泥の中に潜むモノ……。
泥の中に潜むモノ……。


●泥の領域
 日が落ちて、街灯がポツポツと灯り始めた宵の口。暗くなった夜道を一人の男が家路を急いでいた。辺りはすっかり冬の様相で、道を外れた所には昨晩に降った雪が溶けずに残っており、夏には稲が生い茂っていた田んぼも今では雪の白に覆われている。
「早く帰って、いい加減コタツでも出さないとな」
 そう呟きながら、冷え切った指先を擦り合せて歩く男の目に妙な光景が映った。
 舗装された道の左右に広がる田園。昨晩の雪が泥の地面の上に降り積もっているが、その上に小さな足跡があったのだ。動物の足跡ではない。人間にしても小さいので子供の足跡だろうか。
「雪の上を裸とか、子供は元気だなぁ。まあ、この時期に積もるのも珍しいしな……って、あれ?」
 自分の見ている光景に何か違和感を感じ、もう一度見渡してみる。よく見れば田んぼの中の雪で遊び回ったように、いたるところに足跡が残っているが、それは全て田んぼの中にしか残っていない。
 田んぼに入った足跡も、田んぼから出た足跡も無いのだ。
 田んぼの中だけに残る小さな足跡……。見間違えだとは思ったものの、薄気味悪さを感じて男が歩みを速める。その時、急に男の脚が掴まれた。
「う、うわぁっ!?」
 バランスを崩して倒れた男が見たものは、泥の中から這い出て自分の脚を掴んでいる子供のような人影。ただし、その顔には一つだけしか目がなかった。
ひぃっ、と上ずった悲鳴を上げた男の身体が、ずりずりと田んぼの中に引き込まれていく。
「だ、誰か助け……っ」
 男が言い終わらないうちに、ズボッと何かが泥の中に沈む音がして、そして何も聞こえなくなる。彼の姿の代わりに残されたのは、田んぼへと何かが引きずられたような跡だけであった……。

●泥坊主について
「みんな、万里の為に来てくれてありがとね~~っ」
 少し青白い顔で、それでも元気そうに皆を迎えたのは、夢見の久方 万里(nCL2000005)だ。いつも天真爛漫な彼女であるが、先ほど見たという『夢見』のせいか今はテンション低めである。
「今回みんなにお願いしたいのは、田んぼに住み着いた泥坊主の退治だよっ」
 泥坊主。泥田に住み着く妖で、F.i.V.E.の調査では泥に意思が宿った自然系の妖だという事が判明している。
「泥坊主の属性は、土。一つ目で人間の子供くらいの大きさの妖って言われてるんだけど、今回確認した3体のうち1体はそれよりかなり大きいわ。きっとコイツが親玉ね!」
 万里が一枚の写真を取り出す。念写によって写し出された泥坊主の姿だ。ずんぐりとした子供のような体躯に、大きくつぶらな一つ目が印象的である。見る人によっては、ゆるキャラの一種かと思ったかもしれない。
「泥坊主はランク1の妖なんだけど、大きい泥坊主の方は用心してランク2くらいに考えてね。小さい方も外見の割に力が強いから油断禁物よ。夢見で犠牲になった男の人も抵抗したけど、抗えず田んぼの中に引きずり込まれてしまって……」
 その時の夢を思い出したのか、俯いて肩を震わせる万里。
「泥の中で身動きが取れなくなった上に、マウントポジションを取られてタコ殴りにされたの……っ」
 顔を両手で覆って、吐き捨てるように言い放った。
「幸い殺される事はなかったみたいだけど、かなりの重症ね。いずれにしても、危険な妖を野放しには出来ないわ。いい報告、期待してるねっ」
 そう言って、万里はみんなを見送った。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:走流
■成功条件
1.妖3体の討伐
2.妖逃亡の阻止
3.なし
初めまして、走流です。
本当はもっと早くにガイドを出す予定でしたが、ずるずると遅くなってしまい、気が付けばもう12月ですよ!?
……ハイ、すみません。反省しています。

今回の目的は妖の討伐です。ただし、親分らしき妖が倒されると子分の方は逃げる可能性が高いので、被害を拡大しないためにも逃亡は阻止してください。
また、雪の積もった泥田の上が戦場になるかと思いますので足場は悪いです。
きちんと対処すれば難しい敵ではありませんが、かといって雪で遊んだりしないように
くれぐれもご注意を。

敵情報
種類:妖 自然系
泥坊主 ランク1 2体

性質:普段は泥の中に潜み、人が近づいたら捕まえて、自分に有利な泥田の中に引き込もうとする。
戦闘スキル:
●タコ殴り 近距離単体攻撃
●泥弾(泥を投げつける技で、命中すると泥が体に張り付きます) 遠距離単体攻撃+バッドステータス 鈍化

ビッグ泥坊主 ランク2 1体

性質:泥坊主と基本的には同じ妖。巨体故に動きは鈍重になっているが、その分攻撃力は高く、知能も若干高い。泥坊主の親分的な存在らしい。
戦闘スキル:
●薙ぎ払い 近距離列攻撃
●泥津波 列貫通攻撃+バッドステータス 鈍化
●泥吸収(周囲の泥を吸い取り、自分の体の損傷を塞ぎます) 自回復

場所:舗装された道路と、その両脇に広がる泥田
泥田の上にはうっすらと雪が積もっています。けっこうぬかるんでおり、足を取られやすいです。
泥坊主達はこの中を自由に動けますが、一方で舗装された道路の上だと動きが鈍くなるようです。

時間:午後6時(日が完全に沈む前の薄暗い夕暮れ刻。被害者が通りかかる30分前に到着します)
天気:曇り
被害者:30代のサラリーマン
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2015年12月24日

■メイン参加者 5人■


●いざ、泥の中へ
「それじゃぁたんぼへれっつごー!」
 夕暮れに染まる空の下で、ククル ミラノ(CL2001142)が張り切って声を出した。
 妖がいるという泥田へと、5人の覚者が語らいながら向かう。
「ちっちゃいのとおっきいのがいるみたいだけど、親子なのかな? 人に危害を加えるなら放っておけないけどね」
 御白 小唄(CL2001173)は悪者を倒すのに嫌はないが、相手が親子なのかもしれないと思うと少し複雑そうな表情だ。
「泥田に引きずりこまれるって怖いのー」
 小唄の言葉にこくこくと頷いたのは、野武 七雅(CL2001141)だ。
「そうよねぇ。自分に有利なテリトリーに引きずり込むなんて、中々かしこい妖みたいねん♪ 見つけてお仕置きするのが楽しみねぇ♪」
