届かなかった手紙
●届かなかった手紙
夜明け前の薄闇、濃い霧がたちこめるなかを、ひとりの少女が駆けていた。
その手には一通の手紙が握られている。
仕事の都合で海外に暮らす両親に向けて、少女が徹夜で綴った手紙だ。
少女の両親がいるのは電話の類が一切使えない途上国。つまりはこの手紙が、親子をつなぐ唯一の連絡手段だった。少女は月に一度のこのやりとりをとても楽しみにしていた。だから書き上げたばかりのその手紙を、すこしでも早く届けるために、少女はいま走っている。
霧のせいで視界は最悪だったけれど、勝手知ったる道なので、少女の足に迷いはない。
けれども、途中。
「……あれ?」
妙なことに気がついた。
見慣れたはずの道の脇に、見慣れないものがあった。
少女は目を凝らした。
「……郵便ポスト?」
こんなところにあっただろうか。少女は疑問に思った。
しかしどう見ても郵便ポストだ。
「まあ、いいわ」
本当はあと少しさきの郵便局まで行くつもりだったのだけど、どちらにせよ同じことだ。これに投函すれば、手紙はきっと、お父さんとお母さんのもとに届けられるはず。少女はなんの疑いももたず、手紙を入れるべく腕を伸ばした。
そのとき突如、その赤い函の口が大きくひろがり、少女のちいさな体をあっというまに呑み込んでしまった。
●FiVE
「近ごろ郵便物の不達被害が頻発していましたが、おそらくこの妖の仕業でしょう」
会議室に集まった覚者たちに向けて、久方 真由美(nCL2000003)は、夢に見た事件のあらましを淡々と告げた。
赤い郵便ポストの妖。
この妖は、濃い霧のでる夜のあいだに町中を徘徊し、差出人が現れると、ごく普通の郵便ポストに姿を変えて待ちうける。そして手紙が投函されるその瞬間に、差出人もろとも呑み込んでしまう。
敵は一体だけのようだが、視界の悪さにだけは気をつけるべきだろう。
「少女の手紙を無事に届けるためにも、みなさんがんばってくださいね」
夜明け前の薄闇、濃い霧がたちこめるなかを、ひとりの少女が駆けていた。
その手には一通の手紙が握られている。
仕事の都合で海外に暮らす両親に向けて、少女が徹夜で綴った手紙だ。
少女の両親がいるのは電話の類が一切使えない途上国。つまりはこの手紙が、親子をつなぐ唯一の連絡手段だった。少女は月に一度のこのやりとりをとても楽しみにしていた。だから書き上げたばかりのその手紙を、すこしでも早く届けるために、少女はいま走っている。
霧のせいで視界は最悪だったけれど、勝手知ったる道なので、少女の足に迷いはない。
けれども、途中。
「……あれ?」
妙なことに気がついた。
見慣れたはずの道の脇に、見慣れないものがあった。
少女は目を凝らした。
「……郵便ポスト?」
こんなところにあっただろうか。少女は疑問に思った。
しかしどう見ても郵便ポストだ。
「まあ、いいわ」
本当はあと少しさきの郵便局まで行くつもりだったのだけど、どちらにせよ同じことだ。これに投函すれば、手紙はきっと、お父さんとお母さんのもとに届けられるはず。少女はなんの疑いももたず、手紙を入れるべく腕を伸ばした。
そのとき突如、その赤い函の口が大きくひろがり、少女のちいさな体をあっというまに呑み込んでしまった。
●FiVE
「近ごろ郵便物の不達被害が頻発していましたが、おそらくこの妖の仕業でしょう」
会議室に集まった覚者たちに向けて、久方 真由美(nCL2000003)は、夢に見た事件のあらましを淡々と告げた。
赤い郵便ポストの妖。
この妖は、濃い霧のでる夜のあいだに町中を徘徊し、差出人が現れると、ごく普通の郵便ポストに姿を変えて待ちうける。そして手紙が投函されるその瞬間に、差出人もろとも呑み込んでしまう。
敵は一体だけのようだが、視界の悪さにだけは気をつけるべきだろう。
「少女の手紙を無事に届けるためにも、みなさんがんばってくださいね」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖一体の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●敵
物質系の妖(ランク2)✕1
エクスプレス……物単 いわゆる体当たり
スタンプ……特全(BS混乱) はげしく地団駄を踏み、地面を震わせる
デッドレター……特単 自身に向けられた攻撃を、そっくりそのまま送り返す
巨大化し手足のようなものが生えた郵便ポスト。動きは速くはありませんが、もとが金属だけに、ごつごつしくて非常に頑丈です。
主な注意点を二つほど挙げておきます。
一、敵は手紙が投函される瞬間まで、ふつうの郵便ポストに擬態しています。ですので、例えば誰かがオトリになるなどして、本来の姿を露わにさせる必要があります。
ニ、敵スキルのデッドレターについて。いわゆるオウム返しというやつで、なかなか強力です。ただ、スキルの発動率はそれほど高くなく、具体的には受ける攻撃の回避率に比例しています。ですので、命中率の高いスキルを選択するなどすればある程度対策も可能です。
●場所
住宅地の路地。道の広さは車がぎりぎりすれ違える程度。
●状況
薄闇に加えて濃い霧がたちこめているので、視界は悪い。ただ、いちおう外灯はあるので、まったく見えないというわけではない。
時間帯のおかげもあり、人通りは皆無。また、少女が現れるまでにも十分余裕がある。
周りは普通の民家が並んでいるが、まだ多くは寝ているので、手早く終わらせればそれほどの騒ぎにはならないはず。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2015年12月10日
2015年12月10日
■メイン参加者 5人■

「やっぱり無理そうだべさ」
『イランカラプテ』宮沢・恵太(CL2001208)は、自身の守護使役に探索をあきらめ戻ってくるよう伝えた。チカッポの能力で空から見つけ出そうとしたのだが、やはりこの霧では難しいようだ。地道に歩いて探しだすしかない。
「まあ、近くにあまりポストはないようじゃし、さほど難しくはないじゃろう。手紙を持って歩いていれば、そのうち向こうから姿を現すかもしれんしのぅ」
『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)はそう言ってから、ところで手紙の方は大丈夫かのと尋ねる。事前の打ち合わせで、手紙の準備と囮役は恵太が受け持つことに決まっていた。
「もってきたべさ。ほら、このとおり」
恵太は手紙を三通、右手でかざして見せた。いずれも宛名は自分宛て。敵をだますために用意したダミーだ。三通あるのは、手分けして探す場合に備えたものだったが、話し合いにより今回は皆でまとまって行動することになった。視界が悪く危険が大きいと判断したためだ。
「それにしてもこの視界はもう少しどうにかしてぇべさ」
「ふふ、それならワタシに任せてちょうだい」
ジル・シフォン(CL2001234)が、妖艷な笑みを浮かべそれに答える。彼、いや彼女の守護使役メイロンが、『ともしび』を使い辺りを明るく照らした。濃い霧はともかく、薄闇の方はこれでどうにかなりそうだ。
覚者たちは探索を再開した。事前に夢見から聞いていた土地情報を頼りに、道を右へ左へと進んで行く。
やがてそれは見つかった。
霧の先から、はじめは朧気に、近づくにつれはっきりと、赤く四角い見慣れた輪郭が姿をあらわす。
妖には見えない。どこからどう見てもそれは、ごく普通の郵便ポストだ。
「どれ、確かめてみるかのぅ」
樹香は前に進み出ると、かっと両眼を見開き対象を鋭く凝視した。『超直観』により研ぎ澄まされた観察眼が、視線の先の物体の正体を見破る。
間違いない、妖だ。
ククル ミラノ(CL2001142)は、戦闘に備え『結界』を張った。これで一般人を気にせず存分に戦える。
打ち合わせどおり、恵太が手紙を手にポストに近づく。一番後方では、野武 七雅(CL2001141)がじっと成り行きを見守っている。恵太はなるべく敵との距離を空けるよう、手紙の端を持ち、右腕を目一杯に伸ばした。
●
かたん。
投函口の閉まるその音と同時に、見慣れた赤い函に変化が起こった。ミシミシと金属のしなる音。胴体が膨れ上がり側面からは腕が生え、支柱はふたつに裂け足のようなものへと変わっていく。さらには投函口が、ひと一人は呑み込めるほどに大きく広がっていった。
その口が恵太を呑み込むべく襲いかかる。どん、と勢いよくのしかかるように倒れ、衝撃で地面がびりびりと震える。恵太はかろうじてそれを交わした。しかし敵は続けざまに、周囲をなぎ払うように腕を振り回し、それが恵太の足を直撃した。バランスを崩し倒れる恵太。そこに再びポストの腕が伸びる。
ばちっ。
その攻撃を植物のつるの鞭が弾く。ミラノの『深緑鞭』だ。
「ほらほらっ!こっちこっち!」
ミラノは敵を挑発し、注意を自身に引きつける。その隙に恵太は場を離れ、他の皆とともにすばやく陣形を整え戦闘に備えた。
五人は、ポストを挟み込むような形で左右に別れた。左手にはミラノとジルが、右手には樹香と恵太と七雅がそれぞれ着いた。ミラノと樹香が前衛、ジルと恵太が中衛、そして七雅が後衛という配置である。
ごっ、ごっ。
ポストは、足へと変化した支柱を地面から引き抜き、立ち上がった。大きい。元のポストの三倍はありそうだ。
「狙いがつけやすくて助かるのぅ」
樹香は手にした薙刀を敵の足を目がけて振るった。『五織の彩』により強化された斬撃が狙いを寸分もはずすことなく連続して打ち込まれる。斬撃の軌跡から舞い落ちる木の葉が、あたりを緑に染めていった。
ポストは要である足を塞がれスキルを使うことができない。しかし足はだめでもまだ腕がある。ポストは右腕を振りかぶると、樹香が懐に入った瞬間、それを振りぬいた。それは側頭部を撃ち、ごっと鈍い音とともに彼女を真横に弾き飛ばした。
道脇の石塀に勢いよく叩きつけられた樹香。全身に痛みが走りうまく立ち上がることができない。そこへ追い打ちをかけるべくポストは姿勢をかがめて突進の構えを見せた。エクスプレスを使うつもりだ。
ぐっとポストの足に力がこもった。次の瞬間にはその巨体によって、樹香の体は壁に押しつぶされてしまうだろう。けれども、
ポストが飛び出すほんの寸前、その足に黒い鞭が絡みついた。ミラノと入れ替わりに前に出たジルの鞭だ。
「ふふ、おイタはだめよ」
ジルは敵の足に絡みついたその鞭を力いっぱいに手繰り寄せた。ポストは足を取られ、突進の勢いと相まって豪快に地面に突っ伏してしまう。
さらにジルはその鞭に炎を纏わせ、倒れた巨体を激しく打ちつける。
その間に後方では、樹香の傷を癒やすため七雅が癒しの滴を発動させていた。七雅が杖をかざすと、樹香のまわりにぷくぷくと宙空から小さな水泡があらわれた。それが彼女の身体に触れ弾けるたび、傷口は青光を放ちながらみるみると塞いでいった。
「うん、これで大丈夫なの」
ポストがジルの鞭を振り払い、がばりと立ち上がった。その無機質な表情からでも、敵が激しい苛立ちを感じているのが容易に読み取れた。満足に攻撃できず焦れているのだ。
ぶんっ。
巨体は右腕を大きく振った。それからすぐさま左腕も。ぶんっ。
ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ――。
やたらめったらに腕を振り回し続けるポスト。
怒りにまかせやけになったのだろうか。
リーチがあるだけに、下手に近づいて当たってはまずい。ミラノと樹香はいったん間合いを空け敵の動きが止むのを待つことにした。
そのとき、ポストはニヤリと笑みを浮かべた。
●
「足踏み攻撃がきそうなの、注意してほしいの」
後ろから様子を見ていた七雅が異変をいち早く察して警告する。けれども時すでに遅かった。
あらかじめ大きく上げていた右足が勢いよく踏み降ろされる。
どっ。
続けて左足、そしてすぐさま右足が――。
どどどどどどどっ。
その巨体に似合わぬ速さで繰り出される地団駄。
スタンプの攻撃だ。
地鳴りとともに、アスファルトの地面がひび割れる。
立っているのも辛いほどの揺れ。
そして突き上げるような振動が、覚者たちを内部から傷めつけていく。
――。
しばらくして、ポストの動きが止んだ。
地響きが治まり、周囲に静寂がもどる。
ばたっ、ばたっ。
二つの人影が地面に倒れた。
樹香とミラノだ。
頭痛を堪えるように頭をかかえ、その顔には苦痛の表情が浮かんでいる。
さきほどの振動によって混乱させられたのだ。
「まずいべさ」
ポストが傍らにうずくまる二人に気づいた。ミラノの方へとおもむろに近づいていく。
――演舞・舞衣!
恵太があわてて二人の状態異常を回復させようと試みるが間に合わない。
ミラノの身体が宙に舞った。
ポストは蹴りあげた足を降ろすと、今度は樹香の方を振り向く。
――BOT!
ジルの手から放たれた波動弾が、ポストの背中を撃つ。衝撃によろめいたポストは、背後に向き直り攻撃の主をみとめるとその顔を睨めつけた。ポストはぐっと姿勢をかがめ、瞬間、勢いよく突進した。エクスプレスの攻撃だ。
いきなり押し寄せた巨体の重圧。ジルの意識が飛び、続けてその身体もはるか後方へと飛んだ。
止めを刺すべく近づくポスト。倒れたジルはぴくりとも動かない。
ポストはジルを見下ろす位置までくるとその拳を天高く振り上げた。
閃光。
そしてすこしの遅れで耳に届く、空気を切り裂くような轟音。
ポストは拳を振り上げた姿勢のまま立ち尽くす。その体からはビリビリと電流がほとばしる。恵太の『召雷』が直撃したのだ。
「みんな、いま助けるの」
七雅が杖を振った。
立ち込める白い霧がほのかな光を帯び、ミラノとジル、二人の身体に巻きつくように収束していく。『癒しの霧』が、両者の傷ついた身体を癒した。
●
回復したミラノとジルが、硬直し隙だらけとなったポストを叩く。炎の鞭と植物の鞭がポストの足を交互に激しく打ちつけていく。そしてついに、
がくり、とポストの膝が崩れ落ちた。
ポストは立ち上がろうともがくがうまくいかない。どうやら、足狙いの攻撃が、そして自身による足に負荷のかかる技の影響がピークに達したらしい。
「チャンスだべさ。女の子も彼女の気持ちを託した手紙も、守んなきゃなんねぇべさ」
恵太が右腕をかかげると、ポストの頭上に黒雲が立ち込める。ふたたび『召雷』の攻撃だ。
ポストはなにかを念じるように両腕を静かに宙につきだした。ポストの目の前の空間が歪むように揺らいだ。デッドレターによるカウンターをしかけるつもりらしい。
閃光、そして轟く雷鳴。
――。
ポストが、前のめりに倒れこみ、地面が揺れた。
カウンターの失敗だ。
「くくるんみらのんくくるんみらのん。いっくよー!」
倒れたポストの上空から少女が叫ぶ。猛り狂う獣のような一撃が、ポストの巨体に打ちつけられた。ミラノによる『猛の一撃』。
これが止めとなった。
地面にめり込み動かなくなったポストの身体は、ぼろぼろと黒い灰のように崩れていき、じきになにもかもが綺麗に消えてしまった。
戦いの終わりである。
●
「あ、あの……」
しばらくして例の少女があらわれた。壊れた地面、そしてそのうえに立つ五人の覚者たちを交互に見ながらすこし困惑ぎみな表情を浮かべている。
「ふふ、手紙を出しにいくのね」
「はい……あの」
「手紙なんて久しく書いてないわ。ワタシも久々に筆を取ってみようかしら」
「きょうはきりがすごいからきをつけてねっ」
「はい……ありがとうございます」
少女はなにか聞きたげな顔を一瞬浮かべたものの、手にした手紙に目をやるとすぐに目的を思い出し、覚者たちに一礼するとふたたび郵便局の方へと足早にかけていった。
「お手紙、無事にお父さん、お母さんに届くといいなって思うの」
少女の後姿を見守りながら七雅はそっとそうつぶやいた。
『イランカラプテ』宮沢・恵太(CL2001208)は、自身の守護使役に探索をあきらめ戻ってくるよう伝えた。チカッポの能力で空から見つけ出そうとしたのだが、やはりこの霧では難しいようだ。地道に歩いて探しだすしかない。
「まあ、近くにあまりポストはないようじゃし、さほど難しくはないじゃろう。手紙を持って歩いていれば、そのうち向こうから姿を現すかもしれんしのぅ」
『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)はそう言ってから、ところで手紙の方は大丈夫かのと尋ねる。事前の打ち合わせで、手紙の準備と囮役は恵太が受け持つことに決まっていた。
「もってきたべさ。ほら、このとおり」
恵太は手紙を三通、右手でかざして見せた。いずれも宛名は自分宛て。敵をだますために用意したダミーだ。三通あるのは、手分けして探す場合に備えたものだったが、話し合いにより今回は皆でまとまって行動することになった。視界が悪く危険が大きいと判断したためだ。
「それにしてもこの視界はもう少しどうにかしてぇべさ」
「ふふ、それならワタシに任せてちょうだい」
ジル・シフォン(CL2001234)が、妖艷な笑みを浮かべそれに答える。彼、いや彼女の守護使役メイロンが、『ともしび』を使い辺りを明るく照らした。濃い霧はともかく、薄闇の方はこれでどうにかなりそうだ。
覚者たちは探索を再開した。事前に夢見から聞いていた土地情報を頼りに、道を右へ左へと進んで行く。
やがてそれは見つかった。
霧の先から、はじめは朧気に、近づくにつれはっきりと、赤く四角い見慣れた輪郭が姿をあらわす。
妖には見えない。どこからどう見てもそれは、ごく普通の郵便ポストだ。
「どれ、確かめてみるかのぅ」
樹香は前に進み出ると、かっと両眼を見開き対象を鋭く凝視した。『超直観』により研ぎ澄まされた観察眼が、視線の先の物体の正体を見破る。
間違いない、妖だ。
ククル ミラノ(CL2001142)は、戦闘に備え『結界』を張った。これで一般人を気にせず存分に戦える。
打ち合わせどおり、恵太が手紙を手にポストに近づく。一番後方では、野武 七雅(CL2001141)がじっと成り行きを見守っている。恵太はなるべく敵との距離を空けるよう、手紙の端を持ち、右腕を目一杯に伸ばした。
●
かたん。
投函口の閉まるその音と同時に、見慣れた赤い函に変化が起こった。ミシミシと金属のしなる音。胴体が膨れ上がり側面からは腕が生え、支柱はふたつに裂け足のようなものへと変わっていく。さらには投函口が、ひと一人は呑み込めるほどに大きく広がっていった。
その口が恵太を呑み込むべく襲いかかる。どん、と勢いよくのしかかるように倒れ、衝撃で地面がびりびりと震える。恵太はかろうじてそれを交わした。しかし敵は続けざまに、周囲をなぎ払うように腕を振り回し、それが恵太の足を直撃した。バランスを崩し倒れる恵太。そこに再びポストの腕が伸びる。
ばちっ。
その攻撃を植物のつるの鞭が弾く。ミラノの『深緑鞭』だ。
「ほらほらっ!こっちこっち!」
ミラノは敵を挑発し、注意を自身に引きつける。その隙に恵太は場を離れ、他の皆とともにすばやく陣形を整え戦闘に備えた。
五人は、ポストを挟み込むような形で左右に別れた。左手にはミラノとジルが、右手には樹香と恵太と七雅がそれぞれ着いた。ミラノと樹香が前衛、ジルと恵太が中衛、そして七雅が後衛という配置である。
ごっ、ごっ。
ポストは、足へと変化した支柱を地面から引き抜き、立ち上がった。大きい。元のポストの三倍はありそうだ。
「狙いがつけやすくて助かるのぅ」
樹香は手にした薙刀を敵の足を目がけて振るった。『五織の彩』により強化された斬撃が狙いを寸分もはずすことなく連続して打ち込まれる。斬撃の軌跡から舞い落ちる木の葉が、あたりを緑に染めていった。
ポストは要である足を塞がれスキルを使うことができない。しかし足はだめでもまだ腕がある。ポストは右腕を振りかぶると、樹香が懐に入った瞬間、それを振りぬいた。それは側頭部を撃ち、ごっと鈍い音とともに彼女を真横に弾き飛ばした。
道脇の石塀に勢いよく叩きつけられた樹香。全身に痛みが走りうまく立ち上がることができない。そこへ追い打ちをかけるべくポストは姿勢をかがめて突進の構えを見せた。エクスプレスを使うつもりだ。
ぐっとポストの足に力がこもった。次の瞬間にはその巨体によって、樹香の体は壁に押しつぶされてしまうだろう。けれども、
ポストが飛び出すほんの寸前、その足に黒い鞭が絡みついた。ミラノと入れ替わりに前に出たジルの鞭だ。
「ふふ、おイタはだめよ」
ジルは敵の足に絡みついたその鞭を力いっぱいに手繰り寄せた。ポストは足を取られ、突進の勢いと相まって豪快に地面に突っ伏してしまう。
さらにジルはその鞭に炎を纏わせ、倒れた巨体を激しく打ちつける。
その間に後方では、樹香の傷を癒やすため七雅が癒しの滴を発動させていた。七雅が杖をかざすと、樹香のまわりにぷくぷくと宙空から小さな水泡があらわれた。それが彼女の身体に触れ弾けるたび、傷口は青光を放ちながらみるみると塞いでいった。
「うん、これで大丈夫なの」
ポストがジルの鞭を振り払い、がばりと立ち上がった。その無機質な表情からでも、敵が激しい苛立ちを感じているのが容易に読み取れた。満足に攻撃できず焦れているのだ。
ぶんっ。
巨体は右腕を大きく振った。それからすぐさま左腕も。ぶんっ。
ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ――。
やたらめったらに腕を振り回し続けるポスト。
怒りにまかせやけになったのだろうか。
リーチがあるだけに、下手に近づいて当たってはまずい。ミラノと樹香はいったん間合いを空け敵の動きが止むのを待つことにした。
そのとき、ポストはニヤリと笑みを浮かべた。
●
「足踏み攻撃がきそうなの、注意してほしいの」
後ろから様子を見ていた七雅が異変をいち早く察して警告する。けれども時すでに遅かった。
あらかじめ大きく上げていた右足が勢いよく踏み降ろされる。
どっ。
続けて左足、そしてすぐさま右足が――。
どどどどどどどっ。
その巨体に似合わぬ速さで繰り出される地団駄。
スタンプの攻撃だ。
地鳴りとともに、アスファルトの地面がひび割れる。
立っているのも辛いほどの揺れ。
そして突き上げるような振動が、覚者たちを内部から傷めつけていく。
――。
しばらくして、ポストの動きが止んだ。
地響きが治まり、周囲に静寂がもどる。
ばたっ、ばたっ。
二つの人影が地面に倒れた。
樹香とミラノだ。
頭痛を堪えるように頭をかかえ、その顔には苦痛の表情が浮かんでいる。
さきほどの振動によって混乱させられたのだ。
「まずいべさ」
ポストが傍らにうずくまる二人に気づいた。ミラノの方へとおもむろに近づいていく。
――演舞・舞衣!
恵太があわてて二人の状態異常を回復させようと試みるが間に合わない。
ミラノの身体が宙に舞った。
ポストは蹴りあげた足を降ろすと、今度は樹香の方を振り向く。
――BOT!
ジルの手から放たれた波動弾が、ポストの背中を撃つ。衝撃によろめいたポストは、背後に向き直り攻撃の主をみとめるとその顔を睨めつけた。ポストはぐっと姿勢をかがめ、瞬間、勢いよく突進した。エクスプレスの攻撃だ。
いきなり押し寄せた巨体の重圧。ジルの意識が飛び、続けてその身体もはるか後方へと飛んだ。
止めを刺すべく近づくポスト。倒れたジルはぴくりとも動かない。
ポストはジルを見下ろす位置までくるとその拳を天高く振り上げた。
閃光。
そしてすこしの遅れで耳に届く、空気を切り裂くような轟音。
ポストは拳を振り上げた姿勢のまま立ち尽くす。その体からはビリビリと電流がほとばしる。恵太の『召雷』が直撃したのだ。
「みんな、いま助けるの」
七雅が杖を振った。
立ち込める白い霧がほのかな光を帯び、ミラノとジル、二人の身体に巻きつくように収束していく。『癒しの霧』が、両者の傷ついた身体を癒した。
●
回復したミラノとジルが、硬直し隙だらけとなったポストを叩く。炎の鞭と植物の鞭がポストの足を交互に激しく打ちつけていく。そしてついに、
がくり、とポストの膝が崩れ落ちた。
ポストは立ち上がろうともがくがうまくいかない。どうやら、足狙いの攻撃が、そして自身による足に負荷のかかる技の影響がピークに達したらしい。
「チャンスだべさ。女の子も彼女の気持ちを託した手紙も、守んなきゃなんねぇべさ」
恵太が右腕をかかげると、ポストの頭上に黒雲が立ち込める。ふたたび『召雷』の攻撃だ。
ポストはなにかを念じるように両腕を静かに宙につきだした。ポストの目の前の空間が歪むように揺らいだ。デッドレターによるカウンターをしかけるつもりらしい。
閃光、そして轟く雷鳴。
――。
ポストが、前のめりに倒れこみ、地面が揺れた。
カウンターの失敗だ。
「くくるんみらのんくくるんみらのん。いっくよー!」
倒れたポストの上空から少女が叫ぶ。猛り狂う獣のような一撃が、ポストの巨体に打ちつけられた。ミラノによる『猛の一撃』。
これが止めとなった。
地面にめり込み動かなくなったポストの身体は、ぼろぼろと黒い灰のように崩れていき、じきになにもかもが綺麗に消えてしまった。
戦いの終わりである。
●
「あ、あの……」
しばらくして例の少女があらわれた。壊れた地面、そしてそのうえに立つ五人の覚者たちを交互に見ながらすこし困惑ぎみな表情を浮かべている。
「ふふ、手紙を出しにいくのね」
「はい……あの」
「手紙なんて久しく書いてないわ。ワタシも久々に筆を取ってみようかしら」
「きょうはきりがすごいからきをつけてねっ」
「はい……ありがとうございます」
少女はなにか聞きたげな顔を一瞬浮かべたものの、手にした手紙に目をやるとすぐに目的を思い出し、覚者たちに一礼するとふたたび郵便局の方へと足早にかけていった。
「お手紙、無事にお父さん、お母さんに届くといいなって思うの」
少女の後姿を見守りながら七雅はそっとそうつぶやいた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
