力に溺れ堕ちた男
●道を踏み外した男
覚者として力に目覚めてしまったが為に、その力に溺れ、道を踏み外す者がいる。
この男、足立・篤志もそうだ。某国立大学を卒業し、一度はとある企業に就職したこの男。彼はある日、力に目覚めて覚者となった。獣の因子と呼ばれる力を身に着け、申の獣憑となったのだ。頭と腕、それに尻尾が猿のそれになり、あからさまに周囲にも覚者となったと分かるようになる。
しばらくは、それでも真面目に働いていた男だったが……。
周囲には非覚者しかいなかったことが災いした。覚者に対して理解の無い会社の人々と対する足立。徐々に同僚や後輩から避けられ始め、上司からは疎んじられ始める。
それまで、何とも思ってなかった会社に、足立は苛立ち始める。ちょっとした失敗でも周りのフォローもなくなり、度重なるミスで彼は社内での立場を無くしていく。
「俺が何したってんだ、くそ……!」
足立はそんな環境に嫌気が差し、自主退社する。その際に、むしろ辞めてもらってせいせいしているといった会社の連中の態度が、足立には忘れられなかった。
その後、彼は再就職することもなく、何を思ったか、空き巣を働くようになってしまう。
獣憑である彼はまさに猿のような身のこなしで、高いマンションの上階だろうが構うことなく登り、高所と思って施錠を疎かにする者の部屋へと忍び入り、金品をありったけかっさらう。
「そうだ、これは力を得た対価なんだ、俺にはそれが許される……」
邪な笑みを浮かべる足立はもはや常識すらも歪み、己の欲望だけに生きる獣と化してしまったのだった……。
「はーい、万里の夢見情報です。皆さんよろしくお願いしまーす!」
会議室に姿を現した、久方万里(nCL2000005)。彼女は早速、覚者へと依頼の説明を始める。
「折角覚者として目覚めたのに、力を悪用して隔者となった、悪い人を捕まえてきてもらいまーす!」
万里は依頼の説明もマイペース。それがまたなんとも子供らしい。
今回、彼女が夢見で見たのは、足立・篤志という男。
足立は覚者となった故に人生が狂い、悪事に手を染めて空き巣などの犯行を繰り返している。隔者ではあるのだが、幸いにもまだ個人で行動しているようだ。
「それでね、次に現れる場所はもう特定しているんだ」
万里は数枚の写真を取り出してにっこりと笑う。そこに写っていたのは30階建ての分譲マンションだった。
ここの27階に、高地・美砂という女医が住んでいる。ちなみに、美砂は一般人だ。
日中、美砂が仕事に行くのを見計らった足立は、ベランダから侵入して金品を片っ端から奪って去っていく。
「鍵は掛かってないみたいだけど、掛けても多分、ベランダの扉の鍵部分だけ壊して入っちゃうと思うよ」
敵がベランダから侵入してくることは確定事項のようだが、どこから現れるか分からない。地上で見張っても取り逃がされる危険があるし、地上と美砂の部屋とに分かれると、合流に時間がかかり過ぎてしまう。
「だから、美砂おねーちゃんを説得して、部屋で待機するのが早いと思うよ」
ただ、『F.i.V.E.』という組織は基本的に口外を避けてほしい。それを踏まえた上で、美砂の説得方法を考えたい。
説得が成功しても、足立の対処が必要となるわけだが、一筋縄ではいかぬ相手だ。とはいえ、一般人の美砂の部屋を荒らしてしまうのは忍びない。できる限りうまく対処したいところだ。
説明を終えた万里。まだまだ喋り足りないようだが、これ以上覚者を引き留めてはいけないと、彼女も自覚しているようだ。
「皆の活躍を期待してるね! ぜったい、未来を変えてきて!」
覚者として力に目覚めてしまったが為に、その力に溺れ、道を踏み外す者がいる。
この男、足立・篤志もそうだ。某国立大学を卒業し、一度はとある企業に就職したこの男。彼はある日、力に目覚めて覚者となった。獣の因子と呼ばれる力を身に着け、申の獣憑となったのだ。頭と腕、それに尻尾が猿のそれになり、あからさまに周囲にも覚者となったと分かるようになる。
しばらくは、それでも真面目に働いていた男だったが……。
周囲には非覚者しかいなかったことが災いした。覚者に対して理解の無い会社の人々と対する足立。徐々に同僚や後輩から避けられ始め、上司からは疎んじられ始める。
それまで、何とも思ってなかった会社に、足立は苛立ち始める。ちょっとした失敗でも周りのフォローもなくなり、度重なるミスで彼は社内での立場を無くしていく。
「俺が何したってんだ、くそ……!」
足立はそんな環境に嫌気が差し、自主退社する。その際に、むしろ辞めてもらってせいせいしているといった会社の連中の態度が、足立には忘れられなかった。
その後、彼は再就職することもなく、何を思ったか、空き巣を働くようになってしまう。
獣憑である彼はまさに猿のような身のこなしで、高いマンションの上階だろうが構うことなく登り、高所と思って施錠を疎かにする者の部屋へと忍び入り、金品をありったけかっさらう。
「そうだ、これは力を得た対価なんだ、俺にはそれが許される……」
邪な笑みを浮かべる足立はもはや常識すらも歪み、己の欲望だけに生きる獣と化してしまったのだった……。
「はーい、万里の夢見情報です。皆さんよろしくお願いしまーす!」
会議室に姿を現した、久方万里(nCL2000005)。彼女は早速、覚者へと依頼の説明を始める。
「折角覚者として目覚めたのに、力を悪用して隔者となった、悪い人を捕まえてきてもらいまーす!」
万里は依頼の説明もマイペース。それがまたなんとも子供らしい。
今回、彼女が夢見で見たのは、足立・篤志という男。
足立は覚者となった故に人生が狂い、悪事に手を染めて空き巣などの犯行を繰り返している。隔者ではあるのだが、幸いにもまだ個人で行動しているようだ。
「それでね、次に現れる場所はもう特定しているんだ」
万里は数枚の写真を取り出してにっこりと笑う。そこに写っていたのは30階建ての分譲マンションだった。
ここの27階に、高地・美砂という女医が住んでいる。ちなみに、美砂は一般人だ。
日中、美砂が仕事に行くのを見計らった足立は、ベランダから侵入して金品を片っ端から奪って去っていく。
「鍵は掛かってないみたいだけど、掛けても多分、ベランダの扉の鍵部分だけ壊して入っちゃうと思うよ」
敵がベランダから侵入してくることは確定事項のようだが、どこから現れるか分からない。地上で見張っても取り逃がされる危険があるし、地上と美砂の部屋とに分かれると、合流に時間がかかり過ぎてしまう。
「だから、美砂おねーちゃんを説得して、部屋で待機するのが早いと思うよ」
ただ、『F.i.V.E.』という組織は基本的に口外を避けてほしい。それを踏まえた上で、美砂の説得方法を考えたい。
説得が成功しても、足立の対処が必要となるわけだが、一筋縄ではいかぬ相手だ。とはいえ、一般人の美砂の部屋を荒らしてしまうのは忍びない。できる限りうまく対処したいところだ。
説明を終えた万里。まだまだ喋り足りないようだが、これ以上覚者を引き留めてはいけないと、彼女も自覚しているようだ。
「皆の活躍を期待してるね! ぜったい、未来を変えてきて!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者の確保(生死は問わない)。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
身に余る力を手にしてしまうと、それに溺れてしまうのが人間と言うもの。この男もそうして、人としての道を踏み外してしまったようです。
皆様、覚者の手で、彼が再び悪事を働かないよう、確保を願います。
ここでは、補足のみ行います。
●敵
・足立・篤志(あだち・あつし)……26歳。
獣の因子:獣憑(申)。術式:木行。
猛の一撃、木行壱式スキル、面接着、落下制御を使用。
頭、腕、尻尾が猿のそれになっております。
覚者ですが、己の欲望の為に力を行使する隔者となり果てています。
●状況
OPの説明の通りです。
美砂の部屋は4LDK、24坪。女医さんだけあって、豪勢な生活をしております。ちなみに、美砂は31歳、独身のようです。
また、足立はリビングと通じているベランダから侵入を図るようです。
それでは、今回も楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いいたします!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月04日
2015年09月04日
■メイン参加者 8人■

●悪事に手を染めた隔者
とあるマンションへと入っていくのは、『F.i.V.E.』の覚者達。
「足立の災難は、周囲に理解者を得られなかった事だ」
その途中、『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は何気なく呟いた。
因子の力を持ってしまったからこそ、堕ちてしまった哀れな男。
覚者達はこの男……足立・篤志を止めにやってきていた。
「備わった力をどう使おうが勝手ですが、他人の財を掠めていい理由にはなりません」
『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)の言葉に、『サイレントスクリーム』玖瀬 璃音(CL2000519)が頷く。
「もちろん、『F.i.V.E.』の覚者として、足立さんの悪事を見過ごす訳にはいかない」
「……私も他人事には思えないんだよね」
空き巣という悪事に手を染めた男の話を聞き、『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は考える。
自身の場合、単に出会いがよかっただけで、一歩間違えていたらあいつと同じかそれ以下のことやっていたかもしれないと。
「うん、一人の覚者として、足立さんの苦しみを見過ごす事も出来ない」
「ああ、人を殺めてねえなら、まだ更生の余地はある」
璃音に同意する誘輔は、足立を『F.i.V.E.』で保護し、カウンセリングを受けさせればいいのではと提案する。
「取材をしてく中で、力に溺れて破滅した奴を大勢見てきた」
這い上がれるかどうかは本人次第と誘輔は語る。彼自身もそうだが、自分も一歩間違えていたなら、足立のようになっていたと考える者も覚者の中にはいる。
「自分の選択を、責任を、誰かのせいにはしたくないな」
それでも、と黒桐 夕樹(CL2000163)は主張する。足立がああなってしまったのは、あくまでも本人のせいなのだと。
エレベーターに入ったメンバー達は沈黙する。沈黙の中、瑠音が言葉を発した。
