<黎明>ノーフェイス
<黎明>ノーフェイス



 死ねしねシネ。
 三度重ねて吐き捨てた。
 一度はそれで踵を返したものの、どうにも気が収まらず、また床に倒れた男のそばに戻った。
「死ね!」
 どれだけ吐き出しても怒りは消えてなくなることはなく、どす黒い嫉妬と相まって、じりじりと胸の底を焼き焦がしている。
 もういい。
 うんざりだ。
 いますぐこいつにトドメを刺して、はぎ取った面も壊してしまおうか。

 ――否。

 あのコが俺の心を砕いたように、あのコの目の前でこの男の面を砕いてやろう。
 あのコが惚れているといったこの男を、あのコの目の前で殺してやるのだ。
 


「ごめんなさい。約束はできないわ。でも……助けられるのなら、全力を尽くして助けてくれるはずよ」
 会議室のドアが開く音で、久方真由美(nCL2000003)は振り返った。
「……あ、じゃあ、説明は私からしておくから。そこでみんなが来るのを待っていてね」
 真由美は古風な黒電話に受話器を戻すと、室内に入ってきた覚者たちに椅子を勧めた。
 全員が着席するまで待って、左上をホッチキスで止めた資料を配り歩く。
「国枝 香保留という青年が古妖に捕まってしまいました。黎明の椿 奈央さんと協力して古妖を撃退し、可能であれば香保留くんも助けてあげてください」
 真由美は事の発端から説明を始めた。


 自分たち黎明はどうも信用されていないようだ。
 ならば、人に害をなす妖を退治することで、志を同じくする仲間と認めてもらおう。
 そう考えた奈央は、恋人の香保留とファイブの活動を独自に手伝うことにしたらしい。
「奈央さんが目をつけたのがノーフェイスと呼ばれる古妖なの」
 ノーフェイスとは。
 姿は人そのもの。ただし、顔がつるんとしており、目、鼻、口がない。
 特徴だけを見ると古妖の『のっぺらぼう』と同じなのだが、ノーフェイスは『のっぺらぼう』とは似て非なるものだ。狐や狸が人を驚かせるために化けているのではなく、根深い恨みや嫉妬、欲望を抱えたまま死んだ人間が成ったものだと言われている。
 ノーフェイスは『のっぺらぼう』と違って人を殺す。
 殺した人の顔をはぎ取って面にし、顔につけてその人になりすます。
 それゆえ、善良な古妖と区別するために近年になって横文字も認識名がつけられている。
 江戸の初期から存在していたらしいが、どういうわけ最近になって活動が活発になっていた。
 いままで誰も退治できなかったのは、ノーフェイスが妖気を押さえる術に特別長けていたからだ。人社会にまぎれて大人しく暮らしている分には、覚者ですら存在に気づきにくいらしい。
「顔をはぎ取られた人はすべて殺害されています。きちんと確認が取れているだけでもここ五年で八名が犠牲になっています。奈央さんの話では、今回はじめて生きた人、香保留くんから顔を取ったみたいね」
 この古妖は追手が迫っていることを知ると、また人を殺して新しい顔を手に入れ、逃げる……を繰り返している。逃亡を手助けしているらしき人物、または組織があるのではないかという疑いがあるらしいが、物証はなく、現時点では推測に過ぎない。
「香保留くんを捉えているノーフェイスは現在、あるアパレルメーカーの倉庫にいます」
 奈央はノーフェイスが香保留の顔をはぎ取っている隙に逃げだしてきたのだという。
 卓の一角で手が上がった。
 どうやって奈央はノーフェイスを見つけ出したのか、という質問が出る。
「それが……」
 真由美は眉を曇らせた。
「ノーフェイスの居場所や覚者である奈央さんを攻撃したときの様子を聞きだすのが精いっぱいで、そこまで詳しい話は聞きだせていないの」
 電話でファイブに助けを求めて来たとき、奈央は錯乱状態だった。なんとかなだめて落ち着かせ、ようやくまともに話ができるようになったのが、今から10分前のことだったらしい。
 真由美が話を聞きだしているそばで、ファイブのスタッフが紙に殴り書きして作ったのが先ほど配られた資料だ。
「一般人の香保留くんを同行させたのは、自分一人で楽に倒せると思ったかららしいわ。前々から香保留くんに戦っているところが見たいっておねだりされていたんですって」
 ようは古妖を舐めきっていたのだ。
「香保留くんはノーフェイスに顔をとられていますが、奈央さんが逃げ出した時点では生きていたようです。生きているうちに顔をつけてあげられれば……もしかしたら人に戻せるかもしれません。でも、面が割られてしまった場合は……辛いと思いますが倒してください。ノーフェイスとともに」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.ノーフェイスの撃破
2.香保留の撃破、または妖化の阻止(生死問わず)
3.なし
●場所
あるアパレル会社の倉庫。
明かりはついている。
マネキンや、服の入った段ボールが縦5列、横5列の棚に積まれている。
ノーフェイスと香保留は倉庫の奥、★の位置にいる。
窓はない。

