狼犬作戦
狼犬作戦


●怪異の生まれる時
 薄汚れた路地に、犬の死体が転がっていた。
 周囲に人の姿など見当たらない、廃墟の街である。
 人の支配が行き届く世界と、そうでない世界。
 その境界線上に位置していたこの場所は、度重なる妖の発生と襲撃に見舞われた。
 人々はそれに耐えきれず、一人、また一人と去り、住まう者の無くなった土地は、やがて荒れ果てた。
 この街は、そういう場所である。

 犬の死体。
 家族(むれ)をなくし、住処をなくし、長い放浪生活を続けていたが、それもこの地で終わりを迎えた、そういう犬の死体であった。
 ぴくり、と――。
 犬が動く。
 生きていたのだろうか?
 いや、半開きのその目に光はない。
 だが、それは、よろよろと、まるで生まれたばかりの様に、よろよろと、立ち上がった。
 事実、それは、我々の知らぬ何らかの力によって、新たにこの世に生まれたのである。
 立ち上がった犬が苦しげにうめき声をあげる。
 めきり、めきり、と犬の身体から軋むような音がする。その手足が、身体が、大きく膨れ上がる。
 ごきり、べきり、骨の軋む音。ぐちゃ、ごりゅ、筋肉が過剰に成長し、巨大化する。
 牙は鋭く、より巨大に。瞳は赤く、らんらんと輝く。黒くぬめぬめと光る体毛は、ワイヤーの様に硬く、太い。

 数分とたたぬうちに、《犬の死体だったもの》は、全長にして2mはあろうかという、《犬のようなバケモノ》へと変貌を遂げていた。

 それは、身震いを一つ、雄叫びのような産声を上げた。

 妖と呼ばれる怪物、その誕生の瞬間である。

●狼犬討伐
「皆さん、おしごとのじかんでーす!」
 久方 万里(nCL2000005)は陽気な声で告げた。
 五燐大学が擁する考古学研究所、その一室に集められたのは、FiVEの覚者たちである。
「今回のおしごとは、妖をやっつける事。やっつけるのは、この子!」
 言うや彼女は、テーブルに一枚の写真を置き、指さした。それには見るも醜悪な怪物の姿が映されている。
 万里が夢見の力にて見た映像、それを彼女が念写し、映し出したものである。
 ベースとなった動物は犬であろう、という事は理解できる。
 しかし、まるでコメディ漫画の様にボコボコと肥大化した筋肉と、ナイフじみた鋭利な牙、鎌の様な手足の爪は、一般的な犬のシルエットとは大きくかけ離れている。
 尻尾もまた棍棒のようであり、これ自体が凶器となることは間違いあるまい。
 造物主が、悪趣味と気まぐれを存分に発揮し、犬をぐちゃぐちゃに弄繰り回して生み出した怪物(クリーチャー)、妖である。
「元犬の妖だね。生物系で……ランクは2」
 一口に妖と言っても、その種類は多様である。
 例えば、一般的にイメージされる幽霊のような妖は《心霊系》。
 その名の通り、器物が変異した《物質系》。
 今回の妖は《生物系》と言う系統にカテゴライズされる。この系統は生物、つまり動植物や、その死体が変異した存在である。
 そしてランク。これはFiVEが規定した、妖の脅威度合を大まかに示した値である。
 今回の妖のランクは2。例えるなら、一般人が猛獣と対峙するようなものか。しっかりと対処できれば、勝てないわけではない。
 もちろん、ランク1の妖が、いわゆる「雑魚」であるか、と言えば答えはNOだ。
 要は、やり方。
 適切な対応を取れば撃退は可能であるし、出来なければ、無残な未来が待つ。
「この子が発生したのは、人の住んでないゴーストタウン。だから、すぐには被害は出ないと思う。けど、放っておいたら街の方へ来ちゃうかもしれないし、仲間を集められたら大変な事になっちゃうの」
 なるほど、確かにこの怪物が街中で暴れでもしたらどうなるかは想像に難くはないし、徒党を組まれでもしたら厄介なことこの上ないだろう。
 潰すなら今、このタイミングが最適だ。
「見てわかると思うけど、噛んだり引っ掻いたりが主な攻撃方法だね。他には、尻尾をブンブンっ、って振り回したら、一番前で戦ってる皆に当たっちゃうかもしれないし……体当たりとかされたら、覚者の皆でも吹き飛ばされちゃうよ!」
 身振り手振りで説明する万里の姿は愛らしい小型犬を想像させたが、実際の相手は2mを超えるバケモノである。じゃれつかれた、等と言う可愛らしい表現ではすむまい。
「それで、戦う場所はさっきも説明した、人の住んでないゴーストタウン。夜だから、ちょっと暗いかも。足元は荒れてるけど、皆の邪魔になるほどじゃないよ。それと、人はいないから大丈夫だと思うけれど、もし誰かにあっても、FiVEの事については秘密。喋っちゃだめだよ!」
 しーっ、と、人差し指を口に当ててジェスチャーする万里。それから、
「いじょう! ブリーフィングお終い! じゃあ皆、怪我しないで帰ってきてね!」
 満面の笑みで手を振りつつ、覚者たちを送り出すのだった。


■シナリオ詳細
種別:β
難易度:普通
担当ST:洗井 落雲
■成功条件
1.妖一体の討伐
2.なし
3.なし
洗井落雲です。よろしくおねがいします。
今回は、オーソドックスに妖一体との殴り合いになります。
ランクは2、とは言え普通な相手ですので、おためし感覚でご参加ください。

それでは、皆様のご参加を楽しみにお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年08月16日

■メイン参加者 8人■

『ファイブブルー』
浅葱 枢紋(CL2000138)
『桜火舞』
鐡之蔵 禊(CL2000029)
『研究所職員』
紅崎・誡女(CL2000750)
『夜に彷徨う』
篠森 繭(CL2000431)
『峻険なる山城の如く』
能登・菜々緒(CL2000945)
『虚空の翼』
羽鳥 司(CL2001049)
『月々紅花』
環 大和(CL2000477)

●探索行
 雲間に隠れた月だけが輝く夜空を、三羽の鳥が飛んでいた。
 いや、よく見れば、それは一般的な鳥ではない。
 丸い体に、勾玉を持つその三羽は、覚者のパートナーである守護使役である。
 守護使役の三羽は各々、お互いの死角をカバーしつつ、地上を窺うかのように飛行を続ける。
 その三羽の直下、地上にて歩を進める数名の男女――FiVEの覚者たちである。

「さて。それじゃ、打ち合わせ通り始めましょうか。これがこの近辺の地図になります。崩落した建築物等、多少の差異はあるとは思いますが、そのまま使えるでしょう」
 言いながら地図を広げたのは『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)である。
「マオ、光源頼む」
 『木の鬼』若松・拓哉(CL2000385)が己の守護使役に告げると、竜型のそれは、ぼうっ、と小さな炎のようなものを生み出す。
 今回の作戦はいたってシンプルだ。
 守護使役の力を借り、地上と上空から、討伐対象の妖を見つけ出す。
 その後、可能なら妖の行動を阻害する場所へ誘導、挟撃し、相手の武器の一つであろう機動力を奪う。
 シンプルではあるが、それ故に堅実な作戦である。
「上手いこと、寝起きドッキリと行ければいいんだけどな」
「それは私達の行動と相手次第……でしょうか」
 拓哉の言葉に、身体にライトを固定し、私物の調査用機材を起動していた誡女が応える。
「私の方は準備完了です」
「オーケー。こっちも始めるか! 羽桜、頼むぜ!」
 『極道【浅葱組】の若様』浅葱 枢紋(CL2000138)が、上空を飛ぶ守護使役に声をかけた。それに応えるように、《羽桜》が大きく旋回する。
「それじゃあ、俺も上がるよ」
 『虚空の翼』羽鳥 司(CL2001049)が言いながら、背中の翼を大きく羽ばたかせ、飛び立っていった。
 月明かりがあるとはいえ、雲間に隠れる事もあるし、そもそも光量も十分とは言えまい。
 索敵と、手元のライトによる援護も兼ねた行動である。

「……本当に誰も居ないのね」
 そう呟いたのは、『月々紅花』環 大和(CL2000477)だ。
 守護使役により嗅覚を強化した彼女の仕事は、妖の匂いを追跡する事。つまり、地上からの索敵要員である。
 そして、彼女の鼻は、死臭にも似た獣臭《だけ》を嗅ぎ取っていた。
 人の匂いも、他の動物の匂いも、何もない。
 本来あるべき生命の匂いとでもいうべきモノが、この場所には欠落している。
「そうだね……まぁ、ある程度予想はしてたけど……」
 頷いて、そう応えた『蹴撃系女子』鐡之蔵 禊(CL2000029)もまた、守護使役の助けを得て嗅覚を強化しているため、この場の生命の希薄さを感じていた。
 おそらく、上空からこの街をとらえている三人も、同じ感覚を味わっているに違いない。
 ゴーストタウン。廃墟の街。その言葉だけでは想像もできなかった、虚無感。
 これが妖の被害を受けた場所の末路であるのか――。
「分かりやすいのはいいけど……寂しすぎるよ、ここ」
「こんな寂しい所で最期を迎えたなら」
 大和が言った。
「妖になってでも、仲間を探したくなるのかもしれないわね」
 禊が唇をかみしめた。それは、孤独を利用し妖を生み出した何かへの怒り故か。

「……索敵ではあまり役に立てないかな。少し歯がゆい」
 索敵を開始した仲間たちを見ながら、『夜に彷徨う』篠森 繭(CL2000431)が独り言ちた。
「適材適所やけん、気にすることなか」
 繭の呟きに気付いた能登・菜々緒(CL2000945)が、笑いながら声をかける。
「私も似たようなもんやけん。けど、すんぐ出番が来るんちや、かまえちょらんと」
 菜々緒の言も尤もだ。そのためのチームである。一人だけでも、誰か一人が欠けても、目標は達成できない。
 繭もそのことは重々承知ではあったが、性格故か、些か気負う所もあったのだろう。
「……そう、ね」
 菜々緒の言葉に、繭はうなずいて返した。

 そして、数分の後、菜々緒の言う≪出番≫はやってくる。
 地上索敵班の匂いにより見当をつけた上空索敵班が、対象の妖を発見したのである。

●狼犬討伐戦
「見つけたよ。この先、10m位かな。その右手……工事途中で放棄された更地にいるみたいだ」
 発見の知らせがあったのは、一行が朽ちた大通りを進行していた時である。
 上空にて妖を発見した司が、報告の為地上へと降りてきたのだ。現在は上空の守護使役と視界をリンクさせ、妖の動向を確認している。
 手元の地図に目をやりつつ、
「地図上だと、周囲に店やらがあって行き止まりになってるみたいだが、どうよ?」
 尋ねる拓哉へ、
「当たりは荒れてるけど、建物は壊れてはいないね。このまま進めば上手く追い詰め……いや、ダメか、気づかれた!」
 叫ぶ司。上空の守護使役が感づかれたか? いや、相手も犬型の妖である。此方の匂いを嗅ぎ取ったのかもしれない。
「マズい、こっちへ来る!」
 司の言葉通り、間もなく、此方へと向かってくる、巨大な影が見えた。
 夢見に渡された念写による資料と同じ、あの悍ましい犬型の妖だ!
 夜間だというのに、まるで電灯の様に爛々と輝き光を発する赤い瞳は、ある種の狂喜に彩られている。
 この虚無の地にて、生命を発見したが故の喜びの色だ。
 だがそれは、孤独を埋める存在を見つけた等と言う、感傷的な理由から来るものではない!
 生前、そして今なお彼を苦しめる空腹! それを解消するための餌が目の前に現れたからだ!
「俺がこっちで食い止める! その間に、予定通り二手に分かれて挟み撃ちにしてくれ!」
 言うや駆けだしたのは枢紋だ! 彼は疾駆しながら覚醒した。髪が鮮やかな赤に変わり、着衣も戦闘用の羽織へと変わる。
「おいおい、いきなりかよ! 準備する暇もくれねぇのか!」
 叫ぶ拓哉だったが、彼もまた覚醒を済ませている。
「ある程度の緊急事態は想定しています! 若松さん、篠森さん、能登さん、私達はこっちへ!」
 誡女もまた覚醒を済ませ、走り出した。朽ちた街灯へ向かって跳躍。勢いが落ちた所で街灯を蹴り再びの跳躍! 犬型の妖の背後へと回り込んだ。
 彼女にしては些か派手な移動法であったが、覚醒状態での、自身の身体能力の確認を兼ねての物である。
「おいで! 私が、私達が! あなたの苦しみ、悲しみ、終わらせてあげるから!」
 覚醒した禊が叫び、構える。彼女の内なる炎が燃え盛り、彼女の決意と共に力となり、肉体を活性化させた!
 次いで、拓哉と菜々緒、繭が妖の横を抜けるように走り出す。
 それに気づいた妖が妨害せんと腕を振り上げた。繭は己のスキルにより一気に駆け抜ける事は出来たが、残りの二人に回避の余裕はない。しかし、その時、高圧縮された空気の弾丸が妖の身体に直撃。妖はたまらずよろけ、後ずさる。
「急いで!」
 射撃の主、司が叫んだ。そのスキをつくように、三人は誡女と合流。包囲を完成させた。
「すまねぇ、助かる! 全く、腹減ってるのは分かるけどな、そうがっつくなよ!」
「あたしも戌混じりやき、これも縁かのう! ここで土にかえしてやるぜよ!」
 妖の正面方向では、覚醒し、輝く銀髪をたなびかせた大和が、太もものホルスターから符を一枚、人差し指と中指で挟み、取り出していた。
「実際に見ると、かなり大きいのね」
 呟き、符に口づけ一つ。力を込められたそれを掲げると、清涼なる空気が覚者たちを包み込む。
 一方、覚者たちの動きに些か翻弄されていた妖だったが、ここにきてようやく獲物を決めたようだ。先ほど妖へとダメージを与えた司へと、ターゲットを定める。妖は唸り声を上げ、司に切り裂かんと、鋭い爪を振り下ろさんとする。
 しかし、その攻撃は、立ちはだかった枢紋の槍によって防がれた。
「よお、犬っコロ! 遊ぶなら俺にしときな!」
 言うや、槍を振るうと、妖は後方へ飛びずさる。枢紋は裂ぱくの気合と共に、自らに秘められた英霊の力を解放。槍を構え直し、再び妖へと対峙した。
「さて、いっちょやるとするか! 浅葱組次期組長、浅葱枢紋! 推して参る……ッ!!」


 さて、奇襲攻撃は成らなかったとはいえ、覚者たちは包囲攻撃には成功した。結果、妖の機動力を削ぐことが出来たのである。
 また、初手こそ不意の遭遇戦となってしまったわけだが、覚者たちは速やかに態勢を整え、優位を保ったまま戦闘を継続していた。事前の入念な打ち合わせの賜物と言えるだろう。
 だが、妖の能力も伊達ではなかった、という所か。
 戦術面での確かな有利を取った覚者達へ、妖はなお食らいついてきたのである。


 菜々緒が自らの獲物に炎をまとわりつかせた。気合の声と共に、妖に斬りかかる。
 肉を焼く臭いが鼻をつく。炎は一定のダメージを確かに与えているが、その一方で、菜々緒は薙刀の刃、その入りの浅さを感じていた。
「げにまっこと、硬い毛ぜよ! 刃がちゃがまるちや!」
 妖に変貌する上で高質化した体毛は、鎧の役割を果たし、覚者たちの攻撃を阻む。
「大丈夫ですか? 弱体化には成功したのですが……」
 雷撃による攻撃を行いながら、誡女。
 彼女の言葉通り、妖の身体能力を低下させる術は確実に効いているし、他のメンバーによる味方の能力向上も成功している。
 驚嘆すべきは、それでもなお強靭さを失わぬ妖の肉体か。
 FiVEが提示した、作戦遂行に必要な人数は八名。
 その数字は、決していい加減に決められたものではないという事だ。
 炎上のダメージすら物ともしないのか、妖は枢紋へと狙いを定めた。
 唸り声と共に四肢にぐっと力を込める。その力を前方へ放出するように、自身を砲弾に見立てたかのように、全体重と筋力を乗せた体当たり攻撃である!
 枢紋はとっさに槍の柄で攻撃を受け止め、同時に自ら後方へ飛びずさる事で勢いを殺そうと試みた。しかし、それでもなお、枢紋を相当距離吹き飛ばすほどに、その威力は高い。
 攻撃を受けた槍、手、腕から、枢紋の身体に衝撃が駆け抜けた。直撃を避けてなお感じる、巨人に突き飛ばされたかのような衝撃。息がつまるような感覚。着地までの一瞬が、数秒にも感じられる。
「司さん、枢紋さんをお願い! 禊さん、アイツの気をそらすわ。手伝って!」
「分かった!」
 大和が叫び、禊が応えた。大和が符を放つのに乗じ、禊は蹴りを主体とした格闘攻撃を仕掛ける。
「浅葱くん、大丈夫!?」
 慌てて駆け付けた司が杖をかざすと、清浄な水の雫が現れ、枢紋の唇を濡らす。軽くせき込みながら枢紋は立ち上がり、
「わりぃ、助かったぜ。ハッ、流石は妖(バケモノ)、やるじゃねぇか! 楽しくなってきたぜ!」
 闘志の炎を瞳に燃やしながら、再び前線へと舞い戻っていく。


 一進一退のまま戦闘は継続していく。一撃の重い攻撃、そして複数人への一斉攻撃を駆使する妖に対し、覚者側は的確な援護を続ける事で、戦線の崩壊を防いでいた。
 個の能力が武器のこの妖に対して、覚者達の武器は情報、戦術、連携だ。覚者達は己の武器を最大限に使う事で、対等、いや少しずつ優勢に立ちつつある。

 そして。


 幾たびの攻撃の末、覚者達の疲労は蓄積していた。だがそれ以上に、妖に蓄積されたダメージは甚大である。
 足の爪は幾つかが折れ、鋭かった牙は、刃こぼれ著しいナマクラ刀のようだ。光沢すら放っていた体毛も、もはや見る影もない。荒い息もまた、限界を物語っている。
「いい加減、終わりにするちや!!」
 菜々緒が、薙刀を構え、突撃。妖の側面に斬りかかる。
「通ったァッ!!」
 振りぬかれた刃が、もはやその役目を果たさぬ体毛の鎧を抜け、肉を切断する手ごたえを受け取った菜々緒の叫び。
 刹那、妖の身体から鮮血がほとばしる! 妖の悲鳴がこだました。
「怨んでくれて構わんよ――」
 そのスキを逃さず、拓哉が正面から踊りかかる。
 ふっ、と息を吐き、抜刀。はた目には、一筋の光が走ったようにしか見えない。刹那の抜刀術。
「――もう一度オタクから生を奪うんだから。……ゆっくり休みな」
 呟き、刀を収めると同時、妖の胸が一文字に割け、再び鮮血がほとばしった!
「行けるわ。総攻撃を!」
 大和の声に、覚者達が応えた。
「全力で……!」
 繭の銃より放たれる、無数の水の弾丸が、
「合わせるよ!」
 司のかざした杖から吹き荒れる、圧縮された空気の塊が、
「天を裂き唸る天空、天駆ける迅雷の刃!」
 枢紋の槍の穂先から放たれた雷が、
「天行壱式!」
 誡女が放った、雷を纏った苦無が、
「召雷!」
 大和が口づけ、放った符に込められた雷が、
 一つとなり、妖へと向かう。それはさながら嵐だ。雷は妖の肉体を焼き、高圧縮された暴風が妖の身体を打ちのめし、弾丸と化した雨滴が妖の身体に風穴を開ける。
 やがて嵐がはれると、其処には、もはや生きている事が不思議と言うほどに疲弊した妖が立っていた。
 ゆっくりと。
 禊が、妖に向かって、歩き出した。
 妖には、反撃する力も、逃げる力も、もう残ってはいない。
 禊は妖の正面に立つと、ゆっくりと構えを取り、
「ごめんね」
 優しい声で、言った。
「もう、おやすみ」
 その一撃は、攻撃と言うには、あまりにも優しかった。
 彼女の拳の炎が、妖の身体を舐めつくす。全身を炎に焼かれた妖は、悲鳴を上げる事なく、地に倒れ伏した。

 とどめをさせたのか、という疑問は湧かなかった。
 妖が倒れた瞬間、しゅうしゅうと音と煙を上げながら、妖の身体が溶解していったからだ。
 わずか数秒、妖の身体を構成していたハズの物質は跡形もなく消え失せ、そこには痩せこけた犬の死骸だけが残されていた。
 終わったのか、という安堵が、覚者達の胸中に浮かんだ。同時に、孤独のまま死を迎えた、その犬への憐憫もまた。
「あの……もしよかったら、なんだけどさ」
 禊が遠慮がちに声を上げるのを、誡女が制した。手には何やら、箱を持っている
「これ、使ってください。本来は妖の死体を回収できれば、と思って持ってきたのですが、消滅してしまいましたし」
「えっ?」
「そのままその犬(こ)を持ち歩くわけにもいかないでしょう? ここではなく、もう少し、にぎやかな所に埋めてあげて。それで、作戦の終わりとしましょう」
 その言葉に、禊が皆の顔を見渡した。
 仲間たちの表情からは、異論の色は見受けられなかった。


●篠森繭の日記より抜粋
 その後、私達は彼――その犬の死体――を伴って、人の生活圏へと帰還した。
 できる限り寂しくない場所を、とは思ったのだが、ここにきて誰かに目撃されても本末転倒だ。結局、街はずれの公園で、シンボルと思わしき大きな木を発見したので、その根元に埋葬する事で妥協した。
 ――生憎と煙草は好かん、格好付かんが我慢してくれ。
 そんな事を言いながら、若松さんが火をつけたマッチを墓へとたて、両手を合わせた。
 私達は無言のまま、そのマッチが燃え尽きるのを見送った。私は手は合わせなかったが、悪夢から解放され、安らかな眠りについた彼について、少しだけ思いを巡らせていた。
 マッチの火が消えた事を確認してから、私達がその場を立ち去ろうとした時だった。薄雲に隠れていた月が顔をのぞかせ、煌々と私達を照らし出したのだ。
 もちろん、このタイミングで月が顔を出したことは、ただの偶然だ。
 だだ、私達に差し込んだ、あの柔らかな月の光。
 それは、夜を彷徨い消えていった、あの哀れな犬への鎮魂であり、
 今日より始まる、私達の≪新たなる物語≫への祝福であると――
 そうであればいいと、思わずにはいられないのだ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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