《真なる狩人》鋼鉄の墓所
《真なる狩人》鋼鉄の墓所



 所々にカメラが設置されている以外に何もない鋼の空間。壁も天井も床も全てが鈍色だった。
 その中に放り出されたのはいつ頃だったか、もう誰も覚えていない。
 最初は何人いたのか、途中から何人増えて何人減ったのか、そして自分は誰なのか。なにも分からない、何も覚えていない。
「憎い」
「おそろしい」
「ニクい、にくいぃ」
 残ったのは身を引き裂く苦痛と胃が捩れるような恐怖と憎しみ。
 そうだ、これを晴らすためにここにいるのだ。早く来い。恐ろしくて憎いもの。
 来なければこの恐怖も憎しみも終わらない。
 終わらせたい。終らせてくれ。早く、早く。


「これまで続いてきた古妖狩人との戦いもいよいよ大詰めだな」
 集まった覚者達を前に、久方 相馬(nCL2000004)の表情もいささか緊張して見える。
「皆も知ってるかもしれないが、古妖狩人との一件で新たな因子を持つ覚者と接触する事ができた」
 安土村で出会った未知の因子を持つ覚者、安土八起。
彼には探知が届く範囲内に古妖がいるかどうか判別できるレーダーのような能力があり、それを使って古妖の居場所を特定できると言う。
「彼の協力を得て本拠地を割り出す事に成功した。それもこれまでに皆が解決した事件の情報があってこそだ。皆には改めてお礼を言わないとな」
 明るい笑みで礼を言う相馬。しかしすぐに表情を引き締め、手にした資料をスクリーンに映して説明を開始する。
「発見された本拠地は琵琶湖近くにある工場群だ。ここに集まったメンバー以外にもいくつものグループがそれぞれ担当場所に別れて攻略する事になる」
 皆が担当するのはここだ。と、地図に書かれた丸を指し示す。
「この場所は強化された古妖狩人が配置されている。古妖を使った実験の成果を元に薬物や機械で強化された部隊だ」
 先に配られた資料にはその概要が載っていたが、内容は読んでいて胸が悪くなりそうな物だった。
「この強化部隊は所謂失敗作らしい。この中の誰一人として正気を保っている者はいない」
 当然制御も効かないのだが「使い道」があると残されていたのだろう。それが今回役に立ったと言う訳だ。
「部屋を抜けた先はこの工場の心臓部であり、強化部隊の元となった研究が行われているラボに繋がっている」
 ラボにいる研究員達は強化部隊を放った後すでに逃げ出している。
「皆はとにかくこの強化部隊の対処に専念してくれ。残酷な話だが、彼らはもう二度とまともな人間に戻る事も、正気を取り戻す事もないだろう」
 できる事はただ一つ、歪んでしまった生を終わらせる事。
「どうしても彼らを人間に戻したい、何らかの形で保護したいと言うなら、悪いがこの任務は任せられない。どうか彼らに最後の救いを与えてやって欲しい」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:
■成功条件
1.強化部隊全員の撃破
2.なし
3.なし
 皆様こんにちは、禾(のぎ)と申します。古妖狩人、いよいよ大詰めです。
 本拠地である工場群の一つで、おぞましい実験の「成果」が待ち受けています。
 彼らは人を捨ててまで何を成したかったのか、自分は誰なのかも覚えていないでしょう。
 心情的には辛い物があるかもしれませんが、よろしくお願いします。


●場所
 数ある工場群の一つ。主に古妖を実験して得た技術で人間を強化し、覚者相当の力を与える研究実験を行っている施設です。
 時間帯は夜となりますが、施設内の光源があるので明かりは特に必要ありません。
 この依頼で戦闘場所となるのは主に戦闘データを取るために使われていた大きな部屋です。
 周辺は壁から床天井に至るまで分厚い鋼鉄に囲まれており、戦闘には十分すぎるほどの広さもあるのですが、覚者達が中に入ると扉にロックがかかって閉じ込められる事になります。
 ここから再び外に出るためには集中攻撃を加えて扉を破壊するしかありません。

●敵
・古妖狩人「強化部隊」
 古妖へのおぞましい実験の結果生み出された機械や薬物により強化された憤怒者達です。
 彼らは所謂失敗作であり、正気を失い制御が利かなくなってしまったためにより危険な「化け物」となり果ててしまいました。
 人間に戻す事も正気を取り戻す事も不可能です。

●能力
 近距離タイプと遠距離タイプがあり、どちらも体術スキル相当の技を使ってきます。
 失敗作とは言え、一体の強さは覚者と同程度。ただし肉体には非常に強い負荷がかかっており、戦闘中は行動の度に一定のダメージを受ける事になります。

・近距離タイプ×3/憤怒者
 遠距離タイプに比べると体力が高めで動きも早い。
 攻撃力は落ちますが、それでも十分な威力があるので油断は禁物です。

 スキル
・殴りつける(近単/物理ダメージ)
・爪で切り裂く(近列/物理ダメージ)

・遠距離タイプ×1/憤怒者
 近距離タイプより攻撃力が格段に上がります。その分体がもろく動きも鈍いため、常に近距離タイプの後ろに隠れているような状態です。

 スキル
・気弾(遠単/物理ダメージ)
・乱射(遠列/物理ダメージ)


 情報は以上となります。
 皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年12月21日

■メイン参加者 6人■



 夜の寒空の下、琵琶湖近くの工場群に何十と言う覚者達が集結していた。
 ある者は東へ、ある者は西へ、それぞれの戦場へと暗闇の中を駆けて行く。
 そしてここにも六人の覚者が集まり、外見だけは白く整った古妖狩人の魔窟へと入って行った。
「こいつはまた……」
 風祭・誘輔(CL2001092)は目の前に広がる光景に口元を歪める。
 無人のエントランスから一歩中に踏み入ると、そこは見る事すら吐き気を催すような光景が広がっていた。
「一体何人の人や古妖が犠牲になったのでしょうか……」
 ガラスで仕切られているため覚者達が歩く通路まで中の臭気が漏れてくる事はないが、秋津洲 いのり(CL2000268)は知らず拳を握る。
「ここから生まれたのが強化部隊なんですね」
 京極 千晶(CL2001131)が見詰める先には何かの図解と「残骸」が載せられた手術台。千晶の瞳は常より冷めていた。
 ガラス一枚隔てた魔窟を見ながら進むと、急に白い空間が途切れ鋼鉄に覆われた通路が姿を現す。
「この先にいるんですね」
 柳 燐花(CL2000695)は誰が、とも何が、とも言わなかったが、覚者達は分かっている。
 ここに来るまで見てきた光景の集大成であり、失敗作でもある者達の最期の場所。
 誰かが軽く息を飲む音が妙に大きく響いた。
「ふふふ。いいですね、この重苦しく救いの無い空気も嫌いではありません」
 そんな中、硬い表情の覚者達と打って変わって笑みを見せるエヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)
 その言葉が示す通り、通路の先にある鋼鉄の扉から漏れる微かな悲鳴や唸り声のようなものが、辺りの空気を重く感じさせている。
「行き着く先がこんな場所とはな……」
 通路の先にある扉は何の飾りもない平面だ。角に設置されたライトが赤く明滅しているが、鋼鉄の壁一面にあるのはそのライトと扉だけだ。
 水蓮寺 静護(CL2000471)はしばし扉を見詰めると、扉に向かって前に出る。今は感傷に浸っている場合ではないのだ。
 そうして覚者達が扉の前に立つと扉の端から空気が押し出される音が鳴り、ゆっくりと分厚い扉が左右に開いて行く。
「特に罠らしい物はないようですね」
 エヌの感知には何の反応もない。周囲を確認してみても、あるのは鋼鉄に囲まれた部屋と所々に設置されたカメラのレンズくらいである。
「中の連中がいれば罠は必要な言ってことかもな」
 誘輔が少し薄暗く感じる部屋の中に足を踏み入れると、奥の方で何かが動き出したのが見えた。
 頭には頭髪がなく目は真っ黒に落ちくぼみ、一目見ただけでは眼球がないのかと勘違いしてしまいそうだ。
 全身に接合されている管にはどす黒い液体が通っていた。
 人間の手の大きさではなくなっている巨大な手にも同じ管が絡み、太く黒ずんだ指の先は一本一本がまるで鎌のような鋭い爪。
 奥に視線を移せば、異常にに盛り上がった両肩に大砲の砲身を埋め込んだような姿になっている一体も動き出したのが見えた。
 それと同時に覚者達の背後で扉が閉まって行く。
「これでこいつらを倒すまで外に出られないわけだ」
 扉が閉まると照明が点き、薄暗かった部屋が明るく照らし出される。
 どうやら明かりに反応したらしい四体、元は四人の古妖狩人であっただろう者達が起き上がり、覚者達を捉えた。
 強化狩人と呼ぶべきだろうか。もし成功していれば強化部隊として立っていたであろう彼等の姿はもはや化け物と呼ばれても仕方ないものだった。
「お……おォ……カ、が……」
 一体が両手を覚者達に向けて口を開くが、そこから人の言葉が出て来ることはなかった。
 他の三体もそれぞれ口から呻きとも泣き声とも分からぬ声を漏らすのみ。
「実験結果の失敗作、ですか。哀れですね」
 燐花の体から活性化された炎が立ち昇る。その炎を目にした一体の黒い目が大きく見開かれた。
 口から獣のような咆哮が上げながら突進してくる一体に対し、静護は白いオーラを放つ刀を抜き放つ。
「改造の成れの果て……強さを求めるばかりに、それ以外の全てを失ってしまったか」
 燐花とは異なる色の炎を立ち昇らせた静護を目にして、更に激しく鎌爪を繰り出す古妖狩人の成れの果て。
 一瞬湧き上がった感傷を振り切り、刀を構える。
「今は奴らを、人だった「モノ」を壊さねばならん。全力でやらせてもらう!」
「どの道こうなったら殺すっきゃねえ」
 人の形を中途半端にとどめたまま、人ではなくなった姿に胸糞悪ィと吐き捨てる誘輔の右腕が変形して行く。
「狂気に堕ちたら地獄に堕ちるのが物の道理さ」
 巨大な銃器と化した右腕を引っ提げ、皮肉めいた笑みに口元を吊り上げる。
(逃げては駄目、この方たちの生き様を目に焼き付けるのですわ)
 いのりの心は人を殺めなければならないと言う依頼に対し千々に乱れただろう。だが、ここに来るまで見て来たもの、目の前にいる人ではなくなったものが逆に覚悟を決めさせた。
 誰かがやらねばならないのだ。
 救いを求める魂があるのならば、逃げたくはない。
「この力は救いを求める誰かの為に。そうですわよね、お父様、お母様」
 大胆な赤い衣装に特徴的なデザインの杖を翳し、敵に纏わりつく霧を呼び出す。
 絡む霧はいのりだけではなく、エヌからも涌き出し強化狩人に絡みついた。
「悲喜交々と言ったところでしょうか。盛り上がりそうですねえ」
 おそらくこの状況で唯一「喜」を感じているエヌの顔は、ひたすらの笑顔だ。
 エヌにとっては人でなくなった古妖狩人の成れの果ても彼等に悲壮感や憐みを感じる仲間の感情もすべてはこの場を飾るものなのか。
「さあ、僕を満足させるに足らしめるだけの声をあげてくださいねぇえ?」
 それに応えたわけではないだろうが、纏わりつく霧を突き破って鎌爪が襲い掛かって来った。
 鋭い爪は前衛に並んだ覚者達を切り裂き、鈍色の床に血痕が飛び散る。それを横目に、千晶は醒の炎を立ち昇らせた。
「不殺主義を貫いて来ましたが……今は誓いを破ります」
 覚者や妖怪への復讐、古妖での一攫千金、彼等がやりたかった事はなんだったのだろうか。
 他人の考えなど全て理解できるわけがなく、まして化け物になってまで果たしたかった事などわかろうはずもない。
 自分が今やるべき事は一つ。
「この人達を、楽にしてあげましょう」
 抜き放たれた刃の光に、奥に立った強化狩人が目を向ける。
 両肩の銃口が光り弾丸を吐き出した。


 遠距離型の強化狩人の弾丸は千晶の体に深くめり込む。
 思わずたたらを踏んだ彼女の脇を駆け抜けて、静護は次の攻撃に移ろうとしていた遠距離型を目指す。
 それを阻もうとする前衛型の強化狩人は三体。
「邪魔はさせませんよ」
「あなた達の相手はこちらです!」
 燐花の苦無が閃き、いのりが翳した杖から波動弾が飛ぶ。
 二体の強化狩人が捉われ足が止まったが、反撃の爪が即座に燐花を斬り付ける。
「そちらも殺る気充分なようですね」
 二体目の攻撃より先に降り注ぐのエヌの召雷。
 強化された雷に強化狩人達の体表の一部が剥がれ管が弾け飛ぶ。外れた管がまき散らしたのは血ではなくどす黒く濁った液体だった。
「はっ、本気で人間やめてやがる」
 痛みを感じる様子もなく突撃してくる強化狩人の鎌爪を受け、誘輔は機化硬で更に守りを固めながらその場に強化狩人を足止めする。
 前衛を務める強化狩人二体が覚者に行く手を塞がれたが、残り一体がその囲みを抜け出した。
「抜かせません」
 静護を狙おうと舌強化狩人が千晶に斬り付けられて足止めをくらう。
 その斬撃は一体だけに留まらず、残り二体にも襲い掛かった。
「もらった!」
 足止めを受けた前衛を背に、静護が遠距離型の強化狩人を間合いに捉える。
 ほぼ同時に強化狩人が回り込んできた静護に気付く。
 強化狩人の銃口が向けられるのが分かったが、そのまま刀を振り切った。
 手に確かな手応えと、肩に強烈な衝撃の二つを感じながら次の攻撃に備えて再び構える。痛みで片腕が重い。
「かなりの威力だ。早めに決めさせてもらうぞ」
 強化狩人は自分を斬りつけた静護に向けて濁った呻き声を漏らす。
「前衛はこっちに集中しているようですね」
 千晶は自分と相対している強化狩人に目を眇める。
 鎌爪を持つ三体の強化狩人に、後ろの遠距離型を援護する様子は見られない。
「上等だ! 殴って蹴って抉ってぶちのめす!」
 誘輔の硬質化した拳と強化狩人の鎌爪がぶつかり合い、強化狩人のどす黒い液体と誘輔の赤い血が互いの頬を彩る。
「立ちはだかるなら倒すだけです」
 燐花の前に立つ強化狩人は四体の中でも体格が良い。
 小柄な彼女との身長差だけでも相当なものだが、燐花は躊躇う事無く向かい合った。
「参ります」
 苦無と鎌爪、計四つの刃が火花と金属音を撒き散らす。
「やはり手数はそちらが上ですね」
 一旦距離を取ろうとする千晶は身の丈程もある刀を振るい、対する強化狩人の鎌爪は両腕についている。手数の上でも機動力でも千晶より上だろう。
「ですが」
 繰り出される鎌爪に傷付けられながらも、千晶は隙を狙って強化狩人の両腕を跳ね上げる。
 がら空きになった腹部に叩き込まれる雷に強化狩人が濁った咆哮を上げる。
「私は一対一で戦っているわけではありません」
「そう頼りにされても困りますけどねえ」
 仲間と頼り頼られる戦いなど性に合わぬと肩をすくめるエヌだったが、無防備な腹に一撃をくらった強化狩人の呻きを聞いた途端、機嫌良さそうににんまり笑った。
「連携を取るような思考も残っていないのか」
 個々が目の前の敵にのみ襲い掛かっているのを見た静護の表情は苦い物があった。
 連携を取れる覚者の有利を喜ぶべき所だ。自分自身もそれを見越して作戦を組み立てていたと言うのに、心は妙に晴れない。
 遠距離型の銃口が光るのを確認し、その場から飛び退く。
 鋼鉄製の床が連続で抉れ、破片を撒き散らした。
「これは……!」
 躱したと思った攻撃は最初から静護を狙ったものではなかった。
 遠距離型の弾丸は鎌爪の三体と戦っていた三人を巻き込み、赤と黒の飛沫が舞い上がった。
「お前の相手は僕だ!」
 遠距離型の攻撃を受けた千晶、燐花、誘輔が鎌爪に追撃を仕掛けられたのを視界に捉え、静護は歯噛みする。
 五織の彩は遠距離型の肩口を大きく抉り、続いて飛来した波動弾が叩きつけられる。
「水連寺様、いのりが援護いたします」
「助かる。こいつを早めに撃破するぞ」
「はい!」
 覚者側の前衛三人はそれぞれ三体の強化狩人に張り付かれて前衛同士の連携が難しいようだったが、その分エヌといのりの遠距離、貫通攻撃のいい餌食でもあった。
 後はそこに横槍を入れる遠距離型さえ片付ければ、優位は揺るがないものとなる。
 改めてそれぞれの敵を前に攻撃を続ける覚者達だったが、時間が経つにつれ強化狩人に変化が起き始めた。


 最初の大きな変化は誘輔と相対していた鎌爪の一体。
「うらぁっ!」
 自分の拳がめり込むいい手応えに誘輔が思わずにやりと笑った時だった。
 誘輔よりやや高い所にある強化狩人の肩が嫌な音を立てて歪み、傷もなかったはずの場所からどす黒い液が噴き出した。
「なんだあ?」
 驚いて離れた先で、同じような変化が別の強化狩人にも起きている事に気付く。
「人を捨てるつもりはなかったのでしょうが、人工的に体を改造したら心身の負担が、本人の精神を凌駕してしまった……」
 燐花と戦っていた鎌爪は一つ一つは小さい苦無の傷がばっくりと開いてしまっている。
 強化狩人は力を得た代償に肉体に強い負荷がかかっていると聞いていた。
「お粗末な小説やドラマにありそうですね」
「実際に目にすると余計にそう思います」
 千晶の目の前にぼとりと落ちたのは鎌爪の右半分の顔だった。
 大きなダメージを受けた部分から崩壊しているのだ。
「……一気に終わらせるぞ」
 静護の言葉に、覚者達は頷く。
 ある者は顔を強張らせ、ある者は冷徹に視線を鋭くし、ある者は歓喜の表情を浮かべる。
「人生最後のフィナーレです。精々華々しく飾って差し上げましょう!」
 エヌの楽し気な声と共に放たれた雷が鋼鉄の空間を眩しく照らし出す。
 雷を受けた管がついに体の各所から弾け飛び、どす黒い液体を撒き散らす。痛みか苦しみか、呻き声を上げながら、強化狩人達は最後の特攻を仕掛けて来た。
 互いに撃ち合い、斬り合い、鋼鉄の空間に響く戦闘音と共に撒き散らされる赤と黒の飛沫。
「とどめです」
 自身の体力を削りながら攻撃を続けていた燐花の一撃が一体の強化狩人に致命傷を負わせる。
 床に倒れ動かなくなった強化狩人の体は更に崩壊を続け、歪な肉塊に変わった。
「テメエらは結局何がしたかったんだ?」
 肉塊に変わった姿に、仲間であったはずの肉塊を踏み潰し突撃して来る姿に、誘輔は問わずにはいられなかった。
「そんなナリになってまで、何になりたかったんだよ」
 誘輔の問に答えはない。
 彼等がここまでしなければならなかった理由も、覚者と憤怒者が人の道を外すほどに憎しみ合わなければいけない訳も、この場で答えてくれるものは何もない。
「貴方がたが自我を失ってまで成したかった事を認める事はできません……」
 いのりの翳した杖に力が集中する。
「せめて全力で戦う事がいのりにできる手向けです」
 放たれた波動弾が一体の鎌爪を貫き、背後にいた遠距離型の腹部に大穴を開ける。
「そうさせたのは僕ら覚者と言う存在かも知れない」
 思わず口にしてしまった感傷ごと、静護は腹部に大穴を開けられ棒立ちとなった遠距離型の首を斬り飛ばした。
 ぐずりと歪む頭部を視界から引き剥がし、いのりと静護は残りの強化狩人へと標的を移す。
 集中攻撃を受けた鎌爪二体の崩壊はいっそ憐れなほどだった。
「これにて終幕。……いやはや、実に無意味で語る価値もない程あっけないものですねぇ、そうは思いませんか?」
 面白い程ぼろぼろと崩れる体で特攻を続ける強化狩人の姿はエヌを楽しませたが、最後のあがきもそろそろ限界だ。
 千晶がまだエヌの雷が消えない中を駆け抜け、飛燕を放つ。
 振り切った刀から伝わったのは生き物の体を斬ったと思えない軽い手応え。
「これが最後だ!」
 千晶の飛燕からも辛うじて生き残った最後の一体に、静護が迫る。
 強化狩人の濁った黒い目はこの時に至っても何の感情も浮かばず、虚ろなままだった。
 白いオーラと刃の軌跡が強化狩人の体を貫き、一瞬遅れて貫かれた場所からどす黒い液体が噴き出る。
 最後の強化狩人は倒れなかった。
 自分にとどめを刺した静護を見るでもなく、床に転がるかつては仲間だった肉片を見るでもなく、よろよろと数歩歩くと不意に項垂れ、がくりと膝をつく。
「…………」
 口が僅かに動いたが、そこから出てきたのはどす黒い液体の塊のみ。
 塊がびしゃりと床に吐き出されたのを最後に、強化狩人は動かなくなった。


 強化狩人達の遺体は徐々に黒ずんだ部分が広がり、体表のひび割れや皺が酷くなっているようだった。
「……同じ人間相手に、どうしてこんな酷いことできるんでしょうね」
「こんな事をしてまで強くなりたかったのでしょうか」
 千晶の呟きを聞きながら燐花は自分の事を考えてみるが、捨て身になってまで強さを求める事などなかった。
 必要なのはただ一人を守り続けられる強さだけ。
 こんな体になってまで力を求めた理由は何だったのか、彼等の口から聞くことはできない。
「……行くぞ。ここから出なければ」
 静護が立ち尽くす者達の背中に声を掛ける。
 まだ扉は固く閉ざされたまま。入る時にエヌが調べた通り、扉を開ける操作パネルのような物は見付からない。
 六人の覚者は扉の前に立ち、構える。
「タイミングを合わせるぞ」
「はい。いつでも行けます」
 銃口を扉に向けた誘輔に合わせ、いのりが杖を構える。千晶と静護が刀を構え、燐花がいつでもと視線を返して来た。
「僭越ながら応援程度ならして差し上げますよ」
 エヌがさりげなく離れて行ったが、填気を送られるのは正直ありがたかったため咎めはない。
「ぶっ放せ!」
 誘輔の些か乱暴な合図で六人分の攻撃を叩き込まれる。
 扉は派手に歪み刻まれて、通路まで破片を飛び散らせた。
「最後に派手にやりましたね。さて、お仕事も終わった事ですし、帰りましょうか」
 エヌは振り返ることなく鈍色の空間から白い空間へと歩いて行った。
 後に続いてその場を離れる覚者達。去り際に千晶が手を合わせる。
 立ち止まったいのりが一度だけ振り返った。
「貴方達の命を、未来を奪った事、いのりは決して忘れませんわ」
 たとえその未来が既に奪われていたとしても、引導を渡したのは自分なのだ。
 いのりが去った後、最後に残ったのは誘輔だった。
「鋼鉄の墓所か……皮肉だな」
 口にくわえた煙草の煙を吐き出す。煙草はだいぶ短くなっていた。
「俺ならこんな殺風景な所で死ぬのはごめんだね。死ぬならイイ女の隣がいい」
 鋼鉄に囲まれた空間を一瞥すると、新しい煙草に火をつけて指でそれを弾いた。
「手向けの一本だ」
 床に落ちた煙草の火はしばらく赤く灯っていたが、やがて強化狩人の亡骸から流れ出した黒い液体に浸かり、彼等の死の瞬間のようにあっけなく消えてしまった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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