《真なる狩人》スーサイド・マーダラーズ
《真なる狩人》スーサイド・マーダラーズ


●後退は無い
 河畔にある工場群の一つ。そこにいるのは九人の男女の姿があった。彼らは一様に、まるで古臭いSF小説から飛び出して来たようなスーツに身を包んでいる。胸や腹部といった急所はプレートで覆われ、それ以外の部位もまた、ごてごてとした装備で覆われている。そして、首の後ろに取り付けられた突起。顔は暗視ゴーグルで覆われて表情は伺えない。けれども、彼らの周囲は警戒や殺気、そして僅かな恐れによってピリピリとした空気に包まれている。ふとしたことで、彼らは手にしたサブマシンガンやナイフを振りかざしてしまいそうな、そんな危うさがあった。
 仄暗い明かりの灯る工場の中、八人のうちの、恐らくリーダー格と思われるような男は、彼らの前に立ち、語りかけるように言った。その声音には、どこか酔いしれたような響きもある。滅びに酔った者特有の危うさだ。
「連中に、こちらの居場所を勘付かれたようだ。じきに、連中はここにも来るはずだ」
 通信を行っていた、リーダー格の男の声に、整然と並んでいる男女はザッと踵を鳴らして直立する。それが彼らなりの応答だった。
「我々に下された命令は、ここにある『研究資料』の保管、その守備だ。そのために、いかなる手段も使えと言われている。研究成果もだ」
 男は自身の首根っこに供えられた突起、『研究成果』をとんとんと軽く叩いた。それを見て、全員は躊躇いがちではあるが、確かに頷いた。たった一人を除いて。
「どうした、貴様」
「……もう、無理っすよ。俺たち、元は単なる民間人じゃないですか。素直に降服でもなんでもすればもしかしたら――」
 クラッカーを割ったような、軽い音が響いて弱音を吐く男の言葉を打ち消した。正確には、男の存在ごと。男の持つ拳銃から放たれた50口径のマグナム弾がガスマスクを、その後ろにある頭を砕いた。どさりと倒れ、生暖かい血だまりが広がる。
「我々に、後退はない。くだらん超能力者ごっこ連中どもとて、倒せぬ相手では無い。だろう?」
 どこか酔いしれたような空気で、勿体ぶった動作で、リーダー格の男はホルスターに拳銃を戻した。数人は、マグナム弾で脳を攪拌され、動かなくなった気弱な、もしかするとまだマトモだった男の骸へ一瞬視線を送る。けれども、すぐにリーダーへと視線を戻し、再びザッと音を立てて踵を打ち付けた。
 明かりが消える。ぼう、と闇の中に暗視ゴーグルの緑色の光が揺れ動く。

●前進あるのみ
「覚者のみんなのお陰で、古妖狩人の本拠地をあらかた特定出来たみたい!」
 『ネストリング』吉上・光(nCL2000120)は、所々ぎこちないながらも、夢見としての仕事を全うせんとしていた。覚者という、彼女にとっての憧れのヒーローを前に時々資料に視線を落としながら、懸命に漏れの無いようにと情報を読み上げて行く。
「場所は琵琶湖河畔の工場群。結構な広さがあるけれど、そこに分散して古妖さんたちは囚われているみたい。本拠地である以上、警戒は厳しいと思うけれど、頑張って助け出してあげてほしい」
 ただ。そう言って光は眼を臥せた。夢に見た内容がフラッシュバックする。込み上げる不快感を押し殺して、彼女は続ける。
「そこを警備する憤怒者は、古妖の研究した成果で自分達を強化するみたい……間違いなく、それはみんなにも、その人たちにも良いものではないと思うんだ」
 推測される効果は感覚機能の大幅な引き上げや身体強化といったところ。そして、その薬物が肉体に、そして精神にもたらす効果は未知数。危険なことは間違いない。どちらにとっても。
「その人たちがどうしてそこまでするのか分からないけれど……だからって、古妖さんたちを乱暴に扱っても良い理由にはならないよね。だから、お願い」
 光は深々と覚者へと頭を下げた。そのお願いは、彼らを憤怒者というくびきから解き放つことか、それとも古妖を救うことなのか。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:文月遼、
■成功条件
1.憤怒者の撃退
2.古妖の救出
3.なし
 いらっしゃいませ。文月遼、です。「、」までが名前です。覚えてくれているひとがいたら、ありがとうございます。全体イベントということで、古妖狩人です。

