極色アヴェンジャー
極色アヴェンジャー


●孤独な花
 
 広い部屋で女が一人叫んでいる。
 手にはキラリとラインストーンを貼った受話器。そこから、何を言っているまでかは分からないが、淡々と涼やかなメゾソプラノが聞こえてくる。

「だーから!八神さんにしか協力しないって言ってンだろーがよ!オメーの大事な大事なアメちゃんジジイに昼も!夜も!よーく言って聞かせろや!この仏頂面陰険枯れ専パッツン娘!!もうかけてくんなボケがー!!」

 幼さの残る顔立ちの、派手な着物姿の女が受話器から聞こえる声へ吼えていたかと思うと、乱暴に切ってファクシミリごと豪快にぶん投げた。
 ゴテゴテと輝くネイルが、キラリと軌道を描く。
 黙っていれば人形のように愛らしいのだろうが、その顔が今は愉快に歪んでいる。

「八神さん経由の話なら受けても良かったけど、あの連中と組むのだけは死んでもゴメンだわネ。何が楽しくてあんな考えで生きているんだか。つーか男の趣味悪いわねー」
 女一人しかいない、デザイナーの事務所めいた部屋に、長年の深酒で掠れた声が響く。

「あとは……京都のファイヴちゃんネ。何だか楽しそうなコトしてるヤツもいるけど、下手に関わって変なの寄越されても困るわネエ。ま、いいわ。アタシは自分のやりたいように殺るだけヨ。」

 先日、自分を襲ってきたのを『狩って』やった憤怒者の、その家族も突き止めた。力もない一般人のくせして、生意気にも私を狩れると思ったのか。
 
 その妻と子供を、これから狩りに行く。夫と同じような表情をするのだろうか。
 夫であり父であった男は、正義感に満ちた表情で女に発砲してきた。すぐに形勢逆転され、その顔は恐怖に染まったが。
「天国で、お父さんに会えるかしら?死んだ後なんて知ったこっちゃないけどサ」
 吐き捨てるように放った一言は、聞く人もなく空気に溶ける。


●静かな夕暮れに

 大黒柱を失ったばかりの茂田井家には、静かな夕暮れが訪れていた。
 仕事中の転落事故で夫が死に、悲しむ間もなく慌しく葬儀が進んだかと思うと、あっという間に彼は炎に包まれ、抱えられる程に小さくなってしまった。
 妻の菜々子は何をするでもなくぼぅっと、弔問の花と夫の遺影と骨壷の前に佇んでいる。娘のきさらはそんな母の膝で、戻らない父や憔悴する母、大人たちの様子を感じて気疲れしたのかウトウトとしている。

 時が止まったかのような茂田井家に、一人の来客があった。チャイムの音に気付いた菜々子は重い心と足を引き摺り、ドアを開ける。

(この人、どこかで見たことがあるわ。確か、婦人誌の特集に載っていた、着物デザイナーの……)

 頭がうまく回らないまま、来客者に応対しようとする菜々子。
 その菜々子の前で、来客者の髪が一瞬にして栗色から漆黒へ変じ、大正時代のお姫様のような着物が、鎧を纏ったものになったかと思うと――

「こんばんは。今からご主人の下へ送ってあげるわ。心配しないで、お嬢さんもご一緒にしてあげるから」

 赤い弓矢を菜々子に突きつけ、ひゅん、と放った。


●可憐な花は棘いっぱい

「強力な隔者が、一般人を殺害するようです……全力で止めてきて下さい!」
 物騒な案件がFiVEに持ち込まれ、久方 真由美(nCL2000003)が、いつになく慌てている。
 
「隔者の名は【阿良田 紅榴】――どうやら、七星剣に身を置いているようです」
 参考資料として提示されたのは女性向けのファッション雑誌。切り取られたページにあるのは、色とりどりの着物や、和風のアクセサリーと共に写っている、人形めいて可愛らしい着物の女。
「調べてみたところ、表向きは覚者であることを隠さずに、ファッションデザイナーとして活動している人みたいですね。なんと言いますかその、それをエサに憤怒者を『釣っている』ようなんです。」
 真由美が言うには、紅榴は自身を狙い手に掛けた憤怒者だけでなく、その協力者や家族までも殺さないと気が済まず止まらない、相当苛烈な気性の女であるらしい。部下や組織を率いていないようなのがせめてもの救いか。

