夢見るおこた
夢見るおこた


●ダメ人間製造機
 いつものように食堂でおいしいご飯をいただいた虱潰 みはり(nCL2000127)が、珍しく五麟学園の屋上へ向かっていた。
「せっかく外に出るようになったんだから、お日様を浴びないとっ」
 殊勝っぽいことを言っているが、要は人気の少ないところで昼寝がしたいだけだった。
 無意味に意気込んで目的地に辿り着くと、そこで奇妙な代物を発見する。
「ん、何あれ?」
 こたつ。
 こたつである。
 屋上のド真ん中に堂々と置かれている。見るからに怪しい、が、しかし。
「F.i.V.E.にはこんなサービスもあるのか~」
 みはりは特に疑いもせず突入した。むしろラッキーくらいに思っていた。
「ふーぬくぬく……自動でスイッチが入るんだね」
 緩んだ表情をする彼女は全く気付いていなかった。周囲にコンセントもなければ、そもそもこたつからプラグ自体伸びていないことに。あからさまに異質なのだが、いい感じの暖かさに包まれて思考回路が鈍っている。
「ふわぁ、おやすみなさい……」
 守護使役を抱えて寝転がり、気持ちよくスヤァするみはり。
 彼女が目覚めることはなかった。
 ――永遠に。

●人喰いこたつ
「……っていう、恐ろしい夢を見たよ」
 寝惚け眼を擦りながら、みはりは会議室に集まってもらった覚者達に伝えた。
「学生の誰かが勝手に電源入るのが怖くなって捨てたそうだけど……妖化してたみたいなの」
 こたつに足を突っ込んだが最後、心地の良い温度設定で温めてくれるとの話だ。それだけ聞けば無害だが、当然からくりがある。
「えと、この妖は、入った人がぐっすり眠ってる間に生命力を少しずつ吸い取っちゃうんだって。でも逆に考えれば、寝てなければ大丈夫だよ。起きている間は暖かくしてくれるだけ」
 だから寝ちゃわないようにしないと、とやたら深刻な顔で言った。
 みはり個人は依頼を『難』として届け出ようとしたが、上層部に却下されたらしい。
「他にしてくる攻撃はないから、壊せたら凄く簡単なんだけど……この妖、びっくりするくらい硬くて、全然ダメージを受け付けないんだ。斬っても叩いても燃やしてもダメ」
 ではどうすればよいのか。夢見は続ける。
「熱を出すのは自分自身の体力を減らさないと無理みたい。こたつの中でじっと我慢してれば、きっと倒せるよ。とんでもない強敵だけど……頑張ってね」
 つまり、覚者が眠ればこちらが消耗させられ、起きていれば相手が消耗する。
 持久戦の構えとなる。
 強敵かどうかはさておいて。
「というわけで、わたしのお仕事はここまでだよ……おやしゅみなひゃい……」
 夢の中でも眠っていた少女は、現実の世界でもまた強い眠気に誘われていった。
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:深鷹
■成功条件
1.妖一体の討伐
2.なし
3.なし
 OPを御覧頂き誠にありがとうございます。
 決戦お疲れ様でした。ゆっくり体を休めてください。
 でも休めすぎると死ぬ。そんな依頼です。

●目的
 ★寝ない

●現場
 ★五麟学園屋上
 寒い。こたつがあったらホイホイ飛び込んでしまいそうな、そんな寒さ。

●敵について
 ★物質系妖(ランク1)x1
 妖化したこたつです。布団はリッチに羽毛。正方形で、入れるのは一辺につき二人まで。
 詰めれば三人いけそうですが、密着してぎゅうぎゅうになります。
 みかんやお茶の類はないので持参すれば何かと便利かと思われます。

 非常に頑丈な妖で、物理・特殊問わず直接的な攻撃手段は有効ではありません。
 妖の放熱はダメージこそ皆無ですが、睡眠誘引作用があります。
 ただし自身の体力は削れていきます。
 睡眠中の人がいる間はHP吸収効果付きの攻撃判定が出続けます。
 起きていればこの攻撃は100%回避可能。

 『ぬくもり』 (特/近/列/HP消耗・睡眠) ※ダメージ0
 『うらぎり』 (特/近/列/HP吸収)



 解説は以上になります。それではご参加お待ちしております!
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年01月10日

■メイン参加者 8人■

『裂き乱れ、先屠れ』
棚橋・悠(CL2000654)
『戦場を舞う猫』
鳴海 蕾花(CL2001006)
『隔者狩りの復讐鬼』
飛騨・沙織(CL2001262)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)

●暖かさの化身
 話に聞かされていた通り、屋上中央にそいつは鎮座していた。
 冬の風物詩、こたつ。到底人に害なすものとは思えない長閑な外観のまま、この寒空の下で覚者達の心を惹きつけている。特に羽毛布団のふんわり感が。
「みはりもドジだね、こんな場所におこたが置いてある時点でおかしいと思わないんだから」
 鳴海 蕾花(CL2001006)は後頭部を掻きながら少し呆れた顔をした。
 こんなあからさまに怪しげな物体にホイホイ飛び込んでいくのは流石に無用心にも程がある。が、気持ちは分からなくもない。何せこの寒さ。例年に比べて暖冬だそうだが、そもそもが冬なのだから寒いものは寒い。いつもはぴんと立っている蕾花の耳も心なしか垂れている。重ねて言うが、とにかく寒いのだ。要するに猫はこたつで丸くなりたいという話である。
 妖の全容を視界に納めた『裏切者』鳴神 零(CL2000669)はウキウキでそれを眺める。
「こたつに入るだけの簡単なお仕事があると聞いてやって来ました!」
 他方。
「簡単……なのかなぁ……」
 今にも夢の世界に旅立ってしまいそうなぼんやりとした面持ちの少年、百目木 縁(CL2001271)は、こたつが放っている圧倒的魅惑に吸い込まれそうになっていた。
「ふわふわの羽毛に優しく暖かいおこた……これで寝ちゃダメだなんて、なんて……僕にとっては、凄い難易度……」
 それでも精一杯我慢しないと、と気を引き締めるべく小さな両掌をぎゅっと握る。
「F.i.V.E.としての活動は初めてですが……妖とは概ねこのようなものなのでしょうか?」
 討伐対象をまじまじと見つめる飛騨・沙織(CL2001262)は、そのなんとも緊迫感のない容貌にやや困惑気味の表情をするが、多分レアケースだと周りの先輩達が諭した。
「確かに変わった妖ですが、見た目に惑わされてはいけません。人を死に至らしめる存在であることに変わりはないのですから」
 防寒用にどてらを羽織って純朴さが二割増しになった納屋 タヱ子(CL2000019)が言う。
 とはいえ妖を前にした覚者達もまた各々購買部で買ったお菓子や持参のみかんを入れたビニール袋を提げているので、全体的に見て正月に親族一同が寄り合ったような光景だった。
「あ、皆さんの分のどてらもありますので、よかったらどうぞ」
 律儀に人数分用意していたタヱ子。
「寒風の中おこたの機能そのままで待ち伏せているだなんて、今までで最も厄介なお相手かも知れませんわ。なんて恐ろしい……」
 お預け状態の『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)はうずうずしている。
「そう、恐ろしい敵……自分の持ち味を最大限に活かしている! 負けないぞー!」
 こたつに視線を注ぐ『裂き乱れ、先屠れ』棚橋・悠(CL2000654)は決意を固める傍ら、布団の中のあったか空間に想いを馳せていた。
「こんな卑怯な奴はささっとやっつけちゃおー! 二人ずつ入れば安心かな?」
 長大な刀剣の代わりにテーブルポットを抱えた『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)が、自由なほうの手で指を二本立てて示す。
「寒い思いをする方が多くてもいけませんわね。四人がいいと思いますわ」
「それだと寝ちゃう人が多い時大変かも。三人ずつくらいでいいんじゃない?」
 折衷案を採って、同時に入るのは三人とした。
「分担制ではありますけど、こんなに大人数でおこたに入るの、初めてです」
 不器用で友達作りの苦手なタヱ子は、その事実になんだか不思議な感覚を抱いていた。
「眠っちゃったらすぐに引っ張り出すね。ぼく、起こすのには自信があるよー! ダンジョンみたいなおうちでぐーすか眠ってる子の目を覚ましに行ったくらいだからね!」
「はいはい! 鳴神も起こすのは得意! 大声と実力行使には自信があります!」
 零は横に倒した太刀を掲げて宣言した。あれで禅寺のように眠気覚ましをしていくらしい。
「それじゃ不測の事態の時は鳴神さんに任せるとして……お先に」
「えっ、いや、私も別に起こすだけでいいってわけじゃないよ? むしろその分思いっきり殴られて起こされたいみたいな?」
「鳴神さん、お願いします。鳴神さん、お願いします」
 お願いマシンとなった蕾花はいそいそと布団を捲ってこたつに足を入れる。 
「ぼくもアイスが溶ける前に食べたいから、最初に入るねー!」
「では残る一席は私が。回復役のお三方のうち誰かが重複してはいけませんからね」
 きせきが蕾花の対面に座り、空いた一辺に沙織がお邪魔する。
 かくして、こたつとの長い格闘は始まった。

●格闘……?
「んー! やっぱりこたつで食べるアイスは最高!」
 スプーンを咥えながらきせきは満面の笑みを浮かべた。
 冬に食べるアイスは体を冷まそうという意識を脳が発していないせいか、味覚が鋭敏になったように感じられて一層美味しい。ミルクの濃厚な甘味を余すところなく舌が感知している。
「こたつに合う食べ物……ふふふ、私が用意してきたのはこちらです」
 沙織が包装を破いてひょいと顔の前に持ち上げたのは、大好物のメロンパン。それもお気に入りの店で購入してきたものだ。自身の顔と同じくらいのサイズがある。
 それを嬉しそうに頬張ると、カリカリに焼き上げられたビスケット生地の食感にまず幸せを感じる。その下には、空気をふんだんに含んだふわっふわの層が。そして仄かに香る砂糖と小麦の芳醇な風味。
「はう、至高の一品です……本日も変わらず気品漂うお姿で……はむはむ」
 メロンパンと一緒に至福を噛み締めながら、クールな表情を崩して沙織は両頬をリスのようにパンで一杯にした。
「いいなー。そうだ、わけっこしようよ! ぼくもチョココロネ買ってきたんだよー!」
 言いながら、きせきはごそごそとチョココロネをビニール袋から取り出して卓上に並べた。しかもめっちゃある。好物ゆえたくさん買うのは致し方なし。
「はい、どうぞ!」
 そのうちのひとつを沙織に渡すと、まだ新天地に慣れていない少女は一瞬戸惑いを見せるが、すぐにぺこりと頭を下げた。そしてお返しにメロンパンの端をちぎると、それをそのまま、新妻めいた所作であーんで食べさせようとする。
「……? 何か差し障りがありましたでしょうか」
 きょとんとする沙織。
「えへへ、なんだか恥ずかしいなー」
 と思春期の男の子らしい照れた表情でメロンパンを食んだきせきは、その美味に舌鼓を打った。
「それにしても、寝さえしなけりゃ勝手に自滅するだなんて悲しい話だね。今のところあたしらにいい思いさせてくれてるだけだし」
 自分で持ってきたみかんと縁の田舎で取れたというみかんを交互に食べ比べながら、布団に包まれてゴロゴロする蕾花。芯まで温まったためか猫耳がへにゃっとなっている。
「ふわあ……想像はしていましたが……こたつの威力は凄まじいですね」
 湯気の立ったココアを飲み内からも温もった沙織は、頭が少しぼんやりとしてきた。何気なく隣を見やると、きせきも小さくあくびを漏らしている。
「おっ!?」
 きせきは足に伸びてきた何かにぴくんと反応し、丸まっていた背筋を思わず反らした。突っついてくる方向に視線を向けると、沙織が照れ臭そうにしていた。
「いえ、その、眠ってしまわないようにと」
 沙織は目線を横に流したままごにょごにょと言った。依然、こたつに隠された中ではツンツンときせきの足を軽めに突いている。
「ふふーん、やったなー? お返しだよー!」
 きせきが楽しそうに反撃に出る。で、当然、もう一人入っている蕾花にも余波がいくわけで。 
「ほほう、あたしに火を付けるとはやるじゃないか二人とも。お礼に絶対寝られないようにしてあげようじゃん!」
 羽毛布団にくるまったままじゃれつき合いに参戦し、その例外的武力によって第一次こたつ戦役は終幕したと記録されている。
 その傍ら。
「おしくらまんじゅうっ、おっされて、なっくなっ!」
 待機する五人は体を寄せ合って暖を取っていた。
「ふふ、初めてしてみましたが、本当に体の温まる遊びなのですね」
「うん……それに、楽しい。でも、いいのかな。仕事で楽しい思いしちゃって……」
 何度も背中をぶつけ合ったいのりと縁は微かに頬を上気させていた。額には少しだけ汗も滲んでいる。ただ指先の冷えだけはどうしようもないので、零や悠にもらったカイロを揉み解して温めた。
「ですけど、やはり外に居続けると寒いですね……温めてくれる感覚が欲しいと言いますか、あちらが恋しいと言いますか」
 タヱ子は手に白い息を吐きかけながら誰か眠ってしまっていないか脇目でちらりと見ると、既にこたつは蛻の殻になっていた。
「あたしらは十分満喫させてもらったよ。交代しようか」
 立ち上がった蕾花が待機していた五人に促す。同じくこたつを出て皆に熱いお茶を振舞うきせきが言うには、妖の生命力は現状三分の一ほど削れているそうだ。
「全然寝落ちしなかったよー! こたつの中でたくさん遊べたから!」
「遊べた……?」
 縁は頭にハテナを浮かべる。こたつとはそんなにアクティブなスペースだっただろうか。
 あれこれ考えていると。
「わっ、わわわっ?」
 急に視界が暗くなり、そして顔全体が心地よい感触に埋め尽くされた。
「寒い時は人肌で温め合うのがいいと聞きましたので」
 他意もなく沙織は少年の冷えた体を温めるためにぎゅっと彼を抱きしめていた。沙織、152cm。縁、110cm。ちょうど例のアレが顔に当たる身長差である。
「ぼ、僕、平気だよっ……寒いのには山で慣れてるから……」
 子供ながらに体型:豊満の持つ潜在的包容力に抗い難い部分も覚えるが、沙織の腕の中で縁はどこか恥ずかしそうにする。
「おいおい、男子は何を照れてるの? 気にせず寄ってきなよ。おしくらまんじゅうをするんだろ。依頼だし、今回ばかりは目を瞑ってやるからさ」
 もう一人の体型:豊満も体を寄せる。
「鳴神、一足先に休息させていただきます!」
 女の勘が働いた体型:細身はこたつへと避難していった。

●寝ずの番
「妖退治とはいえ、なんだかパーティーみたいですわね♪」
「だねー。おこたパーティーだ!」
 こたつに足を突っ込むや否や、悠といのりはそれぞれのお土産を卓上に広げ始めた。新聞紙にくるんだ状態でこたつに入れて温めた焼き芋と、ポテトチップスなどのお菓子である。見ての通り、芋類の比率が高い。
「コーヒーでも紅茶でもお好きな飲み物をどうぞ☆」
「まあ♪」
 語尾も華やかである。
 そこに、やや遅れて現れた零もこたつにイン。
「はあああ、電熱が球体関節に効くよぅ……」
 うとうとしてないか傍目に分かりやすいようお面を外すと、その下の弛緩した表情を見せる。
 水筒からお茶を注いで眠気覚ましのカフェインを補給した零は自らも持参物を卓上へ。
「うっかりこたつで寝ると水分奪われてお肌かさかさになっちゃうでしょ? というわけでー、みかんと芋料理持ってきたよ!」
 またしても芋。驚異的な芋率である。
「芋も柑橘もビタミンCの宝庫だからね! 乾燥肌にいいよ!」
「やった、これでボクの可愛さも維持できるね!」
 と、悠はキメ細やかな肌に触れながら言った。
「でも、油断したらすぐ寝ちゃいそうになるなー。こたつ、恐るべし!」
 龍の尻尾をぺたんと倒した悠は、待っている間の冷えもあって包み込むような温もりにすっかり身も心も懐柔されていた。
「眠っちゃダメ! みかん食べて気を紛らわせよっ!」
 せっせとみかんの皮を剥く零だったが、彼女もまたこたつの魔力に翻弄されている。
「……ん、ここで死んじゃってもそれはそれで最高かも……はっ、いけない! こんなしょうもないことにまで命を張る癖が……! 頑張れ鳴神! 頑張れみんな! 私も笑顔で頑張るから!」
 両頬をぴしゃりと叩く零。
「皆で談笑して乗り切りましょう。いのりも皆様にお聞かせしたい話が、いくつか」
 いのりの提案に二人も賛成する。
「怖い話でも恋バナでもばっちこい!」
「では、僭越ですが怪談話をひとつ」
 いのりは咳払いをすると、声のトーンを抑えて話し始める。
「えー昔、何年ほど昔でしょうか、自殺の名所と言われた東尋坊に身投げをしようとした夫婦がいたそうです。そこで妻はばっ――と飛び込んだのですが、夫のほうは怖くなって逃げ出してしまいました」
 要所で身振りを交える。
「その夜、夫が宿で休んでいると、びしゃり――びしゃりと――何か濡れた物を引きずるような音が聴こえてきまして。なんだろうと思っていると今度は、ガラガラガラ! ……っと襖を開く音の後にここでもなあいと呻く声が。それが二度、三度と続いて、段々音が近づいてくるんですね」
 話を進めながらいのりは表情も不敵にする。
「やがて自分の部屋の前で音が止まり、夫が恐々襖の方を見ると、さっと開き――」
 溜めを作ると。
「――ここかあ!!」
 迫真の演技で妻の怨霊になりきった。
「……と、こんなところで、後の出来事はご想像にお任せしますわね。お粗末様でした」
 にこやかに手を合わせるいのり。
 しかし気付くと、悠の他に見える顔がない。視線を下方にずらしてみると、うつ伏せになって布団を頭から被っている零の姿が見えた。
「ひい~ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 成仏してぇ!」
 日頃勇ましく剣を振るう零も幽霊だけは無理だった。
「その姿勢だと眠くなっちゃうよ?」
 覗きこむ悠。
「大丈夫、大丈夫だから……ていうか寝たら悪い夢見そうで起きてようって気持ち増してる!」
 零は爪で腕を懸命につねっている。まさに死闘である。
「怪談はもう止めたほうがよろしいかしら?」
 眠気覚ましの効果はあったが、効きすぎなのでいのりは少しだけ苦笑いを浮かべた。他の話をしようと思ったが小学生の自分に色恋沙汰の話はいささか早いような気もする。
「ふむ、なるほどつまり、ボクもこたつと正面から戦わないとダメなようだね。だがしかし! ボクはそう簡単には、寝ない、の……だよ……」
 悠、陥落。

●さらばおこた
 切りつけるような冷たい水の感触に、悠の意識は急速に覚醒させられた。
「はっ!?」
 顔を上げると、そこには申し訳なさそうな面持ちをしたタヱ子がいた。
「すみません、緊急手段を取らせていただきました」
 タヱ子は金だらいに張った水を指して説明する。
「うおおお寝ちゃってた! 起こしてくれてありがとー!」
「よ、よかったのでしょうか。少々手荒で心苦しかったのですが……」
 どてらを渡すタヱ子。真冬の外気に晒されたその身体は完全に冷え切っている。
「一回もこたつに入ってないのは縁くんとタヱ子ちゃんだけかなー? もうすぐ倒せそうだから二人とも温まってくるといいよー!」
 残り少ないこたつの体力を確認したきせきが声を掛ける。
「だとさ」
「あなたも役得を受けてきてはいかがでしょう」
「う、うん……」
 おしくらまんじゅうから解放された縁はのぼせているわけでもないのにふらふらとした足取りだ。
「あの、僕、ここへ来たばかりだし……この機会に皆と仲良くなれたらいいな、なんて……」
 そんなふうに思っていた。結論から言うと、それは杞憂だった。人と人とが打ち解けるのにそう時間は必要ない。仲間とひとつの目的に向かって協力し合うだけで、こたつ以上の温もりを感じられた。別におっぱいとかは関係なく。
「今度は、僕が皆の役に立ちたいから……こたつに入るね……」
 とはいえ大丈夫だろうか。すぐにでも眠りに落ちてしまいそうな様子だが。
 一方でタヱ子はといえば。
「これが妖でなければ良かったんですけれど……では、わたしも失礼して」
 ごそごそと足を入れた瞬間、常日頃キリッとした気丈な態度を保ち続けているタヱ子の表情は一気に緩まった。念には念を入れて一応障壁を展開してはいたが、厳しい寒風と、癒しの空間。その落差にすっかりやられてしまう。
「ほわぁ~……溶けてしまいそうです……」
 卓に顎を置いてだらんとする。瞼を閉じると、そのままどこかへ連れて行かれそうだ。
「まだ起きてなきゃ」
 ゆるキャラみたいになっているタヱ子に呼び掛けた縁は、逆にしゃきっとした目をしている。
「ふにゃにゃ? 覚醒ですか?」
「うん。こうすると、眠くなくなるからね」
 言いながら、伏せた両手を提示する。
「今『第三の眼』を掌に出してるんだ。さて、眼があるのはどちらかな?」
「これは……左でしょうか」
 縁が微笑みながら左手を返すと、そこにはかっと見開かれた眼が。
「当たりだよ。どこかで分かるところ、あったのかな」
「勘と視力には少々自信が。それにしても、怪の因子……未知のことばかりです」
「僕も分からないことだらけだよ」
「成程……」
「うん……」
 縁とタヱ子、二人揃って凄まじく強烈な睡魔に襲われ始める。
 こたつの内部は、両者にとって最も気持ちがいい適温に設定されていた。妖が本気を出してきたらしい。結果至れり尽くせりな機能になってはいるのだが、裏を返せば真剣に殺す気できている。
「寝るな! 寝ると死ぬぞ! ……うふふ、一度言ってみたかったのですわ♪」
 頬をペシペシっと叩いて二人をこたつから引っ張り出すと、人生の実績解除を果たしたいのりは交代でこたつの中に入る。
 そうするや否や、こたつの電源が予兆もなくオフになった。
 一度温まったいのりが入ったことで、妖が受ける負担は都合九人分。八人を超えて温めるだけの余力は残されていなかった。最後の悪あがきだった、ということだろう。
 灯の消えてしまったこたつからは、どこか寂寞とした雰囲気が漂っていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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