前世知る識者が集いて、タコ殴り
前世知る識者が集いて、タコ殴り


●前世持ち六名
「弐式?」
「うむ。精錬された源素の力が生む新たな術式だ。知識があっても相応の実力者でなければ身につけることができない。
 そう、この『発明王の生まれ変わり』のような天才にしか」
 胸を張り、尊大な態度を示す男。彼は暦因子を発現しており、『発明王』の生まれ変わりを自称していた。暦因子が発現しても前世の詳細は不明であり、自らの前世がわかっているという彼の発言はむしろ妄想に近い。
 だが、
「おお、さすが『発明王』。この『燕返し』、その智謀にはいつも惚れ惚れする」
「うむ。『メランコリアの魔法陣』と呼ばれた私でさえその知恵には驚くばかりだ」
「それほどの発想力があれば『黒の王』の名ももっと広まったであろう」
 似たような妄想を持つ者がたくさんいれば、それも常識となる。そんな暦因子ばかりのコミューンの中『発明王』は軍師めいた地位を確立していた。
「で、具体的にはどうやって知ったのさ? その弐式ってのは」
「……あまり聞かれたくないことだが答えよう、『二重女間者』。
 七星剣にコネがあってそこから教えてもらったのだ」
 術式の解析は時間がかかる。それを自力でできるような天才ではない。結果、巨大組織から学ぶことが修得への最短の道となる。
「で、そのお礼というか教えてもらう条件が……今回の依頼? 妖化したバットを破壊しろとか、つまらなくない? 血が出ないし」
「不満を言うな『ブラッドバスレディ』。相手は単体とはいえ妖。放置していい存在ではないのだ」
 二人の女性に言葉を返す『発明王』。
「バットを持つ少年は謎のバリアーに包まれているため、思いっきりやってもいいとのことだ。これは得た術式を試すチャンス。よもや一段階上の術式を持つ者が現れるとは、妖とて夢にも思わないだろう。
 この戦い、勝ったも同然とこの『発明王』が断言しよう」

●FiVE
「みんなお仕事だよっ!」
 集まった覚者を前に久方 万里(nCL2000005)が元気よく迎える。軽快な口調で説明するが、その内容は決して軽いものではなかった。
「七星剣に雇われたフリーの覚者が人を襲うの」
 万里の説明に首をかしげる覚者達。話を聞く限りでは、彼らが戦うのは妖化したバットのようだが……?
「それウソ。バットの妖化は本当だけど、バットは人を守るバリアーなんて持ってないの。バットを持っている子は普通の子だから、覚者の術を受けたらすぐに倒れちゃうよ」
 覚者達は与えられた資料から事件の背後を想像する。おそらく妖化したバットを持つ者は、七星剣にとって不利益を与える者の縁者なのだ。偶然その子が事件に巻き込まれることを予知した七星剣は『妖退治に巻き込まれた少年が怪我をしてしまう』という形で少年を襲わせようという流れなのだろう。
「フリーの覚者を使っているのは、背後関係を調べさせないようにするためか」
 うまくいけばラッキー。失敗しても自分の手は痛まない。たとえ少年が生きていたとしても、覚者に集団で襲われたという事実だけで七星剣からすれば脅迫の材料になる。そんな算段か。
「でもバットを少年から放すことができれば、説得はうまくいくんじゃないのか?」
「んー……無理っぽいよ。その人達『バリアーも含めて妖だから、バットを手離しても少年への攻撃は怠るな』って言われてるみたいだし」
 その辺りは徹底していた。さすが七星剣。きたない。
「つまり……連中から少年を守りながら、妖を撃破する必要があるのか」
 事件そのものがFiVEに何ら関係ないとはいえ、覚者が一般人を惨殺したとなれば覚者と一般人の軋轢は深まる。七星剣の利になるというのも問題だし、何よりも罪のない少年をむざむざ殺させるわけにはいかない。
 楽な任務とは言えないだろう。相手は連携を取る覚者のチーム。ましてやうち一人は最近FiVEが最近開発したばかりの弐式を有しているのだ。その実力、油断ならない相手なのは確かだ。……頭の方はさておき。
「結構自意識高い人たちばかりだから、その辺りを突けば挑発には乗るんじゃないかな? 逆に説得は聞いてくれそうにないけど」
 逆だと楽なんだがなぁ、と覚者達はため息をつく。ともあれやるべきことは決まった。
 元気に手を振る万里に送られて、覚者達は会議室を出た。



