コンサートは無人に
コンサートは無人に


●小さなコンサート会場
「じんぐるべーる、じんぐるべーる、すっずっがーなるーっ」
 古い駅舎には、楽しげな歌声が響いていた。ステージ前に陣取った子供たち、立って見ている学生服の一団やコート姿の夫婦、杖を突いた老人たち。翼や獣耳の生えた人も、刺青の見える人も、何もない人も、大きく口を開いて歌っている。ステージの向かいの売店の店員も、改札口に立つ駅員も、着ぶくれて雪かきをする作業員も、小声で合唱に加わっていた。
「もりにー、はやしに、ひびきながらーっ!」
 じゃん! と元気よく曲が終わると、駅舎は盛大な拍手に包まれた。誰かが指笛を吹く。
「ありがとう。じゃあ次の曲」
 ステージでコントラバスを弾いていた男がサンタ帽を取ってお辞儀をし、楽譜をめくる。キーボードとドラムセットの前に座った2人もぱらっとページを繰った。
「もっともっと盛り上がってあったかくなっちゃおう! 手拍子よろしく!」
 ぎゃああああっ。
 凄まじい咆哮が、歓声の代わりに響き渡った。
 駅舎が静まり返る。
 直後、改札口が音を立てて崩れ落ちた。
「うわああっ」
「いやああっ」
 我先にと入口へ走る背中に、プラスチック片が次々と襲いかかる。頭が割れそうな爆音。パニック状態の人々を、黒いコードが締め上げる。
「嘘だ、嘘だ……!」
「かみさ、ま」
 数分後。小さなコンサート会場には、誰1人いなくなっていた。
 生きている者は、誰も。

●守ってあげて
「って感じで、駅が襲われちゃうみたい……」
 話し終えた久方 万里(nCL2000005)は、ツインテールを揺らしてうなだれた。同じ年ごろの子供たちも被害者になっていただろう夢。元気をなくさない方がおかしい。
「あ、でもねっ」
 が、万里は空元気を振り絞って笑顔を作った。
「妖がどっちからくるかはわかってるし、戦えそうな場所もあるよっ。裏の空き地は雪がいっぱいだし、ロータリーに来させるには駅を飛び越えさせなきゃだから、どっちもどっちかもしれないけど……みんなならきっと大丈夫だよねっ」
 覚者たちを送り出し、未来を変えてもらうこと。それが自分の使命だと、万里は知っている。
 信じて送り出すからには、笑顔じゃなきゃ。
「楽しいクリスマスコンサートなんだもん。守ってあげて!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:なす
■成功条件
1.エレキギターの妖の撃破。
2.演奏者、観客、駅員への被害を抑える。
3.なし
こんにちは。なすです。
クリスマスと言えばコンサート!
誰にも憚りなく、1人でゆったり聞きに行きたいです。……ええ1人で。


●妖
 エレキギターのごみが肥大化した妖。物質系。ランク2。
 ヘッド部分にスピーカーが突き刺さり、大量のコードを従えている。
 駅の北側からやってくる。
スキル
 ピック→近距離列攻撃。無数のピックを飛ばす。
 爆音→全体攻撃。吠えるような音を発する。ダメージはないが、怒りのバッドステータスを与える。
 コード→遠距離単体攻撃。伸ばしたコードで締めあげる。鈍化のバッドステータスを与える。

●場所
 K市郊外にある『北町駅』駅舎ロビー。電車の本数は1時間に1本。
 ホームは2つで、裏手は雪捨て場と化した空き地。駅前からどかされた雪も捨てられている。
 ホームから改札を出るとすぐ円形の広間(直径15メートル)になっている。
 床には方位磁石が描かれ、東が改札、西が出入り口、南が売店、北が特設ステージ。
 出入り口の外はロータリーで、バス停とタクシー乗り場があるがほぼ無人。

●コンサート
 電車の長い待ち時間を楽しんでもらおうと駅と有志のアマチュア音楽家が始めたイベント。
 ドラム(バスドラム、スネアドラム、ハイハット)とコントラバスと電子ピアノの3人組。
 朝10時から夜6時30分まで、毎時ちょうどから30分間演奏する。
 最近は主に(著作権切れの)クリスマスソングや聖歌、冬の童謡を演奏している。
 飛び入り歓迎(だが、参加してくれる人はなかなかいない)。

●時間
 妖が駅に突っ込むのは15時20分。
 急行すれば、14時55分の電車で駅に着ける。

皆様、ふるってご参加くださいませ。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年01月06日

■メイン参加者 8人■

『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『名も無きエキストラ』
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)
『ぬばたまの約束』
檜山 樹香(CL2000141)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)

●14時55分
 1時間1本の電車がホームを滑り出ていく。ぞろぞろと改札を出た降車客の一団は、特設ステージの前で足を止めた。
 コントラバス、ドラム、電子ピアノ。厚着をした3人の演奏家が、5分後のミニコンサートの準備を進めている。ステージの前に集まった20余人の顔も期待に輝いている。
 14時59分。
「ふはははは!!」
 1分早く、高笑いとともに舞台に現れたのは
「残念俺でしたー!」
不死川 苦役(CL2000720)だった。口調こそ陽気だが、目が笑っていない。
「悪いな! ここは俺のオンステージだ! 一人舞台? 一人相撲? まあどっちでも良いや」
 鉄パイプそっくりの直刀をマイク代わりに吠える苦役。構内が静まり返る。
「悪いけど、暫く使わせて貰うぜ!」
「……あの、飛び入りは後にしてもらっても」
「残念ですが、違うんですよ」
 頬をひきつらせるコントラバスの男に、苦役の後ろからやってきた『名も無きエキストラ』エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)が笑いかけた。三日月形の口、仮面の奥で目が刃のように細くなる。前列に陣取った子供たちが泣き出す。
「僕らは声をかけに来ただけです。妖が迫ってきているようなので、さっさと避難してくださいよ、と」
 芝居ががったしぐさで肩をすくめるエヌに、奏者3人は顔を見合わせた。
「本当?」
「ええ……最も、僕らの言葉を信じずその場にとどまり、悲鳴を上げてくださっても僕は構いませんしむしろ其方を推奨いたしますけれども」
「え?」
「あの、説明はきちんとしないといけないと思います」
 黒髪の少女がステージ下から呼びかけたのは、運よくエヌの言葉が理解される前だった。『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は、まっすぐコントラバスの男と向かい合う。
「駅員さんにお聞きしました。コンサートの主催者さん、ですよね」
「はあ」
「間もなくこちらに妖がやってきます。危険ですので、15時からの回は中止して、速やかにロータリーへ避難してください」
「間もなくって、何も見えないぞ」
 入口から外を見た客の1人が声をあげる。コンサートを楽しみにしていた人々は、苦役とエヌにも反感を持っているようだった。
「邪魔したかっただけなんじゃないの?」
「『妖が来る』というのは、夢見の予知です」
 不満顔の女へ、『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)は言葉を返した。『夢見』の単語に反応した数人が、顔をこわばらせてそそくさと外へ出る。
「ロータリーのできるだけ南側へ急ぐのじゃ」
 『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)に指示された方向へ足早に歩く彼らを目にして、残った客もざわつき始めた。
「アッ、ハイ、スミマセン。調子乗りました。ちょっとかくかくしかじかであっち」
 再び口を開いた苦役をさえぎるように、電子音のチャイムが鳴る。天井のスピーカーから流れてきたのは、『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)の声だ。
「お客様にお知らせいたします。間もなく妖がこちらに来ます。私たちはその対策に携わるものなのですが、正直、皆様を守りながらというには手が回りません。申し訳ありませんが、一時避難をお願い致します」
 理路整然とした御菓子の説明で、大半の客が移動を始める。未練がましい数人も、奏者たちがステージを下りるとしぶしぶ構内を出た。
「落ち着いて、ロータリーの南に向かってください」
 走り出そうとする人々を、ラーラが声に力を込めて誘導する。誠二郎も言葉を添えた。
「僕たちは被害を抑えるため派遣された者です。妖の対処はこちらで行いますので」
「駅員さん、お1人だったんですけど、近くの駅に連絡をしてから避難されました」
 御菓子が制服の男性と一緒に合流したときには、小さなステージには誰ひとりいなくなっていた。男性もロータリーの南へ避難していく。静寂の中、吠え声が近づいてくる。
「さあ、始めようかの、お前様方」
 樹香の一声を合図に、覚者たちは駅の裏手へと続く道を走り出した。

