【古妖狩人】ふたりはザシキワラシ!
●
「遠野でふたごの座敷童ちゃんたちが大ピンチだよ!」
久方 万里(nCL2000005)はテーブルに両手を叩きつけた。
資料が何枚か下に落ちてしまったが、まったく気づいていないようだ。
かなり怒っているらしい。
「みんなは『古妖狩人』という組織、聞いたことがある?」
会議室に集う面々のうち、数人が万里の問いかけにうなずく。
『古妖狩人』は捕えた古妖を戦力とする憤怒者組織だ。
彼らにとって良い古妖も、悪い古妖もない。捕えても戦力にならないと判断すれば、非人道的な実験に使っているという黒い噂がある。
ここ最近、その『古妖狩人』たちの動きが目立つようになってきていた。
「座敷童ちゃんたちが暮らしていたお屋敷が、『古妖狩人』たちに囲まれて火をつけられるの。捕まったら何をされるかわからないよ。早く行って助けてあげて!」
●
「各員配備、捕獲準備が整いました」
『古妖狩人』の一隊を預かる高瀬 和人は武家屋敷の長屋門前で報告を受け、静かにうなずいた。
屋敷を囲む土壁へ目を向けて、兵がきちんと等間隔に配置されているか確認する。
燻りだした座敷童を逃がさないため、というよりも敵性勢力の排除が目的で並べた兵だ。
ほぼ全員が素人だが、いないよりはマシだろう。
どこの馬の骨かわからないやつに、作戦の邪魔をされてはかなわない。
突入部隊が装備を確認し、門前に整列したのを見届けてから命令を出した。
「よし、火を放て」
「はっ!」
家人が留守にしていることは確認済みだ。
偽の景品当選はがきを出し、一家そろって海外旅行へ出かけるように仕向けたのは『古妖狩人』なのだから、無人であることを知っていて当然なのだが。
屋敷のあちらこちらで、黒い煙があがった。
「消防へ通報せよ」
「はっ!」
武家屋敷の母屋(おもや)はおよそ70坪。部屋数は八で、表側の式台玄関から奥座敷にいたる部分と、裏側の私生活の部分とは、造りも材料も異なっている。
座敷の裏側に続く庭園は自然を生かした素朴なつくりで、いかにも武家屋敷といった風情だ。その一角に白壁の立派な蔵が建てられていた。蔵の斜め向かいにはいまも水がわく小さな井戸もある。
屋敷の細部まで頭の中で再現して、高瀬はそっと息を吐きだした。
貴重な文化財を燃やすことに罪悪感はあるが、是非とも座敷童を捕えて組織に連れ帰らねばならない。
本作戦後、古妖をまとめて収容しておく中継拠点を閉鎖することになっていた。
謎の覚者の襲撃を恐れてのことである。
高瀬は無線のスイッチを入れた。
「1703、突入開始。捕獲ポイントは三つ。奥座敷と、蔵と井戸。ここで捕まえられなければ火の中を探し回ることになる。絶対に逃がすな。1705に撤退完了する。以上!」
●
「静かだね」
「誰もいないね」
テレビの前に座るふたりの幼子。
座敷童だ。
おかっぱ頭だが、着物ではなくピンクのバトルドレスを着ている。
手に持つのは先に大きな星をつけたスティック。
「もうすぐ始まるね」
「テレビ、つけていいよね?」
座敷童たちは魔法少女のアニメにはまっていた。
「……変な匂いがするね」
「するね。あ、始まった!」
テレビからアニメソングが流れ出すと、座敷童たちは一度は浮かせた腰を座布団の上に落とした。
「遠野でふたごの座敷童ちゃんたちが大ピンチだよ!」
久方 万里(nCL2000005)はテーブルに両手を叩きつけた。
資料が何枚か下に落ちてしまったが、まったく気づいていないようだ。
かなり怒っているらしい。
「みんなは『古妖狩人』という組織、聞いたことがある?」
会議室に集う面々のうち、数人が万里の問いかけにうなずく。
『古妖狩人』は捕えた古妖を戦力とする憤怒者組織だ。
彼らにとって良い古妖も、悪い古妖もない。捕えても戦力にならないと判断すれば、非人道的な実験に使っているという黒い噂がある。
ここ最近、その『古妖狩人』たちの動きが目立つようになってきていた。
「座敷童ちゃんたちが暮らしていたお屋敷が、『古妖狩人』たちに囲まれて火をつけられるの。捕まったら何をされるかわからないよ。早く行って助けてあげて!」
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「各員配備、捕獲準備が整いました」
『古妖狩人』の一隊を預かる高瀬 和人は武家屋敷の長屋門前で報告を受け、静かにうなずいた。
屋敷を囲む土壁へ目を向けて、兵がきちんと等間隔に配置されているか確認する。
燻りだした座敷童を逃がさないため、というよりも敵性勢力の排除が目的で並べた兵だ。
ほぼ全員が素人だが、いないよりはマシだろう。
どこの馬の骨かわからないやつに、作戦の邪魔をされてはかなわない。
突入部隊が装備を確認し、門前に整列したのを見届けてから命令を出した。
「よし、火を放て」
「はっ!」
家人が留守にしていることは確認済みだ。
偽の景品当選はがきを出し、一家そろって海外旅行へ出かけるように仕向けたのは『古妖狩人』なのだから、無人であることを知っていて当然なのだが。
屋敷のあちらこちらで、黒い煙があがった。
「消防へ通報せよ」
「はっ!」
武家屋敷の母屋(おもや)はおよそ70坪。部屋数は八で、表側の式台玄関から奥座敷にいたる部分と、裏側の私生活の部分とは、造りも材料も異なっている。
座敷の裏側に続く庭園は自然を生かした素朴なつくりで、いかにも武家屋敷といった風情だ。その一角に白壁の立派な蔵が建てられていた。蔵の斜め向かいにはいまも水がわく小さな井戸もある。
屋敷の細部まで頭の中で再現して、高瀬はそっと息を吐きだした。
貴重な文化財を燃やすことに罪悪感はあるが、是非とも座敷童を捕えて組織に連れ帰らねばならない。
本作戦後、古妖をまとめて収容しておく中継拠点を閉鎖することになっていた。
謎の覚者の襲撃を恐れてのことである。
高瀬は無線のスイッチを入れた。
「1703、突入開始。捕獲ポイントは三つ。奥座敷と、蔵と井戸。ここで捕まえられなければ火の中を探し回ることになる。絶対に逃がすな。1705に撤退完了する。以上!」
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「静かだね」
「誰もいないね」
テレビの前に座るふたりの幼子。
座敷童だ。
おかっぱ頭だが、着物ではなくピンクのバトルドレスを着ている。
手に持つのは先に大きな星をつけたスティック。
「もうすぐ始まるね」
「テレビ、つけていいよね?」
座敷童たちは魔法少女のアニメにはまっていた。
「……変な匂いがするね」
「するね。あ、始まった!」
テレビからアニメソングが流れ出すと、座敷童たちは一度は浮かせた腰を座布団の上に落とした。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の救出
2.憤怒者の撃退
3.なし
2.憤怒者の撃退
3.なし
遠野近辺にある、とある武家屋敷。
武家屋敷の母屋(おもや)はおよそ70坪。部屋数は八つ。
庭に蔵が建てられています。
また蔵の斜め向かいにはいまも水がわく小さな井戸もあります。
裏門もありますが、閉鎖されています。
●時間
16:59:00 日没
『古妖狩人』の部隊が四方から屋敷に火を放つ。
17:00:00
子供たち、とくに女の子に大人気の魔法少女アニメが始まる。
17:02:30
ファイブ、現場(屋敷の裏手から100m先の辻)に到着
17:03:00
『古妖狩人』の座敷童を捕獲する部隊が長屋門から突入
『古妖狩人』、地元消防署へ通報
17:03:05
座敷童、ようやく異変に気づき、テレビの前で変身ポーズを決める。
17:08:00
『古妖狩人』、撤収完了(予定)
17:08:30
消防車、到着。消火活動始まる(予定)
●座敷童(古妖、2体。志乃と悠乃)
座敷または蔵に住む神。
家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすと言われている。
戦闘力は無きに等しいのだが……。
魔法少女のアニメにはまっている。
●憤怒者組織『古妖狩人』……60名
うち30名が屋敷を取り囲む土塀に配置されています。
高瀬 和人と2名が正面の長屋門前に。
残り27名が9人ずつの班になって屋敷に突入。
それぞれ奥座敷、蔵、井戸に向かっています。
全員、無線機を装備しています。
・塀を囲む兵士の装備 30名
サバイバルゲーム好きというだけの寄せ集め集団。
60秒おきに(高瀬の副官たちへ)連絡の義務あり。
組織への忠誠心は低い。
【対覚者用特殊ライフル】……物遠列
・高瀬 和人と副官2名(長屋門前にて待機中)
高瀬 和人……元陸自。第一空挺団、第三普通科大隊、第七中隊に所属していた。
戦闘のプロ。
副官二名も元警察官。
組織への忠誠心は高い。
【対覚者用特殊ナイフ】……物近単
【対覚者用特殊拳銃】……物遠単
・内部突入兵士の装備 27名……9名ずつ、3班に分かれて行動している。
サバイバルゲーム好きというだけの寄せ集め集団。
組織への忠誠心は中程度。
【対覚者用特殊手斧】……物近単
【対覚者用特殊手斧(なげ)】……物遠単
【対覚者用特殊ライフル】……物遠列
【対古妖用束縛綱】……物近単、束縛
●その他
ファイブたちは裏門から屋敷に入ることになるでしょう。
屋敷の周りには街灯がなく、薄闇に沈んでいます。
裏門から奥座敷まで1分。
長屋門から蔵と井戸までは30秒、奥座敷までは1分かかります。
なお、長屋門から裏門までは左右どちらを回っても2分かかります。
あと、火事を消火する必要はありません。消防車が向かってきています。
●STコメント
『古妖狩人』たちは突入後、座敷童を確保できなくとも5分で撤退します。
ファイブの覚者であれば、57人の憤怒者たちはそう恐ろしい相手ではありません。
はっきりいって雑魚です。
対覚者用の特殊武器を持っていることと、おそらく多人数を一度に相手取ることにので、なめてかかると痛い目にあいますが。
よろしければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
10日
10日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年12月07日
2015年12月07日
■メイン参加者 6人■

●
夕焼けで赤く染まる空に、いくつか黒い煙が上がりはじめていた。沈む太陽と点け火と。下から炙られて空が真赤だ。
ファイブの覚者たちは急いで車から降りると、真っ赤に染まった道を黒く塗りつぶされた塀に向かって駆けだした。
「遠野はゆいねのお母さんの故郷。今も母方のおじーちゃんとおばーちゃんが住んでるよ。夏休みには毎年帰省するの」
『ママは小学六年生(偽)』迷家・唯音(CL2001093)は怒っていた。
「妖怪さんと人間がのどかに仲良く暮らす遠野で悪さするなんて許せない。それに座敷童はおうちの守り神、見た目はちっちゃい子供。善良な古妖を捕まえて実験に使うのは尚更許せない。手遅れになる前に絶対助けなきゃ」
そうね、と唯音に返しながら、『レヴナント』是枝 真(CL2001105)は木の影へ身を滑り込ませた。
息を整えながら、すばやく塀に並んで立つ憤怒者たちの心に探りを入れる。
他の仲間たちも唯音たちに倣って、次々と木蔭に身を潜ませた。
「ここから探れる範囲にいる憤怒者たちは、みんな火の回りの激しさに不安になっているようですね。屋敷から離れたがっています。情報通り、士気は高くない」
少なくとも、裏側に配置された憤怒者たちは結界で追い払うことができるだろう、と真は固い声で見立てを告げた。
裏戸の真横に立つ憤怒者を睨みながら、腹の底からこみあげてくる怒りを押さえつけきれず、本音を吐露する。
「自分とは違う存在を平気で踏みにじる、下劣で醜悪な憤怒者達。本当ならば、一人残らず斬り刻み、皆殺しにしてしまいたい所なのですが」
ファイブは覚者たちに人殺しを認めていない。明文化されているわけではないが、組織に所属するものたちの間では暗黙の了解事になっていた。
憤怒者であれ、隔者であれ、同じく体に赤い血が流れる人ではないか。安易に人の命を奪う者は、もはや覚者ではない。それでは隔者となにも変わらないのだ、というのが一応の理屈らしい。
そういえば恰好がいいのだが、実のところ、殺生の禁止は覚者と一般人との軋轢を広げたくないという、世間体を慮ってのことだろうと真は思う。
気に入らない。気に入らないが、組織に属し、保護を受けている身であれば、渋々でも従わざるをえなかった。
「ほんとうにね。面倒くさいったらありゃしない」
『狂気の憤怒を制圧せし者』鳴海 蕾花(CL2001006)は、戸口を守る憤怒者に睨みをくれながら、はん、と鼻を鳴らした。塀の内側を偵察するために、守護使役のつくねを火の粉の飛ぶ夕空へ放つ。
蕾花もファイブの方針に不満を持つ者の一人だ。
「人を殺すなって、世間体気にする秘密組織なんて聞いたことないよ」
秘密にしているのであれば、どこで何をしようと世間に知られるはずがないではないか。矛盾だらけの理屈を並べて覚者にリスクを強いるのは本気でやめて欲しい。さっさと世間に名乗りを上げて、司法で裁けない悪はファイブが倒す、と正義の味方組織をアッピールすればいいのだ。
組織への不満と隔離者たちへの怒りではち切れそうになっている蕾花の背に、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が小さな手を当てた。気持ちは分かるとばかりにポンポンと叩く。
「何もしていない、いい古妖を捕まえて実験に使うなんて、この人たちは絶対わるい憤怒者なのよ。だからうーんとこらしめてやりましようなのよ」
言いながら飛鳥は結界を張った。
「分かっているとは思うけど、あえて……何よりも優先するのは座敷童たちの保護だろ。同じぐらい僕たちの命も大切にしなくちゃいけないけど、憤怒者たちをどうこうするのは二の次だ」
白一点の『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)が、後ろからやんわりと三人を諭した。素早く覚醒し、守護使役のゆきつきからペンギンをモチーフにした仮面を受けとる。
「コンセプトとしては『魔法少女たちのピンチに現れる謎の追加戦士』ってところかな。それで、蕾花と御菓子に聞くけど、敷地内はどうなっているの?」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も守護使役のカンタを偵察に飛ばしていた。
六分後には消防車がやって来る。秘匿を貫くなら、突入準備に余分な時間は割けない。広い屋敷の中を短時間で調べ上げるために、ふたりで偵察任務を分担したのだ。
「東側の方だけど、石を敷き詰めたほそい道が屋敷にそって玄関まで続いている。憤怒者はいないよ。火の回りも遅いみたい。小さな池があるせいかな?」
御菓子に続いて蕾花が報告する。
「西南に蔵、その斜め前に井戸を見つけたよ。蔵の前で分かれた一隊が東側へ向かっている。そっちに奥座敷があるみたいだね」
飛鳥の結界が効力を発揮しだした。塀のそばから一人、二人と憤怒者が離れていく。
裏の戸口を守っていた憤怒者は最後まで残っていた。持ち場を勝手に離れていく仲間たちを、不安そうに顔を巡らせて見送りながら、肩のベルトの通話機に手をつけた。
「あ、あの人、隊長さんに連絡しようとしているのよ! 御菓子先生、お願いします」
●
御菓子は憤怒者に狙いを付けながら、声色を男のものに変えた。影に隠れたまま、緊迫した雰囲気で呼びかける。
「すまん! こっち来てくれ。何者かが隠れてこっちを攻撃してくる。急いで、掩護頼む!!」
「ど、どうした? 何も見えないし聞こえなかったぞ。……おい、何処にいる。返事をしろ?!」
憤怒者は肩から手を離すと、対覚者用特殊ライフルを腰の後ろから前に回して両手で構え持った。
戸口からふらっと離れたところへ、御菓子ができるだけ手加減した水礫の一撃を放って倒した。
「お見事! その調子で高瀬への連絡も頼むよ。……と、次はあたしの出番だね」
蕾花は木蔭から飛び出すと、裏戸に駆け寄った。闇がますます深まる中、手探りで裏戸に掛けられた鍵をピッキングする。
唯音がそばで、「はやく、はやく」と足踏みしながら戸が開くのを待つ。
「大丈夫だ。ちゃんと息をしている」
冬月は倒れた憤怒者が生きていることを確認すると、起こした背の後ろから腕を差し込んで木蔭に引きずり込んだ。覚醒して見かけはか弱い女の子っぽくなっているが、男であることに変わりはない。力仕事を済ませると気絶している憤怒者から機械を取り上げて、ほっとした顔の御菓子に手渡した。
「開いたよ!」
一番に戸口をくぐったのは唯音だった。韋駄天を生かして煙が満ちる石の道をすっ飛んで行く。
飛鳥と真、蕾花が後に続いた。
「どうかしたの、御菓子? 早く連絡をいれてよ」
「ん、ちょっと……先に行って。すぐ追いつくから」
冬月を先に行かせると、御菓子はスイッチを入れた。倒した憤怒者に似せて声を作る。
「な、何者かに攻撃を受けました。支援をお願いします」
≪「すぐ行く。敵は何名か?」≫
「分かりません。複数方向から攻撃あ――」
通話機を地面に落とすと、わざと踏み潰した。残骸を拾い上げて、気絶した憤怒者を隠した木蔭へ投げ入れる。
これで高瀬たちは屋敷の裏へ回り込んでくるだろう。いくらか時間を稼げたはずだ。
風が強くなってきた。
火の粉が舞い、雲のちぎれ飛ぶ夕焼け空が血を流したように赤い。
(急がなくっちゃ……)
御菓子は戸口をくぐると、戸を閉めて鍵をかけた。
唯音は、細長く小さな池の横から縁側に上がって屋敷の中へ入った。
どうやら納戸のようだ。季節外の布団や敷布が棚に積まれており、手前には立派なクリスマスツリーと飾り物が入った箱が置かれていた。旅行から帰ってきたらすぐに飾りつけられるように出されているのだろう。
(小さい子供がいるお家なのかな? 魔法少女のアニメを見ているぐらいだもんね……ツリーが焼けちゃったら可哀想だな)
座敷童たちもここの子供たちと過ごすクリスマスを毎年楽しんでいたに違いない。きっとそうだ。座敷童たちを助けたら、できるだけ火を消してから立ち去さることにしよう。
「唯音ちゃん、どうしたのよ。急いで奥座敷に向かうのよ」
「あ、飛鳥ちゃん。ちょうどよかった」
唯音は後らかやってきた飛鳥に水礫を畳に撒いてくれ、と頼んだ。とりあえず防火対策をしておこう。
「了解なのよ。水礫で少しでも火がつくのが遅くなるといいのだけれど」
「きっとうまくいくよ」
微妙に高さが異なるふたつの幼い声が、変身、と叫ぶのが聞こえて来た。続いて憤怒者たちの怒鳴り声が、奥から廊下を伝って流れ込んでくる煙とともに聞こえて来た。何かが倒され、どたばたと走り回る音も聞こえてくる。
そこへ蕾花たちがやってきた。
「ほらほら、ふたりとも。ここで立ち止まって何してるんだい?」
「時間がない。先に行く」
真が唯音の横を通って廊下へ出ていく。
「ピンチに駆けつけるはずの魔法少女たちが遅れては洒落にならないよ。オレはペンギン仮面なんだから、先に女の子たちが出てくれないと」
冬月が蕾花の背を押した。
「あ、あたいはそういうの、柄じゃないから……可憐に変身、は唯音と飛鳥、それに御菓子さんに任せた!」
「ええ、任されました。行きましょう。唯音さん、飛鳥さん!」
「はい、なのよ」
畳一面に水礫を撒くと、飛鳥は唯音の手をとって納戸を出た。
●
開け放たれた襖から飛び出すなり、真は二振りのサーベルを交互に振るった。薄い刃のような斬撃が畳の上を滑り、向けられた背に向かって伸びあがる。
「ぐあっ!」
四人をまとめて切った。出会いがしらの攻撃は、憤怒者たちに武器に手をかけるどころか、振り返る暇さえ与えなかった。
呻き声を上げて倒れた仲間たちの向こうで、残り五人が振り返った。酸素マスクの中で、驚きに目を見張っている。簡単な仕事だと舐めていたのだろう。高瀬からあらかじめ敵襲の可能性を告げられていたはずだが、どうやらちゃんと頭に入っていなかったらしい。
真は憤怒者たちが戸惑っているうちに、煙る室内に素早く目を走らせた。五人のうち二人が、縄でくくられた座敷童を捕えているのが見えた。
「て、敵か!?」
いち早く気を取り戻した憤怒者が、手斧に手を伸ばす。
真は憤怒者の正面に素早く回り込むと、まっすぐ視線を伸ばして濁り切った目を捕えた。
「高瀬和人は、貴方達を捨て駒としか考えていない。だから助けにはこず、安全な場所で楽な指示だけを行っている。死にたくなければ立ち去れ」
魔眼による暗示は対象となったものだけに効く。だが、真が口にした警句は毒蛇のような憎しみに満ちており、魔眼に捉われなかったほかの四人も死の恐怖で締め上げた。
最初に魔眼をかけられたものがそそくさと部屋を出て行った。身をすくめている憤怒者の手の中から、座敷童たちが抜け出す。ふたりとも半泣きだ。震えながら部屋の隅にうずくまった。だが、縄の先はまだ憤怒者たちの手にあった。
とたとた、と足音を響かせて、納戸から唯音たちがやってきた。
「まじかる☆みらくる☆ゆいねっち、見参!」
「我、放つ青き滴は地球の愛! ファイブ・ブルーのあすか見参なのよ!」
ふたり揃ってステッキを回しながら覚醒する。
見事な変身シーンに、泣いていた座敷童たちが顔を輝かせた。
「え、えっと……響け、希望の音。シンフォニー・ホワイトのミカ見参よ」
続いて御菓子がコルネットを吹き鳴らして覚醒する。
「か弱き乙女の敵、許すまじなのよ! ゴー・ホームなのよ!」
いきなり現れた変身ヒロインたちに毒気を抜かれてしまったのか、飛鳥が張った結界がまたも功を奏したのか、縄を手にしていない二人が戦いを放棄して部屋を出て行った。
真に背中を切られた四人も、畳の上を這いながら出ていく。
「お、おい! どこへ行く。座敷童を……」
ぷつっ、と音がして、縄を引いて座敷童を立たせようとした憤怒者が背中から倒れた。縄が切れて落ちる。
もう一人も真横から鋭い蹴りを受けて吹き飛んだ。
廊下を回って庭側から奥座敷に入ってきたのは、冬月ことペンギン仮面だ。
「やあ、可愛いお嬢さん。大丈夫、オレたちは味方だよ」
マイナスイオン全開の微笑みをマスクの下の口に浮かべつつ、冬月は座敷童たちにかけられた縄をといてやった。
「かわいい!」
「かっこいい!」
座敷童が声を揃えて叫ぶ。
「「ホンモノ、きたー!!」」
声を上げながら覚者たちの周りを跳ねまわる。その様子があまりに愛らしいので、室内にいた全員の頬が緩んだ。
「なごんでいる場合じゃないよ。裏戸から憤怒者たちが入ってきた! さっさと門から逃げ出して」
覚醒した蕾花が奥座敷まで下がってきた。真も廊下に出て、蕾花と並ぶ。
「ここはふたりでくい止める。早く行って」
「頼んだ」
冬月は座敷童たちを捕まえると、両脇に抱え上げた。
「あ、ダメ!」
「火を消すの」
降ろして、とじたばた手足を動かして抵抗する。
「ゴメン。もう屋敷全体に火が回っている。辛いだろうけど諦めて逃げよう」
「「いやー!」」
「火が広がりすぎてあすかたちの手には負えないのよ。何かいい方法がありますか?」
座敷童たちはある、と答えた。
庭の井戸の水をせき止めているものを壊し、水脈を刺激してやれば点に届くほど激しく水が噴き出すという。
「なにが井戸の地下に埋められているの?」
唯音が聞いた。
「「まいぞうきん。おうばんこばん、ざっくざく!」」
「ふぉぉぉ、それはすごいのよ。焼けたお屋敷もすぐ立て直せるのよ」
レッツらゴー、と手を上げて、飛鳥が庭へ飛び出していく。
唯音も目を輝かせながら庭へ――、前から飛んできた飛鳥の体とぶつかって倒れた。
「飛鳥ちゃん、唯音ちゃん!」
御菓子が悲鳴を上げる。
「貴様―っ!」
冬月は座敷童を降ろすと、庭へ駆けおりた。
●
「あ……う、い、痛い。鼻が、顔が痛いのよ」
飛鳥の顔が半分、腫れ上がっていた。折れた鼻から流れた血が、藍の戦闘装束に黒い染みを作っていく。
頭を打ったのか、飛鳥の下になった唯音に動きがない。
御菓子は急いでコルネットを吹くと、癒しの霧を呼んだ。あたりの熱気を静めながら、癒しの霧が辺りに広がる。
「ふたりとも、大丈夫か!?」
冬月が飛鳥たちの前に出た。
迷彩服に身を固めた男が一人、ゆっくりとうすく流れる煙の中から姿を現した。
切れた煙のむこう、怪我をした仲間たちを背負った憤怒者たちが門へ向かっているのが見えた。蔵と井戸を探索していた別部隊だろう。男、高瀬が撤退命令を出したらしい。
「おかしいと思って戻ってみれば……。化け物どもめ、見逃してやる。座敷童を置いて行け」
「化け物ってのは、オレたちのことか!?」
「他に誰がいる。魔を受け入れて人から外れちまった、ゴキブリ以下のお前たちのことだよ。平気で人を狩り殺す、外道どもが」
朱に染まった高瀬の顔が歪む。と、同時に腰のベルトから特殊ナイフを抜き出して構えた。
「女の子の顔を足蹴りにして、平気な顔をしているお前の方がよほど化け物だろ!」
冬月は両手でハンドガンを構えると、高瀬の太ももを狙って引き金を引いた。
が、高瀬がすばやく横へ動いたために弾は当たらなかった。
「どうした。力を使えよ、化け物! おもちゃなんて使ってんじゃねぇ!」
高瀬は冬月に狙いをつける暇を与えなかった。ナイフを逆手に持って突進する。腕を上げて貫通弾を発射しようとした冬月をあっさりやり過ごし、一気に距離を縮めて御菓子の白い首にナイフの刃を当てた。
「お返しだよ!!」
ナイフが振られようとしたその時、奥座敷から男の体が飛んできて高瀬にぶつかった。
体制を立てなおしたところへ、もう一人、投げつけられる。
倒した高瀬の副官二人を、真と蕾花が力を合わせて投げたのだ。
遠くから消防車が鳴らすサイレンの音が近づいてきた。
「まだ生きているよ。ふたりを連れて逃げるんだね。どうしてもっていうなら、場所を変えてやろうじゃないか。なあ、真」
「ええ、喜んで殺してあげるわ。私はお前たち憤怒者が憎い。この世から排除してやりたい!」
「ちっ! 優越感に浸って人を殺し始めたのは、お前たち化け物のほうだろうが!」
蕾花が負けずにい言い返す。
「あんただって人を殺してんだろ。ないとは言わさないよ。経験のない連中がどうして躊躇なく放火なんてできる? はっ、トラウマが蘇ってあたしの怒りにも火がついちまったよ。あの世で懺悔するんだね」
御菓子が首に手を当て止血しながら、激昂する二人に向かって懇願した。
「ダメ、ふたりとも。憎しみのまま人を殺めては!」
「そうだよ。唯音たちは隔者じゃない! 覚者だよ!」
立ちあがった唯音がステッキを振るって炎を飛ばした。
飛鳥もステッキを振るって水礫を飛ばす。
螺旋を描いて飛んだ炎と水が落ちた先は、井戸の手前だった。
轟音とともに井戸から大量の水が吹き上がった。
●
真っ赤に焼けただれた空を、山吹色の粒を含んだ白い水柱が貫く。屋敷に降り注ぐ雨は冷たく、また固かった。細かく砕きながら、炎を叩き消していく。
気がつけば高瀬たちは姿を消していた。
「あいたたたた。こりゃ堪らんのよ。あすかたちまで消されてしまうのよ」
「あとは消防に任せましょう」
長屋門の柱を、到着した消防車の緊急ライトが赤く染めている。
冬月は、座敷童たちを抱え上げると裏戸に向かって走り出した。御菓子と蕾花が後を追う。
「一枚、欲しいけどガマンなのよ」
「ええ、私も我慢するわ。殺したかったけど」
「行こう」
唯音はふたりの袖を引いた。
夕焼けで赤く染まる空に、いくつか黒い煙が上がりはじめていた。沈む太陽と点け火と。下から炙られて空が真赤だ。
ファイブの覚者たちは急いで車から降りると、真っ赤に染まった道を黒く塗りつぶされた塀に向かって駆けだした。
「遠野はゆいねのお母さんの故郷。今も母方のおじーちゃんとおばーちゃんが住んでるよ。夏休みには毎年帰省するの」
『ママは小学六年生(偽)』迷家・唯音(CL2001093)は怒っていた。
「妖怪さんと人間がのどかに仲良く暮らす遠野で悪さするなんて許せない。それに座敷童はおうちの守り神、見た目はちっちゃい子供。善良な古妖を捕まえて実験に使うのは尚更許せない。手遅れになる前に絶対助けなきゃ」
そうね、と唯音に返しながら、『レヴナント』是枝 真(CL2001105)は木の影へ身を滑り込ませた。
息を整えながら、すばやく塀に並んで立つ憤怒者たちの心に探りを入れる。
他の仲間たちも唯音たちに倣って、次々と木蔭に身を潜ませた。
「ここから探れる範囲にいる憤怒者たちは、みんな火の回りの激しさに不安になっているようですね。屋敷から離れたがっています。情報通り、士気は高くない」
少なくとも、裏側に配置された憤怒者たちは結界で追い払うことができるだろう、と真は固い声で見立てを告げた。
裏戸の真横に立つ憤怒者を睨みながら、腹の底からこみあげてくる怒りを押さえつけきれず、本音を吐露する。
「自分とは違う存在を平気で踏みにじる、下劣で醜悪な憤怒者達。本当ならば、一人残らず斬り刻み、皆殺しにしてしまいたい所なのですが」
ファイブは覚者たちに人殺しを認めていない。明文化されているわけではないが、組織に所属するものたちの間では暗黙の了解事になっていた。
憤怒者であれ、隔者であれ、同じく体に赤い血が流れる人ではないか。安易に人の命を奪う者は、もはや覚者ではない。それでは隔者となにも変わらないのだ、というのが一応の理屈らしい。
そういえば恰好がいいのだが、実のところ、殺生の禁止は覚者と一般人との軋轢を広げたくないという、世間体を慮ってのことだろうと真は思う。
気に入らない。気に入らないが、組織に属し、保護を受けている身であれば、渋々でも従わざるをえなかった。
「ほんとうにね。面倒くさいったらありゃしない」
『狂気の憤怒を制圧せし者』鳴海 蕾花(CL2001006)は、戸口を守る憤怒者に睨みをくれながら、はん、と鼻を鳴らした。塀の内側を偵察するために、守護使役のつくねを火の粉の飛ぶ夕空へ放つ。
蕾花もファイブの方針に不満を持つ者の一人だ。
「人を殺すなって、世間体気にする秘密組織なんて聞いたことないよ」
秘密にしているのであれば、どこで何をしようと世間に知られるはずがないではないか。矛盾だらけの理屈を並べて覚者にリスクを強いるのは本気でやめて欲しい。さっさと世間に名乗りを上げて、司法で裁けない悪はファイブが倒す、と正義の味方組織をアッピールすればいいのだ。
組織への不満と隔離者たちへの怒りではち切れそうになっている蕾花の背に、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が小さな手を当てた。気持ちは分かるとばかりにポンポンと叩く。
「何もしていない、いい古妖を捕まえて実験に使うなんて、この人たちは絶対わるい憤怒者なのよ。だからうーんとこらしめてやりましようなのよ」
言いながら飛鳥は結界を張った。
「分かっているとは思うけど、あえて……何よりも優先するのは座敷童たちの保護だろ。同じぐらい僕たちの命も大切にしなくちゃいけないけど、憤怒者たちをどうこうするのは二の次だ」
白一点の『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)が、後ろからやんわりと三人を諭した。素早く覚醒し、守護使役のゆきつきからペンギンをモチーフにした仮面を受けとる。
「コンセプトとしては『魔法少女たちのピンチに現れる謎の追加戦士』ってところかな。それで、蕾花と御菓子に聞くけど、敷地内はどうなっているの?」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も守護使役のカンタを偵察に飛ばしていた。
六分後には消防車がやって来る。秘匿を貫くなら、突入準備に余分な時間は割けない。広い屋敷の中を短時間で調べ上げるために、ふたりで偵察任務を分担したのだ。
「東側の方だけど、石を敷き詰めたほそい道が屋敷にそって玄関まで続いている。憤怒者はいないよ。火の回りも遅いみたい。小さな池があるせいかな?」
御菓子に続いて蕾花が報告する。
「西南に蔵、その斜め前に井戸を見つけたよ。蔵の前で分かれた一隊が東側へ向かっている。そっちに奥座敷があるみたいだね」
飛鳥の結界が効力を発揮しだした。塀のそばから一人、二人と憤怒者が離れていく。
裏の戸口を守っていた憤怒者は最後まで残っていた。持ち場を勝手に離れていく仲間たちを、不安そうに顔を巡らせて見送りながら、肩のベルトの通話機に手をつけた。
「あ、あの人、隊長さんに連絡しようとしているのよ! 御菓子先生、お願いします」
●
御菓子は憤怒者に狙いを付けながら、声色を男のものに変えた。影に隠れたまま、緊迫した雰囲気で呼びかける。
「すまん! こっち来てくれ。何者かが隠れてこっちを攻撃してくる。急いで、掩護頼む!!」
「ど、どうした? 何も見えないし聞こえなかったぞ。……おい、何処にいる。返事をしろ?!」
憤怒者は肩から手を離すと、対覚者用特殊ライフルを腰の後ろから前に回して両手で構え持った。
戸口からふらっと離れたところへ、御菓子ができるだけ手加減した水礫の一撃を放って倒した。
「お見事! その調子で高瀬への連絡も頼むよ。……と、次はあたしの出番だね」
蕾花は木蔭から飛び出すと、裏戸に駆け寄った。闇がますます深まる中、手探りで裏戸に掛けられた鍵をピッキングする。
唯音がそばで、「はやく、はやく」と足踏みしながら戸が開くのを待つ。
「大丈夫だ。ちゃんと息をしている」
冬月は倒れた憤怒者が生きていることを確認すると、起こした背の後ろから腕を差し込んで木蔭に引きずり込んだ。覚醒して見かけはか弱い女の子っぽくなっているが、男であることに変わりはない。力仕事を済ませると気絶している憤怒者から機械を取り上げて、ほっとした顔の御菓子に手渡した。
「開いたよ!」
一番に戸口をくぐったのは唯音だった。韋駄天を生かして煙が満ちる石の道をすっ飛んで行く。
飛鳥と真、蕾花が後に続いた。
「どうかしたの、御菓子? 早く連絡をいれてよ」
「ん、ちょっと……先に行って。すぐ追いつくから」
冬月を先に行かせると、御菓子はスイッチを入れた。倒した憤怒者に似せて声を作る。
「な、何者かに攻撃を受けました。支援をお願いします」
≪「すぐ行く。敵は何名か?」≫
「分かりません。複数方向から攻撃あ――」
通話機を地面に落とすと、わざと踏み潰した。残骸を拾い上げて、気絶した憤怒者を隠した木蔭へ投げ入れる。
これで高瀬たちは屋敷の裏へ回り込んでくるだろう。いくらか時間を稼げたはずだ。
風が強くなってきた。
火の粉が舞い、雲のちぎれ飛ぶ夕焼け空が血を流したように赤い。
(急がなくっちゃ……)
御菓子は戸口をくぐると、戸を閉めて鍵をかけた。
唯音は、細長く小さな池の横から縁側に上がって屋敷の中へ入った。
どうやら納戸のようだ。季節外の布団や敷布が棚に積まれており、手前には立派なクリスマスツリーと飾り物が入った箱が置かれていた。旅行から帰ってきたらすぐに飾りつけられるように出されているのだろう。
(小さい子供がいるお家なのかな? 魔法少女のアニメを見ているぐらいだもんね……ツリーが焼けちゃったら可哀想だな)
座敷童たちもここの子供たちと過ごすクリスマスを毎年楽しんでいたに違いない。きっとそうだ。座敷童たちを助けたら、できるだけ火を消してから立ち去さることにしよう。
「唯音ちゃん、どうしたのよ。急いで奥座敷に向かうのよ」
「あ、飛鳥ちゃん。ちょうどよかった」
唯音は後らかやってきた飛鳥に水礫を畳に撒いてくれ、と頼んだ。とりあえず防火対策をしておこう。
「了解なのよ。水礫で少しでも火がつくのが遅くなるといいのだけれど」
「きっとうまくいくよ」
微妙に高さが異なるふたつの幼い声が、変身、と叫ぶのが聞こえて来た。続いて憤怒者たちの怒鳴り声が、奥から廊下を伝って流れ込んでくる煙とともに聞こえて来た。何かが倒され、どたばたと走り回る音も聞こえてくる。
そこへ蕾花たちがやってきた。
「ほらほら、ふたりとも。ここで立ち止まって何してるんだい?」
「時間がない。先に行く」
真が唯音の横を通って廊下へ出ていく。
「ピンチに駆けつけるはずの魔法少女たちが遅れては洒落にならないよ。オレはペンギン仮面なんだから、先に女の子たちが出てくれないと」
冬月が蕾花の背を押した。
「あ、あたいはそういうの、柄じゃないから……可憐に変身、は唯音と飛鳥、それに御菓子さんに任せた!」
「ええ、任されました。行きましょう。唯音さん、飛鳥さん!」
「はい、なのよ」
畳一面に水礫を撒くと、飛鳥は唯音の手をとって納戸を出た。
●
開け放たれた襖から飛び出すなり、真は二振りのサーベルを交互に振るった。薄い刃のような斬撃が畳の上を滑り、向けられた背に向かって伸びあがる。
「ぐあっ!」
四人をまとめて切った。出会いがしらの攻撃は、憤怒者たちに武器に手をかけるどころか、振り返る暇さえ与えなかった。
呻き声を上げて倒れた仲間たちの向こうで、残り五人が振り返った。酸素マスクの中で、驚きに目を見張っている。簡単な仕事だと舐めていたのだろう。高瀬からあらかじめ敵襲の可能性を告げられていたはずだが、どうやらちゃんと頭に入っていなかったらしい。
真は憤怒者たちが戸惑っているうちに、煙る室内に素早く目を走らせた。五人のうち二人が、縄でくくられた座敷童を捕えているのが見えた。
「て、敵か!?」
いち早く気を取り戻した憤怒者が、手斧に手を伸ばす。
真は憤怒者の正面に素早く回り込むと、まっすぐ視線を伸ばして濁り切った目を捕えた。
「高瀬和人は、貴方達を捨て駒としか考えていない。だから助けにはこず、安全な場所で楽な指示だけを行っている。死にたくなければ立ち去れ」
魔眼による暗示は対象となったものだけに効く。だが、真が口にした警句は毒蛇のような憎しみに満ちており、魔眼に捉われなかったほかの四人も死の恐怖で締め上げた。
最初に魔眼をかけられたものがそそくさと部屋を出て行った。身をすくめている憤怒者の手の中から、座敷童たちが抜け出す。ふたりとも半泣きだ。震えながら部屋の隅にうずくまった。だが、縄の先はまだ憤怒者たちの手にあった。
とたとた、と足音を響かせて、納戸から唯音たちがやってきた。
「まじかる☆みらくる☆ゆいねっち、見参!」
「我、放つ青き滴は地球の愛! ファイブ・ブルーのあすか見参なのよ!」
ふたり揃ってステッキを回しながら覚醒する。
見事な変身シーンに、泣いていた座敷童たちが顔を輝かせた。
「え、えっと……響け、希望の音。シンフォニー・ホワイトのミカ見参よ」
続いて御菓子がコルネットを吹き鳴らして覚醒する。
「か弱き乙女の敵、許すまじなのよ! ゴー・ホームなのよ!」
いきなり現れた変身ヒロインたちに毒気を抜かれてしまったのか、飛鳥が張った結界がまたも功を奏したのか、縄を手にしていない二人が戦いを放棄して部屋を出て行った。
真に背中を切られた四人も、畳の上を這いながら出ていく。
「お、おい! どこへ行く。座敷童を……」
ぷつっ、と音がして、縄を引いて座敷童を立たせようとした憤怒者が背中から倒れた。縄が切れて落ちる。
もう一人も真横から鋭い蹴りを受けて吹き飛んだ。
廊下を回って庭側から奥座敷に入ってきたのは、冬月ことペンギン仮面だ。
「やあ、可愛いお嬢さん。大丈夫、オレたちは味方だよ」
マイナスイオン全開の微笑みをマスクの下の口に浮かべつつ、冬月は座敷童たちにかけられた縄をといてやった。
「かわいい!」
「かっこいい!」
座敷童が声を揃えて叫ぶ。
「「ホンモノ、きたー!!」」
声を上げながら覚者たちの周りを跳ねまわる。その様子があまりに愛らしいので、室内にいた全員の頬が緩んだ。
「なごんでいる場合じゃないよ。裏戸から憤怒者たちが入ってきた! さっさと門から逃げ出して」
覚醒した蕾花が奥座敷まで下がってきた。真も廊下に出て、蕾花と並ぶ。
「ここはふたりでくい止める。早く行って」
「頼んだ」
冬月は座敷童たちを捕まえると、両脇に抱え上げた。
「あ、ダメ!」
「火を消すの」
降ろして、とじたばた手足を動かして抵抗する。
「ゴメン。もう屋敷全体に火が回っている。辛いだろうけど諦めて逃げよう」
「「いやー!」」
「火が広がりすぎてあすかたちの手には負えないのよ。何かいい方法がありますか?」
座敷童たちはある、と答えた。
庭の井戸の水をせき止めているものを壊し、水脈を刺激してやれば点に届くほど激しく水が噴き出すという。
「なにが井戸の地下に埋められているの?」
唯音が聞いた。
「「まいぞうきん。おうばんこばん、ざっくざく!」」
「ふぉぉぉ、それはすごいのよ。焼けたお屋敷もすぐ立て直せるのよ」
レッツらゴー、と手を上げて、飛鳥が庭へ飛び出していく。
唯音も目を輝かせながら庭へ――、前から飛んできた飛鳥の体とぶつかって倒れた。
「飛鳥ちゃん、唯音ちゃん!」
御菓子が悲鳴を上げる。
「貴様―っ!」
冬月は座敷童を降ろすと、庭へ駆けおりた。
●
「あ……う、い、痛い。鼻が、顔が痛いのよ」
飛鳥の顔が半分、腫れ上がっていた。折れた鼻から流れた血が、藍の戦闘装束に黒い染みを作っていく。
頭を打ったのか、飛鳥の下になった唯音に動きがない。
御菓子は急いでコルネットを吹くと、癒しの霧を呼んだ。あたりの熱気を静めながら、癒しの霧が辺りに広がる。
「ふたりとも、大丈夫か!?」
冬月が飛鳥たちの前に出た。
迷彩服に身を固めた男が一人、ゆっくりとうすく流れる煙の中から姿を現した。
切れた煙のむこう、怪我をした仲間たちを背負った憤怒者たちが門へ向かっているのが見えた。蔵と井戸を探索していた別部隊だろう。男、高瀬が撤退命令を出したらしい。
「おかしいと思って戻ってみれば……。化け物どもめ、見逃してやる。座敷童を置いて行け」
「化け物ってのは、オレたちのことか!?」
「他に誰がいる。魔を受け入れて人から外れちまった、ゴキブリ以下のお前たちのことだよ。平気で人を狩り殺す、外道どもが」
朱に染まった高瀬の顔が歪む。と、同時に腰のベルトから特殊ナイフを抜き出して構えた。
「女の子の顔を足蹴りにして、平気な顔をしているお前の方がよほど化け物だろ!」
冬月は両手でハンドガンを構えると、高瀬の太ももを狙って引き金を引いた。
が、高瀬がすばやく横へ動いたために弾は当たらなかった。
「どうした。力を使えよ、化け物! おもちゃなんて使ってんじゃねぇ!」
高瀬は冬月に狙いをつける暇を与えなかった。ナイフを逆手に持って突進する。腕を上げて貫通弾を発射しようとした冬月をあっさりやり過ごし、一気に距離を縮めて御菓子の白い首にナイフの刃を当てた。
「お返しだよ!!」
ナイフが振られようとしたその時、奥座敷から男の体が飛んできて高瀬にぶつかった。
体制を立てなおしたところへ、もう一人、投げつけられる。
倒した高瀬の副官二人を、真と蕾花が力を合わせて投げたのだ。
遠くから消防車が鳴らすサイレンの音が近づいてきた。
「まだ生きているよ。ふたりを連れて逃げるんだね。どうしてもっていうなら、場所を変えてやろうじゃないか。なあ、真」
「ええ、喜んで殺してあげるわ。私はお前たち憤怒者が憎い。この世から排除してやりたい!」
「ちっ! 優越感に浸って人を殺し始めたのは、お前たち化け物のほうだろうが!」
蕾花が負けずにい言い返す。
「あんただって人を殺してんだろ。ないとは言わさないよ。経験のない連中がどうして躊躇なく放火なんてできる? はっ、トラウマが蘇ってあたしの怒りにも火がついちまったよ。あの世で懺悔するんだね」
御菓子が首に手を当て止血しながら、激昂する二人に向かって懇願した。
「ダメ、ふたりとも。憎しみのまま人を殺めては!」
「そうだよ。唯音たちは隔者じゃない! 覚者だよ!」
立ちあがった唯音がステッキを振るって炎を飛ばした。
飛鳥もステッキを振るって水礫を飛ばす。
螺旋を描いて飛んだ炎と水が落ちた先は、井戸の手前だった。
轟音とともに井戸から大量の水が吹き上がった。
●
真っ赤に焼けただれた空を、山吹色の粒を含んだ白い水柱が貫く。屋敷に降り注ぐ雨は冷たく、また固かった。細かく砕きながら、炎を叩き消していく。
気がつけば高瀬たちは姿を消していた。
「あいたたたた。こりゃ堪らんのよ。あすかたちまで消されてしまうのよ」
「あとは消防に任せましょう」
長屋門の柱を、到着した消防車の緊急ライトが赤く染めている。
冬月は、座敷童たちを抱え上げると裏戸に向かって走り出した。御菓子と蕾花が後を追う。
「一枚、欲しいけどガマンなのよ」
「ええ、私も我慢するわ。殺したかったけど」
「行こう」
唯音はふたりの袖を引いた。

■あとがき■
憤怒者たちの撃退に成功し、無事、座敷童たちを保護できました。
ふたりは近くの神社に避難して、一家の帰りを待つそうです。
また、お屋敷は吹き出した井戸の水で全焼を免れました。
すぐにではありませんが、埋蔵金で立て直しできるでしょう。
MVPは座敷童たちから最良の消火方法を聞きだした人に。
なお、クリスマスツリーも無事です。
怪我をした人は養生してください。
古妖狩人たちと再び対峙する日はそう遠くありません……。
ふたりは近くの神社に避難して、一家の帰りを待つそうです。
また、お屋敷は吹き出した井戸の水で全焼を免れました。
すぐにではありませんが、埋蔵金で立て直しできるでしょう。
MVPは座敷童たちから最良の消火方法を聞きだした人に。
なお、クリスマスツリーも無事です。
怪我をした人は養生してください。
古妖狩人たちと再び対峙する日はそう遠くありません……。
