<黎明>懲りない窮鼠
<黎明>懲りない窮鼠



 どうしてこんな事になったのか……。
 日向 夏樹(ひゅうが なつき)は自分の間の悪さと中途半端な良心にため息を吐いた。
「お兄ちゃんだいじょうぶ?」
「ケガしたの?」
 不安そうに見上げてくる二人の少女。自分よりよほど怖い思いをしているだろう子供に心配されるとは。
「怪我はしてないよ、大丈夫」
 何発か撃たれたが弾が貫通したおかげか術式による治療だけで済んでいるし、嘘ではない。
 ぽんと頭に手を置いてやると二人は少しだけほっとした顔をするが、扉からどかんと聞こえた音に息を詰めた。
 突き破ろうとしているのだろう。分厚い金属の扉に何かを打ち付けている音がひっきりなしに聞こえている。
 夏樹は現実逃避するように少し前の事を思い返していた。

 夏樹は『黎明』に所属する覚者である。
 ここ最近は目まぐるしく状況が変わり、今日は漸く一息ついて以前から行っていたカルチャースクールに顔を出すこともできた。
 その帰り、夏樹はふと考える。元は覚者である事を周囲に隠してきたと言うのに、気が付けばこんな有り様だ。これから自分はどうなるのだろう。
 先の事を考えていると思ったよりも時間が経過しており、慌てて帰ろうと階段を降りた所でそれに出くわした。
「な……何をしてるんだ?!」
 思わず叫んだ夏樹の目の前では、小学生くらいの二人の少女が銃を持った男達に連れ去られようとしていたのだ。


「黎明の覚者が事件に巻き込まれるようです」
 久方 真由美(nCL2000003)が説明するには、憤怒者が起こす誘拐事件に偶然黎明の覚者が鉢合わせてそのまま巻き込まれてしまうらしい。
「巻き込まるのは日向 夏樹さん。憤怒者の誘拐事件に運悪く鉢合わせてしまったようです」
 場所は某所にあるカルチャーセンター。夏樹はそこに行った際に子供の誘拐現場に鉢合わせ、憤怒者から子供を助け出そうとした。
 その時に思わず術式を使ったがために夏樹も覚者だと言う事がばれてしまい、子供諸共殺してしまえと標的に加えられたのだ。
「憤怒者は全員銃火器で武装しているようです。夏樹さん一人なら強行突破と言う手も使えたかもしれませんが……」
 問題は二人の子供だ。夏樹が乱入して助けようとした事が逆に憤怒者を煽って、誘拐などせずこの場で即殺してしまおうと言う事になったらしい。
「子供二人も覚者と思われますが、様子を見る限り覚醒したばかりで力もほとんど使えないのでしょう。そんな子供を庇いながら戦うのは困難です」
 力もほとんど使えない幼い覚者が四方八方から放たれる銃弾に耐えて逃げられるはずがない。
 咄嗟に子供を連れて備品倉庫に逃げ込んだはいいが、出入り口はすぐに憤怒者が押し寄せ逃げるに逃げられない状況に陥っている。
「夏樹さんは子供を置いて行くつもりはないようです。このままでは夏樹さんも子供も殺されてしまうかもしれません」
 黎明との関わりをまだ模索している時だ。黎明に所属する覚者が死んだとあっては問題である。
「皆さんの助けが必要です。どうかよろしくお願いいたします」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:
■成功条件
1.夏樹と子供二人の救出。
2.全ての敵の撃破。
3.なし
 皆様こんにちは、禾(のぎ)と申します。ヒノマル事変にて命拾いした黎明所属の覚者ですが、またピンチに陥っているようです。
 自分を狙っていたわけでもない憤怒者の一団に遭遇してしまった覚者。
 運が悪いのか危機感が無いのか疫病神なのか。


●補足
 カルチャーセンターに残っていた事務員は外部に連絡が取れないよう、捕縛されて一階トイレに転がされています。
 戦闘場所がトイレにならない限りこれ以上被害を受ける事はありません。
 夏樹は基本戦闘には参加しません。状況次第で回復補助くらいならできますが、それ以上の行動はできないと考えて下さい。
 また子供二人も覚者とは言え覚者としての力はほとんど使えません。狙い撃ちされた場合は庇った夏樹か子供が死亡する危険があるので注意して下さい。

●場所
 カルチャーセンターとして利用されている二階建ての建物。
 周辺には民家がありますが、カルチャーセンターとその駐車場で戦うならまず被害はでない程度には離れています。
 駐車場には憤怒者と建物内に残っている事務員以外の車は停まっていません。

