大相撲かっぱ場所
●かっぱと河童、対峙する
緑溢れる深き山――其処にある森も紅葉が終わり、動物たちは冬支度の準備を始めている。もうそろそろ、山の上には雪もちらつくだろう。
「かっぱ!」
そんな、季節が秋から冬へと移り変わる頃――とある山を流れる川沿いでは、黄緑色をした不思議な生き物たちが真剣に向かい合っていた。
「カッパ? カッパカッパ、クワーッパッ!」
片方は甲羅に嘴、頭に皿を乗せた由緒正しい河童であり。彼らは数名で徒党を組んで、自信満々と言った感じで睨みを利かせている。
「……か、かっぱ! かぱ、かぱ!」
――しかし、彼らと向かい合うのは、そんな由緒正しい河童とは微妙に違う、ぬいぐるみのようにちんまりとした、丸っこいペンギンのようなかっぱだった。
「かぱー……!」
しかも、そのかっぱさんはひとりぼっち。けれど、向かい合う河童たちに負けまいと、彼はつぶらな瞳を潤ませて――ぷるぷる震えながらも逃げようとはしなかった。
「クワッパ、カッパ、カッパー!」
そんなかっぱを見た、由緒正しい河童たちは仲間たちと声を合わせて笑い出す。どうやら、自分たちの縄張りにやって来たちみっこを馬鹿にして、逃げるなら今のうちだぞと挑発しているらしい。
「……かっぱ……!」
か細い声で鳴きながら、それでもかっぱは彼らに立ち向かおうと、ちいさな手に力をこめた。――そう。彼には逃げられない、負けられない理由があるのだった。
●かっぱの試練
「えっとね……以前山奥にある、かっぱさんの温泉に行ったひとも居たと思うんだけど、良かったら彼らのお手伝いをしてくれないかな?」
そう言って、意を決した表情でF.i.V.E.の仲間たちに向き直ったのは久方 万里(nCL2000005)だった。何でも彼らが困っている様子なのだと、万里は心配そうな吐息を零して詳しい説明に移る。
「なんでも、かっぱさん達は一人前になる為に乗り越えなくてはならない試練があるんだって。それが、山向こうの川を縄張りにする河童と相撲をとって、彼らに勝つことなの!」
――のほほんと温泉で暮らすかっぱ達だが、彼ら古妖にもしきたりが存在するらしい。で、今年試練を受けるひとりのかっぱが居るのだが――彼はどうにも内気でがつんと行けない性格のようで、このままでは河童に勝てなさそうだと言うのだ。
「川に棲む河童へ相撲勝負を申し込みに行った時、どうも馬鹿にされて帰って来たみたいで……それ以来、自分には無理だって自信をなくしちゃったみたいなんだよ……」
ちなみに川に棲む河童は由緒正しい、正統派の河童のようだが、それ故プライドの高いところもあるようだ。相撲も得意なようで、温泉に棲むちまっこいかっぱが相手をするには厳しいだろう――先ず、手足が短すぎるし。
「それでも、仲間のかっぱは試練に協力しちゃ駄目みたいで。だから、みんなの出番だよ! かっぱじゃないんだから、手を貸しても大丈夫だよね!」
そんな訳で、温泉かっぱを一人前にする為、彼に特訓を付けて欲しいのだと万里は言った。励まして自信をつけさせるのも良し、必殺技を開発するも良し。その上で河童との相撲勝負に乱入して、一緒に立ち向かうも良しだ。
「向こうの河童も、ニンゲンなんか何人来ても返り討ちにしてやるって自信たっぷりだから、少しお灸を据えてやる感じで挑めばいいと思うよっ!」
どうも彼らは体育会系らしく、気性も荒いようで――このまま放っておくと、川に遊びに来たひとに悪戯を仕掛けないとも限らない。なので少々懲らしめる感じで、手荒にぶつかっても大丈夫だろう。
「それに河童たちは面食いで、可愛い女の子に弱いみたい。相撲を応援しながら、動揺させることも出来るかも?」
「……うむ、やるべき事は色々あると言う訳か」
と、其処まで黙って話を聞いていた『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)が、ぽつりと呟き腕を組んだ。今までの話を彼なりに分析しつつ、董十郎は万里に尋ねる。
「それで、その試練を受けるかっぱは、何と呼べば良いのだろうか」
「え、えっと……他のかっぱさんより一回りちっちゃいから、すぐに見分けはつくと思うけど」
そう言った万里の意見を取り入れ、彼が出した結論と言えば。
「……かぱちゃん」
――そう命名されたようだ。と、それはさておき、温泉に招待してくれたかっぱさん達へ恩返しをするべく、かっぱ助けをするのも良いだろう。
「よし、当日の相撲大会のセッティングや弁当などは、俺が手配しよう。……だが」
其処で董十郎は苦悩し、真剣な表情で万里に再度確認を取った。
「……かぱちゃんは、果たしてまわしを巻けるのだろうか」
緑溢れる深き山――其処にある森も紅葉が終わり、動物たちは冬支度の準備を始めている。もうそろそろ、山の上には雪もちらつくだろう。
「かっぱ!」
そんな、季節が秋から冬へと移り変わる頃――とある山を流れる川沿いでは、黄緑色をした不思議な生き物たちが真剣に向かい合っていた。
「カッパ? カッパカッパ、クワーッパッ!」
片方は甲羅に嘴、頭に皿を乗せた由緒正しい河童であり。彼らは数名で徒党を組んで、自信満々と言った感じで睨みを利かせている。
「……か、かっぱ! かぱ、かぱ!」
――しかし、彼らと向かい合うのは、そんな由緒正しい河童とは微妙に違う、ぬいぐるみのようにちんまりとした、丸っこいペンギンのようなかっぱだった。
「かぱー……!」
しかも、そのかっぱさんはひとりぼっち。けれど、向かい合う河童たちに負けまいと、彼はつぶらな瞳を潤ませて――ぷるぷる震えながらも逃げようとはしなかった。
「クワッパ、カッパ、カッパー!」
そんなかっぱを見た、由緒正しい河童たちは仲間たちと声を合わせて笑い出す。どうやら、自分たちの縄張りにやって来たちみっこを馬鹿にして、逃げるなら今のうちだぞと挑発しているらしい。
「……かっぱ……!」
か細い声で鳴きながら、それでもかっぱは彼らに立ち向かおうと、ちいさな手に力をこめた。――そう。彼には逃げられない、負けられない理由があるのだった。
●かっぱの試練
「えっとね……以前山奥にある、かっぱさんの温泉に行ったひとも居たと思うんだけど、良かったら彼らのお手伝いをしてくれないかな?」
そう言って、意を決した表情でF.i.V.E.の仲間たちに向き直ったのは久方 万里(nCL2000005)だった。何でも彼らが困っている様子なのだと、万里は心配そうな吐息を零して詳しい説明に移る。
「なんでも、かっぱさん達は一人前になる為に乗り越えなくてはならない試練があるんだって。それが、山向こうの川を縄張りにする河童と相撲をとって、彼らに勝つことなの!」
――のほほんと温泉で暮らすかっぱ達だが、彼ら古妖にもしきたりが存在するらしい。で、今年試練を受けるひとりのかっぱが居るのだが――彼はどうにも内気でがつんと行けない性格のようで、このままでは河童に勝てなさそうだと言うのだ。
「川に棲む河童へ相撲勝負を申し込みに行った時、どうも馬鹿にされて帰って来たみたいで……それ以来、自分には無理だって自信をなくしちゃったみたいなんだよ……」
ちなみに川に棲む河童は由緒正しい、正統派の河童のようだが、それ故プライドの高いところもあるようだ。相撲も得意なようで、温泉に棲むちまっこいかっぱが相手をするには厳しいだろう――先ず、手足が短すぎるし。
「それでも、仲間のかっぱは試練に協力しちゃ駄目みたいで。だから、みんなの出番だよ! かっぱじゃないんだから、手を貸しても大丈夫だよね!」
そんな訳で、温泉かっぱを一人前にする為、彼に特訓を付けて欲しいのだと万里は言った。励まして自信をつけさせるのも良し、必殺技を開発するも良し。その上で河童との相撲勝負に乱入して、一緒に立ち向かうも良しだ。
「向こうの河童も、ニンゲンなんか何人来ても返り討ちにしてやるって自信たっぷりだから、少しお灸を据えてやる感じで挑めばいいと思うよっ!」
どうも彼らは体育会系らしく、気性も荒いようで――このまま放っておくと、川に遊びに来たひとに悪戯を仕掛けないとも限らない。なので少々懲らしめる感じで、手荒にぶつかっても大丈夫だろう。
「それに河童たちは面食いで、可愛い女の子に弱いみたい。相撲を応援しながら、動揺させることも出来るかも?」
「……うむ、やるべき事は色々あると言う訳か」
と、其処まで黙って話を聞いていた『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)が、ぽつりと呟き腕を組んだ。今までの話を彼なりに分析しつつ、董十郎は万里に尋ねる。
「それで、その試練を受けるかっぱは、何と呼べば良いのだろうか」
「え、えっと……他のかっぱさんより一回りちっちゃいから、すぐに見分けはつくと思うけど」
そう言った万里の意見を取り入れ、彼が出した結論と言えば。
「……かぱちゃん」
――そう命名されたようだ。と、それはさておき、温泉に招待してくれたかっぱさん達へ恩返しをするべく、かっぱ助けをするのも良いだろう。
「よし、当日の相撲大会のセッティングや弁当などは、俺が手配しよう。……だが」
其処で董十郎は苦悩し、真剣な表情で万里に再度確認を取った。
「……かぱちゃんは、果たしてまわしを巻けるのだろうか」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.かぱちゃんを一人前のかっぱにする
2.川河童との相撲勝負に勝つ
3.なし
2.川河童との相撲勝負に勝つ
3.なし
●依頼の流れ
大きく二つのシーンに分かれます。温泉かっぱの住処でまず、かぱちゃんと特訓をする→その後、川河童と相撲対決の流れです。
・前半~かぱちゃんとの触れ合い、相撲の特訓などの準備。
・後半~川河童との相撲勝負(こちらがメインです)。応援するもよし、かぱちゃんと一緒に河童に挑むも良し。ちなみに相撲は大雑把なもので、手をつくか土俵から出れば負けのシンプルなルールです(あくまでスポーツなので、スキルなどガチな戦闘は禁止です)。服装は自由、参加する方はしこ名とかあれば盛り上がりそうですね!
●かぱちゃん
一人前のかっぱになるべく、今回相撲勝負の試練を受けることになった温泉かっぱ。普通のかっぱより一回りちいさい。ちょっぴり気弱で、現在自信をなくしていますが、やればできる子です。
ちなみに温泉かっぱは、温泉に棲む古妖でふぁんしーなのが特徴です。鳴き声は「かっぱ」、イラストキャンペーンの『古妖クッキーアソート』の右下にいる古妖さんをイメージして頂ければ。
●川河童
山向こうの川に棲む、由緒正しい河童。ゲームマニュアルの『古妖』のイラストの河童のような、正統派です。鳴き声は「カッパ」、プライドが高く、相撲は得意なようです。ただし面食いで、可愛い女の子を前にすると、でれっとして油断します。
●NPC
董十郎が同行します。基本裏方で、相撲大会の運営やらお弁当作ったりします。具体的にやらせたいことがあれば、プレイングにて指示をお願いします。
温泉かっぱを一目見たいらしく、ちょっぴりそわそわしているので、気が付けばお弁当がきゅうりサンドばかりになる恐れがあります。注意。
ちょっと情報量が多く、プレイングに盛り込む内容が多くなりそうなので普通難易度となりましたが、基本はわいわい楽しくな感じです。皆さんが楽しむことが、かぱちゃんの強さにも繋がりますので、是非かっぱ相撲を満喫してください。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年11月19日
2015年11月19日
■メイン参加者 8人■

●温泉かっぱとの再会
「お風呂の一件でも、かぱたん一族の皆様に遊んでいただきましたが、こうしてまたお会いできるとは……!」
ふふ、と妖艶な含み笑いをしながら山奥の温泉に辿り着いた『身体には自信があります』明智 珠輝(CL2000634)は、ちょこちょこと近づいて来た古妖――温泉かっぱ達を発見して両手を広げた。
「かぱ、かぱー!」
と、どうやら彼らも、以前温泉に遊びに来てくれた覚者の皆を覚えていたようで、ひしっと抱き着いて『らぶ』一杯のハグで応えた。
「みんな、元気だった?」
菊坂 結鹿(CL2000432)もほんわかした笑みを浮かべて、かっぱの頭をなでなですれば、彼らも元気よく「かっぱ!」と頷く。今回皆に課せられた使命――それは一人前のかっぱになる為、相撲勝負に挑む温泉かっぱのお手伝いをすること。
「……かっぱにも、大人になるための試練なんてあるんだね」
古妖の世界にもいろいろあるんだなあ、と京極 千晶(CL2001131)がしみじみ頷くが、直ぐに気持ちを切り替えて淡い水色の瞳を輝かせる。
「かっぱのみんなとは温泉で仲良くなった件もあるし、かぱちゃんの力になってあげなきゃね!」
「かぱちゃん……董十郎さんのネーミングセンス、素敵です、ふふ……!」
で、試練を受けるかっぱは、他の仲間たちより一回りちいさいかっぱで『かぱちゃん』と命名されていた。直観的すぎるネーミングの主は『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)だったが、喜びに悶絶している珠輝はまんざらでもない様子だ。
「……いや、君の薔薇太郎も素晴らしい。芸術的な響きを感じさせる」
ものすごく真剣な表情で、董十郎が珠輝の守護使役――薔薇太郎を見つめる中。物陰から恥ずかしそうにかぱちゃんがやって来て、よろしくお願いしますと言うように勢いよく頭を下げた。
「かぱ……!」
(可愛い……。すごく可愛いわ)
その姿を一目見た、三島 椿(CL2000061)は忽ちきゅんと胸をときめかせるが――今回の目的を思い出してぎゅっと拳を握りしめる。
(こ、ここにはかぱちゃんを強くする為に来たのよ。しっかりしなくちゃ、私)
(かぱちゃん、ペンギンみたいで可愛い。温泉かっぱ可愛い。ずっと見ていたい)
――そんな椿と同じく、慈愛のまなざしを向けるのは『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)だった。鳥類、特にペンギンが好きな彼は、ペンギンの赤ちゃんのようなかぱちゃんにくぎ付けだ。
「っとと、そうじゃなくて……こんなに可愛い子が頑張るっていうんだから、応援しないわけにはいかないね」
ええ、と『月々紅花』環 大和(CL2000477)も冬月に頷き、ちょっぴり緊張しているかぱちゃんに、そっと笑顔を零した。
「かぱちゃん達には以前お世話になったわ。出来る限りお手伝いしてあげないといけないわね」
(あかん、やっぱ萌えるわ~)
恥ずかしそうにもじもじしているかぱちゃんを見つめ、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)はメロメロだ。しかし、そんなほんわかした雰囲気の中、敢えて喝を入れたのが『家内安全』田場 義高(CL2001151)だったのだ。
「いいかっ! 今回の勝負はもはやお前だけの問題ではない。温泉かっぱの名誉がかかっているっ!」
スキンヘッドの巨漢と言う義高の姿に「びくっ」と怯えてしまうかぱちゃん。しかし彼が一人前のかっぱになれるのなら、義高は怖がられようと気にするまい。
「二度と笑わせないように目に物を見せてやろうじゃねぇか、そうだろぅっ!!」
彼の決意を感じ取ったかぱちゃんは、彼に負けないように「かっぱ!」と元気よく頷いたのだった。
●汗と涙の猛特訓開始!
「こんにちは、かぱちゃん。私は京極千晶だよ、よろしくね」
さて、何はともあれ先ずは自己紹介からだ。ちょっぴり弱気になっている彼を励ませたら、と思いながら――千晶をはじまりに、皆が其々に挨拶を交わしていく。
(確か、かぱちゃんは古妖の河童さんに会いに行って馬鹿にされたんだっけ)
やっぱり河童同士のしがらみなんかがあるのだろうかと思いを馳せつつ、千晶はしゃがんでかぱちゃんと目線を合わせて声をかけた。
「かぱちゃん、古妖の河童さんに会ったんだよね? 自分より大きい河童さんに会いに行くなんてすごいよ」
