<黎明>私のために争わないで
●
走る、走る、ひたすら走る。こんなに全力で走ったのはいつぶりだろう。
ここ最近ついてない。警察に見付かるわ覚者っぽい奴に追われるわ、とどめに今自分を追ってくるのはどこかの隔者組織の連中だ!
「あ、いたいた」
「ひいっ?!」
ひょこりと現れた派手な金髪の頭に心臓が止まりそうになる。
反射的に周囲を見回すと……やっぱりいた!
街灯に照らし出されたのは頬に傷のある男。この二人は自分がどこに隠れても見つけ出し、どれだけ逃げても追い付いてくる。
「言っとくけど、スカウトに来ただけだから」
「器用な仕事ができる者が欲しい」
「へぁ?」
息切れと予想外の台詞に変な声が出た。
スカウト?
酸欠気味な頭で空回りつつ考え、なんとか浮かんだ質問を口にする。
「拒否権、は……」
「ある」
「あるの?!」
「だが、断った場合仲間共々警察に突き出す」
「ないじゃねえか!」
「いいじゃん、もう時間の問題だし」
「よくねえよ!」
「ならば私達と来い」
「人材不足だから使い捨てはないし、安全な塒もあげるし、働いたら報酬も出るよ」
そう言われて呼吸を整えながら考える。二人組から逃げ切るのは難しい。しかし、逃げ切ったとしても金髪男が言うように警察に捕まるのは時間の問題だった。
「見付けたわよ!」
腹を括ろうとした所で、いきなり場違いな甲高い声と共にツインドリルの金髪少女が物陰から飛び出して来た。薄汚れた路地裏にゴスロリ服と猫耳つきヘッドドレスが浮いている。
「知り合い?」
「あんた達の仲間じゃないのか」
「知らんな」
乱入者の姿を確認した金髪男と頬傷の男は即否定する。
「悪いけど今ちょっと大事な話してるの。お嬢ちゃんはよそ行ってくれない?」
「お断りよ。あと私は男よ!」
「え」
「わかった、あなた達も隔者ね! まとめてお縄にしてあげるわ!」
覚悟なさい! と少女、本人によれば少年が猫手に構える。
すると腕全体に獣毛が広がり、爪が鋭く伸びて行く。ヘッドドレスの飾りと思われた猫耳は彼女、ではなく彼が獣憑きである証だったらしい。
「えーと。これは応戦した方がいいのかな?」
「そうだろうな」
「なあ、この場合俺どっちについたらいい?」
緊張感に欠ける空気の中、些か微妙な火花が散る。
●
「隔者にも人材不足はあるんですね……」
久方 真由美(nCL2000003)はそう呟いた。
集まった覚者に渡された資料には、わずか数人で活動している「ケイパーズ」と言う小さな集団の情報が載っていた。
この集団は盗みを専門としているが、盗んだ後暫くすると何事もなかったかのように元通り返すと言う愉快犯だ。
「AAAがこの集団を追っているのですが、これに別の隔者組織が絡んで来ます」
ケイパーズのリーダーは二十歳前半くらいの青年で、グループでの通り名は「クルック」。
接触してきた隔者は彼にスカウトをかけるが、そこに乱入者が現れる。
「乱入者は黎明所属の覚者が一人。隔者を一網打尽にしようとしているようです。」
名前は御村 朔弥(みむら さくや)。他の黎明のメンバーにくっついてくる形でF.i.V.Eと関わるようになった覚者だ。
隔者二人組は球体関節人形の手足を持った金髪の男と頬に傷のある男――――。
「この二人は以前も見た事があります。その時の強さを考えると、黎明の覚者一人で撃破するのは不可能です」
単に倒されるだけならまだいいが、下手をするとクルック共々隔者の組織に連れて行かれるか、最悪殺されるかも知れない。
「こちらが加勢したとしても、撃退するならともかく撃破となると難しいでしょう」
しかし黎明の覚者の安全を最優先して即撤退となれば、黎明の覚者は抵抗して何としても隔者達を捕まえようと突撃してしまう危険がある。
F.i.V.EとしてもAAAが追っている隔者を目の前にして見逃したとあっては立場が無いだろう。
「理想は黎明の覚者の安全を確保した上でクルックの捕縛を成功させる事ですが、クルックの行動が今一つ確定できません」
クルックは隙を見て逃げるか、二人組に協力して今後の点数を稼ぐか、いっそ黎明の覚者と共闘し二人組を倒すかと迷っている。
「二人組は以前の事件で一般人を殺害しており、背後にどんな組織があるかも不明です。その辺りを指摘し不安を煽れば誘導できるかも知れません」
ただあまり不安にさせても逃げ出してしまうので、捕縛するためには黎明の覚者と協力した方がいいだろう。
「二人組の撃退が難しい時はこちらから撤退しても構いません。黎明の覚者と皆さんの安全を優先して下さい」
二人組の方も自分達の安全を優先するようだ。
クルックが逃げ出した場合はもちろんのこと、覚者側に付いた場合もそう楽に勝てないと判断すれば彼等の方から撤退する。
「依頼の成否は黎明の覚者といかに協力するかが要になるでしょう。少し変わった人のようですが、上手くやって下さい」
走る、走る、ひたすら走る。こんなに全力で走ったのはいつぶりだろう。
ここ最近ついてない。警察に見付かるわ覚者っぽい奴に追われるわ、とどめに今自分を追ってくるのはどこかの隔者組織の連中だ!
「あ、いたいた」
「ひいっ?!」
ひょこりと現れた派手な金髪の頭に心臓が止まりそうになる。
反射的に周囲を見回すと……やっぱりいた!
街灯に照らし出されたのは頬に傷のある男。この二人は自分がどこに隠れても見つけ出し、どれだけ逃げても追い付いてくる。
「言っとくけど、スカウトに来ただけだから」
「器用な仕事ができる者が欲しい」
「へぁ?」
息切れと予想外の台詞に変な声が出た。
スカウト?
酸欠気味な頭で空回りつつ考え、なんとか浮かんだ質問を口にする。
「拒否権、は……」
「ある」
「あるの?!」
「だが、断った場合仲間共々警察に突き出す」
「ないじゃねえか!」
「いいじゃん、もう時間の問題だし」
「よくねえよ!」
「ならば私達と来い」
「人材不足だから使い捨てはないし、安全な塒もあげるし、働いたら報酬も出るよ」
そう言われて呼吸を整えながら考える。二人組から逃げ切るのは難しい。しかし、逃げ切ったとしても金髪男が言うように警察に捕まるのは時間の問題だった。
「見付けたわよ!」
腹を括ろうとした所で、いきなり場違いな甲高い声と共にツインドリルの金髪少女が物陰から飛び出して来た。薄汚れた路地裏にゴスロリ服と猫耳つきヘッドドレスが浮いている。
「知り合い?」
「あんた達の仲間じゃないのか」
「知らんな」
乱入者の姿を確認した金髪男と頬傷の男は即否定する。
「悪いけど今ちょっと大事な話してるの。お嬢ちゃんはよそ行ってくれない?」
「お断りよ。あと私は男よ!」
「え」
「わかった、あなた達も隔者ね! まとめてお縄にしてあげるわ!」
覚悟なさい! と少女、本人によれば少年が猫手に構える。
すると腕全体に獣毛が広がり、爪が鋭く伸びて行く。ヘッドドレスの飾りと思われた猫耳は彼女、ではなく彼が獣憑きである証だったらしい。
「えーと。これは応戦した方がいいのかな?」
「そうだろうな」
「なあ、この場合俺どっちについたらいい?」
緊張感に欠ける空気の中、些か微妙な火花が散る。
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「隔者にも人材不足はあるんですね……」
久方 真由美(nCL2000003)はそう呟いた。
集まった覚者に渡された資料には、わずか数人で活動している「ケイパーズ」と言う小さな集団の情報が載っていた。
この集団は盗みを専門としているが、盗んだ後暫くすると何事もなかったかのように元通り返すと言う愉快犯だ。
「AAAがこの集団を追っているのですが、これに別の隔者組織が絡んで来ます」
ケイパーズのリーダーは二十歳前半くらいの青年で、グループでの通り名は「クルック」。
接触してきた隔者は彼にスカウトをかけるが、そこに乱入者が現れる。
「乱入者は黎明所属の覚者が一人。隔者を一網打尽にしようとしているようです。」
名前は御村 朔弥(みむら さくや)。他の黎明のメンバーにくっついてくる形でF.i.V.Eと関わるようになった覚者だ。
隔者二人組は球体関節人形の手足を持った金髪の男と頬に傷のある男――――。
「この二人は以前も見た事があります。その時の強さを考えると、黎明の覚者一人で撃破するのは不可能です」
単に倒されるだけならまだいいが、下手をするとクルック共々隔者の組織に連れて行かれるか、最悪殺されるかも知れない。
「こちらが加勢したとしても、撃退するならともかく撃破となると難しいでしょう」
しかし黎明の覚者の安全を最優先して即撤退となれば、黎明の覚者は抵抗して何としても隔者達を捕まえようと突撃してしまう危険がある。
F.i.V.EとしてもAAAが追っている隔者を目の前にして見逃したとあっては立場が無いだろう。
「理想は黎明の覚者の安全を確保した上でクルックの捕縛を成功させる事ですが、クルックの行動が今一つ確定できません」
クルックは隙を見て逃げるか、二人組に協力して今後の点数を稼ぐか、いっそ黎明の覚者と共闘し二人組を倒すかと迷っている。
「二人組は以前の事件で一般人を殺害しており、背後にどんな組織があるかも不明です。その辺りを指摘し不安を煽れば誘導できるかも知れません」
ただあまり不安にさせても逃げ出してしまうので、捕縛するためには黎明の覚者と協力した方がいいだろう。
「二人組の撃退が難しい時はこちらから撤退しても構いません。黎明の覚者と皆さんの安全を優先して下さい」
二人組の方も自分達の安全を優先するようだ。
クルックが逃げ出した場合はもちろんのこと、覚者側に付いた場合もそう楽に勝てないと判断すれば彼等の方から撤退する。
「依頼の成否は黎明の覚者といかに協力するかが要になるでしょう。少し変わった人のようですが、上手くやって下さい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者「クルック」の捕縛
2.黎明の覚者の生存
3.隔者二人組の撤退
2.黎明の覚者の生存
3.隔者二人組の撤退
少々コメディタッチなオープニングとなっておりますが、戦闘判定は通常通りなのであまり油断しないようお願いします。
●補足
1が満たされていれば隔者二人組が早めに撤退する可能性も高くなります。
戦闘に敗北するとクルックを奪取された上で依頼失敗となるのでご注意ください。
またオープニングにもあるように、ろくに戦闘もしないで撤退しようとすると黎明の覚者は頑なに隔者三人に拘り撤退を拒みます。
二人組の隔者の方も自身にほとんどダメージがない状態では引き下がりません。
●場所
真夜中の路地裏。街灯があるので、細い路地に入らない限り戦闘には支障ありません。
道幅は人が五人横並びになると肩がぶつかります。道になっているので前後の奥行きは十分。
左右を商業ビルに挟まれていますが、真夜中なので人目を心配する必要はありません。
●人物
・御村 朔弥(みむら さくや)/男/年齢不詳/覚者
『黎明』所属の覚者。金髪ツインテールと言うよりツインドリルにゴスロリ服。見た目は十代半ばの少女。
常に強気で迷わない。あまり物事を考えていないだけとも言います。自分の好きな事を好きなようにやるタイプですが、素直なのか言えばきちんと聞いてくれます。
クルックを追っていた所二人組の隔者を発見。一網打尽にしようとしています。
・クルック/男/二十前半/隔者
盗み専門の隔者集団「ケイパーズ」のリーダー。「いかに物を破壊せず人を傷付けずに盗めるか」を追求し、騒ぎを眺めて楽しんだ後は元通り返しておちょくるのが好き。
隔者二人組のスカウトと言う名の脅迫を受けましたが、黎明の覚者が乱入した事で「隙を見て逃げる」「今後の点数稼ぎの為に二人組に積極的に協力する」「今後の仲間の安全のため二人組を倒し、ある意味安全な刑務所でほとぼりが冷めるのを待つ」の三つの選択肢で迷っています。
・二人組/隔者
二人とも二十前後~二十前半に見えます。派手な金髪の男は「マサ」、頬に傷のある男は「アニキ」と呼び合っており、会話の主導権はマサ、行動の主導権はアニキが握っているようです。
目的のために戦う事は厭いませんが、お互いの身の安全を最優先にしています。
●能力
・御村 朔弥/覚者
獣の因子/火行
装備/爪(ナックル相当の格闘武器)
体術を得手としており、動きが素早く攻撃能力も高い。脳筋で自力で作戦を立てない。
覚者側の要望次第で「覚者の戦闘に加わる」「クルックを確保する」のどちらかの行動を取りますが、クルックの確保をしながら戦闘に加わるなど異なる行動を二つ行う余裕はありません。
スキル
・炎撃(近単/特攻ダメージ+火傷)
・鋭刃脚(近単/物理ダメージ)
・貫殺撃(近単/貫通2、100%、50%/物理ダメージ)
・クルック/隔者/前衛
機の因子/土行
装備/デリンジャー(ハンドガン相当の射撃武器)
攻撃力が低い分防御能力が高い。戦闘能力はいまひとつですが、逃げ足が速いです。
覚者側の行動次第で「隙を見て逃げる」「隔者に味方する」「覚者に味方する」のどれかを選びます。一度方針を決めれば途中で変更する事はないようです。
スキル
・機化硬(自/物防+10%、特防+10%)
・降槍(近単/特攻ダメージ)
・デリンジャー(近単/射撃/物理ダメージ)
・マサ(金髪男)/隔者/中衛
機の因子/天行
装備/不明
両足が機化。素早い反面防御はやや低め。
補助や回復を中心にを行いますが、必要がない時は攻撃してきます。
アニキの体力が半減した時点で一緒に撤退します。
スキル
・召雷(遠列/特攻ダメージ)
・演舞・清風(遠全/補助/特攻+15、特防+10、回避+2)
・演舞・舞衣(遠全/回復/BSリカバー30%)
・アニキ(頬傷の男)/隔者/前衛
機の因子/火行
装備/不明
右腕と右足が機化。攻撃力と命中補正が高く、体力も高め。
マサかクルック(味方の場合)の体力が半減した時点で一緒に撤退します。
スキル
・炎撃(近単/特攻ダメージ+火傷)
・火柱(近列/特攻ダメージ+火傷)
・火炎弾(遠単/特攻ダメージ+火傷)
情報は以上になります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年12月17日
2015年12月17日
■メイン参加者 6人■

●
それは奇妙な光景だった。
派手な金髪の男と頬に傷のある男、これまた派手な髪型の金髪ゴスロリ少女が向かい合い、その三人をおろおろとして見ている。
少女、いや少年に獣毛に覆われた手と尖った視線を向けられ、金髪男は仕方ないと呟いた。
「じゃあ、やろうか」
「やっとやる気になったわね!」
金髪男の両足からモーター音が鳴り、風もないのにばたばたとはためく裾から機械の駆動部のような形状をした足首が見え隠れしていた。
対する金髪少女、もとい少年が嬉々として構えた状態から更に腰を落とす。
「楽しそうな騒ぎが起きてるじゃない。アタシもま~ぜて」
一触即発、と言った状況に似つかわしくない楽し気な女性の声。
声の主はひどく煽情的な黒の衣装を纏った女性。エルフィリア・ハイランド(CL2000613)は手にした鞭や長い金髪を指先で弄びながら、この状況を楽し気に眺めている。
「はぁい、こんばんは。こんなところでライブ? よかったら私達も混ぜて頂戴」
酒々井 数多(CL2000149)も薄桃色の髪にぱっちり大きな金色の目と言う少女らしい外見通りの明るい声を掛ける。
「誰、あなたたち」
「なんか……ワケがわからなくなってきた」
視線だけ動かし問いかけた金髪少女に対し、頭を抱えたのは先程のまでおろおろしていた若い男。
仲間内ではクルックと呼ばれリーダーとして尊敬されているのだが、形無しである。
「オマエらすげー強いんだって!? えへへ、なんかドキドキするー!」
「僕は追うのも追われるのも面倒なのですが、さてさてどう片付けて差し上げましょうか」
まだ増えるのかよ! と、クルックの嘆きが入った。
凶悪そうな顔に不釣り合いな無邪気で明るい声を上げ、金髪男と頬傷の男に好奇心の目を向ける新咎 罪次(CL2001224)。こちらはまだいいだろう。
喚いたクルックを妙に楽しそうに見ているエヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)ときたら絢爛に飾られた軍服軍帽にうさんくさい笑みの半分を銀の仮面で隠していると言う風体なのだ。
しかし、それだけでは終わらない。
「悪いのう……ちと邪魔するぜよ」
その後ろに続いて現れた神・海逸(CL2001168)は言葉にすれば着物を着た東洋系の青年だが、この辺りではあまり聞かない口調と妙に落ち着いた雰囲気から威圧感さえ感じられる。
隣にいるのはどこぞの特殊部隊かと思うような黒一色にフードを被り、口元まで隠した阿久津 亮平(CL2000328)。飛びぬけて大きいわけでも派手な衣装なわけでもないが、妙な迫力がある。
「そこのキミら前も会ったね」
金髪男の視線はエヌと亮平に向けられている。
「キミのお仲間だったわけだ」
「何言ってるの。私は……」
知らないわよと言おうとした少年は不意に口を閉ざした。
『御村さん、F.i.V.Eの者です。手伝いに来ました』
何故なら亮平からの送受心が来ていたのだ。御村 朔弥(みむら さくや)と言う知らないはずの名と、朔弥自身最近になって知った組織の名を含めて。
その組織の名を聞いて、朔弥は金髪男からは視線を逸らさずに「返事」を返す。
『F.i.V.Eの人たちだったのね。手伝ってくれるの?』
『俺達はそこのクルックを捕まえに来たんだ』
亮平は掻い摘んでクルックの捕縛依頼と自分達の作戦を説明する。
「うちの方でもそいつの捕縛命令出てたわよ」
亮平の説明が終わる頃を見計らい、数多がクルックを指差した。
「マジかよっ」
「あ! 待ちなさい!」
また自分を追いかける人間が増えたと即逃げに入ったクルックに、朔弥が反応する。
「追うぞ!」
「隔者は任せて」
後を追う亮平と、結局おいかけっこですかとぼやいたエヌの背に数多が声を掛けた。
●
クルックの逃げ足は速かったが、追う方も覚者である。
ぴたりと背中を追いかけていた朔弥が勢いを付けて回り込み、亮平とエヌが左右を固め道を塞いだ。
「短い逃亡劇でしたね」
にこにこと笑うエヌ。
視線を動かせば金髪男と頬傷の男も、四人の覚者の姿も見える程度しか離れていない。
舌打ちするクルックだったが、エヌの足元から流れてきた纏わりつくような霧にギクリとする。
術式によるものだと分かっていても霧の効果とエヌが漂わせる雰囲気は十分に不気味だった。
「大人しくしてるならそんなに痛くしないわよ!」
クルックの前に立ちはだかりる朔弥は風を鋭く切り裂くシャドーボクシングをして見せた。
「とりあえず話を聞いてもらえないか」
脅しにかかるエヌと朔弥に対し、亮平は落ち着いた様子で話し掛ける。
「捕まえに来た俺が言うのもなんだけど……あの二人組とは組まない方がいい」
クルックは逃げ道を探していたが、今は無理かとチャンスを待つ事にしたらしい。亮平の話に耳を傾けている。
「君達のグループは、物を盗るスリルを楽しんで、ほとぼりが冷めてからきちんと返すという拘りをもつグループ……って認識であっているか?」
「……まあな。力任せの仕事なら誰にだってできる。それじゃ面白くねえ」
クルックの答えと自分の認識に大きな齟齬がない事を確認し、亮平は話を続ける。
「だとしたら、尚の事やめておいた方がいい。きっと君達の方向性と合わないし、組んだら盗みとは別の前科がついて愉快犯どころじゃ済まなくなるぞ」
「別の前科と言われてもな。捕まらなければ今まで通りだろ。違うか?」
先程まで引っ掻き回されていたクルックだったが、落ち着いて来たのか反抗的な態度になってきた。
途端反応したのはエヌと朔弥だ。
「なかなか頷きそうにないけど、ちょっと脅す?」
「いいですね、是非とも僕にお任せを」
「二人とも、少し待ってくれ」
横で不穏な事を言い出すエヌと朔弥に少し焦りつつ、亮平は慎重に言葉を選ぶ。
「彼等がどう言う組織なのかは、詳しくは俺達にも分からない。でも、彼らがどんな事をしたかはこの目で見ている」
以前関わった事件であの二人組が殺人を犯した事も味方でない事も分かっているが、悪質な隔者とは違う一面も目にしていた。
亮平自身も奴等は悪だ、殺人犯だと言い切れないもどかしさを感じながら密かに二人組の様子を見る。
●
「ホントどうしてこう邪魔が入るかな」
「なあに、ちっくとソコのに用があるだけや。おんしらは要らん」
金髪男と頬傷の男の二人に対しては犬猫でも追い払うように手を振った海逸だったが、それで二人が退くわけもない。
「結局の所はこれか」
頬傷の男が右腕がマシンガンと大砲を組み合わせたような鋼鉄の塊へと変わり、右足は装甲に覆われる。
一触即発の空気の中、口火を切ったのはエルフィリアだった。
黒い鞭は頬傷の男の右腕に弾かれほぼダメージを与えられずに終わったが、自分を見据えてくる男の視線に笑みを返す。
「中々ワイルドな顔じゃない。今日は存分に物騒なダンスを楽しみましょ」
誘いへの返答は、銃口から吹き出す炎によって行われた。
炎は地面に広がると手近にいた覚者を巻き込み消えた後も火傷を残したが、その程度の洗礼など覚者達はものともしなかった。
「櫻火真陰流、酒々井数多。往きます」
頬傷の男が放った炎よりも赤く滾る醒の炎。赤い鞘から抜き放たれた刀が炎を照り返す。
「ほんに邪魔にしかならん男どもじゃの」
海逸が地面でまだ燃えている火を踏み消し清廉香を振り撒くと、覚者達の体を包む香りが衣服と肌が焼ける臭気も押し流した。
いずれも動じぬ構えに金髪男が肩をすくめる。
「これまた手強そうな感じだね、アニキ頑張れ」
「無責任だぞマサ、お前も働け」
言い合いと共に流れるのは金髪男が起こした風。金髪男と頬傷の男の身体能力が底上げされた。
「ふーん、二人とも仲良しなんだなー」
二人のやりとりを見ていた罪次は自身の守りを固めつつ、まるで知り合いにでも問いかけるような気楽さで二人組に話しかける。
「なんでクルック欲しいんだー? アイツそんな強そうじゃなくねー? そんなに人材いないのかー? って、痛えっ!」
油断しているつもりはなかったものの、少々近付き過ぎたのか飛来した火炎弾が思い切りぶち当たって炎を撒き散らした。
「熱っ! ヤケドしたらどーんだよ! 痛くて寝れねーじゃん!」
炸裂する火炎弾の威力は「熱い」で済むはずもないが、張っていた蒼鋼壁が威力を軽減したらしく、またそれ以上に罪次自身の戦闘狂じみた性質が痛みよりも強敵に相対する楽しみをより感じているらしい。
「火傷したらどーするって、もう焼けてんじゃん」
「ちっとは気ぃつけや」
金髪男どころか味方である海逸からの突っ込みが入るがどこ吹く風である。
(なんだあいつら……なんであんな平然としてんだよ!)
その光景が見えたクルックは信じられない思いで息を飲む。
隔者と言えどクルック率いる「ケイパーズ」は盗みのみに注力しており、盗みのために物を破壊する事も人を傷付ける事も滅多になかった。
愕然とするクルックを他所に、戦いは激しくなっていく。
●
数多の斬撃が頬傷の男に深く食い込み、エルフィリアの鞭がその傷を更に抉るように叩きつけられる。
「アニキも割とエグいけどキミらも容赦ないね!」
金髪男が放った雷に頬傷の男の砲撃が続く。
激しい雷撃と炎の砲撃に焼かれた傷は海逸が癒すが、仲間を庇った罪次は強烈な炎を受けて体から煙が上がっている。
「乗り気じゃなさそうにしてたけど、激しいじゃない。こう言うの嫌いじゃないわよ」
金髪男は攻撃手段に乏しい事もあってか殆ど攻撃に回ってこなかったが、エルフィリアの白い肌には治療しきれない火傷以外にも雷による傷が残っていた。
「一筋縄ではいかないみたいだけど、私達も甘くないわよ」
数多が頬傷の男の前に踏み込んで掌を突き出す。
掌には強烈な力が圧縮され、その威力は体格に勝る頬傷の男を金髪の男の方まで弾き飛ばした。
「アニキ?!」
「よっしゃー! たたみかけるぜ!」
頬傷の男が体勢を立て直す前に、罪次の降槍が足元をすくうように穿つ。
「空を掴み 風を追え。宣誓が響き、旗は大きく翻る」
海逸が謡う風之祝詞が朗々と流れた。
頬傷の男の動きは決して鈍くはないが、金髪男ほど速くもない。祝詞を受けたエルフィリアと数多の攻撃への対処は間に合わない。
「マサ、下がれ!」
「そう言うのも男らしいけど、邪魔させてもらうわね」
エルフィリアの鞭が金髪男を庇おうとした頬傷の男に絡みつく。抜け出そうにも痺れた手足は上手く動かず、飛び込んで来た数多の斬撃は避けられない。
そして、頬傷の男と金髪男は一列に並んだ状態になっていた。
「悪いけど、手加減とか苦手だから」
数多の飛燕が頬傷の男と金髪男の二人に襲い掛かる。
しかし、地面に飛び散った血飛沫は一人分。直前になって痺れが薄れたのか、鞭を巻きつけたまま盾になった頬傷の男に数多の刀が食い込んでいた。
「アニキの分はお返しさせてもらうよ」
庇われた金髪男の笑みが一瞬消え、放った雷が前衛を薙ぎ払う。
目を眩ませるような雷光が終わった直後、今度は地面を揺らすような強烈な火炎弾が撃ち込まれ、爆音と炎を撒き散らす。
「やべ……」
爆音が消えるとほぼ同時に、罪次が膝を折る。
その体は雷撃と火炎弾の攻撃をまともに食らっていた。
目の前が暗くなり、力が抜けて行く。
「これくらいで……倒れるかよ!」
倒れ込みそうになった罪次は自身の命数を燃やして立ち上がる。
「ハハハ! ホントにつえーな! もっとやろーぜ!」
負ける負けないではない。この敵ともっと戦うためにと罪次の目がぎらぎらと光っていた。
●
「冗談じゃない……!」
こんな奴らに関わっていられるかと再び逃げ出そうとしたクルックに雷が落ちた。
「面倒なので逃げないようにお願いしますね」
にっこりと笑いながらわざと手にスパークを発生させ、自分が雷を放った事を主張するエヌ。
「怖いですか? ですが、貴方は先程までもっと危険な人の側にいたんですよ?」
亮平は言葉を濁していた内容はエヌも知っている事だった。
そして、エヌの言葉にオブラートと言う物は存在しない。
「彼ら、一般人を何人か有無を言わさず殺してらっしゃいますし、貴方など、彼らから見れば使い捨ての駒でしかありませんよぉ?」
そこから続いた「説得」にクルックの顔を真っ青になり、亮平の額に汗が一筋流れ、朔弥はエヌに対して少し引いた。
「貴方もそうなりたいですか? お仲間が一人、また一人とゴミのように転がり、物言わぬ屍となって行くのを。貴方自身もその一つとなるのを待ちますか?」
「や、やめ……やめろおお! もうやめてくれよおお……」
クルックの心は完全にへし折れた。
「……御村さん、念のために見張っておいてくれるか」
「そうね……なんかもういいじゃないって思うけど」
頭を抱えてうずくまるクルックに亮平と朔弥は気の毒そうな顔をしたが、エヌは少々物足りなさそうだった。
「いまいちですね。もっと極上の『声』を聴きたかったのですが」
などと言っているのは聞こえなかったふりをして、朔弥がクルックを引きずって行く。
「あーあ……持っていかれたかあ」
回復と補助がこれ以上は意味がないだろうと攻撃に転じていた金髪男はため息を吐いた。
「おんしらもいい加減諦めてくれや」
海逸の声には苦々しい物が混ざっている。
金髪男が攻撃に転じるとたった二人とは言え連続で攻撃を叩き込まれるために一人一人のダメージが増え、先程の罪次のように回復が間に合わない事も出てきたのだ。
しかし、それも先程までの話である。
「退かないなら退かせるまでだな」
「先程の彼は少々期待外れでした。貴方達は代わりになりますかね」
亮平とエヌの召雷が合流する挨拶代わりとでも言うように二人組に降り注いだ。
「アニキ、いけそう?」
「問題はないが……」
二人分の雷撃はいずれも頬傷の男に当たり、すでにいくつか負っていた深手に響いたはずだ。
それでも答える声に淀みはなく、苛烈な攻撃を続けていたエルフィリアと数多がまだ足りないのかと笑みと眉を寄せると言う対照的な反応をした。
そして歓喜の笑みを浮かべる者はまだ二人いる。
「そーこなくっちゃな!」
「フフフフ。いいですね! 僕を満足させるような素晴らしい『声』を上げて下さい」
一度倒れかけたとは思えない罪次の嬉々とした様子と銀の仮面の目まで光りそうな勢いのエヌ。
「取材の時間がのうなってきたわ。はよう済ませんといかんの」
二人とは違った意味で気合いを入れた海逸が再び風之祝詞を謡う。
「これ以上粘っても意味がない」
「だねえ……」
金髪男のため息は重かったが、行動は素早かった。
街灯がない細い脇道を見付けるとそちらへ一足飛びで下がり、頬傷の男もそこで漸く構えを解いて後に続く。
「おや、帰ってしまわれるのですか?」
本気でつまらなそうに言うエヌに苦笑したのは頬傷の男だった。
「失敗した言い訳をしに行くからな」
「そう言うのは早い方がいいでしょ」
すっかり軽薄そうな口調と笑みを戻した金髪男もそれに乗ってふざけつつ街灯もない暗闇の中にさっと消え、頬傷の男もそれに続く。
「こういう所で会うのは最後にしたいものだな」
と、低い呟きを残して。
●
「結局、彼らの情報は特に得られなかったな」
「そうね。意外と口は軽くないのかしら」
亮平と数多はすっきりしない気分を抱えて二人組が消えた暗闇を見詰める。
二人組は戦闘の激しさが信じられない程あっさりと去って行った。
彼等の行動は明らかになんらかの組織が背後にいると思わせるものだったが、手掛かりらしいものはろくに残っていない。
いずれ分かるだろうかと考えながら、亮平は数多と一緒にクルックを確保して離れていた朔弥の方へと向かう。
そこではまだ焼け焦げた衣服や消えきっていない煙もそのままにした海逸が、なんとも逞しく取材を敢行していた。
「次回作の手口にするき、もうちっくと聞かせてくれんか」
「……もういいだろ……次回作ってなんだよ……」
「なーなー、盗んだモノなんで返すんだー? 売って金にしねーの?」
「売らねーよ……金なら他で稼げるんだよ……」
海逸だけではなかった。
取材ではないが、横から罪次が質問責めをしている。
「もうそろそろ止めたら? 目がだんだん死んでいってるわよ」
「もうちょびっとで終わるけん。……にしてもなんじゃそのカッコは」
エルフィリアに一言言われても海逸の手と口は止まらない。
今度は質問責めに遭うクルックを呑気に眺めていた朔弥にターゲットが移ったらしい。要素の詰め込み過ぎだなんだと突っ込みが入る。
「そーだ。オマエ女の子じゃなくて男ってホントか?」
罪次がじろじろと朔弥の少女に見える顔やゴスロリ服を眺め、スカートに手を……。
「させるわけないでしょ!」
ばしん! と結構な勢いで手を弾かれた罪次。
出しっぱなしだった猫の爪にひっかかれてしまうが、周囲はお前が悪いといった空気が漂う。
「これからもっと冷えるし、風邪を引く前に帰りましょうか」
放っておくと埒があかないと数多が声を掛けると六人の覚者は頷き、一人の隔者は引っ張り上げられるままに立ち上がる。
不意に風に乗ってアスファルトの焼け焦げた臭気が流れて来た。
それもしばらくすれば冬の冷たく澄んだ空気に押し流されて消えるだろう。
覚者達は今回の成果を報告するため、その場を後にした。
それは奇妙な光景だった。
派手な金髪の男と頬に傷のある男、これまた派手な髪型の金髪ゴスロリ少女が向かい合い、その三人をおろおろとして見ている。
少女、いや少年に獣毛に覆われた手と尖った視線を向けられ、金髪男は仕方ないと呟いた。
「じゃあ、やろうか」
「やっとやる気になったわね!」
金髪男の両足からモーター音が鳴り、風もないのにばたばたとはためく裾から機械の駆動部のような形状をした足首が見え隠れしていた。
対する金髪少女、もとい少年が嬉々として構えた状態から更に腰を落とす。
「楽しそうな騒ぎが起きてるじゃない。アタシもま~ぜて」
一触即発、と言った状況に似つかわしくない楽し気な女性の声。
声の主はひどく煽情的な黒の衣装を纏った女性。エルフィリア・ハイランド(CL2000613)は手にした鞭や長い金髪を指先で弄びながら、この状況を楽し気に眺めている。
「はぁい、こんばんは。こんなところでライブ? よかったら私達も混ぜて頂戴」
酒々井 数多(CL2000149)も薄桃色の髪にぱっちり大きな金色の目と言う少女らしい外見通りの明るい声を掛ける。
「誰、あなたたち」
「なんか……ワケがわからなくなってきた」
視線だけ動かし問いかけた金髪少女に対し、頭を抱えたのは先程のまでおろおろしていた若い男。
仲間内ではクルックと呼ばれリーダーとして尊敬されているのだが、形無しである。
「オマエらすげー強いんだって!? えへへ、なんかドキドキするー!」
「僕は追うのも追われるのも面倒なのですが、さてさてどう片付けて差し上げましょうか」
まだ増えるのかよ! と、クルックの嘆きが入った。
凶悪そうな顔に不釣り合いな無邪気で明るい声を上げ、金髪男と頬傷の男に好奇心の目を向ける新咎 罪次(CL2001224)。こちらはまだいいだろう。
喚いたクルックを妙に楽しそうに見ているエヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)ときたら絢爛に飾られた軍服軍帽にうさんくさい笑みの半分を銀の仮面で隠していると言う風体なのだ。
しかし、それだけでは終わらない。
「悪いのう……ちと邪魔するぜよ」
その後ろに続いて現れた神・海逸(CL2001168)は言葉にすれば着物を着た東洋系の青年だが、この辺りではあまり聞かない口調と妙に落ち着いた雰囲気から威圧感さえ感じられる。
隣にいるのはどこぞの特殊部隊かと思うような黒一色にフードを被り、口元まで隠した阿久津 亮平(CL2000328)。飛びぬけて大きいわけでも派手な衣装なわけでもないが、妙な迫力がある。
「そこのキミら前も会ったね」
金髪男の視線はエヌと亮平に向けられている。
「キミのお仲間だったわけだ」
「何言ってるの。私は……」
知らないわよと言おうとした少年は不意に口を閉ざした。
『御村さん、F.i.V.Eの者です。手伝いに来ました』
何故なら亮平からの送受心が来ていたのだ。御村 朔弥(みむら さくや)と言う知らないはずの名と、朔弥自身最近になって知った組織の名を含めて。
その組織の名を聞いて、朔弥は金髪男からは視線を逸らさずに「返事」を返す。
『F.i.V.Eの人たちだったのね。手伝ってくれるの?』
『俺達はそこのクルックを捕まえに来たんだ』
亮平は掻い摘んでクルックの捕縛依頼と自分達の作戦を説明する。
「うちの方でもそいつの捕縛命令出てたわよ」
亮平の説明が終わる頃を見計らい、数多がクルックを指差した。
「マジかよっ」
「あ! 待ちなさい!」
また自分を追いかける人間が増えたと即逃げに入ったクルックに、朔弥が反応する。
「追うぞ!」
「隔者は任せて」
後を追う亮平と、結局おいかけっこですかとぼやいたエヌの背に数多が声を掛けた。
●
クルックの逃げ足は速かったが、追う方も覚者である。
ぴたりと背中を追いかけていた朔弥が勢いを付けて回り込み、亮平とエヌが左右を固め道を塞いだ。
「短い逃亡劇でしたね」
にこにこと笑うエヌ。
視線を動かせば金髪男と頬傷の男も、四人の覚者の姿も見える程度しか離れていない。
舌打ちするクルックだったが、エヌの足元から流れてきた纏わりつくような霧にギクリとする。
術式によるものだと分かっていても霧の効果とエヌが漂わせる雰囲気は十分に不気味だった。
「大人しくしてるならそんなに痛くしないわよ!」
クルックの前に立ちはだかりる朔弥は風を鋭く切り裂くシャドーボクシングをして見せた。
「とりあえず話を聞いてもらえないか」
脅しにかかるエヌと朔弥に対し、亮平は落ち着いた様子で話し掛ける。
「捕まえに来た俺が言うのもなんだけど……あの二人組とは組まない方がいい」
クルックは逃げ道を探していたが、今は無理かとチャンスを待つ事にしたらしい。亮平の話に耳を傾けている。
「君達のグループは、物を盗るスリルを楽しんで、ほとぼりが冷めてからきちんと返すという拘りをもつグループ……って認識であっているか?」
「……まあな。力任せの仕事なら誰にだってできる。それじゃ面白くねえ」
クルックの答えと自分の認識に大きな齟齬がない事を確認し、亮平は話を続ける。
「だとしたら、尚の事やめておいた方がいい。きっと君達の方向性と合わないし、組んだら盗みとは別の前科がついて愉快犯どころじゃ済まなくなるぞ」
「別の前科と言われてもな。捕まらなければ今まで通りだろ。違うか?」
先程まで引っ掻き回されていたクルックだったが、落ち着いて来たのか反抗的な態度になってきた。
途端反応したのはエヌと朔弥だ。
「なかなか頷きそうにないけど、ちょっと脅す?」
「いいですね、是非とも僕にお任せを」
「二人とも、少し待ってくれ」
横で不穏な事を言い出すエヌと朔弥に少し焦りつつ、亮平は慎重に言葉を選ぶ。
「彼等がどう言う組織なのかは、詳しくは俺達にも分からない。でも、彼らがどんな事をしたかはこの目で見ている」
以前関わった事件であの二人組が殺人を犯した事も味方でない事も分かっているが、悪質な隔者とは違う一面も目にしていた。
亮平自身も奴等は悪だ、殺人犯だと言い切れないもどかしさを感じながら密かに二人組の様子を見る。
●
「ホントどうしてこう邪魔が入るかな」
「なあに、ちっくとソコのに用があるだけや。おんしらは要らん」
金髪男と頬傷の男の二人に対しては犬猫でも追い払うように手を振った海逸だったが、それで二人が退くわけもない。
「結局の所はこれか」
頬傷の男が右腕がマシンガンと大砲を組み合わせたような鋼鉄の塊へと変わり、右足は装甲に覆われる。
一触即発の空気の中、口火を切ったのはエルフィリアだった。
黒い鞭は頬傷の男の右腕に弾かれほぼダメージを与えられずに終わったが、自分を見据えてくる男の視線に笑みを返す。
「中々ワイルドな顔じゃない。今日は存分に物騒なダンスを楽しみましょ」
誘いへの返答は、銃口から吹き出す炎によって行われた。
炎は地面に広がると手近にいた覚者を巻き込み消えた後も火傷を残したが、その程度の洗礼など覚者達はものともしなかった。
「櫻火真陰流、酒々井数多。往きます」
頬傷の男が放った炎よりも赤く滾る醒の炎。赤い鞘から抜き放たれた刀が炎を照り返す。
「ほんに邪魔にしかならん男どもじゃの」
海逸が地面でまだ燃えている火を踏み消し清廉香を振り撒くと、覚者達の体を包む香りが衣服と肌が焼ける臭気も押し流した。
いずれも動じぬ構えに金髪男が肩をすくめる。
「これまた手強そうな感じだね、アニキ頑張れ」
「無責任だぞマサ、お前も働け」
言い合いと共に流れるのは金髪男が起こした風。金髪男と頬傷の男の身体能力が底上げされた。
「ふーん、二人とも仲良しなんだなー」
二人のやりとりを見ていた罪次は自身の守りを固めつつ、まるで知り合いにでも問いかけるような気楽さで二人組に話しかける。
「なんでクルック欲しいんだー? アイツそんな強そうじゃなくねー? そんなに人材いないのかー? って、痛えっ!」
油断しているつもりはなかったものの、少々近付き過ぎたのか飛来した火炎弾が思い切りぶち当たって炎を撒き散らした。
「熱っ! ヤケドしたらどーんだよ! 痛くて寝れねーじゃん!」
炸裂する火炎弾の威力は「熱い」で済むはずもないが、張っていた蒼鋼壁が威力を軽減したらしく、またそれ以上に罪次自身の戦闘狂じみた性質が痛みよりも強敵に相対する楽しみをより感じているらしい。
「火傷したらどーするって、もう焼けてんじゃん」
「ちっとは気ぃつけや」
金髪男どころか味方である海逸からの突っ込みが入るがどこ吹く風である。
(なんだあいつら……なんであんな平然としてんだよ!)
その光景が見えたクルックは信じられない思いで息を飲む。
隔者と言えどクルック率いる「ケイパーズ」は盗みのみに注力しており、盗みのために物を破壊する事も人を傷付ける事も滅多になかった。
愕然とするクルックを他所に、戦いは激しくなっていく。
●
数多の斬撃が頬傷の男に深く食い込み、エルフィリアの鞭がその傷を更に抉るように叩きつけられる。
「アニキも割とエグいけどキミらも容赦ないね!」
金髪男が放った雷に頬傷の男の砲撃が続く。
激しい雷撃と炎の砲撃に焼かれた傷は海逸が癒すが、仲間を庇った罪次は強烈な炎を受けて体から煙が上がっている。
「乗り気じゃなさそうにしてたけど、激しいじゃない。こう言うの嫌いじゃないわよ」
金髪男は攻撃手段に乏しい事もあってか殆ど攻撃に回ってこなかったが、エルフィリアの白い肌には治療しきれない火傷以外にも雷による傷が残っていた。
「一筋縄ではいかないみたいだけど、私達も甘くないわよ」
数多が頬傷の男の前に踏み込んで掌を突き出す。
掌には強烈な力が圧縮され、その威力は体格に勝る頬傷の男を金髪の男の方まで弾き飛ばした。
「アニキ?!」
「よっしゃー! たたみかけるぜ!」
頬傷の男が体勢を立て直す前に、罪次の降槍が足元をすくうように穿つ。
「空を掴み 風を追え。宣誓が響き、旗は大きく翻る」
海逸が謡う風之祝詞が朗々と流れた。
頬傷の男の動きは決して鈍くはないが、金髪男ほど速くもない。祝詞を受けたエルフィリアと数多の攻撃への対処は間に合わない。
「マサ、下がれ!」
「そう言うのも男らしいけど、邪魔させてもらうわね」
エルフィリアの鞭が金髪男を庇おうとした頬傷の男に絡みつく。抜け出そうにも痺れた手足は上手く動かず、飛び込んで来た数多の斬撃は避けられない。
そして、頬傷の男と金髪男は一列に並んだ状態になっていた。
「悪いけど、手加減とか苦手だから」
数多の飛燕が頬傷の男と金髪男の二人に襲い掛かる。
しかし、地面に飛び散った血飛沫は一人分。直前になって痺れが薄れたのか、鞭を巻きつけたまま盾になった頬傷の男に数多の刀が食い込んでいた。
「アニキの分はお返しさせてもらうよ」
庇われた金髪男の笑みが一瞬消え、放った雷が前衛を薙ぎ払う。
目を眩ませるような雷光が終わった直後、今度は地面を揺らすような強烈な火炎弾が撃ち込まれ、爆音と炎を撒き散らす。
「やべ……」
爆音が消えるとほぼ同時に、罪次が膝を折る。
その体は雷撃と火炎弾の攻撃をまともに食らっていた。
目の前が暗くなり、力が抜けて行く。
「これくらいで……倒れるかよ!」
倒れ込みそうになった罪次は自身の命数を燃やして立ち上がる。
「ハハハ! ホントにつえーな! もっとやろーぜ!」
負ける負けないではない。この敵ともっと戦うためにと罪次の目がぎらぎらと光っていた。
●
「冗談じゃない……!」
こんな奴らに関わっていられるかと再び逃げ出そうとしたクルックに雷が落ちた。
「面倒なので逃げないようにお願いしますね」
にっこりと笑いながらわざと手にスパークを発生させ、自分が雷を放った事を主張するエヌ。
「怖いですか? ですが、貴方は先程までもっと危険な人の側にいたんですよ?」
亮平は言葉を濁していた内容はエヌも知っている事だった。
そして、エヌの言葉にオブラートと言う物は存在しない。
「彼ら、一般人を何人か有無を言わさず殺してらっしゃいますし、貴方など、彼らから見れば使い捨ての駒でしかありませんよぉ?」
そこから続いた「説得」にクルックの顔を真っ青になり、亮平の額に汗が一筋流れ、朔弥はエヌに対して少し引いた。
「貴方もそうなりたいですか? お仲間が一人、また一人とゴミのように転がり、物言わぬ屍となって行くのを。貴方自身もその一つとなるのを待ちますか?」
「や、やめ……やめろおお! もうやめてくれよおお……」
クルックの心は完全にへし折れた。
「……御村さん、念のために見張っておいてくれるか」
「そうね……なんかもういいじゃないって思うけど」
頭を抱えてうずくまるクルックに亮平と朔弥は気の毒そうな顔をしたが、エヌは少々物足りなさそうだった。
「いまいちですね。もっと極上の『声』を聴きたかったのですが」
などと言っているのは聞こえなかったふりをして、朔弥がクルックを引きずって行く。
「あーあ……持っていかれたかあ」
回復と補助がこれ以上は意味がないだろうと攻撃に転じていた金髪男はため息を吐いた。
「おんしらもいい加減諦めてくれや」
海逸の声には苦々しい物が混ざっている。
金髪男が攻撃に転じるとたった二人とは言え連続で攻撃を叩き込まれるために一人一人のダメージが増え、先程の罪次のように回復が間に合わない事も出てきたのだ。
しかし、それも先程までの話である。
「退かないなら退かせるまでだな」
「先程の彼は少々期待外れでした。貴方達は代わりになりますかね」
亮平とエヌの召雷が合流する挨拶代わりとでも言うように二人組に降り注いだ。
「アニキ、いけそう?」
「問題はないが……」
二人分の雷撃はいずれも頬傷の男に当たり、すでにいくつか負っていた深手に響いたはずだ。
それでも答える声に淀みはなく、苛烈な攻撃を続けていたエルフィリアと数多がまだ足りないのかと笑みと眉を寄せると言う対照的な反応をした。
そして歓喜の笑みを浮かべる者はまだ二人いる。
「そーこなくっちゃな!」
「フフフフ。いいですね! 僕を満足させるような素晴らしい『声』を上げて下さい」
一度倒れかけたとは思えない罪次の嬉々とした様子と銀の仮面の目まで光りそうな勢いのエヌ。
「取材の時間がのうなってきたわ。はよう済ませんといかんの」
二人とは違った意味で気合いを入れた海逸が再び風之祝詞を謡う。
「これ以上粘っても意味がない」
「だねえ……」
金髪男のため息は重かったが、行動は素早かった。
街灯がない細い脇道を見付けるとそちらへ一足飛びで下がり、頬傷の男もそこで漸く構えを解いて後に続く。
「おや、帰ってしまわれるのですか?」
本気でつまらなそうに言うエヌに苦笑したのは頬傷の男だった。
「失敗した言い訳をしに行くからな」
「そう言うのは早い方がいいでしょ」
すっかり軽薄そうな口調と笑みを戻した金髪男もそれに乗ってふざけつつ街灯もない暗闇の中にさっと消え、頬傷の男もそれに続く。
「こういう所で会うのは最後にしたいものだな」
と、低い呟きを残して。
●
「結局、彼らの情報は特に得られなかったな」
「そうね。意外と口は軽くないのかしら」
亮平と数多はすっきりしない気分を抱えて二人組が消えた暗闇を見詰める。
二人組は戦闘の激しさが信じられない程あっさりと去って行った。
彼等の行動は明らかになんらかの組織が背後にいると思わせるものだったが、手掛かりらしいものはろくに残っていない。
いずれ分かるだろうかと考えながら、亮平は数多と一緒にクルックを確保して離れていた朔弥の方へと向かう。
そこではまだ焼け焦げた衣服や消えきっていない煙もそのままにした海逸が、なんとも逞しく取材を敢行していた。
「次回作の手口にするき、もうちっくと聞かせてくれんか」
「……もういいだろ……次回作ってなんだよ……」
「なーなー、盗んだモノなんで返すんだー? 売って金にしねーの?」
「売らねーよ……金なら他で稼げるんだよ……」
海逸だけではなかった。
取材ではないが、横から罪次が質問責めをしている。
「もうそろそろ止めたら? 目がだんだん死んでいってるわよ」
「もうちょびっとで終わるけん。……にしてもなんじゃそのカッコは」
エルフィリアに一言言われても海逸の手と口は止まらない。
今度は質問責めに遭うクルックを呑気に眺めていた朔弥にターゲットが移ったらしい。要素の詰め込み過ぎだなんだと突っ込みが入る。
「そーだ。オマエ女の子じゃなくて男ってホントか?」
罪次がじろじろと朔弥の少女に見える顔やゴスロリ服を眺め、スカートに手を……。
「させるわけないでしょ!」
ばしん! と結構な勢いで手を弾かれた罪次。
出しっぱなしだった猫の爪にひっかかれてしまうが、周囲はお前が悪いといった空気が漂う。
「これからもっと冷えるし、風邪を引く前に帰りましょうか」
放っておくと埒があかないと数多が声を掛けると六人の覚者は頷き、一人の隔者は引っ張り上げられるままに立ち上がる。
不意に風に乗ってアスファルトの焼け焦げた臭気が流れて来た。
それもしばらくすれば冬の冷たく澄んだ空気に押し流されて消えるだろう。
覚者達は今回の成果を報告するため、その場を後にした。
