未熟なる殺意
未熟なる殺意


●少年が願ったこと
 中学生達がサッカーをやっている川原。そこに現れた1人の少年に、友人達は口々に驚きの声をあげる。
「おー、悟。お前今日は帰らなくて良いのかよ?」
 ボールを追いかけていた足を止め、目を見開いた友人の言葉に、相沢悟は「うん」と微笑を浮かべた。
「いいんだ。もう、勉強ばかりしなくても」
 仲間に入れて。
 笑った顔は、無邪気そのもの。だが少年の様子がいつもと違う事に、同級生達は気付く事が出来なかった。
「サトルー、こっちのチームに入れよ」
 ブンブン手を振り言った1人の許へと、悟は笑顔で駆ける。
(そうだ。これが、僕の望みだ)
 友人達と一緒に、陽が暮れるまで走り回って、笑い合って。
 もう、塾にも行かなくて良いし、テストの点数が悪くても、お母さんに怒られたりしない。
 学校で一緒にいても感じる、友人達からの疎外感を感じる事もない。

 だって、今夜――。

 なんだかワクワクしているように、少年の心は躍る。
 良くなるとしか、思えなかった。
 ただ、全てが良くなると。
 そんな、単純にしか……。

●流れ落ちたもの
 『しのびあし』を使い、両親の寝室へと忍び入った悟は、ドアの前で物置にあった灯油を撒く。マッチを擦ると、躊躇い無く湿った絨毯の上へと落とした。
 蒔いた灯油は少量であったが、それでも炎は瞬く間に天井へと達する。
 大量の煙と熱気に、ぐっすりと寝ていた両親が目を覚ます。そしてその時には、悟は1つだけある庭へと続く窓の前に立っていた。
 青年となった姿で。
「泥棒かッ!」
「あなた!」
 ベッドに座ったままで咄嗟に夫は妻を庇い、妻は夫の背に抱き付く。
「僕はね」
 突然の事、そして年齢を変えた悟に、両親は気付かない。それでもそんな事は気にせずに、悟は思っていた事を綴った。
「僕は、友達と遊びたかった。勉強なんて大嫌いだった。お父さんの病院なんて継ぎたくない。勉強の事しか言わないお母さんなんて、大嫌いだった」
「なんだお前は。出て行きなさい!」
「あなた、火がッ! さ――」
 続いて何かを言おうとした母親の次の言葉を許さずに、悟は掌を突き出す。
 飛んだ波動弾は父親を貫通し、母親へも衝撃を与えた。
 うっ! と前のめりに布団へと頭を埋めた父の後ろで、母が悲鳴をあげる。
 皮肉げに笑った悟は、「ああ、出て行くよ。用事が済んだら」とゆっくりと足を踏み出した。
「ひぃッ!」
 ベッドを飛び出し炎が昇る扉に駆けた母親が、熱に耐えられずに足を止める。
「やめて、お願いやめて!」
 ドアと炎を背に立った母に、何故彼女がそうしているのかも気付けずに、『青年』は拳に炎を纏い繰り出した。
「うん。これで、終わり」
 残りの灯油を部屋中に撒いて、悟は窓から外へと出る。
 広い庭。その隅まで歩いてから、振り返った。
「ほら見て。お母さん、お父さん。僕はもう大人だから。こうしてお母さん達に反抗できるし、1人でだって全然、生きていける」
 さよなら。
 燃える自宅を見上げ笑顔で言った筈の悟の足元に、ポトリと一粒、滴が落ちていた。