●ロケーション
 夜の工場です。そこそこ入り組んでいますが、足場云々でのペナルティはありません。ですが、証明はまったく付いていないため、ある程度の備えがあると良いでしょう。

●救助対象
 古妖は様々な種類が存在していますが、いずれも工場の隅に積まれたコンテナのうちの一つに入れられています。衰弱しているものから、抵抗しているものと健康状態も様々です。コンテナはいくつも存在していますが、まだ抵抗する気力のある者がコンテナを時折叩いて音を立てるため、特定は容易でしょう

●エネミー
 憤怒者八人です。共通スキルとして
「ブーステッド」 パッシブ、自 自身の命中、回避上昇。ラウンド終了時に自身にHPダメージ。また、一定確率で行動不可
「ナイトヴィジョン」 パッシブ、自 暗闇でも支障なく行動できるようになります。

・近接型×4
「拳銃」 物遠単
「コンバットナイフ」 近物単 [出血]([流血])
「隠れる」 自 隠れて体勢を立て直します。回避が若干上昇するほか一部の技能スキルを持たない覚者に対して次に行う「コンバットナイフ」の命中を大幅に上昇させ、BSの出血を[流血]に強化します

・遠距離型×3
「コンバットナイフ」 近物単 [出血]
「アサルトライフル(掃射)」 遠物列 [減速] 弾幕を張ります。命中も火力もそれほどではありません
「アサルトライフル(集中)」 遠物単 狙いを集中します。当然、ダメージも大きいです

・リーダー×1
「マグナム」 物遠単 [二連] 二挺拳銃です。狙いはやや甘いですが、ダメージが大きいです。
「コンバットナイフ」 近物単 [出血]
「背後で光る眼」 パッシブ、味方全体  敵が降服をしなくなります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年12月22日

■メイン参加者 8人■

『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『暁の脱走兵』
犬童 アキラ(CL2000698)
『アイアムゴッド』
御堂 轟斗(CL2000034)
『桜火舞』
鐡之蔵 禊(CL2000029)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『調停者』
九段 笹雪(CL2000517)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)

