の浅葱は、数多達よりも酷い事になってるであろう事が容易に想像できる。
「浅葱さん……!」
零が黄色いモヤの中に声をかけるが、浅葱の返事は無く悲鳴もどんどん力の無いものに変わってゆく。
怯んでしまった覚者達と自分の武器に自信を取り戻したスカンク。
このまま押し切ろうと意気込むスカンクに、ゆらりと二人の少女が立ちふさがる。
張り付いた笑顔で感情を伴わないように見えながらも、内から溢れる怒りが背後に炎を見せそうな。
「よくも…やってくれたわね!」
「…あんな下品な攻撃した事、償いなさい」
大和が護符を振り上げると、晴天にも拘らず虚空から現れた落雷がスカンクを貫く。
一瞬の閃光の後、硬直したかのように立ち尽くすスカンクに、数多は怒りの炎を込めた愛刀『愛対生理論』を振り下ろす!
ゴォ!っという炎が猛るような風が吹くような一撃の後、ゆっくりとスカンクはその巨体を地に横たえるのだった。
●匂いを取るには
「スカンクの臭いにはやっぱトマトジュース風呂だよなぁ! 都市伝説? 試してみなきゃわかんねーだろ。 偶然にも俺のバイト先にトマトジュースが置いてあるからよぉ」
スカンクのガスの直撃を浴びた3人に気を使うような、期待するような視線を向けて天が説得を試みる。
これはいかがわしい気持ちではなく、悪臭に苦しむ少女を救う為の提案である。
断じて下心など有りはしないのだ!
しかし、女性陣からジトっとした目線を頂戴してしまった天は、断腸の思いでその案を取り下げるしかない。
実際、風呂を満たすほどのトマトジュースの調達は難しいだろうし効果の程も眉唾だ。
「匂いをそのままにしとけないのに……コーラとかならもしかしたら匂いが落ちるかも……」
未だにダメージが濃いのか、いつも元気な浅葱がふらふらとしながら考える。
幸いにも深刻なダメージではなかった物の、心と鼻に負ったダメージは相当な物。
お気に入りの白いマフラーも気持ち黄ばんで見えてしまうほどだ。
「前線に出られず歯がゆい思いをしてる万里の所にこのまま帰るのも…」
零がそういうと、イタズラ好きそうな仲間たちはニヤリと笑顔になる。
しかし、問題はそれまで匂いを落とせないという事だ。
訪ねるまでの際、事情を知らない者に鼻をつままれ、自身も匂いに苛まれながら向かうにはいささかリスクが高い。
直撃を受けた浅葱なんかは、このままではいずれぐってりとしてしまいそうですらある。
「む~、でも匂い落とすのどうしよう。 清廉香はもう効果はないかな…」
遥がうんうんと頭を悩ませていると、千が戦場から少し離れた所からごそごそと何かを取り出してくる。
「消臭スプレーを用意してある。 その後浴場に行けば大丈夫だろう」
持つべき物は準備の良い仲間! 匂いの付いた3人は目を潤ませ、女神を見るよう千を崇めるのだった。
ちなみに、スカンクの放屁は喰らえば幾ら洗おうと1ヶ月は落ちないという。
覚者達が匂いを落としたつもりで訪ねた万里がどんな反応をしたかは、きっと乙女達の心にしまわれる事だろう。
太陽が、描く弧の天辺で燦々と輝くお昼時。
覆い茂る木々に激しい日差しをさえぎられた公園は、暑すぎず寒くも無く、読書をするには確かにこれほどの場所は無いだろうと思わせる場所だった。
これがピクニックであればこれほどの条件は無いと言える程の場所と陽気であったが、心なしか覚者達の表情は浮かない。
「まだ妖は来ていないようだな」
辺りを警戒しながら、水蓮寺 静護(CL2000471)がつぶやく。
気配はまだ無い……が、遅からずここに来る事は間違いないのだ。 なにせ、覚者達が知っているのは未来の情報なのだから。
気を引き締めるように静護は『裂海』の柄を掴む。
広い公園を中央に向かい歩を進める覚者達。 これだけ広ければ不意打ちをされる事も無いだろう。
「彼は何故人を襲うのだろうな」
普段は絹のように白い髪を、覚醒により黒く染めた十一 零(CL2000001)は、ふとポツリと呟く。
誰に向けた訳でもない、つい口から出てしまったかのような問いに、『月々紅花』環 大和(CL2000477)が苦笑交じりに答える。