●同じ、少年として
「皆、力を貸してくれ」
 会議室。低く声を出し言った久方相馬(nCL2000004)に、覚者達は視線を向ける。
「13歳の少年が、両親を殺す夢が見えた。――隔者になっちまう」
 言葉を途切らせ気味に、相馬は見た夢の話をして説明を始めた。
「名前は相沢悟。医者の息子で大きな庭付きの家に住んでる。今回の事件となる現場だ」
 勉強に厳しい母親と父親。特にずっと家にいる母親には、父の病院を継ぐ為に勉強を強要されていたみたいだ、と言葉を足す。
「悟が両親を殺すのは、夜中の3時過ぎ。両親がぐっすり寝た頃合を見計らって、1階にある両親の寝室に向かう。灯油をドアの所に撒いて、窓の前に立つ。つまり2つしかない出口を塞ぐんだ」
 これを邪魔しなくては、両親を助ける事は難しいだろう。しかし両親が寝室にいないと判れば、悟は警戒するに違いない。
「皆が現場に付けるのは、事件当日の夕方。ちょうど悟が友人達とサッカーをしていて、母親は……何してるだろ。父親はまだ、家には帰ってないと思うけど……」
 少し考える素振りを見せてから、相馬は覚者達へと視線を戻す。
「あいつは、解ってないんだ。両親が居なくなるって事がどういう事か。人殺しになるって事がどんな事か。戦闘が、どういうモンか。あんな事したって、良い事なんていっこもないのに。友達とだって――」
 出来れば悟の目を覚まさせてやってほしい、と呟いた。
「タイミングを間違えれば、何かを勘付かれれば、悟は計画を中止し、最悪、姿を消してしまう可能性もある。予測不可能だ。けど、あいつの間違いを、教えてやってほしい」
 自分の意思で、両親を殺すのをやめられるように。
「ほんと、出来ればだから」
 そう言って、相馬はペコリと頭を下げた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:巳上倖愛襟
■成功条件
1.両親の生存。
2.相沢悟の『殺意消去』・又は『生存したままの身柄確保』。
3.なし
皆様こんにちは、巳上倖愛襟です。
宜しくお願いします。

今回は隔者になりかけている少年の依頼です。1人だけですので、倒すだけならば、皆様の楽勝です。
ですが殺意の消去、何故少年がこんな事をしようとしたのかを両親に理解させる、和解させる、心の内を両親へと話させる、目覚めた力と共にどう生きて行くかを諭し導く、人を傷つける事の痛みを感じさせる、等々、悟の為にと何かを「してあげたい」と思われた場合は、事前の接触や行動、信頼を得る、戦闘の運び方等、工夫が必要な依頼となります。

※皆さんが現場に到着出来るのは、相馬が話しているように事件当日の夕方です。

●戦闘の場所と時間帯
悟が両親を殺そうと寝室へとやってくる夜中が、人目や人通りも無く、時間帯は最適。
両親の寝室(12帖ほどの広さ。ベッドや家具あり)を出てすぐの庭に誘き出す事が出来れば、戦闘がしやすくなります。
消火器は玄関と勝手口に1つずつあります。(持ち込む事は出来ません)

●相沢悟 13歳
両親との3人暮らし。両親からの抑圧が強く、大人になり自立するまでは反抗する事は許されないと思っています。
覚者としての力を得た事によって、この力で両親を殺せば自由になり、『全て』が上手くいくと思い込みました。
戦闘前でも警戒心は皆無ではなく、かと言って強すぎる、という事はありません。ですが『自分の望みを邪魔する者』と判断すれば、全力で攻撃してきます。力を得てから、自分が納得出来る強さになるまで、時期を待っていました。
少年の若さそのままの無茶な戦い方をします。

現の因子(変化時23歳)・術式は火行。守護使役は猫系。
・技能『火の心』『第六感』
・火行『B.O.T.』『炎撃』『火炎弾』『火柱』
・体術『閂通し』
を使用します。

●両親
父親は外科医。夜遅くに帰宅します。母親は専業主婦。
母親は息子の不満を少しは把握していますが、息子の将来の為とその不満を無視しています。

それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
公開日
2016年01月04日

■メイン参加者 7人■

『菊花羅刹』
九鬼 菊(CL2000999)
『悪食娘「グラトニー」』
獅子神・玲(CL2001261)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)
『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)


 事件の起きる現場へと着くと『約束』指崎 心琴(CL2001195)と、獅子神・玲(CL2001261)は仲間達と別れ、川原へと向かう。
「僕は心琴って言うんだ! 楽しそうだから混ぜてくれ!」
「僕は玲。僕も一緒に遊んでもいいかな?」
 見知らぬ彼等に少年達は足を止めてポカンとし、けれど同年代である事にすぐさま「いいぜ!」と無邪気な笑顔を返した。
「両方のチームに1人ずつ入りなよ」
 2人は顔を見合わせ頷きあって、玲は悟がいるチームに、心琴は相手チームへと入る。
 サッカーをしながら、玲はゴールが入った時や誰かが遠くまで蹴ったボールを取りに行く間などに『超直観』を使う。悟が1番楽しいであろう事は技能を使わずとも明らかであったが、彼が1番楽しそうなタイミングの見極めとした。
「楽しそうだけど今日は何かいい事あったの?」
 最も上機嫌の時であれば、警戒心は和らぐというもの。『超直観』で見続ける玲を見返した悟が、笑顔を浮かべる。
「こうやって皆と遊ぶの、久しぶりだから」
「そうなの? どうして?」
「……いつもは、塾に行ってるから」
 その言葉には「良いな」と羨む視線を向けた。
「僕、塾に行きたくても行けないよ……親が居ないから」
 両親が居ない為に養護施設にいる事を聞けば、驚き顔であった悟は僅かに眉根を寄せる。
「親がいても……」
 そこで、言葉を途切らせた。
「ねぇ、悟君。僕……獅子神玲と友達になってくれる?」
 問いかけには、笑顔が返る。
「うん、勿論」