■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.妖化したバットの撃破
2.少年の無事
3.なし
 どくどくです。
 馬鹿再び。

●敵情報
・妖
『バット少年』
 ランク2。物質系・妖。物理攻撃に強く、特殊攻撃に弱いです。
 バットを持っているのはただの野球好きな少年です。少年の名前は北畠則康。父親が市の議員とかなんとか。
 持っていたバットが妖化しました。少年の意識はなく、妖に操られている状態です。その他行動扱いで(「技」による判定になります)、少年の手からバットを離すことができます。その場合、少年の体は倒れてバットは宙に浮いて襲い掛かってきます。

 攻撃方法
 粉砕バット 物近単 バットで殴りかかってきます。〔弱体〕
 千本ノック 特遠列 空気のボールを打ち出し、ダメージを与えます。
 振り子打法 自付  物理攻撃を打ち返す構えを取ります。〔カウ〕
 飛行     P  誰も持つ者がなくとも、バットは宙に浮いて行動します。〔飛行〕


・隔者
 PC達の言うこと聞いてくれない覚者、という意味で隔者。七星剣に騙されていることを説明しても、聞いてくれません。自意識過剰なので、言葉による挑発には乗りやすいでしょう。
 基本的にPC達に手を出そうとはしませんが、妖退治を邪魔立てするなら容赦しません。なお、倒しても依頼の成否には影響しません。
 彼らに依頼をした七星剣の繋がりを追うことは不可能です。捜査の線は彼らに依頼をした後に絶たれています。さすが七星剣。きたない。
 なお、第一ターンの行動は全員『錬覇法』です。

『発明王の生まれ変わり』山田・勝家
 木の前世持ち。二十歳男性。
 トーマス・エジソンの生まれ変わりを自称しています。アンティークなスーツにモノクル。神具はステッキ(突剣相当)。
 拙作『愛猫に絡む思いと殴り合い』に出ていますが、知らずとも問題ありません。倒すべき相手という認識で十分です。
『錬覇法』『葉纏』『香仇花』『捕縛蔓』『覚醒爆光』『韋駄天足』等を活性化しています。

『燕返し』笹野・小太郎
 炎の前世持ち。十五歳男性。
 佐々木小次郎の生まれ変わりを自称しています。神具は木刀(刀相当)。体術メインです。クールぶっていますが、精神は年齢相応です。
『錬覇法』『醒の炎』『飛燕』『物攻強化・壱』『覚醒爆光』中を活性化しています。

『メランコリアの魔法陣』大谷・和
 水の前世持ち。五十四歳男性。
 アルブレヒト・デューラーの生まれ変わりを自称しています。本職は数学教諭。パーティの回復役です。
『錬覇法』『癒しの滴』『癒しの霧』『水衣』『覚醒爆光』等を活性化しています。

『黒の王』葛城・徹
 土の前世持ち。三十五歳男性。
 ナレースワンの生まれ変わりを自称しています。全身日焼けしたマッチョ体質。肉体には自信あり。
『錬覇法』『無頼』『蔵王』『物防強化・壱』『覚醒爆光』等を活性化しています。

『二重女間者』宮野・不二子
 天の前世持ち。二十二歳女性。
 マタ・ハリの生まれ変わりを自称しています。水着っぽい踊り子風の衣装を着ています。速度重視です。
『錬覇法』『演舞・清風』『演舞・舞衣』『速度強化・壱』『アイドルオーラ』等を活性化しています。

『ブラッドバスレディ』高橋・綾
 木の前世持ち。十七歳女性。
 エリザベート・バートリーの生まれ変わりを自称しています。出血大好き毒大好き。そんな病んでる系JK。
『錬覇法』『非薬・鈴蘭』『棘一閃』『結界』『アイドルオーラ』等を活性化しています。

●場所情報
 夕暮れの道。隔者が結界を貼っているため、人通りは皆無。広さと明るさは戦闘に支障がない程度にあります。
 現場の捜索? 隔者の覚醒爆光×4があるので、すぐにわかります。
 戦闘開始時、敵前衛に『バット少年』『山田』『笹野』『葛城』『高橋』が。後衛に『大谷』『宮野』がいます。そんな状況に割って入る形で覚者達は登場できます。初期陣形は好きな場所に行けます。
 事前付与は急ぐため不可能です。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年12月30日

■メイン参加者 8人■

『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『風に舞う花』
風織 紡(CL2000764)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『デブリフロウズ』
那須川・夏実(CL2000197)
『桔梗を背負わず』
明智 之光(CL2000542)


「またあの方ですか……」
 額を押さえながらため息をつくのは『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)だ。灯は以前にも『発明王』を名乗る男と接触している。その時もまあ、妄想に捕らわれていたのだがそれは治っていないようだ。相変わらずかと心で呟く。
「山田さん……分かり合えるって、信じてたのに……」
 同じく『発明王』と接触したことのある『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)も嘆くように呟いた。以前の接触でわかりあえたと信じていたのに。よりにもよって七星剣の言うことを聞くとは。今日は加減しない、と心に決めて相手を見た。
「しかしすごい自信ですね。私は前世に確信が無いため、思い入れが強いのは羨ましく思う所もあります」
 そんな『発明王』達をみて『桔梗を背負わず』明智 之光(CL2000542)はふむりと頷いた。確信がないのはむしろ当然なのだが、それを強く思えるのは才能なのだろう。あとはその想いをどう生かすかだ。
「とりあえずの問題は、少年をうまく保護することですね」
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)はやらなければならない問題の一つをあげる。自称前世の隔者も重要だが、最優先は妖に操られている一般人の保護だ。急ぎ接触し、うまく保護する必要がある。
「うまくやれるといいのですが……。不安です」
 作戦内容を確認しながら賀茂 たまき(CL2000994)は息を整える。隔者が少年を狙う以上、その矛先をうまく逸らす必要がある。少年ではなく自分達に。うまくやれるだろうか。頭の中で何度も繰り返す作戦内容。それを実行するときは、もうすぐだ。
「でもま、言う程悪人じゃないのよね」
 夢見から聞いた情報を思い出しながら『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197)は隔者達を見た。騙されていることを無視すれば、彼らがやろうとしていることは妖退治である。好んで人殺しをするタイプではない。……まあ、だからと言って看過はできないが。
「というかただのアホですね」
 ぴしゃりと言い放つ『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)。紡は『発明王』に会うのは二度目である。前回と今回、そこから導き出せる結論はその一言だ。同じ暦因子の覚者として、一発殴ってやらなければならない。
「そうだな。ともかく気合を入れていくか」
 紡の意見に同意するように『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)が頷く。とりあえずあいつは一発殴る。だがその前にやらなければならないことが山積みだ。神具を構えて急ぎ現場に向かう。そこにはバットを持った少年と六人の隔者がいた。
「我ら、前世の思いを受け継ぎし者達」
「過去より今に、その威風を届けよう!」
 閃光と爆音。あとアイドルオーラっぽい何かを振りまきポーズを決める彼ら。その後に『発明王』は何かに気づいたかのように覚者に声を声をかける。
「おお。どうやら妖退治に覚者達がやってきたようだ。もはや妖の命脈は尽きたと言えよう。
 だがそれは不要と知らしめてやらねばな。いらぬ怪我をする前に……あれ?」
 その矛先が自分たちに向かっていると気づき、『発明王』達は慌てふためく。
 妖を倒すため。そして少年を守るため。覚者と隔者と妖の戦いが始まる。


「どういうことだ、『発明王』!」
 迫ってくる覚者に慌てふためく隔者の声。はたと気づいたように山田が唸る。
「これは妖に操られているのだろう。まさかこのような展開。この『発明王』の慧眼をもってしても見抜けなかった!」
「いやねーっす。目覚ませ」
 紡が勘違いMAXの山田にツッコミを入れる。覚醒した紡は白金髪、鉄仮面、白いワンピース、裸足と独特の格好をしている。その表情を鉄仮面の下に隠し、穢れることのない白いワンピースを翻して戦場を疾駆する。
「あんたみたいなのが生まれ変わりなんて前世もかわいそうですね、エリザベートでしたっけ? 誰か知らないけど」
「なにおぅ!」
「浴びるくらい血がほしいなら一体だけじゃなくて、こっちの八人全員どうにかしたほうがいいですよ。それとも倒しきる自信がないですか?」
 見下すような挑発をしながら高橋にナイフを振るう紡。その挑発が効いたのか、高橋の攻撃は紡に集中する。
「どうして、そんなに焦げているのですか? 体のお肉を焼き上げるのに失敗してしまったのでしょうか……?」
 葛城の前に立ち、首をかしげるたまき。初めての挑発に胸をドキドキさせながら、土の加護を身に纏う。同様に土の加護を身に纏う葛城は怒りの表情を浮かべて……無理やり笑みを浮かべて応える。
「お嬢さんには分らないだろうね。この鍛えられた筋肉が。これは――」
「機能的では無さそうな筋肉は無駄そうです。無駄肉です」
「ふっふっふ。この筋肉が無駄かどうか身をもって教えてあげましょう!」
 葛城の拳を受けながら、挑発がうまくいって安堵するたまき。だが安どしてもいられない。攻撃がこちらに向く以上、その拳を受け続けることになる。
「かの剣豪の生まれ変わりを名乗るなら、よもや決闘を断りはしないでしょう」
 之光がサーベルを手にして笹野を挑発する。木刀を下段に構え、笹野は之光に向き直る。妖を狙うべきか邪魔をする之光を押さえるか逡巡している笹野。その隙を逃さず之光は踏み込んだ。交差するサーベルと木刀。互いの神具ごしに視線を交わす。
「ああ、前世は決闘で負けておりましたね! それは失敬!」
「なんだと!?」
 之光の挑発にいきり立つ笹野。さらに言葉をかぶせ、相手の敵意をこちらに向ける。
「捨てる鞘すら無い鈍らな木刀を理由に、逃げて頂いても構いませんよ?」
「おのれその言葉後悔させてくれよう。燕を切ったこの演武、とくと味わえ!」
「……木刀ですよね、それ?」
 ラーラが笹野の言葉に疑問を抱きながら、大谷の方を見る。後方からパーティの回復を行う大谷は隔者その防御の要だ。状況如何によっては隔者と倒れるまで戦う可能性がある。それを考慮すれば叩いておくに越したことはない。
 呼吸を整えて神具を展開する。自分と世界の繋がりを意識し、手の平に自然の一部を収縮するラーラ。身につけている『神祝ノ光』から迸る青の光。手の平に集めた稲妻を大谷に向け、一気に解き放つ。激しい雷鳴が戦場に鳴り響く。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「恥ずかしいったら無いわねアナタ達! 凄いのは前世で! アナタ達自身はスッカスカのカラッポじゃない!」
 夏実は隔者全員に向けてそう叫ぶ。前世がなんであるかは関係ない。大事なのは今なのだと。医術の知識で仲間の傷具合を確認しながら水の源素を解き放つ。仲間を癒しながら挑発を重ねていく夏実。
「自慢げに二つ名にしてるけど、自覚してる? 今のアナタ達ってば『ワシも昔は凄かった』とか言うおジーちゃんと『ボクのパパは社長なんだぞ』とか言うボクちゃんを足して2で割らないアリサマよ!」
「そこまで言う!? せめて割って!」
 問題はそこではない。
「大体アナタ自身は何したのよ。て言うか弐式だって人様に教えて貰っちゃって! 情けな!」
「「あの時、名声を譲ってあげようとしたこと……後悔しちゃいます……」
 ミュエルが山田に向かって呟く。以前もすれ違いがあったが、最終的には和解できたと信じていた。だが七星剣に協力して少年を襲うなんて。信じていた分、裏切られた思いが募っていた。『アベイユ・ドール』を振るい、山田のステッキを弾いて避ける。
「待ってくれ。我輩達は普通に妖を退治するだけで。恥じることなど何もない」
「よりによって、七星剣に、協力するなんて……」
「いや仕方ないのだ。七星剣は国内最大の能力者組織。現状、七星剣以外で弐式を使える組織は存在しないのだから」
 よもやFiVEで弐式の開発が行われていたとは夢にも思わない山田であった。
「皆さん、あの方たちの対応はお願いします」
 仲間の覚者達に告げて灯が走る。バットを持つ少年の元に。右手で持つ鎖鎌の『闇刈』でバットを逸らしながらその懐に入る。少年の瞳を見ながら、反対側の手にある鎖分銅を伸ばす。操られているのか、その瞳は虚ろだ。早く助けなければ、という思いが灯に宿る。
 至近距離で腕を振るい、鎖分銅をバットに絡みつける。二重、三重、四重に巻き付き、それを引っ張った。その力に抵抗するように少年はバットを引き――その引く方向に合わせるように『闇刈』でバットを弾く。すっぽ抜けるように宙を舞うバット。
「今です。三島さん」
「了解。しばらく任せたぜ」
 バットを失い崩れ落ちる少年を柾が抱える。目の前にはステッキを構えた山田がいた。驚きの表情を浮かべる山田から目を離さず、少年を抱えて後方に下がろうとする。そうはさせじとステッキを振るう山田。その一撃を柾は神具で受け止めた。
「よぉ、また会ったな」
「妖退治の邪魔をするとは……どういう事だなのだ?」
「説明しても聞いてくれそうにないし、な!」
 声と同時にステッキを弾き、少年を連れて後方に下がる柾。彼らは少年を守る物も含めて妖だと騙されている。それを説明している余裕はない。
「こうなれば仕方ない。彼らを廃しながら妖を倒すのだ!」
「言われるまでもない」
「ぶっころころしてやるー!」
 覚者の挑発もあり、隔者の意識は少年からそれた。単純な相手だ。
 だが、バットの妖は未だに健在なのだ。隔者の妨害を受けながら妖を倒すのは容易ではない。
 戦いの熱は、少しずつ加速していく。


