暴れユンボよ静かに眠れ
●とある新興住宅街予定地にて
ここは開発途中の住宅街。最寄り駅からは車で10分、歩いて30分。不便なようだが、車で15分ほどの距離に大型のショッピングモールがある。
一応車ありきの生活を想定しており、一戸あたりの敷地面積はやや広め。4人家族が余裕を持って生活できる家屋と、2台分の駐車スペースが出来る予定だ。
開発が進み、人が増えればいずれコンビニやスーパーなども増え、駅やショッピングモールまでのコミュニティバスなども充実してくる予定だと、開発業者は語る。
まだ簡単な整地が終わったばかりで、ならしきれていない部分があり、小石や少し大きめの石がちらほらと目につく。
2人の作業員が現場に到着した。1人は金髪で細身の若者、もう1人は恰幅のいい中年の作業員だった。敷地内には使用予定の建築資材が積まれており、その傍らに1台の古いショベルカーがぽつねんと佇んでいる。
「あれ、今日このユンボっすか?」
「ああ、ごめんな。他は空きがなくてな」
「こいつ、オヤッさんの変なクセがついてるから使いづらいんすよねー。ま、単純にボロいっつーのもあるんすけど」
若い作業員が文句を言いながらショベルカーに乗り込む。
「来週には新しいの来るから、それまで勘弁な」
『オヤッさん』とは彼らの先輩作業員である河野氏の愛称だ。中卒以来、現場一筋50年の大ベテランで、この現場にあるショベルカーはその河野氏が30年以上愛用していたものだった。かなりガタが来ているものの、河野氏が丁寧にメンテナンスしていたおかげで長い間現場の第一線で活躍していた。河野氏は先日めでたく定年退職し、第二の人生を謳歌している。氏の退職に合わせてこのショベルカーもお役御免となる予定だったが、新車の手配が遅れたためしばらく使われることになったのだった。
「そういやお前、祟とか信じる?」
「タタリっすか? まあ最近いろんなのがいますからタタリとか呪いとかがあってもおかしかないかなーとは思いますけど」
「実はな、この辺は古くから由緒ある土地かなんかで下手に開発すりゃヤバイんじゃねぇかって言われてんだよ……」
「いやいや、だったら更地にするまでになんかあったっしょ? こんだけ丸ハゲにされてんのになんも起こってねーならこの先なんもねーですって」
「ああ、そらそうか」
「そらそーっすわ。つーか何がタタるか知らないっすけど、これでこの先なんかあったらソイツどんだけ鈍いんだよって話っすよ」
「ははは、悪ぃ悪ぃ。えーと、ほれ」
中年の作業員が若い作業員にショベルカーのキーを投げ渡す。若い作業員は受け取ると、ショベルカーにさし、キーを回した。
●会議室にて
「ショベルカーが暴走しているとのことなので、対処お願いします」
五麟学園の事務員が会議室に集められた覚者に事件の概要を説明している。
施工途中の工事現場でショベルカーの暴走が確認された。幸い近隣に民家はなく、今のところ目撃者もいないので大きな問題にはなっていない。 作業を担当している工務店から警察に相談が入り、警察からAAAへ、そしてFiVEに話が回ってきたということらしい。
「作業員が1人、ショベルカーから降りられずにいるのでそちらの救出を最優先事項としてください」
ショベルカーは人が近づくと襲ってくるそうだが、不思議と現場の敷地からは出ず、取り残された作業員に危害を加えるということも今のところないようだった。夢見の感知もないことから当分状況が変わることはないだろう、との事だが、作業員の体力を考えると一刻も早く救出すべきだ。
「依頼元の工務店から土地神や古妖の仕業ではないかとの情報を得て調査しましたが、別段いわくつきの土地ということもなく、周辺に古妖の言い伝えらしきものもありませんでしたから、なんらかの理由でショベルカーが妖化したのだろうと思われます」
該当のショベルカーについてはもともと廃車予定だったので破壊してもかまわないとのことだが、ネックになるのはショベルカーに残された作業員だろう。
「現場付近は警察の協力で人が近づかないよう規制しています。まあ、もともと往来はほとんどないんですが……」
敵は動きの鈍い廃車寸前のショベルカー1台のみ。それだけなら特に難しい案件でもないが、取り残された作業員を傷つけないよう戦うというのはかなり厳しい条件だ。
また、別の障害もある。
「近年建築資材の価格高騰が激しいことはご存知かと思います。敷地内には貴重な建築資材が置かれておりますので可能な限り損なわないよう配慮してください」
作業員のことを考えると資材をどかす時間はない。仮に時間的な余裕があったとしても敷地に入るなりショベルカーが襲ってくるので物理的にも不可能だ。
「準備が整い次第、至急現場へ向かってください。相手は鋼鉄の重機が变化した物質系の妖です。くれぐれも油断せぬようよろしくお願いします」
ここは開発途中の住宅街。最寄り駅からは車で10分、歩いて30分。不便なようだが、車で15分ほどの距離に大型のショッピングモールがある。
一応車ありきの生活を想定しており、一戸あたりの敷地面積はやや広め。4人家族が余裕を持って生活できる家屋と、2台分の駐車スペースが出来る予定だ。
開発が進み、人が増えればいずれコンビニやスーパーなども増え、駅やショッピングモールまでのコミュニティバスなども充実してくる予定だと、開発業者は語る。
まだ簡単な整地が終わったばかりで、ならしきれていない部分があり、小石や少し大きめの石がちらほらと目につく。
2人の作業員が現場に到着した。1人は金髪で細身の若者、もう1人は恰幅のいい中年の作業員だった。敷地内には使用予定の建築資材が積まれており、その傍らに1台の古いショベルカーがぽつねんと佇んでいる。
「あれ、今日このユンボっすか?」
「ああ、ごめんな。他は空きがなくてな」
「こいつ、オヤッさんの変なクセがついてるから使いづらいんすよねー。ま、単純にボロいっつーのもあるんすけど」
若い作業員が文句を言いながらショベルカーに乗り込む。
「来週には新しいの来るから、それまで勘弁な」
『オヤッさん』とは彼らの先輩作業員である河野氏の愛称だ。中卒以来、現場一筋50年の大ベテランで、この現場にあるショベルカーはその河野氏が30年以上愛用していたものだった。かなりガタが来ているものの、河野氏が丁寧にメンテナンスしていたおかげで長い間現場の第一線で活躍していた。河野氏は先日めでたく定年退職し、第二の人生を謳歌している。氏の退職に合わせてこのショベルカーもお役御免となる予定だったが、新車の手配が遅れたためしばらく使われることになったのだった。
「そういやお前、祟とか信じる?」
「タタリっすか? まあ最近いろんなのがいますからタタリとか呪いとかがあってもおかしかないかなーとは思いますけど」
「実はな、この辺は古くから由緒ある土地かなんかで下手に開発すりゃヤバイんじゃねぇかって言われてんだよ……」
「いやいや、だったら更地にするまでになんかあったっしょ? こんだけ丸ハゲにされてんのになんも起こってねーならこの先なんもねーですって」
「ああ、そらそうか」
「そらそーっすわ。つーか何がタタるか知らないっすけど、これでこの先なんかあったらソイツどんだけ鈍いんだよって話っすよ」
「ははは、悪ぃ悪ぃ。えーと、ほれ」
中年の作業員が若い作業員にショベルカーのキーを投げ渡す。若い作業員は受け取ると、ショベルカーにさし、キーを回した。
●会議室にて
「ショベルカーが暴走しているとのことなので、対処お願いします」
五麟学園の事務員が会議室に集められた覚者に事件の概要を説明している。
施工途中の工事現場でショベルカーの暴走が確認された。幸い近隣に民家はなく、今のところ目撃者もいないので大きな問題にはなっていない。 作業を担当している工務店から警察に相談が入り、警察からAAAへ、そしてFiVEに話が回ってきたということらしい。
「作業員が1人、ショベルカーから降りられずにいるのでそちらの救出を最優先事項としてください」
ショベルカーは人が近づくと襲ってくるそうだが、不思議と現場の敷地からは出ず、取り残された作業員に危害を加えるということも今のところないようだった。夢見の感知もないことから当分状況が変わることはないだろう、との事だが、作業員の体力を考えると一刻も早く救出すべきだ。
「依頼元の工務店から土地神や古妖の仕業ではないかとの情報を得て調査しましたが、別段いわくつきの土地ということもなく、周辺に古妖の言い伝えらしきものもありませんでしたから、なんらかの理由でショベルカーが妖化したのだろうと思われます」
該当のショベルカーについてはもともと廃車予定だったので破壊してもかまわないとのことだが、ネックになるのはショベルカーに残された作業員だろう。
「現場付近は警察の協力で人が近づかないよう規制しています。まあ、もともと往来はほとんどないんですが……」
敵は動きの鈍い廃車寸前のショベルカー1台のみ。それだけなら特に難しい案件でもないが、取り残された作業員を傷つけないよう戦うというのはかなり厳しい条件だ。
また、別の障害もある。
「近年建築資材の価格高騰が激しいことはご存知かと思います。敷地内には貴重な建築資材が置かれておりますので可能な限り損なわないよう配慮してください」
作業員のことを考えると資材をどかす時間はない。仮に時間的な余裕があったとしても敷地に入るなりショベルカーが襲ってくるので物理的にも不可能だ。
「準備が整い次第、至急現場へ向かってください。相手は鋼鉄の重機が变化した物質系の妖です。くれぐれも油断せぬようよろしくお願いします」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.作業員の救出
2.ショベルカーの撃破
3.資材の損失を最小限に抑える
2.ショベルカーの撃破
3.資材の損失を最小限に抑える
簡単な整地が終わっている建築現場。
それほど足場はよくありません。
貴重な建築資材が積まれており、ショベルカーはその近くで待機中。
●エネミー
ショベルカー×1
物質系:ランク2
攻撃パターン
・通常攻撃-物近単・アームを使った基本的な攻撃
・突撃-物近単貫2・アームを伸ばした状態での突撃
・薙ぎ払い-物近列・車体を回転させアームで前列全体を攻撃
●一般人
ショベルカーの運転席に作業員が取り残されています。
他の作業員は避難済みです。
●注意
体力・防御力が高く、攻撃力もそこそこ高めです。
基本的な動きは鈍いですが、車体の回転は意外と早いです。
戦闘が長引くと作業員の体力が尽きます。
作業員は一般人ですので、覚者の攻撃を一撃でも食らうと致命傷となります。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年12月20日
2015年12月20日
■メイン参加者 6人■

●現場到着
会議室で事件の簡単な説明を受けた一行は、簡単な役割分担を決めたあと急いで装備を整え、そのままFiVEの用意した車に乗り現場へ急行した。作戦の詳細な部分は車内で打ち合わせを終え、現場に着く頃には一応の行動方針は決まっていた。あとは現場の状況と敵の動きに合わせ臨機応変に対応するしかないだろう。
現場に着くと、2人の警察官が一行を迎えた。1人はスーツ姿の若い男性。もう1人は制服姿の中年の男性だった。若いほうが所轄の刑事、中年の方は近くの交番に詰めている巡査だろう。巡査の方は簡単な挨拶を済ませると、見回りのためその場を離れた。
「あれが例のユンボです」
刑事の示した先にショベルカーが見えた。時折アームをあげたり車体を回転させたりしているのは示威行動だろうか。運転席に座る男の姿も確認できた。少し疲れているようだが、意識ははっきりしているようだ。
「もしよろしければ作戦の方を簡単に教えていただきたいのですが……。こちらも協力できることがあるかもしれませんし」
刑事の言葉は一応全員に向けられたものではあるが、視線は一行の中で唯一の大人の男性である赤祢 維摩(CL2000884)に向けられていた。このメンバー構成であれば自然なことではあるが、維摩の方は刑事を見返したまま口を動かそうとしない。
「えーと……」
刑事の視線が泳ぐ。助けを求めるよう動いた視線が次に捉えたのは維摩に次ぐ年長者であろう『裏切者』鳴神 零(CL2000669)だったが、彼女の仮面にひるみ、すぐに視線をそらしてしまう。一瞬刑事と目が合った零は何か喋らなくてはと口を開いたが、仮面のせいで刑事はそれを認識できず目をそらしてしまった。
「(仮面、外しとくんだった……)」
零は仮面の下で顔を真っ赤にしながら涙目になっていたが、刑事の目には無表情のまま立っているようにしか見えず、次に彼が助けを求めたのは、なんとなく話が通じそうだった黒髪の少女、納屋 タヱ子(CL2000019)だった。
「そうですね、まずは作業員の方を救出しようと思っています。全員が救出のために全力を注ぎ、救出後に本格的な戦闘を開始する予定ですね」
ようやくまともな答えが返って来たため、刑事は軽く胸をなでおろす。
「一応近くに救急隊員は控えさせてますので、もしユンボに襲われないところまで作業員を運んで頂ければ、我々がなんとか敷地から連れだしますよ」
「おー、それ助かる―! ねぇ赤祢さん?」
今回の作戦で維摩とともに作業員の救出にあたる工藤 奏空(CL2000955)が刑事の言葉を受け、応える。
「もともと蹴飛ばしてでも戦場から出すつもりだったから別に構わんが」
「いや、それまずいでしょ……」
「しかし、あれは自力で出られんのか?」
「え……? ああ、えーとですね、どうやらシートベルトが外れなくなっているらしいんです」
「そんなものはカッターか何かで切れば問題なかろう? 現場作業員ならそれぐらいいつでも身に着けていると思うが?」
「それがですね、手持ちのカッターやらニッパーやらでなんとか頑張ったみたいなんですが、どうやっても歯が立たないらしんです」
「ふむ、妖化で強化されたか。興味深いな……」
「しかし、作業員を引き上げるとなると僕1人じゃ厳しいかな。応援呼ばないと……」
「さっきのおじさん呼び戻せばいいじゃん」
刑事のひとりごとのような呟きに御白 小唄(CL2001173)が口を挟む。
「いや、いくら往来が少ないとはいえ一般人が入ってきたらまずいし、見回り1人ぐらいはいないと……」
主要な道路には規制線を張っているが、それでもすべてを監視できるわけではない。ちょっとした抜け道から人が来ないとも限らないのだ。
「ミラノがけっかいつかうからだいじょーぶ! だれもちかづかないよっ!」
「え? けっかいつ……?」
ククル ミラノ(CL2001142)の言葉の意味が理解できず刑事が戸惑う。
「彼女が結界を張りますので一般人は近づかなくなると思います。その辺りはお気になさらなくて結構ですよ」
「ああ、なるほど。」
タヱ子がミラノの言葉を補足し、刑事はある程度納得したようだった。
「では、そろそろ行かないと。ご協力感謝します。くれぐれも無理をなさいませんよう……」
タヱ子は刑事に軽く一礼すると、踵を返して敷地へ向かう。他のメンバーもそれに続いた。
「あ、はい、そちらもお気をつけて!」
刑事の言葉にミラノと小唄が振り返り、元気よく手を振った。
●戦闘開始
「へいへーい! ミラノはこっちだよー!」
まずはショベルカーを資材置き場から離すため、少し離れた位置におびき寄せる。ミラノは出来るだけ大きな動きでショベルカーを挑発したが、多少反応はあるもののこちらへ向かってくる様子はない。こちらからある程度近づくしかないようだ。
パーティーはすばやく陣形を整えた。
前衛に維摩・小唄・奏空、中衛にタヱ子・ミラノ・零。維摩と奏空の2人は戦闘に突入次第一旦陣をはなれ、作業員の救出へ向かう。
陣形を保ったまま少しずつ間合いを詰める。ショベルカーまであと10メートルほどのところで、キャタピラがうなりを上げショベルカーが突進してきた。伸ばしたままのアームが前衛中央の小唄を襲う。
「おそーい!」
「ひらりっ!」
小唄と、その後ろに控えていたミラノはショベルカーの突撃を難なくかわした。ショベルカーの位置が少し資材から離れる。この調子で戦いつつうまく引き付ければ資材への被害は防げそうだ。
ショベルカーの突進と同時に維摩・小唄の2人が陣を離れ左右に分かれた。事前の打ち合わせ通り、維摩が右、奏空が左に飛び出し、そのまま左右からショベルカーを挟む位置まで移動する。
タヱ子はまず蔵王で自らの能力を上げる。両腕に装備している2つの盾は「すべての攻撃を受け止める」という彼女の覚悟の現れだろう。
中衛に控えるミラノは回復をメインで行うことにしていたので、少なくとも作業員の救出作業が始まるまでは様子を見る。
小唄は当初ショベルカーのアームを抑えこむつもりだったが、先ほどの一撃をかわした際に、単独での抑えこみは困難であると悟った。他のメンバーと連携した上で、隙を見て抑えこむと決め、この場は一旦様子を見る。
零は中衛から前衛に移動し、作業員の様子を見る。疲れているようではあるが、まだしばらくは耐えられそうだ。
「大丈夫!! 今から助けるから落ち着いて。貴方は助かるよ、大丈夫」
声を上げて作業員を励ます。その声が届いたのか、若い作業員は零に向かって軽くうなずいたように見えた。
パーティーはじりじりと下がりながらショベルカーを引き付ける。少しずつではあるが戦闘区域は資材から離れつつある。ショベルカーはパーティーに引っ張られるように前進しながら、アームを振り上げ、勢い良く振り下ろした。零はその攻撃をかわしつつ、身を翻して大太刀をアームに打ち落とした。これがただのショベルカーなら難なくアームを切断出来るだけの威力があるのだが、予想通りというべきか、敵は軽くぐらついただけだった。
小唄は振り下ろされた直後のアームへ鋭刃脚を食らわせたが、あまりダメージを与えられなかった。アームの先にあるショベルはまるでゼリーかプリンでもすくい上げるかのように硬い地面を掘り起こしている。もし先ほどの突撃をかわせていなければ、と考えるとぞっとする。
パーティーの陣から左、つまりショベルカーの右側に構えている奏空は錬覇法でおのれの攻撃力をあげた。超視力で強化された彼の視線は、運転席のある一点のみを捉えている。
ショベルカーの左にいる維摩はエネミースキャンと超視力で淡々と救出の隙を伺っている。維摩、奏空とも陣からはなれているため、パーティーの補助は出来ない。
中衛で様子をうかがっていたミラノは牽制の意味でキャタピラに向けて棘一閃を放つ。キャタピラに取り付いた植物の種が急成長して勢いよく棘をだす。ダメージはあまり与えられなかったが、棘がうまくキャタピラの隙間にはまったのかショベルカーの前進が止まった。その間にタヱ子は前衛へと移動する。
「来るぞ!!」
維摩がタヱ子に向かって叫ぶ。キャタピラの回転が止まったショベルカーは、陣から離れるように車体を半回転させると、即座に反対側へ勢い良く車体を振った。伸ばしたままのアームがパーティーを薙ぎ払おうとする。
維摩の合図でアームが来る方向へ半身を開いたタヱ子は両腕で身を隠すように盾を構え腰を落とす。
「梃子でもアームでも動きません! 力比べです!」
重い金属音が響く。盾から身体へと衝撃が伝わり、全身の骨が砕けたような傷みがタヱ子を襲う。本来味方が負うべきダメージを引き受けているのだから、一撃で死んでもおかしくない攻撃だったが、2つの盾と裏地に鉄板を仕込んだ特別製のセーラ服、そして蔵王のおかげでなんとか攻撃を受けきり、痛みで意識が飛びそうになるのをギリギリで耐えた。どれか1つでも欠けていたら彼女はその場に倒れていただろう。硬い大地を踏みしめていたタヱ子の足はくるぶしのあたりまで沈んでいたが、それでも彼女は膝をつかなかった。
タヱ子に与えた衝撃の反作用でショベルカーは少しぐらついた。その隙を逃さず零は雷獣を発動。零が作りだした雷雲からショベルカーに雷が落ちる。電流は車体の表面を流れ、運転席に被害はない。もしこのショベルカーがある程度最近のものならこの一撃でCPU関連がイカれ、完全に沈黙させえたかもしれない。しかし時代遅れのアナクロなショベルカーは、多少電気系統にダメージを受けても壊れはしないのだ。
それでも雷獣によるダメージはそれなりもので、追加効果の痺れも効いているようだった。動きが鈍った隙に小唄がアームに飛びつく。
「こんのぉ! 暴れるなっ!」
痺れ効果と小唄の抑えこみで数秒だがショベルカーの動きが完全に止まる。奏空の手から飛苦無が飛ぶ。飛苦無は奏空の狙い通り、シートベルの留め具に直撃した。気合のすべてを込めた飛苦無の刃先が留め具を捉えるや、それは音を立てて砕け、作業員を捕らえていたシートベルトが外れる。
「ヴォエッ!!」
鈍いうめき声とともに作業員が奏空の方へ転がり落ちてくる。シートベルトが外れたのとほぼ同時に、維摩は運転席に躍り込み、作業員を蹴飛ばしていたのだ。実際は腰のあたりに足を添え、かるく押し出したという形だったが、はためには蹴飛ばしたようにしか見えない。維摩なりに気を使ったつもりではあったが……。
「ちょ、赤祢さん、やり過ぎ!」
「ふん」
作業員の無事を確認すると維摩はショベルカーから飛びのいた。
他のメンバーが救出作業を行っている間にミラノが樹の雫でタヱ子を回復する。
「だいじぶっ?かいふくするのっ」
「うん……、ありがとう」
途切れそうだったタヱ子の意識がなんとかつながった。しかしダメージは深く、まだ動けそうにない。
タヱ子が一旦中衛に下がる。その行動を補佐する意味で、零はもう一度雷獣を発動。小唄は雷が落ちる直前にしがみついたアームから離れ、飛びのきざまアームの根本に鋭刃脚を放つ。
「そぉれっ!コレでもくらえ!!」
手応えはあったが、それでもショベルカーに目立った変化はない。
中衛に下がったタヱ子にミラノが再び樹の雫をかける。そしてショベルカーの元を離れた維摩が陣にもどり、後衛についた。
奏空は救出した作業員を背負って刑事たちが待機している場所まで走っている。安全を考慮し、戦闘区域からはかなり離れた位置に待機してもらっていた。
「お兄さん、大丈夫? もうすぐだからね」
「……あざっす」
疲労はあるが意識ははっきりしているようだ。
「あのユンボ、壊すんすか?」
「え? うん、たぶんそうなるかな……。でも、何で急に暴れだしたんだろうね。やっぱタタリ?」
「あー、いや、どっすかね。そんなんじゃなさそうっすけど」
「じゃあ、あれかな、『俺はまだ働けるぞ―!』みたいな?」
「あ、それっすねたぶん。なんつーか、乗ってる間ずっとユンボの労働意欲みたいなのだビシビシ伝わってくるんすわ」
「(そっか。やっぱそうだったんだ)」
ならどうすればいいのだろう? 破壊せず捕獲すれば元に戻せるのだろうか? 元に戻せたとしてその後は? 何十年も相棒のよう人と働いてきたのに、これからはひとりぼっちで働かせるのか?
そうこうしているうちに刑事たちが待機している場所に到着した。救急隊員が用意していたストレッチャーに作業員を乗せる。
「あいつのこと、よろしくお願いしゃす」
「うん、頑張ってみるよ」
「君は、人を殺める道具じゃない!! もっと立派な役目があったはず!! 思い出せ。忘れたなんて言わせない」
零が続けて雷獣を発動。単に破壊目的なら己の最大火力で攻撃すればあと数回で撃破できるだろう。ただ零はこのショベルカーを破壊したくなかった。とにかく気力が尽きるまで、雷獣を連発する。
維摩が纏霧でショベルカーを弱体させる。
「動きを止めたいならエンジンを狙え。運転席の真下だ」
零の意図を汲んでか、あるいは貴重なサンプルを傷つけたくないためか、維摩が前衛に助言する。それを受けた小唄は、痺れと弱体で動きの鈍ったショベルカーのアームをかいくぐり、車体に鋭刃脚。とにかくこの戦いでは相手の動きが止まるまで蹴って蹴って蹴りまくるつもりだ。
ミラノはもう一度タヱ子に樹の雫をかける。
「ククルさん、ありがとう。もう大丈夫」
「りょーかい!」
タヱ子は再び戦闘に参加するため前衛に移動した。ただミラノ的にはもう1~2回ほど回復すべきだと思った。
零は続けて雷獣。こうなれば根比べだ。
維摩が戦之祝詞を小唄にかけ、攻撃力を補強する。それを受け、小唄が再び車体に鋭刃脚を放つ。
前衛に戻ったタヱ子は隆槍を発動。槍のように隆起した地面が真下からショベルカーのエンジンを狙ったが少しずれ、キャタピラを押し上げる形になった。傾いたショベルカーはそのままバランスを崩し倒れそうになったが、アームを地面について車体を支え、なんとか耐えた。
念のためミラノはもう一度タヱ子に樹の雫をかける。通常攻撃ならあと一撃ぐらいは耐えられる程度まで回復したようだ。
ここで作業員を運んでいた奏空が陣に戻り、後衛についた。
「止まれ……止まれ。これで、止まれえええええええええええええ!!」
零が最後の気力を振り絞って雷獣を発動。だが、ショベルカーは止まらない。小唄が続けて鋭刃脚を食らわせるがあとひと押しのところで倒せない。
雷獣の連発で気力を使い果たしたせいか、零の膝が崩れそうになる。そこへショベルカーのアームが振り下ろされた。重い金属同士がぶつかる衝撃音が響き渡る。
「タヱ子ちゃん!!」
「鳴神さん……、大丈夫?」
振り下ろされたアームをタヱ子が受け止めていた。重い攻撃ではあったがミラノの回復と維摩の弱体のおかげでなんとか耐えしのげそうだ。
「はいぱーうるとらかいふくよーいん、ミラノっ」
高らかかな声とともに樹の雫がタヱ子を癒やす。
気力が尽き、雷獣は使えない。零が太刀に手をかけようとしたところで背後から声が掛かる
「俺の気をあげるよ! あと少し! 頑張ろう!」
「ふん、休むのは終わった後だ。悠長にする暇など与えるものかよ」
維摩と奏空の填気で零の気力が回復した。
「貴方にしか出来ない事があるはず。それを忘れるな、思い出せ」
零の言葉とともにショベルカーの頭上に雷雲が立ち込める。雷が落ちるまでの僅かな間に、他のメンバーはダメ押しの総攻撃にかかる。
小唄の鋭刃脚がショベルカーの本体を襲う。ぐらついた車体の真下からタヱ子の隆槍がエンジンを直撃。ミラノの棘一閃がキャタピラで発動し、ショベルカーの動きが一瞬止まる。そこへ維摩と奏空が同時に招雷を放つ。
「この妖は、元に戻す為に戦うんだよ。一台、おいくら万円すると思ってんの!!」
轟音とともに雷が敵を貫く。
ショベルカーは完全に沈黙した。
●エピローグ
「ちぃーっす」
この金髪の若い作業員が現場に顔を出すのは1週間ぶりだった。もっと早く復帰できたのだが、社長命令で有給の自宅待機ということになっていた。
現場には見慣れた、しかし意外な顔が2つ。1つは例のショベルカー。もう1つは定年退職したはずの河野氏だった。
「あれー、オヤっさん。どしたんすか?」
「おう、こいつが迷惑かけちまったみたいだな」
「あ、いえ、大したことねっす。でもどしたんすか? 復帰っすか?」
「おう、家にいても暇でな。嘱託で再雇用っちゅうやつだ」
「でもこのユンボ、まだ使えるんすね。だいじょぶなんすか?」
「なんかよくわからん連中がよくわからん説明していったからよくわからんのだが、使っていもいいってことだけは確からしい。まぁこいつがぶっ壊れるまでしばらく付き合うわ」
「そっすか。オヤっさんがいてくれるとありがてっす」
「言っとくが、嘱託で給料下がったからしんどい作業はお前ら若い連中がやれよ!」
「うす。こいつと一緒でいま労働意欲ハンパないんで」
「なんだそりゃ」
朝礼が始まった。若い作業員の復帰や現場のお祓いをしたことの報告、その他注意事項の伝達、準備体操等々一連の流れが終わり現場責任者が作業開始の音頭を取る。
「では今日も1日、ご安全に!」
「「ご安全に!!」」
会議室で事件の簡単な説明を受けた一行は、簡単な役割分担を決めたあと急いで装備を整え、そのままFiVEの用意した車に乗り現場へ急行した。作戦の詳細な部分は車内で打ち合わせを終え、現場に着く頃には一応の行動方針は決まっていた。あとは現場の状況と敵の動きに合わせ臨機応変に対応するしかないだろう。
現場に着くと、2人の警察官が一行を迎えた。1人はスーツ姿の若い男性。もう1人は制服姿の中年の男性だった。若いほうが所轄の刑事、中年の方は近くの交番に詰めている巡査だろう。巡査の方は簡単な挨拶を済ませると、見回りのためその場を離れた。
「あれが例のユンボです」
刑事の示した先にショベルカーが見えた。時折アームをあげたり車体を回転させたりしているのは示威行動だろうか。運転席に座る男の姿も確認できた。少し疲れているようだが、意識ははっきりしているようだ。
「もしよろしければ作戦の方を簡単に教えていただきたいのですが……。こちらも協力できることがあるかもしれませんし」
刑事の言葉は一応全員に向けられたものではあるが、視線は一行の中で唯一の大人の男性である赤祢 維摩(CL2000884)に向けられていた。このメンバー構成であれば自然なことではあるが、維摩の方は刑事を見返したまま口を動かそうとしない。
「えーと……」
刑事の視線が泳ぐ。助けを求めるよう動いた視線が次に捉えたのは維摩に次ぐ年長者であろう『裏切者』鳴神 零(CL2000669)だったが、彼女の仮面にひるみ、すぐに視線をそらしてしまう。一瞬刑事と目が合った零は何か喋らなくてはと口を開いたが、仮面のせいで刑事はそれを認識できず目をそらしてしまった。
「(仮面、外しとくんだった……)」
零は仮面の下で顔を真っ赤にしながら涙目になっていたが、刑事の目には無表情のまま立っているようにしか見えず、次に彼が助けを求めたのは、なんとなく話が通じそうだった黒髪の少女、納屋 タヱ子(CL2000019)だった。
「そうですね、まずは作業員の方を救出しようと思っています。全員が救出のために全力を注ぎ、救出後に本格的な戦闘を開始する予定ですね」
ようやくまともな答えが返って来たため、刑事は軽く胸をなでおろす。
「一応近くに救急隊員は控えさせてますので、もしユンボに襲われないところまで作業員を運んで頂ければ、我々がなんとか敷地から連れだしますよ」
「おー、それ助かる―! ねぇ赤祢さん?」
今回の作戦で維摩とともに作業員の救出にあたる工藤 奏空(CL2000955)が刑事の言葉を受け、応える。
「もともと蹴飛ばしてでも戦場から出すつもりだったから別に構わんが」
「いや、それまずいでしょ……」
「しかし、あれは自力で出られんのか?」
「え……? ああ、えーとですね、どうやらシートベルトが外れなくなっているらしいんです」
「そんなものはカッターか何かで切れば問題なかろう? 現場作業員ならそれぐらいいつでも身に着けていると思うが?」
「それがですね、手持ちのカッターやらニッパーやらでなんとか頑張ったみたいなんですが、どうやっても歯が立たないらしんです」
「ふむ、妖化で強化されたか。興味深いな……」
「しかし、作業員を引き上げるとなると僕1人じゃ厳しいかな。応援呼ばないと……」
「さっきのおじさん呼び戻せばいいじゃん」
刑事のひとりごとのような呟きに御白 小唄(CL2001173)が口を挟む。
「いや、いくら往来が少ないとはいえ一般人が入ってきたらまずいし、見回り1人ぐらいはいないと……」
主要な道路には規制線を張っているが、それでもすべてを監視できるわけではない。ちょっとした抜け道から人が来ないとも限らないのだ。
「ミラノがけっかいつかうからだいじょーぶ! だれもちかづかないよっ!」
「え? けっかいつ……?」
ククル ミラノ(CL2001142)の言葉の意味が理解できず刑事が戸惑う。
「彼女が結界を張りますので一般人は近づかなくなると思います。その辺りはお気になさらなくて結構ですよ」
「ああ、なるほど。」
タヱ子がミラノの言葉を補足し、刑事はある程度納得したようだった。
「では、そろそろ行かないと。ご協力感謝します。くれぐれも無理をなさいませんよう……」
タヱ子は刑事に軽く一礼すると、踵を返して敷地へ向かう。他のメンバーもそれに続いた。
「あ、はい、そちらもお気をつけて!」
刑事の言葉にミラノと小唄が振り返り、元気よく手を振った。
●戦闘開始
「へいへーい! ミラノはこっちだよー!」
まずはショベルカーを資材置き場から離すため、少し離れた位置におびき寄せる。ミラノは出来るだけ大きな動きでショベルカーを挑発したが、多少反応はあるもののこちらへ向かってくる様子はない。こちらからある程度近づくしかないようだ。
パーティーはすばやく陣形を整えた。
前衛に維摩・小唄・奏空、中衛にタヱ子・ミラノ・零。維摩と奏空の2人は戦闘に突入次第一旦陣をはなれ、作業員の救出へ向かう。
陣形を保ったまま少しずつ間合いを詰める。ショベルカーまであと10メートルほどのところで、キャタピラがうなりを上げショベルカーが突進してきた。伸ばしたままのアームが前衛中央の小唄を襲う。
「おそーい!」
「ひらりっ!」
小唄と、その後ろに控えていたミラノはショベルカーの突撃を難なくかわした。ショベルカーの位置が少し資材から離れる。この調子で戦いつつうまく引き付ければ資材への被害は防げそうだ。
ショベルカーの突進と同時に維摩・小唄の2人が陣を離れ左右に分かれた。事前の打ち合わせ通り、維摩が右、奏空が左に飛び出し、そのまま左右からショベルカーを挟む位置まで移動する。
タヱ子はまず蔵王で自らの能力を上げる。両腕に装備している2つの盾は「すべての攻撃を受け止める」という彼女の覚悟の現れだろう。
中衛に控えるミラノは回復をメインで行うことにしていたので、少なくとも作業員の救出作業が始まるまでは様子を見る。
小唄は当初ショベルカーのアームを抑えこむつもりだったが、先ほどの一撃をかわした際に、単独での抑えこみは困難であると悟った。他のメンバーと連携した上で、隙を見て抑えこむと決め、この場は一旦様子を見る。
零は中衛から前衛に移動し、作業員の様子を見る。疲れているようではあるが、まだしばらくは耐えられそうだ。
「大丈夫!! 今から助けるから落ち着いて。貴方は助かるよ、大丈夫」
声を上げて作業員を励ます。その声が届いたのか、若い作業員は零に向かって軽くうなずいたように見えた。
パーティーはじりじりと下がりながらショベルカーを引き付ける。少しずつではあるが戦闘区域は資材から離れつつある。ショベルカーはパーティーに引っ張られるように前進しながら、アームを振り上げ、勢い良く振り下ろした。零はその攻撃をかわしつつ、身を翻して大太刀をアームに打ち落とした。これがただのショベルカーなら難なくアームを切断出来るだけの威力があるのだが、予想通りというべきか、敵は軽くぐらついただけだった。
小唄は振り下ろされた直後のアームへ鋭刃脚を食らわせたが、あまりダメージを与えられなかった。アームの先にあるショベルはまるでゼリーかプリンでもすくい上げるかのように硬い地面を掘り起こしている。もし先ほどの突撃をかわせていなければ、と考えるとぞっとする。
パーティーの陣から左、つまりショベルカーの右側に構えている奏空は錬覇法でおのれの攻撃力をあげた。超視力で強化された彼の視線は、運転席のある一点のみを捉えている。
ショベルカーの左にいる維摩はエネミースキャンと超視力で淡々と救出の隙を伺っている。維摩、奏空とも陣からはなれているため、パーティーの補助は出来ない。
中衛で様子をうかがっていたミラノは牽制の意味でキャタピラに向けて棘一閃を放つ。キャタピラに取り付いた植物の種が急成長して勢いよく棘をだす。ダメージはあまり与えられなかったが、棘がうまくキャタピラの隙間にはまったのかショベルカーの前進が止まった。その間にタヱ子は前衛へと移動する。
「来るぞ!!」
維摩がタヱ子に向かって叫ぶ。キャタピラの回転が止まったショベルカーは、陣から離れるように車体を半回転させると、即座に反対側へ勢い良く車体を振った。伸ばしたままのアームがパーティーを薙ぎ払おうとする。
維摩の合図でアームが来る方向へ半身を開いたタヱ子は両腕で身を隠すように盾を構え腰を落とす。
「梃子でもアームでも動きません! 力比べです!」
重い金属音が響く。盾から身体へと衝撃が伝わり、全身の骨が砕けたような傷みがタヱ子を襲う。本来味方が負うべきダメージを引き受けているのだから、一撃で死んでもおかしくない攻撃だったが、2つの盾と裏地に鉄板を仕込んだ特別製のセーラ服、そして蔵王のおかげでなんとか攻撃を受けきり、痛みで意識が飛びそうになるのをギリギリで耐えた。どれか1つでも欠けていたら彼女はその場に倒れていただろう。硬い大地を踏みしめていたタヱ子の足はくるぶしのあたりまで沈んでいたが、それでも彼女は膝をつかなかった。
タヱ子に与えた衝撃の反作用でショベルカーは少しぐらついた。その隙を逃さず零は雷獣を発動。零が作りだした雷雲からショベルカーに雷が落ちる。電流は車体の表面を流れ、運転席に被害はない。もしこのショベルカーがある程度最近のものならこの一撃でCPU関連がイカれ、完全に沈黙させえたかもしれない。しかし時代遅れのアナクロなショベルカーは、多少電気系統にダメージを受けても壊れはしないのだ。
それでも雷獣によるダメージはそれなりもので、追加効果の痺れも効いているようだった。動きが鈍った隙に小唄がアームに飛びつく。
「こんのぉ! 暴れるなっ!」
痺れ効果と小唄の抑えこみで数秒だがショベルカーの動きが完全に止まる。奏空の手から飛苦無が飛ぶ。飛苦無は奏空の狙い通り、シートベルの留め具に直撃した。気合のすべてを込めた飛苦無の刃先が留め具を捉えるや、それは音を立てて砕け、作業員を捕らえていたシートベルトが外れる。
「ヴォエッ!!」
鈍いうめき声とともに作業員が奏空の方へ転がり落ちてくる。シートベルトが外れたのとほぼ同時に、維摩は運転席に躍り込み、作業員を蹴飛ばしていたのだ。実際は腰のあたりに足を添え、かるく押し出したという形だったが、はためには蹴飛ばしたようにしか見えない。維摩なりに気を使ったつもりではあったが……。
「ちょ、赤祢さん、やり過ぎ!」
「ふん」
作業員の無事を確認すると維摩はショベルカーから飛びのいた。
他のメンバーが救出作業を行っている間にミラノが樹の雫でタヱ子を回復する。
「だいじぶっ?かいふくするのっ」
「うん……、ありがとう」
途切れそうだったタヱ子の意識がなんとかつながった。しかしダメージは深く、まだ動けそうにない。
タヱ子が一旦中衛に下がる。その行動を補佐する意味で、零はもう一度雷獣を発動。小唄は雷が落ちる直前にしがみついたアームから離れ、飛びのきざまアームの根本に鋭刃脚を放つ。
「そぉれっ!コレでもくらえ!!」
手応えはあったが、それでもショベルカーに目立った変化はない。
中衛に下がったタヱ子にミラノが再び樹の雫をかける。そしてショベルカーの元を離れた維摩が陣にもどり、後衛についた。
奏空は救出した作業員を背負って刑事たちが待機している場所まで走っている。安全を考慮し、戦闘区域からはかなり離れた位置に待機してもらっていた。
「お兄さん、大丈夫? もうすぐだからね」
「……あざっす」
疲労はあるが意識ははっきりしているようだ。
「あのユンボ、壊すんすか?」
「え? うん、たぶんそうなるかな……。でも、何で急に暴れだしたんだろうね。やっぱタタリ?」
「あー、いや、どっすかね。そんなんじゃなさそうっすけど」
「じゃあ、あれかな、『俺はまだ働けるぞ―!』みたいな?」
「あ、それっすねたぶん。なんつーか、乗ってる間ずっとユンボの労働意欲みたいなのだビシビシ伝わってくるんすわ」
「(そっか。やっぱそうだったんだ)」
ならどうすればいいのだろう? 破壊せず捕獲すれば元に戻せるのだろうか? 元に戻せたとしてその後は? 何十年も相棒のよう人と働いてきたのに、これからはひとりぼっちで働かせるのか?
そうこうしているうちに刑事たちが待機している場所に到着した。救急隊員が用意していたストレッチャーに作業員を乗せる。
「あいつのこと、よろしくお願いしゃす」
「うん、頑張ってみるよ」
「君は、人を殺める道具じゃない!! もっと立派な役目があったはず!! 思い出せ。忘れたなんて言わせない」
零が続けて雷獣を発動。単に破壊目的なら己の最大火力で攻撃すればあと数回で撃破できるだろう。ただ零はこのショベルカーを破壊したくなかった。とにかく気力が尽きるまで、雷獣を連発する。
維摩が纏霧でショベルカーを弱体させる。
「動きを止めたいならエンジンを狙え。運転席の真下だ」
零の意図を汲んでか、あるいは貴重なサンプルを傷つけたくないためか、維摩が前衛に助言する。それを受けた小唄は、痺れと弱体で動きの鈍ったショベルカーのアームをかいくぐり、車体に鋭刃脚。とにかくこの戦いでは相手の動きが止まるまで蹴って蹴って蹴りまくるつもりだ。
ミラノはもう一度タヱ子に樹の雫をかける。
「ククルさん、ありがとう。もう大丈夫」
「りょーかい!」
タヱ子は再び戦闘に参加するため前衛に移動した。ただミラノ的にはもう1~2回ほど回復すべきだと思った。
零は続けて雷獣。こうなれば根比べだ。
維摩が戦之祝詞を小唄にかけ、攻撃力を補強する。それを受け、小唄が再び車体に鋭刃脚を放つ。
前衛に戻ったタヱ子は隆槍を発動。槍のように隆起した地面が真下からショベルカーのエンジンを狙ったが少しずれ、キャタピラを押し上げる形になった。傾いたショベルカーはそのままバランスを崩し倒れそうになったが、アームを地面について車体を支え、なんとか耐えた。
念のためミラノはもう一度タヱ子に樹の雫をかける。通常攻撃ならあと一撃ぐらいは耐えられる程度まで回復したようだ。
ここで作業員を運んでいた奏空が陣に戻り、後衛についた。
「止まれ……止まれ。これで、止まれえええええええええええええ!!」
零が最後の気力を振り絞って雷獣を発動。だが、ショベルカーは止まらない。小唄が続けて鋭刃脚を食らわせるがあとひと押しのところで倒せない。
雷獣の連発で気力を使い果たしたせいか、零の膝が崩れそうになる。そこへショベルカーのアームが振り下ろされた。重い金属同士がぶつかる衝撃音が響き渡る。
「タヱ子ちゃん!!」
「鳴神さん……、大丈夫?」
振り下ろされたアームをタヱ子が受け止めていた。重い攻撃ではあったがミラノの回復と維摩の弱体のおかげでなんとか耐えしのげそうだ。
「はいぱーうるとらかいふくよーいん、ミラノっ」
高らかかな声とともに樹の雫がタヱ子を癒やす。
気力が尽き、雷獣は使えない。零が太刀に手をかけようとしたところで背後から声が掛かる
「俺の気をあげるよ! あと少し! 頑張ろう!」
「ふん、休むのは終わった後だ。悠長にする暇など与えるものかよ」
維摩と奏空の填気で零の気力が回復した。
「貴方にしか出来ない事があるはず。それを忘れるな、思い出せ」
零の言葉とともにショベルカーの頭上に雷雲が立ち込める。雷が落ちるまでの僅かな間に、他のメンバーはダメ押しの総攻撃にかかる。
小唄の鋭刃脚がショベルカーの本体を襲う。ぐらついた車体の真下からタヱ子の隆槍がエンジンを直撃。ミラノの棘一閃がキャタピラで発動し、ショベルカーの動きが一瞬止まる。そこへ維摩と奏空が同時に招雷を放つ。
「この妖は、元に戻す為に戦うんだよ。一台、おいくら万円すると思ってんの!!」
轟音とともに雷が敵を貫く。
ショベルカーは完全に沈黙した。
●エピローグ
「ちぃーっす」
この金髪の若い作業員が現場に顔を出すのは1週間ぶりだった。もっと早く復帰できたのだが、社長命令で有給の自宅待機ということになっていた。
現場には見慣れた、しかし意外な顔が2つ。1つは例のショベルカー。もう1つは定年退職したはずの河野氏だった。
「あれー、オヤっさん。どしたんすか?」
「おう、こいつが迷惑かけちまったみたいだな」
「あ、いえ、大したことねっす。でもどしたんすか? 復帰っすか?」
「おう、家にいても暇でな。嘱託で再雇用っちゅうやつだ」
「でもこのユンボ、まだ使えるんすね。だいじょぶなんすか?」
「なんかよくわからん連中がよくわからん説明していったからよくわからんのだが、使っていもいいってことだけは確からしい。まぁこいつがぶっ壊れるまでしばらく付き合うわ」
「そっすか。オヤっさんがいてくれるとありがてっす」
「言っとくが、嘱託で給料下がったからしんどい作業はお前ら若い連中がやれよ!」
「うす。こいつと一緒でいま労働意欲ハンパないんで」
「なんだそりゃ」
朝礼が始まった。若い作業員の復帰や現場のお祓いをしたことの報告、その他注意事項の伝達、準備体操等々一連の流れが終わり現場責任者が作業開始の音頭を取る。
「では今日も1日、ご安全に!」
「「ご安全に!!」」