「仕置なんて甘いわ。知ってる? 泥の中には山程生き物がいるのよ。増殖していく微生物に忌まわしき虫どもや悍ましい環形動物類に至るまで……おえっ。そんなのの妖がほっつき歩いて暴れるとか最悪だわ。駄目だわ。無いわ! 絶対に跡形もなく燃やし尽くして滅菌してやるんだからっ!」
 好奇と嫌悪。対照的な反応をみせているのは、魂行 輪廻(CL2000534)と『浄化』七十里・夏南(CL2000006)だ。
「おー、みんなやるきだねっ! ……あ、あそこじゃない? あしあとのあるたんぼ!」
 ミラノが指さした先には泥田が一面に広がっている。そして、辺りは薄暗くなってきているが、確かにその中の一つに子供の足跡のようなものが、点々と残されていた。
「確かに子供の足跡みたいねぇ。……ちょっと待ってねん♪」
 輪廻は皆をその場に静止させ、田んぼを見渡しながら鋭聴力で泥坊主がどこにいるかを探ってみた。しかし、輪廻の耳をもってしても不審な物音は何一つ拾えなかった。泥坊主だけでなく、他の生き物が出すであろう音も不自然なまでに何も聞こえない。
「獲物がくるまで、じっと待ち続けるタイプかしらん? でもそれなら、逆に特定しやすいわねぇ♪」
「……夢見では、道路のすぐ近くで人が襲われてたのー」
「つまり、田んぼの道路際で泥坊主が待ち構えてる可能性が高いって訳ね?」
 七雅と夏南が泥坊主が潜んでいると思われる辺りにじっと目を凝らす。だが、まだ距離があるからか、不審な場所は見当たらなかった。
 その間にミラノが結界を張り終え、これからの戦闘に通りかかる一般人が近づいて巻き込まれないようにする。準備は整った。
 それぞれに武器を取り出し、慎重に足跡の残る泥田へと近づく覚者達。……だが予想と違い、泥田の際にまで近寄っても一向に泥坊主が姿を見せてこない。
「も、もしかして、僕らに気づいて逃げちゃった……とか?」
 恐る恐るといった様子で、小唄が田んぼの中を覗いてみる。
 一見すると何の変哲も無い泥田。その泥の中で、ぱちくりと開いた目と小唄と目が合った。
「うわぁぁーーっ!?」
 慌てて身を引く小唄。泥の中から這い出た泥の塊、泥坊主がその脚を掴もうとし、逆に小唄が反射的に繰り出した鋭刃脚を受けて泥田の中へと蹴り戻された。
「出てきたわねぇ。弱い者いじめする子は、お仕置きよん♪」
「……汚い。さっさと綺麗に焼却してやりましょう。いくわよ、ピュラリス」
「び、ビックリした! ビックリしたよ、もうっ!」
 中衛・後衛のミラノと七雅が見守る中、輪廻、夏南、小唄が泥坊主を追って、彼らの領域である泥田の中へと足を踏み入れていった。