 妖と少年を切り離し、少年を安全な場所に安置する覚者達。
 その矛先は妖に向かう。物質系妖のランク2は決して容易な相手ではない。覚者達は相対している隔者に共に戦おうと声をかける。
「このままでは、勝負にならないですね。ハンデもあげるので、どちらが先にバットの妖さんを倒せるか、勝負です!」
「そのような理屈で誤魔化されると――」
「私との勝負に、自信が無いのですね……。やはり、その筋肉はただの飾り、ガッカリです!」
「よかろう! ムエタイの祖と言われた『黒の王』の実力見せてあげましょう!」
 たまきが葛城に声をかける。結構単純だった。
 だがうまく誘導できたのはたまきだけだった。
「目に見える物だけが本当の価値ではない。覚者にはそれが理解できるはず。一々説明する必要がおありですか?」
「我が剣を愚弄しておいていまさら何をぬけぬけと!」
 之光は失策かと眉をひそめた。挑発がうまく行き過ぎたようだ。
「いいんですか? あなた達が、こちらに、気をとられてるうちに……手柄、横取りしちゃいますよ……?」
「ぬぅ。まさか過去の思い出を持ち出せるほどに妖の支配能力が高いとは。撃破もやむなしか!」
 ミュエルの言葉に山田が苦悶の声をあげる。こっちは人の話を聞かないパターンだった。
「喰らうがいい。これが弐式! 香仇花!」
「ウソ……なんて威力!?」
 山田の弐式に驚く夏実。いいなあ弐式、と心の中で羨ましがる。
「ふはははは。驚くがいい。消費が大きいため連発はできないのが欠点だがな!」
 気力消費50。前衛型にはつらい消費量である。何人かの覚者がこっそり同意した。そんな幕間もありましたが。
 ともあれ覚者達はその目標を妖に変更する。灯、紡、柾、之光が前衛に立ち、たまき、ラーラが後方から術式の攻撃を。夏実とミュエルが回復に回る。
 隔者側は唯一説得……というか挑発に乗せられた葛城がバットに殴り掛かるも、他の者は覚者に攻撃を加えてくる。そしてバットは覚者隔者両方を対象にしていた。
「あいたたた……。ちょいしつこいんじゃないですかねぇ」
「少し厳しいですが、まだ敗戦ではありません。仕切り直しです!」
「流石に楽じゃないわね」
 紡、之光、夏実が命数を削られるほどのダメージを受ける。他の覚者もかなり疲弊していた。
 だが、それは隔者も同じこと。覚者の矛先は妖に向かっているが、妖の攻撃を受けて一人、また一人と倒れていく。その度に覚者の受けるダメージ量が減り、妖退治が楽になっていく。
「壱式も弐式も使う人間次第――」
 ラーラが手の平に稲妻を集める。前世より魔女の力を受け継ぎ、彼女自身も魔女の道を歩むと決めた。その決意を原動力に修業を重ねる。その結果が今ラーラの掌にある雷光。ひときわ大きな雷鳴が轟き、激しい衝撃が妖を襲う。
「それを教えて差し上げます!」
 衝撃が戦場に響き渡り、そして静まる。覚者も隔者もその一撃に一瞬動きを止める。
 バットが絶命で震えるように回転する。そして力を失いカラン、と地面に転がった。


 妖討伐後、
「「「「「「すみませんでした」」」」」
 妖にバリアーなどないと説明した覚者。それを聞いて隔者達はそれを確認し、一斉に土下座した。
「軽口による非礼、お詫びいたしましょう。故あっての事です」
「いや。こちらの思慮が至らぬばかりに」
 非礼を詫びる之光。その態度に頭を下げる笹野。経緯はどうあれ、妖は退治した。互いに目的は達成できたのだ。ならばよいではないかと之光は頷く。
「ああそうだ、前世が信長を称する人、知りませんか?」
「ええ。四人ぐらいいますが?」
 自称とはいえ多すぎだろう。予想外の答えにむしろ呆れる之光だった。
「そういえば、以前と連れの方が違うようですが。それなりに大きな覚者の集まりなのでしょうか?」
「ふ、『偉人列伝』は総勢三十名ほどの暦因子集団だ。この『発明王』の予測では七星剣傘下ではない覚者組織で、これを超える規模の組織はまず現れないだろう」
 灯の問いに自慢げに答える山田。彼はまだFiVEの存在を知らない。灯は念のためにとその発言を心に留めておく。規模や目的を含めて、FiVEと相対することはないだろうが。
「エジソンの予測は外れまくりですね。当たったの見たことねーです」
 覚醒を解いた紡がずばりと言い放つ。呆れるように言いながら、服を軽くはたく。戦闘の返り血は覚醒解除とともに消え、真っ白なワンピースが夕日に映えた。山田とはまだ二度しか会っていないが、それでもわかる馬鹿っぷりだ。アホというかなんというか。
「ふぅ。とっても緊張しました……! 今考えると、少し怖いですね……」
 たまきが胸をなでおろして、安堵するように息を吐いた。作戦とはいえ相手を挑発するのは緊張する。それを悟られないでよかった。相手がこれを逆恨みする人だったら……そう思うとぞっとする。幸いなことに人がいいのか、葛城は未だに土下座している。
「ほんと、申し訳ない……ごめんなさい」
「いやまさかそのような裏があったとは。むしろ助けられた思いだ」
 ミュエルは挑発したことを謝罪する。こういうことは得意ではないが、それでも妖に取り憑かれた子供を助ける為に仕方なくやったのだ。うまくいってよかったと心の底から思う。少年が無事な件も含めて。
「できれば今回の件は秘密にしておいてくれないか?」
 柾は助けられた少年を介抱し、そう付け加える。このことが公になれば七星剣がなにかするかもしれないことを懸念しての言葉だ。幸いなことに少年が妖に操られていた記憶は薄い。助けられたという恩もあり、今回のことは少年の心の中に収められることになった。
「ともあれ、これで解決ですね」
 ラーラは自らが討ち滅ぼしたバットを手に取って少年に渡す。もう妖かは解けているため、渡しても何の問題もない。ありがとうという少年の感謝の言葉を受けて、笑顔を返すラーラ。予想だにしない報酬だ。
 そして別れ際、夏実が振り返り隔者に向かって叫ぶ。
「ねー! ワタシの前世ね! 国のヨーショクまで成り上がった見たいんなんだけど!」
 典薬寮――明治のころまで存在した組織。夏実は自分の前世をその要職だったのではなかろうかと子供心ながらにあたりをつけていた。
「ワタシはあんな奴に負ける気はないわ! 絶対もっと偉くなって! 前世なんて越えて見せるから!
 アナタ達もそーなさいよ! それとも無理? 出来ないかしら!?」
 前世にこだわる隔者達を挑発するように夏実が叫ぶ。
 隔者からの反応はない。
 それは夏実の発想に驚いて声が出ないからか。それとも呆れたからか。それはわからない。だがかなりの衝撃を受けたことは明白だった。
 ともあれ言葉なく、覚者と隔者はそれぞれの帰路についた。

 その後、少年とその親に七星剣の手が回ることはなかった。失敗を悟り、影すら見せずに身を引いたようだ。
 何事もない平和な一日。それは覚者が求めた最大の報酬――


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 山田のイラストはアミジョウVCに書いていただきました。
 イメージ通りのユニークな感じです。ありがとうございました。

 隔者の前世は『たぶん誰も選ばないだろうなぁ』というものを選びました。
 なのでネタかぶりしていた人がいたらごめんなさい。あくまで自称ですので。

 MVPは隔者達の根っこを揺さぶった那須川様に。
 それを言われると彼ら、何もできません。ちょほー(今後の予定をびりびり破りながら)。

 ともあれお疲れ様です。まずは傷を癒してください。
 それではまた、五麟市で。




 
ここはミラーサイトです