 その頃、春野 桜(CL2000257)は結界を用いながら悟の家を偵察していた。買物に行っているのか母親は留守のようで、庭などは自由に動く事が出来た。
 進入経路、逃走経路を調べる。家の間取りを外から予想して、カーテンの開いているダイニングの前では『木の心』を使った。
 木から見える、記憶。
 夜は母と2人で食事。朝は3人での朝食。
 悟の楽しそうでない様子が気になる。特に父親が同席する朝食では、少しの笑顔も見られなかった。
 カチャン、と門扉を開ける音がして、母親が帰って来る。裏口側へと回り外に出た。

「暗くなってきたし、そろそろ帰ろうぜ!」
 誰かが言った言葉で、少年達はボールを追いかけるのをやめる。
 別れ際に「じゃあね」と声をかけた玲に、悟も手を振った。
「うん、またね」
「皆の家ってどの辺?」
 心琴が全員に尋ねれば、それぞれが家の方角を指差す。その中の悟へと、駆け寄った。
「僕と同じだ」
 一緒に帰ろ、と肩を並べて歩き出した。
「こうやって遊ぶのは楽しい。なあ、悟だっけ? お前はサッカーの選手にでもなりたいか? いわゆる将来の夢というやつだ」
 どうかな、と曖昧に微笑む悟に、やはり初対面でいきなり悩みを聞くのは無理か、と心琴は己の事を話す。
「僕はな、医者になりたいんだ」
 一瞬、空気が変わった。
 睨むように心琴を見た悟が視線を外し、「へえ」と声を洩らす。
「僕の親がわりはまあ、正確には看護師でな。そいつと、もう1人医者だったやつに約束したんだ。しかしなんだ、医者になるための勉強は難しい、息苦しくもある。それでもな、夢に近づくためには必要だ。自分が自由に選んだもののためだ。お前はどんな未来を選ぶ?」
「僕は……判らないな。でも『自分が自由に選んだもののため』なら、僕もきっと頑張れるよ。何になるかは、これから決めるけど」
 笑顔を浮かべ、悟はそう言った。


 深夜。
 事件の起こる時間が近付けば、覚者達は行動を開始する。
 夕方に桜が調べ見つけた、庭の見つからぬ安全な場所で隠れて事件が起きるのを待った。
 三月 アリス(CL2001257)は守護使役のたまての力を借りて『ていさつ』を使う。
 上空から見た、家の周りを歩く者はいない。桜が発動させている『結界』の効果もあるだろうが、見渡せる限りの家の電気は全て消えていて、人々が寝静まっている事が判る。
 悟の家も電気は全て消え、カーテンが引かれていた。上空からも悟の部屋があるだろう2階の中の様子は窺えない。
 そしてそれは、両親の寝室も同様であった。
 『透視』や『鋭聴力』など、中を窺えるスキルを持った者が今回は居ない。悟がそっとドアを開け寝室に入ってきたとしても、気付く事が出来ないのだ。
 前に出ます、と声は出さず仲間達に手の動きで伝え、『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は守護使役カナンと共に『しのびあし』で寝室の近くへと移動する。他の仲間達も泰葉ほど早くは行けずじりじりとではあったが、物音や気配に注意しゆっくり窓へと近付いていった。
 クン、と『菊花羅刹』九鬼 菊(CL2000999)が鼻を動かす。守護使役のうめと視線を合わせた。
 『かぎわける』で感じ取ったのは、寝室から洩れる僅かな匂い。
「灯油です」
 仲間達へと告げると同時に、スピードを上げた。
 1人仲間達より早く窓の前に到着していた泰葉は、すぐさま判断を下す。
 鍵がかかっている窓。『物質透過』などを得ている者が居ないこの状況で、中に突入するには――。
 ナックルをはめた拳が、窓を割る。室内に入った手が、鍵を開けた。
 窓が割れたのと、室内で炎があがるのはほぼ同時。
 泰葉が腕を引き抜くのに合わせ、駆け付けた菊がガラリと窓を引く。カーテンを押し退けるようにして、仲間達が次々に中へと駆け込んで行った。
 真っ先に室内へと入った三峯・由愛(CL2000629)は、驚き起きた両親を守るため悟との間に入る。
「動かないで下さい」
 由愛が両親へと告げるその前に、桜が割り込んだ。
 その隣には、茶の戌耳と尻尾だけではない。更に右腕を獣化させた心琴が立つ。覚醒した姿を凝視する悟の耳に、聞き憶えのない声が飛び込んできた。
「やあ、悟君。友達として玲が君を止めに来ました」
 目を向けた先には『今』の自分と同じ年齢――23歳の容姿へと変化した玲の姿。ロングストレートの黒髪美女に、彼女を少年と思い込んでいた悟は気付けずにいる。けれど玲という名が脳裏を過ぎり、「まさか……」と声を洩らした。
 そうしてもう1人。アリスが両親を背に庇い立つ。長い前髪の奥にある瞳が、悟の背後、燃える炎を見つめていた。
 火がつけられる前に突入したかったのであれば、そのタイミングを見極め突入する為の有効な方法やスキルを考えなくてはいけなかった。
 仲間達へと治癒力を高める香りを桜が振りまき、泰葉が醒の炎を活性化させた。
「急がなくては時間切れ、となりますね」
 仲間達と共に頷いて、「なあ」と心琴は悟に語りかける。出来れば力尽くではなく悟の意思で、暴挙を止めてやりたかった。
「お前は本当に父親と母親が嫌いか? 憎いか? お前がふみだそうとしているその一歩は自由への一歩じゃない。不自由への一歩だ。人を殺せば、それは呪いとなって一生つきまとう」
「違うよ。自由への一歩だ。だって……。僕はほら、今は大人だし」
 悟がクスクスと笑う。
 手を突き出したアリスが、その上に氷を作り出す。放った薄氷は悟ではなく、炎を貫いていた。
 炎の勢いを弱める事は出来ない。攻撃用に術式で生成された氷では望む効果は得られなかったようだ。
 それでも、炎を消す意思を見せたアリスに、チラリと悟は視線を向ける。
「邪魔、する気?」
 彼等全員が覚者なのだと、悟は勿論気付いているのだ。己と同じく発現した者達なのだと。
 悟が確認したいのは唯1つ。
「邪魔するの?」
 ――つまり、敵なの? と。
 可能ならばと実力行使ではなく説得で無力化したいと願う由愛は、悟ではなく両親へと語りかける。まずは彼等に気付かせたかった。
「覚えのない侵入者と私達を訝しむのは理解できます。ですが貴方達は知らなければなりません。彼が……異能の力を手に入れた悟君がお2人に殺意を走らせている、あの姿を」
 怪訝な瞳を向ける父親と、「そんなっ」と怯えたような瞳を向ける母親。
 2人を見て、笑いを落として。悟がゆらりと炎のように揺れた。
「あなたは、憎しみを本当にご両親にぶつけるつもりですか? 認めてくれない、許してくれない、縛られている、分かってくれない……。ご両親を憎む気持ちは……痛いほど理解できてしまいます。昔の私に被って見えちゃいますから。でも、それでも越えてはいけない一線があります。越えたら最後、あなたは一生その罪に苛まれます。背負い続けることになります。そんなこと、ご両親は絶対に望みません……私もです」
 揺れていた悟が、今度は自分に向けられた由愛の言葉に掌を突き出す。
「お母さんが、お父さんが、望まなくたっていいんだ。自分がした事は、自分で背負うよ。これからは、そうやって生きていくんだから。超えられなくちゃ、これからも僕は今までの僕のままなんだ。『勉強しなさい』『成績はどうだ?』『立派にお父さんの病院を継ぐのよ』『私の息子だろう。もっと頑張れなくてどうする』――もう、ウンザリなんだ!」
 叫んだ悟が、波動弾を飛ばす。
 由愛を貫いた衝撃が、ベッドの上で妻を庇う父親とその後ろの妻をも襲った。
 ぐぅっ、と妻よりも大きな痛みに耐える父親を、「あなた!」と妻が支える。
「悟君……君の気持ちはわかるよ。僕も事情は違うけど親に不満があった……そして君と同じ……両親を殺した。でもね……社会は親無しの子に冷たい……憐憫の感情を向けつつも人権なんてない腫物の扱い、元居た友達も皆離れていった。今の居場所に文句はないけど……それでも後悔してるんだ」
 悟君は昔の僕なんだ。……現状を変えようと短絡的に行動する、大馬鹿者だった僕。
 だから――親殺しなんて大罪、彼に背負わせたくない。
 そう思い声をかけた玲にも、悟は冷たい視線を向ける。
「僕は、後悔なんてしない。僕の友達は皆、離れていったりなんかしない。僕は、母さん達がいなくたって、1人でだって、ちゃんと生きていける。きっと……」
「反抗期にしては少々過激ね。少しお灸を据える必要があるかしら」
 目を向けた悟の腕に、桜が危険植物の毒を流し込む。桜の周りを、紫、黒、桃の光が飛翔していた。
 攻撃を受けたのは初めてであろう。痛みと毒に耐えながら血の流れる腕を、悟がもう一方の手で押さえる。
「悟……」
 己自身も辛そうに唇を噛み、心琴が迷霧を発生させた。粘りつく濃霧に、悟の動きが鈍くなる。
 金色の髪を揺らし床を蹴って、菊が瞬時に鬼牙を振るう。貫いた半月斧の刃に悟が一歩後退り、すぐ間近にある赤き瞳を見返した。
「もっとだ。そんなものじゃないだろう、君の感情は」
 いつもの微笑で泰葉が吐き、苦無に炎を纏わせ烈火の如く振るう。熱に触れても火傷を負わぬ『火の心』を持つ悟は、炎の中へと紛れ何とかそれを避けた。炎を纏う者同士。絡み合った炎に、泰葉が更に口角を上げた。
「邪魔を、するなぁーッ!」
 悟が腕を薙ぐと同時に、地面から炎が上がる。
 戦い易いと情報を得ていた庭に誘き出さず、家具やベッドのある室内での戦闘であった為に、前衛に立つ全員が避けきれずに攻撃を浴びていた。
 悟の背後。どんどん大きくなる炎に、バッと踵を返したアリスが庭へと飛び出す。
 妨害に務めると、決めていた。
 家が燃えれば被害は甚大なのだ。己の氷で炎を消せぬ以上、戦闘は他の仲間達に任せ勝手口にある消火器を取りに行く必要があった。
 痛みに苦しみながらも青年となった息子を見つめ耐え続ける父親と、その背後に庇われながらも息子と夫を心配し、嗚咽を洩らし続ける母親。
 それが、息子には伝わっていないのだ。
 由愛は瞼を僅かに伏せ、『機化硬』で己の耐性を高める。
 自分が倒れるわけにはいかない。倒れれば、攻撃は直接彼等に及ぶ。彼等の想いを悟に届ける事が出来なくなるのだ。
 そして玲は、悟へと攻撃するのではなく、彼の父親を癒す滴を生成していた。
「僕は、君を止めるよ……僕と同じ後悔なんてさせたくないから!」
 目を剝いた悟に、心琴が『艶舞・慟哭』を叩き込む。与えたいのはダメージではなく、苛立ちの感情をさらけ出すキッカケ。
「悟の怒りやモヤモヤ、全部僕が受け留めてやる。スッキリさせてやる。だから――」
 さっき言葉を途切らせた「だって」の続きを言ってみろ、と促す。
 ギリッ、と歯を食い縛るだけの悟に、泰葉が炎を纏った拳をぶつけた。
「さあ、魅せてくれ! 君の感情を! 俺はそれを受け止めよう!」
 悟は手を突き出し、溢れる感情に顔を歪ませる。
「お父さんとお母さんがいなくなれば、自分で決められる。今何がしたいか、何を優先したいか、自分で決められる」
 だから――ッ!
 飛ばされた波動弾が、両親を狙う。味方ガードした由愛ごと、3人を貫いた。
 菊が深緑鞭を打ちつけた悟の前には、桜が立つ。そして少女がその身から放出させたのは、殺気。
「殺したいなら殺せばいい。その代わり、殺してあげるわ」
 言う事を聞かないんだから仕方がない。
 逆手で持ち振りかぶった綿貫が、振り下ろされる――直前。2つの影が動いていた。
「止めて下さい、止めて! お願いします!」
 青年の前に立ち両手を広げる母親と、桜の腕を掴み止める父親。
「放して。じゃないと、あなた達も殺すわよ」
 もう1つの武器を振るおうとした桜の前で、悟が蒼褪めていた。
 青年となった自分より、幾らも小さな背中。必死に腕を掴み続ける、自分が傷付けた体。
 再び強く殺気を放った桜へと、「やめろッ!」と悟が母親の前に立つ。彼が最後に選んだ行動は、親を守る為の味方ガード。
「殺すなら、僕を……」
 瞼を閉じた悟の前で殺気は消え、聞こえたのは、炎を消す消火器の音。
「消火完了なの」
 アリスが告げた言葉に瞼を開くと、微笑む桜の顔があった。
「フリよ。ご両親が庇いに入ると解っていたし、あなたがちゃんと、何かを感じるともね」
 安心のあまり息を吐いたのは、悟ではなく父と母だった。


 戦闘後、心琴はすぐに悟へと近付く。
 『医療知識』で応急手当を施した。
「医者の技術はすごいだろ。これでいっぱい人を助けれる」
 アリスは両親の前に立つ。
「自らの後悔を糧に子供を成功者にしてあげたいって気持ちはわかるの。でも、大人は子供から創られていくものなの。子供の頃に遊ぶというのはとても重要な事。ちゃんと子供が出来なかった大人は子供のまま大人になってしまうの」
 そうして青年姿のままでいる悟に解くよう促した。
「今回の事は、事実として受け入れるべきなの」
 由愛もまた、支えるように両親の傍に居続ける。
「彼を立派な大人にしたいという気持ちがあるのなら……彼の気持ちも理解してあげてください。貴方達にとっては一時のことでも、子供に……彼にとっては重く冷たい刃になり得るんです。何が悟君の殺意を駆り立てたのか……どうか、よく聞いてあげてください」
「厳しくするのも愛の形。でも伝わらなきゃ意味がない。話し合うとか、気遣いとか、その辺りもう少し考えてください」
 桜も両親へと告げて、悟に向き直った。
「両親を亡くす痛みは、少しは解ったでしょうね。両親が居なくても、友達は離れていかないかもしれない。けれどこの事を知ったらどう思うかしら? 疎ましい人間をあっさり殺す人なんて、友達でいたい筈がないわよね」
 覚者達からの言葉を噛み締め、だが言葉を発しない3人に、『ワーズ・ワース』を用いた泰葉が説得する。
「悟君。君の不満の感情、素晴らしかったよ。それで……その感情を受けてご両親のお2人、どうだったかな? 多分混乱してるだろうね、最愛の息子に訳も分からず殺されかけたんだから。もし、自分達の事を殺そうとした異形の力を持つ息子とこれからも暮らせるか不安なら、いっそここで親子の縁を切ってもいいとは思うよ?」
 彼の言葉に悟は唇を噛んで俯き、母親は「そんな……」と言葉を洩らした。その様子を見て、泰葉は頷く。
「話し合いをした方が賢明だと思うよ。君達親子は相互理解が足りないと見える。悟君の不満や君達ご両親の想い……全部包み隠さずに曝け出さないと後悔するよ?」
「少し……混乱はしているわ。けれど、縁を切るなんて、考えられない」
 そうでしょうあなた? そう腕を掴む母親に、父親はただじっと悟を見つめていた。
「僕は、出来れば一緒にFiVEで活動したい」
 顔を向けた彼等に、玲がFiVEの活動などを説明する。選択肢の1つとして、考えて貰いたかった。

