退治せよ!炎天下の麦藁妖!
退治せよ!炎天下の麦藁妖!


⚫︎到来、日本の夏
「それアヤカシ仮面のお面じゃん!?」
 青い空に入道雲、茹だる様な夏の日差し。アスファルトにさえ反響する蝉の声に負けじと、歩道から元気な声が響いた。
「へへ、いいだろ? 昨日、父ちゃんに出店で買って貰ったんだ」
「おお! 夏祭りの!? いいなーー!」
「今日までやってるから後で一緒に行こうぜ!」
「賛成ーー!」
 白いシャツに海水パンツ、サンダルを履いた小学生が二人、片方はお面を被り、片方は既に水泳帽を被った出で立ちで、豪快に水泳バックを振り回しながら五麟学園のプールへと向かっている。
 その前へ、突然、巨大な影が立ち塞がった。
「被れーーー!」
 叫びながら現れたのは、筋骨凄まじい肉体で、更に首から上が麦藁帽子の巨大な妖である。
「ぎゃあああ!」
「出たあああ!」
 水泳バックを放り投げて逃げ出した子供達。その襟を鷲掴み、妖は白平べったいゴムの腕を頭へと振り下ろすや、お面を弾き飛ばし、水泳帽を叩き飛ばした。次いで弾けた樹脂の音が空に高らかに響いたのだ。
 しかし、どうした事か。音と反して痛みが来ない。子供達は恐る恐ると薄目を開けた。
「あ! たかし、頭!」
「お、お前こそ何だそれ!」
 見合った互いの頭には、妖怪と同じ麦藁帽子が被せられていたのだ。挙句に、帽子の両脇から伸びたゴムは、しっかりと顎下で結ばれているという丁寧さ。
「と、取れない!」
「うわあ! いやだああ! 一生麦藁帽子で生きるなんて!」
 子供達の悲鳴に嬉々と藁を揺らしながら、更に妖は通行人の帽子を弾き飛ばしては頭へとゴムをしならせていく。
 彼方此方から上がる悲鳴、増えて行く麦藁帽子頭。麦藁帽子以外の帽子を被る人間を狙いながら、どうやら妖は公園の方角へと向かっているようだ。
 野球帽を、カンカン帽を、カツラを手当たり次第に弾き飛ばしながら、見る間に麦藁帽子を被せられていく人々。
 夏空に、奇怪な妖の嬉しそうな雄叫びが響き渡った。

⚫︎FiVE拠点にて
「全く、とんだ迷惑な妖だな。麦藁帽子を被ろうが、カツラを被ろうが好きにさせろって話だぜ」
 久方 相馬(ID:nCL2000004)はホワイトボードを背にして溜め息を吐いた。
 同じくボードの前に集まっているのは覚者達だ。
「で、今回は、その麦藁帽子の妖を退治してくれ。敵は2体、五麟市の公園と、公園近くの神社で目撃情報が相次いでるみたいだな。既に数名の一般人が麦藁帽子を被せられているらしい」
 次いで相馬はボードを指差した。そこには一枚のインスタント写真が貼られている。
「俺が夢で見たのはこんな妖だ」
 写真に写し出されたそれは、首から麦藁帽子が生えた見るからに優良健康過ぎるこんがり小麦肌の妖だ。その帽子の中頃には鋭く光る双眼があり、二の肩からはだらりと伸びた白く平べったいゴムのような腕が付いている。
「成る程、今回の妖は物質系か」
 覚者の誰かが呟いた。それに相馬も頷きながらホワイトボードを軽く叩く。
「そ、物が意思を持つ事により生まれる妖、それが物質系だな。大抵は動きが遅い系統なんだけど、今回は別だ。見た通りやたら健康的にタフな上、ピンチに陥ると突風に攫われた帽子さながらの素早さで逃走しちまうらしい。くれぐれも油断はしないでくれよ」
 油断大敵、これまさにであろう。しかし、聞けば一生取れない麦藁帽子を被せてくる事以外は、そこまでの脅威ではない妖だ。
 だが、どんな妖であれ、人類に仇名す妖には違いない。それを裏付ける様に、相馬は至極真剣な面持ちで覚者達を見渡した。
「タイムリミットは日が沈むまでだ。其れ迄に間に合わないと、どっかの爺さんが襲われちまう」
 その言葉に、覚者達に緊張が走る。が、今度は逆に夢見の顔が緩んだ。
「まあ、そんな肩に力を入れる事もないって! 敵はランク1の妖が2体、皆にかかれば絶対大丈夫だって信じてるぜ! ただ、どんな奴がいるか分からないからな、FiVEの名前を出す事だけは控えてくれよな? 夏祭りもやってる事だし、楽しみながら倒して来てくれ、頼んだぜ!」
 
 何はともあれ、万人の被る自由を奪う妖を野放しにしておくわけにはいかない。
 覚者達は祭りに、ではなく、麦藁帽子を倒すべく踏み出したのであった。


■シナリオ詳細
種別:β
難易度:普通
担当ST:九之重空太郎
■成功条件
1.妖2体の討伐
2.なし
3.なし
 
 敵は2体、それぞれが別行動を取っています。
 今は極普通の麦藁帽子に成りすまし誰か一般人の頭に被さりながら、公園と近くの神社周辺をウロウロしています。勿論、乗っかられている一般人は怯えていますが。
 
通常攻撃
・両腕のゴムを鞭のように振り回して攻撃
(攻撃を受けると頭に麦藁帽子が装着されます。セミの声付き。)
 
使用スキル
・麦藁ダンシングフォーエバー
(踊りながら、投げ返って来る麦藁帽子を飛来させてきます。)
 
・逆回り麦藁フォーエバー
(やや可愛げに反対回りに踊りながら、投げ返って来る帽子を飛ばしてきます。攻撃を受けると、恥ずかしい事この上ない程に可愛いらしい麦藁帽子が頭に装着されます。)
 
・一夏の思い出
(なけなしの麦藁帽子の藁を乱打してきます。攻撃を受けると懐かしい夏の思い出を呼び覚まされ、暫く郷愁に浸ってしまい動きが止まります。)
 
・敵はダメージが蓄積すると、麦藁帽子に体を収納し、ゴムの捻じり反動を利用して一気に逃走します。風があれば追い風効果にて速さは倍に。
・敵は基本的には帽子を被せようとばかりしてきますが、攻撃を受けた場合には反撃をしてきます。
・2体の妖が同じ場に居合わせる事になっても、協力はし合いません。
・説得は出来ません。(被れ、しか言えません。)
・妖に被せられた麦藁帽子を無理に取ろうとすると、頭ごと捥ぎ取れます。
・妖を日没までに倒しきれず、何処ぞの爺さんと遭遇させてしまうと、妖は爺さんへ牙を剥き、最悪のエンディングを迎えてしまいます。
 
 では、皆さんの熱いプレイングお待ちしております!
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年08月16日

■メイン参加者 8人■

『サイクロプス』
多々良 宗助(CL2000711)
『未来のプリンセス』
ノーラ・リンドヴルム(CL2000497)
『石橋を叩いても渡らない』
泉舟庵 小璃栖(CL2000469)
『はいぱーなたりん』
中里・ナタリー(CL2000892)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)

●いなせな麦麦ムッキムキ

 照り付く様な日差し。賑わう人の山。公園に所狭しと立ち並ぶ露店の活気からは、この場所が普段は至って静かだなどとは想像できない程だ。まさに暑ささえ夏の風物詩だと呼べる光景である。

 そんな人混みの中に、他の祭り客とは打って変わって何かを真剣に探している影があった。
見れば、混み合う人波から下方へ押し出される様に現れた『未来のプリンセス』ノーラ リンドヴルム(CL2000497)と『石橋を叩いても渡らない』泉舟庵 小璃栖(CL2000469)、そして納屋 タヱ子(CL2000019)が。
「シュリンクス、力を貸してだべ」
 言うや否や、撥ねる様に現れたのはノーラの守護使役である。麦の匂いを探してぇんだけんどと話しかけると、使役は円らな眼を閉じるや鼻を澄まして見せた。それにノーラも同じく鼻を澄まし、風下へ流れてくる匂いを嗅ぐ、嗅ぐ、嗅ぐ。
「うえええええ嫌な匂いもいっぱいだべ―――!」
 香水の匂いに煙草の匂い、果ては強烈な足の悪臭まで、ノーラは思わず鼻を押さえて涙目を拭った。それにタヱ子が応えて、
「都会の空気は汚れていますからね。昔は此処まででは無かったとは聞いていますが」
「都会…… そう人がいっぱい。見つからなかったら、どうしよう」
 弱気が口を突いた小璃栖へ、タヱ子は自身の頭に被ったヘルメットと深緑の頭のメイドキャップを指差した。
「帽子に反応するらしいですから、きっと探していれば向こうから来る筈ですよ」
「うう、変なのが出るんだべあっ出るんですね…… 日本の夏」
 ノーラが思わず出たお国訛りを飲み込んだ時、ふと、木陰に座る麦藁帽子が目に入った。止まるノーラの視線に気付き、小璃栖とタヱ子も互いに顔を見合わせる。こんなところにまさか、と近付いた三人は、恐る恐ると座り込む男性を覗き込んだ。
「…… なにか、違う」
 小璃栖の呟きに、ノーラも小さく唸る。
「だべ…… そうですね。怯えているというよりは」
「落胆しているか、不安に押し潰されそうな表情ですね」
 でも、と考え込むタヱ子の横から、ノーラは麦藁帽子へと鼻を近付けるや、
「麦の匂いだべ!」
 と、声を上げた。それにようやく顔を上げた男性は、虚ろな眼を三人へと向ける。
「なんですか、あなた達は?」
「えっと…… 公立中学の帰宅部です。ところで――― この麦藁帽子、どうされたのですか?」
 直球な質問に、男性は驚く事も無く深々と溜め息を吐いた。
「さっき、変な化け物に被せられて…… ああ、一生脱げなかったら、この先どうすれば……」
 言い終わらぬ内に男性は再び項垂れる。化け物、その言葉に三人は再び顔を見合わせると、弾かれた様に辺りを見回した。被害者が此処に居るという事は、
「居ますね、近くに」
 静かに腰の童子切へと手を伸ばすタヱ子。過ぎ行く人の群れを凝視しながら、ノーラと小璃栖も身構える。ただ、何処にいるのか、そう三人が思考を巡らせた時であった。
 不意に、小璃栖のキャップを目掛けて何か白平べったい物が撓ってきたのだ。反射的に転がり避けた小璃栖の前で、弧を描いたゴムが撥ね戻って行く。その先には、青褪めた面持ちの女性が一人立っていた。頭に、麦藁帽子を乗せて。

「見っけた―――――!!」
 ノーラの叫びを合図にか、女性の頭から麦藁帽子が伸びるように飛び出して来るや、一瞬の間に今度はタヱ子のヘルメットへとゴムが撓った。咄嗟に発された蔵王と演舞・清風を越して、深緑鞭が撓り競る。
 公園に響く二つの鞭打音。宙に舞ったヘルメットが地面へ転がった。逃げる女性に、上がる悲鳴。それを打ち消す様に、引き戻した鞭を掴み張る小璃栖。弾き返されたゴムに、妖は首ならぬ藁を捻る。次いで、更に自身へ蒼鋼壁を纏わせるタヱ子目掛けて鞭打を繰り出した。が、それを今度は二つの水礫が弾くと、ゴムを僅かに削りながら妖の藁をも貫いたのだ。思いがけぬ一撃に宙へ浮かせた身をよろめかせる麦藁帽子。
「はいぱ―― なたりん! あくあちぇ―― んじ!」
「初のお仕事のお相手は麦藁帽子さんですぅ~♪」
 水飛沫と共に現れたのは『はいぱーなたりん』中里 ナタリー(CL2000892)と八神 真白(CL2000239)であった。ノーラの声、妖発見の合図に駆け付けたのだろう。
 妖は攻撃された怒りに雄叫ぶや、帽子の内側から一気に巨体を突き出した。八切れんばかりの大腿筋、腹筋、胸筋に上腕二頭筋。これ見よがしの異常な筋肉に早滴る汗。突然現れた何とも不気味なその姿に更に上がる悲鳴。いよいよ混乱し出した一般人へと、不意に、すい、と小さな子供の手が上がった。
「お祭りのイベントだ!此処らへん使うからどいて!」
 見ると、子供に覚醒した小璃栖と、同じく純白のドレスを纏い成女へ覚醒したノーラの姿が。それに一般人達は五人と麦藁の巨体を暫し凝視するや、妙に納得した面持ちで蜘蛛の子を散らす様に去って行った。これも所謂お祭り効果だろうか。
 何はともあれ一先ず落ち着いたギャラリーに、真白は淑やかに咳払いをした。
「動く麦藁帽子さんは欲しい気もしますが、残念ですけど…… 倒すのがお仕事ですものね。真白、頑張りますぅ♪」
 麦藁帽子を見る目を輝かせながらも、獣耳は臨戦態勢に尖る。くねくねと踊り怒る妖をタヱ子が、ノーラが、小璃栖が囲むように構えた。

「さあ、れっつ討伐です☆」
 ナタリーの声に、覚者達は一斉に地を蹴ったのだった。





●どきっ!漢だけの麦藁戦線

 一方、神社では、此方でも準備万端に野球帽子を被った『サイクロプス』多々良 宗助(CL2000711)と、小粋にサンバイザーを被った名嘉 峰(CL2000013)、そして、
「俺の友達見なかった!?」
「友達? んな事より、此処いらはヤバそうな奴がいるらしいから、逃げたほうがいいぜ」
 子供に絡まれる香月 凜音(CL2000495)。それに子供は矛先を宗助へ向けるや、
「使えない大人だな!あんたら誰だよ!」
「俺は通りすがりの野球中年だ」
「ちゅ、中年!?」
 暫し沈黙した子供は、何か危険な香りを察知し慌てて神社を出て行った。その背中に、子供は元気が一番だぜと豪快に笑う宗助。

よ――し! 一丁やったろうもんねぇ! と喝を入れる峰に、二人も気を取り直して周囲へ目を配る。境内には蝉の声だけが響き渡り、風が太陽の匂いを運んで来ては吹き抜けて行くばかりだ。三人は足先を奥へと向けながらも僅かな参拝客を凝視するが、その誰もが帽子は被っていない。ついつい妖が居るという事も忘れてしまいそうな程に、唯々長閑な夏の情景である。
「いやあ、気持ちが良いぐらい夏だなオイ――!」
 思わず伸びやかに空気を吸い込む峰に釣られてか、宗助も大きく背を伸ばした時であった。漂う違和感。何かが違うと気付いたのは凜音だけでは無い。目の前に広がる景色へ、三人は黙して足を止めた。
 裏手を望む境内の傍ら、其処から長広く敷かれた石畳。密接な木々の重なりが道へと落とした深い影、それを虫食う様に降り注ぐ疎らな筋光。探せば何処にでもある薄暗い神社の一角である。ただ、何かが違う。
 峰は暗さに慣れてきた眼を一点へと細めた。石畳を外れた木々の幹の、その下の影が一際濃い。その正体を確かめようと、にじり寄る様に影へと近付いた瞬間、

「被れぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――――!!」
「うわぁぁぁ―――――!!!」
 後ろ倒れたサンバイザーへ、雄叫びと共に伸びかかって来たゴムを大鎚が叩き落としたかと思うや、そのまま石畳へと豪快な音を響かせた。それに鎚と地面に潰し止められたゴムの先で麦藁帽子が大きく擦り下がる。慌てて態勢を直しながらも、必死で腕ならぬゴムを引っ張る麦藁帽子。だが、地面に縫い付けられたかの様にゴムは抜けないようだ。
 反射的に英霊の波動を湧き上らせた凜音と同じく、宗助の足元から立ち上がった土が体を覆う。それを待たずと、咆哮した麦藁帽子が残りの片ゴムを撓らせた。迫る白鞭に互いに頷くと、妖へ一気に地を蹴り掛けた二人の前へ飛び出した影が。思わず劈のめる様に足を止めた宗助と凜音。
 音高く弾ける弾力性抜群のゴムの音。目を剥く凜音と宗助の視界で、叩き弾かれたサンバイザーの代わりと言わんばかりに、ぽん、と湧き出た麦藁帽子を被せられた峰が、顔面から地面へと滑り込んだ。
「お、おい! 何やってんだ!?」
 凜音は倒れた峰へと慌てて駆け寄る。その光景に小躍りつつ、してやったりと狂喜に藁々笑う麦藁帽。短く呻きつつも、困惑する凜音の視界に真っ直ぐと峰が指を伸ばした。その指の先を追うと、其処には変わらず腹立だしくも笑う妖の姿があるばかりだ。
「いや、―――――――」
 笑う妖へ、その下の影へと、宗助は隻眼を細めた。余程麦藁帽子を被せた事が嬉しいのか、小気味良いステップで踊りながら日陰から出てきた妖。その下には、恐怖に目鼻を真っ赤に泣き腫らした子供がいたのである。
 凜音は驚きに峰を垣間見る。峰は付いた泥を拭いながらも、にっ、と笑うや、
「助けたらんとね―――――!」
 と、屈託無く破顔して立ち上がるも蝉の声。場の雰囲気を遠慮なくぶち壊して夏を満喫する羽音へ、それでも尚、セミの鳴き声が心地良いぜ、と決める麦藁頭に、凜音も釣られて僅かに頬を緩めた。
「面倒癖ぇ。治してやるから倒れんなよ」
 揃えた五指に広げられた経典。構えた小太刀に、藁から響く元気な蝉の声。それに宗助は大きく頷くと高々と豪快な笑い声を上げた。

「おし! じゃあ、とりあえず…… 」
 言うが早いか、逞体が地を蹴った。大鎚を後ろ手に、塗り替わる様に鉄槌と化した右手を捩じり、麦藁へと肉薄する身を鋭く伸びたゴムが翳めるも、お構い無しと麦の鍔を抉り上げる。顔面擦れ擦れに繰り出された鉄拳に固まる麦藁帽子、と子供。堪らず藁を大きく仰け反らせると、妖は潰し止められた片ゴムを大鎚から無理矢理と引き抜き様、その反動で宙に飛び逃げた。が、その頭上に峰の召雷が直撃する。
「楽しい夏に水刺すなよってぇ!」
 こんがり香ばしい麦の香りを燻らせながら、麦藁帽子が地面へ落ちた、と同時に子供も腰を抜かしてへたり込む。その小さい肩が、突然と轟いた妖の怒叫に撥ね上がった。
 見れば、怒りに藁々と震えた麦藁帽子から巨大な足が、胴が、腕が地へと地響きを立てて生え出てきたではないか。空気を震わせる雄叫びに、唯々固まり続ける子供。それに凜音は焦れったそうに駆け寄るや、軽く頬を叩いて引っ張り立たせる。
「馬鹿か! 早く逃げろ!」
 言い終わらぬ内に投飛された麦藁帽子が高く乾音を響かせた。回り戻る麦藁と、それを妖が掴んだであろう音。しかし痛みの来ない状況に、凜音は咄嗟に細めた眼を開ける。
 其処には、黒い隻眼が二人へと身を呈し、恥ずかしい程に可愛らしい麦藁帽子を被っていたのである。思わず口を開ける凜音。それは盛り沢山のハート飾りに巨大リボン、そして何と突き出た兎耳まで施された見るも赤面もののピンクの麦藁帽子であった。しかし、
「大丈夫か、坊主?」
 僅かに振り返った隻眼が豪快に笑う。その頼もしい顔と帽子のギャップに子供は口を開けた。が、再び撥ね飛んできたゴムを弾き返す音に、助け呼んでこお! と叫ぶ峰の声が重なると、それに我に返った子供は慌てて頷きながら神社の外へと駆け出して行く。凜音もまた、気を取り直しつつ涼やかな滴を宗助へと降り注いだ。癒えた傷に口角を上げて応える宗助。凜音も同じく頷き応えるや、二人は応戦する峰の元へと地を蹴った。

 その先で、振り乱れる片打腕を掻い潜り、妖の足へと一閃を繰り出した小太刀握る側面へ別打腕が叩きつく。そのまま跳ね飛ばされた峰の影から入れ違う様に飛び出したのは宗助だ。それに目を剥いた麦藁の顔面に渾身の鉄槌が減り込むも、終わらず更に、深々と陥没した顔面を内側から鷲掴み寄せるや、
「もうひとつ!」
 と、片ゴムの付け根ごと重拳を打ち込んだ。突き抜ける様に殴り飛ばされた巨体が盛大に石畳を滑転する。拳の形に陥没した麦藁帽子、その傍へ僅か遅れて千切れたゴムが撥ね落ちた。終わりかと思いきや、尚も上体を持ち上げながら、被れぇぇぇ! と残った片ゴムを撓り上げる妖の頭上へと雷閃が走る。
「嫌われちゃうぜ君ぃ? 無理に被せるよっか、被りたい奴が自分で被った方がお前さんの為じゃね?」
 稲妻の残り火を燻らせながら、峰は頭を掻いた。動かなくなった妖。それに油断した途端であった。死力とばかりに被り起きた麦藁帽子が大きく体を震わせたのである。目を剥く宗助と峰に藁の嵐が叩きつく傍で、吉備していたとばかりに妖を水礫が貫いた。
 悲鳴と共に崩れていく麦藁帽子。吹き抜ける風に峰と宗助の麦藁帽子も静かに浚われていく。今度こそ終わったであろうに、それを見つめる凜音は一人、首を捻っていた。見たのだ。崩れる瞬間、残った紅眼が、にやり、と嬉しそうに笑ったのを。やがて最後の一藁が空へと掻き消された時、その笑みの真意に凜音は気付かされた。
「あああああああ!! あ、甘酸っぱい、あの夏よぉぉぉ――――!!!」
「…… ばあちゃん…… ああ…… スイカ…… うまかったなあ…… はは……」

 置き土産だとでも言うのか、果てしなく遠くへ行っている宗助と峰。暫くは戻って来ないんだったかと、凜音もまた別な意味で遠くを見るのであった。





●フォーエバーMUGIWARA

「被れ――――――――!!」
 怒叫と共に振り翳された白ゴムを掻い潜り、ノーラが異形の懐へと杖の柄を打ち込む。そのまま直様と風下に飛び退いた白ドレスの裾を打腕が僅かに翳めるや、そのまま弧を描き、背後のナタリーへと風を裂いた。咄嗟に放たれたナタリーの水礫が迫る平ゴムを貫くも千切るに足らぬ。更に駄目押しとばかりに、真白が射った礫が再び撓る腕を貫くも怯まない。
 思わず一打を覚悟したナタリーの視界に鈍光が過った瞬間であった。水行の二人によって空けられた異形の腕穴へ、一閃が走ったのだ。我知らず目を剥いた一堂の前で、鋭利に切られたゴムの断片が宙に舞う。一瞬の間、公園に悲鳴ともつかぬ妖の苦悶が響き渡った。
 見れば、閃光の元には童子切を振り上げたタヱ子が居たのである。
「これで逃げられはしないですよね?」
 言いながら、おさげの剣士は優と刃を払った。更にとタヱ子から湧き上った蒼鋼の波動に、一気に鳥肌だった麦藁筋肉。体の大きさが大きさの為か、遠目でもわかる鳥肌の大きさに、うわあ、と小璃栖が洩らした。勿論、食欲が無くなる意味で。それに思わず真白とタヱ子も顔を背けた矢先に、あ、とナタリーが短く叫んだのだ。
「逃がさないからね!」
 言うが早いか、高々と飛躍した水淡の羽衣に慌てて其方を見ると、なんと妖が帽子へと体を押し込め、凄まじい速度で隻腕を捩じり出しているではないか。しかし突如と圧し掛かられた衝撃に揺らぐ麦藁へと、躊躇なく露色の刃が突き立てられた。それに殊更揺らぎに揺らぐ妖に構わず滅多刺されるサーベル。痛いのか、痛いのであろう、麦藁に付いた紅眼から大粒の涙が溢れ出る。まさに蜂の巣、言うなれば地獄絵図。

 堪らず妖は逃亡の為に捩じったゴムを、藁にしがみつくナタリーへと振り上げた。だが、まるでそれを待っていたかの様に無抵抗に弾き飛ばされたナタリー。その体を揺蕩わせた癒しの滴ごと真白が抱き止めた刹那、再び隻腕を捩じり掛けた妖へと雷光纏う蔓鞭が直撃した。香ばしい匂いを燻らせながら、アスファルトへと地響きを立てる麦藁妖。
「逃がしはしないわよ」
「逃げられると思わないでほしいな」
 天を突く様に上げられた腕から散る稲妻と、地へと叩き鳴らされる深緑鞭。はらりと散り始めた麦も其の儘に、妖は慌てて起き上がるや前門の虎から剛速で後退るも、確か後ろには――――、
 異形の左肩から右脇腹へと斜め一閃、童子切が走った。空を劈く様な藁々した断末魔。後門の狼、タヱ子に切り離された妖の胴体が、くの字に倒れ込む。異形の躯を着地台に、そのまま辛うじて浮かぶ頭部へと駆け上がり来る若き剣士。慌てて伸ばされた腕打を掻い潜りながら、一直線に構えた突先が真っ直ぐと麦藁の眉間を貫いた。
 盛大に弾け散る藁。まるで花火の様に破裂した夏の風物詩に、
「たまやですぅ~♪ 初お仕事お疲れ様でしたですぅ♪」
 と、真白が無邪気に微笑んだ。降り注ぐ藁の雨を見上げながら、晴々しく肩の力を抜く覚者達。だが、不意に何かに気付いたのか、小璃栖が地面へと視線を下した。其処には目玉が一つ、紅い眼球に二本の藁筋を生やした奇妙な生き物が、今まさに忍び足で逃げようとしていたのだ。勿論と、すかさず撓った深緑鞭。控えめな破裂音を鳴らすと同時に飛ばされた最期の藁筋に、小璃栖は、あ、と声を上げた。藁の軌跡のゴールでは、
「うっ、ううっ…… 都会はやっぱ寂しいとごだぁ。ありんこもカブトムシもいねぇんだものぉ……」
 一夏の思い出に号泣し出す田舎娘の姿が。
「此処にも置き土産か」
 ふと聞こえた声。一同が振り返れば、其処には夕暮れ背負う凜音が立っていた。その両肩には此方でも絶賛と一夏の思い出に浸っている宗助と峰を支えて。


兎にも角にも、何方も無事に討伐完了したのだと悟った覚者達。いつの間にか居なくなる者、買い物へ行く者、祭りが怖いと帰る者と、それぞれは思い思いの帰路に着くのであった。勿論、祭りの花火に後程思い出から呼び覚まされた覚者達も、だ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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