【古妖狩人】海上実験船『季武』
●ラボ
「覚者組織だあ?」
直立不動の迷彩服に向かって、白衣の男はねちねちと聞き返した。
「大人の男から少女までおりました。通りすがり、と言うには8人は多すぎるかと」
「で? 『狩人』は8匹のあずきとぎのうち6も持ってかれたって?」
話す男の目は迷彩服ではなく、手元のメスに注がれている。手術台に拘束された女性の腕を、既に幾本もの赤い筋が走っていた。
「サンプルはできるだけ多く。数が減ってもばらつきがあった方がいい、って言ったよな? 何でガキ2匹なんだよ。なあ」
「……申し訳ありませ」
「出てけ!」
怒号と同時に、白い腕にメスが突き立った。声にならない悲鳴を上げ、あえぐ女性。
「お前もうるさい。黙れ。花を折るぞ」
力なく首が振られる。涙を流す気力も、もう女性にはない。
「花さえ無事なら、お前は何しても死なないんだろ? 化け物」
迷彩服の『狩人』が去った扉を蹴飛ばして、男は船内通信のスイッチを入れた。
「『月見草』は、今日もう使い物にならない。新しく来たやつ、なんだっけ? そうだ、『あずきとぎ』連れてこい。出航までそいつで遊ぶ」
●駐車場
「装甲トラック5台中4台ぶっ壊されたってな」
「まだ予定数の3割も捕まえてないんだろ? 損害額どれだけだよ?」
「さあ。でも回収切り上げて出航するってさ」
「俺ら的には駐車も檻運ぶのも楽だし、出航も早まるしでいいけど」
「お前、それドクターに言ったら殺されるぞ」
軽口をたたきながら、2人の『狩人』は、到着後間もない装甲トラックのコンテナを開けた。すすり泣きの声が聞こえてくる。
「……おばあちゃん……うう……」
「……おやま、かえりたいよう……」
「見た目は完全に人間だな。気持ち悪りい」
「さっさと運ぼうぜ。ラボ入口は右舷の廊下だろ」
「あれラボじゃなくね? 拷問部屋だよ」
「やめろって。ドクターに聞かれたら俺も死ぬ」
赤と緑の着物姿の少女2人を檻ごと台車に積み、『狩人』たちは1対だけのヘッドライトに見送られて船内駐車場を出ていった。
●ファイルの中身
私有船『季武』
装甲トラック5台を積める車庫を擁する大型船舶。
戦闘能力のない古妖が集められ、兵器の対妖改良を目的とした実験に利用されている。
現在はY県の1級河川H川河口に停泊中で、Y県及び周辺地域からの古妖を収集し、本拠地に運搬する役割も担っている。
あずきとぎたちと一緒に持ち帰られたファイルから入手できた以上の情報に基づき、F.i.V.Eは部隊の派遣を決定した。
なお、本拠地の場所は記載書類が存在しないため不明である。
「覚者組織だあ?」
直立不動の迷彩服に向かって、白衣の男はねちねちと聞き返した。
「大人の男から少女までおりました。通りすがり、と言うには8人は多すぎるかと」
「で? 『狩人』は8匹のあずきとぎのうち6も持ってかれたって?」
話す男の目は迷彩服ではなく、手元のメスに注がれている。手術台に拘束された女性の腕を、既に幾本もの赤い筋が走っていた。
「サンプルはできるだけ多く。数が減ってもばらつきがあった方がいい、って言ったよな? 何でガキ2匹なんだよ。なあ」
「……申し訳ありませ」
「出てけ!」
怒号と同時に、白い腕にメスが突き立った。声にならない悲鳴を上げ、あえぐ女性。
「お前もうるさい。黙れ。花を折るぞ」
力なく首が振られる。涙を流す気力も、もう女性にはない。
「花さえ無事なら、お前は何しても死なないんだろ? 化け物」
迷彩服の『狩人』が去った扉を蹴飛ばして、男は船内通信のスイッチを入れた。
「『月見草』は、今日もう使い物にならない。新しく来たやつ、なんだっけ? そうだ、『あずきとぎ』連れてこい。出航までそいつで遊ぶ」
●駐車場
「装甲トラック5台中4台ぶっ壊されたってな」
「まだ予定数の3割も捕まえてないんだろ? 損害額どれだけだよ?」
「さあ。でも回収切り上げて出航するってさ」
「俺ら的には駐車も檻運ぶのも楽だし、出航も早まるしでいいけど」
「お前、それドクターに言ったら殺されるぞ」
軽口をたたきながら、2人の『狩人』は、到着後間もない装甲トラックのコンテナを開けた。すすり泣きの声が聞こえてくる。
「……おばあちゃん……うう……」
「……おやま、かえりたいよう……」
「見た目は完全に人間だな。気持ち悪りい」
「さっさと運ぼうぜ。ラボ入口は右舷の廊下だろ」
「あれラボじゃなくね? 拷問部屋だよ」
「やめろって。ドクターに聞かれたら俺も死ぬ」
赤と緑の着物姿の少女2人を檻ごと台車に積み、『狩人』たちは1対だけのヘッドライトに見送られて船内駐車場を出ていった。
●ファイルの中身
私有船『季武』
装甲トラック5台を積める車庫を擁する大型船舶。
戦闘能力のない古妖が集められ、兵器の対妖改良を目的とした実験に利用されている。
現在はY県の1級河川H川河口に停泊中で、Y県及び周辺地域からの古妖を収集し、本拠地に運搬する役割も担っている。
あずきとぎたちと一緒に持ち帰られたファイルから入手できた以上の情報に基づき、F.i.V.Eは部隊の派遣を決定した。
なお、本拠地の場所は記載書類が存在しないため不明である。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『あずきとぎ』『月見草』の保護。
2.船に河口を抜けさせない。
3.なし
2.船に河口を抜けさせない。
3.なし
仲間によってもたらされた『古妖狩人』の中継地点襲撃の情報。
とらわれている古妖たちを、どうか助けてあげてください。
●重要な備考
この依頼の成功は、憤怒者組織『古妖狩人』の本拠地へのダメージとなります。
具体的には古妖狩人との決戦時に出てくる憤怒者数や敵古妖数が、成功数に応じて減少します。
●『季武』(すえたけ)
装甲を施した水上バスのような形の私有船舶。現在H川河口に停泊中。
デッキを含めた全室に船内通信装置完備。
・1F
右舷後部のタラップから入ると装甲トラック5台が入る駐車スペースがある。
船の左舷、右舷に沿うように廊下が伸び、挟まれる形で警備兵詰所、兵器倉庫、ラボ、操縦室がある。
全室両側の廊下から入ることができるが、ラボだけは右舷側にしか扉がない。
・2F
操縦室、および駐車場にある階段から上がることができる。
全面デッキになっており、見張りが常駐している。
●敵
古妖の捕獲、利用を目的とした憤怒者『古妖狩人』。16名が乗船している。
・2Fデッキ
見張り×4名
ライフル(遠距離単体攻撃)と暗視ゴーグルを所持。
船に入られる前に敵を追い払うことを目的に戦う。
・駐車場
雑用兵×4名
ナイフ(近距離単体攻撃。出血のバッドステータスを与える)と拳銃(遠距離単体攻撃)を所持。
・兵器倉庫
警備兵×4名
拳銃とシールドを所持。
シールドを構えて突進(近距離単体攻撃。ノックバックを与える)することもある。
船内通信で連絡を受けると、最も敵の数が多い個所に向かう。
・ラボ
ドクター×1名
メス(近距離単体攻撃。麻痺のバッドステータスを与える)を所持。
ラボ内の毒ガス(全体攻撃。毒のバッドステータスを与える)やバーナー(近距離列攻撃。火傷のバッドステータスを与える)も使ってくる。
・操縦室
操縦士×3名
拳銃を所持。船の操縦のほか、船内通信の管理も行っている。
敵の侵入に気付いた段階でタラップを上げて出航し、閉じ込めようとする。
●古妖
・月見草
月見草の花から生まれた古妖。器量がよく働き者の健気な女性。花が折られない限り不死身。
装甲トラック内の檻に入れられているが、花はラボにある。
・あずきとぎ(少女)2人
京都に向かう途中で捕まえられた。ラボ内にいる。
●場所と時間
停泊場所は廃線になった連絡船の乗り場。周囲には妖に襲われた売店の廃墟が並んでいる。
出航は夕方。出航15分後に河口を抜け、海からどこかへ向かうらしい。
急いで向かえば出航予定時刻の30分前に到着できる。
皆様、ふるってご参加くださいませ。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/10
7/10
公開日
2015年12月13日
2015年12月13日
■メイン参加者 7人■

●潜入
だだっぴろい船内駐車場は、照明があっても薄暗い。開けっ放しの右舷側ドアをくぐりつつ、最後尾の『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)はちらりと後ろを振り返る。
2人の『狩人』が左舷側の廊下のドアと階段入口につき、もう2人はコンテナの中に銃を向けながら降りてくるところだった。ステルススキルで壁に紛れた覚者たちには、誰も気づいていない。
「花はこっちにあるんだ」
「1人で妙な真似はやめろよ」
(もう少しの辛抱です )
まだ見ぬ古妖に心の中で呼びかけ、御菓子は壁にぴったりと沿うように、同じくステルス状態の3人を追った。
「トラックにいるのは月見草さんだけみたいです」
「じゃあ、あずきとぎさんたちは……」
前を歩く『半殺し派』菊坂 結鹿(CL2000432)は、前方の扉を睨んだ。右舷側に3つ並ぶうち最も大きい『ラボ』と書かれたドア。2人の少女あずきとぎはあの中にいる。
「絶対助け出して、みんなと再会させなきゃ!」
決意を新たにしたとき、先頭の『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)が足を止めた。犬系守護使役の椛がなにかをかぎわけたらしい。直後、突きあたりのドアが開く。
「悪い、詰所にファイル忘れた」
誠二郎がさっと合図を出し、4人は壁に貼りつく。が、『狩人』は廊下のほぼ中央を歩いてくる。ぶつかればステルスも意味はない。
「任せとけ」
迷彩服がドアを閉めたことを確かめて、『家内安全』田場 義高(CL2001151)は大股に前へ出た。風景への同化が薄れ、『狩人』が目を見開く。
「おま、えッ……!?」
一言目を言い終える前に、金属のような硬質のこぶしが迷彩服の腹にめり込んでいた。崩れ落ちた体を太い腕で支え、手早くロープを巻く。その様子は花屋と言うより傭兵のようだ。
「外道にゃ外道の末路が待ってるってこった」
縛った『狩人』を廊下に転がして、義高は誠二郎の横に並んだ。ステルス状態のまま、ドアを透過して操縦室に入っていく。2人を見送ってから、御菓子はドアをノックした。気を失う前の男の声を意識しながら口を開く。
「すまん、そっちに入れときたい荷物があんだが、両手が塞がってて。開けてもらえねぇか?」
「荷物?」
男2人の笑い声が聞こえた。
「てめえが取り行ったのはファイルだろ」
「いや、忘れてて」
「下に置いて自分で開けや、ガッ!?」
くぐもった声が聞こえたと同時に御菓子はドアを開けた。英霊の力を高めつつ飛び込んだ結鹿に、義高が振り向く。羽交い絞めに捕えられた『狩人』の胸に、鋭い突きが炸裂した。
「よくできました」
もう1人を聳孤のふた振りで床に沈めた誠二郎は、にっこりして左舷側のドアから出ていった。義高は、御菓子が引っ張りこんだ男も含めて3人を1か所に縛り付けた。その間に結鹿が通信装置を操作する。
「お姉ちゃん、OKですっ」
あっという間に機械の調整を終えた結鹿は、船内図についてるボタンを押して喋ってくださいね、と言って御菓子に場所を譲った。今度は操縦席のディスプレイを覗き込み、過去のデータを探る。通信、航路、乗組員、武装。あらゆる情報を小さな記録媒体に収めていく。
「あずきとぎさんの後に、こんなに捕まえる予定だったんですね……」
ぶよ、こっこ狸、化け茶碗といった小さくて非力な古妖たちの名が並ぶリスト。その最下部に名前があった。
――運搬後は古妖の管理権限を平山正彦に一任します。運搬管理責任者・ドクター須田
「ドクター須田……こんなこと考える人はきっと碌でもない人です、そうに決まってるんです!」
怒りを込めて、結鹿は船のデータを抹消した。
「大丈夫? いきますよ」
肩を震わせる姪を心配そうに見やりながら、御菓子は通信用マイクに口を近づける。使うのは、最初に気絶させた男の声だ。
「緊急通信。海側から乗り込んでくるやつらがいるらしい。海側を重点的に見張れ」
『了解』
返事を聞いてから、ボタンの指を放す。階段の上で身をひそめた義高が親指を立てた。次の通信は警備兵のいる兵器倉庫へだ。
「駐車場のと合流し、2階に上がってくれ、2階に侵入者が来たようで戦闘になってる。人数はそれほどでもないようだが、数をそろえて一気に排除したい」
●駐車場戦
見張りは動かなかった。正確には、船の前後を見張っていた『狩人』は海側に向かったが、陸側とタラップを見下ろす1人だけは動こうとしなかったのだ。
「戦術的に見れば正しい……が、どうする」
売店の廃墟に身を隠した天明 両慈(CL2000603)が2人の仲間を振り返る。覚醒した『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)は悔しそうに船の上を睨んでいた。
「向日葵様方はもう、ラボに向かわれているはず。ぐずぐずはできませんわ」
が、そのまま出ていけば見張りに見つかる。上から撃たれるのも、増援を下に回されるのも避けたい。
「任せてください」
屋上に出てきた赤銅色の人影を見て、離宮院 さよ(CL2000870)は静かに翼を広げた。
「お2人はタラップからラボに向かってくださいっ」
急上昇、そして急降下。見張りのライフル弾をものともせず、さよは2階デッキの中央に着地した。振り向いた見張りを空気の弾丸が襲う。見張る者のいなくなったタラップを、いのりと両慈は駆け抜けた。
(理不尽な目に遭っている古妖の方々を、必ず救いだしますわ!)
決意を固め船内に踏み込んだいのりの足元を、銃弾がえぐる。
「侵入者だ!」
「海側からじゃなかったのか?」
駐車場に残っていたらしい『狩人』が拳銃を構えている。駐車場の兵士を追ってデッキに上がろうとしていた1人も、階段から見下ろしていた。
「下からも入ってきたぞ!」
「上には何人来た……2?」
「狙いは古妖だ! 降りてこい!」
がんがんと鉄製の螺旋階段を鳴らして、盾を構えた『狩人』たちが駆け下りてきた。
「ラボに行かせるな!」
『狩人』たちの今の様子からすれば、操縦室が制圧されたことも、3人の覚者がラボに向かったことも伝わってはいなそうだ。
ならば優先すべきは古妖の保護。
「盾が3、ナイフが1、銃は全員。……まずは『月見草』を助けるぞ」
向かってくる憤怒者の情報を素早く頭に入れ、両慈はいのりに呼びかけた。『狩人』がこちらに引きつけられ、ラボに向かう戦力が減れば願ったりかなったりだ。
「了解ですわ!」
真っ赤なボンデージを纏った少女は、装甲トラックに向かって走り出す。事前情報によれば、運搬用のコンテナは幽閉する檻も兼ねているはずだ。
「死にたくなければどけ!」
開いたままだった装甲トラックのコンテナに飛び乗ったいのりに4つの銃口が火を噴く。背後の鉄格子の中から短い悲鳴が聞こえた。
「古妖の方々の受けた痛みに比べたらこれくらい!」
月見草に向かった弾丸を歯を食いしばって受け止め、いのりはとんぼを模した杖を掲げた。ストーンから霧があふれ出し、『狩人』にまとわりついて力を奪う。
「次は殺すぞ!」
「撃った後で何を言う」
白銀の髪をなびかせ、味方に力を呼び起こそうと舞いながら、両慈は紫の目を細めた。
「力への憎しみ以外は忘れたのか。人間であるというだけだな、気持ち悪い」
開いた本から、迷彩服を焦がして雷が走る。霧を吐き終えたいのりの杖からも、まばゆいスパークが散った。
●デッキ戦
「っぐ……う……」
スキンヘッドに汗をにじませて、義高はたたらを踏んだ。羽織った水のベールが、ぱちんとはじけるように消える。
屋上の見張り4人と駐車場から上がってきた3人、盾を構えた1人。8人のうち2人目を倒したところで、絶え間ない射撃にさらされ続けた義高の身体が悲鳴を上げた。
「大丈夫ですかっ!」
上空のさよが新しい水衣を投げかけると同時に発砲音が鳴る。土の鎧を抜け、鍛え抜かれた胸からぱっと血が飛ぶ。巨体がぐらりと階段側へかしいだ。
「おおっ」
『狩人』たちから歓声が上がりかけ……すぐに止んだ。
「悪いな」
「いいえ、回復は任せてくださいっ」
階段の手すりを掴み直し、義高は強引に身を起こす。命を削った身体を、天使のように舞い降りたさよが支えていた。呪符から生み出した水行の力が傷口にしみこんでいく。
「じゃあ殴るのは俺に任しといてくれ。ちゃっと片付けてやる」
「はい。早くラボに向かいましょう」
「っし! 死にてぇ奴はかかってこい! 希望かなえてやんぜ!」
吠えた義高は、自身の前に青い鋼のシールドを生み出す。つっこんできた盾の『狩人』が義高と同じだけ弾き飛ばされ、頭を打ち付けて気絶する。
「距離をとって撃て!」
わらわらと船尾側に集まり、残った5人はいっせいに義高目がけて発砲した。ライフルが4丁、拳銃が1丁。
「至近距離に入りゃこっちのもんだろうが」
「どうだかな?」
義高が拳を固めて迫るたびに散って逃げ、的を絞らせない。階段入口から飛ばすさよの回復も、少しずつ追いつかなくなってきた。
「はあ、はあっ……填気、を……っ」
「ぐっ!?」
さよが自身の気力を回復させた一瞬、2枚目の水のベールが消える。ようやく捉えた『狩人』に振り上げた義高の手を凶弾が貫いた。
「おらあっ!」
が、血を振り飛ばしながらこぶしは止めない。デッキに押さえつけた男の頬を義高は殴り飛ばし、
「あっ……が……」
どうと横ざまに倒れて転がった。仰向けになった腹には深々とナイフが突き刺さっている。
「田場さん!」
「諦めろ」
渾身の癒しの力を込めた呪符を、鉛玉が撃ちぬいた。次いで右の肩と腿に熱い痛みが襲う。
「俺たち人間に、大人しく実験されてりゃいいんだよ、化け物は」
傷を押さえながら座り込み、それでも階段の前を動かないさよに4丁のライフルが向けられた。1人の『狩人』は構えたまま、船尾の階段につけられた通信装置に近づいていく。
「こちらデッキ。侵入者確保に成功。捕縛するか殺すか」
「その前にこっちに援ごっ、あああ」
「……失礼いたしました。捕縛はしなくて結構ですわ」
装置から聞こえてきたのは、おっとりとした少女の声だった。階段から光が炸裂し、電流が通信装置もろとも『狩人』を貫く。
「なるほど。やはり気持ちのいい連中では無い様だな」
煙を吐いて倒れた男の後ろから現れたのは、書物を開いた両慈だ。
「まだやれるか」
「はいっ」
命の一部を犠牲に、さよは立ち上がった。残る『狩人』3人は慌てて引き金を引く。が、
「すまないが加減は出来ないかもしれないな」
「こんどこそあずきとぎさんを全員助けますっ!」
迸る雷と圧縮空気の弾丸に2人が吹き飛ばされた。
「ひっ」
残った1人が情けない悲鳴を上げ、銃を振り回す。銃口をぶつけられたさよがうめくと、血を流す細い肩を突き飛ばして階段を駆け下りはじめた。
「追うぞ」
「はいっ」
●ラボ戦
「すでに悪事は露見してます。おとなしく縛につきなさい……!」
音をたててラボのドアを開け放した御菓子は、後ろの結鹿ともどもその場に固まった。
「はあっ!?」
頓狂な声をあげる白衣姿の男は、悪趣味な歯医者の椅子のような手術台のそばに立っている。今まさにどす黒い煙を垂れ流すチューブを、動けないあずきとぎの口に突っ込もうとしていたところだった。
「騒がしかったのはそれかよ。『狩人』とか言って使えねー奴らばっかじゃん」
「……その間、あなたはここで」
「仕事仕事」
痩せた指がキーを押す。管を詰め込まれた少女の口から、声にならない絶叫とガスがあふれ出した。床の台車の檻に入れられたもう1人も泣き叫ぶ。
「やめさなさい!」
鋭く叫んで、御菓子はヴィオラを構えた。4本の絃が震え、つやのある『タラサ』の音色が響く。清らかな大気の力が苦痛の煙を払うべく振り撒かれた。
「へえ、化け物か。お前も!」
憎々しげに叫びながら、男は別の管を部屋の奥に向けた。炎が吹き出す。
「うぁっ……!」
ステルスが解けた結鹿が、焼けただれた腕を押さえて倒れこむ。しかし、手術台にぶつかりざま、ひじを伸ばしてキーボードを叩いた。ガスが止まり、あずきとぎはぐったりとうなだれる。
「悪即斬、です……ドクター須田」
「化け物ごときが俺を呼ぶな! 俺の物に触るな!」
「あなたの物ではないですよ、古妖たちは」
柔らかいと言ってもいい男性の声が、部屋の奥から呼びかけた。奥の壁をふさぐように置かれた金庫が開き、その中から透明なドームを持った誠二郎が静かに歩み出てくる。鳥かごのようなドームには、美しい紫の花の鉢植えが収まっていた。
「それは! 月見草は俺の研究」
「あなたの物ではありません。これ以上言うべき事も、余りありません」
ドームを片手で支え、誠二郎はひょいと樫木の杖を振った。小さな種が須田に向かって飛ぶ。
「とりあえず貴方も切り裂かれる痛みを知ると良いでしょう」
「ぎゃッ」
種から無数に飛び出した棘で、白衣は切り裂かれ、血で汚れた。それでも須田の目のぎらつきは消えない。キーを操作し、再び黒い煙をまき散らす。
「ぶき、武器をっ……!」
目を血走らせた『狩人』が駆け込んできたときには勝利の笑みすら浮かべかけた。が、銃を振り上げた『狩人』は直後に倒れ伏す。
「やれやれ、まったくもって、度し難い限りです」
「逃がしませんっ」
誠二郎の棘で前から、さよの圧縮空気で後ろから、挟み撃ちにされたからだ。さよの後からラボに入った両慈は、必死に演奏を続ける御菓子を見て、即座にページを繰った。輝く霧が絃と紙からあふれ、ガスに侵された味方のダメージを和らげる。
「クソッ」
毒づいた須田は、火炎放射器を誠二郎に向け、はっと手を止めた。
「もしあの花になにかしたら……どうなるかわかっていますよね……」
ひりつくような怒りを含んだ声。ケースを抱いた誠二郎の前にさよが回り込み、呪符を突きつけている。
「うあああ!」
噴射された炎を、さよは四肢と翼を大きく広げて包み込む。水の衣は纏っても、ダメージは免れない。それでも避けることより、花を守りきることを選んだ。倒れたさよの後ろから誠二郎が迫る。
「橘の家に伝わる杖術をお見せしましょうか」
2度振り抜かれた聳孤は須田の腹を突き、足を払って檻に叩きつけた。額から血を流しながら、須田はしがみつくように檻に覆いかぶさる。中のあずきとぎが悲鳴を上げた。右手でキーボードをまさぐり、手術台の上の少女もかき抱こうとする。
「こ、攻撃してみろよッ! こいつらも巻き添えだ!」
「そんなことさせません!」
火傷の癒えた結鹿の手が、一瞬早く赤の着物を抱き上げた。開いた手術台に誠二郎の杖が須田をほうり上げ、回復の手を休めた両慈が押さえつける。
「人間であるというだけ、か……俺の嫌いなタイプだ」
「うるさい! お前ら化け物は人間に」
「貴方方は自分達が人間だと思っているようですが」
わめく須田の声を貫いて、凛とした声が入口から響いた。反射的に全員が振り向く。
「いのりは罪無き者に理不尽な仕打ちをするような人達を人間だとは思いたくありません。恥を知りなさい!」
10歳の少女とは思えない、重みのあるオーラと怒りで一喝され、須田はことんと大人しくなった。すかさず結鹿がキーボードを操作し、拘束をかける。
「さあ、知っている事を洗いざらい話していただきますわ」
催眠状態の須田がこっくりとうなずく。
「何だ、心込めて殴ってやろうと思ってたのに」
ラボの入口に、よろよろと義高が現れた。やつれた女性に支えられている。
「月見草様」
「まぁ手柄の独り占めはいかんよな」
にやっと笑った義高は、痛そうに脇腹を押さえた。
●戦の後
須田が話し終えると、ずっしりと沈黙がおりる。
「『古妖狩人』ってのは下衆の集まりだな………よくもまぁ…… 」
ようやく口を開いた義高は、深々と溜息をついた。隣でいのりが杖を握りしめる。
「そんな、恐ろしいことを……」
古妖を模した戦闘機械の開発。改造手術を経た人間の強化部隊。あちこち拠点を移しながら続けられたおぞましい研究の成果。
「今の拠点には船とトラックを乗り継がないといけないうえに、もう移動計画もある。用心深い」
結鹿の見つけ出した地図に書き込まれた赤線を指でなぞりながら、両慈は唇をゆがめた。重ねて綴じられた紙には『確保済古妖の運搬協力要請』とある。本拠地の古妖を、この船でも運ぶつもりだったのだろう。囚われた古妖は相当な数のようだ。
「……何としても助けてやりたい所だな」
「まずはこれを、F.i.V.Eに知らせなくては」
「そうですね。その後に」
「おはなし、すんだ?」
緑の着物のあずきとぎに裾を引かれ、結鹿は目で話を切り上げた。
「はい。2人とも大丈夫?」
傷の痛みは引いたらしく、御菓子のヴィオラに合わせて赤い着物の少女は楽しそうに踊っている。結鹿も踊りに引っ張り込まれた。
「貴女方はこれで自由です」
音にまぎれて砕いたドームから、誠二郎は慎重に鉢を取り上げた。花を抱きしめた『月見草』は深々と頭を下げる。
「お礼はいいです。貴女達のような可愛い女性の笑顔を見ることができれば、それが僕にとっては何よりの報酬なのですよ」
頬を赤らめる女性の肩にぽんと触れて、誠二郎は御菓子に目配せをした。
「それじゃあ一緒に、おばあちゃんのところに行きましょう」
「つれてってくれるの!」
「もちろん」
誇らしげに弓をさばき、御菓子は胸を張る。
「みんなと再会させるまで、そこまでがお仕事です」
「ご褒美は半殺しでね」
結鹿がぱちんと片目をつぶった。
だだっぴろい船内駐車場は、照明があっても薄暗い。開けっ放しの右舷側ドアをくぐりつつ、最後尾の『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)はちらりと後ろを振り返る。
2人の『狩人』が左舷側の廊下のドアと階段入口につき、もう2人はコンテナの中に銃を向けながら降りてくるところだった。ステルススキルで壁に紛れた覚者たちには、誰も気づいていない。
「花はこっちにあるんだ」
「1人で妙な真似はやめろよ」
(もう少しの辛抱です )
まだ見ぬ古妖に心の中で呼びかけ、御菓子は壁にぴったりと沿うように、同じくステルス状態の3人を追った。
「トラックにいるのは月見草さんだけみたいです」
「じゃあ、あずきとぎさんたちは……」
前を歩く『半殺し派』菊坂 結鹿(CL2000432)は、前方の扉を睨んだ。右舷側に3つ並ぶうち最も大きい『ラボ』と書かれたドア。2人の少女あずきとぎはあの中にいる。
「絶対助け出して、みんなと再会させなきゃ!」
決意を新たにしたとき、先頭の『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)が足を止めた。犬系守護使役の椛がなにかをかぎわけたらしい。直後、突きあたりのドアが開く。
「悪い、詰所にファイル忘れた」
誠二郎がさっと合図を出し、4人は壁に貼りつく。が、『狩人』は廊下のほぼ中央を歩いてくる。ぶつかればステルスも意味はない。
「任せとけ」
迷彩服がドアを閉めたことを確かめて、『家内安全』田場 義高(CL2001151)は大股に前へ出た。風景への同化が薄れ、『狩人』が目を見開く。
「おま、えッ……!?」
一言目を言い終える前に、金属のような硬質のこぶしが迷彩服の腹にめり込んでいた。崩れ落ちた体を太い腕で支え、手早くロープを巻く。その様子は花屋と言うより傭兵のようだ。
「外道にゃ外道の末路が待ってるってこった」
縛った『狩人』を廊下に転がして、義高は誠二郎の横に並んだ。ステルス状態のまま、ドアを透過して操縦室に入っていく。2人を見送ってから、御菓子はドアをノックした。気を失う前の男の声を意識しながら口を開く。
「すまん、そっちに入れときたい荷物があんだが、両手が塞がってて。開けてもらえねぇか?」
「荷物?」
男2人の笑い声が聞こえた。
「てめえが取り行ったのはファイルだろ」
「いや、忘れてて」
「下に置いて自分で開けや、ガッ!?」
くぐもった声が聞こえたと同時に御菓子はドアを開けた。英霊の力を高めつつ飛び込んだ結鹿に、義高が振り向く。羽交い絞めに捕えられた『狩人』の胸に、鋭い突きが炸裂した。
「よくできました」
もう1人を聳孤のふた振りで床に沈めた誠二郎は、にっこりして左舷側のドアから出ていった。義高は、御菓子が引っ張りこんだ男も含めて3人を1か所に縛り付けた。その間に結鹿が通信装置を操作する。
「お姉ちゃん、OKですっ」
あっという間に機械の調整を終えた結鹿は、船内図についてるボタンを押して喋ってくださいね、と言って御菓子に場所を譲った。今度は操縦席のディスプレイを覗き込み、過去のデータを探る。通信、航路、乗組員、武装。あらゆる情報を小さな記録媒体に収めていく。
「あずきとぎさんの後に、こんなに捕まえる予定だったんですね……」
ぶよ、こっこ狸、化け茶碗といった小さくて非力な古妖たちの名が並ぶリスト。その最下部に名前があった。
――運搬後は古妖の管理権限を平山正彦に一任します。運搬管理責任者・ドクター須田
「ドクター須田……こんなこと考える人はきっと碌でもない人です、そうに決まってるんです!」
怒りを込めて、結鹿は船のデータを抹消した。
「大丈夫? いきますよ」
肩を震わせる姪を心配そうに見やりながら、御菓子は通信用マイクに口を近づける。使うのは、最初に気絶させた男の声だ。
「緊急通信。海側から乗り込んでくるやつらがいるらしい。海側を重点的に見張れ」
『了解』
返事を聞いてから、ボタンの指を放す。階段の上で身をひそめた義高が親指を立てた。次の通信は警備兵のいる兵器倉庫へだ。
「駐車場のと合流し、2階に上がってくれ、2階に侵入者が来たようで戦闘になってる。人数はそれほどでもないようだが、数をそろえて一気に排除したい」
●駐車場戦
見張りは動かなかった。正確には、船の前後を見張っていた『狩人』は海側に向かったが、陸側とタラップを見下ろす1人だけは動こうとしなかったのだ。
「戦術的に見れば正しい……が、どうする」
売店の廃墟に身を隠した天明 両慈(CL2000603)が2人の仲間を振り返る。覚醒した『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)は悔しそうに船の上を睨んでいた。
「向日葵様方はもう、ラボに向かわれているはず。ぐずぐずはできませんわ」
が、そのまま出ていけば見張りに見つかる。上から撃たれるのも、増援を下に回されるのも避けたい。
「任せてください」
屋上に出てきた赤銅色の人影を見て、離宮院 さよ(CL2000870)は静かに翼を広げた。
「お2人はタラップからラボに向かってくださいっ」
急上昇、そして急降下。見張りのライフル弾をものともせず、さよは2階デッキの中央に着地した。振り向いた見張りを空気の弾丸が襲う。見張る者のいなくなったタラップを、いのりと両慈は駆け抜けた。
(理不尽な目に遭っている古妖の方々を、必ず救いだしますわ!)
決意を固め船内に踏み込んだいのりの足元を、銃弾がえぐる。
「侵入者だ!」
「海側からじゃなかったのか?」
駐車場に残っていたらしい『狩人』が拳銃を構えている。駐車場の兵士を追ってデッキに上がろうとしていた1人も、階段から見下ろしていた。
「下からも入ってきたぞ!」
「上には何人来た……2?」
「狙いは古妖だ! 降りてこい!」
がんがんと鉄製の螺旋階段を鳴らして、盾を構えた『狩人』たちが駆け下りてきた。
「ラボに行かせるな!」
『狩人』たちの今の様子からすれば、操縦室が制圧されたことも、3人の覚者がラボに向かったことも伝わってはいなそうだ。
ならば優先すべきは古妖の保護。
「盾が3、ナイフが1、銃は全員。……まずは『月見草』を助けるぞ」
向かってくる憤怒者の情報を素早く頭に入れ、両慈はいのりに呼びかけた。『狩人』がこちらに引きつけられ、ラボに向かう戦力が減れば願ったりかなったりだ。
「了解ですわ!」
真っ赤なボンデージを纏った少女は、装甲トラックに向かって走り出す。事前情報によれば、運搬用のコンテナは幽閉する檻も兼ねているはずだ。
「死にたくなければどけ!」
開いたままだった装甲トラックのコンテナに飛び乗ったいのりに4つの銃口が火を噴く。背後の鉄格子の中から短い悲鳴が聞こえた。
「古妖の方々の受けた痛みに比べたらこれくらい!」
月見草に向かった弾丸を歯を食いしばって受け止め、いのりはとんぼを模した杖を掲げた。ストーンから霧があふれ出し、『狩人』にまとわりついて力を奪う。
「次は殺すぞ!」
「撃った後で何を言う」
白銀の髪をなびかせ、味方に力を呼び起こそうと舞いながら、両慈は紫の目を細めた。
「力への憎しみ以外は忘れたのか。人間であるというだけだな、気持ち悪い」
開いた本から、迷彩服を焦がして雷が走る。霧を吐き終えたいのりの杖からも、まばゆいスパークが散った。
●デッキ戦
「っぐ……う……」
スキンヘッドに汗をにじませて、義高はたたらを踏んだ。羽織った水のベールが、ぱちんとはじけるように消える。
屋上の見張り4人と駐車場から上がってきた3人、盾を構えた1人。8人のうち2人目を倒したところで、絶え間ない射撃にさらされ続けた義高の身体が悲鳴を上げた。
「大丈夫ですかっ!」
上空のさよが新しい水衣を投げかけると同時に発砲音が鳴る。土の鎧を抜け、鍛え抜かれた胸からぱっと血が飛ぶ。巨体がぐらりと階段側へかしいだ。
「おおっ」
『狩人』たちから歓声が上がりかけ……すぐに止んだ。
「悪いな」
「いいえ、回復は任せてくださいっ」
階段の手すりを掴み直し、義高は強引に身を起こす。命を削った身体を、天使のように舞い降りたさよが支えていた。呪符から生み出した水行の力が傷口にしみこんでいく。
「じゃあ殴るのは俺に任しといてくれ。ちゃっと片付けてやる」
「はい。早くラボに向かいましょう」
「っし! 死にてぇ奴はかかってこい! 希望かなえてやんぜ!」
吠えた義高は、自身の前に青い鋼のシールドを生み出す。つっこんできた盾の『狩人』が義高と同じだけ弾き飛ばされ、頭を打ち付けて気絶する。
「距離をとって撃て!」
わらわらと船尾側に集まり、残った5人はいっせいに義高目がけて発砲した。ライフルが4丁、拳銃が1丁。
「至近距離に入りゃこっちのもんだろうが」
「どうだかな?」
義高が拳を固めて迫るたびに散って逃げ、的を絞らせない。階段入口から飛ばすさよの回復も、少しずつ追いつかなくなってきた。
「はあ、はあっ……填気、を……っ」
「ぐっ!?」
さよが自身の気力を回復させた一瞬、2枚目の水のベールが消える。ようやく捉えた『狩人』に振り上げた義高の手を凶弾が貫いた。
「おらあっ!」
が、血を振り飛ばしながらこぶしは止めない。デッキに押さえつけた男の頬を義高は殴り飛ばし、
「あっ……が……」
どうと横ざまに倒れて転がった。仰向けになった腹には深々とナイフが突き刺さっている。
「田場さん!」
「諦めろ」
渾身の癒しの力を込めた呪符を、鉛玉が撃ちぬいた。次いで右の肩と腿に熱い痛みが襲う。
「俺たち人間に、大人しく実験されてりゃいいんだよ、化け物は」
傷を押さえながら座り込み、それでも階段の前を動かないさよに4丁のライフルが向けられた。1人の『狩人』は構えたまま、船尾の階段につけられた通信装置に近づいていく。
「こちらデッキ。侵入者確保に成功。捕縛するか殺すか」
「その前にこっちに援ごっ、あああ」
「……失礼いたしました。捕縛はしなくて結構ですわ」
装置から聞こえてきたのは、おっとりとした少女の声だった。階段から光が炸裂し、電流が通信装置もろとも『狩人』を貫く。
「なるほど。やはり気持ちのいい連中では無い様だな」
煙を吐いて倒れた男の後ろから現れたのは、書物を開いた両慈だ。
「まだやれるか」
「はいっ」
命の一部を犠牲に、さよは立ち上がった。残る『狩人』3人は慌てて引き金を引く。が、
「すまないが加減は出来ないかもしれないな」
「こんどこそあずきとぎさんを全員助けますっ!」
迸る雷と圧縮空気の弾丸に2人が吹き飛ばされた。
「ひっ」
残った1人が情けない悲鳴を上げ、銃を振り回す。銃口をぶつけられたさよがうめくと、血を流す細い肩を突き飛ばして階段を駆け下りはじめた。
「追うぞ」
「はいっ」
●ラボ戦
「すでに悪事は露見してます。おとなしく縛につきなさい……!」
音をたててラボのドアを開け放した御菓子は、後ろの結鹿ともどもその場に固まった。
「はあっ!?」
頓狂な声をあげる白衣姿の男は、悪趣味な歯医者の椅子のような手術台のそばに立っている。今まさにどす黒い煙を垂れ流すチューブを、動けないあずきとぎの口に突っ込もうとしていたところだった。
「騒がしかったのはそれかよ。『狩人』とか言って使えねー奴らばっかじゃん」
「……その間、あなたはここで」
「仕事仕事」
痩せた指がキーを押す。管を詰め込まれた少女の口から、声にならない絶叫とガスがあふれ出した。床の台車の檻に入れられたもう1人も泣き叫ぶ。
「やめさなさい!」
鋭く叫んで、御菓子はヴィオラを構えた。4本の絃が震え、つやのある『タラサ』の音色が響く。清らかな大気の力が苦痛の煙を払うべく振り撒かれた。
「へえ、化け物か。お前も!」
憎々しげに叫びながら、男は別の管を部屋の奥に向けた。炎が吹き出す。
「うぁっ……!」
ステルスが解けた結鹿が、焼けただれた腕を押さえて倒れこむ。しかし、手術台にぶつかりざま、ひじを伸ばしてキーボードを叩いた。ガスが止まり、あずきとぎはぐったりとうなだれる。
「悪即斬、です……ドクター須田」
「化け物ごときが俺を呼ぶな! 俺の物に触るな!」
「あなたの物ではないですよ、古妖たちは」
柔らかいと言ってもいい男性の声が、部屋の奥から呼びかけた。奥の壁をふさぐように置かれた金庫が開き、その中から透明なドームを持った誠二郎が静かに歩み出てくる。鳥かごのようなドームには、美しい紫の花の鉢植えが収まっていた。
「それは! 月見草は俺の研究」
「あなたの物ではありません。これ以上言うべき事も、余りありません」
ドームを片手で支え、誠二郎はひょいと樫木の杖を振った。小さな種が須田に向かって飛ぶ。
「とりあえず貴方も切り裂かれる痛みを知ると良いでしょう」
「ぎゃッ」
種から無数に飛び出した棘で、白衣は切り裂かれ、血で汚れた。それでも須田の目のぎらつきは消えない。キーを操作し、再び黒い煙をまき散らす。
「ぶき、武器をっ……!」
目を血走らせた『狩人』が駆け込んできたときには勝利の笑みすら浮かべかけた。が、銃を振り上げた『狩人』は直後に倒れ伏す。
「やれやれ、まったくもって、度し難い限りです」
「逃がしませんっ」
誠二郎の棘で前から、さよの圧縮空気で後ろから、挟み撃ちにされたからだ。さよの後からラボに入った両慈は、必死に演奏を続ける御菓子を見て、即座にページを繰った。輝く霧が絃と紙からあふれ、ガスに侵された味方のダメージを和らげる。
「クソッ」
毒づいた須田は、火炎放射器を誠二郎に向け、はっと手を止めた。
「もしあの花になにかしたら……どうなるかわかっていますよね……」
ひりつくような怒りを含んだ声。ケースを抱いた誠二郎の前にさよが回り込み、呪符を突きつけている。
「うあああ!」
噴射された炎を、さよは四肢と翼を大きく広げて包み込む。水の衣は纏っても、ダメージは免れない。それでも避けることより、花を守りきることを選んだ。倒れたさよの後ろから誠二郎が迫る。
「橘の家に伝わる杖術をお見せしましょうか」
2度振り抜かれた聳孤は須田の腹を突き、足を払って檻に叩きつけた。額から血を流しながら、須田はしがみつくように檻に覆いかぶさる。中のあずきとぎが悲鳴を上げた。右手でキーボードをまさぐり、手術台の上の少女もかき抱こうとする。
「こ、攻撃してみろよッ! こいつらも巻き添えだ!」
「そんなことさせません!」
火傷の癒えた結鹿の手が、一瞬早く赤の着物を抱き上げた。開いた手術台に誠二郎の杖が須田をほうり上げ、回復の手を休めた両慈が押さえつける。
「人間であるというだけ、か……俺の嫌いなタイプだ」
「うるさい! お前ら化け物は人間に」
「貴方方は自分達が人間だと思っているようですが」
わめく須田の声を貫いて、凛とした声が入口から響いた。反射的に全員が振り向く。
「いのりは罪無き者に理不尽な仕打ちをするような人達を人間だとは思いたくありません。恥を知りなさい!」
10歳の少女とは思えない、重みのあるオーラと怒りで一喝され、須田はことんと大人しくなった。すかさず結鹿がキーボードを操作し、拘束をかける。
「さあ、知っている事を洗いざらい話していただきますわ」
催眠状態の須田がこっくりとうなずく。
「何だ、心込めて殴ってやろうと思ってたのに」
ラボの入口に、よろよろと義高が現れた。やつれた女性に支えられている。
「月見草様」
「まぁ手柄の独り占めはいかんよな」
にやっと笑った義高は、痛そうに脇腹を押さえた。
●戦の後
須田が話し終えると、ずっしりと沈黙がおりる。
「『古妖狩人』ってのは下衆の集まりだな………よくもまぁ…… 」
ようやく口を開いた義高は、深々と溜息をついた。隣でいのりが杖を握りしめる。
「そんな、恐ろしいことを……」
古妖を模した戦闘機械の開発。改造手術を経た人間の強化部隊。あちこち拠点を移しながら続けられたおぞましい研究の成果。
「今の拠点には船とトラックを乗り継がないといけないうえに、もう移動計画もある。用心深い」
結鹿の見つけ出した地図に書き込まれた赤線を指でなぞりながら、両慈は唇をゆがめた。重ねて綴じられた紙には『確保済古妖の運搬協力要請』とある。本拠地の古妖を、この船でも運ぶつもりだったのだろう。囚われた古妖は相当な数のようだ。
「……何としても助けてやりたい所だな」
「まずはこれを、F.i.V.Eに知らせなくては」
「そうですね。その後に」
「おはなし、すんだ?」
緑の着物のあずきとぎに裾を引かれ、結鹿は目で話を切り上げた。
「はい。2人とも大丈夫?」
傷の痛みは引いたらしく、御菓子のヴィオラに合わせて赤い着物の少女は楽しそうに踊っている。結鹿も踊りに引っ張り込まれた。
「貴女方はこれで自由です」
音にまぎれて砕いたドームから、誠二郎は慎重に鉢を取り上げた。花を抱きしめた『月見草』は深々と頭を下げる。
「お礼はいいです。貴女達のような可愛い女性の笑顔を見ることができれば、それが僕にとっては何よりの報酬なのですよ」
頬を赤らめる女性の肩にぽんと触れて、誠二郎は御菓子に目配せをした。
「それじゃあ一緒に、おばあちゃんのところに行きましょう」
「つれてってくれるの!」
「もちろん」
誇らしげに弓をさばき、御菓子は胸を張る。
「みんなと再会させるまで、そこまでがお仕事です」
「ご褒美は半殺しでね」
結鹿がぱちんと片目をつぶった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
お帰りなさいませ。お疲れ様でした。
皆様のお力で、あずきとぎたちは無事に京都の山で暮らし始めることができそうです。
月見草もどこへともなく嬉しそうに帰っていきました。
MVPは、身体を張って皆さんを守ってくださった離宮院 さよさんにお贈りします。
ご参加ありがとうございました。
皆様のお力で、あずきとぎたちは無事に京都の山で暮らし始めることができそうです。
月見草もどこへともなく嬉しそうに帰っていきました。
MVPは、身体を張って皆さんを守ってくださった離宮院 さよさんにお贈りします。
ご参加ありがとうございました。
