思想の綻び
思想の綻び



 F.i.V.Eが存在の秘匿を止めた事で、周囲の状況も変わり始めている。
 今会議室に集まった覚者達への依頼はその一つだろう。
「潜入班への参加ありがとうございます。まずは手元の資料をご覧ください」
 久方 真由美(nCL2000003)は集まった覚者達に一礼し、手元の資料を読むように促す。
「今回の依頼は皆さんが担当する潜入班の他、もう一つ誘導班を作っての合同作戦になります」
 事の始まりはある組織に所属する者からF.i.V.Eへの内部告発だった。

 その組織の名は『新人類教会』。
 元は因子の力を得た能力者を選ばれた新人類と呼んで崇める新興宗教組織であり、現在は「新人類至上主義」を掲げる危険な武装集団である。
 能力者を敵視する憤怒者とは衝突が絶えず、その度に死傷者を出している。また憤怒者でなくとも能力者に否定的な一般人が標的になる事も少なくない。
 憤怒者との衝突で能力者の存在も確認されている。
 内部告発によれば、教会は迫害と憤怒者からの保護の名目で能力者を取り込んで自勢力に加えていると言う。

「新人類教会は基本的に一般人の組織ではありますが、覚者……いえ隔者を擁しています。警察機構やAAAが調査や検挙のために動いていますが、隔者がいる拠点ではなかなか思うようにいきません」
 そこで現れたのがF.i.V.Eに繋ぎを取って来た内部告発者の存在だ。
 告発者は教会の情報を提供する代わりに一人の女性を助けて欲しいと交渉を仕掛けて来た。
 女性は武装化する教会の方針に反対し、元の組織に……周囲から孤立した能力者や身寄りのない幼い能力者に対する生活支援やケアを行う一面を持った、「正常な」教会に戻るべきだと主張する一派の幹部らしい。
「F.i.V.Eはこの交渉を受け入れました。この女性が身寄りのない能力者の養護施設のパトロンや支援活動を行っていた事も分かっています」
 告発者については身の安全のため現段階で正体を明かすわけには行かないそうだが、手引きの際は姿を見せると約束した。
「潜入は約一週間後、女性を監禁している拠点が襲撃され人員が出払った隙を狙います」
 この襲撃は告発者が提案した物だった。
 どうやら告発者には協力者がいるらしく、その協力者と組んで拠点襲撃の情報を信じさせた。
「当日襲撃を行うのはその協力者ですが、こちらの誘導班もそれに加わる事になります。潜入班はその間に教会に潜入し、女性を救出して下さい」
 教会に入った後は告発者が女性の所まで案内し、女性の救出を見届けた所で情報をまとめた資料を受け渡す手はずになっている。
「告発者はその後も組織に留まり、組織の正常化かそれが無理であれば組織が壊滅するまで情報提供を続ける事を望んでいるようです。資料を受け取った後はすぐに現場から離れて下さい」
 その後の事は告発者が情報操作を行いF.i.V.Eではなく新人類教会を良く思っていない別の組織からの襲撃だった事にすると言う。
「新人類教会は危険な武装集団ではありますが、表向きは能力者の味方であると振る舞っています。F.i.V.Eが襲撃者である事は伏せて頂きます」
 そのためにと、真由美はある物を取り出した。
「今回の作戦を計画した際告発者側から提供されたヘルメットと衣服です。作戦の際は全員これを装着して行動してもらう事になります」
 どこにでもある黒いフルフェイスのヘルメットにライダースーツだ。
 現段階で襲撃者の正体を明かす事は告発者にとってもよろしくないらしく、告発者も覚者達を手引きする際はこの姿をしているとの事だ。
「普段の依頼とは少々勝手が違います。各自資料を読んでよく相談した上でとりかかってください。よろしくお願いします」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:
■成功条件
1.監禁されている女性の救出
2.相手側にFiVEだとばれない事
3.なし
 みなさまこんにちは、禾(のぎ)と申します。
 この依頼は連動シナリオとなります。


