銀刃
●
時刻は昼時。
じりじりと焼けつく日差し、不愉快な湿気の風、うんざりだ。だがそれよりうんざりなのは今の状況だ。
陽炎を敷いた地面を行く、若き少年。しかし彼は今、大きな闇に飲み込まれようとしていた。
引きずって歩く二本の足。
機械仕掛けのように微動する腕。
俯いて上がらないままの頭。顎下から、汗かそれとも冷や汗か。雫が流れて軌跡を作る、点々と。
(……こんな民家に。助けろよ、誰か……)
「く、そ……ぉ」
呟いた声は、声とも取れない小さな小さな音である。そんな弱くて死にそうなもの、当然、蝉の鳴き声と子供の笑い声にかき消された。
(誰でも、いいから、お願いだ……いや、俺に近づくな、逃げて……逃げてくれよ、もういやだ、いやだ)
祈りはそして、届かないものか。背筋から甲高い笑い声が聞こえ、少年は唇を噛みしめた。
傍からよく見ろ。
それは普通のヒトには見えないモノ。
(重い、くっそ重い……)
まるで少年の身体を覆うかのような、紫の煙だ。複数の人間の顔が複雑に絡み合い、形は無いけれども一つの集合体となり少年の身体を覆っている。
これに憑りつかれている? いやいやそういうものではない。この霊体は引き寄せられたに過ぎないのだから。
本当に危険なものは少年が持つ―――。
「最近、人斬りが多いのよね」
「やだやだ、しってるわ。ここらへんでしょう?」
「いやね、また妖かしら……そろそろ、帰った方が」
「あら、なによ……?」
世間話をする女性二人の目線が、少年を不審がって睨んだ。人斬りが多発している地域で、少年の背にあるのは。
―――刀、だ。
少年の足はぴたりと止まる。背筋が凍り、顔から血の気が無くなっていくのがよーく分る。
どうしてこうなった。
家の倉に入ったのがいけない?
家の倉にこんなものがある事なんて予想できる訳がない。
(おいおいおいおい、マジ冗談だろこんな、子供が先で遊んでるじゃねぇかやばいやばいやばいやばいまじかよ夢であってくれってのオイオイオイオイいやだ……いやだいやだいやだいやだ!!)
「止め――――ッ!!!」
ぷつんと意識が真っ暗になった。次に目が覚めた時には終わっていた。
周囲の鳥が一斉に飛び立ち、蝉も鳴くのを止めていた。スロー再生で子供の笑い声だけが聞こえる。
ただでさえ、こんな暑いのに……。
熱い熱い、まだ生きていた人間の血で顔が化粧がかっていた。振り切った腕の先には、銀色に輝く刃が頭部を二つ程噛んでいる。
『斬らねば、斬らねば、ヒトなど、全て斬り失せてくれるわ。私の存在異議は斬る事也』
鬼ごっこをしよう?
次は、どの子を狙おうか。
「誰か、俺を止めて……」
●
「よっし、やっと皆に仕事だな! 待ちに待ったか? それとも事件は起きないほうがイイか……。とりあえず聞いてくれよ、俺が視た夢の話をさ!」
久方 相馬(nCL2000004)は腕まくりしてから、指にツバをつけて資料のページを開いた。
「時間は真昼間だ! 皆がいくところ、一般人も普通にいるから巻き込まれてしまわないようにして欲しい。そんでもって今回の敵がこれ!」
相馬の示した写真は全部で三枚あった。
学校の屋上で弁当を食べる普通の少年の写真。
ぼやけているが、恐らくは刀であろう写真。
完全にぼやけていて見えない程にぐちゃぐちゃに歪んだ顔の集合体の写真。
「うぇぇ、最後の心霊写真じゃんか……。じゃなかった、二枚目のは妖刀で、こいつが一枚目の少年、横木尋(オウギ・ヒロ)に憑りついて。んで、妖ってお互いに引き寄せ合う性質があるから、三枚目のやつが妖刀に引き寄せられて護っているっていうのが現状だな」
相馬は指でさしながら簡潔に説明をした。
「その、三体で一体な奴等が白昼堂々人間を殺して回るから、それを止めてくれ!!ってこった」
霊はなんらかの思念の集合体だ。
「こいつはなんと、俺等覚者じゃないと視えないんだ」
つまり一般人には見えない。誰も尋の背に妖が乗っているなんて、その場の一般人には誰も視えないのだ。
「ついでに物理攻撃はなかなか通さない、めんどくさいやつだぜ! 少年に張り付いているといよりは、刀に張り付いてるな。こいつ、俺の目からは刀を守っているように見えるんだよな……」
次に、相馬の指は妖刀の写真をつまんだ。
「こっちは強い。人間一人乗っ取るとか怖いな!! 皆にもその可能性が無いワケじゃないだろうから……マジで、気を付けてくれよ!! 攻撃は基本、刀で可能なものだろうけど、妖だけに荒業とか使って来る可能性もあるぜ」
がりがりと頭を掻いて相馬は周囲を見回した。
妖は待ってはくれない。人を根絶やしにせんと動いているのか、それとも。
「あ~~俺は皆が心配だ! 頑張ってくれ!! 皆の帰り、待ってるからな!」
時刻は昼時。
じりじりと焼けつく日差し、不愉快な湿気の風、うんざりだ。だがそれよりうんざりなのは今の状況だ。
陽炎を敷いた地面を行く、若き少年。しかし彼は今、大きな闇に飲み込まれようとしていた。
引きずって歩く二本の足。
機械仕掛けのように微動する腕。
俯いて上がらないままの頭。顎下から、汗かそれとも冷や汗か。雫が流れて軌跡を作る、点々と。
(……こんな民家に。助けろよ、誰か……)
「く、そ……ぉ」
呟いた声は、声とも取れない小さな小さな音である。そんな弱くて死にそうなもの、当然、蝉の鳴き声と子供の笑い声にかき消された。
(誰でも、いいから、お願いだ……いや、俺に近づくな、逃げて……逃げてくれよ、もういやだ、いやだ)
祈りはそして、届かないものか。背筋から甲高い笑い声が聞こえ、少年は唇を噛みしめた。
傍からよく見ろ。
それは普通のヒトには見えないモノ。
(重い、くっそ重い……)
まるで少年の身体を覆うかのような、紫の煙だ。複数の人間の顔が複雑に絡み合い、形は無いけれども一つの集合体となり少年の身体を覆っている。
これに憑りつかれている? いやいやそういうものではない。この霊体は引き寄せられたに過ぎないのだから。
本当に危険なものは少年が持つ―――。
「最近、人斬りが多いのよね」
「やだやだ、しってるわ。ここらへんでしょう?」
「いやね、また妖かしら……そろそろ、帰った方が」
「あら、なによ……?」
世間話をする女性二人の目線が、少年を不審がって睨んだ。人斬りが多発している地域で、少年の背にあるのは。
―――刀、だ。
少年の足はぴたりと止まる。背筋が凍り、顔から血の気が無くなっていくのがよーく分る。
どうしてこうなった。
家の倉に入ったのがいけない?
家の倉にこんなものがある事なんて予想できる訳がない。
(おいおいおいおい、マジ冗談だろこんな、子供が先で遊んでるじゃねぇかやばいやばいやばいやばいまじかよ夢であってくれってのオイオイオイオイいやだ……いやだいやだいやだいやだ!!)
「止め――――ッ!!!」
ぷつんと意識が真っ暗になった。次に目が覚めた時には終わっていた。
周囲の鳥が一斉に飛び立ち、蝉も鳴くのを止めていた。スロー再生で子供の笑い声だけが聞こえる。
ただでさえ、こんな暑いのに……。
熱い熱い、まだ生きていた人間の血で顔が化粧がかっていた。振り切った腕の先には、銀色に輝く刃が頭部を二つ程噛んでいる。
『斬らねば、斬らねば、ヒトなど、全て斬り失せてくれるわ。私の存在異議は斬る事也』
鬼ごっこをしよう?
次は、どの子を狙おうか。
「誰か、俺を止めて……」
●
「よっし、やっと皆に仕事だな! 待ちに待ったか? それとも事件は起きないほうがイイか……。とりあえず聞いてくれよ、俺が視た夢の話をさ!」
久方 相馬(nCL2000004)は腕まくりしてから、指にツバをつけて資料のページを開いた。
「時間は真昼間だ! 皆がいくところ、一般人も普通にいるから巻き込まれてしまわないようにして欲しい。そんでもって今回の敵がこれ!」
相馬の示した写真は全部で三枚あった。
学校の屋上で弁当を食べる普通の少年の写真。
ぼやけているが、恐らくは刀であろう写真。
完全にぼやけていて見えない程にぐちゃぐちゃに歪んだ顔の集合体の写真。
「うぇぇ、最後の心霊写真じゃんか……。じゃなかった、二枚目のは妖刀で、こいつが一枚目の少年、横木尋(オウギ・ヒロ)に憑りついて。んで、妖ってお互いに引き寄せ合う性質があるから、三枚目のやつが妖刀に引き寄せられて護っているっていうのが現状だな」
相馬は指でさしながら簡潔に説明をした。
「その、三体で一体な奴等が白昼堂々人間を殺して回るから、それを止めてくれ!!ってこった」
霊はなんらかの思念の集合体だ。
「こいつはなんと、俺等覚者じゃないと視えないんだ」
つまり一般人には見えない。誰も尋の背に妖が乗っているなんて、その場の一般人には誰も視えないのだ。
「ついでに物理攻撃はなかなか通さない、めんどくさいやつだぜ! 少年に張り付いているといよりは、刀に張り付いてるな。こいつ、俺の目からは刀を守っているように見えるんだよな……」
次に、相馬の指は妖刀の写真をつまんだ。
「こっちは強い。人間一人乗っ取るとか怖いな!! 皆にもその可能性が無いワケじゃないだろうから……マジで、気を付けてくれよ!! 攻撃は基本、刀で可能なものだろうけど、妖だけに荒業とか使って来る可能性もあるぜ」
がりがりと頭を掻いて相馬は周囲を見回した。
妖は待ってはくれない。人を根絶やしにせんと動いているのか、それとも。
「あ~~俺は皆が心配だ! 頑張ってくれ!! 皆の帰り、待ってるからな!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.全ての妖の討伐
2.一般人全員の救出(一般人に横木尋は含まれない)
3.上記二つを達成すること
2.一般人全員の救出(一般人に横木尋は含まれない)
3.上記二つを達成すること
初めまして、工藤です
宜しくお願いします
βということで、一本目、妖刀+心霊
●状況
・少年が一名(一般人、覚者ではありません)、心霊系妖と物質系妖に捕縛、操られております。既に何人か斬り殺してしまっているようで、街では事件となり目下犯人捜し中。
周囲には無関係の一般人、女性が二名とその子供四名がおります。この六名はまだ少年に気づいておりません。
周囲は、公園と道路、民家があります。
まだ女性を含めた一般人には被害なし。道路上を尋が歩いているところからスタートします
●一般人
・名前を横木尋(オウギ・ヒロ)
絞り出すような単語しか話せない為、口頭会話は不可能
思考は生きております
いくら憑りつかれているからといえど、心臓を刺せば死にますし、頭を飛ばせば死にますし、出血多量でも死にます
あくまで身体を動かされている為、彼が死んだとしても敵が憑りついていて、身体が動くならば動きます
・その他女性二名、子供四名
●敵について
敵は二体ですが、刀も霊も少年にくっついている為、この二体の『移動』は同じ個体として扱います(例外的状況は有ります)
攻撃は別々であり、速度に従います。
・妖刀
ランク2の妖、攻撃系。
基本的に通常攻撃を主にしますが、稀にスキル攻撃で複数を対象とする斬撃を放ちます
攻撃力が高いので注意
少年から引き剥がした場合全能力値が半減し、浮遊の属性が着きます
なお、参加PCに憑りつく場合もございます
憑りつかれた場合は、PCの手番は全スキップし、妖刀の手番となります。攻撃力とスキルはPCののものを模倣・強化します
・心霊妖
ランク1の妖、耐久系。基本的には妖刀と妖刀の憑りついた身体を護る事に注力します
物理攻撃で攻撃した場合、威力が半減します
怨念を吐き、敵の能力値低下させるスキルを持っております
熱いプレイング、お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年08月17日
2015年08月17日
■メイン参加者 8人■

●
舌打ち一回。
容赦無く放ってから、口はよく動いた。
「たりィ……、一般人なんざ放っておけ。びーびー喚いて勝手に逃げるだろうがよ」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は、贋作虎徹の鞘で肩を叩きながら歩いていく。足早なのは、なにも『護りたい』とかそういう善の感情では無く、忙しく高鳴る鼓動が獲物を求めて止まないからだ。
「そうはいかない。罪もない一般人は傷つけたくない」
水蓮寺 静護(CL2000471)こそ、髪留めを取り、その美しい長髪が解き放たれて風に揺れる。もう片腕には、直ぐにでも戦えると言わんばかりに冷涼な霊気を放っているようにも見える刀、裂海が握られていた。
「あァ?」
「なんだ」
顔だけで振り向いた三白眼の瞳の中、静護の姿が映った。刹那、静護の背筋には悪寒がゾクリと走る。
鞘なしの刀の様な雰囲気の刀嗣に、剣武館にて見慣れた静護が今更驚く事は無い。
では、この悪寒の正体とは。
「ハッ! 知らねェ間に後ろ取られたぜ、水蓮寺ぃ……ほれ、守らねェと背中がぱっくり開くだろうよ!」
ひぐらしの鳴き声が木霊し、人間の脚力を超えた影が銀刃の光と共に迫り狂う。
西の都の中心地。所狭しとひしめき合う住宅街。
少しでも遠くを見れば、風景は歪み、陽炎の園。
げに、夏である。
遠くでひぐらしの鳴き声が聞こえる。
吸い込む空気さえ不愉快な湿気が口の中に留まり、春野 桜(CL2000257)の表情が一瞬だけ浮かばないそれを見せた。
汗ばむ手を見ながら、力を込める。周囲には透明の膜の様なものが発生し、それが動作し、関係無き人々の視線はこちらを向かぬ保証となり得た。いわゆる、結界というものである。
「妖がいるぞ、逃げろ!」
低音の聲に地響き。『夕闇色の瞳』石動・辰則(CL2000384)が、まるで迷路のような道を右へ左へと駆けていく。
彼の声を聞いた人々は皆、妖を恐れて身を隠した。本当に妖とは恐るるものだと本能的に理解しているのだろう。今は、その恐怖こそ利用できるものに違いは無かった。
所変わり、夢の中では死んでいた女性二人は未だ優雅にお喋りを続けていた。
「最近、人斬りが多いのよね」
「やだやだ、しってるわ。ここらへんでしょう?」
本来ならば、『いやね、また妖かしら』と続いた所であったのだが。『い』の字を言う前に、茶髪に、翼を持った少女が二人の手前で止まれば自然とお喋りも止む。
不規則にも荒々しい息を吐き、それと相成って上下する肩。滝のように流れる汗を片手で拭いながら、百道 千景(CL2000008)は言った。
「向こうで人斬りが現れたらしいですよ! あなたたちもお子さんを連れて此処を離れてください」
しぃんと静まり返ったのはものの数秒。千景の表情は真剣そのものであり、どうか、どうかここから早く逃げてと心中叫んだ。
そして、届く。
すぐさま叫び声にも似た声をあげながら、背後で笑う子供たちの声の元へと駆けていく女性たち。その後ろ姿を見つめ、更にその先には既に『堕ちた正義』アーレス・ラス・ヴァイス(CL2000217)と『一縷乃』冷泉 椿姫(CL2000364)が子供たちを誘導していた。
「さ、貴方たちのお母さんと一緒に帰るの。帰るまで、お母さんの手を離しちゃだめだよ」
「うん、わかったの」
「おねいさんきれー」
優しく、怯えさせなように。椿姫は女の子の頭を撫でながら、必死に走ってくる母親たちを見つめた。
隣ではアーレスが声色を変え、いつしかどこかで聞いたような、そのうち巨大ロボに乗り出しそうな、少しエコーがかったヒーローの声が響く。
「君達! ここは危ないから早く逃げるんだ! アラタナルマンのお願いだ!」
「すっげー! アラタナルマン!!」
「僕もいっしょにたたかう!!」
「駄目だ!! 君たちを……傷つけたくない!!」
「!!」
「わかった……気をつけてね、アラタナルマーン!!」
母親が子供の手を繋いで足早に消えていく。しかし子供が、子供だけが、とくに男の子が何度もアラタナルマンに向かって手を振っていた。
「アラタナルマン……ですか」
椿姫が冷静につっこんだ。
「ああ、お恥ずかしながらも子供には最適かと」
てててと走ってきた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)。端から、いちにさんしと仲間の数を数えてから、首を斜めに向けた。
「ところで、諏訪と水蓮寺は?」
近くで木でもへし折ったかのような音が響いた。
●
「おい、ナマクラァ。ふざけてんのかテメェ。テメェは処刑道具か? 違うだろ」
今度は刀の背で自分の肩を叩く刀嗣。その少し後ろにサポートする形で立っていた静護。
彼等が見つめる光景は、木の塀を諸々崩して倒れている横木尋、ならぬ妖刀だ。
少し前の出来事の説明をすれば、飛びかかった尋をカウンターごしに蹴り飛ばした刀嗣、そこからどなた様の家の木の塀をぶち破って土を喰った尋。
『殺ス、殺す!!』
「さっきからそればっかりで話もできねぇなんざ、ぶち殺すぞてめぇ」
「諏訪君」
「ぁんだよ」
静護は頭をとんとんと叩けば、刀嗣の丁度右目の上から顔半分が真っ赤に染まる程に血が流れ、腹部の服の奥からも、血が流れて足元に血溜りを作っている。
「いくら、元の身体が一般人だからとは言え、侮れない戦(や)り方だな。ていうか、大丈夫か? 大丈夫じゃないだろ」
「こんなん、唾つけときゃァ、治んだよ」
四つん這いに這う尋。口に妖刀を咥え、獣のように唸りながら周囲を囲む霊の有象無象は笑っていた。ただ、瞳から流れる涙だけが尋という少年の心を表していただろう。
唸り声がぴたりと止んだ時、塀の残骸の中に彼の姿は消える。
いつの間にか、両腕で刀を持っていた尋が出現したのは頭上。瞬時に刀嗣が反応し、顔の前に刃を出し、刀の中央部で衝撃を受ければ刀嗣の足元のコンクリートがひび割れながら陥没した。
『キサマキサマキサマ!! 何様のつもりだ。刀が人間に振られる、だと!? ふざけるでない、我らのほうが余程格上の存在よ!!』
「テメェも刀なら合戦に使ってなんぼだろうが」
『格下のニンゲン如きに、使われる義理など無いわ!!』
遥か力は妖の方が勝る。力で弾かれた刀嗣がコンクリートの壁にぶつかる前に静護は彼を受け止めた。が、追ってきた尋。刃は上、振りかぶりの位置。落とされれば二人一変、綺麗に右腕がさよならしたであろうが。
「斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ たんだ踏み込め 神妙の剣」
凛の韋駄天足からの急ブレーキ。
靴の底をすり減らしながら尋と静護たちの間に凛が入った。両腕は妖刀の柄を持ち、起動を背後の彼らからずらしながら梃子の原理で刀を落とさんと。
だがしかし霊が邪魔をした。
凛の腕ごと柄を拘束し解けさせんと。至近距離で、にぃと笑う顔の集合体に、凛の顔が怒りに歪む。
「あんま人間、舐めんじゃないでぇ」
身体を操られて、殺したくもない人々を殺し、そして自身も殺される運命なんて。それを止めるのが、我らが組織の役目であろうが。未だ抜いていない朱焔から炎が吹き出さんとしていた。
――銃声が響く。
「道具風情や負け犬風情の妖か、つまらない姑息な事件を起こすものだ、少年を利用し、牙を持たない者を狙う、畜生以下の汚物が、徹底的に排除してやろう」
何度も連弾された銃声。アーレスのそれだ。
思わず霊も凛を開放し、弾丸を刀へ、尋の腕へ当てないように庇い始めた。弾丸が吸い込まれるように顔の目や口や、鼻に入る度に顔面たちが叫び声をあげていく。だがしかしアーレスは弾丸を打ち込んでいく、右往左往と逃げ惑う敵に対して風景も一緒に穴が空いていく。
「先に行くとは、自殺願望ですか?」
「コラーッ! 諏訪ちゃん水蓮寺ちゃん、抜けがけはだめなんだからねぇ!!」
ここで椿姫と千景も到着した。
立ち位置についてから即回復を要求されるとは椿姫も思っていなかっただろう。次に突っ込むタイミングを見計らっている刀嗣と静護に、蓄積した体力低下のまま玉砕されても困るというもの。
「仕方ないですね」
そして椿姫の舞は天女の様。湧き出た純粋無垢なる癒しの奏。前衛の背中を押すような……、傷を癒すには十分な威力を誇る。
「こ、怖くねーし! 5秒あれば余裕だし!」
白色であれど薄桃色の翼が風に乗って舞った。
千景の背、みるみる翼が伸び、天使を思わせる凛とした姿で弓を握る。されど少し、手は震えていた。それを見抜かれてか、尋は千景を狙った。ギロリと睨まれれば「ひっ」と千景が一歩後ろへ退いたのだが。いや、ビビっている場合では無いと、前衛民へと奏でる戦祝詞。
祝詞を受けた辰則が燃る深紅色の尾を靡かせながら、巨大な剣、アウトレイジを解き放つ。岩をも断てるであろう豪腕からの剣に、妖刀で受け止めた尋の腕がミシミシと鳴り、その間で攻撃を肩代わりした霊が断末魔をあげた。
「助けて、みせる……!! 聞こえるか、横木君。絶対、なんとかする!!」
辰則が言う事で、ほんの一瞬であったが虚ろであった瞳に光が灯った。霊の断末魔に掠れて消えそうな声で、
「うん」
と聞こえたのは、辰則の幻聴では無かっただろう。
だが……流石、人間の限界を越えて動かしているからか、尋の四肢は、肌は、所々引きちぎれ、筋肉が露出し、血が噴き出している。虚ろな目で『静護』の姿を写し、笑う尋。
「そこ」
空を切ってしなやかに飛んだ一本の鞭。消えろと、ぬばたまよりも黒い雰囲気を抱えた桜がそこには居た。
怨霊なんて、クズの塊。
桜の攻撃に、一回目は鞭は綺麗に何分割も斬られて止まったが、負けじと再び成長を促した鞭にパァン!と音が弾けた。すれば、耳障りでもあった霊の叫び声もぴたりと止む。
霊が完全に消え失せたのだ。上唇を舐めた桜と、仲間の追撃がここぞと飛ぶ。
絶対に助けると決めたからこそ、静護はいち早く彼の元へと足を動かした。
同時に、刀嗣の口が動いた。
音は無く、だが妖刀は口の形ではっきりと言葉を理解した。
俺様に勝ちたけりゃアイツにでも取り憑くんだったな。
静護の伸ばした手、だが、笑う尋。ハッと気づいた千景が守護空間を放とうとすれど、速度が足りなかった。なお、守護空間では憑依を弾く事は不可能で、寄り代ごと押し出すことは可能であったのだが。
そのとき、ぷつんと静護の意識は途絶えた――。
●
「こうなったらどうするんだっけ。お約束で全部殺すか、それとも刀だけ狙うか。あははどっちでもいい」
桜の肩が上下に揺れて笑った。
彼女の瞳の中、両腕に刀を持った。正しくは元から持っていた刀と今しがた手にしてしまった刀を持った妖刀(静護)が居た。
妖刀がまず狙ったのは尋であった。ちょっとでも切り込みを入れれば直様そこから死に到れる程、弱い彼を。
「ちょぉ待ってや、ふざけんじゃないで!!」
朱焔が唸る、妖刀と裂海を同時に受け止めた凛の手首が嫌な音を発した。だが負けられない、背に尋を隠して押され負ける訳にはいかないのだが、どうにもこうにも彼の力は数段高く。
その間に辰則が尋を回収した。大柄な彼が尋を担ぐのは容易く、陽炎揺れる彼方へと。
「気をしっかり、生きているか?」
「なん……と、か……」
尋の意識もあれば、だが吹けば消えそうな蝋燭の火の様。
「頼む、椿姫さん」
「わかった。でも、……私も回数、回復が打てる訳では無いから、やれるところまでね」
尋を椿姫へと託し、再び辰則は妖刀へと向かう。
『先程とは比べ物にならんな。これが能力者の身体か?』
「これまた、なかなかに面倒なことをしてくださったものですね」
にこぉと笑ったアーレスの、だが背にはドス黒いものが見える。仲間がとりつかれようが知ったこっちゃないと考えている面子は彼だけでは無いのだが、仕込んだ弾丸を打ち放つのをスムーズに行う程度にはアーレスの考えもぶち抜けて堕天済だ。
しかし、弾丸は一発以外は妖刀に切り伏せられた。空中で真っ二つになった弾丸が虚しく道路に落ちる音さえ今は聞こえる。
前進あるのみ。妖刀は後衛に突っ込んでいく程度の勢いで地面をければ、簡単にアスファルトが抉れて爆音を奏でる。
「当たれ、当たれ、当たれ!!」
弓を持つ千景の手が揺れた。背に、椿姫と尋をおいて。矢が虚しく散っていくのは、先ほどの弾丸と同じく。だが放った二発の矢の内、一発は妖刀の刃を直撃して静護の眉間が歪んだ。
「ひぇ、こっち来るなし!!」
「……」
無言で桜の鞭が妖刀を絡めた。両腕で鞭を持ち、少しでも気を緩めれば解けてしまいそうな程、妖刀の力は強く。だが後衛への進軍は止めるべく。
「死になさいよ、いや、消えなさいよ、跡形もなく……」
桜の声に混じる、低音の声。睨む妖刀。
『生意気で小癪なニンゲンども。全員全員、葬ってやるから楽しみにしているが良いぞ』
「うっさいわよ、人の身体が無いとまともに触れないくせに」
腕ごと、妖刀ごと、鞭で木っ端にする勢いだ―――が、ぶつん、と桜と妖刀を結ぶ鞭が切れた瞬間、
「さっきよりいい動きしてんじゃねぇか!」
目を見開き、舌を垂れ流した刀嗣が妖刀目掛けて突進、鍔ぜりの位置。
贋作虎徹で攻撃かと思えば、両腕は動かさずに相手を頭突く。一瞬の立ちくらみに後方へ退いた妖刀が、だが、背後から
辰則が横一閃にアウトレイジを振った。
「そろそろ、大人しくしてもらおうか!!」
轟音の風切り音と共に、振られたそれを受け止めた妖刀。刃にヒビが一筋と入る。アウトレイジが駆け抜けた後、風が周囲を駆け抜けた、それ程までに彼の振った力は高いと見える。
「う……」
尋は目を覚ました。
未だ、夢の中にいるような。それは悪夢というものであったのだが。
「身体、痛い、心も、痛い。たくさん、殺した、殺して、なあ」
椿姫の裾を握り、泣き下す尋。それを見つめた椿姫が、今なにを言えるのか一寸考え、裾の手に両手を重ねた。
理不尽で、不幸も沢山あって、生きるのは辛い試練のようだけれど、それでも……生きて、戦ってほしい訳ですよ。
ほら、重ねたこの手の中。尋の手の甲には立派な精霊顕現の紋様が浮かび上がった。
「ごめんね? 君を殺してあげるほど、私は優しくないの」
突き抜けたヒビをアーレスは見逃さなかった。同時に、凛の足元から爆炎が吹き荒れる。
「さ、終わらせましょう。下らない鬼ごっこも鬼が潰えればおわりです」
「次から次へと持ち主を変えてもなあ、妖刀に残るダメージってのは消せなかったようやなぁ?」
辰則から間を取った妖刀に焦りの表情が見える。
仮面の奥、アーレスの瞳はそれを見切っていたのだろう。何度も何度も撃ち放ち、が、しかしその弾丸を刀嗣が全て切り伏せた。
「ふざけんじゃねえ、水蓮寺は俺の道場の面子で、そいつは俺様の獲物だ! 勝手に手ェ出すんじゃねえ!!」
「理由めちゃくちゃだよ諏訪くん!!」
千景の胃が痛くなった。
「やれやれ、妖刀の前に彼を退治しますか?」
「仲間割れはノーだからね!!」
千景の胃が更に痛くなった。
最速で走り抜けた妖刀。凛と刀嗣の背後、瞳を光らせた静護――妖刀が両腕の刀を振りかざし、落とす。妖刀には刀嗣が、裂海には凛が。胸から刃を突き出し抜かれ、口から血が綺麗に吹き出した。
が、二人は同時に振り向いた。
「一緒にやりましょか」
「っせぇ、くたばれ」
『かかってこい、クズども』
三人四振りの乱舞。刀の暴風と言っても過言では無い程に、近寄れぬスピードと有象無象さ。両腕に持たれたふた振りの刀を片手ずつの刀で相手するのも鬼ではなるが。
押され込まれていく妖刀の背後、
「死んでよ私達の為に」
片手斧を振りかぶった桜の――逆光で表情は全く見えないが瞳が光っている――それが妖刀の柄を切り裂いた。
物、ではあるものの、切り裂かれた柄から血が溢れ出し、ヒビ割れた刃から酸化した血のようなドス黒い液体が吹き出す。
『ニンゲンごときに!!』
「だから、舐めるなと言うたんや」
凛の、返り血に染まった顔の奥から冷たい瞳が覗く。凛が再び梃子の原理を効かせて、今度は妖刀を静護の腕から離す事に成功。
倒れた静護の身体を辰則が受け止め、そして、桜の鞭が妖刀を空中で縫いとめた。
「もう逃がさない、もう逃げ場はないわ」
「じゃあなナマクラ。妖にも来世があるなら次は使い手を選ぶんだな」
白き炎が妖刀の魂を食い散らかした――。
バラバラに砕けけ、焦げ付いた妖刀の破片を見て、千景がそれを拾おうとした。が、椿姫がその腕を掴んで止めた。
「触らない方が、いい。よくないものだから」
「そう? そういえば、あの子は?」
「ああ、大丈夫だよきっと」
そこには尋が、否、新たな覚者の一人が存在していた。
しかし不穏な影ひとつ。椿姫と千景の背後、浮遊した破片が二人をとって食わんとしていて。
が、即座にアーレスの弾丸が全て撃ち落とし、破片を辰則が踏み砕いた。
「全く、どこまでも執念深い」
「これで終わったとしていいんだよな?」
帰りゆく覚者達の背を見ながら、斧を引きずる桜が天上を見上げた。
「もっと殺さないと。そうすればきっと。あは、あはははははははは――」
太陽は傾き、逢魔が時。
ひとつの話は終われど、まだまだ暗雲は出始めたばかりである。
夜明けは、未だ遠く。
ひぐらしの鳴き声もぴたりと止まっていた。
舌打ち一回。
容赦無く放ってから、口はよく動いた。
「たりィ……、一般人なんざ放っておけ。びーびー喚いて勝手に逃げるだろうがよ」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は、贋作虎徹の鞘で肩を叩きながら歩いていく。足早なのは、なにも『護りたい』とかそういう善の感情では無く、忙しく高鳴る鼓動が獲物を求めて止まないからだ。
「そうはいかない。罪もない一般人は傷つけたくない」
水蓮寺 静護(CL2000471)こそ、髪留めを取り、その美しい長髪が解き放たれて風に揺れる。もう片腕には、直ぐにでも戦えると言わんばかりに冷涼な霊気を放っているようにも見える刀、裂海が握られていた。
「あァ?」
「なんだ」
顔だけで振り向いた三白眼の瞳の中、静護の姿が映った。刹那、静護の背筋には悪寒がゾクリと走る。
鞘なしの刀の様な雰囲気の刀嗣に、剣武館にて見慣れた静護が今更驚く事は無い。
では、この悪寒の正体とは。
「ハッ! 知らねェ間に後ろ取られたぜ、水蓮寺ぃ……ほれ、守らねェと背中がぱっくり開くだろうよ!」
ひぐらしの鳴き声が木霊し、人間の脚力を超えた影が銀刃の光と共に迫り狂う。
西の都の中心地。所狭しとひしめき合う住宅街。
少しでも遠くを見れば、風景は歪み、陽炎の園。
げに、夏である。
遠くでひぐらしの鳴き声が聞こえる。
吸い込む空気さえ不愉快な湿気が口の中に留まり、春野 桜(CL2000257)の表情が一瞬だけ浮かばないそれを見せた。
汗ばむ手を見ながら、力を込める。周囲には透明の膜の様なものが発生し、それが動作し、関係無き人々の視線はこちらを向かぬ保証となり得た。いわゆる、結界というものである。
「妖がいるぞ、逃げろ!」
低音の聲に地響き。『夕闇色の瞳』石動・辰則(CL2000384)が、まるで迷路のような道を右へ左へと駆けていく。
彼の声を聞いた人々は皆、妖を恐れて身を隠した。本当に妖とは恐るるものだと本能的に理解しているのだろう。今は、その恐怖こそ利用できるものに違いは無かった。
所変わり、夢の中では死んでいた女性二人は未だ優雅にお喋りを続けていた。
「最近、人斬りが多いのよね」
「やだやだ、しってるわ。ここらへんでしょう?」
本来ならば、『いやね、また妖かしら』と続いた所であったのだが。『い』の字を言う前に、茶髪に、翼を持った少女が二人の手前で止まれば自然とお喋りも止む。
不規則にも荒々しい息を吐き、それと相成って上下する肩。滝のように流れる汗を片手で拭いながら、百道 千景(CL2000008)は言った。
「向こうで人斬りが現れたらしいですよ! あなたたちもお子さんを連れて此処を離れてください」
しぃんと静まり返ったのはものの数秒。千景の表情は真剣そのものであり、どうか、どうかここから早く逃げてと心中叫んだ。
そして、届く。
すぐさま叫び声にも似た声をあげながら、背後で笑う子供たちの声の元へと駆けていく女性たち。その後ろ姿を見つめ、更にその先には既に『堕ちた正義』アーレス・ラス・ヴァイス(CL2000217)と『一縷乃』冷泉 椿姫(CL2000364)が子供たちを誘導していた。
「さ、貴方たちのお母さんと一緒に帰るの。帰るまで、お母さんの手を離しちゃだめだよ」
「うん、わかったの」
「おねいさんきれー」
優しく、怯えさせなように。椿姫は女の子の頭を撫でながら、必死に走ってくる母親たちを見つめた。
隣ではアーレスが声色を変え、いつしかどこかで聞いたような、そのうち巨大ロボに乗り出しそうな、少しエコーがかったヒーローの声が響く。
「君達! ここは危ないから早く逃げるんだ! アラタナルマンのお願いだ!」
「すっげー! アラタナルマン!!」
「僕もいっしょにたたかう!!」
「駄目だ!! 君たちを……傷つけたくない!!」
「!!」
「わかった……気をつけてね、アラタナルマーン!!」
母親が子供の手を繋いで足早に消えていく。しかし子供が、子供だけが、とくに男の子が何度もアラタナルマンに向かって手を振っていた。
「アラタナルマン……ですか」
椿姫が冷静につっこんだ。
「ああ、お恥ずかしながらも子供には最適かと」
てててと走ってきた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)。端から、いちにさんしと仲間の数を数えてから、首を斜めに向けた。
「ところで、諏訪と水蓮寺は?」
近くで木でもへし折ったかのような音が響いた。
●
「おい、ナマクラァ。ふざけてんのかテメェ。テメェは処刑道具か? 違うだろ」
今度は刀の背で自分の肩を叩く刀嗣。その少し後ろにサポートする形で立っていた静護。
彼等が見つめる光景は、木の塀を諸々崩して倒れている横木尋、ならぬ妖刀だ。
少し前の出来事の説明をすれば、飛びかかった尋をカウンターごしに蹴り飛ばした刀嗣、そこからどなた様の家の木の塀をぶち破って土を喰った尋。
『殺ス、殺す!!』
「さっきからそればっかりで話もできねぇなんざ、ぶち殺すぞてめぇ」
「諏訪君」
「ぁんだよ」
静護は頭をとんとんと叩けば、刀嗣の丁度右目の上から顔半分が真っ赤に染まる程に血が流れ、腹部の服の奥からも、血が流れて足元に血溜りを作っている。
「いくら、元の身体が一般人だからとは言え、侮れない戦(や)り方だな。ていうか、大丈夫か? 大丈夫じゃないだろ」
「こんなん、唾つけときゃァ、治んだよ」
四つん這いに這う尋。口に妖刀を咥え、獣のように唸りながら周囲を囲む霊の有象無象は笑っていた。ただ、瞳から流れる涙だけが尋という少年の心を表していただろう。
唸り声がぴたりと止んだ時、塀の残骸の中に彼の姿は消える。
いつの間にか、両腕で刀を持っていた尋が出現したのは頭上。瞬時に刀嗣が反応し、顔の前に刃を出し、刀の中央部で衝撃を受ければ刀嗣の足元のコンクリートがひび割れながら陥没した。
『キサマキサマキサマ!! 何様のつもりだ。刀が人間に振られる、だと!? ふざけるでない、我らのほうが余程格上の存在よ!!』
「テメェも刀なら合戦に使ってなんぼだろうが」
『格下のニンゲン如きに、使われる義理など無いわ!!』
遥か力は妖の方が勝る。力で弾かれた刀嗣がコンクリートの壁にぶつかる前に静護は彼を受け止めた。が、追ってきた尋。刃は上、振りかぶりの位置。落とされれば二人一変、綺麗に右腕がさよならしたであろうが。
「斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ たんだ踏み込め 神妙の剣」
凛の韋駄天足からの急ブレーキ。
靴の底をすり減らしながら尋と静護たちの間に凛が入った。両腕は妖刀の柄を持ち、起動を背後の彼らからずらしながら梃子の原理で刀を落とさんと。
だがしかし霊が邪魔をした。
凛の腕ごと柄を拘束し解けさせんと。至近距離で、にぃと笑う顔の集合体に、凛の顔が怒りに歪む。
「あんま人間、舐めんじゃないでぇ」
身体を操られて、殺したくもない人々を殺し、そして自身も殺される運命なんて。それを止めるのが、我らが組織の役目であろうが。未だ抜いていない朱焔から炎が吹き出さんとしていた。
――銃声が響く。
「道具風情や負け犬風情の妖か、つまらない姑息な事件を起こすものだ、少年を利用し、牙を持たない者を狙う、畜生以下の汚物が、徹底的に排除してやろう」
何度も連弾された銃声。アーレスのそれだ。
思わず霊も凛を開放し、弾丸を刀へ、尋の腕へ当てないように庇い始めた。弾丸が吸い込まれるように顔の目や口や、鼻に入る度に顔面たちが叫び声をあげていく。だがしかしアーレスは弾丸を打ち込んでいく、右往左往と逃げ惑う敵に対して風景も一緒に穴が空いていく。
「先に行くとは、自殺願望ですか?」
「コラーッ! 諏訪ちゃん水蓮寺ちゃん、抜けがけはだめなんだからねぇ!!」
ここで椿姫と千景も到着した。
立ち位置についてから即回復を要求されるとは椿姫も思っていなかっただろう。次に突っ込むタイミングを見計らっている刀嗣と静護に、蓄積した体力低下のまま玉砕されても困るというもの。
「仕方ないですね」
そして椿姫の舞は天女の様。湧き出た純粋無垢なる癒しの奏。前衛の背中を押すような……、傷を癒すには十分な威力を誇る。
「こ、怖くねーし! 5秒あれば余裕だし!」
白色であれど薄桃色の翼が風に乗って舞った。
千景の背、みるみる翼が伸び、天使を思わせる凛とした姿で弓を握る。されど少し、手は震えていた。それを見抜かれてか、尋は千景を狙った。ギロリと睨まれれば「ひっ」と千景が一歩後ろへ退いたのだが。いや、ビビっている場合では無いと、前衛民へと奏でる戦祝詞。
祝詞を受けた辰則が燃る深紅色の尾を靡かせながら、巨大な剣、アウトレイジを解き放つ。岩をも断てるであろう豪腕からの剣に、妖刀で受け止めた尋の腕がミシミシと鳴り、その間で攻撃を肩代わりした霊が断末魔をあげた。
「助けて、みせる……!! 聞こえるか、横木君。絶対、なんとかする!!」
辰則が言う事で、ほんの一瞬であったが虚ろであった瞳に光が灯った。霊の断末魔に掠れて消えそうな声で、
「うん」
と聞こえたのは、辰則の幻聴では無かっただろう。
だが……流石、人間の限界を越えて動かしているからか、尋の四肢は、肌は、所々引きちぎれ、筋肉が露出し、血が噴き出している。虚ろな目で『静護』の姿を写し、笑う尋。
「そこ」
空を切ってしなやかに飛んだ一本の鞭。消えろと、ぬばたまよりも黒い雰囲気を抱えた桜がそこには居た。
怨霊なんて、クズの塊。
桜の攻撃に、一回目は鞭は綺麗に何分割も斬られて止まったが、負けじと再び成長を促した鞭にパァン!と音が弾けた。すれば、耳障りでもあった霊の叫び声もぴたりと止む。
霊が完全に消え失せたのだ。上唇を舐めた桜と、仲間の追撃がここぞと飛ぶ。
絶対に助けると決めたからこそ、静護はいち早く彼の元へと足を動かした。
同時に、刀嗣の口が動いた。
音は無く、だが妖刀は口の形ではっきりと言葉を理解した。
俺様に勝ちたけりゃアイツにでも取り憑くんだったな。
静護の伸ばした手、だが、笑う尋。ハッと気づいた千景が守護空間を放とうとすれど、速度が足りなかった。なお、守護空間では憑依を弾く事は不可能で、寄り代ごと押し出すことは可能であったのだが。
そのとき、ぷつんと静護の意識は途絶えた――。
●
「こうなったらどうするんだっけ。お約束で全部殺すか、それとも刀だけ狙うか。あははどっちでもいい」
桜の肩が上下に揺れて笑った。
彼女の瞳の中、両腕に刀を持った。正しくは元から持っていた刀と今しがた手にしてしまった刀を持った妖刀(静護)が居た。
妖刀がまず狙ったのは尋であった。ちょっとでも切り込みを入れれば直様そこから死に到れる程、弱い彼を。
「ちょぉ待ってや、ふざけんじゃないで!!」
朱焔が唸る、妖刀と裂海を同時に受け止めた凛の手首が嫌な音を発した。だが負けられない、背に尋を隠して押され負ける訳にはいかないのだが、どうにもこうにも彼の力は数段高く。
その間に辰則が尋を回収した。大柄な彼が尋を担ぐのは容易く、陽炎揺れる彼方へと。
「気をしっかり、生きているか?」
「なん……と、か……」
尋の意識もあれば、だが吹けば消えそうな蝋燭の火の様。
「頼む、椿姫さん」
「わかった。でも、……私も回数、回復が打てる訳では無いから、やれるところまでね」
尋を椿姫へと託し、再び辰則は妖刀へと向かう。
『先程とは比べ物にならんな。これが能力者の身体か?』
「これまた、なかなかに面倒なことをしてくださったものですね」
にこぉと笑ったアーレスの、だが背にはドス黒いものが見える。仲間がとりつかれようが知ったこっちゃないと考えている面子は彼だけでは無いのだが、仕込んだ弾丸を打ち放つのをスムーズに行う程度にはアーレスの考えもぶち抜けて堕天済だ。
しかし、弾丸は一発以外は妖刀に切り伏せられた。空中で真っ二つになった弾丸が虚しく道路に落ちる音さえ今は聞こえる。
前進あるのみ。妖刀は後衛に突っ込んでいく程度の勢いで地面をければ、簡単にアスファルトが抉れて爆音を奏でる。
「当たれ、当たれ、当たれ!!」
弓を持つ千景の手が揺れた。背に、椿姫と尋をおいて。矢が虚しく散っていくのは、先ほどの弾丸と同じく。だが放った二発の矢の内、一発は妖刀の刃を直撃して静護の眉間が歪んだ。
「ひぇ、こっち来るなし!!」
「……」
無言で桜の鞭が妖刀を絡めた。両腕で鞭を持ち、少しでも気を緩めれば解けてしまいそうな程、妖刀の力は強く。だが後衛への進軍は止めるべく。
「死になさいよ、いや、消えなさいよ、跡形もなく……」
桜の声に混じる、低音の声。睨む妖刀。
『生意気で小癪なニンゲンども。全員全員、葬ってやるから楽しみにしているが良いぞ』
「うっさいわよ、人の身体が無いとまともに触れないくせに」
腕ごと、妖刀ごと、鞭で木っ端にする勢いだ―――が、ぶつん、と桜と妖刀を結ぶ鞭が切れた瞬間、
「さっきよりいい動きしてんじゃねぇか!」
目を見開き、舌を垂れ流した刀嗣が妖刀目掛けて突進、鍔ぜりの位置。
贋作虎徹で攻撃かと思えば、両腕は動かさずに相手を頭突く。一瞬の立ちくらみに後方へ退いた妖刀が、だが、背後から
辰則が横一閃にアウトレイジを振った。
「そろそろ、大人しくしてもらおうか!!」
轟音の風切り音と共に、振られたそれを受け止めた妖刀。刃にヒビが一筋と入る。アウトレイジが駆け抜けた後、風が周囲を駆け抜けた、それ程までに彼の振った力は高いと見える。
「う……」
尋は目を覚ました。
未だ、夢の中にいるような。それは悪夢というものであったのだが。
「身体、痛い、心も、痛い。たくさん、殺した、殺して、なあ」
椿姫の裾を握り、泣き下す尋。それを見つめた椿姫が、今なにを言えるのか一寸考え、裾の手に両手を重ねた。
理不尽で、不幸も沢山あって、生きるのは辛い試練のようだけれど、それでも……生きて、戦ってほしい訳ですよ。
ほら、重ねたこの手の中。尋の手の甲には立派な精霊顕現の紋様が浮かび上がった。
「ごめんね? 君を殺してあげるほど、私は優しくないの」
突き抜けたヒビをアーレスは見逃さなかった。同時に、凛の足元から爆炎が吹き荒れる。
「さ、終わらせましょう。下らない鬼ごっこも鬼が潰えればおわりです」
「次から次へと持ち主を変えてもなあ、妖刀に残るダメージってのは消せなかったようやなぁ?」
辰則から間を取った妖刀に焦りの表情が見える。
仮面の奥、アーレスの瞳はそれを見切っていたのだろう。何度も何度も撃ち放ち、が、しかしその弾丸を刀嗣が全て切り伏せた。
「ふざけんじゃねえ、水蓮寺は俺の道場の面子で、そいつは俺様の獲物だ! 勝手に手ェ出すんじゃねえ!!」
「理由めちゃくちゃだよ諏訪くん!!」
千景の胃が痛くなった。
「やれやれ、妖刀の前に彼を退治しますか?」
「仲間割れはノーだからね!!」
千景の胃が更に痛くなった。
最速で走り抜けた妖刀。凛と刀嗣の背後、瞳を光らせた静護――妖刀が両腕の刀を振りかざし、落とす。妖刀には刀嗣が、裂海には凛が。胸から刃を突き出し抜かれ、口から血が綺麗に吹き出した。
が、二人は同時に振り向いた。
「一緒にやりましょか」
「っせぇ、くたばれ」
『かかってこい、クズども』
三人四振りの乱舞。刀の暴風と言っても過言では無い程に、近寄れぬスピードと有象無象さ。両腕に持たれたふた振りの刀を片手ずつの刀で相手するのも鬼ではなるが。
押され込まれていく妖刀の背後、
「死んでよ私達の為に」
片手斧を振りかぶった桜の――逆光で表情は全く見えないが瞳が光っている――それが妖刀の柄を切り裂いた。
物、ではあるものの、切り裂かれた柄から血が溢れ出し、ヒビ割れた刃から酸化した血のようなドス黒い液体が吹き出す。
『ニンゲンごときに!!』
「だから、舐めるなと言うたんや」
凛の、返り血に染まった顔の奥から冷たい瞳が覗く。凛が再び梃子の原理を効かせて、今度は妖刀を静護の腕から離す事に成功。
倒れた静護の身体を辰則が受け止め、そして、桜の鞭が妖刀を空中で縫いとめた。
「もう逃がさない、もう逃げ場はないわ」
「じゃあなナマクラ。妖にも来世があるなら次は使い手を選ぶんだな」
白き炎が妖刀の魂を食い散らかした――。
バラバラに砕けけ、焦げ付いた妖刀の破片を見て、千景がそれを拾おうとした。が、椿姫がその腕を掴んで止めた。
「触らない方が、いい。よくないものだから」
「そう? そういえば、あの子は?」
「ああ、大丈夫だよきっと」
そこには尋が、否、新たな覚者の一人が存在していた。
しかし不穏な影ひとつ。椿姫と千景の背後、浮遊した破片が二人をとって食わんとしていて。
が、即座にアーレスの弾丸が全て撃ち落とし、破片を辰則が踏み砕いた。
「全く、どこまでも執念深い」
「これで終わったとしていいんだよな?」
帰りゆく覚者達の背を見ながら、斧を引きずる桜が天上を見上げた。
「もっと殺さないと。そうすればきっと。あは、あはははははははは――」
太陽は傾き、逢魔が時。
ひとつの話は終われど、まだまだ暗雲は出始めたばかりである。
夜明けは、未だ遠く。
ひぐらしの鳴き声もぴたりと止まっていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