●怒りの爆音
 空き地に積まれた雪の中央で、空を仰いでショートカットの女子高生が歌っている。
「……We wish you a merry christmas and happy new year!」
 『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が歌い終えると、四月一日 四月二日(CL2000588)はニヒルにほほ笑んだ。剣と斧の柄を拍手代わりに軽く打ち鳴らす。
「いいね。最高だ」
「誘導にはなったんかな?」
 北の空に鷹の目をこらす四月二日に、白い息を吐きながら凛は尋ねる。
「十分。来るよ」
 ぐんぐん迫ってくる影を見とめると、四月二日は伊達眼鏡を取り出した。レンズの奥の目が、前世の力を映して空色に光る。凛がすらりと抜いた刀の刃紋も、目覚めさせた炎のパワーに呼応するように輝く。
 避難誘導を仲間に託し、先陣を引き受けた2人の前に、2メートルのエレキギターが降り立った。傷だらけのボディに周りを漂うコード。ヘッドに刺さったスピーカーから、爆音が響く。
「……ドコの誰が彼をこんなにしたんだか」
「焔陰流21代目(予定)焔陰凛、推して参る! 」
 怒気を込めて獲物を握りしめ、2人は同時に妖へと討ちかかった。ダーク・レディがひらめき、朱焔が翻る。妖を囲むコード数本がちぎれとぶ。
「まだまだいくで!」
「もちろん!」
 歯をむき出して武器を振るう2人を、さわやかな風が撫でた。
「お待たせしました。お2人ともご無事ですか?」
 雪の少ない空き地の入口で、御菓子がコルネットを掲げて舞っていた。大気の癒しの力を引き出す舞だが、音楽に通じた御菓子でも、ぬかるみの中で踊るのは難しい。
「ヘッド部分にスピーカーが突き刺さってるなんて……ずいぶんとロックな姿で、すよね、っと……わ!」
 よろめく御菓子の横を、仲間が次々と走り抜けていく。
「やれやれ、面倒くさい時に面倒な妖がやってくるものですね」
 肩をすくめるエヌが両腕を振ると、まとわりつくような霧がの塊が妖目がけて飛んでいった。よろめいてこそいるが、予測のつかない足元の不安定さを楽しんでいるらしい。
「落ち着かぬか、お前様方」
 しっかりとした足取りで走る樹香は、固く締まった雪だけを、安全靴で踏んでいく。
「無闇につっこめば的になるだけじゃ」
 振るった薙刀から木の力が吹き出し、四月二日に巻きつかんとしていたコードを切断した。が、凛へ向かったコードまでは狙いきれず、めりはりのある身体があっという間に絞め上げられる。
「お気をつけて。……さてさて、お仕事です」
 よろめいた凛を、誠二郎が支える。空き地を囲む結界を張り終えた誠二郎は、休む間もなく生成した種をエレキギターに投げつけた。割れた種から生き物のように蔓があふれ出し、数本のコードを絃に縛りつける。
 ぎゃあああっ。
 痛みにもだえるように、スピーカーから不協和音がまき散らされた。
「エレキギター! やべえ! マジ怖え!」
 誠二郎と一緒に結界を張っていた苦役は、直刀を引き抜くとけたけた笑いながら振り回した。怒りを感じても笑い続けていられるのが苦役だ。襲いかかってきたコードが微塵切りにされる。
「俺一生ギター弾かねえわ。弾けないの間違いだけど!!」
 大騒ぎしながら、苦役は妖に突進した。コードを絡ませたままの凛と四月二日も、一緒に武器を振り回す。
「植えつけられた『怒り』の声も、悪くはないですね」
 ぞくりと体を震わせたエヌが右手を差し上げる。スタンロッドから雷が天へ吸い込まれ、獣のような黒雲を呼び寄せた。
「危ない! 避けてください!」
 ラーラが2度目のワーズ・ワースを使い、怒りのままに突っ走る3人の動きが一瞬止まる。飛び込んだ樹香が薙刀の柄でスピーカーを殴りつけ、バランスを崩させる。一瞬遅れて、よろめくように後退した妖に、稲妻が直撃した。

●何のために
 ぎゃあああっ。
 苦悶の吠え声が響く。
「仲間を巻き添えにする奴があるか!」
「樹香さん落ち着いて! コードが来ますから……!」
 頭に血が上った樹香に伸びるコードを、ラーラは土の鎧と呪符で防いだ。顔を赤くした樹香はラーラを気にも留めず、妖に怒りをぶつけんと走っていく。
 ぎゃあああっ!
 妖に肉薄して武器を振るう4人に、プラスチック片が降り注いだ。
「ううっ」
「ぐっ」
「うあっ」
「くう……はっ!?」
 痛みに倒れ、命数を燃やして立ち上がったところにようやく御菓子の舞の力が届く。ぶんぶんと頭を振った凛に、中衛にいた誠二郎が呼びかけた。
「凛ちゃん、一旦下がってください」
「でも」
「御菓子先生、治癒をお願いします」
 刀を構えたもののふらつく凛を、ラーラが引き戻す。誠二郎と並んで前に出たラーラは、怒りのままに暴れる仲間をコードから守るように武器を振るい始めた。
「攻撃は『怒り』状態の人がしてくれますから」
 口早にそう言うと、御菓子はマウスピースを唇に当てた。演奏なら足場がどうだろうと関係ない。弾むメロディに乗った水滴が凛の傷を癒し、力強いフレーズが周りの雪を水のベールに変える。
 誰も傷ついてほしくない。一刻も早く、戦いを終わらせたい。
 音に込められた思いを読み取った凛は、しっかりと柄を握りなおした。
「ありがとうな、先生」
 怒りに任せてではなく、今度は仲間を守るために、凛は妖に駆け寄った。
「あんたももっと色んな音を奏でたかったんやろな。その気持ちは解る。やからこそあんたに人を傷つけて欲しくないし、傷つけさせる訳にいかんのや」
 飛んできたピックを見切って撃ち返し、側にいた樹香を御菓子の方へ突き飛ばす。
「なっ……ん?」
 満ちる大気の力が、樹香の熱を冷ます。起き上がった樹香は、冷たい雪に触れた手でぴしゃりと自分の頬を打った。
「ワシとしたことが……!」
 目覚めた力は、暴れるためではなく、世界を守るために使う。祖母に教えられた心構えが、樹香の心の中心に戻ってきた。
「気合の入れ直しじゃ」
 手のひらに力を込め、金色に光るしずくを作って放つ。受け取った誠二郎はにっこり笑うと、倒れそうな四月二日の前に体をねじ込んだ。コードを樫木の杖で絡めとり、自分よりわずかに大きい痩躯を下がらせる。
「あ……大丈夫? 先生」
 高らかな旋律とともに癒しの霧を生み出しながら、御菓子がそろそろと雪の上を歩み寄ってきていた。誰が自分を正気に戻したのかを悟った四月二日は、軽く頭を下げて妖に向き直る。振り向きざまに振った斧は、ラーラの首に巻きついたコードを断ち切った。
「人殺しなんかさせるかっての。ギターはミュージシャンの大親友だぜ」
 ぎゃあああっ。
 再び雷が天を裂き、爆音が雪山を揺らす。一際高い山の上にいたエヌは、足を滑らせながらもにたにた笑っていた。
 いくつかの『怒り』は消えた。それでも新たに生まれた『怒り』がある。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ! ……はあああっ!」
 炎の塊を放った直後、ラーラは銀髪をなびかせて呪符を投げつけはじめた。ダメージの大きさを優先した判断能力は吹き飛んでいる。
「うるせえ! エレキだかエノキだか知んないけど二度と弾けない様に穴だらけにしてやんぜゴルァ!」
 同じく怒りの解けない苦役が、体力の限界にもかかわらず再び突進をしかける。呪符を貼りつけられ、力尽きた苦役に思い切り頭突きされ、後退したエレキギターが大きくかしいだ。
 ボディのふくらみが、雪上の穴にはまりこんでいる。ラーラの火炎弾があけた穴だ。
 ぎゃあああっ。
 鳴きながらもがく妖に、刃を構えた2人が歩み寄る。
「あんたを壊さんといかんけど、弦の全てが切れるその時まであんたの音を心に刻ませてもらうで」
「生まれ変わったら俺がキミを使ってやるよ。大丈夫、大事にするし……それに俺、上手だぜ」
 進む道に伸びてくるコードを誠二郎の杖と樹香の薙刀が次々と叩き落としていく。御菓子の広げた霧が、ついた端から傷を消しさる。静かに闘志をかきたてるコルネットの曲調に合わせるように、2人は妖に呼びかけた。
「だから今のところは、コレをキミのラストナンバーにさせてもらう……ってコトで、どう? エンディングテーマもつけて、最高の幕引きにしてあげるからさあ」
「さぁ、あんたの魂の音、あたしに聞かせてみ!」
 ぎゃああああっ!
 最後の力を振り絞ったような咆哮と同時にピックの雨が降る。
「下がるぞ!」
 樹香が指した攻撃の手薄な個所へ、誠二郎がラーラを妖から引きはがして退く。
「『決意』の声……そそりますねえ」
 気力を自ら充填したエヌの頭上に、3度目の雷雲が渦巻く。稲光と同時に、炎を映す刀が振り抜かれ、黒銀のブロードソードがネックの付け根を深々と貫いた。
 ぎゃあああ……。
 断末魔の残響が消えたとき。静まり返った雪の上には、焦げたエレキギターの残骸が、2つに割れて転がっていた。