━━━━━━━━━━┓
←配電盤
   ★
 □ □ □  □ □
 □ □ □  □ □
              奥と左右の壁際はマネキンがずらりと並ぶ            
 □ □ □  □ □
 □ □ □  □ □
 □ □ □  □ □

━━━━━━━┓ ┏┛
      倉庫出入口


●ノーフェイス(のっぺらぼうに似ているが、まったく別の古妖)
 5年ほど前から活動が活発になった。
 活動が活発になった理由は不明。
 確認が取れているだけでも8人を殺して顔を奪っている。
 現在は半年前に殺した男性(24才)の顔を面にしてつけている。
 左手に香保留の面を持っている。

【剥ぎ取り】……物近単/人の顔をはぎ取って面にする。
       ※顔(面)が壊されたことを知ったうえで死ぬと、死後ノーフェイスになる。
        顔(面)の破壊を知らずに死ねば、ノーフェイスになることはない。
       ※ノーフェイスになった直後は意思疎通できない(声が出せない)。

【呪縛】……特近単/練り上げた妖気を触手のように伸ばして動かし、敵を絡め取る。
【怨波】……特遠列貫2
【潜み】……面を身につけて妖気を極限にまで押さえ、人の中にまぎれる。
     ※身長や性別は変わらないが、声は面を取った人と同じ声になる。

●国枝 香保留(一般人。株取引で財を成した実業家。26才)……重傷
椿 奈央の恋人。
生きたまま顔をノーフェイスに取られている。
面を割られてしまうと呼吸ができなくなり死亡。
死体が第二のノーフェイスとなる。
救出後、すぐに整形手術をうけて生きながらえたとしても、気が狂ってしまうだろう。
そしてやはり、死亡するとノーフェイスになる。
自分の顔でも他人の顔でも取り戻せれば、死んでもノーフェイスにはならない。
ただし、他人の顔をつけられたことを知ると……

ノーフェイス化した直後は意思の疎通不可。
とても弱く、まだ【剥ぎ取り】しか使えない。
※人を殺せば殺すほど知性が上がり、妖力も強まっていく。


●椿 奈央(黎明。22才)……木行、彩の因子
五織の彩、深緑鞭、棘一閃、迷彩、結界を活性化。
艶のある長い黒髪、宝石にブランド物の服、ミニのタイトスカートをはいている。
※積極的にノーフェイスを殺しにかかります。

●そのた
緊急を要するため、事前調査の時間はとれないものとします。
リプレイは倉庫の前で奈央と落ち合った直後から始まります。
なお、奈央は「自分が先に倉庫へ入り、ノーフェイスの気を引く」作戦を真由美に
提案しており、配られた資料にもその旨が記載されています。
この作戦を採用するかしないかは自由です。


●STコメント
よろしければご参加ください。
お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年12月03日

■メイン参加者 6人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『かわいいは無敵』
小石・ころん(CL2000993)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)

●一発即発
 なんなんだ、この女。
 奥州 一悟(CL2000076)は、さがりながら、それでも正直な気持ちを道に捨てずにいられなかった。道を踏み蹴りながら、仲間たちの輪から外れていく。
 まあまあ、とまなじりを釣り上げる一悟をなだめにかかったのは、『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)だった。
 いつ爆発してもおかしくない険悪な雰囲気を刺激しないよう、言葉を選びながら話しかける。
「……椿さんも黎明の事を認めてもらえるように、ファイブの手伝いを頑張ろうとしているみたいだし」
「だったら、オレたちのいうことを聞いてチームプレイに徹するべきじゃねえ?」
 目の端で、女たちがうんうんと頷くのが見えた。みな、冷めた怖い顔をしている。
ただ一人、場の雰囲気を悪くした原因――椿 奈央だけは、明後日の方向へつんと尖らせた真っ赤な唇を向け、指で長い黒髪の先をもてあそんでいた。
(困ったな……)
 時間がない。
 実用一辺倒の地味な倉庫の中では、古妖ノーフェイスに囚われた一般人、国枝 香保留が命の危機にさらされている。仲間割れして時間を無駄にしている場合ではなかった。
 とはいえ、ここで説得するべきはファイブの仲間ではなく、奈央の方である。
 亮平は助けを求めて『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)に目を向けた。
 三人いる女たちの中では、まだ奈央に対する嫌悪感が顔に出ていないほうだと思ったからだ。
樹香は、やれやれ仕方がないの、と言った感じであごを少しだけ引いた。
「好きな者にいい格好を見せたいという気持ちは分かるが、単独で動いたのは無謀じゃったの。それは反省してもらわねば困る。今回は古妖ノーフェイスの討伐が任務じゃ。わだかまりは捨ててみなで協力しあい、全力で戦おうぞ」
 麗らかな乙女であるにも関わらず、やや古めかしい言葉遣いであるのは、長年ともに暮らしてきた祖母の影響らしい。
 ともあれ、樹香は亮平の視線の意図を正しくくみ取ってくれた。実に大人な意見だ。
「だ、か、らぁ~、私以外が近づいたら、アイツ、香保留さんをさっさと殺しちゃうっていってるじゃない。香保留さんが死んじゃったらどうしてくれるのよ!」
 だめだ、このバカ女。
 そう思ったかどうかは定かではないが、不死川 苦役(CL2000720)が、へらり、と笑ってきつい言葉を投げつけた。
「いやあ……仇討ちのつもりなのかキレてんのかは分かんないけど、ミニスカちゃん一人が頑張ってもイケメンは助からないんじゃないかな!」
「なんですって!?」
「だって、普通にやって勝てていたなら、こんな状況になってないじゃん? 尻尾巻いて逃げたあげくがこのザマだよね」
 奈央は体のよこで握った拳を震わせた。食いしばる白い歯の隙間から、言葉を押し出す。
「私は、私は……香保留さんを助けるために一番いちばんいい方法を提案しているのよ。どう考えても、私の作戦がベストだわ。採用しないのは私が黎明だからでしょ! そうにきま――」
 『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)は一歩前へ踏み出ると、全身から堂々たる姫王の気を放って、奈央に最後まで言わせなかった。
「相手が貴方を罠にかけようとしているのは明らか。ここはいのり達と歩調を合わせてくださいませ!」
 小さないのりの背後から、『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)が冷めた声で言葉を継ぐ。
「こっちの作戦に協力する気がないなら、ころん達も香保留さんの保護とか考えずに好き勝手動くの。だって仲間じゃないもの。分かったらちゃんと足並み揃えなさいなの」
 ころんにとって、奈央は『可愛くない女』だ。はっきり言えば、すべての『可愛い女』の敵だ。奈央は確かに顔が綺麗でスタイルも抜群だが、気質や言動がそれを激しく損なっている。
 大体、ファイブに電話してきたときは泣いていたはずなのに、バッチリつけたマスカラににじみ痕一つないのはどういうことなのだ。ウソ泣きも大概だが、こちらが駆けつけてくる前に化粧直しをしていたということであれば、それはそれでむかつく。
「か、勝手に動くって……ノーフェイスを倒さないって言いだすんじゃないでしょうね?」
 ころんの突き放しに動揺したのか、奈央は急にトーンダウンした。
 体を小さくして震え、うっすらと涙の幕を張った大きな目を、ただ一人中立を保っていた亮平へ向ける。軽く曲げた指を唇にあてるしぐさがどうにも芝居臭い。
「ねえ、どうなの亮平さん。あ、亮平さんと呼んでもいいかしら? それとも、阿久津店長さんって呼ばれる方がいい?」
「いや……あの、そんなことより今は……」
 樹香が、ふたりの間にするりと滑り込んだ。
「お前様、ワシの言ったことをちゃんと聞いておったのかの? 今回は古妖ノーフェイスの討伐が任務じゃ、と言ったはずじゃ。無論、香保留氏も助けるがの」
「そう。じゃあ、いいわ」
 奈央はまたもふてくされてそっぽを向いた。
「ばっちゃ、なんならミニスカちゃんに腹パンして、仕事が終わるまでその辺に転がしておこうか?」
 苦役は口の端を大きく歪めて持ち上げると、白い手袋をはめた手をグーにした。
 ちなみに苦役がいう『ばっちゃ』とは樹香のことである。
 さすがにそれはマズイんじゃね、と一悟。
「まあ、最悪しようがねえと思うけどな。不死川さんひとり悪役にするのはなんだし、やるならオレも一緒に殴るぜ」
「よさんか、ふたりとも。一応、奈央氏は仲間じゃぞ?」
「そうですわ。一応、仲間ですから腹パンはやめておきましょう」
 いのりが被せて『一応』を強調する。
 黎明という覚者組織はともかく、奈央は仲間入りを保留にしておきたい。少なくともこのミッション中は。そんな気持ちを隠すことなく、あからさまに発散させていた。
「な、なによ! わかったわよ。アンタたちのいうことを聞けばいいんでしょ。聞けば!」
(最悪だ)
 亮平は帽子のツバを手で押しさげて顔を隠すと、ため息をついた。
 ファイブの心証をよくするどころか、奈央の言動がかえって黎明の立場を悪くしている。どうしてこうも反抗的なのだ。
 奈央の行動がどうにも腑に落ちない。彼女は本当に、ファイブに認めてもらいたかったからという動機で古妖退治に乗りだしたのだろうか。
「もしかして、前々から知り合いじゃねのか、ノーフェイスと? でなきゃ、わざわざ恋人を目の前で妖にして殺そうと思うほどの恨みは、ふつう買わないよな……」
 心の内を読み取ったかのような一悟の呟きに、亮平はぎょっとした。いやいや、それはないだろうと首を振る。
 いくらなんでも疑い過ぎだ。そう、思いたい。なんとなればファイブはすでに、条件をつけているとはいえ黎明を受け入れてしまっているからだ。助けたのは覚者組織と思いきや、その実は己の欲望のままに力を利用する隔者たちの組織だった。あるいは中に腐ったリンゴともいうべき隔者がまぎれています、では洒落にならない。
 ああ、でも。
 彼女はどうやってノーフェイスを見つけ出したのだろう。やはり一悟がいう通りで、以前から知っていたのだろうか。
「まずはノーフェイスや倉庫内の状況について詳しく聞かせてもらおうかの。香保留氏の容姿についても、じゃ」
 樹香の声が亮平の物思いを破った。
 そうだ。まずは香保留を無事に助け出さなくては。
 とりあえず奈央が一人で先行突入する案は却下したが、ファイブ側も歩み寄りをみせた。
 樹香と奈央のふたりがおとりとなって中央通路へノーフェイスをおびき出し、その間に一悟、いのり、ころんの三人が倉庫の通路の左右から奥へ進んで香保留を確保。倉庫の裏側から亮平と苦役が物質透過で突入し、ノーフェイスに強襲をしかけることでようやく話がまとまった。
「さて、始めようかのぅお前様方。全力を持って人助けじゃよ」

●灰色まま、疑惑は晴れず
「戻ってきたわよ!」
 奈央の声は意外と倉庫の中で響かず、一悟の耳に小さく聞こえた。
棚に積まれた段ボールの箱が音を吸い取っているのだろうか。ノーフェイスへの最初の声掛け以降も会話は続いているようだが、交わされている内容までは聞き取れなかった。
 一悟は壁に並んだマネキンの一体を脇に抱えると、段ボールの影に身をひそめながら倉庫の奥を目指した。
 反対側、右端の通路をいのりところんが同じようにして進んでいるはずだ。奈央と樹香のふたりがノーフェイスの気をうまくそらしつづけてくれれば、香保留の身柄確保はそう難しくはないだろう。
 倉庫の奥にある棚の端までたどりつくと、土の鎧を纏って防御力を高めつつ、心の窓を開いて飛び込んでくるはずの念波を待った。
(「位置につきました。奥州君、椿さんたちに中継をお願いします」)
 一悟は亮平たちが突入準備を整えたことを、奈央にではなく樹香に送り伝えた。
 ゆっくりと棚の影から滑り出ると、中央通路に体半分で出ているノーフェイスに気づかれないよう床に倒れる香保留に近づいていく。遮るものがなくなったためか、ノーフェイスたちの話し声がよく聞こえるようになった。
「ところで、誰なんだ。横にいる女は?」
「香保留さんの本命の彼女よ。来年の春に結婚するんだって」
 え、と驚きの声を漏らしたのは樹香だろうか。一悟のところからは姿が見えないが、たぶん、高い声からして間違いないだろう。
 樹香の超直観も、さすがに奈央の狂言までは察知できなかったようだ。
 ふと、反対側へ顔を向けると、いのりところんが口を半開きにして固まっていた。
「私、二股掛けられていたのね。知っていればアナタの気持ちを、『化け物のくせに』なんて拒絶しなかったのに……。ごめんなさい。私たち、もう一度やり直せないかしら?」
 一悟には、ノーフェイスの背中が強張っているように見えた。さっきから一言も発していないのは、同じく奈央の発言に戸惑っているためなのかもしれない。
 なんとも言えない、微妙に気まずい雰囲気が倉庫内に満ちる。
(「奥州君、応答願います。秋津洲さんでも石川さんでも構いません。送心がなくともこちらにむけて念じてもらえれば大丈夫です。不死川さんに透視して見ている絵を送ってもらったら、まったく動きがないし……一体、どうなっているんですか?」)
 そういわれても。
 一言で説明できる状況ではない。とりあえず、香保留の身柄を確保したことを伝えようとしたとき、ころんがすっと立ちあがった。
(「いいから、もう入ってきちゃってなの! いのりちゃん、行きましょうなの!」)
 ころんはいのりの腕を取ってから過ちに気づいた。口にしなければいのりには伝わらない。
 もどかしさを感じつつも魔女に変じ、改めて戦闘開始を口にした。
「さあ、いのりちゃん。今が絶好のチャンスなの。行きましょう!」
「え、ええ!」
 いのりも素早く魔女っ子へと覚醒する。
 ちょうど中央通路に身を出したノーフェイスの真後ろ、壁に並んだマネキンの隙間から、覚醒した苦役と亮平が壁を抜けて飛び出してきた。
 ころんは苦役に水の衣を被せて防御力を高めてやると、そのまままっすぐ横を突っ切って一悟のサポートに向かった。
 同時に、樹香が具現化させた植物の蔓を鞭のように振るって、香保留の顔面を持つノーフェイスの手を打ち据えた。返す勢いで蔦を手首に巻きつけて自由を奪う。
「だましたな!」
 ノーフェイスは怒鳴りながら、蔦の絡まった腕を強く引いた。前に倒れこむ樹香の顔に、指を広げた面はぎの手が迫る。
「その力、いのりの目の前で使わせませんわ!」
 いのりは冥王の杖を高く掲げると、気力を奪う冷たくも濃厚な霧をノーフェイスの周りに発生させた。
 苦役が背後から一気に身体能力の落ちたノーフェイスへ詰め寄り、頚椎首の後ろに念を込めた指を捻り込む。
 ノーフェイスはグゥ、とくぐもった音を喉から発して、膝から崩れかけた。が、倒れない。体をねじると、借りものの目を尖らせて、立てた人差し指をこれ見よがしに振る男を睨みつけた。
 頚椎首には運動神経の束がある。そこを神秘の力で突かれたのだ。人でなければ即死していただろう。耐えきったのは、さすが長き時を生きてきた古妖といったところか。
「さあ、ジト目君! 出番だ。いつものように華麗に盗っちゃって!」
「いつもって……誤解を招くようなこと、言わないでくれませんか」
 呪縛を恐れた亮平は、ノーフェイスの後ろから弧を描くように回り込んで、香保留のものと思われる面を奪いにいった。
 その動きに合わせるように、奈央がやはり弧を描いてノーフェイスの正面に回りこむ。
 亮平が面を奪ったのと、奈央が樫の木のごとく固めた拳でノーフェイスの顔を砕いたのはほぼ同時だった。
 顔面を激しく叩かれてノーフェイスは後方に吹っ飛び、破片をまき散らしながら背中から落ちた。悲鳴もあげなかった。いや、口を失ってあげられなかったのか。
「みんな、なにをぼうっとしているの? ほら、早く殺しちゃってよ」
 奈央は満足げに笑っていた。ニタニタ笑いながら割れた面の欠片をヒールで踏みつけ、細かく砕いていく。
「うわあ、見てはいけない物を見ちゃった気がするんだけど。ミニスカちゃんって、性癖がどSなの?」
 ちゃかす苦役だが頬が引きつっていた。奈央の異常行動にもだが、持ち帰るつもりだったお宝を目の前で壊されてしまったショックが大きいようだ。
 いのりも樹香も亮平も、奈央の行いに思いっきり引いている。
「阿久津さん、危ない!」
「亮平さん、危ない!」
 香保留を背負った一悟ところんが、倉庫の入口からふたり揃って警告を発した。
 体を起こしたノーフェイスが腕を突きだす。
「う、ぐぅ……」
 亮平のヘソの下から左の腎臓に、怨念の籠った不可視の刃が入った。そのまま背中から突き抜けていく。背筋を電撃が駆け上り、脳裏で痛みの大爆発が起こった。
 ぐるり、と目を回して仰け反った亮平の体を、あわてて樹香が支えた。
 手から面が離れ落ちる。
 床に叩きつけられる寸前に苦役がスライディングしてすくいとり、一旦はことなきを得たように思えたのだが――。
「あ、あ、あ、あー?」
 ノーフェイスが妖気の触手を伸ばして苦役の体をがんじがらめにしていた。
 苦役は面を持った手を高くかかげたスライディングの姿勢のまま、ぐいぐいと古妖の元に手繰り寄せられていく。
 奈央が駆け寄って、苦役の手から面を取り上げた。
「いま、お助けします!」
 いのりが浄化の舞いを踊ると、辺りに清らかな空気が広がった。触手のごとく物質化したノーフェイスの妖気が祓われ、消える。
「奈央様は今のうちに香保留様の元へ。亮平様は大丈夫ですか?」
「心配ない。ワシが今、傷を癒やしておる」
 それぞれの無事を確かめたいのりは、小さな雷をノーフェイスの頭に落として立ちあがりを牽制した。
「すまねえ、国枝さん。ちょっとここで待っててくれ」
 一悟が香保留を背から降ろす間に、ころんは体の前で長いステッキをくるりと回した。深い紫色をした毒の被膜を作りだし、ベールのように肩からまとう。
「ころん、先に行くの!」
 いうやいなや、ころんは黒のロングドレスの裾を翻して中央通路を走ってゆき、苦役の前に踊り出た。ノーフェイスが伸ばした剥ぎ取りの手を、両手で構え持ったステッキでカウンター気味に跳ね上げる。振り下す勢いで、つるりとした顔に毒を絡ませたステッキの頭を叩きつけた。
 回復した亮平が、小さな雷雲をノーフェイスの頭上に呼び出して雷撃を見舞う。
「こいつでトドメだ!」
 最後は一悟が、炎を纏った拳でノーフェイスの心の臓をぶち抜いて退治した。

●ただ亀裂は深まるばかり
「ねえ、自分にハクを付けるために戦ってんの? 大切な人を危険に晒してまで? バカみたい! 全然かわいくないの」
 ありがとうも言わず、しれっと、香保留に付き添って救急車に乗り込こんだ奈央に向かって、ころんはついに感情を爆発させた。堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
 たしかに、亮平が「国枝さんの手を握って励ましてほしい」とは言ったが、それは救急車が到着するまでのことで、一緒に病院へ行けとまではいっていない。奈央から聞かねばならぬことがいろいろあるのだ。
「待てよ。香保留さんにつけた面、本当に本人の顔なんだろうな?」
 一悟は守護使役の力で匂いをかぎとって比べてみたものの、長い間ノーフェイスが手にしていたためか、面には香保留とノーフェイス、双方の臭いがついていて判別できなかった。
「いまはそんなことどうでもいいでしょ? 後にしてよ」
「後にしていい問題ではなかろう!」
 樹香が珍しく声を荒げた。
「違っていたらどうだっていうのよ。これしか面はないのよ。香保留さんをノーフェイスにするつもり?」
 みながぐっと喉を詰まらせた隙に、救急車は扉を閉ざして走り去った。
「奈央様が心から反省しているなら、記憶操作で香保留様の記憶を改変しますか、と尋ねるつもりでしたが……」
 その必要はないみたいですね、といのりが肩を下げる。
「態度悪いよね、ミニスカちゃん。あのコ、黎明でも嫌われているよ。絶対に」
 次は助けを求められても知らん顔だ。まあ、でも、正義の味方のファイブはそれでも助けちゃうだろうけどね。
「こんな時はアレだよ、アレ。ジト目君のお店で甘いものでも食べて、さっさと忘れてしまおうぜ。よ、店長太っ腹!」
「えっ!?」
 絶句する亮平をあとに残し、みんなで駅に向かって歩き出した。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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