いつまで、とその鳥は鳴いた。
いつまで、とその鳥は鳴いた。



 ぎゃあぎゃあと。
 見たこともない鳥がけたたましく騒ぎながら、飛んでいた。
 あの鳥はさっきからずっとこっちの頭上を飛んでいる気がする。偶然だろうが、忌々しい。
「ちっ……」
 舌打ちを一つして、俺は帰路を急ぐ。
 煩いのは嫌いだ。あの女もうるさかった。
 思い出すのも不愉快な相手を浮かべてしまったことに腹立たしさをおぼえ、俺は髪をかき回す。
 こんな日はとっとと眠ってしまうに限る。
 とっくに亡くなった父親が三十年ローンを払い終えた木造二階建は古臭く、ばたりと締めたドアの衝撃で壁全体が揺れたような気がした。
 兎小舎のような小さな家だ。一階は水回りと応接室で埋まっていて、居間だのなんだのは二階にあるような。元から広くもない応接室に来るような客ももうなく、布団をひくのも面倒だからソファで寝起きしてしまえば、二階なんてもう上がることもない。そんな状態だというのに無理矢理、猫の額のほうがまだ広そうな庭を作ってあるのは正気の沙汰じゃない。日本家屋の庭園信仰はどうにかならなかったのか。
 もっとも、その庭だって俺の代になってはや十年近く、既に庭というより木々が適当に立ち枯れたり繁茂したりするような状態で、時折町内会だとかから枝を切ってくれと言われることがある。面倒な。どうせ奴らは言ってくるだけで、それにかかる費用も負担しないのだから俺が相手をする必要はないはずだ。
 冷蔵庫の中を見ても何もない。腐りかけた馬鈴薯が転がっているだけだ。
 わかっていたが、舌打ちする。
 ああ、まったく本当に。こんな日はとっとと寝てしまうべきだ――酒でも買ってきてから。
 そう思いながら振り返った時、目の前に鳥がいた。
「いつまで」
 鳥の鳴き声は、そう叫んだようにも聞こえた。


「古妖……だよな」
 腕を組んで考えこむ、久方 相馬(nCL2000004)にその話を聞いて異論のある者はいなかった。
 相馬が見たのは、その男、サイトウが鳥に火を吹きかけられる夢だ。その火はサイトウの体を焼きつくした後、家を焼き、近隣にまで広がる大規模な火事になってしまうはずだと言う。
 いくらなんでも、そんな事態になることは避けたい。
「多分この鳥は以津真天だと思うけれど、ひどく興奮していて、ちょっとやそっと殴ったくらいで冷静にはなってくれなさそうなんだ。何に興奮しているのかわかれば、まだなんとかなるかもしれないけれど……」
「古妖の性質を確認しておいたほうが良いかもしれんな」
 ぼそり、と呟いたのは今回の作戦に同行することになった吾妻 義和(nCL2000088)だ。
 多少マイペースで何を考えているのかよくわからないおっさんだが、戦闘能力は一応あるらしい。義和はあんぱんにもしゃりと食らいつくと、「確か、死体がどうとか……どうだったか」と唸り始めたが、今うろ覚えに頼るよりは後で資料を確認するのが一番だろう。
「この古妖はちょっと小さいし、そんなに強くないと思うから、討伐することもできると思う。
 とにかくこの男の人を助けるにはみんなの力が必要だ、頼んだぜ!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:ももんが
■成功条件
1.男が以津真天に殺されないこと
2.なし
3.なし
ももんがです。まあこういう話も。

●以津真天
古妖。
人に似た顔に鋭い歯の並んだ嘴が有り、蛇のように長い胴、刀のように鋭い爪を持つ。
ただし、今回の以津真天は古典に書かれたものほど大きくなく、翼を広げて1m程度。
「いつまで死体を放置しているのか」と嘆く怨霊の変じたもの、という説がある。
鵺と混同されることもあり、弓で仕留めた武将が「真弓」の性を賜ったという話が残っている。

・火を噴く 遠距離全体
・爪で切り裂く 近距離単体
・巻き付く 近距離単体 痺れ付与

●現場状況
夕方、住宅街の中にある古い建売住宅。
周りと比べてもひときわ手入れ等がされていないのがひと目で分かる家。
――ただしサイトウは家の中に人を入れることを強く嫌がる。

●サイトウ
急いで向かうことで、彼が家に着くまでに接触できると思われる。
平日は小さな企業の窓際にいる、四十幾つかの陰気な人物。
戸籍上は妻帯者で、同居しているはずだが。

●吾妻 義和
暦の因子、火行。どこかぬぼーっとしている。
戦闘時は指示がない限り前線で通常攻撃を繰り返す。
※何か特にさせたいことがある場合、プレイング内で指示してください。
 必ず従うとは限りませんが、義和はそれを参照します。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年11月18日

■メイン参加者 6人■



 その鳥は、彼の頭上を旋回していた。
 サイトウはその鳥に、懐かしい煩わしさを感じた。
 懐かしさ――つまりは、その煩わしさが思いださせる何かから、意図的に目をそらして。
 だから。
「う、あああああああ!!」
 絶叫は、悲鳴よりも自棄。
 目を血走らせて、サイトウは目の前の人物に向かって殴りかかった。

 ――時間は少し遡る――


「アンタ、奥さん殺ったんだって?」
 サイトウの背を見つけた『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)が開口一番、そう告げた。
 立ち止まり、ゆっくりと振り返ったサイトウの顔は、表情のないものだった。
「……誰だ、あんたは」
「俺? 特ダネに目がねーケチな記者さ」
 その会話の合間に、サイトウを囲むような形で『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)と義和も歩み寄る。『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はその様子を少し離れたところから、ワクワクした様子を抑えながらも観察していた。
(事件の匂いがする! 探偵の出番ですね! 見習いですが!)
 そう言ってはみたものの、それこそアニメの少年探偵でも子供だからと口封じを狙われる場面は少なくないし、奏空自身もその事態は警戒している。
 ただ、注意深く振る舞うことと、興味津々でいることは、両立するだけで。
 事前の打ち合わせを、奏空は思い返してみる。
(ええと。誘輔さん達がゆるりをする予定だったね。よく刑事もののドラマとかでもあるよね!
 記者の誘輔さん、元警官という吾妻さんのお手並みに興味ある! どんな風にするのか見てみたい!)
 ――ゆすり、だと。訂正する者は残念ながらこの場にはいない。
 今回の対処にあたっているのは計7名だが、この場にいない3人は別の作業に向かっているのだ。
 そして、そちらが本丸だと。
 覚者たちは誰もがそう思っていて、そしておそらくは、古妖さえもそう思っているのだ。
 さっきから、奏空の守護使役であるライライさんがていさつする中、以津真天は時折けたたましい鳴き声をあげながらもじっと、別行動をとった覚者たちの方を見守っているのだから。
 そして、奏空にはもうひとつ、ずっと気にかかっていたことがあった。
 少し高い場所を、じっと見る。
 ――義和の、妙に不自然な頭髪を。

「もしも何か隠していることがあるんだったら、今話してしまったほうが楽ですよ?」
 冬月がそう言って微笑む。冬月が意図的に漂わせた穏やかな雰囲気は、しかし、同時に脅すような語調が、誘輔の詰るような問い詰め方が、ちぐはぐにサイトウを追い詰めるばかりだ。
 それもまた、覚者たちの狙いだったのかもしれないが。
「近所で噂だぞ。警察の手が伸びるのも時間の問題だ」
 誘輔が、記者としての名刺を――それも当然、プレッシャーとして用意したものだ――渡して凄みながら、眉間の皺がどうしたことかさらに深くなっている義和を示す。
「こっちのオッサンは刑事で鼻が利く。
 隠したってバレバレ――」
「そのことなんだが」
 ようやっと口を開いた義和は随分と情けない口調で、困り切った顔をした。
「自分は所詮、派出所勤務の巡査止まりであって。調書のひとつも作ったことはないのだが」
「は?」
「……あー」
 誘輔がつられて聞き返し、冬月が無意識に眉間を押さえた。
 義和は沈痛な面持ちで頷く――役立たずですまない、と。
 もっとも、逃さないための壁にはなると気を取り直し、誘輔は一度咳払いした。
「逮捕前の犯人に直接取材できるなんてラッキーだ。
 見た所失うものはねーみてえだが……本当にそうか?」
「……ん?」
 顎に手を当てた義和が何やら唸るが、情けなさを露呈したさっきの今である。誘輔と冬月は、義和を放置してサイトウに詰め寄った。
「刑務所にぶちこまれて残り一生臭い飯食らうなんざ俺ならぞっとしねーが。
 自白すりゃ多少は罪が軽くなる」
「そうか……そうか、そうか、そうか」
 最初は小さな声で、徐々に声を荒げて喚きだしたサイトウの顔は酷く赤くなっている。
 羞恥の赤ではなく――憤怒の赤。
 警戒に、冬月は一歩その身を下げる。
 その性分ゆえに、他者のストレス限界を察するのも他の面々よりは早かった。
「つまりだ……今更何をやったって、ブタ箱行きは変わらんわけだ!」
 絶叫したサイトウを前にして、義和は小さく呟く。
「そうか、後がないのだったか……追い詰めすぎているかもしらんな」
「ワンテンポ遅くないかアンタ!?」
 どう考えても、既に追い詰めすぎだった。
 ちとやりすぎたか、そう思った拍子に聞こえた言葉に対し思わず突っ込んだ誘輔に、きょとんとした顔を向ける義和。
 そうしてやりとりに間抜けさが漂った時だっのだ。
 サイトウが、頭に血を上らせて殴りかかってきたのは。


「昔は戦乱や飢餓で死んだ死体をそのまま放っておくと、この妖が死体の近くに止まって『死体をいつまで放っておくのか』との意味で『いつまで、いつまで』と鳴いたらしいわ」
 資料についての補足を述べて、三島 椿(CL2000061)は窓を見上げる。あの古妖を意味から取ってイツマデと読むのか、あてられた字を見てイツマデンと読むかは――伝来の過程で名前が変わるものなどいくらでもあることなれば、深い意味はあるまい。
「あの古妖の逸話からすれば、遺体があるはずなんだ。
 いつまで放っておくのか、か……一体、いつから放っておかれてるんだろうな」
 少し倦んだ顔をして、『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)もまた窓を見上げる。雨戸が閉まっているけれど、大して複雑な構造ではない。むしろ、長く触れた者がなかったのだろう汚れへの不快のほうが強い。一階の窓に目を向ければ、見慣れたクレセント錠。ピッキング技術のある瑠璃には難しいものではない。
「オレが鍵を開けるから、椿、その間抱えてて」
「あら。じゃあお願いするわね」
 椿は今まさに窓を割ろうと翼を広げ、エアブリットを放とうとしていたところだった。圧縮した空気を霧散させ、納得した表情を浮かべる。なるほど、ここは住宅街の一角だ。無闇に大きな破壊音を立てては近隣に不要な警戒を抱かせてしまう可能性もある。音を聞きつけたサイトウが急いで帰ってくる可能性だってあった。せっかく別行動した面々に足止めしてもらっているのだから、わざわざこちらで時間制限を厳しくする必要はない。
 こちらもまた同様に窓を見上げていた指崎 まこと(CL2000087)が、眉尻を下げて振り返る。以津真天らしき鳥はさっきから、いくらか離れた場所の上空を旋回している。移動する様子がないあたり、別働隊はサイトウの足止めに成功しているのだろうが――その鳥の、視線そのものはさっきからこっちを見ている。とはいえ、こっちを襲ってくる来るつもりもないようだった。再度窓を見上げ、呟く。
「……これ確実にあるよね、あそこに」
 三者三様に、されど一斉に、頷く。
「遺体の近くに以津真天はいるみたいだから、いるなら……特に彼が行くのをいやがる二階かしら」
 改めて確認するような椿の言葉に、誰も否定の言葉など持っていない。
 以津真天の視線さえもが、それを肯定している気分だった。
「遺棄されてどれくらいかなぁ。
 あんまり時間経ってないといいなぁ。
 ……覚悟決めようか、うん」
 もう一度、それぞれに頷き合って。椿が青の、まことが白の羽を広げる。
 翼のない瑠璃は、抱えられていくしかないのだが。まことは瑠璃に向け、小声で囁いた。
「役得だね、六道君」
「うっ……」
 打ち合わせてあったことだから、納得はしている。納得は、している。だけど。
 十五の少年としては、ひとつふたつ年上のお姉さんに抱えられるのは、なんというか。
「思ってたより軽いかもしれないわね。ご飯ちゃんと食べてる?」
「は、早く行こう、はやく」
 ――ああ、年頃の男の子だなあ、と。まことは瑠璃の様子に微笑んだ。

 忍び込んだ二階は、うっすらと白くなっていた。
 埃が、二階にあるものをすべて等しく包んだ結果だ。一歩ずつ踏み入れた足の下から、色は鮮やかに蘇る。カビの類の臭いはしなかった。
 椿は厳しい臭いを覚悟していたが――予想に反して、埃の匂いばかりが漂っている。
「奥さんを殺したのはサイトウよね」
 呟いた椿に、まことが頷いた。
「正直、よく同じ家で暮らせるなぁと思うよ。
 人を殺しておいて、とか人道的なものもそうだけど」
 急いで向かわなければならない分、コンビニなどにも立ち寄れず、消臭剤を用意できなかったことを気にかけていたまことはその必要がなかったことを訝しむ。
 瑠璃の守護使役、ドゥーが、瑠璃を見上げる。
 さっきからかぎわけた臭いの中に、どこか胸が悪くなるような、甘さすらあるものがあることに気がついていた。はっきりと、部屋の中から。
 瑠璃が見た方へと、まことは静かに歩み寄る。
 部屋は幸いにして板張りである。物が乱雑に積み重なって、地層ができている。畳であれば、い草の腐敗からの床崩れもありえたかもしれなかった。
 いったいいつから、サイトウは『一人暮らし』をしていたのだろう。
 放り投げたかのように散らばっているのは、ほとんどが女性の衣服のようで。
 周囲を見回せば、箪笥などは空き巣に荒らされたのを疑いたくなるほどにひっくり返されている――そこからばらまかれたのだろう。
 隅に、薄汚れた白があった。ぺったりと、中の綿に弾力があったことなど忘れてしまったそれ。
 掘り返すような要領で、それの形を確かめる。
 間違いなく、布団だった。
 どことなく場違いだが――かくれんぼしている子供が隠れたような。
 そんな様の、布団。
 まことはまず一度、そこに向かって手を合わせ。
 何かを隠すように覆われている布団を、意を決し、めくる。
 ――それは、幾重にも重ねたビニールに包まれていた。
 臭いがしたような気がして、椿は袖で思わず鼻を押さえる。
 息苦しさを感じる見目に、ほぼ無意識で開封しようとしたまことを、瑠璃と椿が留める。
 せめて形を整えられないかと思っていたが、おそらく、それはかなわないだろう。
 空気に触れなかったことが原因だろうか、それは蝋のようになっていた。
 ただ、これだけは、と。
 まことは、その女性と思しき遺体の顔のあたりを白いハンカチで覆うと、もう一度手を合わせた。


 サイトウが、力いっぱい誘輔を殴りつける。
 明確に脅してきた相手を選んだのは、怒りが大きいからだろう。
「……!」
 どうして殴られなければならないのかという怒りが誘輔の頭をよぎる。
 しかも今回、この自業自得のクズを、死なせないために来ているのに、だ。
 殴り返しそうになったが、誘輔はそれをこらえる。
 そうするわけにいかなかった。
 なんせ。
「わあ、以津真天が――こっちに!」
 電柱の陰から慌てて飛び出した奏空が、警告の声を上げる。
 サイトウが、殴りかかった様を見てどう思ったのか。
 以津真天はサイトウに狙いをつけて、一際激しい鳴き声をあげたのだ。
「サイトウっていうおっさん!
 あんたの罪は全てまるっとつるっと全部お見通しなんだよ!」
 髪の色を、眼の色を。金に、桃色に変えて、奏空はコンパウンドボウを構える。
 牽制になれば良いと考えて射った矢は、以津真天の翼を貫くが――それだけで倒れるとは奏空自身も思っていない。
「とっとと罪を白状してごめんなさいしないと、この古妖はあんたを焼くまで納得しないよ」
 尤も、当のサイトウがすぐに納得しないだろうことも、奏空はわかっているのだけれど。
 彼自身が、自分が狙われているのだと悟れば話は早いのかもしれないが。
「――以津真天の性質から考えると、だ」
 ひとつの推測から、誘輔はカマをかけた。
「あの化け物はアンタの奥さんだ。鳥の顔よーく見ろ、似てねーか?
 ……殺されたくなかったら土下座で詫びろ!」
 土を己の腕に、足に纏い、守りを固めながら、以津真天を示し、低い声で脅しつける。
 冬月は小さく息を吐いて目を開ける。視界は少しだけ、低い位置に変わっていた。
「古妖とはいえ鳥の形をしてるものと戦うのはイヤだな……」
 以津真天との戦闘はなるべく避けたいところだけど、と。十は若返った姿で冬月はつぶやくと、足元に一本の矢を突き立てた。途端、箆が瑞々しさを――癒やしを感じさせる香りを放つ。
 ギャアア、と。
 一声鳴いて、以津真天はサイトウに向け、爪を振り下ろす。
「ひっ……!」
 思わず頭を覆ったサイトウの腕に走る、切り傷。
 そのままサイトウに噛み付きそうな以津真天に、義和がナイフで斬りかかる。
「いたい……痛い!」
 泣き言を喚くサイトウに向けて、少し離れた場所――サイトウの家の方――から声がかかった。
「見つかったよ」
 まだ少し遠い。声だけなら届く、その距離でも。
 まことの、その一言だけで覚者たちには意味が通じた。
「何があったにしても、放っておくのはダメだ。
 ちゃんと供養してやるべきだろ――そうじゃないと、奥さんが可哀想だろ」
 瑠璃が、眉根を寄せて問いかける。
「どうして亡くなったんだ? どうして放っているんだ? 放置なんて、普通じゃない」
 ぎくりと身を震わせて、サイトウは突然、怯えたように立ちすくんだ。
 あとひと押し、だろうか。
(サイトウが、恐ろしくなって謝罪して……以津真天が納得してくれればいいけど……)
 奏空は次の矢を番えながら、古妖の様子を見守る。
 サイトウの変化にあわせて、以津真天から殺意めいたものが薄れていくようだった。
 状況の変化を察し、誘輔はポケットを探った。タイミング悪く煙草は尽きてしまっていて、ただ舌打ちをひとつするに留める。煙草の煙でも吹きかけてやりたいくらいの、気分の悪さだった。
「痴話喧嘩の末妻を殺して遺体を放置……か?」
「違う……」
 青褪めた顔で、サイトウは首を横に振った。 
「何故と思うけど、もう起きてしまった事なのよね。
 ちゃんと警察に連絡して、しかるべき法の元、裁かれれば――今、殺されることはないと思うわ」
 椿のダメ押しに、サイトウはがくりと膝をついた。
「サイトウさん。どうして?」
 幼い様子の冬月が誘導するままに、サイトウは話し始めた。


 病死、だったらしい。
 詳しいことを知らないのは、サイトウが気がついた時にはもう、妻は冷たくなっていたからだ。
 病院に連れて行かなかったどころではなく、異変が起きていたことにすら気が付かなかったことを近所等に責められるのを恐れて、サイトウは死体を隠した。臭いからバレるかもしれないとビニールに包んで、見えないように部屋の隅に押しやって、布団で隠した。
 部屋をひっくり返したのは、通帳がないかと探したらしい。
 結局見つけたところで記帳された中身もほとんどなかったようだが――あったとすれば妻は病院に自分で通っただろうから、おそらくそのあたりで嘘はついていないだろう。
 給料はもらっていても、そのほとんどを飲み代に回してしまっていたらしかった。
 それも、もう何年も前から。
「知ってるか? 葬式どころか、焼き場で焼いてもらうにも、結構な金がかかるんだ」
 現実逃避のためにも、金があればあるだけ酒に回していた結果が、こうだったと。
 サイトウがそう言い終えた時には、以津真天の姿はもうなかった。
(今度は、穏やかに)
 妻本人ではないだろうとは思いながらも、椿はそう思わずにいられなかった。
「これで、安らかに眠ってくれれば良いんだけどね」
「安らかに眠れますように……」
 そう感じたのはまことや冬月も、同じだったようだ。
 サイトウの腕の怪我を神秘の力を含んだ雫で治療しながら、奏空はふと、極個人的に気になっていたことを確認しそびれたことを思い出した。
 義和は確か、暦の因子だ。髪は、さっき色を変えていただろうか。
「……これは頭からじかに生えてるものだからな?」
 視線示す意味に気づいていたらしい義和が、少し困った顔でそう唸った。

<了>

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『あの髪、気になります!』
取得者:工藤・奏空(CL2000955)
『純情青少年』
取得者:六道 瑠璃(CL2000092)
特殊成果
なし




 
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