●注意
 【思想の毒】に参加しているPCはこちらの依頼には参加できません。もし両方に参加するとどちらか片方の描写がすっぱりと無くなります。
 また今回の依頼は皆様がF.i.V.Eと分からないように正体を隠して頂きます。故意に正体を明かした場合はペナルティ対象となるのでご注意ください。

●補足
 シナリオ内での行動中、PCは基本的にオープニングで用意された衣装を着ている事になりますので、プレイングに衣装を着ると宣言する必要はありません。
 術式や神具を使ったらどちらにしろばれるのではと言う心配もあるでしょうが、その辺りは告発者が別組織だと誤魔化すため気にしなくても問題ありません。
 ただし思い切り武器に個人名が書いてある、F.i.V.Eだと分かる物が明記されているなどあれば布を巻くなりなんなりして隠して下さい。

●特殊ルール
 女性が死亡すると依頼は失敗となり、その時点で告発者が撤退を呼びかけて来ます。
 戦闘は続行できますが、依頼の失敗は変わりません。こちらの失敗は連動シナリオ【思想の毒】にも影響が出ます。
 また連動シナリオ【思想の毒】が失敗すると外に出ていた戦闘員が戻ってしまいます。
 その場合、告発者が戦闘員を追って戻って来た協力者と共に食い止めますが、今後情報の提供を行えなくなります。
 結果新しい情報が得られず新人類教会攻略が難しくなります。

●場所
 拠点は山の中にあり、周囲は道が敷かれた場所以外は草木が生えており視界は多少遮られます。
 教会のような外見をしていますが、十字架ではなく人と言う文字を意匠化したレリーフが飾られているのが特徴です。
 誘導班が正面から襲撃を行い、こちら潜入班は裏側の斜面から裏庭に入り、裏庭の物置小屋から地下へ潜入する事になります。

・裏庭
 時間は早朝。太陽が昇り始めるくらいのまだ暗い状態ですが、裏庭に景観のための明かりがついていますので注意して歩けば問題なく小屋に着けます。
 小屋の鍵は外されているので、中に入ればそこで告発者と合流できます。

・地下
 上から見ると廊下は「T」のようになっています。
 下部分が小屋と繋がる出入り口、上部分の廊下の長さは約20メートル。左側に女性が監禁されている部屋があります。
 女性が監禁されている部屋の前には見張りが二人だけですが、右側の部屋には廊下を挟んだ向かい合わせの部屋にそれぞれ三人が詰めており、戦闘音を聞きつければ出て来ます。
 上部中央の扉を開くと、地上の教会と繋がる階段があります。
 廊下の幅は約二メートル。天井までの高さは約三メートル。大立ち回りをするには手狭ですが、コンクリートで固められているので戦闘で崩れる心配はありません。

●人物
・告発者/正体不明
 黒いフルフェイスのヘルメットとライダースーツと言う姿で現れます。
 情報操作を行える上に内部に詳しい事から、情報に深く関われる立場かそれなりの地位にあると推測されます。
 裏庭のプレハブ小屋の中で合流後女性が監禁されている部屋の近くまで案内してくれますが、覚者の戦闘には加わりません。

・村瀬 幸来(むらせ ゆきこ)/女/一般人
 新人類教会幹部。現在のような組織の武装化に反対し続けたために幽閉されました。
 幽閉で体が萎えているため、一般女性の平均以下の体力と運動能力を想定して下さい。
 戦闘に巻き込まれ流れ弾に当たると死亡する確率があるので注意が必要です。
 救助を仄めかすメッセージをすでに受け取っているらしく、接触時にあまり乱暴な真似をしない限りはこちらの指示に従ってくれます。

・教会戦闘員
 「T」の左側監禁部屋の前に見張りが二人、右側の二つの部屋にそれぞれ三人います。
 全員武装していますが一般人のため、対処次第では戦闘を避ける事も可能です。
 ただし、教会の思想に染まっている上にこちらは「教会の思想に反対する能力者」のため、買収や説得といった方法はとれません。

●敵能力
・教会戦闘員×8
 女性が監禁されている部屋の前にいる見張り二人を含めた人数ですが、見張り以外の六人は戦闘音に気付かない限り出てきません。
 見張り二人も故意に騒音を立てない限り視界に入るまで覚者に気付かないので、対策を取れば真正面からの戦闘を回避する事もできます。
 全員一般人なので、能力は憤怒者相当と考えて下さい。
 戦闘時は三列縦隊前衛から詰めて行き、六人全員揃うと前衛3、中衛3、後衛2となります。

 スキル
・アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
・スタンガン(近単/物理ダメージ+痺れ)


 情報は以上となります。
 皆様のご参加お持ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年01月14日

■メイン参加者 6人■

『児童養護施設「ともしび」院長』
鬼桜・公明(CL2001253)
『隔者狩りの復讐鬼』
飛騨・沙織(CL2001262)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『瞑目の剣士』
真堂・アキラ(CL2001268)
『便利屋』
橘 誠二郎(CL2000665)


 山の斜面に茂る草木が風に揺れて音を立て、風が吹き抜ける音と合わさって少々耳障りなくらいに騒がしい。
 その音に紛れ、黒いフルフェイスのヘルメットにライダースーツ姿の覚者達が道なき道を行く。
(あれは……)
 暗視能力を利用し一団を先導していた谷崎・結唯(CL2000305)が木々の間からある物を見付けた。
 一見するとごく普通の教会に見えるが、飾られているのは人と言う文字を意匠化したレリーフだ。
 この場に集まった覚者達の目的地、新人類教会の建物が見えていた。
(新人類教会か。元は覚者にとっては有り難い場所だったんだろうが)
 事前に渡された資料には新人類教会が「真っ当に」周囲から孤立した能力者や身寄りのない能力者の支援を行っていた事も書かれていたが、武装化が進み「新人類至上主義」を掲げる今の教会では保護した能力者を洗脳教育により利用していると言う。
「人が何を信仰しようと自由ですが、人様に迷惑をかけるとなれば話は別ですわ」
 結唯と同じく暗視を使い先導していた秋津洲 いのり(CL2000268)も同じ物を見ていた。
「裏庭まではもうすぐです。慎重に行きましょう」
「そうだな。後方の注意も頼む」
「わかりましたわ」
 結唯といのりは短いやりとりの後、再び先導役に戻って歩を進める。
「あの教会の地下に女性が囚われているんですね」
 飛騨・沙織(CL2001262)が近付くにつれはっきり見えて来る教会の建物を見上げる。
 元は孤児である彼女にとって、身寄りのない能力者の保護や支援を行っていたと言う囚われの女性には尊敬に値する人物だと思えた。
 その女性、村瀬 幸来(むらせ ゆきこ)の個人的な情報は資料にはあまり書かれていなかったが、彼女の活動は彼女が新人類教会の幹部である事を含めても充分評価できる。
 鬼桜・公明(CL2001253)もその活動には大いに共感し、また評価をしていた。
「彼女の行いは尊い。そう言う意味でも彼女のような存在は助けなければ」
 決意を示す公明だったが、彼が口にした「子供と女性は世界の宝ですから」と言う発言に沙織の視線が鋭くなった事には気付いていない。
「裏庭が見えて来ましたね」
 橘 誠二郎(CL2000665)が目を向ける先には西洋風に仕上げられた庭が広がっていた。
 裏庭と名は付いているが、その造りは凝っており各所に設けられた明かりもなかなか洒落ている。
「ここが普通の教会であれば憩いの場になるでしょうに」
 本気かどうかわからない口調で言いながら、ヘルメットとスーツを気にする誠二郎。どうやら初めて使うヘルメットとライダースーツに息苦しさを感じているらしい。
 そんな誠二郎をよそに、やる気に満ちているらしい真堂・アキラ(CL2001268)。これが初の実戦と言う事もあるのだろう。慎重に歩を進めつつもヘルメットごしにもそのやる気が感じられそうである。
「ここから先はより慎重に行くぞ」
 裏庭に入る前に結唯が声を掛け、暗視を持つ結唯といのり、第六感を研ぎ澄ませた沙織が中心となり裏庭を横切って行く。
 合流場所に指定された小屋はすぐにわかった。
 裏庭の作り同様小屋と言うには洒落た外見の扉に触れたのは公明だ。
「鍵は……かかってないね。それじゃあ入るよ」
 そっと扉を開き小屋の中に入る六人。
 全員が小屋に入ると、隅の方からごそりと物音がした。
「失礼。驚かせてしまったようだ」
 機械で加工された奇妙な声。黒いフルフェイスのヘルメットにライダースーツ。
 F.i.V.Eに新人類教会の内部告発を行い、囚われた新人類教会幹部の救助要請をした内部告発者が覚者達の前に立っていた。
「急かすようで済まないが、早速地下に案内させてもらう。何か不都合はあるかい?」
 不都合はないか聞きつつも「あるわけないよね?」と言う幻聴が聞こえてきそうな物言いだった。
 それほど急いているのか、それとも囚われた女性を案じているのか、どちらにせよ覚者達の答えは決まっている。
 頷く覚者達に告発者も頷きを返し、先程自分が隠れていた戸棚の裏へと回った。
 カモフラージュを施された床が外されており、地下に繋がる階段が露わになっていた。


 告発者を加えた覚者達は、地下と言う割には音の響かない廊下を歩く。
 告発者の説明によれば元々ここは教会戦闘員達の詰め所以外にも教会の信者がレクリエーションのために使う事もあり、音が響かないように作られているらしい。
「そもそも襲撃を想定して作られていないんだよ」
「憤怒者に狙われやすい場所だと思うが……」
 結唯は新人類教会と憤怒者が何度も衝突していると聞いていた。
 にも関わらず武装化した組織の拠点に対策が施されていないのは意外と言うしかない。
 その答えを言う前に、告発者は肩を竦めた。
「ここは本来なら能力者が守っているからね。必要ないと思ったんだろう」
「能力者が……」
 俄かに緊張する覚者達に対し、告発者は気楽にひらひらと手を振っている。
「大丈夫、今日はいない。だからこの日を指定したんだよ」
 告発者は確信を持って言う。小屋で合流した時から現在まで、告発者に外部の人間を手引きしている緊張感や組織を裏切っていると言ううしろめたさのような物が感じらない。
 しかし、その事に関して誰かが聞く前に告発者が足を止めた。
「外の誘導に上の連中がかかった。作戦を開始してくれ」
「いよいよか……」
 アキラは廊下の先へ進もうとしたが、側にいる守護使役に目を止める。
「守護使役は覚者だと気付かれんように隠しておくか」
「その守護使役って見えるのは能力者だけなんだろう? わざわざ隠す方がそれっぽいと思うよ」
 そう言っている告発者の肩にもちらちらと見え隠れするものがあり、勿論覚者達の側にも守護使役はいる。しかし、告発者は一切そちらを見ていない。
「むしろ出していた方が自然なのか」
 納得したアキラは守護使役をそのままにしておき、改めて目的地に繋がる廊下に向き直る。
「なるべく戦いは避ける方向でいきましょう」
「まずは女性の救出が優先ですね」
 誠二郎といのりの言葉に反対は出てこない。その様子を見ていた告発者はそこで覚者達に一旦身を画す事を伝える。
「とは言っても状況次第で出てこなければいけないだろうし、柱の影にいるだけだ。救出の方は頼んだよ」
「任せなさい。麗しい女性を助けるのが紳士の嗜みさ」
 さらりと言い放つ公明にまたも鋭い目を向ける沙織。その警戒心は一段階上がっている。
 それに気付いているのかいないのか、告発者は離れて行き、覚者達は廊下の先へと進んで行った。


「……確かに二人分のにおいがします」
 嗅ぎ分ける能力を鋭敏化させた誠二郎は、左の曲がり角にいる見張り二人の臭いを嗅ぎ取った。
「こっちはちょっとばかり視界が足りねえな。まあ角の辺りまでなら何とか見えるか」
 戦闘の可能性を考えて若い頃の肉体に変化した公明が、がらりと変わった口調で偵察結果を報告する。
「よし、それじゃ誘き寄せられるかやってみるぞ」
 二人の報告を受けたアキラが懐からその辺りで拾って来た石を取り出し、廊下の先へと投げた。
 カツンカツンと廊下に当たる硬い音がする。
「……あれ、何か落ちた?」
「ボードでも落ちたんじゃないか?」
 この場にいる誰の声でもない者が廊下の先から聞こえて来た。
 かかったか? と、じっと次の展開を待つ覚者達。
 そうとは知らない見張り二人の内一人が相方に部屋の前から離れないように言い残し、物音の出所を探るために覚者達が隠れている廊下に向かう。
「そろそろ来るぞ」
 公明の言葉通り、曲がり角に人影が差した。
「石? なんでこんな所に」
 廊下に転がった石を発見した見張りは不審に思いつつも、その石を拾おうと曲がり角から覚者達のいる廊下に入って来る。
 当然、そこにいる黒いフルフェイスのヘルメットにライダースーツの六人を発見する事になり、反射的に銃を構えた。
「侵にゅ……」
 声を上げようとした見張りの口が途中で力を失って半開きの状態になる。
 その目にはいのりの金色の瞳が映っていた。
「成功したようですね」
 見張りの焦点が合わないぼんやりした目を覗き込み、いのりは魔眼の成功にほっと一息。
「バイザーが狭いタイプで助かりましたね」
 バイザーの幅はサングラスよりやや広めと言った程度だ。見えるのは目だけで鼻から下はしっかりヘルメットに隠れていた。
「こいつにもう一人を呼ばせられるか?」
「やってみよう」
 アキラの問い掛けには結唯が応え、催眠状態になった男を再び魔眼で見る。
「いいか、もう一人を呼ぶんだ。あまり大きな声は出すな」
「………」
 こくりと頷いた男が「きてくれー」と少々間延びした声を上げると「やっぱり何か落ちてたのか?」と言う反応が返ってきた。
「今度は私の番ですね」
 誠二郎が廊下の曲がり角近くに移動し、ステルスを発動させる。
 動けば効果の薄い技能だったが、待ち伏せで身を隠すには丁度いい。
 他の覚者も息をひそめて見守る中、誠二郎は足音と嗅覚を頼りに見張りの接近を確かめる。そして曲がり角を曲がって来た男を振り向かせ、バイザーを上げた。
 これを以て、見張り二人は完全に無力化されてしまう事になる。
「これでよし。後はこの辺に転がしておく」
 結唯は縛り上げた見張り二人を廊下の隅に文字通り転がした。催眠状態になった上に口を塞がれた二人は何の抵抗もなくころりと横たわる。
「さて、いよいよ囚われの御姫様とご対面だね」
「はい。早く救出して差し上げましょう」
 妙に楽しそうな公明の台詞は、いのりに真面目に返された。


 見張り二人を無事無力化した覚者達だったが、廊下の右側にはまだ六人が控える部屋がある。
 油断なくしのびあしを使い移動する沙織を筆頭に、覚者達は静かに廊下の左側に入って行った。
 少し歩くと、無骨なコンクリートの廊下にぽつんとある木製の扉を発見する。
「ここですね」
 第六感を研ぎ澄ませ扉の奥に神経をとがらせた沙織だったが、中から危険な気配は感じられない事を確認し、扉の前から離れた。
「鬼桜さん、鍵をお願いします」
「任せな」
 軽く請け負った公明が扉の鍵に取り掛かるが、ごく一般的な鍵はあっさりと開いた。
 部屋に入った覚者達を迎えた室内は木製のフローリングが敷かれ、壁も柔らかなオフホワイトで塗られている。
 扉の鍵といいこの室内といい、告発者が言った通りこの教会は襲撃を想定しておらず、この部屋も監禁目的に使う物ではなかったのだろう。
 しかし、部屋の隅には不自然な物が置かれている。
 天井まで届く鉄格子と、その中に一枚だけ敷かれたカーペット。そして、そこで横たわる一人の女性の姿。
「随分痩せていますね」
 油断なく神経を張り巡らせながら鉄格子に近付く沙織だったが、特に罠もないようなのでじっと女性を見詰めると痛ましい表情になった。
 年の頃は二十半ばか少し上だろうか。青ざめ痩せ細って頬もこけてしまっている。
「しっかりなさってください。もう大丈夫、助けに来ましたわ」
 狭い鉄格子の中に六人が入る訳にもいかず、いのりは鉄格子の間から手を伸ばして癒しの霧をかける。
 外傷は特に見られずどれだけ効果があるか分からなかったが、その力は少なからず良い方向に作用したらしい。閉じていた目がぱちりと開く。
「……見ないお顔ですね。どちら様でしょう?」
 フルフェイスのヘルメットに向かって「顔」もないのだが、起き上がった女性の目が意志を宿してまっすぐに覚者達を見詰めて来る。
「話は聞いてるよな、助けに来た。ゆっくりで良いから離れずついてきてくれ」
 痩せ細った姿に反してしっかりとした口調と視線を受け、アキラがこれなら大丈夫かと声を掛けたが、その後ろからずいっと公明が身を乗り出して来た。
「麗しの囚われの御姫様、俺様達は貴女を助ける為に使わされた騎士達だ。どうか貴女を守らせてほしい、一緒に来てくれねえか?」
 流れるような口調と動作でその場に片膝を付き手を差し伸べる公明に、他の覚者は場所も忘れてぽかんとした。
「そう言う事を言ってる場合ですか!」
 ガスッ! と、公明のヘルメットにチョップが振り下ろされた。
 ここに来てからずっと警戒を強めていた沙織がついに鉄槌を下したのだ。
 本当に女性に目がないんですからと憤慨する沙織だったが、公明の姿勢は揺るがない。
「変わった騎士様ですね」
 それに対する女性、村瀬幸来の反応は笑顔だった。
「お姫様、と言うには罪深き身ですが……私はここで朽ちるわけにはいかないのです。どうか、私を助けて下さい」
 そう言って頭を下げる幸来に、覚者達は勿論だと頷いた。
「では俺様の背に……待て、不埒な気持ちはないからな!」
 視線を鋭くする沙織に公明が慌てると言う場面もあったが、幸来の衰弱は激しくまた公明が後方支援に徹すると最初から決まっていた事もあり、沙織と誠二郎が周囲を警戒し、公明が幸来を背負って後ろを歩く事になった。