・一階
 出入り口は常時解放の無料休憩所と繋がっています。無料休憩所の両側に開いた状態の扉があり、左手側は廊下の先に体操やダンスに使うプレイルーム。右手側には管理事務所があり、事務所前の廊下の途中に二階に繋がる階段とエレベーター。少し先にトイレ。突き当りが備品倉庫です。
 廊下の幅は2mより少し広め。壁側に消火器が置いてあるだけで、障害物はありません。

・二階
 階段とエレベーターの先はカルチャースクールの作品を展示したホールになっています。
 そこから建物の両端に向かって廊下が伸び、教室や会議室に使える部屋がいくつか。
 当日二階を使用していたグループや教室の利用者は講師を含め、オープニングの子供二人と夏樹以外帰宅済みです。

●人物
・日向 夏樹/男/18歳/覚者
 『黎明』に所属する覚者。見た目はクールそうですが、中身はぼんやりしているのか気が付くとトラブルに巻き込まれて酷い目に遭うタイプのようです。
 カルチャースクールの帰りに憤怒者の誘拐現場に遭遇。思わず手を出して巻き込まれました。
 強行突破しようにも子供を連れて戦うわけにいかず、備品倉庫に立て籠もって悩んでいます。

・子供/女/小学生/覚者
 小学生の二人姉妹。覚醒したばかりで力はほとんど使えません。現状は普通の子供より身体能力が高い程度。
 カルチャースクールの帰りに両親が迎えに来るのを待っていた所、憤怒者に襲われました。
 乱入して来た夏樹と一緒に備品倉庫に立て籠っています。

・『長月の会』/憤怒者×20
 表向きは猟友会として活動していますが、憤怒者の集まりでもあります。
 覚者の姉妹がカルチャーセンターに通っている事を知り誘拐する予定でしたが、夏樹が乱入した事で子供諸共殺す事にしたようです。

●能力
・日向 夏樹/覚者
 獣の因子(戌)/木行
 子供達の盾になるため留まるか、子供達と一緒に逃げるかは状況次第。
 その場に留まりかつ要望があった場合、子供から離れない範囲で回復補助をする程度なら可能です。その場合夏樹の配置は中衛扱いとなります。

・スキル
 樹の雫(近単/回復補正+50%/HP回復)
 清廉香(遠全/自然治癒+30:継続12ターン/補助)
 
・『長月の会』/憤怒者×20人
 全員が射撃武器で武装しています。
 15人がそれぞれ扉を突き破る役、突入待機役、背後の警戒役に分かれ、残りはカルチャーセンターの出入り口付近で警戒にあたっています。

・一階備品倉庫前
 散弾銃タイプ×7人/憤怒者/前衛
 散弾銃(遠列/物理ダメージ)

 ライフルタイプ×8人/憤怒者/後衛
 ライフル(遠単/貫通2:100%、50%/物理ダメージ)

・外側警戒
 ライフルタイプ×5人/憤怒者/後衛
 ライフル(遠単/貫通2:100%、50%/物理ダメージ)


 情報は以上となります。
 皆様のご参加をお待ちしております。

(2015.11.6 修正)
誤 ・外側警戒
   ライフルタイプ×5人/憤怒者/後衛
正 ・外側警戒
   ライフルタイプ×5人/憤怒者/前衛

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年11月24日

■メイン参加者 6人■

『名も無きエキストラ』
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)
『烏山椒』
榊原 時雨(CL2000418)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『凡庸な男』
成瀬 基(CL2001216)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)


 あまり車通りのない道路と田んぼに囲まれたカルチャーセンター。白い壁にポップ調の塗装が施された外観は楽し気に見えるものだが、今は異様な雰囲気が漂っていた。
 近付く者かいれば、無料休憩所の出入り口に妙に殺気立った男達がいる事に気付いただろう。耳を澄ませば中から何かを打ち付ける音と怒声も聞こえて来たかも知れない。
 しかし、周辺の民家は離れており以上に気付く者もこの時間帯近くを通る者もいなかった。
 今この場で男達の殺気と怒声の中で危険に晒されている命がある事を知るのは、怒声と殺気の出所である男達と、その悲劇を防ぐために駆けつけた六人の覚者達。
「更紗。仕事だ」
 建物からは死角になっていて見えない駐車場の隅で、香月 凜音(CL2000495)は建物周辺の様子を確かめるべく偵察能力を使い、上空からの光景に目を凝らす。
「出入り口のとこに固まっとるな」
 凜音と同じく偵察を行っていた榊原 時雨(CL2000418)の目にもカルチャーセンターの出入り口にいる男達の姿が確認できた。
 建物正面の出入り口。真正面に三人、その左右に少し離れて一人ずつの計五人。大胆にも堂々とライフルを構えて周囲の警戒をしているようだ。いくら人通りが少なくなっているとは言え、駐車場にもほとんど車が停まっていない場所でよくやるものだ。
 もっとも、建物の中ではそれ以上の事をやろうとしているのだが。
「運命とは数奇で残酷な物ですね」
 凜音と時雨が偵察をしている間手持ち無沙汰だったのか、エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)が星の巡りがどうのと何やら芝居がかった事を言いだした。
「いいですね、正に悲劇の主人公という事で、僕好みですよ」
「いわゆるトラブルメーカーといったやつかな」
 エヌの台詞を身も蓋もない表現でまとめた指崎 心琴(CL2001195)がうむと頷く。
「日向、だったか。前にもこいつ面倒事に巻き込まれてたんだよな」
「なんというか……面倒事に巻き込まれやすい人って居るもんやな」
 凜音と時雨は偵察を続けながら思わずと言った風に言う。
 憤怒者が起こした誘拐事件に巻き込まれ、今建物の中で立て籠もっているであろう黎明の覚者、日向夏樹の事は四人とも見知っている。その時も彼は危機に陥っていたわけだが……。
「正義の味方としては、助けないとな」
 心琴はあどけなさの残る顔に決意を示し、物陰からカルチャーセンターを見詰める。
 そこで丁度凛音と時雨の偵察が終わった。
「建物の裏側に見張りは?」
 偵察が終わるのを待っていた成瀬 基(CL2001216)が早速問いかけて来る。
「表側に五人いる。裏の方には行かないようだ」
「出入り口の所に固まっとるよ」
 二人の報告に基は軽く頷き、建物の方をじっと見ていた成瀬 翔(CL2000063)に声をかける。
「僕は翔君と一緒に日向君と姉妹の保護に行く。裏側に見張りが行かないなら建物を回って行けば見付からずに倉庫の裏に行けそうだ」
「子供守って籠城してるんだよな。カッケーじゃん! 俺と叔父さんで助けに行くから、そっちは任せたぜ!」
 翔は言うが早いか本来の子供の姿から成人した青年の姿に変化する。基も頷いて同意を示し、すっと一歩踏み出す。忍び足を施したその歩みはまったくの無音である。
「君達は正面からの陽動だったね。気を付けて」
「3人とも絶対助けるからな!」
「そっちも気いつけてな」
「ここは俺達に任せていいぞ」
 さっと駆け出した二人を見送り、残った四人はカルチャーセンターの出入り口を見る。
 まだこちらには気付いていないらしい見張りの姿を確認すると、物陰からさっと飛び出した。


「おやおや? 家畜にも劣る虫けら共が揃いに揃って大所帯……いやあ目障り、実に目障りです」
 不意に声が聞こえた事で見張りをしていた五人の憤怒者は咄嗟に銃を構えたが、目にした人物の姿に思わず妙な顔をしてしまう。
 駐車場の端からこちらに来たのは四人の若者。それはまだいいが、声の主はと言うと銀の仮面に絢爛な軍服と言う、舞台から飛び出てきたような格好なのだ。
「なんだお前たち。ここの利用者か?」
「芝居の練習なら別の所でやれ。ここは今貸し切りなんだ」
 エヌは戸惑う憤怒者ににやりと笑う。それは陽動を確実にしようと挑発するための演技か素か。 
「――あっはっはっは! 虫の羽虫が実に五月蠅い、不愉快です。ええ、ええ。消えて頂けませんかねえッ!」
 周囲に響き渡るかのような哄笑と同時にエヌの手にパチパチと青白い雷光のような物が発生した。
「お芝居じゃない。正義の味方が助けに来たんだ」
 エヌの哄笑と雷光にぎくりとした憤怒者に対し、横に大きく突き出した耳をぴんと張り、心琴が憤怒者に纏わりつく霧を呼び出す。その虚脱感と心琴の耳と尻尾に漸く憤怒者は目の前の四人が覚者である事に気付いた。
「中の連中を助けにきたのか!」
「丁度いい、まとめて始末してやれ!」
「はいはい。それはこっちの台詞やね、っと」
 引き金に指をかけた憤怒者の足元から、時雨の掬い上げるような一撃が放たれる。
 運良く攻撃がそれた一人が見たのは長い銀髪をなびかせた女性と、その姿からは信じられない威力で薙ぎ払われた仲間の苦痛に歪む顔。
「お前さんたちが何者だろうがとうでもいーわ。だがやってる事が気に入らねーんだよ」
 凜音の口調は気怠そうだったが、その視線は厳しい。
 今回巻き込まれたのは黎明の覚者だったが、元々彼ら憤怒者が狙っていたのはまだろくに力もない小学生の姉妹だった。凜音はその姉妹と同じ年頃であろう一人の少女の姿を重ねていた。
「子供に手を出そうとする輩は、問答無用で倒していいよな?」
 凜音の呼び出した水衣は心音と時雨に纏われただけだったが、意志があるかのごとく動く水に憤怒者は五人とも身を固くした。
「黙ってしまわれてはつまらない。どうぞ遠慮なく悲鳴を上げてください」
 先程はスパークしただけのエヌの雷光が明確な攻撃となって憤怒者に降り注ぐ。
 なかなかに派手な光と音が発生したが、すぐさま異変を感じた増援が来ると言う事はないようだ。
「もっと派手にやった方がよさそうやね」
「それはそれは、ではもっと打ちのめして差し上げねば」
 二人の台詞が終わった瞬間憤怒者の反撃が始まり、カルチャーセンターの前は一気に騒然とする。


「向こうは始めたようだね。翔君、外に誰かいるかい?」
「大丈夫、誰もいなかった」
 建物の裏側に回った基と翔は念には念を入れて偵察と忍び足を使いながら目的の場所に着いた。
「このあたりが倉庫のはずだ」
 耳を澄ませると何かを叩くような音が聞こえている。ブリーフィングの際に配られた資料から考えても間違いないだろう。
「……当たりだ! この向こうに三人いた!」
 基が触れた壁の辺りを透視した翔の目は重なったパイプ椅子や折り畳みテーブルの間から見える三人の人影を確認した。
「叔父さん、行こう」
「倉庫内の物に気を付けるんだよ」
 二人は荷物が置かれた壁向こうを意識して、なるべく隙間が空いている場所を選んで壁を通り抜けて行く。
「よっと。意外と狭いな」
「誰だ!」
 壁際に置かれた何かのポールをどかしながら入って来た翔と基に、背の高い一人が小さな二人を庇うような動きを見せた。
 やや薄暗い倉庫内では細かな容姿まではわからないが、二十前の青年と小学生くらいの少女が二人。黎明の覚者である日向夏樹と、今回の誘拐事件の標的だった二人の少女だ。
「ヒーロー参上! 俺達はFiVEだ。助けに来たぜ」
「今は表側で憤怒者を陽動してもらっているよ」
「そうそう、アンタのこと知ってるってやつもきてるぜ」
「FiVEの……」
 二人の言葉に夏樹がほっと肩の力を抜いた。黒い上着にいくつか穴が開きよく見ると血の染みもあるが、治療は済んでいるらしく気にした様子はない。
「正義の味方が来たからもう大丈夫だぜ!」
 翔はまだ不安そうに自分と基を見上げて来た少女二人に向けて力強く言った。隣で基も安心させるような笑顔で頷き、漸く少女の顔から警戒が薄れる。
 その時、扉を破ろうとしていた向こう側がにわかに騒がしくなった。
「表の連中戦ってるぞ! 覚者が襲って来た!」
「こいつらの仲間か?」
「今応援を呼ぶ声がした。何人かついて来い!」
 ばたばたと何人かが走り去る音を聞き、基は表側の陽動が成功した事を確信する。
「日向君だったね。君はここで姉妹を守ってくれないか。外の憤怒者は僕達が相手しよう」
「二人でか?」
「大丈夫、仲間だって戦ってるんだ。上手く行けば挟み撃ちだぜ!」
「だが……」
 夏樹が立ち上がると少女二人が足にしがみつき、夏樹の表情がひどく複雑なものになる。基はそれを宥めて姉妹に蒼鋼壁をかけ、もう一度安心するようにと微笑んだ。
「外にいるのは十人か……日向さん達は絶対に出てくんなよ!」
「それじゃあ行ってくるよ」
 倉庫に入ってきた時と同様に、二人は物質透過を使って移動して行く。
 二メートルほどの幅がある廊下に十人の男達が集まると少々圧迫感があるが、先程の騒動で扉前と廊下の先の方で良い具合にばらけている。
 それを確認した翔と基は同時に備品倉庫の前に飛び出した。
「ヒーロー参上! よってたかって子供を殺そうとするヤツはぶっとばす!」
 憤怒者が二人に銃口を向ける前に翔の放った雷が近くにいた数人を撃つ。慌てて反撃に出た憤怒者の攻撃は守りを固めた基が受ける。
「こっちも来やがった!」
「たった二人だ、殺せ殺せ!」
 突然の襲撃に慌てた憤怒者だったが、相手が二人だけと見て再び殺気立つ。
 十対二。例え覚者でも圧倒的な人数差だが、翔は怯まない。一人一人狙うのではなくなるべく多くを巻き込む方法を取り、雷を落とし波動弾で打ち抜き数の不利を覆す勢いで戦う。
 この状態で守りに徹するばかりでは難しいと判断した基も翔を守りながら隆槍を使い、翔の攻撃で体力を削られた憤怒者達に追い打ちをかけていく。
「オマエらのやってる事はただの人殺しだ! 子供に手をかけようなんて良心とがめねーのかよ!」
 翔は夏樹の足にしがみついた二人の少女を思い返す。突然襲われて銃で撃たれそうになり、逃げ場のない場所で怯えていた小さな少女。
「覚者だってオマエらと同じ人間なのにな……」
 同じ人間のはずなのに、何故こうして戦う事になるのだろうか。心を重くするような疑念を押し留め、翔は背後にいる三人を守るために憤怒者に立ち向かった。
 

 カルチャーセンター前の戦闘は覚者の優位で進んで行った。
「もろいわあ。あっと言う間に終わりそうやね」
「そんなんじゃ俺達は倒せないぞ!」
「どうしました? 悲鳴が聞こえませんよ!」
 敵を煽りこの場に押し留めるため、のんびりした口調を変えず挑発する時雨と余裕の表情を見せる心琴の攻撃が憤怒者に襲い掛かり、エヌに至っては嘲笑までついてくる。
「こいつら調子に乗りやがって!」
「おい、もっと人数呼べないのか!」
 この場にいる憤怒者は倒れている者を含めて十人。建物内でも廊下側にいた憤怒者五人には外の戦闘音は聞こえたらしく、様子を見に来てそのまま外側にいた五人の戦闘に加わっていたのだ。
 しかし、状況はなかなか覆せない。憤怒者がしっかりと隊列を組んでいたのが不味かったと言えるだろうか。心琴とエヌの召雷、時雨の地烈と、列全体に及ぶ攻撃の餌食となっている。
「覚者め! やられてばかりだと思うな!」
 憤怒者の腕前は悪くない。銃撃は確かに覚者達を負傷させていた。
 今も数人からの集中攻撃を避けきれず、心琴が傷を負う。
「簡単にやらせると思うなよ」
 が、意趣返しのような台詞と共に凛音の癒しの力が心琴を回復する。人数が増えた分集中攻撃を受ければ相応のダメージは受けるものの、回復が間に合わない程ではなかった。
「まだまだ人数いるし、サクサクっと終わらせてこか!」
 前衛で一人だけ残っていた散弾銃を持った憤怒者に、時雨の深緑鞭が襲い掛かる。
 植物の蔓が出す音とは思えない打撃音にあえなく倒れる憤怒者。
「これで六人。逃げるなら逃がしてやるが、どうよ」
「全員下がれ! 中の奴と戦うんだ!」
 凜音がわざとらしく倒れた人数を口にすれば、残った憤怒者は一斉に建物の中に走って行った。
「自分から袋の鼠になってくれましたねえ」
「そやねえ。……あれ、なんか同じような人が中にいた気がする」
「すぐ追った方がいいな。下手したら二人がまずい」
「こいつらは適当に縛っておけばいいか」
 憤怒者の扱いについては多少意見の違いはあるものの、今は長々と話している場合ではない。倒れた全員を衣服などを利用して縛り上げ、四人も建物の中に入って行く。
「二人とも無事か!」
 四人が駆け付けた時、備品倉庫前の廊下には倒れた者、まだ健在の者、先程出入り口から駆けつけた者とでごった返しと言った状態だった。
「俺達も中の三人も無事だぜ!」
 翔と基は変わらず倉庫の扉の前に立っている。翔を守った分基の消耗は大きいようだが、盾を構える姿は揺るぎなく、翔も仲間との合流でますます意気軒昂と言った様子だ。
「し、しまった! 挟み撃ちか?!」
「畜生! こうなったら一人でも覚者を道連れにしてやる!」
 血走った目に恐怖とそれ以上の憎悪を浮かべて攻撃を続ける憤怒者達。仲間が倒れても自分がやられそうになっても銃を撃つのを止めない。
「なんで、発現してるかどうかで争うんだ?」
 正に化け物を前にした様子の憤怒者に思わず言ってしまえば、その先の言葉も止まらない。
「なぜそんなに覚者を憎むんだ?  覚者でも、心はある」
 それは奇しくも翔が抱いた疑念と同じ物だったが、やはり心琴も今戦うのをやめるわけには行かない。今憤怒者を挟み撃ちにし、攻撃しているのは自分達だ。それでも言いたかった。
「化物なんかじゃない。同じ心を持つ人間だ。人間を殺すなんて悪いことだ。なぜ大人なのにそれがわからない?」
 憤怒者に余裕があればお前らなど人間ではないと言い返して来ただろう。
 しかし、この時点で憤怒者達に余力は残っていなかった。
「まあお互い、思う事はあるやろけど」
 時雨はその先を言葉にはせず、強烈な突き上げの一撃に変えて憤怒者に叩きつける。
 その一撃がこの戦いの終わりを告げた。
「彼らは僕らを逆恨みするかもしれないね」
 しんと静まり返った廊下に倒れる憤怒者達を見て、基がぽつりと呟く。
 その時は僕を心から恨めばいい。そして僕に牙剥けばいい。
 憤怒者の怒りが個人ではなく覚者全体に向けられると分かっているからこそ、そう思う。
「さて、彼らを捕縛したら中の三人を迎えに行こう」
「酷い怪我をしていたら応急処置くらいはしよう。事務員も助けないと」
 気分を切り替えるような基の言葉に、心琴をはじめ残った四人も一斉に動き出す。


「こんにちはー。三人共大丈夫やった?」
「あ……君は確かあの時の……」
 しばらくして時雨が倉庫の扉を開けると、夏樹は見知った顔に少し驚きながらも二人の少女を促して外に出て来る。廊下は倒れた憤怒者が縛られた上並べられていると言う異様な状態だったため、全員で無料休憩所になっている中央に集まり一息つく流れになった。
「また会ったな」
「ああ。また助けられた。そっちの二人も、ありがとう」
「……あ、ありがと……」
 心琴に話しかけられたのをきっかけに夏樹が礼を言うと、隣に座った姉妹もぺこりと頭を下げて礼を言う。二人ともあまり顔色はよくないが、怪我はない。
「お前がこの二人を助けてくれたからよかった。僕らも間に合うことができた。うちの有能な夢見にも感謝だな」
「二人を守ったヒーローは日向さんだな!」
 心琴と翔に対する夏樹の反応は顔を俯かせると言うものだった。照れているのかどうかは分からなかったが、わずかに「そうか、夢見にはここまでお見通しなのか……」と呟く声が聞こえ、再び顔を上げた時には苦笑しているように見えた。
「何にせよ、君達が来てくれた良かったよ」
「まあうちもいろいろ学ばせてもらったわ」
 にこりと笑う時雨の思いが口にされていたら、二人の少女は怯えたかもしれない。
 しかし、時雨はそれを口にする事はなく、その後に出てきたエヌのインパクトがその機会を持って行ってしまった。
「それにしても、以前拾った命をまた容易く失いそうになるとは。愉快な……失敬。数奇な星の下に生まれたようですね」
「………もうストレートに言っていいよ」
 少女二人が怯えるエヌのキャラクターにも慣れてしまったのか、がくりと肩を落とす夏樹。
「とにかく、君達が助かってよかったよ」
「ああ……無事でよかったな」
 基と凜音の柔らかな声音が分かったのか、少女はそこで漸く微笑みを浮かべた。
 その後、迎えに来る両親には事情を話した方が良かろうと夏樹は少女二人と残り、六人は報告のためF.i.V.E.に戻る事になった。
「気を付けて家に帰れよ。日向もな」
「今度何かあったら夏樹さんがっちり保護されるかもしれんよ」
「はは……それはちょっと困るかな」
「なんかあったらいつでも呼べよ。オレはヒーローだかんな!」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとー!」
 凜音と時雨に苦笑した夏樹に対し、少女二人は翔につられるように元気に手を振る。
 その笑顔を守れた事にそれぞれの思いを抱き、覚者達は帰路に着いた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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