「臭いの事がないのならばあのサイズのあの尻尾、抱き枕にしてみたい所だけど。 妖になってしまったのであればどちらにせよ討伐しないといけないけれどね」
大和の言葉にコクリと頷いた零は、その言葉に同意を示す。
「いずれにせよ私達はこの任を受けた。殺害するのみ」
「ふっ、愛らしいですがある意味強敵ですねっ! 匂いに負けずにがんばりましょーっ!」
覚悟を決めたかのような二人に続けとばかりに、白いマフラーをはためかせながら元気に気合を入れる月歌 浅葱(CL2000915)。
しかし若干季節感から外れたかのような肌の露出を抑えた厚着をしているのは、匂いが肌に付く事を警戒しての事か。
匂いには負けないが、対策無しという訳では無い様子だ。
一方の『無銘の刀』御佩刀 千(CL2000936)は、マスクを3重に装備し、さらにアロマスプレーを染みこませるほどの完全防備だ。
なにせ敵が敵である。 この薄いマスクはある意味鋼で出来た鎧よりも頼もしい。
彼女の鉄すら切り裂けそうな刀でも、流石に匂いを切り裂く事は出来ない。 だとすれば……
「ニオイの元を断つしか無いな」
マスクの内でぼそりとそう呟く。
「都心部にハクビシンが現れるというのは最近よく聞くけど、スカンクなんてハクビシンより物騒ね。 大きさも非常識!」
ガスの悪臭を恐れてか、ピンク色の髪の少女『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)がむむむっと頬を膨らませるように言うと、そんな彼女に少し怪しくも気の良さそうな椎野 天(CL2000864)が抜群の営業スマイルを向ける。
「スカンクにガスを浴びせられても安心! 不快なニオイも一網打尽! 消臭剤をお求めの際は俺がバイトしてるコンビニ『太閤記』まで!」
どんっ!と言い放ったその言葉は、激励でも助言でもなく、売込みだった。
「も、持ってきてくれてるんじゃなくて買えってワケね…」
少し呆れたかのように言う数多だが、緊張がほぐれたのか、よしっとばかりにピシっとした表情に変わる。
「さっさとやっつけてにーさまに褒めてもらわなきゃ!」
しかし、数多でなくともやはり悪臭ガスの攻撃は恐ろしい。 それがうら若き女性が多いとなればなおさらだ。
「こんな女性の扱い方がなっていない妖さんにはオシオキが必要ですね。 ボク達でしっかり調教…ではなく教育してあげましょう」
そう言う『食虫花』不動 遥(CL2000484)も一見年頃の少女のように見える。 世の男性を魅了しそうな彼女だが、実際は正確には『彼』である。
遥は護符を指でつまみ辺りを払うように腕を振ると、公園全体にやわらかな香りが漂い始める。
戦闘の準備は万端。 後は敵を待つのみだ。
数多と大和が守護使役の力を鼻に宿し鼻を鳴らす。
辺りを包む清廉香の香りの向こうから、濃厚な獣の香りが近づいてくる。
二人が同時に公園の奥を見ると同時に、のそのそとそいつは姿を現した。
「天が知る地が知る人知らず、妖退治のお時間ですっ!」
遥が口上と共にドドーンとヒーローが登場するような爆音を上げる。
それを合図にしたかのように、皆武器を構え戦闘体制を取るのだった。
●芳しき香り
じりりと距離を詰めつつも互いに初手の探りあいをする覚者達とスカンク。
その緊張を破り最初に動いたのは大和だった。
太腿につけたポーチから滑らかに護符を抜き出すと、加護を与えるかのように護符に小さくキスをする。
そのまま片足を軸にくるりと流れるように舞うと、辺りに心地の良い風が吹きぬけ覚者達の体を冴えさせる。
「大和さんと一緒でちょっとカッコいいとこみせなきゃって思ってるわ!」
「滾ってきたぜおォいィィイイ!!」
それに続くように数多が体に宿る炎の力を活性化させ、天が体をブルブルと震わせながら地の鎧を身にまとう。
覚者達が何かしらの強化を行っている事を察したのか、迎え撃つ体勢だったスカンクも攻めざるを得ない。
まるで猛牛がするように前足を踏み鳴らし、その巨体を跳ねさせるように覚者達へと駆ける!