 その後の流れは特に何の問題もなく進んで行った。
 最初の見張りを戦闘せず完封したのが大きいだろう。反対側に控えている六人の教会戦闘員は部屋から出て来る事もなく、催眠状態で転がされた見張りも横たわったままだ。
「お見事。問題なく助け出せたようだね」
 見張りの横を通り過ぎると、柱の影から告発者が姿を現した。
 告発者は公明に背負われた幸来の顔を確認して「よし」と頷く。
「上の方はまだ戦闘中だ。今の内に外に脱出しよう」
 促されるままに来た道を戻り、階段、裏庭、そして山の斜面へと至り、ようやく覚者達は潜めていた息を吐き出した。
 その時、離れた場所から戦闘音が聞こえて来た。
 目を凝らせば煙のような物や眩いスパークがまだ暗い木々の間から見え隠れしている。
「戦闘が続いているようですね」
 誠二郎の耳にははっきりと状況が聞こえているらしい。
 しかし、告発者は気楽そうに「大丈夫」と返して来た。
「作戦は無事終了だ。向こうの戦闘もじき終わる」
「こちらは特に何事もなく終わったな」
「相手を倒すのが目的じゃねえし、成功したんだからいいじゃねえか」
 それを良しと捉えているのかそれとも物足りないのか、結唯の常と変わらない口調から推し測る事は出来なかったが、アキラの方は一つの作戦を成功させた事で充分達成感があったようだ。
「そうそう、これが約束の物だよ。後の事は担当者に任せてある」
 告発者が懐から取り出したのは小さめのケースだった。
 ここに新人類教会の情報が収められているのかと、それを渡されたアキラは少し神妙な様子で受け取った。
「改めて君達にはお礼を言うよ。後始末は任せて、その人を連れてここを離れてくれ」
 一気に言ったかと思うと裏庭に向けて駆け出した告発者の背があっと言う間に小さくなり、小屋の中に消える。
「あの方は……?」
「村瀬さんを助けてほしいと私達に依頼して来た人です。心当たりはありますか?」
 公明に背負われた幸来の呟きに沙織は逆に聞き返したが、幸来は首を横に振った。
 しかし、その答えは単純に知らないと言う者ではなかった。
「姿を隠していたと言う事はそうしなければならない事情があるのでしょう……例え心当たりがあっても、私の一存で話すわけにはいきません」
 その答えに、覚者達は自分達を含めて徹底的に正体を隠そうとした理由を考えたが、この場で立ち止まってする物ではないだろうと思い直して山の斜面を移動し始めた。
 聞きたい事は多くあったが、告発者はすでに去り、衰弱した幸来と託された情報を抱えて長居はできない。
「幸来様、もし何かお口にできるならお弁当はいかがですか?」
 歩きながら、いのりは長く捕らえられていると聞いて万が一のために用意した弁当の事を話す。
 実際に見た幸来は痩せ細り、下手をしたらまともに食事を摂っていたかも怪しい状態だった。
「お弁当……ふふ……助かると思ったら急にお腹が空いてきましたね」
 公明の背で微笑む顔には生気が戻り、彼女が危険な武装集団の幹部であると忘れてしまいそうな柔らかな雰囲気が漂っていた。
「一息ついたら一度ゆっくりお話ししたいですね」
 教会から離れた事で元の体に戻ったのか、公明が会話に入って来る。
「養護施設の院長をやっているんです。同じ身寄りのない子供を守ろうとする者同士、仲良くやりたいものです」
「まあ……そうだったのですか」
「はい、ですから……」
「村瀬さんの活動は尊敬に値すると思っています。これからどうなるかはまだ分かりませんが、応援させて下さい」
 公明の言葉尻を奪って身を乗り出してきた沙織に、幸来は少し寂し気に「ありがとうございます」と応える。恐らく、その活動がしばらくは途絶えてしまうのが分かっているのだろう。
「きっと大丈夫です、その辺りの事を踏まえて今度デートしながらお話しをぐっ」
「年と立場を考えて下さい、この眼鏡」
 沙織のチョップが良い所に決まり、公明のナンパは阻止された。
 囚われの身から一転、そんな愉快なやり取りを目にした幸来は翳りは残るものの少し明るい表情を浮かべた。
 新人類教会の全貌はまだ分からず、告発者だけでなく別の所で動いている協力者の謎もある。
 しかし、この作戦に携わった覚者達は解決に向けて確実な一歩を踏み出したのだと確信を抱き日が昇り始めた山中を後にした。

■シナリオ結果■

大成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『第一接近遭遇』
取得者:鬼桜・公明(CL2001253)
『第一接近遭遇』
取得者:谷崎・結唯(CL2000305)
『第一接近遭遇』
取得者:飛騨・沙織(CL2001262)
『第一接近遭遇』
取得者:秋津洲 いのり(CL2000268)
『第一接近遭遇』
取得者:真堂・アキラ(CL2001268)
『第一接近遭遇』
取得者:橘 誠二郎(CL2000665)
特殊成果
なし




 
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