「あの人の罪を止めに行く」
「……まぁ、どーせなら戦わないで済ませたいけど」
雷鳥が言うように、説得で済めばよいのだが……。
ともあれ、覚者達は向かう。隔者となり果てた哀れな男。彼の罪を止めに。
●待ち伏せをする為に……
一行は、27階にある一室の玄関の呼び鈴を鳴らす。それに応じて現れたのは、1人の女性だった。
「高地・美砂、だな」
はあと頷く女性。そこは美砂の自宅であることは間違いない。出かける直前だったのか、身支度した彼女は、すでに化粧まで済ませていた。
誘輔は名刺を渡し、自身の素性を明かす。
「新聞記者に、覚者……」
同伴していた雷鳥が頷く。彼女が夢見を擁する組織から派遣された覚者、そして、誘輔がそれを取材する新聞記者の肩書を持つと自己紹介する。ただ、見た目がややガラの悪い彼に、美砂は不信感を抱いていたようだ。
そこは、同伴する雷鳥がフォローをする。こちらは午の獣憑であることもあり、一目で覚者と分かる。女医はそこで少し興味を抱いたようだ。
「あんたは、足立の標的になっている。こいつの不始末を、俺達に任せてくれ」
雷鳥はアシストしながらも、誘輔の説得を聞く。
(……にしても流石記者、身内でも信じそうになるね)
真実の所々に嘘を織り交ぜて語るその手口は、普段から取材を行う誘輔ならではの手腕。雷鳥はそれに思わず舌を巻いてしまう。
(まぁ、狙われてるの何とかしてあげたいのは本心だし、その辺は伝わるでしょ)
雷鳥は可能な限り、彼に話を合わせていく。
その様子を、他のメンバー達は離れた場所で見守る。『閃華双剣』太刀風 紅刃(CL2000191)は美砂の説得を一任し、美砂から見えないように隠れていた。
燐花も隠れて、2人が取材を装う交渉をするのを様子見する。交渉は微妙な状況のようで、出ようか出まいか悩むところだ。
美砂に避難を促す誘輔。彼女はこの後、医師の集まりがあるとのことで、外出せねばならないらしい。
「そうはいってもねえ……」
さすがに、自宅を赤の他人に託すのもどうか。社会人としてごく普通の感性である。
ならばと、誘輔が美砂の手に握らせたのは……自身の通帳や印鑑といった貴重品だ。
さすがの美砂もこれには呆れる。どこの世界にそんなものを差し出すヤツがいるのか。自分が医者でなければ、奪い取る可能性すらあったろうに。
溜息をついた美砂はそれらを預かり、家を頼むと言い残して出かけていた。
そこで美砂とすれ違ったのは、燐花だ。
「私は、被害に遭う人を減らしたいと思っています」
美砂はそれにハッとしたが、すでに通路の向こうへ向かっていた猫耳の少女を見て、先程の記者達に仲間がいることを察したようだった。
美沙の外出後、誘輔は美砂の自宅内へと仲間達を招き入れる。
真っ先に部屋へと入っていったのは、『星狩り』一色・満月(CL2000044)だった。
金目のものはないかと見回して小さな金庫を発見した満月は、それをベランダから見えて、かつ、そこから一番遠いところへと設置した。
(これで、足立は一直線にこの金庫を狙うはず)
他のメンバー達は、リビングから貴重品や壊れ物を運び出す。燐花はできる限り被害を抑えたいと、高そうな花瓶を手に取っていた。
(美砂さんには悪いけど、足立を包囲する為にこの部屋を使うわ)
戦闘になったら、家具とかも壊れちゃいそうだと考えた三島 椿(CL2000061)も、美砂の想い出がありそうな雑貨や写真立てを抱え、別の部屋へと移動させていた。
夕樹も、侵入してきた足立が怪しむことも考え、生活感を損なわない、違和感がない程度に貴重品を運ぶ。
「『これだけは』って物を持ってもらえたら、よかったけれど」
「……仕方ないだろう」
生憎、この部屋の主はすでにいない。夕樹や紅刃は多少割り切って、敵を迎え入れる準備を進めていく。
ある程度、準備ができたのを確認し、メンバー達はそれぞれ部屋に身を潜める。
夕樹はベランダの戸を施錠してから、紅刃と共に隣の部屋で待機していた。
広いリビングには物陰も多い。燐花や満月は大きな家具の陰に隠れて待機する。瑠音も不意打ちを警戒しながら、陰に潜んでいたようだ。
雷鳥も、家具の影に精一杯小さくなっていた。
(たまには、も少し小さくなりたいって思っちゃうんだよね)
長身の雷鳥は少しだけ、女性らしい望みを抱くのである。
●その隔者を止める為に
そいつは美砂が出かけるのを確認すると、するするとマンションの雨どいを伝って登り始める。
一見、猿のような見た目の男。そいつはベランダへたどり着くと、扉に鍵が掛かっていることを確認する。すると、植物のツルを生み出し、それでいとも簡単に鍵を破壊し、部屋へと侵入した。
彼はまず、目につく金庫へと歩み寄る。そこで、満月が飛び出し、彼をブロックするようにして立つ。
紅刃も足立の逃げ道を塞ぐ。ただ、いきなり襲うことはなく、彼女は足立の出方を窺っていた。
「そこまでだよ、足立・篤志さん」
瑠音も姿を見せる。やはり、武器はしまったままだ。
その間、燐花は足音を立てないようにベランダ側へ移動する。椿も同じく移動し、その戸を締めていた。
夕樹はその真逆、玄関に通じる扉の前へと陣取る。
「力を持っているのは、足立さんだけじゃない」
瑠音が続けて、足立へ呼びかける。
足立はそこで、目の前にいるのが同じ力をもつ、覚者であることを知る。そして、自分がフルネームで呼ばれたことで、彼は悟った。
「なるほど、俺を捕まえに来たってか」
彼とて、自身が悪事に手を染めていることは自覚している。ならば、それを捕まえに来るのは必然だと考えたのだ。
「この力を持った人の所為で、おれは友達を亡くした」
耳と尻尾が虎のそれである瑠音が語るのは、覚者となったからこそ持ってしまった悩み。
「だから、おれはこの力が怖い。使い方を誤れば同じ様に誰かを殺める事が出来るし、そうなれば、もう人として引き返す事が出来なくなるから」
足立はいつでも術式を飛ばす構えだけはとり、覚者達を威嚇する。
その力に寄った彼の頭を冷やしたい、そして、自身の、覚者としての悩みを共有できる人がいることを教えたいと、瑠音は強く願う。
「だから、あなたにはそうなって欲しくない。おれ達と一緒に来て欲しい。あなたはもう一人じゃないんだ」
その間、威嚇を行う足立の動きを注視する紅刃。満月は足立のブロックを仲間に任せ、少し後ろへ下がっていたようだ。
「見た目ではっきり覚者だとわかる外見だったから、私もあったわ」
次に椿が説得を行う。
(仕方ない事だと自分に言い聞かせたけれど、でも彼みたいに思った事がなかったわけじゃない)
背中に小さな翼を生やす彼女も、覚者として偏見を受けてきた1人だ。
「もうやめましょう、このままじゃ戻れなくなるわ」
椿も、足立の気持ちは痛いほどに分かる。自身も兄がいなければどうなっていただろうと。
「この力はとても強いし、便利だけど……。こんな事をずっと続けていくの?」
椿の言葉に、足立は苦い顔をする。
「足立、アンタは間違ってない」
苦悶する表情を見せた彼の姿に、満月は心底から悪い男には見えないと考えていた。
「力を得たせいで、会社という小さな世界が足立の中で敵となった。差別をした非覚者に罪はない、力あるものを恐れて当然だ」
自身の考えを、言葉を、本音をぶつける満月。仲間達も固唾を飲んで見守る。
「そして、屈折してしまった足立にも罪は無い。ただ状況が悪かった」
仲間達は大筋それに同意していたようだったが、夕樹は首を横に振っていた。彼は敢えて口を出さない。言うこともないと考えていたからだ。ただ、説得がどうなるか、隠し持つ武器に手を掛けて見守る。
「牙をむいた世界に今度は足立が牙を剥いているだけだ。だから、今の彼自身は否定しない。否定するのは……行動だ」
これまで、そして今から足立が行おうとしている行為。それは否定されねばならない。
「ずっとそうやって、生きていくおつもりですか?」
合いの手を入れる燐花。そして、誘輔が足立へと悪態をつく。
「自分は特別? 力を好きにしていい? はっ今の自分を見ろ、ただのケチな空き巣じゃねーか」
誘輔は隔者絡みの事件を追う中で、自身が感じたことを率直に話す。
「今のお前を見た上司や同僚はどう思う? それ見た事か、これだから覚者はって嗤うだけだ」
「ぐ……!」
足立の体が小さく震える。
「だったらいっそ、文句の付け所がねー正義の味方になって見返してやれ」
誘輔は諭す。足立は特別な1人ではなく、凡庸な覚者の1人なのだと。
雷鳥はここでも、彼の説得の様子を窺う。口下手なこともあって、説得には参加していなかったが、すぐに武器を出せる体勢を密かに維持していた。
「くっ!」
彼は侵入してきたベランダから脱出を図るが、燐花、椿が行く手を遮る。
「人生に破れて逃げて、今度は私達からも逃げるのか。よもや、女子供にまで負けるのが怖い訳ではあるまい?」
そこで、紅刃が挑発する。逃走の意志を無くさせるのが狙いだ。
一度力に魅入られた者が相手。一筋縄でいくとは思っていない。言葉で説き伏すよりも、ねじ伏せる方が手っ取り早いとすら彼女は思っており、すぐ、武器が抜ける体勢をとっていた。
その考えは、瑠音も同じ。
「その怒りも痛みも他人事じゃない。だから、あなたを止める」
「う、うわああああっ!」
足立は叫び、己の力を解放して覚者達へと単身立ち向かってきた。
●力ずくで、その身を盾にして
目覚めた力で押し通ろうとする足立。……説得が通じないのならば。
「せめて、彼の罪をここで」
瑠音、燐花は体内の炎を活性化させる。
(速攻で彼を沈めなければ)
ここは、無関係の一般人の部屋。その被害はできるだけ抑えたい。
「人の誠意を無下にするような奴は、ぶん殴って頭冷やしてやんないとね」
雷鳥は槍を左右に突き出して、敵の行動範囲を狭める。たまらず跳躍する足立は、猛の一撃を彼女へと叩き付けた。
ベランダ側の椿は、仲間を回復支援しつつ、足立へ呼びかけを続ける。
「このまま逃げているだけでいいの?」
確かに、安達を否定したのは周囲の人間なのだろう。ただ、彼はそれを受け入れ、自ら現状を変えようとはしなかった。
「双天の剣に斬れぬモノは無い。貴様の心の闇も断ち斬らせてもらう」
駆け寄る紅刃。燃え上がる炎の刀を、勢いよく振り下ろす。命を奪うつもりはないが、その一太刀には迷いも加減もない。
「ぐっ……!」
部屋に足立の血が飛び散る。自分よりもはるかに因子や術式の力を使いこなす覚者に、足立はすぐに歯が立たないと悟り、玄関側へ駆けだす。
しかし、それは夕樹が繰り出したツルの鞭で遮られてしまった。
「子供だから勝てると思った? 逃がすつもり、ないから」