その勢いにのせ、ぞろりと揃った牙を敵に付きたてようとした瞬間、牙はガキンという硬い音と硬い感触に阻まれる。
静護の刀が、スカンクの鋭い牙と鍔迫り合いをするように押さえ込んでいたのだ。
「今だ!空いている所を思いっきり叩け!」
静護の号令と共に散開した覚者達は、瞬く間にスカンクを囲うような陣形を作る。
飛び掛った事が災いしたのか、覚者達の連携が素晴らしかったのか、あるいはその両方か。
覚者達は驚くほど素早く有利な状況を作り出したのだ。
風に揺られ、木漏れ日を遮る木々の淡い影が動いた。
そう思える程のスピードで背後を取った零は、弾くように飛苦無を放ちスカンクの後ろ足に鋭い痛みを与える。
いつの間に背後に回られたのかと驚くスカンクだが、覚者達の攻撃はまだ終わらない。
機の因子を覚醒させた脚部で砂埃を巻き上げ、零とは逆側から背後に回りこんでいた天は、指先で手招きするようにちょいっと指を上に向ける。
「そんなにデカいと足元が見えにくいだろぉ?」
天の指の動きに合わせ、地獄の底から杭が突き出されたかのように地面が隆起し、零が攻撃した方とは逆側の後ろ足を穿つ。
後ろ足を攻められ、腰が落ちるかのように体勢を崩したスカンクの左側。
すらりと刀を抜いた千が、その刀身に自身の木行の力を流し込む。
「私にできることはただひとつ。敵を斬り伏せるのみ」
鋭さに、さらに巨木のような力強さを供えた千の刀が煌くようにスカンクを切り付ける。
自慢の毛皮すらものともしない一閃は、体に深く刻まれるような重い衝撃となってスカンクを襲う!
正に攻防一体の連携。 死角からの攻撃は守りにくく、必殺の攻撃は敵を巻き込めない。
スカンクからしたらこれほど厄介な状況は無いといえるかもしれない。
苛立ちにも似た焦りを見せたスカンクは、体に力を入れ、体が膨らんだかと錯覚するほど毛を逆立てさせる。
「っ! あれはまさか!」
「わわわっ!? マズいかも!」
千と遥が叫び、仲間に緊張が走る。
しかし、時既に遅し。
スカンクは、ぼわっと膨らんだ尻尾を振りかざし運悪く攻撃の対象に選ばれた覚者に尻を向け、標準が合った事を示すように尻尾をピンと立てる。
ふんっと鼻息荒くスカンクが腹に力を込めると…
ぼふぅ~~!
低い音で空気が振動し、尻からドス黄色いガスが勢いよく噴射された。
そのガスは少女のピンク色の髪をふわりと後方になびかせたかと思うと、それすらすぐに隠すように姿を覆いつくす。
それだけでは収まらず、少し後ろで、せめてもの抵抗にととっさに鼻を覆った少女の淡い紫色の髪をも撫でるようになびかせたかと思うと、そのまま二人を黄色で飲み込んでしまう。
「数多さんっ! 大和さんっ!」
浅葱が焦り、黄色いガスの餌食になってしまった者達の名前を叫ぶ。
「ん…っ! こ、ここでも少し匂う……!」
直撃を受けた訳では無い浅葱はダメージを負うほどではないものの、それでも口と鼻を押さえずにはいられないほどの悪臭。
ガスの中に包まれてしまった者は、一体どれほどの臭気に晒されているかと思うと、覚者達は冷や汗を抑えられない。
「二人とも、今助け……っくぅ」
餌食になった二人と親交のある零が助けに向かおうとするも、その匂いに思わず歩を止める。
このまま向かってしまえば恐らく二次遭難になってしまう。 それに、陣の維持も難しくなる。
零は無表情の中に歯がゆさを少し滲ませ、スカンクに向き直る。
あの二人は強い。 あの二人なら大丈夫。 ダメージ的にも、それに、まぁ多分乙女のプライド的にも。 ……かなり多分。
「臭ぁ……! こほ! うぅぅ……」
一方のガスの中。 目に涙を浮かべた数多が地に膝を突き鼻を覆い咳き込んでいる。
目を潤ませた美少女の姿は男なら誰でもドキリとしてしまいそうな魅力があるが、それがスカンクの屁に咽てではその涙も今回ばかりは効力を持たないだろう。
むわっとした香りに頭がくらくらとする。
毒ではない、ましてや熱や衝撃でもない。 ただ、臭い。 それだけで数多は体の力が抜け立ち上がることすらままならない。
これほどの臭さを嗅がされると視界が歪み足もおぼつかなくなるという知りたくもない事を知る羽目になった数多は、ただその臭気に耐えるしかない。
「数多……。 だ、大丈夫…?」
情けなさと臭気で心が折れかけていた数多の後ろから、苦しそうな声がかけられる。
「大和さん……!」
振り向いた先には、黄色いガスにぼやけてはいるが見慣れた紫の髪と凛々しい姿。 大和の姿があった。
前衛で直撃ではなかった分ダメージは少ないのか、フラフラとしているもののなんとか屈まずに両の足でこらえている。
「立って、このガスの中から出ないと……」
自分もかなりのダメージを負っている筈だが、大和は眩暈をこらえながら鼻を覆っていない方の手を差し出し、数多を引っ張り起こす。
「アイツ…絶対許さないんだから…!」
「仕返し……してやりましょ」
二人の乙女は、怒りと悔しさを足へ込める力に変え、ガスからの脱出を試みるのだった。
「大丈夫か? 今回復を…」
静護が、よたよたと黄色いガスの中から出てきた数多と大和にすかさず癒しの滴を使用する。
清らかな水滴が数多を、続いて大和の頭上に降り注ぎ、ふらつく足に、力の入らなかった腕に、再び活力を漲らせる。 しかし…
「回復するが……、臭うから少し離れてくれ」
ガーーンと心の傷を微妙に増やした二人だが、匂いで癒しの術に影響が出ても仕方が無い…。 というか、そこまで匂いが付いてしまったのかとかなりショックが大きい様子だ。
回復に気づいたのか、スカンクは弱った相手を仕留めようと向き直ろうとするが……。
「そうはさせませんよ!」
遥がハンドガンを弾き、スカンクの胴に命中させる。 しかし、分厚い毛皮と肉に阻まれてかダメージはさほど無いように見える。
スカンクは、口が利ければ「蚊でも刺したのか」と言いたげな目線を遥に向けるが、遥は怯む事無く笑顔で、指をパチンと鳴らした。
すると弾が命中した位置から巨大な茨の蔓のようなものがニョキニョキと育ち、それは意思を持っているかのようにスカンクを締め上げその棘で体を蝕む。
相手に付着させた種を急成長させる、棘一閃の術だ。
茨をブルブルと振り払ったスカンクに、小さな影が迫る。
遥の術からようやく抜けて落ち着きを取り戻そうかというその顎に、浅葱の強烈なアッパーがお見舞いされる。
10倍以上はあろうかという体格差ながら顎をカチ上げられたスカンクは体をぐらつかせ、その目線はふらふらと空を泳いでいる。
「だけど本命は~~っ!」
スカンクの左頬を浅葱の拳がさらに捉える。 スカンクの巨体が横にずれるほどの激しい衝撃。 正にこちらが本命というほどの必殺の威力を誇っていたが…
「だけどだけど、ホントの本命はっ!」
ニカリと笑いそういう浅葱。 まさかまだもう一撃…?
スカンクが浅葱に最大限の警戒をすると、背後で鈍い音と鋭い痛みが響く。
「オイオイオイオイ~。 余所見しちゃいけねーんじゃねーの?」
自らの肘を鋼のように固くした天が、後ろ足の付け根に打ち下ろすような強力な肘鉄をお見舞いしたのだ。
浅葱に気をとられていたスカンクにとってはまさかの一撃。 よろよろとおぼつかない足取りで天を睨むが……。
「注意しなきゃいけねーのは、何もこっちだけじゃねーだろ」
ちょいちょいっと下を指差すと再び地面から土の槍が出現し、スカンクの足に深いダメージを与える。
体勢を大きく崩したスカンクに千が正眼の構えからの鋭い斬撃をお見舞いする。
袈裟懸けの流れるような太刀筋は、音も無くスカンクの顔に入ると斜めの深い傷を刻み付ける。
「敵が倒れるまで斬撃を重ねる。ただそれだけ」
一度刀を払いスカンクの血を飛ばすと、再び刀に木行の力を宿らせ刀を返す。
無心の連撃。 先ほどの傷とは逆斜めにすくい上げられた刀により、スカンクの顔にバツの字の傷が深々と刻まれる。
勝負が決するのはもはや時間の問題。 しかしスカンクは習性からかまだ勝利を諦めていないのか、尻尾を大きく膨らませ再び必殺技の構えに入る。
狙いは…浅葱と静護!
「くっ……!」
狙いを知り、後列の静護は飛びのくように距離を置くが、前衛の浅葱はそうも行かない。
「し、死中に活っ!」
浅葱はスカンクの股下を潜ろうと、あえてスカンクに向かいズザザっとスライディングを仕掛ける!
正に死中に活を見出すかのような賭け! 押して駄目なら引いてみろという言葉もあるが、引いても喰らうならばいっそ押してみるというのも一つの手。
勇気のある防御方法だったが、ただ一つ失敗があるとしたら…少し距離が足りなかった事だろう。
「あ……」
スカンクのオシリの真下でたら~っと汗をたらす浅葱。 時間が止まったかのように感じる一瞬の後に……
ばふぅっ!!
「ふぎゃぁぁぁぁぁ!」
小さな体を黄色いガスが飲み込み浅葱の悲鳴を木霊させる。
あまりに近距離からのお見舞いに、思わず背筋を凍らせる覚者達。
恐らく中の浅葱は、数多達よりも酷い事になってるであろう事が容易に想像できる。
「浅葱さん……!」
零が黄色いモヤの中に声をかけるが、浅葱の返事は無く悲鳴もどんどん力の無いものに変わってゆく。
怯んでしまった覚者達と自分の武器に自信を取り戻したスカンク。
このまま押し切ろうと意気込むスカンクに、ゆらりと二人の少女が立ちふさがる。
張り付いた笑顔で感情を伴わないように見えながらも、内から溢れる怒りが背後に炎を見せそうな。
「よくも…やってくれたわね!」
「…あんな下品な攻撃した事、償いなさい」
大和が護符を振り上げると、晴天にも拘らず虚空から現れた落雷がスカンクを貫く。
一瞬の閃光の後、硬直したかのように立ち尽くすスカンクに、数多は怒りの炎を込めた愛刀『愛対生理論』を振り下ろす!
ゴォ!っという炎が猛るような風が吹くような一撃の後、ゆっくりとスカンクはその巨体を地に横たえるのだった。
●匂いを取るには
「スカンクの臭いにはやっぱトマトジュース風呂だよなぁ! 都市伝説? 試してみなきゃわかんねーだろ。 偶然にも俺のバイト先にトマトジュースが置いてあるからよぉ」
スカンクのガスの直撃を浴びた3人に気を使うような、期待するような視線を向けて天が説得を試みる。
これはいかがわしい気持ちではなく、悪臭に苦しむ少女を救う為の提案である。
断じて下心など有りはしないのだ!
しかし、女性陣からジトっとした目線を頂戴してしまった天は、断腸の思いでその案を取り下げるしかない。
実際、風呂を満たすほどのトマトジュースの調達は難しいだろうし効果の程も眉唾だ。
「匂いをそのままにしとけないのに……コーラとかならもしかしたら匂いが落ちるかも……」
未だにダメージが濃いのか、いつも元気な浅葱がふらふらとしながら考える。
幸いにも深刻なダメージではなかった物の、心と鼻に負ったダメージは相当な物。
お気に入りの白いマフラーも気持ち黄ばんで見えてしまうほどだ。
「前線に出られず歯がゆい思いをしてる万里の所にこのまま帰るのも…」
零がそういうと、イタズラ好きそうな仲間たちはニヤリと笑顔になる。
しかし、問題はそれまで匂いを落とせないという事だ。
訪ねるまでの際、事情を知らない者に鼻をつままれ、自身も匂いに苛まれながら向かうにはいささかリスクが高い。
直撃を受けた浅葱なんかは、このままではいずれぐってりとしてしまいそうですらある。
「む~、でも匂い落とすのどうしよう。 清廉香はもう効果はないかな…」
遥がうんうんと頭を悩ませていると、千が戦場から少し離れた所からごそごそと何かを取り出してくる。
「消臭スプレーを用意してある。 その後浴場に行けば大丈夫だろう」
持つべき物は準備の良い仲間! 匂いの付いた3人は目を潤ませ、女神を見るよう千を崇めるのだった。
ちなみに、スカンクの放屁は喰らえば幾ら洗おうと1ヶ月は落ちないという。
覚者達が匂いを落としたつもりで訪ねた万里がどんな反応をしたかは、きっと乙女達の心にしまわれる事だろう。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