「――悟、家を出て行きなさい」
 父親が下した結論は、それだった。
 悟が愕然として、父親を凝視する。唇がわなわなと震えていった。
「……ごめんなさい」
 ポトリと涙を零した息子の両肩に手を置いて、顔を覗き込む。
「縁を切るという事ではない。彼等がいる五麟学園に入って、1人で暮らして、自分がしたい事を自分で考えてみてはどうかと言ったんだ。さっき、あの子が言っていただろう? 医者の技術は凄いだろ、と。知らないままでは誰も助けられない。嫌々でもな」
 どうだ? と尋ねた。
「僕は……自分で、将来は決めたかった。この家にいたらきっと、それは叶えられないから」
 人の所為にして甘える僕がまた出てしまうから、そう告げて。泣き崩れた母親に「ごめんね、お母さん」と己も涙を流した。
 膝を付き、母親の背をさすりながら悟は玲を見上げる。
「4月まで、時間をくれる? 2年になったら……」
「うん。そしたらまた遊ぼう」
 頷くと、笑顔を浮かべる覚者達へと頭を下げた。
「本当に、皆、ありがとう。大切な両親を、殺さずに済んだ」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

お待たせを致しました。
MVPは、OPから悟の命が危なくなれば親が止めに入ると見抜き、悟もそれで感じるものがあると確信していた桜さんに。
そして悟と両親を救ったのは、皆様全員の想いでありました。




 
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