●泥だらけ、泥まみれ
「あああ気持ち悪い! 気色悪い! 怖気がする!」
 夏南がテンション高めに醒の炎を発動させて身体能力をアップさせる。翼を羽ばたかせて見据える先は、潔癖症の彼女にとっては存在自体が許しがたい泥坊主。だが、情報とは違って未だ1体しか姿を見せていない。この泥田のどこかで、こちらの隙でも伺っているのだろうか。
 ランク1に知性はないはずだが、確実に仕留められるところに獲物がくるまで息を潜めて待ち構える、そんなのは虫共だってやっているのだから、おかしくはないのだろう。
 思考を巡させている夏南の下を、輪廻が泥坊主に向かって駆けていく。ただ、足元が泥に沈み込み、満足な速度では動けていないようだ。
「泥は厄介ねぇ。夏南みたいに飛べたらいいのかしらん? ……流石に、はいてからよねぇ」
 泥坊主が輪廻に向かって泥弾を発射。輪廻は直撃して態勢を崩しながらも、カウンターで飛燕を叩き込んだ。泥坊主が衝撃に大きく仰け反って動きが止まる。そこへ後方から種が着弾し、急成長して大きな裂傷を負わせた。ミラノの棘一閃だ。
「ほらほらっ! ミラノはこっちだよっ」
 大きく手を振って泥坊主にアピールするミラノ。泥田の中ではやはり泥坊主が有利。それなら泥坊主を泥田の外まで誘い出せればいいと考えての事だ。
 だが、泥坊主は一瞬そのつぶらな瞳でミラノを見るが、すぐにそっぽを向いてしまう。やはり泥田からは簡単には出てこないようだ。
「! 輪廻おねーちゃん、後ろ……なのっ」
 その時、七雅が声をあげた。後方にいた彼女は、錬覇法で自身の英霊の力を引き出しながらも敵の動きを観察していたために、輪廻の後ろの泥が不自然に動いたのを見逃さなかったのだ。
 輪廻がその声に、振り向かず反射的に横へと跳躍。背後より襲ってきたもう一体の泥坊主の拳が背中を打つが、避けるのが早かったために衝撃の大半を受け流して受身を取る。すぐさま小唄がカバーに入り、鋭刃脚で新たに現れた泥坊主も蹴り飛ばした。
「どこからでも出てくるのは厄介だよね! ……あれ、そういえばおっきいのもいるんだっけ?」
 むくりと起き上がった泥坊主2体に注意しながらも、周囲を警戒する覚者達。……すると、泥坊主達の間の泥が大きく盛り上がり始めた。
 先ほどのような奇襲に備えて身構える彼らの前で、泥の塊はズズズ……ッと地鳴りを響かせながら、その巨体を露わにしていく。巨大な泥の塊から、バチンッと巨大な瞳が開き、覚者達をゆっくりと見下ろした。
「「「でかーーーーっ!!」」」
 その体長は3メートルを超え、横のサイズも同じぐらいあるだろうか。通常の泥坊主が1メートルにも満たないので、かなり規格外な大きさである。
 泥の巨体が大きく腕を振りかぶる。緩慢な動きだ。しかし、こちらを薙ぎ払う腕が直前で大きくリーチを伸ばし、前衛の夏南、輪廻、小唄をまとめてぶっ飛ばした!
 ドボボンッ!
 激しい泥柱を上げて泥の中に沈む3人。泥がクッションになったお陰で見た目ほどのダメージは無いが、全身ずっぽりと泥にまみれてしまう。
 親分の登場に戦意が盛り上がったのか、すっかり泥に浸かってしまった覚者達に小さな泥坊主達が襲いかかってきた。そして、それと同時に絹を裂くような悲鳴があがる。
 悲鳴の主は夏南。妖に恐れをなして、ではない。体全身が泥で汚れてしまった事に対してだ。少し涙ぐんだ目が、鬼の如き形相で釣り上がる。
「消毒してやる! 燃やして乾かして清潔な灰にして、ぺんぺん草も生えないようにしてやる!」
 うわぁ……と、泥田の外でミラノと七雅が若干引く中、戦闘は更に加熱していくのだった。

●大自然の脅威
 泥の上を駆ける。踏み込む。手にしたナックルを跳ね上げて、泥坊主2体を連撃でほぼ同時に穿つ。だが、輪廻は自分の放った地烈の手応えに違和感を感じていた。
 直撃した泥坊主は吹き飛んで、身体を構成している泥も大きく抉れているというのに、何事もなかったかのようにまた動き出すのだ。
「……なるほどねぇ。自然系の妖は物理攻撃に強いとは聞いてたけど、これは厄介ねん♪」
 偶然なのか、輪廻は初手で泥坊主達から連続で攻撃を喰らってしまっている為にその体の動きは重い。しかし、それを感じさせず、相変わらずの余裕のある笑みを浮かべて泥坊主と対峙する。
 と、次の瞬間に泥坊主達が炎に包まれた。夏南の火柱だ。本人の心を映しているかのように激しく燃え盛って泥坊主達の体表が灰となって崩れていく。
 これには堪えたのか、炎に包まれたまま2体の泥坊主が夏南に向かって突撃していった。泥の上を普通の平地のように駆けて跳躍、宙に浮かぶ夏南が2体同時のタコ殴りを喰らって地面すれすれまで高度を落とした。泥坊主が追撃を仕掛けようとするが、ミラノが棘一閃を直撃させて阻止。そこに小唄が駆けつけてくる。
「せーのっ、どっかーんっ!」
 地烈によって2体まとめて吹き飛ばす。そのうち1体は地烈の衝撃に耐え切れず、ぼろぼろと泥の体が完全に崩れ去って消滅した。
「あと、2体!」
 小唄が大声を張り上げて仲間を鼓舞する。しかし振り返った小唄が見たものは、迫り来る巨大な手だ。
「ッッ!!」
 衝撃と共に、再び前衛の3人が吹き飛ばされる。ビッグ泥坊主の薙ぎ払いだ。
 夏南は空中でなんとか態勢を立て直して泥に沈むのを拒んだが、覚者達の中で最もダメージを蓄積させている輪廻は上手く立ち上がれない。慌てて七雅が癒しの雫で傷を癒した。
「なつねが怪我をなおするからがんばってほしいの」
 七雅の声に、全員が力強く頷く。
 実際のところ、泥坊主の攻撃力はそこまで強くはない。だが柔らかい泥の体が攻撃の衝撃を吸収しているようで手応えが軽いのだ。おまけに足元に泥がまとわりついて体力も徐々に削られていく。まさに泥仕合だ。
「逃亡の危険のある小型に狙いを集中、先に倒してしまいましょう」
 空中から夏南がエアブリッドを放つ。圧縮空気の弾丸が泥坊主の全身を貫き、よろけたところに小唄と輪廻が追撃していく。
「悪い子にはお仕置ききーっく!」
「なのねん♪」
 小唄の鋭刃脚が炸裂して泥坊主の体を大きく削り取り、更に輪廻が飛燕で粉々に吹き飛ばした。もはや体を維持できなくなった泥坊主が、ただの泥へと戻って泥田に沈む。残る敵は、ビッグ泥坊主ただ1体。
「みんな、なにかすごいのがきそうなのー」
 後方から回復をしながら、ずっと敵の観察をしていた七雅が警戒の声を上げる。
 見上げると、ビッグ泥坊主が泥田の中に両手をズブッと突っ込み、そのまま動きを止めていた。
 不可解な行動に嫌な予感がして、覚者達が身構える。
「……あれ、なんか揺れてない?」
 初めに僅かな揺れを感じ、それはすぐさま地鳴りを伴う大きなものへと変わっていく。そして、次の瞬間。
 ゴゴゴゴォォォーーッッ!!
 ビッグ泥坊主の周囲から凄まじい勢いで泥が噴出して、大津波……否、泥津波となって押し寄せてきた!
 泥津波は一瞬のうちに覚者達を巻き込み、最後方で回復に専念していた七雅以外の全員が泥の中に埋まる。
 あまりの光景に呆然としていた七雅だが、すぐに我に返って癒しの霧を発生させてみんなのダメージを回復させた。
「いたたた……って、わわわっミラノもかいふくてつだうのっ」
「お願いなのー」
 泥田の外ギリギリで攻撃をしていたミラノも巻き込まれたが、そこまで深く泥を被らなかったため、自力で起き上がって七雅の手伝いとして回復役に回り、樹の雫を施した。
その甲斐あってか、前線で真っ先に泥に巻き込まれた輪廻と小唄も泥の中から身を起こす。
「あらあら、服の中までドロドロねぇ。はかなくて正解だったかしらん?」
「僕、なんか……段々楽しくなってきたかもっ」
 まだまだ戦意は失われていないようだ。と、そこに更にもう一つ泥の塊が起き上がる。頭から翼まで完全に泥で覆い尽くされてはいるが、間違いなく夏南だろう。仲間たちは夏南の無事に胸をなで下ろすが、夏南は全然無事ではなかった。
 自分の体中にこびり付いた泥を見下ろし、次いで全ての元凶である泥坊主の親玉をゆらりと見据えた。
「燃やすわ」
 夏南が泥の中からゆらりと浮かび上がり、醒の炎を禍々しく燃やしてビッグ泥坊主へと飛ぶ。それに呼応して輪廻と小唄も駆け出し、ミラノと七雅も援護の準備を整える。
 泥まみれの戦いは、いよいよ決着の時を迎えようとしていた。

●泥まみれの勝者
 辺りはいよいよ暗くなり、夏南の守護使役のピュラリスのともしびが泥田の中の戦いを照らし出す。
 ぶうんっ、ビッグ泥坊主が大きく腕を振りかぶって薙ぎ払う。小唄が踏ん張ってその攻撃に耐えた。
 その間にビッグ泥坊主の背後へと回り込んだ輪廻が飛燕を繰り出す。衝撃が逃げていくような軽い手応え。だが構わない。畳み掛けるように夏南の炎撃、小唄の鋭刃脚がビッグ泥坊主の体を穿つ。
 ビッグ泥坊主もこれには堪らずに反撃しようとするが、その腕に種が着弾。瞬時に大きくなって巻き付き、その鋭さによって大きな腕が斬り落とされる。ミラノの棘一線だ。
 その間に七雅の癒しの霧が覚者たちの傷を癒す。泥に隠れて分かりにくいが、前衛で戦っている仲間達の傷は浅くはない。
 ビッグ泥坊主が切れた腕を泥の中に浸ける。一瞬動きを止めたかと思えば、次に腕を引き抜いた時には腕が元通りにくっついていた。泥吸収によって、欠落した泥を補充したのだ。
「ずりぃ! あんなので腕が戻るのかよっ」
「自然系だから、特定の形をもたないのかしらん? 腕が落とされたところで、この子の体積からしてみたら軽傷なのかもねん♪」
「それなら、回復させる間も与えずに攻めまくるだけよ」
「みんなでとりかこんで、やっつけちゃえっ!」
「なつねも頑張るのー」
 夏南は、ビッグ泥坊主に火傷は効かないと判断。エアブリッドに切り替えて、空気の弾丸で撃ち抜いていく。それに反応したビッグ泥坊主が夏南へ向かって腕を薙ぎ払った。
 夏南を含めた前衛の3人は、度重なる泥の攻撃で鈍化のバッドステータスがついてしまっている。夏南は体にまとわりついた泥の重さに回避を捨ててガード。泥田の中に叩きつけられる。しかし、その直後に七雅が、癒しの雫で夏南を回復。
 更に、薙ぎ払いに巻き込まれないように距離を取っていた輪廻と小唄が一気に接近して、ビッグ泥坊主の足元に飛燕と鋭刃脚を叩き込む。
 バランスを崩してよろけ足を踏ん張るが、そこへミラノが棘一線を放って足を切断。支えを失ったビッグ泥坊主の巨体が泥田の中へ沈む。七雅によって回復した夏南も起き上がって、お返しとばかりに倒れたビッグ泥坊主へエアブリッドを浴びせかけた。
 泥の体に穴が穿たれていくが、ビッグ泥坊主はそのまま泥に沈んだまま動かない。
「きっと、また泥吸収で回復するつもりなのー」
 七雅の推測を受け、輪廻と小唄も全力で攻撃を仕掛ける。ミラノの援護攻撃も加わり、泥を吸収しているどころではなくなったビッグ泥坊主が体を起こす。
 しかし、その体は戦闘前に比べて半分ほどの泥しか残されていなかった。
「これで、終わりよっ!」
 夏南の全力の火柱が、ビッグ泥坊主の巨体を焼いた。
 オオオオォォ……ン。
 夜空にビッグ泥坊主の啼き声が響き渡り、泥の巨体から乾燥した泥がぼろぼろと崩れ落ちていく。
 夜風が吹き荒び、燃え盛る火柱が大きくうねると、最後まで残った泥の塊もその風に乗って夜空へと高く巻き上げられていった。
 残されたのは、泥まみれの覚者たちと、なんの変哲もない泥田だけだ。
「人を襲わず大人しくしてくれてたらよかったのに」
 夜空へと消えていった泥坊主の残骸を見上げながら小唄が呟く。
 人に危害を加える妖は放ってはおけない。だが、今回の泥坊主達が親子だったとしたら、やはり人里離れたところでひっそりと生きてほしかった。
 複雑な表情でその場を後にする小唄。そして残りの覚者達も、泥坊主の消滅を確認してそれぞれに泥田をあとにする。
「シャワーよ。今はとにかくシャワーを浴びたいわ」
「あら、奇遇ねん♪ 私と一緒に入りたいのかしらん?」
 夏南がプロパルで体についた泥を落として足早に去っていき、それになぜか輪廻も続いていった。
「ミラノちゃん、帰ろうなのー」
 七雅が立ち止まったままのミラノを誘う。だが、ミラノは自分の泥にまみれた手のひらをじっと見つめたままで動かない。気になった七雅が、ミラノの顔を覗き込む。
「どうしたの、ミラノちゃん?」
「どろぱっくは、びよーとけんこーにいいって……」
 そわそわと落ち着かない様子で、自分の手のひらの泥を葛藤するかのように見つめるミラノ。
「…………ごくり」
 釣られて七雅も、自分の泥に汚れた手を見つめた。
 果たして彼女たちが泥パックを試したのか否か、それを知っているのは、もはや動くもののない泥田だけだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『憎炎の滅菌者』
取得者:七十里・夏南(CL2000006)
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです