【古妖狩人】哀しみの涙が凍る雪女
●雪女と憤怒者
「……ごめんなさい」
謝罪と共に冷気を含んだ風が吹く。その風を受けて、炎に包まれた車輪の古妖が倒れ伏した。
「終わったか、涼香。さすが雪女、火の古妖相手には強いな」
戦闘が終わったのを確認して、後ろから一人の男が現れる。山歩き様にアウトドアの装備をしているがどこか似合っていない。そんなひょろっとした男だ。それを守るように数名の銃を持った者たちが付き添っている。
「はい。終わりました……」
戦いに勝ったというのに涼香と呼ばれた女――男の言葉が正しければ古妖雪女の表情は暗い。後悔と慙愧の念で唇をかみしめていた。
「これで……これで涼音には手を出さないでくれるんですね?」
「ああ、約束しよう。君の妹には手を出さない。
君が私に忠実である限り、君に対して毎日行っているコトはしないと約束しよう」
肩を抱き、舌を出しながら男は雪女に言い寄る。嫌悪と屈辱に震えながら、『古妖狩人』に一緒に捕まった妹のことを思う雪女。
(涼音、貴方さえ無事なら私は……)
妹の無事を条件に、憤怒者組織に手を貸すことを誓った雪女。その戦闘力を活かして多くの古妖を倒してきた。……その古妖たちがどうなるかは、男が詳しく教えてくれた。
それでも逆らうわけにはいかない。逆らえば唯一の家族が危険にさらされるから。
●FiVE
「憤怒者が古妖を狩っているという話をご存知ですか?」
集まった覚者を前に、久方 真由美(nCL2000003)が出迎える。人数分の粗茶とお茶請け。それが置かれたテーブルに全員が座ったことを確認し、真由美は説明を開始した。
「彼らは覚者に対する戦力として古妖を狩っています。そしてその活動が活発化しているようです」
その説明に首をかしげる覚者達。基本的に因子発現していない人は覚者に劣る。そんな彼らがいかに数に任せたとはいえ古妖を狩れるものなのか。仮に狩れたとして、それは覚者に対する戦力となりうるのか?
「戦力にならない古妖は……非人道的な実験に使用されるそうです。そして古妖の中には人質を取られ、憤怒者に協力している者もいます」
真由美から資料が渡される。そこには雪女の伝承が書かれてあった。仲睦まじい雪女姉妹の物語。
「妹を人質に取られ、姉の雪女は憤怒者に協力しています。彼女が別の古妖を狩り、その古妖を戦力にして……といった構図です」
なんて卑劣。口にこそ出さないが、真由美の声色がそう語っていた。妹がいる身として、その雪女の気持ちが痛いほどわかる。
「今から急げば、戦闘が終わった所に間に合います。数こそ多いですが戦闘で疲弊しているため、状況次第では撤退するでしょう。
目下、最大の障害は古妖の雪女になります」
妹を人質に取られている雪女は、否が応でも憤怒者に従う。最悪、自分が見捨てられるだろうこともわかっている。何とかしてやりたいのだが……。
「現状、この問題を解決する術はありません。その妹が捕らわれていると思われる場所がわかれば……。
今はこれ以上の悲劇を止めるために、よろしくお願いします」
「……ごめんなさい」
謝罪と共に冷気を含んだ風が吹く。その風を受けて、炎に包まれた車輪の古妖が倒れ伏した。
「終わったか、涼香。さすが雪女、火の古妖相手には強いな」
戦闘が終わったのを確認して、後ろから一人の男が現れる。山歩き様にアウトドアの装備をしているがどこか似合っていない。そんなひょろっとした男だ。それを守るように数名の銃を持った者たちが付き添っている。
「はい。終わりました……」
戦いに勝ったというのに涼香と呼ばれた女――男の言葉が正しければ古妖雪女の表情は暗い。後悔と慙愧の念で唇をかみしめていた。
「これで……これで涼音には手を出さないでくれるんですね?」
「ああ、約束しよう。君の妹には手を出さない。
君が私に忠実である限り、君に対して毎日行っているコトはしないと約束しよう」
肩を抱き、舌を出しながら男は雪女に言い寄る。嫌悪と屈辱に震えながら、『古妖狩人』に一緒に捕まった妹のことを思う雪女。
(涼音、貴方さえ無事なら私は……)
妹の無事を条件に、憤怒者組織に手を貸すことを誓った雪女。その戦闘力を活かして多くの古妖を倒してきた。……その古妖たちがどうなるかは、男が詳しく教えてくれた。
それでも逆らうわけにはいかない。逆らえば唯一の家族が危険にさらされるから。
●FiVE
「憤怒者が古妖を狩っているという話をご存知ですか?」
集まった覚者を前に、久方 真由美(nCL2000003)が出迎える。人数分の粗茶とお茶請け。それが置かれたテーブルに全員が座ったことを確認し、真由美は説明を開始した。
「彼らは覚者に対する戦力として古妖を狩っています。そしてその活動が活発化しているようです」
その説明に首をかしげる覚者達。基本的に因子発現していない人は覚者に劣る。そんな彼らがいかに数に任せたとはいえ古妖を狩れるものなのか。仮に狩れたとして、それは覚者に対する戦力となりうるのか?
「戦力にならない古妖は……非人道的な実験に使用されるそうです。そして古妖の中には人質を取られ、憤怒者に協力している者もいます」
真由美から資料が渡される。そこには雪女の伝承が書かれてあった。仲睦まじい雪女姉妹の物語。
「妹を人質に取られ、姉の雪女は憤怒者に協力しています。彼女が別の古妖を狩り、その古妖を戦力にして……といった構図です」
なんて卑劣。口にこそ出さないが、真由美の声色がそう語っていた。妹がいる身として、その雪女の気持ちが痛いほどわかる。
「今から急げば、戦闘が終わった所に間に合います。数こそ多いですが戦闘で疲弊しているため、状況次第では撤退するでしょう。
目下、最大の障害は古妖の雪女になります」
妹を人質に取られている雪女は、否が応でも憤怒者に従う。最悪、自分が見捨てられるだろうこともわかっている。何とかしてやりたいのだが……。
「現状、この問題を解決する術はありません。その妹が捕らわれていると思われる場所がわかれば……。
今はこれ以上の悲劇を止めるために、よろしくお願いします」
■シナリオ詳細
■成功条件
1.敵を全滅(逃亡した敵は撃退したものとみなす)させる。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
クズロール楽しい!
●敵情報
憤怒者
・赤松秀樹(×1)
『古妖狩人』の一人。研究者。四十歳前半の男性。OPで喋っていた男はこの人。
状況が不利になれば逃亡します。
攻撃方法
毒ガス 特遠列 〔毒〕〔痺れ〕〔ダメージ0〕
電磁装甲 P 体力、物防&特防UP
・狩人チーム(×10)
『古妖狩人』の戦闘部隊。全員ガスマスク付きの耐火スーツをつけています。
火車との戦いで若干疲弊しており、状況次第では退却します。
攻撃方法
ナイフ 物近単 〔出血〕
ハンドガン 物遠単 〔二連〕
防火スーツ P 〔火傷無〕〔毒無〕
古妖
・雪女(×1)
名前は涼香。白無垢の服を着ています。憤怒者に人質を取られ、覚者に応戦します。火車との戦いで若干疲弊しています。
説得は不可能です。赤松の命令で最後まで戦場に留まります。
攻撃方法
氷の吐息 特遠列 口から凍える吐息を放ちます。〔凍傷〕
氷の愛撫 特近単 凍える手で撫でてきます。〔氷結〕
氷柱舞 物近貫2 鋭い氷柱を突き刺してきます。
雪乙女 自付 冷気を身にまといます。特攻UP。
・火車(×1)
直径二メートルほどの車輪です。四肢やを明快に送る古妖と言われています。
元々車輪は火に包まれていましたが、車輪の火は消えています。戦闘不能のため、回復スキルなどで起き上がることはありません。
●場所情報
とある山の中。そこにある社付近。広さは戦闘を行うのに十分な広さ。人が来る可能性は皆無です。時刻は夕暮れ。
戦闘開始時、敵後衛に『赤松』『狩人チーム(×3)』『火車』が、敵前衛に『雪女』『狩人チーム(×7)』がいます。戦闘開始時、覚者は敵前衛から10メートル離れた距離にいます。
急いで駆けつけるため、事前付与は行えません。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年11月28日
2015年11月28日
■メイン参加者 8人■
●
人質を取り、古妖を使役する古妖狩人。そのリーダーの赤松とそれに従うしかない雪女の涼香。
その関係は、覚者の怒りをあおるのに十分だった。
「ひどいです。こんな……こんな罪のない古妖様にこんなことを……」
『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)の声は怒りに震えていた。自分とは違う存在だからという理由で、ここまで酷いことができるのか。彼らには彼らの事情はあろうが、それでもこれはあまりにも……。神具を強く握りしめ、憤怒者たちを見る。
「本当に、憤怒者共はろくなことをしない……!」
双剣を構えて『レヴナント』是枝 真(CL2001105)は歩を進める。殺気を隠すつもりはない。殺気を隠す理由はない。理不尽な理由で家族を殺した憤怒者。彼らはその憤怒者と同じだ。力の有無を理由に非道を正当化する。
「見下げ果てたクズどもだわ」
たおやかに笑みを浮かべて春野 桜(CL2000257)がナイフ形の神具を手にする。その瞳に雪女は入っていない。同情はするが、彼女には用はない。目の前のクズ共を見つめる。許さない。彼らがいること自体が許されない。
「こういう人を見ていると、せめて手段は選べる人間でありたいと思いますね」
冷静さを保とうと努めながら『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は肩をすくめる。人質を使っての行動の強要。他人が行っているのを見て、その非道が目に見える。マスクで顔を隠しながら、戦場を見た。ともあれやるべきことを。
「古妖を陥れ女を食い物にし。そこまで来ると、逆に清々しいな」
『星狩り』一色・満月(CL2000044)はその渾名のとおり、七星剣を狩ることに執着する覚者だ。だが七星剣以外にも許せない存在はいるようだ。抜き放った刀に炎を乗せて、強い戦意を込めて憤怒者たちを睨む。許すつもりは毛頭ない。
「胸糞悪ィ。聞いてるだけで反吐がでる」
右手に皮手袋を嵌めながら『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は奥歯をかみしめる。誘輔にも妹がいる。だからこそ雪女の気持ちは理解できる。そんな彼女を救うために弾の中で言葉を組み立てる。今は届かずとも、その布石は。
「耐火スーツ? 加減しなくていいってことだよな!」
ギター型の神具を肩にかけて『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)は笑みを浮かべる。覚者とそうでない人間の共存。FiVEのその目標に共感したヤマトだが、この憤怒者の所業は許せない。ここで懲らしめてるのが自分の正義だ。
(古き友を玩具にするというのであれば)
言葉なく十一 零(CL2000001)は決意を固める。普段はどこか眠っているような零だが、今は覚醒していることもありその意識ははっきりしている。やるべきことはわかっている。友人である古妖を助ける為に、やらなければならないことは。
「覚者か……! 古妖との戦いで疲弊したところを襲ってくるとは卑劣だな!」
赤松が罵るように覚者達に言う。どの口がそれを言うのか、という覚者の怒りを受け流し、憤怒者たちに指示を出す。その命令に従い、耐火スーツに身を纏った憤怒者たちは武装を構える。そして雪女も――
「貴方達に恨みはありませんが……」
戦場の温度が下がる。涙を流さぬ雪女。この冷風は彼女の悲しみの風か。
古妖を救う者と古妖を狩る者。両者は低温の風の中、ぶつかり合う。
●
「行きます」
短く告げて真が戦場を走る。早く斬る事だけに特化した二本の剣。それを手にして憤怒者たちの群れに飛び込んだ。敵の位置を刹那で把握し、剣の軌跡を思い浮かべる。憤怒者たちを傷つけ、雪女を避ける軌跡を。
右の剣を振るったその後に左の剣を振るう。その後に相手のナイフを払いつつ回転するようにして、剣を振るう。剣の舞は止まらない。その原動力は憤怒者に対する怒り。多くの憤怒者を殺せる。その思いが真を動かす。
「貴方達を許しはしません」
「随分と、舐めたマネしてくれんじゃねェか!」
刀を握りしめ、怒りの声をあげる満月。姉妹の絆を鎖にして隷属させる。古妖だろうが憤怒者だろうが関係ない。その高笑いを止めてやる。怒りの沸点は低いと満月自身自覚していたが、激昂するとは自分でも驚いていた。
真が剣舞なら満月は一閃。深く精神を集中させて、刀の間合い内に憤怒者たちが集まるのを待つ。その時が来れば足を踏み出し、刀を振るう。足から大地の力を伝達させ、刀に伝えるイメージ。閃光の如き横なぎの一撃が、憤怒者たちの胴を裂く。
「救いようが無いクズは七星剣以外にも存在しているらしいな」
「彼女も色々とされてそうね……それこそ妹さんの分までも」
ちらりと雪女の方を見て、桜が呟く。赤松を始めとした憤怒者たちが、具体的に雪女に何をしたのかはわからない。だが、それが真っ当な事でないことはわかる。クズ達が考えることは理解できる。自分も同じことをされたから。
憤怒者の方を見る。人間以下の何かを見る冷たい瞳。その視線に呪いを込めて、木の源素を使って生み出した毒をその体内に流し込む。クズは死ね、苦しんで死ね。じわじわと浸食する毒。それに苦しむ憤怒者を見て、桜は笑みを浮かべる。
「苦しい? ねえ苦しい? 毒と出血にのた打ち回って死んで頂戴」
「行くぜレイジングブル! 目にもの見せてやる!」
ギター型の神具『レイジング・ブル』をかき鳴らし、ヤマトが敵前に躍り出る。憤怒者の行く手を塞ぎながら、足を半歩前に出して後ろ脚に体重をかける。敵の攻撃を足で弾く足技で行う格闘技の構え。その構えのまま、ヤマトは弦を弾く。
勢いよくギターをかき鳴らし、音が走ると同時に緋が地面を走る。地面を走る緋の線は爆ぜるように真上に吹きあがり、憤怒者を焼いていく。火が服に燃え移ることはないが、炎の勢いは確実に憤怒者達の体力を奪っていく。
「今までやったことの百分の一でも覚えてけ!」
「貴方達には道徳というものがないのですか? 古妖様を何だと……」
手にした本を開き、アニスが静かに憤怒者に問いかける。怒声ではなく、糾弾ではなく、ただ問いかける。同じ人間としてなぜそのようなことができるのか。覚者に対する怒りはそこまで人を歪ませるのか。怒りと、そして悲しさを込めた問いかけ。
憤る心を相手にたたきつけることなく、アニスは術式に集中する。彼女の周りを飛び交う光はまるで蝶のよう。回転する札の様に癒しの水が飛び交い、霧となって周りに散布される。仲間の傷に水気が触れ、その傷を癒していく。
「力がないというだけで……憎いというだけでこんなことができるのですか?」
「人間なんざ、そんなもんだ。だがまあこれは」
記者として人の汚い部分を見てきた誘輔は、赤松のような人間も見てきた。だが慣れることはない。こういった人間を見て思うことはいつだって胸糞悪いの一言だ。神具を持つ手に力がこもる。
雪女の前に立ち、付喪の因子を活性化させる。物理的な防御力と、防寒的な防御。雪女に相対するために防御を固める誘輔。それは雪女を倒すためではない。雪女と話をするための準備だ。救うことはできないけど、話をすることに意味はあると信じて。
「まったく、ガラじゃねえ」
「いまは、まだ」
敵に聞こえないほど静かに零が言葉を放つ。今はまだ、この雪女を救えない。だけど救うための行動はできる。否、ここで動かなくては何も救えない。そのための機会を待つために、静かに機会をうかがう。状況が動くまで、静かに。
全員の動きを見てから、零はそれに合わせるように動く。霧を放って相手の動きを制限し、相手の攻撃に対するカウンターの構えを取って自分を狙う必要性を減らしたり。今、注目されるわけにはいかない。怒りを胸に閉じ込め、憤怒者を睨む。
(赤松……動くならあれが最初)
「無理矢理従わされてる方も覚者でない方も、傷付けるのは不本意なのですけどね」
脚部に融合した大きな斧を威嚇するように見せながら有為が言う。この一言で相手が撤退してくれればうれしいのだが、流石にそうはいかない。彼らには彼らの理由があるのだろう。憤怒者は覚者に対する怒りが。雪女は妹への愛が。
その体内で源素の炎を燃やして身体能力を増し、戦場を駆ける有為。疾駆しながら踊るように脚部についた大型の斧を振るう。吹き荒れるは暴風。高重量の刃が荒れ狂い、逃げ遅れた憤怒者たちと雪女はその服を紅に染める。
(……、信じたモノは、何だったろう)
自問しても答えはない。それは自ら掴むものだから。
「涼香、手を抜くなよ! 逆らえば妹がどうなるか――」
赤松は毒ガスを撒きながら、後ろで叫んでいる。その足先は覚者の方ではなく、少しずつ後ろに向きつつあった。
●
能力的に憤怒者は覚者に劣る。故に数と装備でその差を埋めるのが彼らの基本だ。前衛の壁を突破した憤怒者がその後ろの者たちに向かう。彼らのナイフとハンドガンが覚者に向けられ、容赦なく傷つけていく。
「あはははははは」
「……っ! まだ……です!」
後ろから支援をしていた桜とアニスがナイフを受けて命数を削る。
「まだ燃え足りないぜ!」
「憤怒者共……!」
「流石に数で攻められるとつらいですね」
ヤマトと真と有為も、猛攻を前に命数を燃やすことになった。
だが憤怒者の基本戦略は数で押すことである。覚者の攻撃の前に憤怒者が力尽きていけば、その脅威も少しずつ減っていく。
そう。数が減り続けていれば。
「……私に同情しているのですか?」
無傷の雪女が覚者達に向かい問いかける。
覚者は雪女に積極的に攻撃を仕掛けなかった。攻撃するフリをする者もいたが、雪女が受けた傷を見れば。それが演技であることは明白だ。
『……俺にも妹がいる。だからアンタの気持ちはわからないでもねえ』
誘輔は他人に聞こえないように心の声を雪女に送っていた。一緒に攻撃もできればよかったのだが、同時に二つのことはできない。どちらを優先するかと言われれば――心情的に雪女に語り掛けたかった。
『アイツがアンタの妹と同じ立場で俺がアンタと同じ立場なら、きっとおんなじことをした。信頼しろとは言わねえ信用してほしい。
アンタの妹の監禁場所を教えてくれ。絶対に助けにいく』
「……なに、それ」
心の声を返す術のない雪女は、誘輔の言葉に拳を握って言葉を返す。
「雪女さん……必ず、必ずお助けいたします。私はあなたを助けたい」
真っ直ぐなアニスの言葉。その言葉に嘘はないのだろう。覚者達が本気で自分たちを助けたがっていることは雪女も理解できる。だが、
「妹を助ける方法は……アイツに従うことなのよ」
告げられた言葉は拒絶。赤松に逆らえば妹が危険にさらされる。そして彼らは赤松の敵だ。ならばどれだけ彼らが優しくても、それに縋るわけにはいかないのだ。
なぜなら、現状覚者に妹を救う術はないのだから。
故に彼女は氷を放つ。自分を押さえている誘輔を凍らせ、吹雪の息で前衛の足を止め。
「……やっぱ、止まってはくれないか」
「この程度、彼女が受けた心に傷に比べればどうということはない」
誘輔と満月が雪女の氷で命数を失うほどの傷を受ける。本来後衛向きの雪女とはいえ、誘輔一人で押さえるのはやはり難しかったようだ。
「貴方達の拠点の場所、そしてそこで何をしていたか。教えていただけますか?」
真はあえて戦闘中に倒れている憤怒者に語り掛ける。その心を読み、情報を仕入れるために。拠点で赤松が雪女に行っていた『実験』の内容を知り、怒りの色を濃くする真。憤怒者の頭を蹴って、気を失わせる。
「赤松、貴様等の黒幕の名前は? 雪女の妹の現在位置と安否は? 非人道的な実験の目的とは? ああ、喋らなくていいぞ、心に聞いているんだ」
『やばいやばいやばい。こちらまで攻めてきた! 早く戻って来い涼香。くそ覚者目こちらに来るんじゃない!』
満月は赤松に問いかけながら心を読もうとしたが、倒れている憤怒者と違いパニックを起こしているため、まともな情報は得られなかった。
雪女の抵抗は激しいが、覚者達の攻撃は少しずつ憤怒者を駆逐していく。
「逃げるんじゃねぇ!」
ヤマトが逃げる赤松の背中を見ながら叫ぶ。逃亡を止める手段はない。そのまま背中を見送るに留まった。
数名の憤怒者を逃がすも、戦場には雪女だけ。如何に古妖とはいえ、七名の覚者の攻撃に長く耐えられるものではない。
「七人?」
「あれ? 十一さんは何処に!?」
気が付くと零は戦場から消えていた。初めから気配を絶っており、音もなく消え去っていたため誰もいなくなったことに気づかなかったようだ。
最後まで戦場に留まった雪女の攻めに、桜とアニスと有為が力尽きる。だが覚者を全滅させるには至らなかった。
「今はこういう方法でしかあんたを止めることはできないけど」
ヤマトが雪女に語り掛けながらギターの弦を弾く。音が鳴り響いたかと思うと、雪女を包むように炎の蛇が走る。その熱が雪女の体力を奪っていく。
「信じてもらえなくても、あんたの妹は助けてやる」
炎が雪女を包み込む。糸が切れるように、雪女は地に伏した。
●
覚者達は憤怒者六名と雪女そして憤怒者たちが捕らえようとしていた火車を確保できた。赤松と他の憤怒者は逃がしてしまったが、戦果としては悪くないだろう。
最も、覚者のダメージはかなり深い。敵を攻めるよりも、雪女に語り掛けることと救おうとするを重視した結果だ。
「……ふふ、涼音……ごめんなさい……」
呆然自失になる雪女。おそらく自分は見擦れられた。そうなれば妹に手を出さない理由はないだろう。そしてそれを止める手段は彼女には何もないのだ。
「お心を強く持ってください。もう少しだけ……我慢をしていてください」
そんな雪女に声をかけるアニス。震える白い手を取り、優しく握りしめた。
「人間は悪い奴もいる、けどそればかりでは無い。だから、人間全てを嫌いにならないでくれ。すまなかったな……絶対、助けると誓おう」
「アンタもアンタの妹も俺達が助ける。約束するよ」
満月と誘輔は雪女に約束する。個人的な感情を抜きにしても、憤怒者が今日の力を得て強化されるのは見過ごせない。
「さて、いろいろ聞かせてもらいましょう。まずは貴方達のアジトです」
「教えるなら身の安全と人道的に扱うのは保証する」
有為とヤマトが憤怒者に詰め寄ると、あっさりと憤怒者たちは口を割った。
曰く、赤松は『中継点』と呼ばれる狩人の拠点で古妖の研究を行っていること。
曰く、古妖狩人の本拠地が存在し、そこから命令が来ていること。
曰く、その『本拠地』の場所は自分たちは知らないこと。
「リスクマネジメントがしっかりしていますね」
有為は憤怒者の話を聞いて、唸りをあげる。心を読んでもこれ以上の情報は手に入らないだろう。実働部隊は捕まることを前提に、本拠地の場所は徹底して教えられなかったのだ。おそらくは、赤松さえも。
「ふうん、これでおしまいなの? もういいよね」
「ええ。心を読んで偽りがないことはわかっています。もう価値はありません」
桜と真が覚醒状態のまま、憤怒者に近づく。桜は冷たい目で憤怒者を見ながら、真は復讐の炎を携え睨みながら、憤怒者に向かい神具を振るい――
「やめろ!」
「無駄に殺すのはいかんよ」
その神具をヤマトと満月が止める。
真とは無言で覚醒状態を解き、桜は不思議そうな目で二人を見た。
「どうしてとめるの? こいつらはごみくずでごみはきちんとそうじしないといけないわあのひとがかえってくるまえにみなごろしにしないと」
言って壊れたように笑う桜。口こそ開かないが、桜の言葉に反論を示さない真。強い復讐の念。それに言葉を挟めるものはなかった。
覚者と憤怒者の壁は深い。覚者が現れ、四半世紀経った今でもなお。
さて戦闘中にいなくなった零だが、
(――あれが古妖狩人の車)
赤松が逃げると同時に戦線を離脱し、林の中を回りこんで一人赤松を追いかけていた。
『……だ! 涼音……妹の方を……洗脳装置に……!』
車の運転手に向けて何かを叫んでいる。そして赤松が車に乗り込んだのを確認し、零はその車を追おうと走り出る。車の屋根にでも張り付いて本拠地を探れば――
「おい! あいつはさっき戦ってた覚者じゃないか!」
背後から聞こえる声。赤松の後に逃げた憤怒者に見つかったようだ。完全に不意を突かれた零は、反応できずに銃弾をその身に受ける。慌てて藪の中に身を隠すが、傷は楽観できるものではない。そのまま倒れこんでしまう。
「今トドメをさしてやる!」
「おい、早く車に乗らないと置いていかれるぞ。 赤松さん、かんしゃく起こしてるから本当に捨てられるぜ」
「……ちっ!」
遠ざかる靴音。それを聞きながら零の意識は闇に沈んでいく……。
覚者が零を見つけたのは、それから数時間後のことだった。
その後、火車は感謝の言葉を覚者達に告げ、去っていく。
雪女は一旦FiVEで預かることになった。戦闘のダメージよりも、妹のことで精神的に耐えきれずに伏しているため、一時的なケアも含めてである。
覚者が憤怒者から聞き出した情報から、古妖狩人の拠点の場所はすぐに特定できた。おそらく赤松もそこにいるのだろう。そして雪女の妹も。
憤怒者組織『古妖狩人』。
その心臓へのチェックメイトは、一手ずつ近づいていく。
人質を取り、古妖を使役する古妖狩人。そのリーダーの赤松とそれに従うしかない雪女の涼香。
その関係は、覚者の怒りをあおるのに十分だった。
「ひどいです。こんな……こんな罪のない古妖様にこんなことを……」
『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)の声は怒りに震えていた。自分とは違う存在だからという理由で、ここまで酷いことができるのか。彼らには彼らの事情はあろうが、それでもこれはあまりにも……。神具を強く握りしめ、憤怒者たちを見る。
「本当に、憤怒者共はろくなことをしない……!」
双剣を構えて『レヴナント』是枝 真(CL2001105)は歩を進める。殺気を隠すつもりはない。殺気を隠す理由はない。理不尽な理由で家族を殺した憤怒者。彼らはその憤怒者と同じだ。力の有無を理由に非道を正当化する。
「見下げ果てたクズどもだわ」
たおやかに笑みを浮かべて春野 桜(CL2000257)がナイフ形の神具を手にする。その瞳に雪女は入っていない。同情はするが、彼女には用はない。目の前のクズ共を見つめる。許さない。彼らがいること自体が許されない。
「こういう人を見ていると、せめて手段は選べる人間でありたいと思いますね」
冷静さを保とうと努めながら『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は肩をすくめる。人質を使っての行動の強要。他人が行っているのを見て、その非道が目に見える。マスクで顔を隠しながら、戦場を見た。ともあれやるべきことを。
「古妖を陥れ女を食い物にし。そこまで来ると、逆に清々しいな」
『星狩り』一色・満月(CL2000044)はその渾名のとおり、七星剣を狩ることに執着する覚者だ。だが七星剣以外にも許せない存在はいるようだ。抜き放った刀に炎を乗せて、強い戦意を込めて憤怒者たちを睨む。許すつもりは毛頭ない。
「胸糞悪ィ。聞いてるだけで反吐がでる」
右手に皮手袋を嵌めながら『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は奥歯をかみしめる。誘輔にも妹がいる。だからこそ雪女の気持ちは理解できる。そんな彼女を救うために弾の中で言葉を組み立てる。今は届かずとも、その布石は。
「耐火スーツ? 加減しなくていいってことだよな!」
ギター型の神具を肩にかけて『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)は笑みを浮かべる。覚者とそうでない人間の共存。FiVEのその目標に共感したヤマトだが、この憤怒者の所業は許せない。ここで懲らしめてるのが自分の正義だ。
(古き友を玩具にするというのであれば)
言葉なく十一 零(CL2000001)は決意を固める。普段はどこか眠っているような零だが、今は覚醒していることもありその意識ははっきりしている。やるべきことはわかっている。友人である古妖を助ける為に、やらなければならないことは。
「覚者か……! 古妖との戦いで疲弊したところを襲ってくるとは卑劣だな!」
赤松が罵るように覚者達に言う。どの口がそれを言うのか、という覚者の怒りを受け流し、憤怒者たちに指示を出す。その命令に従い、耐火スーツに身を纏った憤怒者たちは武装を構える。そして雪女も――
「貴方達に恨みはありませんが……」
戦場の温度が下がる。涙を流さぬ雪女。この冷風は彼女の悲しみの風か。
古妖を救う者と古妖を狩る者。両者は低温の風の中、ぶつかり合う。
●
「行きます」
短く告げて真が戦場を走る。早く斬る事だけに特化した二本の剣。それを手にして憤怒者たちの群れに飛び込んだ。敵の位置を刹那で把握し、剣の軌跡を思い浮かべる。憤怒者たちを傷つけ、雪女を避ける軌跡を。
右の剣を振るったその後に左の剣を振るう。その後に相手のナイフを払いつつ回転するようにして、剣を振るう。剣の舞は止まらない。その原動力は憤怒者に対する怒り。多くの憤怒者を殺せる。その思いが真を動かす。
「貴方達を許しはしません」
「随分と、舐めたマネしてくれんじゃねェか!」
刀を握りしめ、怒りの声をあげる満月。姉妹の絆を鎖にして隷属させる。古妖だろうが憤怒者だろうが関係ない。その高笑いを止めてやる。怒りの沸点は低いと満月自身自覚していたが、激昂するとは自分でも驚いていた。
真が剣舞なら満月は一閃。深く精神を集中させて、刀の間合い内に憤怒者たちが集まるのを待つ。その時が来れば足を踏み出し、刀を振るう。足から大地の力を伝達させ、刀に伝えるイメージ。閃光の如き横なぎの一撃が、憤怒者たちの胴を裂く。
「救いようが無いクズは七星剣以外にも存在しているらしいな」
「彼女も色々とされてそうね……それこそ妹さんの分までも」
ちらりと雪女の方を見て、桜が呟く。赤松を始めとした憤怒者たちが、具体的に雪女に何をしたのかはわからない。だが、それが真っ当な事でないことはわかる。クズ達が考えることは理解できる。自分も同じことをされたから。
憤怒者の方を見る。人間以下の何かを見る冷たい瞳。その視線に呪いを込めて、木の源素を使って生み出した毒をその体内に流し込む。クズは死ね、苦しんで死ね。じわじわと浸食する毒。それに苦しむ憤怒者を見て、桜は笑みを浮かべる。
「苦しい? ねえ苦しい? 毒と出血にのた打ち回って死んで頂戴」
「行くぜレイジングブル! 目にもの見せてやる!」
ギター型の神具『レイジング・ブル』をかき鳴らし、ヤマトが敵前に躍り出る。憤怒者の行く手を塞ぎながら、足を半歩前に出して後ろ脚に体重をかける。敵の攻撃を足で弾く足技で行う格闘技の構え。その構えのまま、ヤマトは弦を弾く。
勢いよくギターをかき鳴らし、音が走ると同時に緋が地面を走る。地面を走る緋の線は爆ぜるように真上に吹きあがり、憤怒者を焼いていく。火が服に燃え移ることはないが、炎の勢いは確実に憤怒者達の体力を奪っていく。
「今までやったことの百分の一でも覚えてけ!」
「貴方達には道徳というものがないのですか? 古妖様を何だと……」
手にした本を開き、アニスが静かに憤怒者に問いかける。怒声ではなく、糾弾ではなく、ただ問いかける。同じ人間としてなぜそのようなことができるのか。覚者に対する怒りはそこまで人を歪ませるのか。怒りと、そして悲しさを込めた問いかけ。
憤る心を相手にたたきつけることなく、アニスは術式に集中する。彼女の周りを飛び交う光はまるで蝶のよう。回転する札の様に癒しの水が飛び交い、霧となって周りに散布される。仲間の傷に水気が触れ、その傷を癒していく。
「力がないというだけで……憎いというだけでこんなことができるのですか?」
「人間なんざ、そんなもんだ。だがまあこれは」
記者として人の汚い部分を見てきた誘輔は、赤松のような人間も見てきた。だが慣れることはない。こういった人間を見て思うことはいつだって胸糞悪いの一言だ。神具を持つ手に力がこもる。
雪女の前に立ち、付喪の因子を活性化させる。物理的な防御力と、防寒的な防御。雪女に相対するために防御を固める誘輔。それは雪女を倒すためではない。雪女と話をするための準備だ。救うことはできないけど、話をすることに意味はあると信じて。
「まったく、ガラじゃねえ」
「いまは、まだ」
敵に聞こえないほど静かに零が言葉を放つ。今はまだ、この雪女を救えない。だけど救うための行動はできる。否、ここで動かなくては何も救えない。そのための機会を待つために、静かに機会をうかがう。状況が動くまで、静かに。
全員の動きを見てから、零はそれに合わせるように動く。霧を放って相手の動きを制限し、相手の攻撃に対するカウンターの構えを取って自分を狙う必要性を減らしたり。今、注目されるわけにはいかない。怒りを胸に閉じ込め、憤怒者を睨む。
(赤松……動くならあれが最初)
「無理矢理従わされてる方も覚者でない方も、傷付けるのは不本意なのですけどね」
脚部に融合した大きな斧を威嚇するように見せながら有為が言う。この一言で相手が撤退してくれればうれしいのだが、流石にそうはいかない。彼らには彼らの理由があるのだろう。憤怒者は覚者に対する怒りが。雪女は妹への愛が。
その体内で源素の炎を燃やして身体能力を増し、戦場を駆ける有為。疾駆しながら踊るように脚部についた大型の斧を振るう。吹き荒れるは暴風。高重量の刃が荒れ狂い、逃げ遅れた憤怒者たちと雪女はその服を紅に染める。
(……、信じたモノは、何だったろう)
自問しても答えはない。それは自ら掴むものだから。
「涼香、手を抜くなよ! 逆らえば妹がどうなるか――」
赤松は毒ガスを撒きながら、後ろで叫んでいる。その足先は覚者の方ではなく、少しずつ後ろに向きつつあった。
●
能力的に憤怒者は覚者に劣る。故に数と装備でその差を埋めるのが彼らの基本だ。前衛の壁を突破した憤怒者がその後ろの者たちに向かう。彼らのナイフとハンドガンが覚者に向けられ、容赦なく傷つけていく。
「あはははははは」
「……っ! まだ……です!」
後ろから支援をしていた桜とアニスがナイフを受けて命数を削る。
「まだ燃え足りないぜ!」
「憤怒者共……!」
「流石に数で攻められるとつらいですね」
ヤマトと真と有為も、猛攻を前に命数を燃やすことになった。
だが憤怒者の基本戦略は数で押すことである。覚者の攻撃の前に憤怒者が力尽きていけば、その脅威も少しずつ減っていく。
そう。数が減り続けていれば。
「……私に同情しているのですか?」
無傷の雪女が覚者達に向かい問いかける。
覚者は雪女に積極的に攻撃を仕掛けなかった。攻撃するフリをする者もいたが、雪女が受けた傷を見れば。それが演技であることは明白だ。
『……俺にも妹がいる。だからアンタの気持ちはわからないでもねえ』
誘輔は他人に聞こえないように心の声を雪女に送っていた。一緒に攻撃もできればよかったのだが、同時に二つのことはできない。どちらを優先するかと言われれば――心情的に雪女に語り掛けたかった。
『アイツがアンタの妹と同じ立場で俺がアンタと同じ立場なら、きっとおんなじことをした。信頼しろとは言わねえ信用してほしい。
アンタの妹の監禁場所を教えてくれ。絶対に助けにいく』
「……なに、それ」
心の声を返す術のない雪女は、誘輔の言葉に拳を握って言葉を返す。
「雪女さん……必ず、必ずお助けいたします。私はあなたを助けたい」
真っ直ぐなアニスの言葉。その言葉に嘘はないのだろう。覚者達が本気で自分たちを助けたがっていることは雪女も理解できる。だが、
「妹を助ける方法は……アイツに従うことなのよ」
告げられた言葉は拒絶。赤松に逆らえば妹が危険にさらされる。そして彼らは赤松の敵だ。ならばどれだけ彼らが優しくても、それに縋るわけにはいかないのだ。
なぜなら、現状覚者に妹を救う術はないのだから。
故に彼女は氷を放つ。自分を押さえている誘輔を凍らせ、吹雪の息で前衛の足を止め。
「……やっぱ、止まってはくれないか」
「この程度、彼女が受けた心に傷に比べればどうということはない」
誘輔と満月が雪女の氷で命数を失うほどの傷を受ける。本来後衛向きの雪女とはいえ、誘輔一人で押さえるのはやはり難しかったようだ。
「貴方達の拠点の場所、そしてそこで何をしていたか。教えていただけますか?」
真はあえて戦闘中に倒れている憤怒者に語り掛ける。その心を読み、情報を仕入れるために。拠点で赤松が雪女に行っていた『実験』の内容を知り、怒りの色を濃くする真。憤怒者の頭を蹴って、気を失わせる。
「赤松、貴様等の黒幕の名前は? 雪女の妹の現在位置と安否は? 非人道的な実験の目的とは? ああ、喋らなくていいぞ、心に聞いているんだ」
『やばいやばいやばい。こちらまで攻めてきた! 早く戻って来い涼香。くそ覚者目こちらに来るんじゃない!』
満月は赤松に問いかけながら心を読もうとしたが、倒れている憤怒者と違いパニックを起こしているため、まともな情報は得られなかった。
雪女の抵抗は激しいが、覚者達の攻撃は少しずつ憤怒者を駆逐していく。
「逃げるんじゃねぇ!」
ヤマトが逃げる赤松の背中を見ながら叫ぶ。逃亡を止める手段はない。そのまま背中を見送るに留まった。
数名の憤怒者を逃がすも、戦場には雪女だけ。如何に古妖とはいえ、七名の覚者の攻撃に長く耐えられるものではない。
「七人?」
「あれ? 十一さんは何処に!?」
気が付くと零は戦場から消えていた。初めから気配を絶っており、音もなく消え去っていたため誰もいなくなったことに気づかなかったようだ。
最後まで戦場に留まった雪女の攻めに、桜とアニスと有為が力尽きる。だが覚者を全滅させるには至らなかった。
「今はこういう方法でしかあんたを止めることはできないけど」
ヤマトが雪女に語り掛けながらギターの弦を弾く。音が鳴り響いたかと思うと、雪女を包むように炎の蛇が走る。その熱が雪女の体力を奪っていく。
「信じてもらえなくても、あんたの妹は助けてやる」
炎が雪女を包み込む。糸が切れるように、雪女は地に伏した。
●
覚者達は憤怒者六名と雪女そして憤怒者たちが捕らえようとしていた火車を確保できた。赤松と他の憤怒者は逃がしてしまったが、戦果としては悪くないだろう。
最も、覚者のダメージはかなり深い。敵を攻めるよりも、雪女に語り掛けることと救おうとするを重視した結果だ。
「……ふふ、涼音……ごめんなさい……」
呆然自失になる雪女。おそらく自分は見擦れられた。そうなれば妹に手を出さない理由はないだろう。そしてそれを止める手段は彼女には何もないのだ。
「お心を強く持ってください。もう少しだけ……我慢をしていてください」
そんな雪女に声をかけるアニス。震える白い手を取り、優しく握りしめた。
「人間は悪い奴もいる、けどそればかりでは無い。だから、人間全てを嫌いにならないでくれ。すまなかったな……絶対、助けると誓おう」
「アンタもアンタの妹も俺達が助ける。約束するよ」
満月と誘輔は雪女に約束する。個人的な感情を抜きにしても、憤怒者が今日の力を得て強化されるのは見過ごせない。
「さて、いろいろ聞かせてもらいましょう。まずは貴方達のアジトです」
「教えるなら身の安全と人道的に扱うのは保証する」
有為とヤマトが憤怒者に詰め寄ると、あっさりと憤怒者たちは口を割った。
曰く、赤松は『中継点』と呼ばれる狩人の拠点で古妖の研究を行っていること。
曰く、古妖狩人の本拠地が存在し、そこから命令が来ていること。
曰く、その『本拠地』の場所は自分たちは知らないこと。
「リスクマネジメントがしっかりしていますね」
有為は憤怒者の話を聞いて、唸りをあげる。心を読んでもこれ以上の情報は手に入らないだろう。実働部隊は捕まることを前提に、本拠地の場所は徹底して教えられなかったのだ。おそらくは、赤松さえも。
「ふうん、これでおしまいなの? もういいよね」
「ええ。心を読んで偽りがないことはわかっています。もう価値はありません」
桜と真が覚醒状態のまま、憤怒者に近づく。桜は冷たい目で憤怒者を見ながら、真は復讐の炎を携え睨みながら、憤怒者に向かい神具を振るい――
「やめろ!」
「無駄に殺すのはいかんよ」
その神具をヤマトと満月が止める。
真とは無言で覚醒状態を解き、桜は不思議そうな目で二人を見た。
「どうしてとめるの? こいつらはごみくずでごみはきちんとそうじしないといけないわあのひとがかえってくるまえにみなごろしにしないと」
言って壊れたように笑う桜。口こそ開かないが、桜の言葉に反論を示さない真。強い復讐の念。それに言葉を挟めるものはなかった。
覚者と憤怒者の壁は深い。覚者が現れ、四半世紀経った今でもなお。
さて戦闘中にいなくなった零だが、
(――あれが古妖狩人の車)
赤松が逃げると同時に戦線を離脱し、林の中を回りこんで一人赤松を追いかけていた。
『……だ! 涼音……妹の方を……洗脳装置に……!』
車の運転手に向けて何かを叫んでいる。そして赤松が車に乗り込んだのを確認し、零はその車を追おうと走り出る。車の屋根にでも張り付いて本拠地を探れば――
「おい! あいつはさっき戦ってた覚者じゃないか!」
背後から聞こえる声。赤松の後に逃げた憤怒者に見つかったようだ。完全に不意を突かれた零は、反応できずに銃弾をその身に受ける。慌てて藪の中に身を隠すが、傷は楽観できるものではない。そのまま倒れこんでしまう。
「今トドメをさしてやる!」
「おい、早く車に乗らないと置いていかれるぞ。 赤松さん、かんしゃく起こしてるから本当に捨てられるぜ」
「……ちっ!」
遠ざかる靴音。それを聞きながら零の意識は闇に沈んでいく……。
覚者が零を見つけたのは、それから数時間後のことだった。
その後、火車は感謝の言葉を覚者達に告げ、去っていく。
雪女は一旦FiVEで預かることになった。戦闘のダメージよりも、妹のことで精神的に耐えきれずに伏しているため、一時的なケアも含めてである。
覚者が憤怒者から聞き出した情報から、古妖狩人の拠点の場所はすぐに特定できた。おそらく赤松もそこにいるのだろう。そして雪女の妹も。
憤怒者組織『古妖狩人』。
その心臓へのチェックメイトは、一手ずつ近づいていく。

■あとがき■
どくどくです。
クズ生き残ったー。
雪女が何をされていたかは、御想像にお任せします。
後半戦はすぐに出しますので、しばしのお待ちを。
それではまた、五麟市で。
クズ生き残ったー。
雪女が何をされていたかは、御想像にお任せします。
後半戦はすぐに出しますので、しばしのお待ちを。
それではまた、五麟市で。








