ひんやりするあいつ
ひんやりするあいつ


●夏休みの公園
 夏の日差しがじりじりと肌を焼く。アスファルトの上には陽炎が揺らめき、セミがけたたましく鳴いている。
 近畿地方の最高気温は軒並み30度を超え、元気に駆け回っているように見える子供たちも、茹だるような暑さにうんざりとし始めていた。
「ねえ、あれなぁに?」
「うお! 行ってみよーぜ!」
 だから、それに興味を持つのも、当然の事と言える。

 子供たちの視線の先には、つるりとした、丸っこいフォルム。まぁるいお目目と、鳥さんのあんよ。

 寒い所に居るあいつの姿をしたそれに、目を輝かせて子供たちは走り寄る。
 直後、それが暴れ始めるまで、妖であるなどとは夢にも思っていなかった。

●ペンギン型のあいつ
「というわけで、低級の妖が現れたよー!」
 久方 万里(ID:nCL2000005)が掲げたスケッチブックには、可愛らしいペンギンが描かれている。
 この日本において、どこにでもいる動物ではないのに何故ペンギンが……と覚者の一人が呟けば、万里は信じられない事を言ってのけた。
「あ、ちなみにこの妖、物質系だよ。元になった物体はかき氷器みたいだね」
 よくよく見れば、お腹の辺りが空洞で、頭にハンドルらしき何かが生えている。何とも気の抜ける外見だが、2m以上あるらしい。
「可愛いからって油断しちゃ駄目だよ! ここから冷たい氷を発射するんだから!」
 お腹の穴にぐりぐりと白いクレヨンを擦り付け、敵の能力について説明する。
 鋭く削った氷は遠くまで飛び、命中すれば出血を伴う。また、細かく削った氷が吹雪のように舞い、戦場全体を覆って凍傷の効果を与える事があると言う。近くに居る相手には頭突きをする事もあるようだ。
「見ての通り、足が短くて動きは鈍いんだけどね」
 ずんぐりした体型は、素早い動きとは程遠いように思われた。その分、頑丈なボディを持っている為、非常にタフではあるのだが。回復手段を持たないので、おにーちゃん達なら難しくないでしょうと万里は屈託なく笑う。
「困った事に、真昼間の公園に現れるんだよ。夏休み中で小学校の低学年くらいの子が何人か居るから、戦闘に巻き込まないように注意してね」
 突然現れた妖に興味津々で近付いてしまう子も居るようなので、上手く立ち回る必要がある。
 とはいえ幼い子なので、何かしらの理由を付けて事前に追い出す事も出来るかもしれない。
「ランク2の妖が1体だけだから、皆なら大丈夫だよ!」
 でも熱中症が怖いよね、と塩入りの飴玉をポケットからいくつか取り出し、覚者達の手に握らせると、大きく手を振った。
「以上、万里の夢見情報でした! それじゃ気を付けて、いってらっしゃい!」


■シナリオ詳細
種別:β
難易度:普通
担当ST:宮下さつき
■成功条件
1.妖(物質系:ランク2)1体の討伐
2.なし
3.なし
初めまして、宮下です。
妖1体の討伐をお願い致します。

・敵情報
ペンギン型かき氷器の物質系妖1体
氷発射:物理、遠距離、出血
かき氷噴射:特殊、全体、凍傷
頭突き:物理、近接、ノックバック

・場所
ごく普通の街区公園。
一般的な遊具がありますが、戦闘に差し支える事はありません。

・その他
現時点では組織の存在を一般に秘しています。
今回登場する一般人は幼い子達ばかりですが、
F.i.V.E.についての口外はお控えください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年08月16日

■メイン参加者 8人■


●今日も猛暑日です
 じーぃじーぃ。しゃいしゃいしゃいしゃい。
 そこかしこからセミの鳴き声が響き渡る、日中の公園。これも夏の風物詩であるが、暑苦しさを助長しているようだった。
 木陰に入り、僅かながら温度が下がったのを感じ、『少女失格』津島 陽子(CL2000515)はふうと安堵の息を漏らした。
 ここならば、公園の全体を見渡せる。指先で細身の眼鏡のフレームを押し上げ、燦々と輝く太陽の下で走り回る子供たちを見つめた。
 ――二度と力の使い道を誤る事はあるまいと、確かな決意を胸に。
 かり、と小さくなった飴玉を噛み砕く音が、小気味よく響いた。

「あつっ!」
 直射日光に晒された金属製の蛇口は、かなりの高温になっている。喉を潤おそうと思ったものの、水もぬるいであろう事を察した少年はしかめっ面をし、水飲み場を睨みつけていた。そんな少年に、ふと影が差す。
「お兄ちゃん、何で晴れてるのに傘差してるの?」
「晴れているから……かの?」
「ふぅん?」
 不思議そうに首を傾げる少年と視線の高さを合わせ、由比 久永(CL2000540)は目を細めた。彼の色素の薄い瞳には、夏の日差しは少々眩しすぎる。
「長く遊ぶには休憩も必要だ」
 仲間の居る方角を指し示し、お菓子を配っていると話せば、少年は目を輝かせた。
「今なら冷たいじゅーすもあるぞ」
「わぁい!」
 大喜びで駆け出した少年の背を見送り、ぽつり。
「……余も欲しい、暑い」
 呟かれた声は、喧しいセミの声に掻き消された。

「こうじー?」
「そう、工事」
「がーってやつ?」
「そう、ががーってやるの」
 辻倉 カノエ(CL2000252)の説明を、子供たちも何となく理解したようだ。どうしよっかと困り顔の彼らに、色とりどりの包み紙に包まれたチョコレートを手渡す。
「少し溶けちゃってるかも。でも、あっちにお菓子屋さん来てたよ。もっといろんなお菓子があるかもね」
「ほんと?!」
「行ってみよ!」
 子供たちは我先にと走り出すが、一人の少女がくるりと振り返り、
「おねーちゃん、これありがと! あたしはチョコが一番好きだよ」
 自分の口を指してはにかんだ。カノエは思わずつられて笑い、別珍の赤いリボンが結ばれた小袋を取り出す。
「みんなには内緒だよっ」
 中には、秘蔵のチョコレート。しーっ。人差し指を立てて、二人の秘密。

「はーい、お友達のみんなー! あっつまれー☆」
「え、えっと……きみたちっ、お菓子の移動販売をやってるよっ!」
 お菓子の出張販売を装った春霞 ビスコ(CL2000888)と離宮院・太郎丸(CL2000131)が声を張り上げれば、仲間に誘導された子供たちが集まった。彼らは二人の手に握られた、すねこすりの人形にも興味を示している。
「これから公園を工事するので、外で待っててね。からだに悪い光が出るから、ぜーったい中を見ちゃダメよ? 約束を守れるよい子には……なんと、お菓子をプレゼント!」
 ビスコの掲げた水滴が付いたラムネの瓶は、とても涼しげで。子供たちは歓声を上げて、ぞろぞろと近くの空き地へとついていく。
 最後尾に居た太郎丸は仲間へ目配せし、結界を張った。これで公園内に居るのは、覚者達だけのはずだ。

 子供たちが出て行ったのを見届けるなり、『人懐っこい蛇』三間坂 雪緒(CL2000412)はひらりと跳躍し、ザイルクライミングの上に立った。物陰に子供が残っていないか、高い位置から確認する為だ。公園の周囲は木々に囲まれていて、人家が近いとはいえ人目を気にしなくて済みそうだ。
 彼女が視界の隅で何かが動いたのを認め、目を凝らして見れば、プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の守護使役であるチーカマがひょっこりと顔を出した。ともしびでトンネル型の遊具の中を照らしている。
「言う事を聞かない悪い子は、いないようだね」
「ええ。何故かき氷器が妖になったのか、原因も探りたいところですが……、まずは妖の捜索といきましょう」
 何か思う所があったのか、外の道路を見ていた梶浦 恵(CL2000944)が、公園へと意識を戻す。
「そうだね。……まあ思いの外、早く片付けられそうだ」
 帽子のつばを少し持ち上げ、雪緒が見つめる先には、妖の捜索に当たっていた仲間の姿があった。
「民のみんなー! 余がペンギン見つけたよ、余が!」
 がっしょんがっしょんがっしょん。爽やかな笑顔を浮かべて駆けてくるプリンスの後ろを、ペンギンを模した巨大なかき氷器が追いかけてきていた。

●やってきたあいつ
「子供の気を惹く見た目で公園に現れるとは、確信犯かい?」
 もっとも、低級の妖にそういった思惑など無いのだろうが。雪緒がトリガーを引くと、ペンギンの体から金属質な音が響いた。
「外見だけなら、公園にいても違和感はないのだがなぁ」
 赤い翼を羽ばたかせて距離を取りつつ、久永は霧を生む。眩い日差しの中に突然発生した濃霧は、まるで意思を持つかのようにペンギンに絡みつき、能力を奪ってゆく。
 霧を振り払うように、ペンギンが短い手を広げた。お腹にぽっかりと開いた穴の中で、何かが微かに光る。それが氷だと気付くが早いか、プリンスは正面に立ちはだかった。
「やぁニポンの鳥! 余だよ!」
 射出された氷を肩口に受けて血がしぶくも、無邪気に笑って見せる。
「ペンギンは日本の鳥じゃないけどね」
 陽子が美しい黒髪をなびかせ、卯杖舞を舞うがごとくワンドを振るえば、清く甘やかな香りが辺りに漂った。治癒力を高め、攻撃に備える。
 ぎらり。覚者を敵だと認識したらしいペンギンは、目を鋭く光らせた。次の瞬間、ペンギンは走――否、つるりとした腹を下にして、滑走した。
「滑ってきた?!」
 カノエは咄嗟に体の前で腕を交差させ、丸い頭を受け止めた。吹き飛ばされそうな衝撃を受けるが、ノックバックを警戒していた甲斐あって、すんでの所で踏み止まる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
 土行の鎧の効果もあり、大事には至らなかった事に胸を撫で下ろし、恵は圧縮した空気を威嚇するように撃ち込んだ。対するペンギンは、体を起こして恵に向き直る。
「させませんよっ」
 子供たちの誘導を終えた太郎丸が割って入り、手の甲の紋様を空色に輝かせた。
「きゃー、たろちゃん、さすがうちの嫁!」
「よ、嫁って……」
 仲間を癒しながら甲高い声援を送ったビスコに、僅かに頬を染める。男子としては、少々複雑な応援かもしれない。
 ゴォオッ! ペンギンが、穴から真っ白な雪を噴き出した。
「参ったね。蛇は暑さも寒さも苦手なんだ」
 照り付ける日差しの下で吹雪が荒れ狂う異様な光景を、翳したシールドの陰から雪緒は見つめる。
「おいたが過ぎるペンギンさんね」
 英霊の力を借りる陽子の脇を、プリンスが駆け抜けた。前傾姿勢を取ったペンギンの額を、振り下ろした大鎚が捉える。
 どう、と鈍い音が響いた。後方に吹き飛んだのは、プリンス。
「押し負けちゃった、ね」
 受け身を取るも、決してダメージは小さくない。すかさずビスコが樹の雫で癒す。
「ここは通さないよ!」
 自身も凍傷を負いながらも陣形を立て直すまでは退かないと、カノエが大地を隆起させた。ぐらり。ペンギンがバランスを崩した瞬間を見逃さず、太郎丸が精度の高い攻撃を叩き込む。
「ビスコさんは回復の要。絶対に守りますっ」
「太郎丸くん、わたしも頑張る……!」
 頼もしい少年の背で、ビスコは目を潤ませた。太郎丸への愛に生きる戦士(と書いてルビはらぶうぉりゃー)の誕生である。
「かき氷器のお友達が欲しいのでしょうか。それとも――」
 エアブリットを撃ち込まれても怯まず立ち向かうペンギンに、恵はそっと問い掛けた。答えが返ってくる事など期待していないが、研究者である彼女は、原因を探らずにはいられない。
「特大のかき氷なぞ作れたら良かったのだがのぉ」
 同じく攻撃の間隙を埋めるように、久永も空気の弾丸を放った。覚者達の攻撃は確かに当たっているのだが、どれも決定打には至らず、敵にはまだ余裕が見て取れる。
 その時、ガリ、と氷を削る音がした。
「やはり――、かき氷がくる!」
 手動のハンドルが付いているのなら、恐らくそれは。ペンギンの予備動作を観察していた雪緒が、声を上げた。氷が噴き出すよりも早く間合いを詰め、苛烈な一撃を噴出口目掛けて叩き付ける。
 ガタガタと音を立ててペンギンの頭のハンドルが回り、なおもかき氷を噴射するが、どちらかといえば暴発に近いように思われた。噴射口以外からも、冷気が噴き出している。幾名かが凍傷を受けるが、恵が演武を舞い、回復を促した。戦いの流れが、確実に覚者達に向いていた。
「余が抑えるよ!」
 因子の力で自身を硬化させたプリンスが、敵の行く手を阻むように前衛に復帰する。動きを鈍らせたペンギンに、天行の術式を習得した者達が、一斉に雷雲を呼び寄せた。
 ドオン、と地面を振るわせるような音が轟いた。ぎちぎちと節々から軋むような音を立て始めたペンギンに、追い討ちを掛けるようにカノエのスリングが、ビスコの波動弾が襲い掛かる。
「夢物語は此処までよ。さあ、最後のページを閉じましょう」
 陽子が書物のページを捲れば、いつの間に付着させたのか、ペンギンのお腹に張り付いた種から芽が生えた。全身を覆い尽くすように伸びた蔦に締め上げられ、ペンギンが動きを止める。
 ごとり。大きなペンギンの姿は消え失せ、地面の上にはごくごく普通のかき氷器が落ちていた。

●平和な昼下がり
「いえーい、びくとりー☆」
 ビスコが勝利のお祝いにちゅーしたるで、と迫ると、太郎丸は顔を赤らめた。
「えっと、あの……ってお酒臭っ?!」
「水分補給は大事よー?」
 ちなみにアルコールには利尿作用がある為、炎天下で嗜むのは脱水症状になり易く大変危険である。良い子は大人になっても真似をしてはいけない。
「氷の攻撃も、見た目だけなら涼しいのになぁ」
 転がっていたかき氷器を起こし、かき氷が食べたくなるねとカノエはぼやいた。
「ところで、これでかき氷とやらはどうやって作るのだ?」
「ここに氷を入れるんですよっ。上のハンドルを回すとここの刃に氷が……」
 顎に手を当てて考え込む久永に、太郎丸が説明する。
「なるほど、これがニポンの夏なんだね? 余もちょっとやってみたいなー」
 隣で話を聞いていたプリンスも、興味津々なようだ。
「ううむ、ただ国交未締結ではペンギン持ち帰りには国家間調整が……」
「え、そんな大事になっちゃうんですか」
 わいわいとかき氷器を取り囲む面々を静かに眺めていた陽子が、不意に視線を落とした。
「まだそんなに使った形跡も無いのに、何で妖なんかになってたのかしら」
「仮説ですが」
 報告書を作成する為にメモを取っていた恵が手を止め、振り返る。
「先程、そこの道路を通った粗大ごみの収集車……荷台にかき氷器らしき物もいくつか見受けられました。これも、元はそうやって捨てられた物ではないでしょうか」
 どういった過程で念が宿ってしまったかは不明だが、このような所を闊歩していたのだから、あり得る話だ。
 陽子は少し考えた後、かき氷器をひょいと持ち上げた。
「持って帰ろうと思うのだけど」
 ――大事にするから。そう付け足せば、恵の艶やかな唇が弧を描いた。
「いいなー、余もかき氷でキンキンしたいなー」
「それなら、これから甘くて冷たいスイーツでも食べに行かないかい?」
 雪緒が美味しい店を知っているのだと提案すれば、異を唱える者は居なかった。
「かき氷食べにいこ、かき氷♪ くっはー、それにしても、あっちぃやねー……」
「老体にこの暑さは堪えたわ。少しばかり涼んでから帰るとするかのぉ。かき氷ならば、余は宇治抹茶金時が良い」
「メロンシロップがいいなー」
「戦いの後の甘いものって、体にも心にも沁みるものよね」
「あ、空き地に居る子供たちに、工事が終わったって伝えてこなくちゃ!」

 無事に子供たちの遊び場を守り、覚者達は公園を後にした。
 何の変哲もないペンギン型のかき氷器を一つ、携えて。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです