捨てられたものたち
捨てられたものたち


●泥とごみの中から
 小さな畑が見捨てられたのは、他の畑よりほんの少し川に近かったからだった。雨のたびに土は泥になり、作物が流される。持ち主は種をまくことも耕すこともやめた。
 荒れた畑に、誰かがこっそり刈った雑草を捨てた。それを見た別の誰かも捨てた。また別の誰かは畑の石を捨て、誰かが痛んだ作物を捨てる。釣り具を放り込む者がいた。家庭ごみのビニールを置いていく者もいた。自転車やテーブルが平然と捨てられた。
 時がたって、捨てられることが当たり前になった畑には、泥にまみれたごみの山があった。
 そして雨上がりの夕方。
「うわあああっ」
 ビニール傘を投げ捨てた男性の悲鳴が上がる。
 3つの『もの』が畑から這い出してきた。

●出てきた『もの』は
「万里の夢見情報だと、妖は3体。全部自然系だよ!」
 ツインテールとドレスのフリルを揺らしながら、久方万里(nCL2000005)は覚者たちを見上げた。
 身長132センチ。華奢な体には『未来を夢に見る』という運命を負っているが、元気な声はその重さを気取らせない。
「場所は奈良県。山の奥の、畑がいっぱいある場所!」
 説明はざっくりしているが、言葉不足はモニターに映した地図を指さして補っている。
 町側と川側の二列に並ぶ畑の区切りから、ぽつんと川寄りにはみ出した場所だ。川が曲がっている箇所を狙って畑を広げたらしい。
「あとで地図はあげるからね! で、妖なんだけど」
 地図から指を離して、万里は空中に妖の形を描いてみせる。頭から尻まで70センチ強。彼女の半分くらいの大きさのようだ。
「レベルは1! 基本はこれくらいの土の塊だけど、ごみを体中に巻きこんで、鎧みたいにしてるの! 自転車と石がくっついてるのと、腐った野菜と釣竿がいっぱい刺さってるのと、テーブルと大きいごみ袋をつけてるのと……。足はあんまり速くないし、パワーもそこまでないけど、ぶつかったら痛いかも?」
 まるで自分が傷を受けたかのように細い腕をさすり、万里は薄暗い窓の外をちらりと見た。近畿一帯を覆う雨雲は、日没前には北東に抜けるという。
「妖は雨が上がった後に出てきて、町に向かって畑を移動するみたい。傘を投げた人が襲われてるのも見えたよ!」
 夢見には『未来を見る力』はあっても『未来を変える力』はない。
 だから万里は、希望を覚者たちに託す。
「今から行けば、出てくるときに間に合うよ! 町に入る前、ううん、できれば男の人が死ぬ前に倒してほしいの! 未来を変えてきて!」


■シナリオ詳細
種別:β
難易度:普通
担当ST:なす
■成功条件
1.妖の撃破。
2.男性の保護。
3.なし
初めまして。なすです。
気を引き締めて、書かせていただきます。

●妖
不法投棄されたごみ……ではなく、その下の畑の土の妖です。意志を持った土を、捨てられたごみが覆っています。
レベルはすべて1ですが、自然系なので物理攻撃は効きにくいでしょう。
・自転車3台とサッカーボールくらいの石が4つついた妖。
・壊れた釣竿1本と、腐った白菜5つをつけた妖。
・折り畳みのテーブル2つと、満杯のごみ袋3つがついた妖。
ごみが邪魔なだけで、耐久力はあまりない妖です。ごみを除けたり破壊したりした後に攻撃した方が、ダメージを与えられます。
人間を襲う本能を持っていますが、位置が近い相手より、自分に好戦的な相手を狙う傾向があります。
攻撃スキルはありませんが、防御力を上げるスキルを、全個体が1回ずつ使えます。能力の上昇は『蔵王(A:自 物防+30、特防+20)』と同じだとお考えください。
誕生直後に、川とは逆側にいる男性が傘を投げるのを目撃、3体がかりで襲いかかります。男性の死亡後は50メートル先の町に向かって、畑を突っ切っていきます。
何もしなければ1ターンで2.5メートル前進します。

●フィールド
幅5メートルほどの川の側の畑で妖は誕生します。
川に近い畑はほぼ休耕中ですが、町に近い畑には麦などが露地栽培されています。入り込まれると、狙いも付けにくくなり、被害も大きくなるでしょう。

●その他
妖の誕生時刻は夕方です。夏なので日は長いですが、付近に街灯などはありません。20ターン後には日が暮れ、視界がかなり悪くなります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年08月16日

■メイン参加者 8人■

『ムシャムシャさせてやった』
瀧 ユリ(CL2001100)
『----切り取り線----』
暁月 矢恵子(CL2000631)
『茶を愛する情報屋』
黒漆 夜舞(CL2000035)
『紫陽花迷宮』
葉越 章(CL2000413)

●車の中から
 夏の夕立があがった。奈良の山あいの町も、隣に広がる畑も、その向こうの川からの熱気でむっと蒸し暑くなる。
 川に沿うように止められたワゴン車の中も、エアコンの冷風を押しのけるように湿度が上がった。
「くっさ! てかくっさ!!」
 レンタカーのワゴンで雨はしのげたが、外気の臭いまでは防げない。畑から漂ってくるごみの臭気に、不死川 苦役(CL2000720)が運転席でわめく。
「万里さんから話を聞いて嫌な予感はしていましたが、これは臭いがヒドイですね」
 後ろに座ったシトルーン・莉汎(CL2001081)も、金髪の下の眉をしかめた。
「ゴミ捨て場、かぁ。仮にも職人の端くれだから、こういう場はなんとも悲しい気持ちになるもんだけど」
「不法投棄は景観も良くないですし、いけませんよねぇ」
 積みあがったごみを眺める『----切り取り線----』暁月 矢恵子(CL2000631)の声に、山の下の方を睨みながら『茶を愛する情報屋(自称)』黒漆 夜舞(CL2000035)が相槌を打った。そこに出る、と言われた3体の妖は、まだ姿を見せない。ごみと泥の中に紛れているのだろうか。
「えっと、好戦的に……が、がおー!」
 小声で妖を引き付ける練習をする『ムシャムシャさせてやった』瀧 ユリ(CL2001100)は不安げだ。
「来た」
 フロントガラスを注視していた『汐囁』ロシエ・ミルフィールド(CL2000349)が、助手席のドアに手をかける。道の向こうから、傘を引きずった男が歩いてきたのだ。べろんとビニールの垂れた傘は破れているらしく、男の肩も濡れている。
「あの人に、体験したことは口外しないようにってお願いしないと」
 F.i.V.E.のことはまだ口外してはならない。依頼に出る前に、覚者たちはそう言い含められていた。『紫陽花迷宮』葉越 章(CL2000349)が誰に言うでもなく確かめる。
「わかってる。いくわよ」
 うなずいた『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は真っ先にドアを開け、ぬかるんだ道をごみの山に向かって歩いていく。手には男と同じくビニール傘を握っていた。
 それを追うようにワゴン車のドアが続々と開き、7人の男女が降りる。運転席と助手席から苦役とロシエ、後ろのドアから莉汎と夜舞、少し遅れて最後部の席にいた章とユリと矢恵子。傘を捨てかけていた男が気まずそうにぎくりとする。
「えい!」
 が、数多が思いきり畑に傘を投げこむと、近づいてくる全員も不法投棄が目的だと思ったのだろう。幾分ほっとした表情になって、男もこそこそと畑に傘を捨てた。
 瞬間、男と数多の足元が動く。
 同時に『覚醒』した7人が飛び出した。


●3体の妖
 自転車3台と一抱えある石が4つ、その下の土と一緒に動き出していた。白菜5つと折れた釣竿も、折り畳み式のテーブルとごみ袋も、土に引きずられるように2つの塊になる。ごみを巻き込んだ土の塊の化け物たちが、逢魔が時の畑に忽然と現れた。
「うわああっ」
 パニックに陥って大声を上げた男に、自転車と石、白菜と釣竿をつけた2体が反応する。
「妖から離れてください!」
 莉汎が叫びながら男の前に立ちふさがるが、男は動けない。腰が抜けてべったりと地面に座り込んでいるのだ。
「仕方がないな。下がるよ」
 石を前にしてつっこんできた妖を、莉汎はスタッフで受けた。足元がぬかるんで滑り、スタッフから火花が散るが、何とか止めきる。その隙をついて、ロシエは素早く男の後ろに回り込み、抱え上げた。莉汎の横を一気に走り抜けて、10メートルの距離をとる。
 空いたスペースに苦役が飛び込んだ。
「戦闘時は覚醒しねーとダメなのが面倒だなあ。ほら、やっぱりここぞという時に覚醒するのは主人公の基本じゃん?」
 だらだらこぼしつつも、莉汎の盾となって苦役は刀を振る。が、がちん、という不快な音で、その太刀筋は止められてしまった。自転車も石も、容易には斬れない。
「まあ仕方ねーかあ……」
 口をゆがめて、苦役は錬覇法を発動した。英霊の力が苦役の身体に宿る。
「はっ!」
 気合一閃、振りぬかれた刀は、見事さびた自転車のフレームを粉砕した。

「召雷!」
「エアブリット!」
 男を狙ったもう一体は、夜舞と章が、呪符と空気弾丸で動きを止めていた。妖は白菜と釣竿を震わせ、男からより好戦的な2人に目標を変える。
「危ないことは私に任せておいで」
 駆けつけた矢恵子が、自身の左腕を変化させた刃で勢いよく白菜を切りつけた。ぐじゅっと濡れた音。白菜がはじけて濡れてうごめく土の肌がむき出しになる。妖がいら立ったように、今度は矢恵子に狙いをつけた。釣竿を角のように突き出し、猛然と迫ってくる。
 じりじりごみの山へと下がりながら、矢恵子はスキルを発動した。
「ここから先は通さないさ! 機化硬!」
 固くなった体で釣竿を受け止め、矢恵子は別の白菜を切り飛ばす。夜舞の呪符と章の水礫が、その両脇を守るように飛んだ。

「櫻花真影流、酒々井数多。往きます。散華なさい」
「が、がおー! どうだー!?」
 残る一体、テーブル2つとごみの袋をつけた妖と向き合っているのは、数多とユリだった。刀を構えて名乗りを上げる桃色の髪の少女と、前かがみになって両手を広げるくせ毛の少女。妖の気を引くには十分だ。
 テーブルを盾として前面に構え、妖は突進する。二人の少女が一斉に声を上げた。
「醒の炎!」
「五織の彩!」
 炎の力で自身の能力を高める数多をユリが守り、分厚い天板にひびを入れる。すかさず場所を変わった数多の斬撃はテーブルを砕き、その後ろのごみ袋も1つ、妖の身体から引きはがす。
「清掃活動だと思って……落ち着いて、自分のやるべき事をやるべさ……!」
「ほんと、ゴミ掃除って気分よね!」
 2つ目のテーブルが割れ、さらに2つのごみ袋がはじけ飛ぶ。丸裸にされた妖は、体表の土をぞわぞわと逆立てた。自身の身体を固くしようとしているようだ。しかし。
「疾風切り!」
「五織の彩!」
 数多の力強い斬撃と、ユリの正確なこぶしの前では、ひとたまりもない。
「……これは、倒せました?」
「思いのほか怖くなかったわね」
 力を失って地面と同化した土に背を向け、2人は仲間の援護に駆け出した。


●決着
「隆槍! 隆槍! 隆槍!」
 息を切らせ、立て続けに矢恵子は叫ぶ。地面からつき出した土の槍は、白菜と釣竿を1つずつ残した妖を檻のように取り囲んだ。
 だが檻を壁にするには、力が足りない。立ち並んだ槍の間を、強引に妖は突破しようとしている。
「文字通りの泥仕合か……私は、崩れないぞ! 蔵王!」
 機化硬で固くした体に、さらに纏おうした土の鎧は、ぼろぼろと崩れ落ちてしまった。隆槍の連発で力を使い切ったのだ。
「な……!」
 目を見開いた矢恵子に、檻を抜け出た妖が迫る。
「召雷!」
 間一髪、夜舞の呪符が起こした雷が、妖の釣竿に炸裂した。強烈な光に目を閉じた矢恵子の耳に、美しい歌声が届く。
「子守唄を歌ってあげる」
 黒い翼でふわりと浮く章が、矢恵子に手を伸ばしていた。歌と一緒に癒しの滴が矢恵子の肌を撫で、傷を癒す。
「一人では倒せるものも倒せませんよ」
 呪符を構えた夜舞も矢恵子を助け起こした。土の檻の周りには、隆槍の連発に阻まれた呪符が数枚散っている。
「協力していきましょう」
 淡々とした夜舞の言葉に、章がうなずいた。
「ああ」
 矢恵子は2人に背を預け、地面を蹴る。
「水礫!」
「召雷!」
 妖は防御を固めようと表皮を動かすが、それより早く水の弾と雷が直撃した。体勢を崩した妖に、腕の刃を振り上げた矢恵子が迫る。
「……なんちゃらの一つ覚えで悪いな! 隆槍だ!」
 土と腕の刃に貫かれた妖は、どろりと溶けて土と見分けがつかなくなった。

「くっそ固え」
 上段に構えた刀を振り下ろしながら、苦役は呻いた。錬覇法で力を高めて自転車3台は壊しきったものの、防御力を高めた妖の石は思うように斬れない。
「はあっ!」
 男をロシエに任せて同じく錬覇法を使った莉汎も、石を砕くことができずにいた。しっかりとした地面に移動してから放った一撃でも、欠片を飛ばす程度だ。焦る莉汎に、妖が突進してきた。
「くっ」
「ぐあっ」
 鎧のような4つの石は構えた杖ごと莉汎を押しのけ、苦役に激突する。
「癒しの霧」
 後ろのロシエの手から霧が吹き出して苦役と莉汎を包むが、妖はもう一度体当たりを試みていた。
「疾風切り!」
「五織の彩!」
 参戦してきた数多とユリが、なんとか進行方向をそらす。4人を行き過ぎた妖は、しかしその先の男とロシエに向かうことはせず、方向転換をして覚者たちに向き直った。2度目の突撃の道筋から、数多、莉汎、ユリがさっと外れる。
「やべっ、深緑鞭!」
 半歩遅れた苦役は、服を汚して転がりながらスキルを発動させる。石にこそ命中しなかったものの、まっすぐに伸びたつるが土の妖をぶすりと貫いた。苦役にぶつかる寸前、妖がどうっと横倒しになり、身をよじる。
「あら」
「あら?」
「あれれ?」
「水礫!」
 避けた三人が、きょとんとする目の前で、ロシエから飛んできた水の弾丸が妖の土をえぐった。体を起こしかけた妖がもう一度倒れる。
「ごみを取り除くのに、躍起になりすぎていたかもしれない」
「かもな」
 ロシエの言葉に、ダメージを免れた苦役が吐きだすように返事をした。
「直接当ててもよかったのかー」
「で、でも、気がついたらあとは早いじゃないですか」
「まあ、そうね」
「そうですよね」
 なんとか雰囲気を戻そうとするユリの台詞に数多と莉汎が賛同し、構える。
「じゃあ、一気に行こうか。水礫!」
「私も、水礫!」
 ロシエと莉汎の手から水の弾が放たれるのと同時に、数多、ユリが飛び出した。
「疾風切り!」
「五織の彩!」
 水が、刀が、こぶしが、石を避けて土をえぐっていく。音にならない苦悶の声を上げた妖に、高々とジャンプした苦役が刀を振り下ろす。
「フィーッシュ!」
 銀の刃が深々と突き刺さったのを最後に、4つの石を残して妖は消滅した。


●後始末
「だから、ごみ問題を題材にした動画作品のロケ。わかった?」
「ふ、普通じゃない……」
「そんなの当然じゃない、僕達芸能人だしね」
「はい、もう一回深呼吸しようか」
 半ば放心状態だった男は章とロシエが落ち着かせている。F.i.V.E.のことに触れずに納得させようと、章のアイドルオーラは全開だ。

 夕日の最後の光を浴びて、覚者たちはごみ掃除に励んでいた。と言っても、まき散らしてしまったものを元の畑に戻したり、自分たちが投げ込んだものを回収する程度ではあるが。
「終わったのか」
 石を運んでいた矢恵子が、男を従えて戻ってきたロシエに声をかける。隣でもう一つの石を持ち上げていた莉汎は、男をちらりと見ただけで歩いていってしまった。
「まあね。さ、片づけに加わろうか」
「え、オレも? なんで?」
 帰りたそうにもじもじしていた男が思わず口を開くと、ロシエはぐっと水色の目をとがらせた。
「傘を捨てたのが良い事だとは、よもや思ってはいないだろう? 偶に善い行いをした所で、罰は当たるまい」
 自転車の残骸を拾っていた夜舞も、そばにあった男の傘を拾って掲げて見せた。
「このようなところではなくきちんと収集場所に捨てなくては。ああ、傘は確か燃えないゴミだったでしょうか?」
「決まった場所に捨てるか、なくすか、してくださいね。ごはんちゃん、ごはんですよ!」
 夜舞から受け取った傘を、ユリは自分の横にいる守護使役に差し出す。白い玉のような虫系守護使役、ごはんちゃんは、あっという間にぱくぱくと傘を食べてしまった。守護使役の見えない男がぞっとしたように身を引く。
「あ、あれも特殊効果だから。とにかくちゃんと分別しろよなー」
 素早くフォローをいれた苦役は、すれ違いざまに白菜を拾った手で男の肩を叩いていった。
「これに懲りたら不法投棄なんてやめるのね」
 数多が冷たく言い放つ。男は肩につけられた臭いに顔をしかめたまま、しぶしぶ足元のビニール袋を拾い上げた。
「シャワー浴びたいです」
 山の中から見つけた電話帳で清掃業者を探しながら、莉汎がぼやく。
 山の端に夕日の光が消えようとしていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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