●16時00分
 静まり返ったステージに、静かにピアノが鳴り出した。
「Silent night, holy night……」
 『きよしこの夜』。高らかな凛の歌が駅の外に流れていく。
「どうしました、コンサートは終わっていないのでしょう?」
 不審そうな顔をしつつも音に惹かれて戻ってきた人々を、誠二郎が笑顔で招き入れる。演奏家たちが戻ると、御菓子はピアノの椅子を譲った。
「……Round yon Virgin Mother and Child……」
 マイクなしでも客席に届く歌声に、コントラバスが優しく弾むリズムを添える。
「……Sleep in heavenly peace」
 1番を英語で歌い終えると凛は深く頭を下げた。湧き起こる拍手が鳴りやまないうちに、誠二郎が進み出る。
「Deck the halls with bought of holly,Fa la la la la la,la la la la……」
 『ひいらぎ飾ろう』。歌う凛はあくまで脇役。主役はステージ中央で湧き立つように奏でられる誠二郎のサックスだ。うねるような演奏が観客の目を引きつける。
「……Fa la la la la la,la la la la」
 ドラムを交えたテンポの速い1曲が終わると、早くも誰かが指笛を鳴らした。礼をした誠二郎は御菓子に場所を譲る。華やかな高音が駅舎に響き渡った。
「Joy to the world,the Lord is come……」
 『もろびとこぞりて』。コルネットのベルから放たれる音の1つ1つが、花のように開いてステージを盛り上げていく。マーチングバンド衣装の御菓子の足踏みに合わせて、手拍子が起き始めた。
「……And heaven,and heaven,and nature sing」
「O Christmas tree,O Christmas tree……」
 休むことなく、凛は『もみの木』に入る。よく知られたゆったりとした曲調ではなく、ばりばりしたロック調のアレンジが加えられた演奏。先導するのは、四月二日愛用のエレキギターだ。6本の弦の上を、自在に指が跳ね回る。
「……How are thy leaves so verdant!」
 アンプから響いた音が長く尾を引いて消える。爆発するような拍手が巻き起こった。

「クリスマスキャロルメドレー、素敵ですね」
 胸の前で手を組んで、ラーラがほうっと息をつく。隣に立った樹香も、目を閉じたまま頷いた。
「聞くだけなのが残念じゃ。が、できぬことに手を出しても仕方がないからのぅ」
「ええ。今はここを守れたことを喜びましょう」
「うむ」
 始まった次の曲に、疲れ切った身体をゆだねる。2人はほほ笑みあいながら、どちらからともなく手拍子に加わった。

「あ、食べます?」
 仮面越しに話しかけられた婦人は、ぶるぶると首を振った。
「そうですか。おいしいのに」
 取り出したグミを、また1掴み口に放り込む。ぐっちゃぐっちゃと食べ慣れた味を噛みしめながら、もう1つの美味にもエヌは舌つづみを打っていた。
「『歓び』に満ち溢れた声もそれはそれで趣深いものです」
 『理性を超越した本能からあふれ出す声』。それはエヌにとって、何物にもかえがたいごちそうだった。

「おりゃああ!!」
 夜のとばりに白い玉が飛ぶ。治癒は受けたものの興奮冷めやらぬ苦役は、1人空き地で暴れまわっていた。
「雪合戦しよーぜ!」
 1人でひたすら雪玉を投げ続ける奇行は、もはや『合戦』ですらない。駅舎から流れてくる歌と音楽。それに負けないように声を張り上げる。
「雪合戦しよーぜ!」
 彼に答える者は、まだ現れない。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

お帰りなさいませ。お疲れ様でした。
皆様のお力で無事、小さなコンサートは守られました。
この夜の特別仕様コンサートが話題となり、
3月までだった演奏期間の1か月延長が決まったそうです。
MVPは見事な美声を披露してくださった焔陰 凛さんにお贈りします。
皆様、ご参加ありがとうございました。




 
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