●闇に光る
 薄暗く、それなりに入り組んだ通路。音も無く『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は工場の中を進む。時折隅にあるコンテナから響く金属を叩く鈍い音を除けば、中はひっそりと静まり返っている。そこには、防弾のスーツにライフルやナイフで、ちょっとした軍隊並の武装をした人間が警戒している。進入は容易い。奇襲も不可能では無い。しかしそれは、少人数で動けばの事。他の覚者もすぐに飛び込める場所に控えているとは言え、八人全員が不意を突けるような位置取りを探すとなればそれは至難の業だ。
「屑どもとは言え、武器はそれなり……やはり、畳みかける方が早いか?」
「だろうな……ったく。胸糞わりぃ」
 即席のバディとして寺田 護(CL2001171)は暗闇の中に、八つの強い熱の他、すぐそばの足元に弱い熱がじんわりと広がっているのを見た。それを辿り視線を巡らせれば、ぼんやりとヒトの輪郭をしたものが横たわっていた。込み上げる嫌悪感を飲み込んだ。慣れこそしないが、耐える技は身に着けていた。
「お前が先手を切れ。暴れりゃ、後も続く」
「奇遇だね。俺もそう考えてた……手ごろな獲物が一匹いる。それを合図にしよう」
 コツコツと固い足音が近づいて来る。泰葉が獣の獰猛さの笑みを湛えて、男の前へと飛び出した。振るわれる、炎を宿した拳。男は不意を突かれたとは思えぬほどの反射速度で腕をクロスしダメージを殺す。仕返しとばかりにナイフを振るうが、すでに泰葉は獣のしなやかさでそれをかわす。ほとんど同時に飛び出した覚者達。その中でも前に立つ覚者らへと、清風を施しながらも、懐中電灯で怯んだ男を照らす。
「十天がひとり、鐡之蔵禊!正しにきたよ!」
 微かな照明を頼りに、『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)が飛び出した。照らされた男へ飛ぶ鋭い脚撃。避けきれず、蹴りを胸にまともに受けた男は吹き飛び、ぐったりとして動かなくなった。
「エンジェルの願いを聞き届け、ゴッドがここに推参! アポストルよ、我らの戦場を照らしたまえ!」
「さて、ほろもよろしくね」
『アイアムゴッド』御堂 轟斗(CL2000034)と九段 笹雪(CL2000517)の守護使役が薄暗い工場を仄かに照らす。その光を受けて、血だまりがてらてらと光を反射する。
「あの隅のコンテナ。あそこに捕まっているぜ」
 『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)は、仄暗い明かりの先に見えるコンテナの山を示す。その声に応えたのか、コンテナが激しく揺れる。
「しばしの辛抱だ、エンシェント・アヤカシよ!」
「そのしばしは、当分来ることは無いぞ」
 足元で銃弾が跳ねる。身構えた覚者の前に、七つの緑色の光がぼうと走った。それと同時に、覚者へと掃射されるアサルトライフル。
 けれども、その銃弾は二つの陰に遮られる。
「解放(レリーズ)!」
「盾護、やる気マンマン。豆鉄砲、無意味」
 煙の外に立つのは、岩倉・盾護(CL2000549)と『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)の姿。両腕が変容し、巨大なシールドとした盾護と、全身を漆黒の鎧で覆われたアキラによってほとんどの弾丸は虚しくその上で火花を散らせるだけで終わった。
「奇襲とは、随分と姑息な真似を使う」
 七つの光。その最も後ろから響く声。それがリーダーのものであると覚者達はすぐに分かった。破滅に酔う者特有の、歪んだ自己愛がそこにあった。
「うっわぁ……そっちが言うの」
「古妖を解放しろ、おっさん。こんなバカなことしてねぇでさ!」
 ねっとりとした陶酔に、笹雪は嫌悪を隠さず、大袈裟にぶるりと身震いをしてみせる。翔の言葉も、男には届いていなかった。
「ふん、超能力まがいの力でヒーローごっこしている貴様らと、どちらがバカだろうな?」
「ソフィストリー(詭弁)! 論点をすり替えとは、メイクシフトな者の常套手段だ」
「お前たち! この男の言う事に従う必要などどこにも無い。怪しげな薬で苦しむ必要も無い!」
 エキセントリックな言動でありながら、轟斗の言は真を突いている。その堂々とした仕草に、アキラの言葉に、男たちは一瞬だけ動揺する。
「この連中を殺せ。大義は我らにある」
 けれども、その動揺は静かな殺意に満ちた声と、大口径の拳銃のスライドを動かす音で静まり返る。再度ライフルを、ナイフを覚者へと向けた。
「脅迫ってやつか……糞みたいな上司を持つと苦労するな。いいぜ、代わりにぶっ潰してやる」
「ちょっと痛いけれど、我慢してね」
 コキリと首を鳴らす護。禊も、腰を落とし、戦闘態勢に入った。