「か、かぱ……!」
けれどかぱちゃんは、当時のことを思い出したらしい。ちみっこと馬鹿にされ、相撲なんて取れないだろうと野次を飛ばされた記憶に、かぱちゃんの目が潤むが――其処で椿が、彼の頭を優しく撫でて励ます。
「かぱちゃん、馬鹿にされるととても悲しくなるし、自分に自信がなくなっちゃうわ。かぱちゃんは頑張ろうとしていたのに」
こしこしと慌てて涙を拭うかぱちゃんを優しく見守りながら、ねぇと椿は頼もしく言葉を続けた。
「私たちが貴方を強くするために助けるわ。あの日、貴方を嗤った河童たちに貴方が勝つ為に」
「そうだよ、かぱちゃんは自分が勝てないって思ってるみたいだけど、やってないうちからそんなの分かんないよ」
ぐっと拳を握りながら、千晶も更に身を乗り出してかぱちゃんを元気づける。
「だってこっちには、かぱちゃんを強くするための強力な助っ人さんたちが居るよ! だから一回頑張ってみない?」
「……かぱ……」
――こくり、と。ふたりの励ましでかぱちゃんは辛い記憶を乗り越え、本当の意味でのスタートラインに立ったのだ。そんなかぱちゃんをよしよしと撫でて、椿は彼のしっとりとした手を握り誓いの握手を交わす。
「私たちはその為に来たんだから、一緒に頑張りましょう」
「かっぱ……!」
さて、そんな訳で、先ずはかぱちゃんの今の実力を知らねばならない。実際に相撲を取ってみることにした珠輝は、かぱちゃんと向き合って「く、ふふ……!」と妖しい笑みを浮かべた。
「さぁかぱたん、私が実戦のお相手です……! 私の身体に貴方の狂おしい張り手を……!」
「かっぱ、かぱー!」
ちょっぴり珠輝の迫力に気圧されたものの、かぱちゃんは懸命に彼へ向かって突進していく。やはり河童の一族と言うべきか、見た目に反してかぱちゃんは勢いがあったが、色々経験が不足しているようだ。ぺちぺちと珠輝に張り手を繰り出すかぱちゃんだが、直ぐに足元を掬われてころんと転がされた。
「……やはり、必要なのは基礎体力と精神力ですね。ふふ。いえこれは、決してかわいがりではありません……! 愛の鞭と言うと、私としては思う存分鞭打たれたいですが、ふふ……!」
――と、何やら遠い世界に旅立ちかけた珠輝を生暖かい目で見遣りつつ、実際に義高が強さについてレクチャーをする。
「いいか、強さとはただ喧嘩が強けりゃいいってもんじゃない。『心技体』は一度は耳にしたことがあんじゃねぇか?」
そう言った義高は指をひとつずつ伸ばしながら、具体的な説明を行っていった。先ずは力に溺れず、賢く、優しく、勇気があれという『心』。そして日々研鑽を重ね、いつでもその技能・技量を余すことなく思いのまま発揮できるようにせよという『技』。最後に怪我や病気知らずの屈強な体力を身につけ、常に充実の状態にあれという『体』だ。
「その三要素を備え、正々堂々の勝負姿勢で臨むことこそが本当の強さだ。わかるな?」
正座をして、真剣に義高の言葉に聞き入っていたかぱちゃんは「かっぱ!」と頷いて。早速義高は彼を促し、トレーニングを開始する。
「俺はこのうち『体』、体づくりを担当する。さぁ、いくぞっ!」
勿論、彼も一緒になって行うことにして、ランニングに始まりストレッチに腰割り(かっぱの腰は何処にあるのかということは置いておいて)、四股、すり足、鉄砲――などなど。やらせるだけは性に合わず、己にも稽古を課した義高も何時しか夢中になっていたようだった。
「僕で力になれるなら、精一杯やらせてもらうよ! と言う訳で頑張れー!」
そんな彼らを見守るのは、皆のサポートを行う冬月たち。運動部のマネージャーにちょっぴり憧れていた彼は、声援を送りつつ適度に休憩するように促して――水分補給のドリンクと、檸檬の蜂蜜漬けを差し入れする。ちなみにかぱちゃんは、きゅうりの方がお気に召したようだ。
(ああ、それにしても特訓するかぱちゃん可愛いなあ……!)
一方で、大和と結鹿は皆を食でフォローするべく料理にいそしんでいる様子。相撲には体力が必要なことを見越して、大和は塩むすびをお弁当として作り始めていた。
(お米と塩は一番いいと思うわ)
ついでにかぱちゃん専用のおにぎりも作っておこうと、彼女は董十郎が大量に持ってきてしまっていたきゅうりを分けて貰い、しょうゆと出汁で味付けを行う。
「……うん、きゅうりって意外とおかずになるのよ」
「そうなのか……盲点だった……」
愛情のたっぷり詰まった塩むすびを眺め、董十郎は流石だと唸っていた。これで、危うくきゅうりサンドばかりになりそうだったお弁当の悲劇は回避され、椿もほっと一息――幸い余分なきゅうりサンドは、珠輝が「うまー」と言いながら美味しく頂いてくれたようだ。
「後は三食のご飯だよね。飽きがこない様にバリエーションも沢山用意しなくちゃ」
そう言って腕によりをかけて、皆の食事を作っていくのは結鹿。小さい時から書き溜めていたレシピノートを参考に、美食家としての鋭敏な味覚センスを駆使した料理はお店顔負けだ。
「みんなナニ好きかなぁ? 希望があれば、和洋中なんでもいけるから遠慮なく言ってね」
みんなのために腕によりをかけちゃうよぉ♪ そんな結鹿の元気な声が、秋の山に響いていった。
●レベルアップかぱちゃん
さて、基礎体力をつけつつ凛が伝授するのは、更に一歩踏み込んだ技術――それは体幹を鍛え、相撲に限らず武術に必要な『正中線』を身につけさせることだ。
「究極のバランス感覚であるこれを身につければ、相手の攻撃にもぐらつきにくくなるし、相手のバランスも解るようになる。そこを突き崩すんや!」
「か、かっぱ!」
その為に凛は特製の訓練用下駄を準備、対決までかぱちゃんにはこれを履いてもらい、先ずは真っ直ぐに立てるようにさせる。その上で古銭に糸をつけたものを持たせ、常に重力の方法を意識させるのだ。
「ええか、自分が頭の天辺から糸で吊り下げられとる姿をイメージするんや」
「かっぱ!」
慣れない下駄を履いて足をぷるぷるさせながら、かぱちゃんは頑張って糸のついた古銭を握りしめて耐える。一生懸命頑張るその姿に、凛はちょっとときめきつつも――コーチとして毅然とアドバイスを送った。
「……そんで、腿の力や無く肚で立つんや。必要なんは唯一つ、転ぶ事を恐れん気持ちやで!」
――こうしてかぱちゃんは順調に特訓をこなし、最後にはどうにか珠輝に食らいつき、張り手で圧倒するまでになっていた。
「さぁ、温かいうちに召し上がれ♪ たくさん作りましたから、おなか一杯になってくださいね」
そして特訓の後のご飯は、結鹿が用意した業務用の寸胴鍋でたっぷりと。きっと沢山食べるよねぇ、と彼女は嬉しそうに笑って――更に具沢山で、ボリュームたっぷりのちゃんこ鍋も振舞う。
「あぁ、でも鍋だけじゃ足りないかなぁ? からあげと塩焼きと卵焼きと……あとコロッケとかもいるかなぁ」
まだまだ作り足りないと言うような結鹿に苦笑し、千晶はおなかいっぱいのかぱちゃんへマッサージを行っていた。あちこちにこしらえた打ち身や擦り傷には、大和が術符で作った絆創膏をぺたりと貼って労わる。
「特訓は辛いかもしれないけれど、がんばってね」
かっぱ、ときらきらした瞳で頷くかぱちゃんへ、そっと問いかけるのは椿だった。
「ねぇ、かぱちゃん。貴方はどうして強くなりたいの?」
その問いにかぱちゃんは、立派なかっぱになりたいと言うように「かっぱ!」と頷く。やはりかっぱにとって相撲は特別なもので、仲間まで馬鹿にされたりしたら嫌なのだろう。
「……目標を持って取り組めば、絶対に強くなれるわ」
そう言って椿はかぱちゃんをそっと撫でて。かぱー、と愛らしく鳴く姿に「きゅん」となってしまう。
「だ、抱きしめても良いかしら?」
かわいいっ、と思わず口に出してしまいそうな気持ちを懸命に押しとどめながら、椿が抱きしめたかぱちゃんはちいさくて、しっとりしてて――けれど、ほんのりあたたかかった。
●運命のかっぱ相撲
――こうして、運命のかっぱ相撲の日はやって来た。川河童の縄張りである山向こうの川へ乗り込んだ一行を、カッパカッパと川河童の挑発が出迎える。
「頑張っていたもの、きっと勝てるわ。あなたには勝利のおまじないがかかっているから大丈夫よ」
おまじない――ほっぺにちゅうをした大和が柔らかく微笑み、ちょっぴり緊張しているかぱちゃんの背中を押した。準備した塩むすびで腹ごしらえをしたら、いよいよかっぱ対河童の相撲のはじまりだ。
「かぱちゃん、頑張って。貴方なら出来るわ。叶えたい夢の為に頑張って」
椿も真剣に応援をし、千晶はかぱちゃんの雄姿をその目に刻み込もうと、真剣な表情で応援席に座る。――が、他の温泉かっぱをもふもふしつつなのは許して欲しい。
(僕みたいな男に応援されるより、可愛い女の子に応援された方が嬉しいよね……)
一方の冬月はせめて可愛くなろうと、覚醒して15歳の美少年の姿に変化した。と、こうなれば確りと自分の可愛さを自覚しているのが、冬月と言う青年である。
「この姿のオレならきっと力になれるはず。だってオレ可愛いからっ」
そうしている内に、川河童側がざわざわとどよめき出した。温泉かっぱの応援にやって来た人間が、揃いも揃って美少女ばかりだったからだ。
「クワッパ、カッパ!」
ずるいぞ! と言うように拳を振り上げて怒った川河童だが、その動きが不意にぴたりと止まった。何とその向かいには、まわし一丁で腕組みをして仁王立ちをした義高が居たのだ。自分もかっぱと共にある――微動だにせず直立不動の体勢で睨みを利かせる巨漢に、河童たちも「こいつ、出来る」と悟ったようである。
「よし、じゃああたしも相撲取るで。川河童と相撲なんて滅多にない機会やからな♪」
そしてなんと、相撲大会には凛も飛び入り参加を決めていた。水着の上からまわしを巻いているのだが、その姿はせくしー過ぎる。そんな可愛くないからガチ勝負出来るやろ、と気楽に思っていたのだが、河童たちはすっかり舞い上がって「俺が行く」「いや俺が」と押し合いへし合い状態だ。
「東ー……えー、川河童2匹。西ー、焔山アンドかぱちゃんー」
行司役の董十郎が其々の名前を読み上げて、簡単にこしらえた土俵で力士たちが対峙する。ちなみに焔山(えんざん)とは凛のしこ名だ。
「はっけよーい、のこった!」
「焔山こと焔陰流21代目(予定)焔陰凛、いざ参る!」
はじまりの声と同時に、先ず凛がぶちかましに気をつけて、がっぷりと四つに組む形へと持っていく。その素人離れした動きに、嘴をでれっと伸ばしていた河童も我に返ったらしい。
「カッパカッパー!」
すかさず河童はパワーに任せて押し切ろうとするが、凛は足裏を水平に保ち踏ん張らなかった。そのまま膝の力を抜き、足裏を真上に持ち上げる感覚で河童を持ち上げて投げ飛ばす――!
「腕力やなく、より強い背筋力を使う……これが古武術やで!」
訓練でも教えたが、実際にやってみせるのが一番だ。腕力で劣るかぱちゃんもこれならいけるかもしれない――現在かぱちゃんは大きい河童相手にも退く事無く、必死にしがみついて勝負に出ようとしている様子。
「かぱちゃんなら出来るって信じとるで!」
ぐぬぬ、と河童は侮っていたちみっこの強さに戸惑い、其処へ更に女性陣の華やかな歓声が降り注ぐ。
「きゃー、古妖の河童さんかっこいいー!」
「河童さん達、おてやわらかにね」
千晶が褒めちぎる中、大和は片目ウインクをして。椿も覚悟を決めて、川河童に手を振って此方に気を向けるようにした。
「可愛い子は負けないんだよっ。だって可愛いから!!」
自らも可愛らしさ全開で冬月がエールを贈り、結鹿はチアガールの衣装でポンポンを振っている。
「カ、カッパ……!」
「かぱー! かぱー!」
と、面食いの河童が「ぽっ」と頬を赤らめた瞬間を狙い、かぱちゃんも凛をお手本にして古武術を応用した投げ飛ばしを行った。
「カ、ッパ……!」
――そして川河童は土俵の外へと飛ばされて、がっくりと両手をついて項垂れたのだった。
「やったね、かぱちゃん!」
無事にかっぱ相撲に勝利したかぱちゃんを、仲間たちが一斉に胴上げをする。と、ちょっぴり怪我をしたかぱちゃんに、大和がおまじないのちゅうをして――自分たちもして欲しそうな川河童たちに、彼女は優しく微笑んだ。
「して欲しいならしてあげるわよ、その代わりちゃんとかぱちゃんを一人前と認めてあげてね」
「カッパ、カッパー!」
其処で熱い相撲勝負に感動した川河童たちが、俺たちも相撲を取りたいと一斉に群がって来た。やれやれと義高が苦笑いして四股を踏み、珠輝はスーツを脱ぎ捨てて金のラメ入りのまわし姿に変身――自慢のプリ尻を存分に見せつける。
「ふ、ふふ……! 明尻丸、参戦します……!」
――どうやら、かっぱ相撲はまだ続きそうな様子。こうしてかぱちゃんは一人前のかっぱになり、川河童と温泉かっぱは相撲を通して絆を深め合ったのだった。
「お風呂の一件でも、かぱたん一族の皆様に遊んでいただきましたが、こうしてまたお会いできるとは……!」
ふふ、と妖艶な含み笑いをしながら山奥の温泉に辿り着いた『身体には自信があります』明智 珠輝(CL2000634)は、ちょこちょこと近づいて来た古妖――温泉かっぱ達を発見して両手を広げた。
「かぱ、かぱー!」
と、どうやら彼らも、以前温泉に遊びに来てくれた覚者の皆を覚えていたようで、ひしっと抱き着いて『らぶ』一杯のハグで応えた。
「みんな、元気だった?」
菊坂 結鹿(CL2000432)もほんわかした笑みを浮かべて、かっぱの頭をなでなですれば、彼らも元気よく「かっぱ!」と頷く。今回皆に課せられた使命――それは一人前のかっぱになる為、相撲勝負に挑む温泉かっぱのお手伝いをすること。
「……かっぱにも、大人になるための試練なんてあるんだね」
古妖の世界にもいろいろあるんだなあ、と京極 千晶(CL2001131)がしみじみ頷くが、直ぐに気持ちを切り替えて淡い水色の瞳を輝かせる。
「かっぱのみんなとは温泉で仲良くなった件もあるし、かぱちゃんの力になってあげなきゃね!」
「かぱちゃん……董十郎さんのネーミングセンス、素敵です、ふふ……!」
で、試練を受けるかっぱは、他の仲間たちより一回りちいさいかっぱで『かぱちゃん』と命名されていた。直観的すぎるネーミングの主は『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)だったが、喜びに悶絶している珠輝はまんざらでもない様子だ。
「……いや、君の薔薇太郎も素晴らしい。芸術的な響きを感じさせる」
ものすごく真剣な表情で、董十郎が珠輝の守護使役――薔薇太郎を見つめる中。物陰から恥ずかしそうにかぱちゃんがやって来て、よろしくお願いしますと言うように勢いよく頭を下げた。
「かぱ……!」
(可愛い……。すごく可愛いわ)
その姿を一目見た、三島 椿(CL2000061)は忽ちきゅんと胸をときめかせるが――今回の目的を思い出してぎゅっと拳を握りしめる。
(こ、ここにはかぱちゃんを強くする為に来たのよ。しっかりしなくちゃ、私)
(かぱちゃん、ペンギンみたいで可愛い。温泉かっぱ可愛い。ずっと見ていたい)
――そんな椿と同じく、慈愛のまなざしを向けるのは『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)だった。鳥類、特にペンギンが好きな彼は、ペンギンの赤ちゃんのようなかぱちゃんにくぎ付けだ。
「っとと、そうじゃなくて……こんなに可愛い子が頑張るっていうんだから、応援しないわけにはいかないね」
ええ、と『月々紅花』環 大和(CL2000477)も冬月に頷き、ちょっぴり緊張しているかぱちゃんに、そっと笑顔を零した。
「かぱちゃん達には以前お世話になったわ。出来る限りお手伝いしてあげないといけないわね」
(あかん、やっぱ萌えるわ~)
恥ずかしそうにもじもじしているかぱちゃんを見つめ、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)はメロメロだ。しかし、そんなほんわかした雰囲気の中、敢えて喝を入れたのが『家内安全』田場 義高(CL2001151)だったのだ。
「いいかっ! 今回の勝負はもはやお前だけの問題ではない。温泉かっぱの名誉がかかっているっ!」
スキンヘッドの巨漢と言う義高の姿に「びくっ」と怯えてしまうかぱちゃん。しかし彼が一人前のかっぱになれるのなら、義高は怖がられようと気にするまい。
「二度と笑わせないように目に物を見せてやろうじゃねぇか、そうだろぅっ!!」
彼の決意を感じ取ったかぱちゃんは、彼に負けないように「かっぱ!」と元気よく頷いたのだった。
●汗と涙の猛特訓開始!
「こんにちは、かぱちゃん。私は京極千晶だよ、よろしくね」
さて、何はともあれ先ずは自己紹介からだ。ちょっぴり弱気になっている彼を励ませたら、と思いながら――千晶をはじまりに、皆が其々に挨拶を交わしていく。
(確か、かぱちゃんは古妖の河童さんに会いに行って馬鹿にされたんだっけ)
やっぱり河童同士のしがらみなんかがあるのだろうかと思いを馳せつつ、千晶はしゃがんでかぱちゃんと目線を合わせて声をかけた。
「かぱちゃん、古妖の河童さんに会ったんだよね? 自分より大きい河童さんに会いに行くなんてすごいよ」
「か、かぱ……!」
けれどかぱちゃんは、当時のことを思い出したらしい。ちみっこと馬鹿にされ、相撲なんて取れないだろうと野次を飛ばされた記憶に、かぱちゃんの目が潤むが――其処で椿が、彼の頭を優しく撫でて励ます。
「かぱちゃん、馬鹿にされるととても悲しくなるし、自分に自信がなくなっちゃうわ。かぱちゃんは頑張ろうとしていたのに」
こしこしと慌てて涙を拭うかぱちゃんを優しく見守りながら、ねぇと椿は頼もしく言葉を続けた。
「私たちが貴方を強くするために助けるわ。あの日、貴方を嗤った河童たちに貴方が勝つ為に」
「そうだよ、かぱちゃんは自分が勝てないって思ってるみたいだけど、やってないうちからそんなの分かんないよ」
ぐっと拳を握りながら、千晶も更に身を乗り出してかぱちゃんを元気づける。
「だってこっちには、かぱちゃんを強くするための強力な助っ人さんたちが居るよ! だから一回頑張ってみない?」
「……かぱ……」
――こくり、と。ふたりの励ましでかぱちゃんは辛い記憶を乗り越え、本当の意味でのスタートラインに立ったのだ。そんなかぱちゃんをよしよしと撫でて、椿は彼のしっとりとした手を握り誓いの握手を交わす。
「私たちはその為に来たんだから、一緒に頑張りましょう」
「かっぱ……!」
さて、そんな訳で、先ずはかぱちゃんの今の実力を知らねばならない。実際に相撲を取ってみることにした珠輝は、かぱちゃんと向き合って「く、ふふ……!」と妖しい笑みを浮かべた。
「さぁかぱたん、私が実戦のお相手です……! 私の身体に貴方の狂おしい張り手を……!」
「かっぱ、かぱー!」
ちょっぴり珠輝の迫力に気圧されたものの、かぱちゃんは懸命に彼へ向かって突進していく。やはり河童の一族と言うべきか、見た目に反してかぱちゃんは勢いがあったが、色々経験が不足しているようだ。ぺちぺちと珠輝に張り手を繰り出すかぱちゃんだが、直ぐに足元を掬われてころんと転がされた。
「……やはり、必要なのは基礎体力と精神力ですね。ふふ。いえこれは、決してかわいがりではありません……! 愛の鞭と言うと、私としては思う存分鞭打たれたいですが、ふふ……!」
――と、何やら遠い世界に旅立ちかけた珠輝を生暖かい目で見遣りつつ、実際に義高が強さについてレクチャーをする。
「いいか、強さとはただ喧嘩が強けりゃいいってもんじゃない。『心技体』は一度は耳にしたことがあんじゃねぇか?」
そう言った義高は指をひとつずつ伸ばしながら、具体的な説明を行っていった。先ずは力に溺れず、賢く、優しく、勇気があれという『心』。そして日々研鑽を重ね、いつでもその技能・技量を余すことなく思いのまま発揮できるようにせよという『技』。最後に怪我や病気知らずの屈強な体力を身につけ、常に充実の状態にあれという『体』だ。
「その三要素を備え、正々堂々の勝負姿勢で臨むことこそが本当の強さだ。わかるな?」
正座をして、真剣に義高の言葉に聞き入っていたかぱちゃんは「かっぱ!」と頷いて。早速義高は彼を促し、トレーニングを開始する。
「俺はこのうち『体』、体づくりを担当する。さぁ、いくぞっ!」
勿論、彼も一緒になって行うことにして、ランニングに始まりストレッチに腰割り(かっぱの腰は何処にあるのかということは置いておいて)、四股、すり足、鉄砲――などなど。やらせるだけは性に合わず、己にも稽古を課した義高も何時しか夢中になっていたようだった。
「僕で力になれるなら、精一杯やらせてもらうよ! と言う訳で頑張れー!」
そんな彼らを見守るのは、皆のサポートを行う冬月たち。運動部のマネージャーにちょっぴり憧れていた彼は、声援を送りつつ適度に休憩するように促して――水分補給のドリンクと、檸檬の蜂蜜漬けを差し入れする。ちなみにかぱちゃんは、きゅうりの方がお気に召したようだ。
(ああ、それにしても特訓するかぱちゃん可愛いなあ……!)
一方で、大和と結鹿は皆を食でフォローするべく料理にいそしんでいる様子。相撲には体力が必要なことを見越して、大和は塩むすびをお弁当として作り始めていた。
(お米と塩は一番いいと思うわ)
ついでにかぱちゃん専用のおにぎりも作っておこうと、彼女は董十郎が大量に持ってきてしまっていたきゅうりを分けて貰い、しょうゆと出汁で味付けを行う。
「……うん、きゅうりって意外とおかずになるのよ」
「そうなのか……盲点だった……」
愛情のたっぷり詰まった塩むすびを眺め、董十郎は流石だと唸っていた。これで、危うくきゅうりサンドばかりになりそうだったお弁当の悲劇は回避され、椿もほっと一息――幸い余分なきゅうりサンドは、珠輝が「うまー」と言いながら美味しく頂いてくれたようだ。
「後は三食のご飯だよね。飽きがこない様にバリエーションも沢山用意しなくちゃ」
そう言って腕によりをかけて、皆の食事を作っていくのは結鹿。小さい時から書き溜めていたレシピノートを参考に、美食家としての鋭敏な味覚センスを駆使した料理はお店顔負けだ。
「みんなナニ好きかなぁ? 希望があれば、和洋中なんでもいけるから遠慮なく言ってね」
みんなのために腕によりをかけちゃうよぉ♪ そんな結鹿の元気な声が、秋の山に響いていった。
●レベルアップかぱちゃん
さて、基礎体力をつけつつ凛が伝授するのは、更に一歩踏み込んだ技術――それは体幹を鍛え、相撲に限らず武術に必要な『正中線』を身につけさせることだ。
「究極のバランス感覚であるこれを身につければ、相手の攻撃にもぐらつきにくくなるし、相手のバランスも解るようになる。そこを突き崩すんや!」
「か、かっぱ!」
その為に凛は特製の訓練用下駄を準備、対決までかぱちゃんにはこれを履いてもらい、先ずは真っ直ぐに立てるようにさせる。その上で古銭に糸をつけたものを持たせ、常に重力の方法を意識させるのだ。
「ええか、自分が頭の天辺から糸で吊り下げられとる姿をイメージするんや」
「かっぱ!」
慣れない下駄を履いて足をぷるぷるさせながら、かぱちゃんは頑張って糸のついた古銭を握りしめて耐える。一生懸命頑張るその姿に、凛はちょっとときめきつつも――コーチとして毅然とアドバイスを送った。
「……そんで、腿の力や無く肚で立つんや。必要なんは唯一つ、転ぶ事を恐れん気持ちやで!」
――こうしてかぱちゃんは順調に特訓をこなし、最後にはどうにか珠輝に食らいつき、張り手で圧倒するまでになっていた。
「さぁ、温かいうちに召し上がれ♪ たくさん作りましたから、おなか一杯になってくださいね」
そして特訓の後のご飯は、結鹿が用意した業務用の寸胴鍋でたっぷりと。きっと沢山食べるよねぇ、と彼女は嬉しそうに笑って――更に具沢山で、ボリュームたっぷりのちゃんこ鍋も振舞う。
「あぁ、でも鍋だけじゃ足りないかなぁ? からあげと塩焼きと卵焼きと……あとコロッケとかもいるかなぁ」
まだまだ作り足りないと言うような結鹿に苦笑し、千晶はおなかいっぱいのかぱちゃんへマッサージを行っていた。あちこちにこしらえた打ち身や擦り傷には、大和が術符で作った絆創膏をぺたりと貼って労わる。
「特訓は辛いかもしれないけれど、がんばってね」
かっぱ、ときらきらした瞳で頷くかぱちゃんへ、そっと問いかけるのは椿だった。
「ねぇ、かぱちゃん。貴方はどうして強くなりたいの?」
その問いにかぱちゃんは、立派なかっぱになりたいと言うように「かっぱ!」と頷く。やはりかっぱにとって相撲は特別なもので、仲間まで馬鹿にされたりしたら嫌なのだろう。
「……目標を持って取り組めば、絶対に強くなれるわ」
そう言って椿はかぱちゃんをそっと撫でて。かぱー、と愛らしく鳴く姿に「きゅん」となってしまう。
「だ、抱きしめても良いかしら?」
かわいいっ、と思わず口に出してしまいそうな気持ちを懸命に押しとどめながら、椿が抱きしめたかぱちゃんはちいさくて、しっとりしてて――けれど、ほんのりあたたかかった。
●運命のかっぱ相撲
――こうして、運命のかっぱ相撲の日はやって来た。川河童の縄張りである山向こうの川へ乗り込んだ一行を、カッパカッパと川河童の挑発が出迎える。
「頑張っていたもの、きっと勝てるわ。あなたには勝利のおまじないがかかっているから大丈夫よ」
おまじない――ほっぺにちゅうをした大和が柔らかく微笑み、ちょっぴり緊張しているかぱちゃんの背中を押した。準備した塩むすびで腹ごしらえをしたら、いよいよかっぱ対河童の相撲のはじまりだ。
「かぱちゃん、頑張って。貴方なら出来るわ。叶えたい夢の為に頑張って」
椿も真剣に応援をし、千晶はかぱちゃんの雄姿をその目に刻み込もうと、真剣な表情で応援席に座る。――が、他の温泉かっぱをもふもふしつつなのは許して欲しい。
(僕みたいな男に応援されるより、可愛い女の子に応援された方が嬉しいよね……)
一方の冬月はせめて可愛くなろうと、覚醒して15歳の美少年の姿に変化した。と、こうなれば確りと自分の可愛さを自覚しているのが、冬月と言う青年である。
「この姿のオレならきっと力になれるはず。だってオレ可愛いからっ」
そうしている内に、川河童側がざわざわとどよめき出した。温泉かっぱの応援にやって来た人間が、揃いも揃って美少女ばかりだったからだ。
「クワッパ、カッパ!」
ずるいぞ! と言うように拳を振り上げて怒った川河童だが、その動きが不意にぴたりと止まった。何とその向かいには、まわし一丁で腕組みをして仁王立ちをした義高が居たのだ。自分もかっぱと共にある――微動だにせず直立不動の体勢で睨みを利かせる巨漢に、河童たちも「こいつ、出来る」と悟ったようである。
「よし、じゃああたしも相撲取るで。川河童と相撲なんて滅多にない機会やからな♪」
そしてなんと、相撲大会には凛も飛び入り参加を決めていた。水着の上からまわしを巻いているのだが、その姿はせくしー過ぎる。そんな可愛くないからガチ勝負出来るやろ、と気楽に思っていたのだが、河童たちはすっかり舞い上がって「俺が行く」「いや俺が」と押し合いへし合い状態だ。
「東ー……えー、川河童2匹。西ー、焔山アンドかぱちゃんー」
行司役の董十郎が其々の名前を読み上げて、簡単にこしらえた土俵で力士たちが対峙する。ちなみに焔山(えんざん)とは凛のしこ名だ。
「はっけよーい、のこった!」
「焔山こと焔陰流21代目(予定)焔陰凛、いざ参る!」
はじまりの声と同時に、先ず凛がぶちかましに気をつけて、がっぷりと四つに組む形へと持っていく。その素人離れした動きに、嘴をでれっと伸ばしていた河童も我に返ったらしい。
「カッパカッパー!」
すかさず河童はパワーに任せて押し切ろうとするが、凛は足裏を水平に保ち踏ん張らなかった。そのまま膝の力を抜き、足裏を真上に持ち上げる感覚で河童を持ち上げて投げ飛ばす――!
「腕力やなく、より強い背筋力を使う……これが古武術やで!」
訓練でも教えたが、実際にやってみせるのが一番だ。腕力で劣るかぱちゃんもこれならいけるかもしれない――現在かぱちゃんは大きい河童相手にも退く事無く、必死にしがみついて勝負に出ようとしている様子。
「かぱちゃんなら出来るって信じとるで!」
ぐぬぬ、と河童は侮っていたちみっこの強さに戸惑い、其処へ更に女性陣の華やかな歓声が降り注ぐ。
「きゃー、古妖の河童さんかっこいいー!」
「河童さん達、おてやわらかにね」
千晶が褒めちぎる中、大和は片目ウインクをして。椿も覚悟を決めて、川河童に手を振って此方に気を向けるようにした。
「可愛い子は負けないんだよっ。だって可愛いから!!」
自らも可愛らしさ全開で冬月がエールを贈り、結鹿はチアガールの衣装でポンポンを振っている。
「カ、カッパ……!」
「かぱー! かぱー!」
と、面食いの河童が「ぽっ」と頬を赤らめた瞬間を狙い、かぱちゃんも凛をお手本にして古武術を応用した投げ飛ばしを行った。
「カ、ッパ……!」
――そして川河童は土俵の外へと飛ばされて、がっくりと両手をついて項垂れたのだった。
「やったね、かぱちゃん!」
無事にかっぱ相撲に勝利したかぱちゃんを、仲間たちが一斉に胴上げをする。と、ちょっぴり怪我をしたかぱちゃんに、大和がおまじないのちゅうをして――自分たちもして欲しそうな川河童たちに、彼女は優しく微笑んだ。
「して欲しいならしてあげるわよ、その代わりちゃんとかぱちゃんを一人前と認めてあげてね」
「カッパ、カッパー!」
其処で熱い相撲勝負に感動した川河童たちが、俺たちも相撲を取りたいと一斉に群がって来た。やれやれと義高が苦笑いして四股を踏み、珠輝はスーツを脱ぎ捨てて金のラメ入りのまわし姿に変身――自慢のプリ尻を存分に見せつける。
「ふ、ふふ……! 明尻丸、参戦します……!」
――どうやら、かっぱ相撲はまだ続きそうな様子。こうしてかぱちゃんは一人前のかっぱになり、川河童と温泉かっぱは相撲を通して絆を深め合ったのだった。
