《真なる狩人》或いは、犬神、夜闇の疾走。
●夜鳴く声は、古妖の雄叫び
滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群。物影に仕掛けられた監視カメラや、通行人を装った古妖狩人達の姿が見える。
ここ最近、活動を活発にしてきたある組織の本拠地ゆえの警戒網。見慣れぬ者が足を踏み入れれば、即座に警備隊が駆け付け、行動を監視するだろう。
また、狩人達の他に古妖の姿も確認できる。
暴力を好み、狩人達に協力する古妖もいれば、捉えられ無理矢理に使役される古妖もいる。そのせいか、この辺りには、どこか浮世離れした不気味な空気が満ちていた。
ふしゅる、と物影で1匹の古妖が吐息を零す。
人に似た体躯と、長い手足。その顔は、犬か狼のようだ。瞳に正気の色はない。着用している衣服は狩人達と同じものだが、全身をごわごわとした獣毛に覆われている。
犬神。或いは、犬神憑きと呼ばれる古妖だ。
人にとり憑く性質を持ち、とり憑かれた者は正気を失い獣と化す。彼も、元々は古妖狩人の一員だったのかもしれない。
ふしゅる、と再度吐息を吐き出し、鼻を動かす。犬神の近くに控えていた数名の狩人達は、その様子を見て銃を構えた。
犬神の口が、にやりと笑みの形に歪む。
こうやって、犬神が笑う夜は決まってここに侵入者が現れた時だと、狩人達は知っていた。
●作戦開始
「やっほー! ここ最近、頻発してた古妖狩人達の事件だけど、大きな動きがあったよ。皆があちこちで集めてくれた情報とかその他色々合わさった結果、その本拠地を特定できたのっ♪」
久方 万里(nCL2000005)が告げた場所は、滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群だった。モニターに映った映像から見るに、時刻は夜。暗い夜闇の中に浮かび上がる、無機質な工場のシルエットは、威圧感を感じさせる。
「遮蔽物が多く、視界が悪いね。光源を用意すると狩人達に発見される恐れがあるから要注意ねっ♪」
大規模な作戦になる。今回、万里の告げた任務の内容は工場周辺を周回する、見張り役との交戦である。
工場へと突入する仲間のサポート、というわけだ。
「皆が担当する場所は、近くに光源はないから真っ暗だよ。条件は狩人たちも同じだけど、向こうには犬神がいるから、鋭い嗅覚でこっちの居場所を探し出して、襲ってくるみたいね」
遮蔽物が多く、背の低い工場が多いのも特徴だ。
犬神が侵入者を発見してくれるからだろうか、狩人の人数は7名と少ない。
武器も、機関銃とナイフ程度しか携帯していない。僅かでも傷を付けることができれば、血の臭いを追て、犬神が追跡してくれるからだ。
「犬神は非常に好戦的で、動きも速いけど、知性に欠けるのが特徴だね。二連撃、流血、ノックバックの状態異常には注意だね」
工場地帯の地形に詳しい狩人達は、車や重機などを使ってこちらを追いかけて来たり、道を塞いだり、という行動をとることもあるだろう。
できるだけ混乱を大きくし、工場内へと突入する仲間のサポート、そして狩人や犬神の殲滅が今回の任務の目的だ。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。無事に帰って来てね」
いつになくまじめな顔をして、万里は皆に、そう告げた。
滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群。物影に仕掛けられた監視カメラや、通行人を装った古妖狩人達の姿が見える。
ここ最近、活動を活発にしてきたある組織の本拠地ゆえの警戒網。見慣れぬ者が足を踏み入れれば、即座に警備隊が駆け付け、行動を監視するだろう。
また、狩人達の他に古妖の姿も確認できる。
暴力を好み、狩人達に協力する古妖もいれば、捉えられ無理矢理に使役される古妖もいる。そのせいか、この辺りには、どこか浮世離れした不気味な空気が満ちていた。
ふしゅる、と物影で1匹の古妖が吐息を零す。
人に似た体躯と、長い手足。その顔は、犬か狼のようだ。瞳に正気の色はない。着用している衣服は狩人達と同じものだが、全身をごわごわとした獣毛に覆われている。
犬神。或いは、犬神憑きと呼ばれる古妖だ。
人にとり憑く性質を持ち、とり憑かれた者は正気を失い獣と化す。彼も、元々は古妖狩人の一員だったのかもしれない。
ふしゅる、と再度吐息を吐き出し、鼻を動かす。犬神の近くに控えていた数名の狩人達は、その様子を見て銃を構えた。
犬神の口が、にやりと笑みの形に歪む。
こうやって、犬神が笑う夜は決まってここに侵入者が現れた時だと、狩人達は知っていた。
●作戦開始
「やっほー! ここ最近、頻発してた古妖狩人達の事件だけど、大きな動きがあったよ。皆があちこちで集めてくれた情報とかその他色々合わさった結果、その本拠地を特定できたのっ♪」
久方 万里(nCL2000005)が告げた場所は、滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群だった。モニターに映った映像から見るに、時刻は夜。暗い夜闇の中に浮かび上がる、無機質な工場のシルエットは、威圧感を感じさせる。
「遮蔽物が多く、視界が悪いね。光源を用意すると狩人達に発見される恐れがあるから要注意ねっ♪」
大規模な作戦になる。今回、万里の告げた任務の内容は工場周辺を周回する、見張り役との交戦である。
工場へと突入する仲間のサポート、というわけだ。
「皆が担当する場所は、近くに光源はないから真っ暗だよ。条件は狩人たちも同じだけど、向こうには犬神がいるから、鋭い嗅覚でこっちの居場所を探し出して、襲ってくるみたいね」
遮蔽物が多く、背の低い工場が多いのも特徴だ。
犬神が侵入者を発見してくれるからだろうか、狩人の人数は7名と少ない。
武器も、機関銃とナイフ程度しか携帯していない。僅かでも傷を付けることができれば、血の臭いを追て、犬神が追跡してくれるからだ。
「犬神は非常に好戦的で、動きも速いけど、知性に欠けるのが特徴だね。二連撃、流血、ノックバックの状態異常には注意だね」
工場地帯の地形に詳しい狩人達は、車や重機などを使ってこちらを追いかけて来たり、道を塞いだり、という行動をとることもあるだろう。
できるだけ混乱を大きくし、工場内へと突入する仲間のサポート、そして狩人や犬神の殲滅が今回の任務の目的だ。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。無事に帰って来てね」
いつになくまじめな顔をして、万里は皆に、そう告げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖、古妖狩人の全滅
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の任務は、古妖狩人達との決戦です。
場所は夜中の工場地帯。
ターゲットは7名の狩人と、古妖(犬神)が1体です。
それでは以下詳細。
●場所
時刻は夜。琵琶湖湖畔近くにある工場群。遮蔽物が多く、背の低い工場が多い。
車や重機が止められているのが確認できる。車庫や倉庫のような場所が近くにあるのかもしれない。
近くに光源はなく、辺りは闇に包まれている。
頼りになるのは、ごく僅かな月明りのみ。同士打ちに要注意。
●ターゲット
古妖(犬神)
背の高い半人半獣の古妖。鋭い爪と、嗅覚を備えている。
動きが速く、攻撃力も高いが知能は低い。
鼻が効くため、暗闇での戦闘でも不自由しないようだ。
【狂犬爪】→物近単[二連][流血]
鋭い爪による斬撃。首や顔を狙ってくる傾向にある。
【猛犬疾駆】→物遠貫2[流血][ノックB]
爪や牙による斬撃を交えた突進。一瞬で間合いを詰めてくるので要注意。
古妖狩人×7
犬神を先行させ、自分達は工場内の通話機で連絡を取りながら2、3のチームに別れて行動する。
訓練によるものか、或いは慣れか、比較的夜目が効くようだ。
軽装なので、移動速度は速い。また、車や重機の操縦に長けている。
【ナイフ】→物近単〔出血〕
刃渡りの長いナイフ。
【機関銃】→物遠列 [解除]
威力の高い弾丸を使用しているようだ。
(2015.12.13)詳細説明にて不備がございましたので修正が行われました。
誤)
古妖狩人×7
犬神を先行させ、自分達は無線で連絡を取りながら2、3のチームに別れて行動する。
正)
古妖狩人×7
犬神を先行させ、自分達は工場内の通話機で連絡を取りながら2、3のチームに別れて行動する。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月22日
2015年12月22日
■メイン参加者 8人■

●犬神陽動作戦始動
建物に遮られ、月の光も届かない工場地帯の一角。物影に身を潜め、ぐるる、と唸る獣が1匹。傍に控えるのは、武装した数名の男。銃を構えて、警戒の体勢を整える。
こうして、獣が唸る夜は、決まって招かれざる侵入者が現れる。
「おら、狩りの時間だ」
男の1人が獣……、犬神の拘束を外す。待ちかねた、と言わんばかりに犬神は長い四肢で地面を蹴って、闇の中へと駆け出した。
「来るかな……?」
暗視を駆使して、暗闇の中に目を向ける宮神 早紀(CL2000353)はそう呟いた。臭いに敏感な犬神が相手だ。工場地帯に踏み込んだ時点で、居場所はすでにばれているだろう。あとはこちらの作戦通りに相手が動いてくれるかどうかが問題だ。
「とりあえず遭遇するまで片っ端から車や重機のライトを付けるよっ」
早紀と組んで行動している大島 天十里(CL2000303)が、近くに止まっていた軽トラックのドアを開ける。ハンドルの横に、車の鍵がぶら下がっているのを発見し、よし、と小さくガッツポーズをとった。
鍵穴に鍵を差し込み、エンジンを始動させる。ライトを点灯させ、車から飛び降りる。早紀も同じように、近くに止まっていた車のライトを付けているのが見える。
次の車に移動する前に、炎を纏わせた鉄鎖の一撃で、前輪を一つパンクさせた。
「やれやれ、やっとこ迷惑な連中をはっきり懲らしめられるチャンスが来たってわけね」
トラックの屋根の上に身を隠し『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は肩に乗った守護使役の頭を撫でる。彼女の守護使役(参堕兎陰弩轟)の能力で、物音を消して姿を隠しているのである。
向かい側の工場屋根には『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)の姿がある。瑠璃の隣では、守護使役の(ドゥ―)がしきりに飛び跳ねていた。どうやらターゲットの接近を嗅ぎつけ、騒いでいるらしい。
「相手は、夜目が利くわけじゃない。暗闇に慣れているだけだ。慣れているのと、ハッキリと見えているのとじゃ全然違う」
暗視のスキルを使えば、ある程度暗闇の中でも自由に物が見える。
居たぞ、と瑠璃が呟いた。
瑠璃の視線の先、建物の影に狩人の姿があった。
●暗闇の中、犬神憑きと狩人
「天が知る地が知る人知れずっ。狩人退治のお時間ですねっ」
とうっ、と掛け声を一つ。覚醒爆光による閃光に包まれた『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が犬神の前に跳び下りる。球体関節人形のような身体に、鋼の手甲を装備し正義のヒーローのようにポーズを決める。
足を止めた犬神は、突然の閃光に目に驚いたのか身を低くし警戒態勢。
「あ、あら? 外しちゃったかなっ?」
「理解できてないように、見える、けど……。工場突入のサポートする、の、ね」
辺りに停車されたトラックやダンプカー、フォークリフトのライトが灯る。車両の中から、仲間達が降りてくる。光源の足りない工場地帯の夜間戦闘。わざわざ相手の有利な条件で戦ってやる必要はない。
ここだけでない。他にも、鍵の付いていた車のライトを、片っ端から点灯させて光源は確保している。
さらに……。
ざばっ、と手に持った芳香剤の中身を地面や壁にぶちまけながら桂木・日那乃(CL2000941)が地上に降り立つ。後衛に位置する彼女の足元には、他にも無数の血液パックや芳香剤の袋が積み上げられている。
臭いに敏感な犬神の行動を阻害する為の作戦である。
「皆さん、絶対に勝ちましょうっ!」
離宮院・太郎丸(CL2000131)の周囲から、濃霧が立ち昇る。濃霧は、じわじわと地面を這うように範囲を広げ、犬神の身体に纏わり付いた。
「じゃあ、行くよっ!」
タン、っと小気味の良い音が一つ。地面を蹴って、御白 小唄(CL2001173)は弾丸のように駆け出した。
急な閃光と、芳香剤の強い香りに顔を覆ってくしゃみしていた犬神だが、獣の勘というべきか反応は早い。鋭い爪を振り回し、接近してくる小唄を牽制。
大きく背後に跳び退り、日那乃の放った水弾を回避する。
そのまま壁を蹴って、方向転換&急加速。小唄に続いて駆け出した浅葱の胸に打撃を叩きこみ、そのまま太郎丸へと跳びかかる。
「どこを見てる!お前の相手は僕だっ!!」
「犬神はかなりの強敵のようです!」
背後から殴りかかる小唄と、太郎丸の放った落雷が、犬神の身体を打ち抜いた。
足音を消して、トラックの屋根から屋根へと跳び移る雷鳥。
車のライトの光の中に、一瞬横切る影を見て、狩人達が視線を上げるが、その時にはすでに雷鳥の姿はそこにはない。警戒し、銃を構えた狩人達の背後に、雷鳥が着地する。
「犬神とのスピード勝負は、野暮なギャラリーがいなくなってからってことで」
重いランスの連撃が、狩人達を襲う。
背後を取られ、混乱の最中にある狩人達はまともに迎撃することもできない。奇襲作戦の第一段階は成功だ。
「こっちの動きに完全に対応される前に、利点を生かして、手早く片づける」
見慣れない形状の大鎌を大きく引いた構えから、素早く駆け出し足元を払うような一閃。瑠璃の斬撃を避けるため、先頭に立っていた狩人が数歩後退する。背後に居た仲間にぶつかって、縺れあうように倒れ込んだ。
奇妙な形状の武器に戸惑う狩人達は3名。犬神の嗅覚に頼ってはいるものの、彼らは彼らでチームに分かれ、警戒体勢を敷いているようだ。
各所で戦闘が始まった。工場地帯のあちこちで、古妖狩人達と、F.i.V.E.の戦いが激化していく。飛び交う弾丸、怒号と悲鳴。
マズルフラッシュと弾丸に追われ、トラックの影に駆け込む影が2つ。天十里と早紀だ。
「ト、トンファーじゃあ近づかないと……当たらない」
「ライト付けてる間に、先に見つかっちゃったな」
肩を押さえ、荒い呼吸を繰り返す早紀の止血をしながら、天十里は深い溜め息を零した。
相手は2人。断続的に威嚇射撃を繰り返しながら、距離を詰めてくる。
天十里の両腕に巻いた鎖が、じゃらりと鳴った。
一瞬、姿が見えたのは2人の少女のようだった。何故こんな場所、こんな夜中に少女が、なんて疑問は今更思い浮かばない。今まで、何度も彼女達のような年端もいかない連中に、古妖の捕獲を邪魔されて来たのだ。
恨みはない。こちらも任務。向こうも恐らくは、仕事で来ているのだろう。
ならばこそ。
ここで命を落としても、文句はない筈だ。ハンドサインで合図を出して、2人の狩人はトラックの両側へと散開。カウントをとって、一斉にトラックの裏へと回り込んだ。
人影を視認すると同時に、機関銃の引き金を引く。対面に位置する仲間を誤射しないように、細心の注意を払っての射撃。先ほどまでの威嚇射撃とは違う。
明確な殺意を込めた銃撃だ。
射線に晒された少女は、悲鳴を上げながらトンファーを回す。銃弾を、素早い動きで回避しているがそう長くは持たないだろう。
『待て! 1人足りないぞ!』
そう叫んだのはどちらだっただろうか。
『もう1人、小娘が居た筈だ!』
「そのとーり。でも、小娘じゃないんだ」
トラックの下から、滑るように現れた天十里が素早く両の腕を振るう。真下から跳ね上げるような鎖の連撃が、狩人の顎を打ち抜いた。
肩や脇腹を押さえ、蹲る早紀を守るように気を失った狩人の頭部を蹴って天十里が跳ぶ。
「ステルスを使って、奇襲するのもいいな!」
五色の彩で強化した身体能力を持ってすれば、僅か数メートルなどものの距離ではない。炎を纏った鎖が、機関銃ごと狩人を締めあげる。
ギシ、と全身の骨の軋む音。機関銃が地面に落ちる。
血を吐きながら、早紀は立ち上がりトンファーの一撃をもって残った狩人の意識を刈り取った。
「だ、大丈夫?」
早紀の肩を支え、その場から移動を開始する天十里。
その時だ。
『見つけたぞ! 侵入者!』
曲がり角の向こうから、エンジン音と共に現れたのは一台のジープ。
「うそ……」
「しまった。追いつかれた」
窓から半身を乗り出した狩人が、機関銃を乱射する。
瑠璃の鎌で足元を薙ぎ払われ、体勢を崩した狩人の腹部を雷鳥のランスが突き刺した。防弾チョッキを着込んでいるが、至近距離から放たれたランスを防ぎきれるものではない。命こそ取りとめるだろうが、暫くは満足に動けないだろう。
最後に残った狩人は、機関銃を投げ捨てて工場の中へと逃げこんで行く。
真っ先に工場へ跳び込んだ雷鳥が、狩人の前へ回り込む。「ちっ」と小さな舌打ちを一つ。構えたナイフを、鋭い足刀で蹴り砕いた。
「ドゥ―も無反応だし、工場の中に他に誰かいるわけでもないのか」
ただ逃げこんだだけ? と首を傾げて鎌を一閃。峰打ちで、狩人の意識を奪う。
「これじゃないの?」
気絶した狩人をそのままに、雷鳥は壁に掛けられた通信機へと歩み寄った。受話器を手に取り、耳に当てた。数回のコールの後、ガチャリと音がしてノイズ混じりの声が聞こえる。
『A斑か? そっちはどうだ? こちらは2名やられたが、どうにか使える車を見つけた。少女が2人入り込んでいたがどうにか殲滅したぞ』
「……………そうかい。場所は?」
『あ? 誰だ、お前?』
「アタシか? アタシは風祭雷鳥、トロイ奴には興味ないんでヨロシク」
ランスの一撃で、通信機を砕いた雷鳥が踵を返す。
「ドゥ―。索敵再会。天十里と早紀を探そう」
大鎌を肩に担ぎなおし、瑠璃は言う。瑠璃の肩から飛び降りた守護使役が鼻を鳴らして駆け出した。
打ち出された弓矢か弾丸か。目にも止まらぬ高速移動で間合いを詰めた犬神は、浅葱と小唄の2人を纏めて切り裂き、弾き飛ばした。
犬神の身体には無数の切傷や火傷。狂気の色に染まった瞳には、4人の獲物。鋭い爪には血肉がこびり付いている。
はぁはぁ、と荒い獣の呼吸。弾き飛ばされた2人を援護するように太郎丸は雷を呼び出す。
犬神目がけた落雷は、しかしあっさりと回避され逆に太郎丸の懐へ犬神が潜り込んだ。両手の爪は地面に喰い込んでいる。だが犬神は、口を大きく開けたまま、太郎丸の喉目がけて喰らい付いた。
「ぐっ……。とにかく犬神をこの場に押さえこむ事が第一です」
犬神の眼前に片腕を晒すことで、喉に喰らい付かれることは回避したが、このままでは身動きが取れない。遠距離攻撃が主体の日那乃では、太郎丸と組みあっている犬神だけを狙い打つことはできないのだろう。
口元に手をあて、おろおろとしている。
弾き飛ばされた浅葱と太郎丸が戦線に復帰するにはまだ時間がかかる。
「あ、そうだ……。これで」
翼を広げ、日那乃が飛んだ。太郎丸と犬神の頭上。手には、持てる限りの芳香剤。空中に放り投げたそれを、水弾で撃ち破る。
大量の芳香剤が、2人の頭上へ降り注いだ。
『ぎゃう!!??』
芳香剤を浴びた犬神が悲鳴を上げる。鼻を押さえ、地面をのた打ち回る犬神。その隙に、太郎丸は腕を押さえて後退した。
混乱している犬神の背後から、小唄が迫る。腕を高く振り上げ、駆ける勢いそのままに強烈な一撃をその背目がけて叩き込んだ。
咄嗟に反応した犬神が、地面を転がりそれを回避。振り回した爪の一撃が、小唄の腕を切り裂いた。勢いに負けた爪がへし折れ、宙を舞う。
「へへっ、どうだっ! 背中を向けたらもう一発食らわせてやるからな!」
爪を押さえ、犬神が吼える。鋭い牙を剥きだしにし、小唄へと襲いかかった。小唄と入れ替わるように、戦線復帰した浅葱が前へ。
「噛み切るのと拳で沈めるの、どちらが早いか試してみましょうかっ。柔な拳じゃないですけどねっ」
喉を狙ってくるというのなら、対処しやすい。受けてしまえばその一撃が致命傷となりかねないが、その分、こちらも迎撃しやすいというものだ。
鋭い拳の二連撃が、犬神の顎と頬を打ち抜く。
よろよろと後退する犬神の頭上から、追い撃ちとばかりに追加の芳香剤と輸血用の血液が降り注いだ。飛び散った血液と芳香剤が、犬神に追い打ちをかけようとしていた浅葱を濡らす。
「ちょっとっ! 私まで血塗れになっちゃったじゃないっ!」
「ごめん、ね」
●夜に吼える獣
車に乗った2人の銃撃を、鎖を振り回すことで回避する天十里。彼の背後には意識を失った早紀の姿がある。早紀を守るべく、一度は戦闘不能になりながらも立ちあがったのだが、限界が近い。こちらの攻撃は、ジープを走らせることで回避されるのだから相性が悪いとしか言いようがない。
呼吸が整わない。血を流し過ぎたのか、意識が朦朧としている。
銃撃が止んだ。振り回していた腕から力が抜ける。
狩人の1人がハンドルを握る。アクセルを唸らせ、急発進の用意を整えた。もう1人の狩人は、機関銃を構え、天十里へと狙いを澄ます。
再び、天十里が腕を振り上げた。
その時だ。
「迷惑な連中だ。やっとこ懲らしめられるチャンスが来たってわけね」
「ところで、犬神は、自分の意志で戦っているようには見えないよな。お前ら何をやったんだ?」
大鎌とランスを構え、瑠璃と雷鳥が姿を現す。トラックのライトを背に浴びながら、傷ついた仲間を庇うように前へ。
天十里が、早紀と共にトラックの裏へと避難したのを確認し、雷鳥は笑う。
「さ、やろうか」
凶暴な笑みを浮かべ、走り出したジープを迎え撃つのだった。
土煙りをあげ、ジープが疾走する。窓から半身を乗り出した狩人が、機関銃を乱射する。弾丸の雨を浴びながら、瑠璃は鎌を低く構えた。銃弾が頬を掠め、足を打ち抜き、肩を抉るが微動だにしない。
ただ低く、基本の構えを崩さないままジープの接近を待ちうけている。
「なるほどなかなかのはやさ! 楽しいねぇ、こっちも本気の速さでいきたくなってきたよ!」
瑠璃の背後で、姿勢を低くした雷鳥はランスを腰の位置に構え、笑う。
ジープとの距離は十メートルといった所だろうか。地面を蹴って、瑠璃が跳び出す。低く低く、地面を這うような疾走。弾丸が、瑠璃の背中を掠める。血飛沫をあげながら、大鎌を振り上げる。下段から、真上へ。跳ね上げるような一撃が、前輪ごと運転席に乗った狩人の身体を切り裂いた。
悲鳴をあげる暇もなく、腹から胸にかけてを切り裂かれた狩人は意識を失う。前輪の1つを失い、大きく傾いたジープの装甲が、地面と擦れ火花を上げる。
「とにかく動きを制限させればいいんだろ?」
「そうさ。さぁ、派手にいこうか」
機関銃を乱射しながら、狩人は悲鳴をあげた。まっすぐに走行できなくなったジープは、工場の壁へと突っ込んで行くだけ。
走り出した雷鳥が、工場の壁目がけ跳んだ。壁を蹴って、三角飛びの要領で助手席から身を乗り出した狩人目がけ、ランスを突き出す。
風を巻き込む、抉るようなランスの一撃。機関銃を打ち砕き、そのまま狩人の足ごと、ジープの車体を貫通する。衝撃に弾かれた雷鳥が、地面を転がった。
壁にぶつかる寸前で、ジープは地面に縫い止められ停車。
「大きな力を振り回してたらしっぺ返しを食う、必然よね」
額から血を流す雷鳥は、大破したジープを眺めながらそう呟いた。
犬神が吼える。空気を震わせるほどの大音声。狂気に染まった瞳の中に、4人の獲物の姿を捉え、血と芳香剤に濡れた身体を震わせる。
全身の筋肉が先ほどよりも膨れ上がっているように見えるのは、気のせいではないだろう。獣の本性に、人の身体は耐えられない。血管が切れ、長い両腕が血に染まる。
走り出した犬神の前に、浅葱が飛び出す。機化硬で強化した防御力にものを言わせ、犬神の連撃を受け止める。首を狙った斬撃により、浅葱の顔や胸には無数の裂傷。上半身を真っ赤に染めながら、浅葱は拳を突き出した。
「ふっ、躾けの時間ですねっ。何度でもっ止まるまでっ」
パンチラッシュ。犬神の胴を、浅葱の拳が殴りつける。
犬神がよろめいたその一瞬、好機と見て浅葱が更に深く1歩を踏み出したタイミングで、犬神が跳んだ。真っすぐ、上へ。ロケットのように。
空振りした浅葱が姿勢を崩す。犬神の頭上には、日那乃の姿。狩人の接近を警戒し、空中に位置とっていたことが災いした。慌てて水弾を射出するが、当たらない。
「早、いね」
空中で、体を逸らして犬神の斬撃を回避。掠めた爪が日那乃の胴を切り裂いた。血を流し、急降下した日那乃はそのまま浅葱の身体を抱いて戦線を離脱。自身と浅葱を癒しの霧で包みこみ、治療を施す。
「そっちには行かせまんせよっ! 召雷っ!!」
ノートブックを広げ、太郎丸が叫んだ。犬神の身体を黒雲が覆い、放電。落雷と共に、犬神の身体が地面に落ちる。
地面に落ちた犬神に駆け寄る小唄。韋駄天足による速度強化で、数メートルの距離を刹那に詰めた。振り上げた拳に、ありったけの力を込め、犬神の顔面目がけて拳を叩き落す。
「出し惜しみは無し! 一気に行くっ!!」
猛の一撃が、犬神の頭部を打ち抜いた。地面にクレーターを生むほどの衝撃が、犬神の身体を駆け抜ける。口から血を吐き、白目を剥いて、犬神はそのまま息の根を止めた……。
「ふっ、一件落着ですねっ」
上半身を、真っ赤に染めた浅葱は、そう呟いて日那乃の膝に頭を乗せる。
こうして、この夜工場地帯で行われた戦いの1つに、幕が下りた。
建物に遮られ、月の光も届かない工場地帯の一角。物影に身を潜め、ぐるる、と唸る獣が1匹。傍に控えるのは、武装した数名の男。銃を構えて、警戒の体勢を整える。
こうして、獣が唸る夜は、決まって招かれざる侵入者が現れる。
「おら、狩りの時間だ」
男の1人が獣……、犬神の拘束を外す。待ちかねた、と言わんばかりに犬神は長い四肢で地面を蹴って、闇の中へと駆け出した。
「来るかな……?」
暗視を駆使して、暗闇の中に目を向ける宮神 早紀(CL2000353)はそう呟いた。臭いに敏感な犬神が相手だ。工場地帯に踏み込んだ時点で、居場所はすでにばれているだろう。あとはこちらの作戦通りに相手が動いてくれるかどうかが問題だ。
「とりあえず遭遇するまで片っ端から車や重機のライトを付けるよっ」
早紀と組んで行動している大島 天十里(CL2000303)が、近くに止まっていた軽トラックのドアを開ける。ハンドルの横に、車の鍵がぶら下がっているのを発見し、よし、と小さくガッツポーズをとった。
鍵穴に鍵を差し込み、エンジンを始動させる。ライトを点灯させ、車から飛び降りる。早紀も同じように、近くに止まっていた車のライトを付けているのが見える。
次の車に移動する前に、炎を纏わせた鉄鎖の一撃で、前輪を一つパンクさせた。
「やれやれ、やっとこ迷惑な連中をはっきり懲らしめられるチャンスが来たってわけね」
トラックの屋根の上に身を隠し『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は肩に乗った守護使役の頭を撫でる。彼女の守護使役(参堕兎陰弩轟)の能力で、物音を消して姿を隠しているのである。
向かい側の工場屋根には『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)の姿がある。瑠璃の隣では、守護使役の(ドゥ―)がしきりに飛び跳ねていた。どうやらターゲットの接近を嗅ぎつけ、騒いでいるらしい。
「相手は、夜目が利くわけじゃない。暗闇に慣れているだけだ。慣れているのと、ハッキリと見えているのとじゃ全然違う」
暗視のスキルを使えば、ある程度暗闇の中でも自由に物が見える。
居たぞ、と瑠璃が呟いた。
瑠璃の視線の先、建物の影に狩人の姿があった。
●暗闇の中、犬神憑きと狩人
「天が知る地が知る人知れずっ。狩人退治のお時間ですねっ」
とうっ、と掛け声を一つ。覚醒爆光による閃光に包まれた『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が犬神の前に跳び下りる。球体関節人形のような身体に、鋼の手甲を装備し正義のヒーローのようにポーズを決める。
足を止めた犬神は、突然の閃光に目に驚いたのか身を低くし警戒態勢。
「あ、あら? 外しちゃったかなっ?」
「理解できてないように、見える、けど……。工場突入のサポートする、の、ね」
辺りに停車されたトラックやダンプカー、フォークリフトのライトが灯る。車両の中から、仲間達が降りてくる。光源の足りない工場地帯の夜間戦闘。わざわざ相手の有利な条件で戦ってやる必要はない。
ここだけでない。他にも、鍵の付いていた車のライトを、片っ端から点灯させて光源は確保している。
さらに……。
ざばっ、と手に持った芳香剤の中身を地面や壁にぶちまけながら桂木・日那乃(CL2000941)が地上に降り立つ。後衛に位置する彼女の足元には、他にも無数の血液パックや芳香剤の袋が積み上げられている。
臭いに敏感な犬神の行動を阻害する為の作戦である。
「皆さん、絶対に勝ちましょうっ!」
離宮院・太郎丸(CL2000131)の周囲から、濃霧が立ち昇る。濃霧は、じわじわと地面を這うように範囲を広げ、犬神の身体に纏わり付いた。
「じゃあ、行くよっ!」
タン、っと小気味の良い音が一つ。地面を蹴って、御白 小唄(CL2001173)は弾丸のように駆け出した。
急な閃光と、芳香剤の強い香りに顔を覆ってくしゃみしていた犬神だが、獣の勘というべきか反応は早い。鋭い爪を振り回し、接近してくる小唄を牽制。
大きく背後に跳び退り、日那乃の放った水弾を回避する。
そのまま壁を蹴って、方向転換&急加速。小唄に続いて駆け出した浅葱の胸に打撃を叩きこみ、そのまま太郎丸へと跳びかかる。
「どこを見てる!お前の相手は僕だっ!!」
「犬神はかなりの強敵のようです!」
背後から殴りかかる小唄と、太郎丸の放った落雷が、犬神の身体を打ち抜いた。
足音を消して、トラックの屋根から屋根へと跳び移る雷鳥。
車のライトの光の中に、一瞬横切る影を見て、狩人達が視線を上げるが、その時にはすでに雷鳥の姿はそこにはない。警戒し、銃を構えた狩人達の背後に、雷鳥が着地する。
「犬神とのスピード勝負は、野暮なギャラリーがいなくなってからってことで」
重いランスの連撃が、狩人達を襲う。
背後を取られ、混乱の最中にある狩人達はまともに迎撃することもできない。奇襲作戦の第一段階は成功だ。
「こっちの動きに完全に対応される前に、利点を生かして、手早く片づける」
見慣れない形状の大鎌を大きく引いた構えから、素早く駆け出し足元を払うような一閃。瑠璃の斬撃を避けるため、先頭に立っていた狩人が数歩後退する。背後に居た仲間にぶつかって、縺れあうように倒れ込んだ。
奇妙な形状の武器に戸惑う狩人達は3名。犬神の嗅覚に頼ってはいるものの、彼らは彼らでチームに分かれ、警戒体勢を敷いているようだ。
各所で戦闘が始まった。工場地帯のあちこちで、古妖狩人達と、F.i.V.E.の戦いが激化していく。飛び交う弾丸、怒号と悲鳴。
マズルフラッシュと弾丸に追われ、トラックの影に駆け込む影が2つ。天十里と早紀だ。
「ト、トンファーじゃあ近づかないと……当たらない」
「ライト付けてる間に、先に見つかっちゃったな」
肩を押さえ、荒い呼吸を繰り返す早紀の止血をしながら、天十里は深い溜め息を零した。
相手は2人。断続的に威嚇射撃を繰り返しながら、距離を詰めてくる。
天十里の両腕に巻いた鎖が、じゃらりと鳴った。
一瞬、姿が見えたのは2人の少女のようだった。何故こんな場所、こんな夜中に少女が、なんて疑問は今更思い浮かばない。今まで、何度も彼女達のような年端もいかない連中に、古妖の捕獲を邪魔されて来たのだ。
恨みはない。こちらも任務。向こうも恐らくは、仕事で来ているのだろう。
ならばこそ。
ここで命を落としても、文句はない筈だ。ハンドサインで合図を出して、2人の狩人はトラックの両側へと散開。カウントをとって、一斉にトラックの裏へと回り込んだ。
人影を視認すると同時に、機関銃の引き金を引く。対面に位置する仲間を誤射しないように、細心の注意を払っての射撃。先ほどまでの威嚇射撃とは違う。
明確な殺意を込めた銃撃だ。
射線に晒された少女は、悲鳴を上げながらトンファーを回す。銃弾を、素早い動きで回避しているがそう長くは持たないだろう。
『待て! 1人足りないぞ!』
そう叫んだのはどちらだっただろうか。
『もう1人、小娘が居た筈だ!』
「そのとーり。でも、小娘じゃないんだ」
トラックの下から、滑るように現れた天十里が素早く両の腕を振るう。真下から跳ね上げるような鎖の連撃が、狩人の顎を打ち抜いた。
肩や脇腹を押さえ、蹲る早紀を守るように気を失った狩人の頭部を蹴って天十里が跳ぶ。
「ステルスを使って、奇襲するのもいいな!」
五色の彩で強化した身体能力を持ってすれば、僅か数メートルなどものの距離ではない。炎を纏った鎖が、機関銃ごと狩人を締めあげる。
ギシ、と全身の骨の軋む音。機関銃が地面に落ちる。
血を吐きながら、早紀は立ち上がりトンファーの一撃をもって残った狩人の意識を刈り取った。
「だ、大丈夫?」
早紀の肩を支え、その場から移動を開始する天十里。
その時だ。
『見つけたぞ! 侵入者!』
曲がり角の向こうから、エンジン音と共に現れたのは一台のジープ。
「うそ……」
「しまった。追いつかれた」
窓から半身を乗り出した狩人が、機関銃を乱射する。
瑠璃の鎌で足元を薙ぎ払われ、体勢を崩した狩人の腹部を雷鳥のランスが突き刺した。防弾チョッキを着込んでいるが、至近距離から放たれたランスを防ぎきれるものではない。命こそ取りとめるだろうが、暫くは満足に動けないだろう。
最後に残った狩人は、機関銃を投げ捨てて工場の中へと逃げこんで行く。
真っ先に工場へ跳び込んだ雷鳥が、狩人の前へ回り込む。「ちっ」と小さな舌打ちを一つ。構えたナイフを、鋭い足刀で蹴り砕いた。
「ドゥ―も無反応だし、工場の中に他に誰かいるわけでもないのか」
ただ逃げこんだだけ? と首を傾げて鎌を一閃。峰打ちで、狩人の意識を奪う。
「これじゃないの?」
気絶した狩人をそのままに、雷鳥は壁に掛けられた通信機へと歩み寄った。受話器を手に取り、耳に当てた。数回のコールの後、ガチャリと音がしてノイズ混じりの声が聞こえる。
『A斑か? そっちはどうだ? こちらは2名やられたが、どうにか使える車を見つけた。少女が2人入り込んでいたがどうにか殲滅したぞ』
「……………そうかい。場所は?」
『あ? 誰だ、お前?』
「アタシか? アタシは風祭雷鳥、トロイ奴には興味ないんでヨロシク」
ランスの一撃で、通信機を砕いた雷鳥が踵を返す。
「ドゥ―。索敵再会。天十里と早紀を探そう」
大鎌を肩に担ぎなおし、瑠璃は言う。瑠璃の肩から飛び降りた守護使役が鼻を鳴らして駆け出した。
打ち出された弓矢か弾丸か。目にも止まらぬ高速移動で間合いを詰めた犬神は、浅葱と小唄の2人を纏めて切り裂き、弾き飛ばした。
犬神の身体には無数の切傷や火傷。狂気の色に染まった瞳には、4人の獲物。鋭い爪には血肉がこびり付いている。
はぁはぁ、と荒い獣の呼吸。弾き飛ばされた2人を援護するように太郎丸は雷を呼び出す。
犬神目がけた落雷は、しかしあっさりと回避され逆に太郎丸の懐へ犬神が潜り込んだ。両手の爪は地面に喰い込んでいる。だが犬神は、口を大きく開けたまま、太郎丸の喉目がけて喰らい付いた。
「ぐっ……。とにかく犬神をこの場に押さえこむ事が第一です」
犬神の眼前に片腕を晒すことで、喉に喰らい付かれることは回避したが、このままでは身動きが取れない。遠距離攻撃が主体の日那乃では、太郎丸と組みあっている犬神だけを狙い打つことはできないのだろう。
口元に手をあて、おろおろとしている。
弾き飛ばされた浅葱と太郎丸が戦線に復帰するにはまだ時間がかかる。
「あ、そうだ……。これで」
翼を広げ、日那乃が飛んだ。太郎丸と犬神の頭上。手には、持てる限りの芳香剤。空中に放り投げたそれを、水弾で撃ち破る。
大量の芳香剤が、2人の頭上へ降り注いだ。
『ぎゃう!!??』
芳香剤を浴びた犬神が悲鳴を上げる。鼻を押さえ、地面をのた打ち回る犬神。その隙に、太郎丸は腕を押さえて後退した。
混乱している犬神の背後から、小唄が迫る。腕を高く振り上げ、駆ける勢いそのままに強烈な一撃をその背目がけて叩き込んだ。
咄嗟に反応した犬神が、地面を転がりそれを回避。振り回した爪の一撃が、小唄の腕を切り裂いた。勢いに負けた爪がへし折れ、宙を舞う。
「へへっ、どうだっ! 背中を向けたらもう一発食らわせてやるからな!」
爪を押さえ、犬神が吼える。鋭い牙を剥きだしにし、小唄へと襲いかかった。小唄と入れ替わるように、戦線復帰した浅葱が前へ。
「噛み切るのと拳で沈めるの、どちらが早いか試してみましょうかっ。柔な拳じゃないですけどねっ」
喉を狙ってくるというのなら、対処しやすい。受けてしまえばその一撃が致命傷となりかねないが、その分、こちらも迎撃しやすいというものだ。
鋭い拳の二連撃が、犬神の顎と頬を打ち抜く。
よろよろと後退する犬神の頭上から、追い撃ちとばかりに追加の芳香剤と輸血用の血液が降り注いだ。飛び散った血液と芳香剤が、犬神に追い打ちをかけようとしていた浅葱を濡らす。
「ちょっとっ! 私まで血塗れになっちゃったじゃないっ!」
「ごめん、ね」
●夜に吼える獣
車に乗った2人の銃撃を、鎖を振り回すことで回避する天十里。彼の背後には意識を失った早紀の姿がある。早紀を守るべく、一度は戦闘不能になりながらも立ちあがったのだが、限界が近い。こちらの攻撃は、ジープを走らせることで回避されるのだから相性が悪いとしか言いようがない。
呼吸が整わない。血を流し過ぎたのか、意識が朦朧としている。
銃撃が止んだ。振り回していた腕から力が抜ける。
狩人の1人がハンドルを握る。アクセルを唸らせ、急発進の用意を整えた。もう1人の狩人は、機関銃を構え、天十里へと狙いを澄ます。
再び、天十里が腕を振り上げた。
その時だ。
「迷惑な連中だ。やっとこ懲らしめられるチャンスが来たってわけね」
「ところで、犬神は、自分の意志で戦っているようには見えないよな。お前ら何をやったんだ?」
大鎌とランスを構え、瑠璃と雷鳥が姿を現す。トラックのライトを背に浴びながら、傷ついた仲間を庇うように前へ。
天十里が、早紀と共にトラックの裏へと避難したのを確認し、雷鳥は笑う。
「さ、やろうか」
凶暴な笑みを浮かべ、走り出したジープを迎え撃つのだった。
土煙りをあげ、ジープが疾走する。窓から半身を乗り出した狩人が、機関銃を乱射する。弾丸の雨を浴びながら、瑠璃は鎌を低く構えた。銃弾が頬を掠め、足を打ち抜き、肩を抉るが微動だにしない。
ただ低く、基本の構えを崩さないままジープの接近を待ちうけている。
「なるほどなかなかのはやさ! 楽しいねぇ、こっちも本気の速さでいきたくなってきたよ!」
瑠璃の背後で、姿勢を低くした雷鳥はランスを腰の位置に構え、笑う。
ジープとの距離は十メートルといった所だろうか。地面を蹴って、瑠璃が跳び出す。低く低く、地面を這うような疾走。弾丸が、瑠璃の背中を掠める。血飛沫をあげながら、大鎌を振り上げる。下段から、真上へ。跳ね上げるような一撃が、前輪ごと運転席に乗った狩人の身体を切り裂いた。
悲鳴をあげる暇もなく、腹から胸にかけてを切り裂かれた狩人は意識を失う。前輪の1つを失い、大きく傾いたジープの装甲が、地面と擦れ火花を上げる。
「とにかく動きを制限させればいいんだろ?」
「そうさ。さぁ、派手にいこうか」
機関銃を乱射しながら、狩人は悲鳴をあげた。まっすぐに走行できなくなったジープは、工場の壁へと突っ込んで行くだけ。
走り出した雷鳥が、工場の壁目がけ跳んだ。壁を蹴って、三角飛びの要領で助手席から身を乗り出した狩人目がけ、ランスを突き出す。
風を巻き込む、抉るようなランスの一撃。機関銃を打ち砕き、そのまま狩人の足ごと、ジープの車体を貫通する。衝撃に弾かれた雷鳥が、地面を転がった。
壁にぶつかる寸前で、ジープは地面に縫い止められ停車。
「大きな力を振り回してたらしっぺ返しを食う、必然よね」
額から血を流す雷鳥は、大破したジープを眺めながらそう呟いた。
犬神が吼える。空気を震わせるほどの大音声。狂気に染まった瞳の中に、4人の獲物の姿を捉え、血と芳香剤に濡れた身体を震わせる。
全身の筋肉が先ほどよりも膨れ上がっているように見えるのは、気のせいではないだろう。獣の本性に、人の身体は耐えられない。血管が切れ、長い両腕が血に染まる。
走り出した犬神の前に、浅葱が飛び出す。機化硬で強化した防御力にものを言わせ、犬神の連撃を受け止める。首を狙った斬撃により、浅葱の顔や胸には無数の裂傷。上半身を真っ赤に染めながら、浅葱は拳を突き出した。
「ふっ、躾けの時間ですねっ。何度でもっ止まるまでっ」
パンチラッシュ。犬神の胴を、浅葱の拳が殴りつける。
犬神がよろめいたその一瞬、好機と見て浅葱が更に深く1歩を踏み出したタイミングで、犬神が跳んだ。真っすぐ、上へ。ロケットのように。
空振りした浅葱が姿勢を崩す。犬神の頭上には、日那乃の姿。狩人の接近を警戒し、空中に位置とっていたことが災いした。慌てて水弾を射出するが、当たらない。
「早、いね」
空中で、体を逸らして犬神の斬撃を回避。掠めた爪が日那乃の胴を切り裂いた。血を流し、急降下した日那乃はそのまま浅葱の身体を抱いて戦線を離脱。自身と浅葱を癒しの霧で包みこみ、治療を施す。
「そっちには行かせまんせよっ! 召雷っ!!」
ノートブックを広げ、太郎丸が叫んだ。犬神の身体を黒雲が覆い、放電。落雷と共に、犬神の身体が地面に落ちる。
地面に落ちた犬神に駆け寄る小唄。韋駄天足による速度強化で、数メートルの距離を刹那に詰めた。振り上げた拳に、ありったけの力を込め、犬神の顔面目がけて拳を叩き落す。
「出し惜しみは無し! 一気に行くっ!!」
猛の一撃が、犬神の頭部を打ち抜いた。地面にクレーターを生むほどの衝撃が、犬神の身体を駆け抜ける。口から血を吐き、白目を剥いて、犬神はそのまま息の根を止めた……。
「ふっ、一件落着ですねっ」
上半身を、真っ赤に染めた浅葱は、そう呟いて日那乃の膝に頭を乗せる。
こうして、この夜工場地帯で行われた戦いの1つに、幕が下りた。