●ロック&ロード
「古妖はね、モノじゃないの。私たちと同じ、心を持ってる! だから!」
 説得を試みながら、禊は一気に地面を蹴って肉薄。倒立の姿勢から回転し、両脚を用い、前に立つ三人へと巻き込むような蹴りを放つ。一撃、二撃。二人には命中。けれども、一人の男は身を逸らして蹴りをかわし、影の中へと溶けてゆく。残り二人も同じだ。
「さて……降参してもらうにも、恐い人がいるからね」
 笹雪が意識を集中させる。後ろで狙撃に徹する一人と、リーダーの上に生まれる黒雲。そこから降り注ぐ、巨大な雷。リーダーが顎をしゃくる。それに合わせて、男は動いて強力な雷を一身に浴びる。男の身体が大きく揺れる。けれども再び狙いを合わせ、そして大きく咳き込んだ。吐き出す咳に、血が混ざる。
「言っておくけど……俺は他の連中のように、ぬるくないよ?」
 獰猛な笑みを浮かべ、泰葉が地を蹴る。機材を跳び越え、隠れた覚者の真上に現れる。驚愕に満ちた顔に、鋭い一撃を加える、たたらを踏んだところに轟斗が飛び込んだ。
「ヒーロー&エンジェルス。リーダーは任せた! 醒よ、ゴッドの炎!」
 拳に描かれた入れ墨が赤く眩い閃光を放つ。朝焼けにも似たその輝きは、まさに正義の顕現が如く、男の意識を正確に、そしていくらかの優しさを以て刈り取った。それを見て、泰葉は小さく鼻を鳴らす。
「……悪く思うなよ」
「背中から撃たれるのは御免だ」
 覚者達とつかず離れずの距離にいる二人の内、一人が構えたアサルトライフルを発砲。フルオートでばらまくように放たれる弾丸の嵐。銃弾の一発一発は覚者たちを跪かせるには程遠いけれども、動きを鈍らせるには十分だった。もう一人は狙いすました発砲。対象は、最も獰猛な殺意を隠さない泰葉。
「ッ……憎い敵の技術を使って、この程度とは。ボスの程度も知れる」
「狙いは悪くねぇが……死にたくねぇなら、元からそんなモンに頼るな、糞が」
 護が冷静に状況を見極め、回復の霧を覚者へと送る。全快とまではいかなくとも、戦闘を続行するには十分。
「まずは頭を潰さなきゃ始まらねぇ……」
 翔もまた、後ろに控えるリーダー達へ、鋭い雷を注ぐ。リーダーは再度あごをしゃくる。男はためらいながらも、再び盾となり、無数の雷を受けてくずおれた。
「見下げた奴だ。古妖だけじゃなくて、仲間まで道具扱いかよ!」
「違うな。優秀な駒だよ」
 男は二挺の拳銃を翔へと構え、発砲。大口径の拳銃を両手持ち。その反動を無理やり薬で抑え込み、連射する。その一発が翔の腕を貫いた。歯を食いしばり、その一撃の痛みに耐える。
「後ろからコソコソと……所詮は軍人ごっこだな!」
 アキラが黒いガントレットを振りかざし、一気に間合いを詰め、ライフルを持った男へと鋭い正拳を繰り出す。男も一瞬動きを止める。このまま拳を受けて気を失えればと。けれども、背後で光るリーダーの眼がそれを許さない。素早く身を振って、受けこそしたものの、ダメージを殺す。
「……大将首、仕留める」
 盾護が、肩口の装甲を展開させる。網膜に浮かぶ照準。それが捉えると同時に気で練り上げた砲弾を放つ。流石に振り切ることは出来なかったが、牽制用の攻撃と言うこともあって、致命打には至らなかった。

●陰からの、そして
 物陰に潜んでいた、男たちが動く。狙いは禊。前衛に立つ者の中で最も防御の薄いと見える、禊へと。
「後ろと右方向! 気を付けろ、来るぞ!」
 泰葉が警告、盾護がフォローに回る。一人のナイフが、それでも分厚い盾をすり抜け、盾護の脇腹を鋭く裂いた。禊は、避けようともしなかった。分厚い刃が刺さり、お腹がジワリと血に染まる。はっと息を呑む声が聞こえた。禊の者では無く、刺した男の方だった。
「そう、だよ……私たちも、あなた達とおんなじ。血は流れるし、刺されれば痛いし、そして死んじゃうし……でも、それは古妖も同じなんだよ?」
 深々と刺さったナイフを手放し、ゆっくりと男はたじろいだ。彼らとて民間人。戦いの高揚が醒め、死を実感して慄いた。
「何をしている。さっさと止めを――ッ!」
 リーダーの頬を掠めるように、クナイが飛んだ。避ける事もままならない速度であった。
「そろそろ、見物して大将気取りは止したらどうだい。どうする? 彼らを殺すかい? 人を刺す感覚にビビるような奴なら、必要ないだろう。腑抜けの大将に相応しい、屑どもだ……それとも、君が前に出て、戦ってくれるかい?」
 リーダーがわなわなと肩を震わせる。それでも、ハリウッド映画の悪役のように前に踏み込まなかったのは、彼の矜持でもあった。そして、血が上るあまりに、前に出れば、無傷の二人を盾にすることが出来たとということに、気付けなかった。
「どっちでも同じだよ。自分と違うからっていうのは、殺したり傷つけてもいいって理由にはならない……良い的。外しようがないよ!」
 わなわなと怒りに震えるリーダーの頭上に降り注ぐ、笹雪の起こした巨大な雷。けれども、まだリーダーは殺意の籠った眼で覚者達を睨みつける。
「ゴッド達の目的はユー達の断罪ではなく古妖達の救助である! サレンダーせよ!」
 ゴッドが呼びかける。男たちはまだリーダーが拳銃を片手に睨んでいるのを見て、再び覚者達へと向き直った。殺気そのものは消えていない。けれども、動きには明らかな迷いが見えた。恐怖に屈し、動こうとした者も、咳き込み、吐血してまともに動けるような状況ではなかった。泰葉がちょいちょいと指を立てる。
「さあ、どっちを撃つ? 俺たちか、部下か!」
 怒りに満ちた目で、リーダーは銃を構える。狙いは、手傷を負い、なおかつ屈辱的な挑発をした泰葉へと。肩口を貫いてマグナム弾が血飛沫を振りまいて飛んでゆく。ニヤリと、泰葉は笑う。
「約束は約束だ。糞みたいな理由で死ぬ必要なんかはねぇよ」
 護が手裏剣を投擲する。そこから生まれる高圧縮の空気が、弾丸となってリーダーの胸に命中し、そしてぐったりとくずおれた。それでも、拳銃を放すことは無かった。
「なあ、今ならまだ引き返せるぜ! 普通に平和な人生手放すことねーだろ」
 翔の言葉に、男たちはたじろいだ。
「降服しろ。何者にも、他者を狩る権利など無いのだ!」
「しなかったら。痛い思いをするよ? いっぱい、いっぱい」
 アキラの盾護の力強い説得。男たちは時折むせ返り、時折不自然なけいれんをしながら、持っている得物を落とした。

●白旗
「っうう……」
 地面に倒れ伏していたリーダー格である男は、まだ意識があった。震える手でまだ握っている拳銃を自身のこめかみへと押し当てる。けれども、ダンッと鋭く踏みつけられ、拳銃を手放した。その痛みで手放した拳銃を、踏みつけた主である禊は口から垂れる血を拭いながら、力強く言い放つ。
「『死んで楽になろう』なんて思わないで。あなた。いいえ、あなたたちにとって、それは権利だけじゃなく、義務にもなっているの」
 力強く、禊は言い放つ。ぐったりとしながら、男は血を咳き込みながら、笑っているとも泣いてるともつかない声を上げた。
「どうでありますか? 彼らの手当ては出来そうでありますか?」
「薬、治せる?」
「難しいな。薬を一言で表現するならこいつは『失敗作』だ。リスクを知ってりゃ、こんなもん使おうとは思わねぇぞ……すぐにでも回収してもらわねぇとな。糞」
 盾護とアキラが、憤怒者たちを拘束し、首からアンプルの詰められた機器をもぎ取り、護が工場の中を見回って資料を漁る。舌打ちを何度もしながら、その場しのぎであるが簡単な手当てを施した。憤怒者たちの発作のような症状も、いくらかは落ち着きを見せている。大規模な作戦と言うこともあって、後始末の要員も相応に居たのが幸いした。
 その後ろでは、隅に置かれたコンテナを、轟斗と翔がそろってこじ開ける。開いた瞬間に、角を生やした血の気の多そうな古妖が拳を振りかぶって二人へと迫る。
「落着きたまえ、エンシェント・アヤカシよ! ゴッド達は君たちのレスキューに来たのだ!」
「れすきゅー? ……助けにってことか。クソッタレ。なんで俺たちにも戦わせなかった」
 角を生やした古妖が吐き捨てるように言った。その後ろには、数人のまだ力を残している古妖がいた。傷つき、憔悴しているが、その双眸だけはねばつくような敵意の炎が燃えていた。更に奥には、衰弱して壁にもたれる古妖もいた。
「そんなアンガーな表情をしているからだ。無礼を承知で言おう。あのようなデンジャーの中で、ユー達を守り切る保証はないからな」
「ごめんな。随分と待たせちまった。それに、俺らと同じ人間がこんなこと……」
 轟斗の言葉と、翔の純粋な謝罪。ベクトルこそ異なれど、真っすぐな言葉に、古妖たちはその怒りをひとまずのところは収めた。角の古妖は話題を変えた。
「それで、俺たちをこんな目に遭わせた連中はどうなってる?」
「それを知って、どうするの?」
 翔と共にコンテナの奥へ進み、衰弱の激しい古妖の手当てをしながら、笹雪は角の古妖へと尋ねる。
「決まってる。奴らを――」
「それはダメだよ。気持ちは分からなくもないけれどね」
 遮るように飛ぶ笹雪の言葉。角の古妖がぎろりと睨んだ。笹雪も視線を逸らすことなく、見つめ返していた。やがて、古妖は舌打ちをして、拳をコンテナへと叩きつけた。ベコンと板がへしゃげた。
「それだけ力があるなら、逃げられたんじゃないの?」
「バカ言え。仲間たちを置いて逃げられるか…………分かった。今のところは、お前らに免じて保留にしておく。あくまで保留だ」
「……感謝しよう。ユーもまた、ヒーローであるな」
「うるせぇ。けったいな喋り方しやがって」
 轟斗の言葉を受けて、古妖は吐き捨てるように呟いて、覚者達の手当てを大人しく受け入れる事にした。
「……じゃあ、そろそろ俺たちも行くか」
 一通りの手当てをして、翔は大きく伸びをした。彼らの戦いは、まだ続いている。来たる決戦へと大きく伸びをして、覚者たちは工場を後にする。
 ちょうど時を同じくして、事後処理の要員が工場内へと足を踏み入れる。その中に見知った顔を見て、彼はポンと彼女の背中を叩いた。長い髪をふたつのシニョンでまとめた少女は、にこりと笑みを返した。
 その中に加わりながら、泰葉は小声で呟いた。
「怒りを抑えて、か。屑共を好きにさせてやって、それで連中の気が晴れるなら、それで十分じゃないか?」
 口調こそそれほど変わらないが、そっと赤い仮面を自身の顔へと被せる。禊がそれに返す。
「でも。その後は? 余計に古妖に対する敵対心が高まって、今回みたいなのが出てきて。また古妖は人間を憎んで。それって悲しいことじゃない?」
「そうかい? 事態の重さはともかくとして、より濃い感情を見れるのは個人としては面白いとは思うけれど」
 おどけてそう言う泰葉の本心を、禊は読み取ることが出来ず、唇を噛んだ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『調停者』
取得者:九段 笹雪(CL2000517)
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです