【古妖狩人】夜啼く言の葉は母の愛
【古妖狩人】夜啼く言の葉は母の愛



「母様」
「母様が」
「泣いておられる」
「悲しんでおられる」
「あなや」
「どうすれば」
「よいのだろう」
「だれか」
「だれでもいい」
「だれか」
「たすけて」
「やや? いっぴきたりぬ」
「たりぬな」
「奪われたか」
「捕られたか」
「これだから人間は」
「これだから人間は」

 十七匹の『子供』がリレーで喋り、円陣を組んでいた。円の中央では一層身体の大きい女が啜り泣きながら震えている。
 悲しみを絵に描いたように、雰囲気は最悪の時を刻んでいた。
 涙が枯れ果てるまで泣いた後、般若の形相となりし『母』の背から八本の足が皮膚を突き破り生える。それで地を踏み、本体である女の身体は宙へと揺れながら、木々を薙ぎ倒し、草木を踏みにじりながら森を突き進んでいく。
「あぁああぁああ恨めしや人間どもめぇぇ!! 継美のようにはならぬと我慢をしておったのにいい!!
 我等が何をしたといのじゃ! 我は人間など食うておらぬ、我は人間を傷つけてはおらぬ、こちは静かに暮らしていたいだけなのに、だけなのにいぃぃ!!
 許さぬ、許せぬ!! 今や目にものみせてくれようぞおおお!!」


「今回は二班で対応だ! 人数少ないって? 最近は憤怒者が事件起こしてくれるから裂ける人員も少ないっていうか、大人の都合っていうか、すまん!!」
 久方 相馬(nCL2000004)は頭のてっぺんで両手を合わせながら、頭を下げていた。

 今回の依頼の状況は切迫している。
「憤怒者が、大蜘蛛の仔を攫ったんだ。だから、母である古妖が怒り狂って我を忘れてる。
 憤怒者の背を追っているみたいなんだけどさ……このままだと、自らの仔ごと憤怒者を抹殺しかねないんだ。
 憤怒者だけ倒されるならまだいいよ、でも仔には罪は無いし。それはなんとなく避けたいっていうか。
 それに憤怒者側もそういう時の為に秘策を用意しているみたいだし、もうなんていうか予知だと玉砕しかねないっていうか、玉砕して母蜘蛛がいなくなったら残った仔蜘蛛が街に降りて悪さするっていうか!! だから一連の事件を解決して欲しいっていうわけで、宜しく頼むぜ!!」

 大蜘蛛は文字通り、巨体の持ち主……であるようだが、そうでもない。
「こいつは人間に擬態してんだ。だから本体は人間の女性と同じ背格好していて、背中から足がはえてる。基本的に、それで歩いたり攻撃したりしてくるんだ。
 でも、擬態を解くと、馬鹿でかい大蜘蛛に変わるんだぜ。擬態を解いた時が、一番戦闘力が高いって言っていいと思う。だから、気を付けて。後になれば後になるほど、強くなる奴だ」

 加えて説明をひとつ着け足そう。
「さっき二班って言ったよな! 皆の他に、もう六人が一緒に行動するぜ!
 あっちは、憤怒者の方をなんとかする班だ。母蜘蛛を止めるキーとなる仔蜘蛛を奪取してきてくれるはずなんだ!
 位置的に、皆がいて、皆は蜘蛛の進行を止める。その皆の背に、もう一班がいて、そっちの一般は憤怒者から仔を奪取しつつ憤怒者を撃退するって感じだ!
 もちろん、距離的に回復くらいなら届くかもしれないけど、基本的には皆は言われた方の依頼をこなすようにお願いするぜ!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.暴れる古妖を正気に戻す
2.憤怒者と接触させない
3.一般人へ被害が出ないように事態の解決
 連動依頼です。こちらが失敗するとあっちも大変な事になります

●注意
『【古妖狩人】夜啼く言の葉は母の愛』に参加するPCは、『【古妖狩人】夜啼く言の葉は娘の叫び』に参加する事はできません。同時参加した場合は参加資格を剥奪し、LP返却は行われないので注意して下さい。


●状況
 憤怒者が、古妖である大蜘蛛の仔を一匹拉致った。
 大蜘蛛の母は憤怒者に復讐せんと追った。
 大蜘蛛の母は我を忘れている為、仔ごと憤怒者を殺そうとしているし、憤怒者は憤怒者で対大蜘蛛用の兵器を持っているらしい。玉砕に至れば、大蜘蛛の仔が『人間』を一括りに復讐する未来が視えた。一連の事件を解決する為に、覚者の出番である!
 こっちは大蜘蛛の対応を行います。

●大蜘蛛
・古妖

 文字通り、長くを生きる蜘蛛です
 大妖であった『継美』とは無関係ですが、同じ系統の妖怪としてあのようにはならないと人間に関与するのは避けていた、比較的穏便だった肉食系女子です
 火にめっぽう弱く、火行のPCの攻撃力は物理特無関係に、威力が二倍の計算とします

 以下のパッシヴがあります
 P錯乱状態(常時混乱状態ですが、自分を攻撃する事はありません。攻撃対象に秩序性は無く、ランダム。この錯乱状態を解くためには、『仔の声とHPをいくらか削る事が必須、あとは説得』となります)

 第一形態『擬態』
 160cmの女性の背中に八本の足が背中から生えています。足が多いというつっこみは受け付けないぞ!
 背中から生える八本の足それぞれが、別々の速度判定で攻撃してきます
 敵は一体であるが足は別に動くという事で、『移動』を同じくする八体がいると思ってください

 足の攻撃は二種類です
 突く……物近貫通3(貫通[100%][50%][30%])
 薙ぎ払う……物近列

 第二形態『本体』
 足が、二本戦闘不能になった時点で擬態を解きます
 体力は無条件で全回復し、全能力値が増します
 この時点で、残った足に加えて、本体も攻撃に参加します
 ブロックを行う場合、三人必要となります

 本体の攻撃は種類です
 捕食……物近単物防無視BS猛毒
 突進……物近貫2(貫通[100%][80%])
 蜘蛛糸……特遠列ダメ0 BS麻痺

●場所
 森の中でも開けた場所なため、戦闘にペナルティはありません

●連動依頼です
・もう一つの班が、後衛から10m離れた場所に存在します
 あちらは憤怒者対応をしておりますが、状況により回復や付与をあちらの班に行う事が可能です。逆もしかりです。相応に手番は消費されます。

 それではご縁がありましたら、十二人様、勝負です


(2015.11.26修正)
誤 憤怒者が、古妖である大蜘蛛の仔を二匹拉致った。
正 憤怒者が、古妖である大蜘蛛の仔を一匹拉致った。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年12月08日

■メイン参加者 6人■



 森を切り裂き、木々を薙ぎ倒し、地響きが鳴る程の衝撃が迫る。
 言葉として拾い難い叫び声と共に、蜘蛛は八本の足を地面に深々と突き刺し、土を抉りながら足を止めた。
 フーッフーッと荒い息は彼女の興奮を示し、そして眼前の『障害物』を薙ぎ払わんと前足を横に口開く。
『人間どもぉぉぉお!!!!』
 割れんばかりの豪快な音の爆弾に『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)は、両手で耳を塞いだ。だがすぐにその手は、横に開いていく。此処から先には通さないと示す形で。
 されど蜘蛛は前へと進む。いや、目の前の覚者さえ、『人間だから憤怒者と同類の敵』として認識されているのだろう。
「……気に入らないな!」
 『浄火』七十里・夏南(CL2000006)は、いのりの前に立った。
 いつもは冷静沈着な彼女も、つい、漏らしてしまった言葉に口を抑えた。自分らしくも無い……感情的になるなど。
 彼女の横を切り裂いていく風。蜘蛛の攻撃の余波である。
 力を溜めていた前足は地面に亀裂を走らせながら、『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)の横腹を大きく抉った。
「……こ、の!!」
 柾は両腕で足を掴み、だが足は今もなお攻撃の最中。摩擦で腕が焼けそうになるのを食いしばり、後衛まで足を届かせんとするものの勢いは止まらない。
 其の儘、『木暮坂のご隠居』木暮坂 夜司(CL2000644)と『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)を一緒に巻き込み、串刺されていく。
 子供の姿から大人の姿へ変化していた翔さえ、初撃で口から血溜まりを吐きながら地面に転がり、数歩分後退してしまう。すぐ立ち上がり、術符を構え演舞を講じるのは容易い。が、ズキズキ痛む腹に、残り七発が十秒内に飛んでくるかもしれないと思うと……。そして、己より遥かにダメージを喰らったであろう柾を思うと。
「こんなのあと七発も来たら、やべーっつの!」
 難敵である。
「ふむ。流石大蜘蛛じゃ。一筋縄ではいかぬな」
 主の下へ戻ろうとする足は、のったりゆったり戻っていく。関節を折りながら。
 攻撃の時の速さに比べれば、戻るときの鈍間さは回避の低さを示していた。
 この瞬間を見逃さない。
 子の姿に変貌した夜司に合わせ、八百万 円(CL2000681)は刃を振るう。彼女の身体は蜘蛛の眼前まで跳躍していた。ふわりと浮いたそのまま、にこりと笑う。
「や~」
 なまくらと呼ばれた刃の名前は偽りであるのか、それとも使う者さえ長けていれば武器は選ばないのか。
 右から左に流された刃が前足二本を切りつけ、青い血が噴出した。馬鹿げているくらいに強い力で切られたことに、蜘蛛の女の顔は般若に似たかんばせを魅せた。
 更に、その開いた傷口に炎の蜷局を巻く夜司の波動が押し込まれていけば、蜘蛛が断末魔を上げるのは至極当たり前の出来事。
 柾は有象無象に蠢く足の間を縫い、剛速で飛んできた足をバク宙で回避しながら空中で拳を振り上げた。絡まる炎、そして、叩きこむ衝撃。蜘蛛を後ろへ吹き飛ばす程の、威力。
『あついあづうぃあづい!! おのれ、おのれえええぇぇ!!』
 宙に浮いた女は顔を両手で多い、震えていた。炎が彼女の片足一つを調理していく、周囲に肉の焼ける臭いが充満していくのだ。
『ああああぁぁあ!!』
「怒った~? あたたー!」
 再び貫通の攻撃が、今度は円といのりを突いていく。吹き飛ばされ、木に背中を強打したいのりは、
「ごめんなさい」
 ぽつりと呟いた。
 声は蜘蛛には届かないけれど、せめてもの謝罪。
 ペンダントを握り締め、まるでそれは、天使が祈るような姿であった。
 今はまだ、攻撃をしなくてはいけない。子を奪われ心を引き裂かれ、身体を炎に炙られる彼女の不幸を思えば、いのりとて心が痛まないはずもは無かった。


『仔を、お仔をォォォ!!』
 暴れる姿は、空中を泳ぐかのように。滑稽で、痛ましいそれであった。
 完全に周囲の事はお構いなしであろう。未だ与えているダメージは少ないと見える。ならばと、まずは本体を引きずり出す事が先決。
 夏南は広げた翼をはためかせた。
 轟と、燃ゆる炎と一緒に圧縮された空気を飛ばし、蜘蛛の片腕が燃え上がっていく。空気を放った手が、今は虚しく空中を掴んだ。
(私は永い間……母に触れることもできなかった。焼かれて骨になるまでずっと無菌室の中で、それでも私達の為に……それをお前たちは!!)
「いたそー」
「……はっ、あ」
 円が後ろから夏南の肩を叩いていた。
 そこで夏南は我に返る。思い出していたのは業火であったが、ずきんと痛む手の平を広げてみると。拳はどうやら握り過ぎて爪で皮膚を抉っていたらしい。
「だいぞうぶ~?」
「ええ、まあ……大丈夫……だ」
 言いたい事は山程あった。だが痛みで逆に冷静にもなれた。まだ、言葉を紡ぐその時では無いと判断が出来るのだから。
 脚がボッと音をたてて飛んできた、夏南を貫き、彼女の身体を夜司が受け止める。
「大丈夫かの」
「一撃、重すぎ……」
 そう、蜘蛛の攻撃威力は甚大だ。
「どっちが先に、体力切れて終わるか勝負って所ね」
「おうともさ。だがこちらにはいのりがおる」
「そうね。もし蜘蛛が知性と理性が正常に働いていたら、いのりから狙ったでしょうね」
 錯乱している事は、非常にめんどくさい事ではあるが。蜘蛛は正しい順序で攻撃してこないという利点もあった。
 かくして、無差別に揺れる攻撃は続く。薙ぎ払われた柾が空中に飛ばされ、体勢を整え、直立の木に足をつけた。木を足場として、弾丸如く威力を保ったまま拳を蜘蛛の足の付け根へと叩きこんでいく。
 何時もは陽気な彼も、今や真面目に真面目を塗りたくった真剣な表情で蜘蛛と対峙している。心の中では、謝罪を繰り返しながら、やっている事は痛い事と自覚しながら。
 そして。
「とりゃ~」
 円のなまくらが再び横に振られていく。それが蜘蛛の背から生える足の、丁度、付け根のいい感じの所に入って行った。
 メキメキと鈍い音がしてから、円の身体が地面に着地。一緒に着地し、倒れたのは、蜘蛛の足であった。
「一本目げっと~」
 円はふふんと鼻を鳴らしながら折れた蜘蛛の足を両腕で持って獲ったどー! と笑った。本日も非常に円節が効いているマイペースが展開されている。そして背後で、滅茶苦茶痛がって有象無象と動き、のたうち回る蜘蛛が居た。天国と地獄のような温度差であった。
「よっし、あと残り一つだ。頑張れ!!」
 そう、残り一本。翔は叫んでいた。で、あるが。先より精度の高い貫通攻撃が翔の元まで飛んできた。
「うわ!!」
 翔はブリッジする形で貫通の攻撃を、すれすれの所で回避したものの、二回目の貫通が翔の身体を叩きだし空中に投げ飛ばされた。
「このままじゃ」
 蜘蛛の瞳に血が走る。訳も解らず敵を叩いている蜘蛛は、今や仔を仔さえ思わぬのだろう。
 ひっそり暮らしたいだけの彼女がこういう状況に陥ってる事に、翔は怒りさえ覚える程だ。だからこそ、叫んだ。思いのままに、叫んだ。
「このままじゃ、自分で仔供を殺しちまうぞ!!」
 投げつけた想いは虚しく、二本目の前足が翔を目指して飛んできた。これでヒットすれば命数は軽く飛んだだろうか。一歩、まさに一歩だけ、翔の攻撃が早く展開された。
 右腕を前に。飛んでくる前足目掛けて波動を飛ばす。
 攻撃は、前方一直線に飛んでくる足の硬い皮を抉り、ヒビを入らせ、硬いものが砕ける音と共に足は半分程崩れ落ちた。青色の血が周囲に弾け、翔の身体を染めたのであった。
「あ、足壊せた」
『アアアアアアアアアアアアアア!!』
「もっとキレてんじゃねえか!!」
 劈く叫び声に、森が揺れた。


 第二形態の始まりである。
 変化を解いた瞬間はグロテスク以外の何ものでも無かったか。女の口から蜘蛛の顔が出て来たかと思えば、皮が裂かれ、青色の血を吹き出しながら、美しかった女体は風船のように弾けて肥大化、大蜘蛛が出現した。
『主らあぁぁ、許さぬぞぉお!』
「だから、俺達じゃねーって!! ってあぶね!! あ、でも足はほんとごめんな!! って、いのり、ごめん!!」
「きゃぅっ」
 本来ならまだ少年と呼べる歳の男、翔はトドメを刺した事を自覚しながら、いのりを押し飛ばして回避を促す。飛ばされてきた蜘蛛の糸に絡めとられていくのは翔一人であり、蜘蛛の糸は大蜘蛛と繋がり巻き取られればそのまま食われるのも必至。
 糸の繋がりを夜司は切り、今度は突進を仕掛けて来た蜘蛛を柾は受け止めた。
「最早、力任せに俺達を倒しに来るか……!!」
 正面から受けた柾の身体は、じりじりと後方へと追いやられていく。力では自慢もある彼であろうが、数m級の巨体を一人で押し留めるのは難しいものだ。それでも彼はよくやっている。
 されどもされども、ここから先には行かせられない。突進は無駄と感じ取れた大蜘蛛は柾の身体を噛んだ。骨が折れる音と共に、血が湧きだしていく。捕食される恐怖を感じつつ、それでも彼は蜘蛛を抑え込む。
「それはたべものじゃ~な~い」
 円が跳躍してから、蜘蛛の顎を両足で蹴り飛ばした。柾を解放してから、ズズンと横に倒れた大蜘蛛。
 更に跳躍した円。空中でくるくる回ってから、大蜘蛛の頭を上から地面に押し付けて顎を砕いていく。地面が円の立つ蜘蛛の頭中心に凹んみつつ周囲の木々は薙ぎ倒されていく。脳震盪を起こした蜘蛛は瞳をぐるぐる廻して、少しの間だけ油断を見せるのだ。
 その間に回復をば。
「あ、あっ」
 いのりが翔と柾を交互に見た。
「俺は、平気!」
 蜘蛛の糸から力任せに抜け出そうとしている翔。対して柾の傷は最優先事項だ。どっちも助けたいいのりとしては、術が両方同時に仕えればいいのにと噛みしめたが。
 回復の祈りは柾を護る。噛み傷を全部修復する事はできないが、それでも彼を奮い立たせるには十分な威力である。
「強烈なキスだった……」
「食べられていたのに余裕こいてる場合じゃない!」
 夏南は柾の首根っこを掴みながら、翼を広げて空中へ。足下を蜘蛛の足が通り過ぎていく。ナイフよりも鋭さを増した蜘蛛の薙ぎ払い技をまともに受ければ、今頃足首から下は無くなっていた所であろう。現に、夏南と柾の背後の草が綺麗にカットされて皆同じ背丈になったのだ。
「だが……」
 攻撃力は抜群という所か。柾の両腕は至る場所が擦り切れぷつぷつと血が出ていた。筋肉もずたずたになっているのだろう、今や片腕を上げるので精一杯だ。
「あと何発受けられるものだろうかね」
「何発受けるかよりも、倒れないように気合いいれるくらいしか打開策無しね」
 はぁ、と溜息を吐いた夏南。冷静さは取り戻していたのだが、絶えず妹の顔が脳裏にチラついていた。さて、どうすればこの家族は元に戻せるのだろうか、自分達の火力は足りるのだろうか。
 後ろより、いのりが声を張り上げた。
 がんばるのは、思いを伝える事。
 回復の詠唱を交えながら、女は声を発していく。
「いのりは子としてなら解る事がありますわ」
 綺麗事を述べるのは簡単な事である。だからこそ、真実をありのままに伝えるのだ。
「例え、自分を助ける為とはいえ、自分の為に貴方が貴方の望んでいなかった存在になって欲しい等と思っている筈がありませんわ!」
 仔が今何を思っているのかは同じ子でしかわからないと。
「親が子の幸せを願うのと同じに、子供も親の幸せを願っていますもの!」
 後方10mの地点、何やら激しい戦いが起きているらしい。
「人は愚かな存在で、だけどその愚かさを正す事もできるのだといのりは信じています。どうかいのり達に正させてくださいませ!」
『……っ』
 体勢を整え、上から下に、振りかぶられ降ろされた足が、一瞬。ほんの一瞬だけ、ぴくりと止まった。


「お願い、お願い、止まって、止まって下さい……!」
 祈りながら、いのりは回復を紡ぐ――だが、癒しの霧とは消費が大きい。何時の間にか息が荒れ、世界が霞んだように見える。言うなれば、序盤で飛ばし過ぎたのが原因か。
 本体が具現する前に、大蜘蛛は体力を全回復させる。故に、言ってしまえば前半の攻撃は全て意味が無くなるという事だ。
 だからこそ、前半にスキルをぶちこみ過ぎた挙句に、精神力が擦り減ってきていた。これは、いのりだけでは無く、他の全員にも言える事だ。
 幸いであるのは、天行、翔にも精神力回復スキルもきちんとあるという事。だがそれも、『現時点では』雀の涙程度の癒しである。
「こ、んにゃろ!!」
 紡ぎ癒しをいのりへと。いのりは回復を紡ぎ仲間へと。
 その時、翔の耳の声が聞こえた。

『かあ、さまが、こわい』

 ――仔の声が。
「腑抜けが! 子供を傷つけるような真似をしてどうするのよ……!」
 夏南が足に押し潰されながら叫んだ。彼女の背中の翼も、今や折れてしまっている。けれども、大蜘蛛に重ねる母と妹、否、家族がチラつく度に冷静さよりも、痛さよりも、言葉で言い現せない感情が高ぶっていた。
「自分の怒りより子供の事を考えなさいよ! 人間の親よりずっと長く母親をしてるんでしょう!!」
『う、うる、うるさぁぃい!!!』
 反応があった。言葉が帰ってきた。だが夏南の身体は薙ぎ払われて空中へと吹き飛ばされた。一瞬、視界がブラックアウトしたが倒れてなるものかと奥歯を噛み、命数をエネルギーへと変える。
 折れた翼を広げ、空中で体勢を整え、炎を圧縮した砲弾を隕石のように蜘蛛の胴体へと当てていく。
「大事な子があんなふうに奪われたらこうなるのも当然だ。本当にすまない、あの子は無事だ」
 業火に燃やされていく大蜘蛛は前へと突き進んだ。仔が呼ぶ方向へ、嗚呼、あの子が呼んでいるのだ。仔には母が必要なのだ。だから行かなければいけないのだ、人間を殺してでも。
 故に柾はストッパーとして両手を広げた。
「あの子の為に、今は怒りを静めてくれ。そのまま我を忘れた状態であの子に会いに行くのか?」
 仔は、人間に擬人している今、人間と思って殺してしまうのを止める為。
「ちゃんと抱きしめてやれるのか?」
『う、うう!!』
 柾の脳裏に震える仔が、見えるようだった。突進を仕掛けてきた大蜘蛛を止めるのはこれが最後となってしまう覚悟で。トラックよりもダンプよりも危険な巨体が柾を飲み込んでいく。
「くそ、どうしたら……」
 翔が苦い顔をした。尽きた精神力。今や円だけが楽しそうに戦場を駆けまわっている。脳震盪一回やっただけでは戻らない。ならばと、もう一度同じくショックを与えれば冷静になるかなと考えつつ。
 刃の柄で上から下に。蜘蛛の頭をもう一度叩きのめしていく所で、足に薙ぎ払われて翔にぶつかった。
「生きてるか?」
「近づけなーい」
「そりゃ、同じ事二回やったら攻略されるだろうな」
「んじゃー、次は下から、とか~」
「どうにかして頭を叩き割りたいのはわかった」
 翔は蜘蛛を見る。
「人間には確かにロクでもねー奴もいる。あいつらのやった事は同じ人間として謝る」
『謝るな!! 許さぬ、許さぬ!!』
「でも人間みんなが同じじゃねーんだ。お前が継美とは違う考えなのと一緒だぜ。判ってくれねーかな……頼む」
『……人間は、好きに、なれませぬ……』
 翔と円の手前、夜司の小さな身体が立った。

「聞け母御よ」
 夜司は、刃を向けた。直進で走ってくる大蜘蛛の軌跡となるであろう場所に君臨し。
「儂は継美に子と伴侶を殺された、継美は憎き仇。だが……同じ蜘蛛の妖怪というだけでおぬしを恨みはせん」
 夜司の周囲に炎が蜷局を巻いた。
 あまりにも爆発撃な炎であった。極度に驚いた大蜘蛛は、走るのを止め、炎を払いながら、脅えて後退していく。
『な、な、なんなのじゃ……!?』
「おぬしはどうじゃ。子をさらったのも人ならば命がけで守らんとしたのも人」
 魂を燃やして生み出す炎は恐れるる脅威を秘めていた。永く生きていたからこそ、内に秘めた継美への恨みと執着と悲しみを持った、どこか儚い炎である。
『来るなぁぁ、火、火ぃぃ、こ、怖…………ッ!! やめっ!!!』
「憎しみに盲いた目で、継美と同じ修羅の道を逝くならば子を捨てるも同然ぞ!」

 長くを生きたものだからこそ、年下には負けず劣らず。
 最後まで戦い抜く強さを。
 最後まで生き抜く覚悟を。
 失った命と共に生きる優しさと。

 抜き身の刃は炎の剣(つるぎ)。
 煉獄の業火よりも、地獄の炎よりも、朱に染まる一撃が森を縦一直線に焼き払う。
「おや、やりすぎてしまったかの? 加減がわからん故、許せ」
 小さな身体が森を焼く炎の逆光に揺れ。

 ――人は彼を、『炎帝』と称した。


 後ろからトトトと歩いてくるのは、小さな蜘蛛の足を背中に生やした少女であった。
『かあさま……』
『あぁ、ぁぁ、ぁぁぁぁ、ぁあああああ!!』
 蜘蛛の姿が煙巻き、美しい女性の姿に変わりながら両手で愛おしい仔を抱きしめて、ぬくもりを分け合った。
『かあさま、ごめんなさいごめんなさい』
『良いのです、良いのです!! 貴方さえ戻ってきてくださりますれば、それで何もいらぬのです!!』
 覚者に向き直った蜘蛛は、涙ながらに頭を下げる。
『ありがとうございました。お蔭で仔は戻ってきた。私たちは、またこの山でひっそりと生きましょう』
 渇いた風が流れていく。
 紅葉した葉が流れていったときには、大蜘蛛たちの姿は消えていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

死亡
なし
称号付与
『炎帝』
取得者:木暮坂 夜司(CL2000644)
特殊成果
なし




 
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