彼は容赦なく、足立を部屋の内側へと押し戻す。
誘輔がさらに右腕と一体化した機関銃を使い、足立の手足を撃ち抜いて行動を封じようとしていたようだ。
仲間達が戦う中、全く手出しをしていなかったのは、満月だ。彼は武器すら持たず、スキルすらも活性化していない。
「誰かの悲しみを作る事は間違っている。疎まれ蔑まれ、悲しみを知るアンタがまた誰かの悲しみを作るのか?」
丸腰で呼びかける満月。言葉を伝えるのに武器はいらないと彼は考えていたのだ。
一方、この数の敵を切り崩すなら、少しでも数をと減らそう足立も思ったのだろう。丸腰の満月を狙い、満月に付着させた種を急成長させ、棘で彼に手傷を負わせる。
さらに、足立は渾身の一撃で満月の頭をかち割る。
崩れ落ちる満月。その時、彼の命の灯火が燃え上がった。
「アンタの力はそういう風に使うんじゃないんだ、もっと別の使い道がある」
全力で放った一撃すら受け止めた満月に、足立は震え、首を振る。
しかし、彼は戦意を失っているわけではない。椿が足止めにと、圧縮した空気を打ち込み、瑠音も猛の一撃を叩き込む。
「その罪、この場で自らの命で購うよりは、投降すべきと考えますが?」
『十天』の名のもとに。燐花もまた、荒れ狂う獣の一撃を足立へ食らわせた。
体勢を整え、突っ込んで来ようとする足立。
「一寸先は闇、人間闇を駆け抜けて突破する位速くなんないとね」
同じく、前傾姿勢で駆け、飛び出した雷鳥が鋭い蹴りを放つ。その先端が足立のみぞおちへとヒットした。
「でもやっぱ、脚が長くてよかったナーって思うんだよね、こういうとき」
それは、物陰で隠れていた時に考えた自身の望みに対して、呟いているのだろう。
なおももがこうとする足立に、投げつけられた種。それは、夕樹のものだ。傷口を広げられ、叫ぶ足立に夕樹が声を掛ける。
「今、あんたはもう一度選べるんだ。今度は見ないふり、出来ないよ」
「お前が必要なんだ。その力ホントに特別な事に使ってみねーか」
誘輔も武器を下ろし、諭す用に声を掛けると、足立はようやく動きを止めた。
「俺たちは、アンタが必要だ」
ボロボロの満月がさらに言葉を投げかける。
新たな仲間、新たな戦力。アンタがアンタでいられる場所へ。
「俺たちと行こう。『F.i.V.E.』、俺らはアンタを歓迎する」
その名前を口に出したことに仲間達の批判が飛ぶが、そんなもの必要ないと満月は突っぱねる。
ただ、その想いは、足立へと届いていて。
小さく首を縦に振った彼は、がっくりと膝をついたのだった。
●うな垂れたその男に
「なんとか解決ね。良かった……」
椿はホッと胸を撫で下ろす。
俯く足立はもはや、抵抗を見せない。
「あんたの言い分はご尤も、免罪符にはならないけど、理由にはなるよね」
雷鳥がそんな足立へ声を掛ける。
いきなり足立が抵抗する可能性も否めない為、夕樹が武器を出して牽制をする。
「切っ掛けが何であれ、今を選んだのはあんただ。誰でもない、自分だろ」
「…………」
足立は下を向いたまま、何も語らない。
(この人のような、堕ちた獣にやり直そうと声をかける人が今まで何人いたか)
夕樹は目の前の足立と、彼に声をかけ続けてボロボロになった満月を見比べていた。
そこで、紅刃が語る。手にした力をどう扱うかは本人次第だが、力に振り回されては意味がない、と。
「だが、逃げずに立ち向かえば必ず道は拓けるものだ。……人生はいつでもやり直せるからな」
紅刃に続き、雷鳥が足立の顔を覗き込むようして問う。
「で、これからどーする?」
彼女が聞いたのは、仲間になるかどうかだ。もちろん、それを彼自身の判断に委ねる。
「どっちでも、ここのお人よし達は受け入れてくれるよ、多分ね」
徐に顔を上げる足立、彼は満月を見つめる。
「あんた、名前は」
「俺は十天の一色満月だ、正義組織の端くれさ」
覚者達は足立の顔つきが変わったような、そんな気がしていた。
やってきた『F.i.V.E.』スタッフに足立を引き渡したメンバー達は、片づけを行う。燐花は元の位置に移動させた貴重品を戻していたようだ。
「こっからまた、一仕事だな……」
誘輔が溜息をつく。美砂が帰宅してから、彼女にこの惨状を何と詫びようかと考えていたのだ。
ちなみに、多少愚痴られはしたものの。美砂からはそれほど大きな不満がなかったことを報告書の最後に記しておく。
とあるマンションへと入っていくのは、『F.i.V.E.』の覚者達。
「足立の災難は、周囲に理解者を得られなかった事だ」
その途中、『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は何気なく呟いた。
因子の力を持ってしまったからこそ、堕ちてしまった哀れな男。
覚者達はこの男……足立・篤志を止めにやってきていた。
「備わった力をどう使おうが勝手ですが、他人の財を掠めていい理由にはなりません」
『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)の言葉に、『サイレントスクリーム』玖瀬 璃音(CL2000519)が頷く。
「もちろん、『F.i.V.E.』の覚者として、足立さんの悪事を見過ごす訳にはいかない」
「……私も他人事には思えないんだよね」
空き巣という悪事に手を染めた男の話を聞き、『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は考える。
自身の場合、単に出会いがよかっただけで、一歩間違えていたらあいつと同じかそれ以下のことやっていたかもしれないと。
「うん、一人の覚者として、足立さんの苦しみを見過ごす事も出来ない」
「ああ、人を殺めてねえなら、まだ更生の余地はある」
璃音に同意する誘輔は、足立を『F.i.V.E.』で保護し、カウンセリングを受けさせればいいのではと提案する。
「取材をしてく中で、力に溺れて破滅した奴を大勢見てきた」
這い上がれるかどうかは本人次第と誘輔は語る。彼自身もそうだが、自分も一歩間違えていたなら、足立のようになっていたと考える者も覚者の中にはいる。
「自分の選択を、責任を、誰かのせいにはしたくないな」
それでも、と黒桐 夕樹(CL2000163)は主張する。足立がああなってしまったのは、あくまでも本人のせいなのだと。
エレベーターに入ったメンバー達は沈黙する。沈黙の中、瑠音が言葉を発した。
「あの人の罪を止めに行く」
「……まぁ、どーせなら戦わないで済ませたいけど」
雷鳥が言うように、説得で済めばよいのだが……。
ともあれ、覚者達は向かう。隔者となり果てた哀れな男。彼の罪を止めに。
●待ち伏せをする為に……
一行は、27階にある一室の玄関の呼び鈴を鳴らす。それに応じて現れたのは、1人の女性だった。
「高地・美砂、だな」
はあと頷く女性。そこは美砂の自宅であることは間違いない。出かける直前だったのか、身支度した彼女は、すでに化粧まで済ませていた。
誘輔は名刺を渡し、自身の素性を明かす。
「新聞記者に、覚者……」
同伴していた雷鳥が頷く。彼女が夢見を擁する組織から派遣された覚者、そして、誘輔がそれを取材する新聞記者の肩書を持つと自己紹介する。ただ、見た目がややガラの悪い彼に、美砂は不信感を抱いていたようだ。
そこは、同伴する雷鳥がフォローをする。こちらは午の獣憑であることもあり、一目で覚者と分かる。女医はそこで少し興味を抱いたようだ。
「あんたは、足立の標的になっている。こいつの不始末を、俺達に任せてくれ」
雷鳥はアシストしながらも、誘輔の説得を聞く。
(……にしても流石記者、身内でも信じそうになるね)
真実の所々に嘘を織り交ぜて語るその手口は、普段から取材を行う誘輔ならではの手腕。雷鳥はそれに思わず舌を巻いてしまう。
(まぁ、狙われてるの何とかしてあげたいのは本心だし、その辺は伝わるでしょ)
雷鳥は可能な限り、彼に話を合わせていく。
その様子を、他のメンバー達は離れた場所で見守る。『閃華双剣』太刀風 紅刃(CL2000191)は美砂の説得を一任し、美砂から見えないように隠れていた。
燐花も隠れて、2人が取材を装う交渉をするのを様子見する。交渉は微妙な状況のようで、出ようか出まいか悩むところだ。
美砂に避難を促す誘輔。彼女はこの後、医師の集まりがあるとのことで、外出せねばならないらしい。
「そうはいってもねえ……」
さすがに、自宅を赤の他人に託すのもどうか。社会人としてごく普通の感性である。
ならばと、誘輔が美砂の手に握らせたのは……自身の通帳や印鑑といった貴重品だ。
さすがの美砂もこれには呆れる。どこの世界にそんなものを差し出すヤツがいるのか。自分が医者でなければ、奪い取る可能性すらあったろうに。
溜息をついた美砂はそれらを預かり、家を頼むと言い残して出かけていた。
そこで美砂とすれ違ったのは、燐花だ。
「私は、被害に遭う人を減らしたいと思っています」
美砂はそれにハッとしたが、すでに通路の向こうへ向かっていた猫耳の少女を見て、先程の記者達に仲間がいることを察したようだった。
美沙の外出後、誘輔は美砂の自宅内へと仲間達を招き入れる。
真っ先に部屋へと入っていったのは、『星狩り』一色・満月(CL2000044)だった。
金目のものはないかと見回して小さな金庫を発見した満月は、それをベランダから見えて、かつ、そこから一番遠いところへと設置した。
(これで、足立は一直線にこの金庫を狙うはず)
他のメンバー達は、リビングから貴重品や壊れ物を運び出す。燐花はできる限り被害を抑えたいと、高そうな花瓶を手に取っていた。
(美砂さんには悪いけど、足立を包囲する為にこの部屋を使うわ)
戦闘になったら、家具とかも壊れちゃいそうだと考えた三島 椿(CL2000061)も、美砂の想い出がありそうな雑貨や写真立てを抱え、別の部屋へと移動させていた。
夕樹も、侵入してきた足立が怪しむことも考え、生活感を損なわない、違和感がない程度に貴重品を運ぶ。
「『これだけは』って物を持ってもらえたら、よかったけれど」
「……仕方ないだろう」
生憎、この部屋の主はすでにいない。夕樹や紅刃は多少割り切って、敵を迎え入れる準備を進めていく。
ある程度、準備ができたのを確認し、メンバー達はそれぞれ部屋に身を潜める。
夕樹はベランダの戸を施錠してから、紅刃と共に隣の部屋で待機していた。
広いリビングには物陰も多い。燐花や満月は大きな家具の陰に隠れて待機する。瑠音も不意打ちを警戒しながら、陰に潜んでいたようだ。
雷鳥も、家具の影に精一杯小さくなっていた。
(たまには、も少し小さくなりたいって思っちゃうんだよね)
長身の雷鳥は少しだけ、女性らしい望みを抱くのである。
●その隔者を止める為に
そいつは美砂が出かけるのを確認すると、するするとマンションの雨どいを伝って登り始める。
一見、猿のような見た目の男。そいつはベランダへたどり着くと、扉に鍵が掛かっていることを確認する。すると、植物のツルを生み出し、それでいとも簡単に鍵を破壊し、部屋へと侵入した。
彼はまず、目につく金庫へと歩み寄る。そこで、満月が飛び出し、彼をブロックするようにして立つ。
紅刃も足立の逃げ道を塞ぐ。ただ、いきなり襲うことはなく、彼女は足立の出方を窺っていた。
「そこまでだよ、足立・篤志さん」
瑠音も姿を見せる。やはり、武器はしまったままだ。
その間、燐花は足音を立てないようにベランダ側へ移動する。椿も同じく移動し、その戸を締めていた。
夕樹はその真逆、玄関に通じる扉の前へと陣取る。
「力を持っているのは、足立さんだけじゃない」
瑠音が続けて、足立へ呼びかける。
足立はそこで、目の前にいるのが同じ力をもつ、覚者であることを知る。そして、自分がフルネームで呼ばれたことで、彼は悟った。
「なるほど、俺を捕まえに来たってか」
彼とて、自身が悪事に手を染めていることは自覚している。ならば、それを捕まえに来るのは必然だと考えたのだ。
「この力を持った人の所為で、おれは友達を亡くした」
耳と尻尾が虎のそれである瑠音が語るのは、覚者となったからこそ持ってしまった悩み。
「だから、おれはこの力が怖い。使い方を誤れば同じ様に誰かを殺める事が出来るし、そうなれば、もう人として引き返す事が出来なくなるから」
足立はいつでも術式を飛ばす構えだけはとり、覚者達を威嚇する。
その力に寄った彼の頭を冷やしたい、そして、自身の、覚者としての悩みを共有できる人がいることを教えたいと、瑠音は強く願う。
「だから、あなたにはそうなって欲しくない。おれ達と一緒に来て欲しい。あなたはもう一人じゃないんだ」
その間、威嚇を行う足立の動きを注視する紅刃。満月は足立のブロックを仲間に任せ、少し後ろへ下がっていたようだ。
「見た目ではっきり覚者だとわかる外見だったから、私もあったわ」
次に椿が説得を行う。
(仕方ない事だと自分に言い聞かせたけれど、でも彼みたいに思った事がなかったわけじゃない)
背中に小さな翼を生やす彼女も、覚者として偏見を受けてきた1人だ。
「もうやめましょう、このままじゃ戻れなくなるわ」
椿も、足立の気持ちは痛いほどに分かる。自身も兄がいなければどうなっていただろうと。
「この力はとても強いし、便利だけど……。こんな事をずっと続けていくの?」
椿の言葉に、足立は苦い顔をする。
「足立、アンタは間違ってない」
苦悶する表情を見せた彼の姿に、満月は心底から悪い男には見えないと考えていた。
「力を得たせいで、会社という小さな世界が足立の中で敵となった。差別をした非覚者に罪はない、力あるものを恐れて当然だ」
自身の考えを、言葉を、本音をぶつける満月。仲間達も固唾を飲んで見守る。
「そして、屈折してしまった足立にも罪は無い。ただ状況が悪かった」
仲間達は大筋それに同意していたようだったが、夕樹は首を横に振っていた。彼は敢えて口を出さない。言うこともないと考えていたからだ。ただ、説得がどうなるか、隠し持つ武器に手を掛けて見守る。
「牙をむいた世界に今度は足立が牙を剥いているだけだ。だから、今の彼自身は否定しない。否定するのは……行動だ」
これまで、そして今から足立が行おうとしている行為。それは否定されねばならない。
「ずっとそうやって、生きていくおつもりですか?」
合いの手を入れる燐花。そして、誘輔が足立へと悪態をつく。
「自分は特別? 力を好きにしていい? はっ今の自分を見ろ、ただのケチな空き巣じゃねーか」
誘輔は隔者絡みの事件を追う中で、自身が感じたことを率直に話す。
「今のお前を見た上司や同僚はどう思う? それ見た事か、これだから覚者はって嗤うだけだ」
「ぐ……!」
足立の体が小さく震える。
「だったらいっそ、文句の付け所がねー正義の味方になって見返してやれ」
誘輔は諭す。足立は特別な1人ではなく、凡庸な覚者の1人なのだと。
雷鳥はここでも、彼の説得の様子を窺う。口下手なこともあって、説得には参加していなかったが、すぐに武器を出せる体勢を密かに維持していた。
「くっ!」
彼は侵入してきたベランダから脱出を図るが、燐花、椿が行く手を遮る。
「人生に破れて逃げて、今度は私達からも逃げるのか。よもや、女子供にまで負けるのが怖い訳ではあるまい?」
そこで、紅刃が挑発する。逃走の意志を無くさせるのが狙いだ。
一度力に魅入られた者が相手。一筋縄でいくとは思っていない。言葉で説き伏すよりも、ねじ伏せる方が手っ取り早いとすら彼女は思っており、すぐ、武器が抜ける体勢をとっていた。
その考えは、瑠音も同じ。
「その怒りも痛みも他人事じゃない。だから、あなたを止める」
「う、うわああああっ!」
足立は叫び、己の力を解放して覚者達へと単身立ち向かってきた。
●力ずくで、その身を盾にして
目覚めた力で押し通ろうとする足立。……説得が通じないのならば。
「せめて、彼の罪をここで」
瑠音、燐花は体内の炎を活性化させる。
(速攻で彼を沈めなければ)
ここは、無関係の一般人の部屋。その被害はできるだけ抑えたい。
「人の誠意を無下にするような奴は、ぶん殴って頭冷やしてやんないとね」
雷鳥は槍を左右に突き出して、敵の行動範囲を狭める。たまらず跳躍する足立は、猛の一撃を彼女へと叩き付けた。
ベランダ側の椿は、仲間を回復支援しつつ、足立へ呼びかけを続ける。
「このまま逃げているだけでいいの?」
確かに、安達を否定したのは周囲の人間なのだろう。ただ、彼はそれを受け入れ、自ら現状を変えようとはしなかった。
「双天の剣に斬れぬモノは無い。貴様の心の闇も断ち斬らせてもらう」
駆け寄る紅刃。燃え上がる炎の刀を、勢いよく振り下ろす。命を奪うつもりはないが、その一太刀には迷いも加減もない。
「ぐっ……!」
部屋に足立の血が飛び散る。自分よりもはるかに因子や術式の力を使いこなす覚者に、足立はすぐに歯が立たないと悟り、玄関側へ駆けだす。
しかし、それは夕樹が繰り出したツルの鞭で遮られてしまった。
「子供だから勝てると思った? 逃がすつもり、ないから」
彼は容赦なく、足立を部屋の内側へと押し戻す。
誘輔がさらに右腕と一体化した機関銃を使い、足立の手足を撃ち抜いて行動を封じようとしていたようだ。
仲間達が戦う中、全く手出しをしていなかったのは、満月だ。彼は武器すら持たず、スキルすらも活性化していない。
「誰かの悲しみを作る事は間違っている。疎まれ蔑まれ、悲しみを知るアンタがまた誰かの悲しみを作るのか?」
丸腰で呼びかける満月。言葉を伝えるのに武器はいらないと彼は考えていたのだ。
一方、この数の敵を切り崩すなら、少しでも数をと減らそう足立も思ったのだろう。丸腰の満月を狙い、満月に付着させた種を急成長させ、棘で彼に手傷を負わせる。
さらに、足立は渾身の一撃で満月の頭をかち割る。
崩れ落ちる満月。その時、彼の命の灯火が燃え上がった。
「アンタの力はそういう風に使うんじゃないんだ、もっと別の使い道がある」
全力で放った一撃すら受け止めた満月に、足立は震え、首を振る。
しかし、彼は戦意を失っているわけではない。椿が足止めにと、圧縮した空気を打ち込み、瑠音も猛の一撃を叩き込む。
「その罪、この場で自らの命で購うよりは、投降すべきと考えますが?」
『十天』の名のもとに。燐花もまた、荒れ狂う獣の一撃を足立へ食らわせた。
体勢を整え、突っ込んで来ようとする足立。
「一寸先は闇、人間闇を駆け抜けて突破する位速くなんないとね」
同じく、前傾姿勢で駆け、飛び出した雷鳥が鋭い蹴りを放つ。その先端が足立のみぞおちへとヒットした。
「でもやっぱ、脚が長くてよかったナーって思うんだよね、こういうとき」
それは、物陰で隠れていた時に考えた自身の望みに対して、呟いているのだろう。
なおももがこうとする足立に、投げつけられた種。それは、夕樹のものだ。傷口を広げられ、叫ぶ足立に夕樹が声を掛ける。
「今、あんたはもう一度選べるんだ。今度は見ないふり、出来ないよ」
「お前が必要なんだ。その力ホントに特別な事に使ってみねーか」
誘輔も武器を下ろし、諭す用に声を掛けると、足立はようやく動きを止めた。
「俺たちは、アンタが必要だ」
ボロボロの満月がさらに言葉を投げかける。
新たな仲間、新たな戦力。アンタがアンタでいられる場所へ。
「俺たちと行こう。『F.i.V.E.』、俺らはアンタを歓迎する」
その名前を口に出したことに仲間達の批判が飛ぶが、そんなもの必要ないと満月は突っぱねる。
ただ、その想いは、足立へと届いていて。
小さく首を縦に振った彼は、がっくりと膝をついたのだった。
●うな垂れたその男に
「なんとか解決ね。良かった……」
椿はホッと胸を撫で下ろす。
俯く足立はもはや、抵抗を見せない。
「あんたの言い分はご尤も、免罪符にはならないけど、理由にはなるよね」
雷鳥がそんな足立へ声を掛ける。
いきなり足立が抵抗する可能性も否めない為、夕樹が武器を出して牽制をする。
「切っ掛けが何であれ、今を選んだのはあんただ。誰でもない、自分だろ」
「…………」
足立は下を向いたまま、何も語らない。
(この人のような、堕ちた獣にやり直そうと声をかける人が今まで何人いたか)
夕樹は目の前の足立と、彼に声をかけ続けてボロボロになった満月を見比べていた。
そこで、紅刃が語る。手にした力をどう扱うかは本人次第だが、力に振り回されては意味がない、と。
「だが、逃げずに立ち向かえば必ず道は拓けるものだ。……人生はいつでもやり直せるからな」
紅刃に続き、雷鳥が足立の顔を覗き込むようして問う。
「で、これからどーする?」
彼女が聞いたのは、仲間になるかどうかだ。もちろん、それを彼自身の判断に委ねる。
「どっちでも、ここのお人よし達は受け入れてくれるよ、多分ね」
徐に顔を上げる足立、彼は満月を見つめる。
「あんた、名前は」
「俺は十天の一色満月だ、正義組織の端くれさ」
覚者達は足立の顔つきが変わったような、そんな気がしていた。
やってきた『F.i.V.E.』スタッフに足立を引き渡したメンバー達は、片づけを行う。燐花は元の位置に移動させた貴重品を戻していたようだ。
「こっからまた、一仕事だな……」
誘輔が溜息をつく。美砂が帰宅してから、彼女にこの惨状を何と詫びようかと考えていたのだ。
ちなみに、多少愚痴られはしたものの。美砂からはそれほど大きな不満がなかったことを報告書の最後に記しておく。