「襲われることになる茂田井 菜々子さんと娘のきさらちゃんは……父である哲雄さんを紅榴に殺害されています。表向きは哲雄さんは転落死したことになっていますが、実際は憤怒者である哲雄さんが、紅榴を襲撃して返り討ちにされたそうです。」
 おそらくは怒りか、それに類する感情の覚めやらぬ紅榴の『お礼参り』ということだろう。

「彼女は25年ほど前から活動が確認されている覚者です。倒すとなるとどうなるか分かりませんが、痛手を負わせて撤退させるか、何かの形で今回の凶行を諦めさせるなら、皆さんにもきっとできるはずです」

「このままでは、力の無い一般人の親子が殺害されてしまいます……どうか、どうかお願いします」
 真由美が思い出しているのは、自身の両親を失った日のことだろうか。少し青ざめた顔のまま、集まったFiVEの人々へ、彼女は深く頭を下げた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:安曇めいら
■成功条件
1.紅榴の撃退、もしくは何らかの形で今回の行動を諦めさせる
2.茂田井 菜々子、茂田井 きさらの生存
3.なし
●ロケーション

・時間は夕方、紅榴到着の十分程前になります。
・茂田井邸は広くも無く狭くも無い普通の一軒家。門を開けてすぐにドア、人が二人並ぶと狭く感じる玄関となります。
・到着時点では菜々子はきさらを膝に乗せ、玄関から真っ直ぐの位置にあるリビングにいます。



●NPC

【阿良田 紅榴】(あらた ざくろ)
 天行、暦の因子。43歳ですが外見は発現当時の17歳のまま。
 覚醒時は弓を使う、黒髪の女武士の姿。
 遠距離攻撃のみでなく、弓で殴る等で近距離でも応戦できるようです。
 七星剣所属者の中では歴戦の古株ですが、部下や組織は持たず、単独行動がモットーとし、傭兵のように七星剣内を動くようです。


【通話相手の女性】
 七星剣の他組織に所属する女性の隔者と思われます。
 二人の仲は険悪。
 このシナリオ中では登場しません。


【茂田井 菜々子&きさら】
 一般人の親子。
 夫であり父である、茂田井 哲雄を紅榴に殺害されましたが、表向きは転落事故として処理されました。
 紅榴の存在も、覚者への差別意識もありません。生前の哲雄の憤怒者としての活動は一切知らなかったようです。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年01月26日

■メイン参加者 8人■

『ロンゴミアント』
和歌那 若草(CL2000121)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『アフェッツオーソは触れられない』
御巫・夜一(CL2000867)
『雷麒麟』
天明 両慈(CL2000603)
『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)

●宵に出づるは紅ザクロ

 住宅街を歩くは八人の若者。いずれも、今回の襲撃者よりもずっと若い。

「厄介な相手ね……力量よりも、行動原理ね。あぁいう手合いは手強いわ」
 そう零すのは、和歌那 若草(CL2000121)
 彼女が思うように、紅榴のようなタイプの人間は、真っ直ぐな人間とは別の恐ろしさが隠れている。
「哲雄さんとやらの死自体は自分の行為の結果やし特に何も思わんけど」
 焔陰 凛(CL2000119) はそう前置きするも、続けて口にしたのは
「何も知らんその家族にまで手出すとか、ザクロってのも大概やな。胸糞悪い。んなオバハンの好きにはさせへんで!」
 罪もない一般人の親子の殺害は、正義感の強い武人肌である凛にはかなり堪えるようだ。

 この一件――夫が憤怒者であった、ということについて、複雑な想いを抱くものもいる。
「夫、父親が憤怒者か……まるで何処で聞いた様な話だな」
 フン、と呟くのは天明 両慈(CL2000603) 。哲雄は自業自得であり何の情けも無い。しかし、夫の遺恨に振り回される残された妻子はさすがに哀れであると感じる。
 むしろ、自分と重ねての一言であろうか。
「私は…この親子の為に何が出来るのか…」
 そう自問自答するのは飛騨・沙織(CL2001262)。一番の最年少、つまり、心情としてはきさらへの同情が最も強い。

 葛野 泰葉(CL2001242) としては、『屑』と認識している相手……憤怒者の家族を守る任務というのは少し予想外であった。が、何も知らない一般人とあれば話は別である。
 様々な考えが交錯するなか、それでも春野 桜(CL2000257) はシンプルだった。
「殺しましょう」
 分りやすいのは悪くない。だが、まだ戦場でもない路上でキッパリ言い放つのはいかがな物か。

 そういえばさっきから不死川 苦役(CL2000720)の姿が見えないが……と、思いきや
「とーちゃーく!」
 ちゃっかりとFiVEの本部から借りてきた車で、家まで乗りつけたのだ!それにしても、テンションの高い男である。裏口や勝手口などあれば良かったのだが、残念ながら小さい家なのでそういったものが無い。
 だが、玄関前に止めつけておけば何らかの役には立つだろう。

 全員が集まったところで、茂田井邸のチャイムを鳴らす。もう、時間がない。もうすぐあの中年女が来てしまう。
「はい、なんでしょう……」
 ドアを開けて出てきたのは、明らかにやつれた感のある茂田井 菜々子。それと、彼女の脚にぎゅっとしがみ付いている娘のきさら。
 まず進み出た御巫・夜一(CL2000867) は、菜々子へ分かりやすく伝える。
「もう時間が無いので手短にご説明します」
「時間が無いって、えっ……」
「貴女と娘さんは、阿良田 紅榴という危険な覚者に狙われています。なので、オレ達のようなそれを阻止する覚者が来ました」
 ええと、ええとと、ぼうっとした感じの抜けない菜々子へ、さらに説明を重ねる泰葉。

「亡くなった哲雄さんは実は憤怒者という組織の一員でした。彼はその、今から来る女の隔者を討とうとして返り討ちに遭ったんですよ。要するにお礼参りです」
 信じられない、という言葉が口からこぼれる菜々子。彼女本人はママ友だとか、親類に何人かは覚者がいるためか、覚者への敵意はそれほどでは無い方なのだ。菜々子へ言い聞かせるように、泰葉は続ける。
「ああ、勿論信じられない気持ちはわかるし、極論信じなくてもいい。ただ俺達は貴方達を守るだけだ…誰かのとばっちりで関係ない者が傷つくのは許さない性質でね」
 桜が、泰葉の横へ進み出る。
「貴女の夫が殺した覚者の中には貴方達と同じように残され、哀しみに暮れた家族もいたんでしょうね。」
 ため息をつきながらそう呟く桜。だが、少しの間を置いて
「だからと言って貴方達が殺されていいわけじゃない。それは、天国か地獄かにいる旦那さんも望まないでしょう」
 その、説明が一段落したかと思った瞬間に、乾いた音が耳に入った。

 玄関先に、女が一人現れる。カラリ、カラリと黒塗りの下駄の音を鳴らして。
「あらあ?ゴミ捨てに来たら先客がいるじゃなあい。やあねえ、面倒ごとは嫌いヨ」
 ボリュームのあるショートボブに、派手な着物。大正や昭和初期の風俗画から抜け出してきたようなその女は、事前に聞いていたとおりの格好。雑誌に載っていた写真そのままの容姿は間違えようもなく。
 頭の上にはやけに目付きが悪いというか悪人面の竜の守護使役がいる。殻の中からガンを飛ばしているように見えるのはきっと気のせいではない。

「お前が、阿良田 紅榴……!」
 最も敵意を見せているのは、殺すつもりでいる桜。既に相棒の斉藤さんは姿を消して彼女に力を齎している。
 初めに進み出た凜は威勢よく、紅榴に対して啖呵を切る――すねこすりぐるみを見せ付けながら。
「あー、アンタが紅榴さん?このまま回れ右して二度と来んといてくれんかな。今ならこのぬいぐるみプレゼントするで」
「あらぁ、可愛いわねエ。ありがとう、いらないわ。」
 見せ付けられたすねこすりぐるみに視線をやりつつ、シッシッとでもするように手を動かす紅榴。真っ赤に塗った唇がへの字に曲がる。
「まぁそうなるわな。そんじゃ殺りあうか、オバハン!」
 威勢良く会話を打ち切る凛。発現をし、愛刀・朱焔を手にする。
「フンッ、じゃああんたたちもお片付けしてあげるワ。行くわよオ!こきひ!」
 守護使役に声を掛けると、派手な着物姿から白と黒で固められた、黒髪の女武士の姿へ変幻した。
 未だ発現していなかったFiVEの覚者達も、相棒の守護使役から力を呼び起こされる。
 両慈は演舞・清爽を、凛は醒の炎を。夜一は茂田井親子を守るように蔵王を纏う。
 命を守るための戦いが、始まった。


●激闘、赤き古星

 既に、紅榴を認識した瞬間に桜は結界を張り終えている。一般人を流れ弾に巻き込んでしまう危険は、かなり減っただろう。
 凛と沙織、苦役の三人がすかさず、玄関周りから奥へ行くようにガードしながら、せめて遠距離攻撃が届かないようにと親子を押してゆく。
 車の方には、既に移動しだしているが紅榴がいる。乗せようとしたところを電撃で狙われかねない。
「同じ覚者なのに、そんなゴミ庇うなんて。ファイヴちゃんって正義の味方するのが好きなのねえ」
 ゴミのツガイとゴミの生産物ならゴミも同然じゃない、とブツブツ呟きながらずんずん歩み寄ってくる。
 紅榴は漆塗りの弓に矢をつがえるかのような動きから雷獣を繰り出す。無駄に二十五年も覚者をしていたわけではないようだ。重い一撃が八人へ降り注ぐ。

 が、文字通りそれを切り裂くように最初に飛び出したのは、包丁を手にした昼メロ風味の桜。
「クズは殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ネ私達の為に死ねあははは」
 まさに狂女や鬼姫としか言いようがない桜の戦いぶりだが、紅榴は冷静さを崩さずにひらりとかわす。
「典雅さがないのね。動きが見え見えヨ」
 と、弓そのもので叩くという形での小手返しを桜に放つ。が、近接しているだけに棘一閃が紅榴へしたたかに命中する。
「死ねって簡単に言える人程、早く死んじゃうのよねエ。私いっぱい見てきたわヨ。」
 とりとめもない独り言で余裕を見せ付けたつもりのようだが、白い、女武者の装束の袖は、血で赤く染まってゆく。桜も小手返しのダメージは決して小さいものでは無かったようで、既に息が上がりきっている。若草の回復がかけられるも、消耗が大きすぎて一回では十全なまでには至らない。

 泰葉と凛の畳み掛けるようなダブル飛燕や、夜一の五織の彩。さらにはかなり効果があった凛のオバハン呼ばわり攻撃で、少しずつペースを崩されてゆく紅榴。
「おい!オバハン!マスカラ汗で溶けて目がパンダやで!」
「あら、嘘ね!私はつけまつげ派なの!!」
 凛の口撃へ律儀に言い返しているようだが、そのせいでかなり低レベルな争いに見えなくもない。

「私は……貴様のような外道から誰かを守るために、憤怒者として!そして覚者として戦ってきた!貴様の様な力に溺れて人を虫けらとしか思ってない奴などに屈するか!」
「あらぁ、元ゴミなのぉ?でも今覚者だし、カワイイからアンタ、モデルとして雇ってもあげるわよぉ、こっち来なさいよぉ。時給2000円出すわヨ」
 沙織の怒りもどこ吹く風。それよりも、彼女の見た目を気に入ったらしく誘いをかけてくる紅榴。他人の怒りを買うのも慣れて、麻痺しているのか。
 おいでおいで、と攻撃を休んで手招きをしたところに、隙を見逃さなかった夜一の隆槍と、凛の朱焔での斬撃。ちょっと何すんのヨとぼやく紅榴。頭から血を流し、破れた袖を破り捨てながら自分のしでかした事も忘れて意義を申し立てる。
「――私は、貴様を絶対に許さない!」
 裂帛の勢いと共に胸の文様をひときわ輝かせ、一対の双剣へ載せた五織の彩を叩き込む沙織。
 大きく仰け反るも相手はすぐに体勢を戻し、弓矢を竹刀のように持って斬・一の構えでもって彼女へ打ち付けた。
「可愛くて強いなんて、ますます私好みじゃない。ゴミ掃除やめてアンタだけ持って帰ろうかしら――ッ!」

 少しだけ気を緩ませた紅榴へ、先程自身が使ったのと同じ術式が直撃する。両慈の雷獣だ。
 紅榴は、未だ若い身ながら雷獣の術式を行使した両慈へパチパチと少しふざけた様子で拍手を送る。
「すごいじゃなァい。私、その術式使うのにかなりの年数かかってるのよォ。麒麟児ってヤツかしら?つるむのは好きじゃないけど、部下に雇ってもいいわヨ?っ!!」
 自分の興味を惹いた両慈目掛け、弓につがえた矢の形で念弾を撃ちだす。
 紅榴一人目掛け、重ねて雷獣を放つ。
 が、畳返しのように紅榴も負けじと雷獣を放つ。その場にいる覚者、全員へ向けて。

 大剣へ、山深い渓流の清水を思わせる緑に見える力を乗せ、対抗するように紅榴へ斬りかかる若草。弓を横にし掲げガードしようとするも、先ほどの桜の棘一閃が意外なまでに後を引いており、肩が上がりきらない。水行の攻撃が、紅榴へ強かに打ち付けられる。
 打ち付けたのは言葉だけではない。気持ちもだ。声を荒げる若草。
「ないのよ、罪なんて!あるのは、あなたの個人的な感情だけでしょう!?」
「ええ、それで違わなくってよ」
 しかし、その視線の先にいる紅榴は不思議に静かな口調で一言返す。

「襤褸切れのような姿で、両親や家族同然の使用人が焼け死ぬ断末魔、聞いたことある?」
 そうねえ、と一瞬間を置き
「アナタみたいな女の子からしたら、耐えられないくらいの目に遭わせられたこともあるのヨ」
 何かを思い出したのか、先程までの妙な静けさから一転して激昂した様子で
「そこのバカ女房とガキ、同じ目に遭わせたっていいのヨオ!?」
 先程までの冷静さが嘘のように荒ぶり、弓を引いて雷獣の矢を撃ち出す紅榴。矢は撃ち出した瞬間に分化し、その場の全員目掛けてめいめい飛んでいく。
 菜々子ときさらは万が一にでも射線に入らないよう、夜一が身をもって二人が居る方向に立ってガードしたものの、怒りをかっていた中衛の若草が膝をついてしまう。

 夜一は紅榴へ接近し、小手返しで攻撃しながら、
「オレもこの容姿で苦労した身だ。憤りなど忘れるほどしたさ」
偽善でも綺麗事でもいい。だが、力の有無に関わらず超えてはならない一線というのはあるものだ。
だが、それを打ち消すように紅榴は彼へ同じように小手返しを放つ。この女の感じてきた憤りというものは分からないが、さっきの激昂が後を引いているのか。
 だが、夜一の攻撃はしっかりと入っていたらしい。

「ここら辺で痛みわけしない?」
 若干弱った様子を見せた紅榴へ持ちかける泰葉。
 自分達ファイブとここでやりあうのは、八神が承知しているのか。紅榴の勝手で他の連中との摩擦が起きれば、八神が困るのではないか。最後はハッタリだが、事件を起こしてくれたお陰で夢見経由で電話の相手の事を知れたということ。
 この三つを上げ、この親子に関して手を引いてもらう様に説得をしたのだが……
「あらあ、何で知ってるのかしらァ?でもそれはそれで良かったわ。じゃあ、あの悪趣味な連中、私の代わりに潰しておいて頂戴な。」
 少し驚いたものの、全く意に介さない様子で、ひらりと手を振る。
「じゃあ交渉決裂ってことか」
 それならそれで全力で戦っても良い。泰葉は切り替えも早く遠慮なく爆裂掌を彼女の鳩尾目掛けて撃ち込んだ。

 よろめいて後ずさった紅榴へ、夜一が手を緩めずに問いかける。
「少なくとも、貴女と喧嘩するほど仲が良い女性が黙っているとも思えないが」
 夢見の予知にあった、電話相手の女性を再び引き合いに出すも、どうも紅榴には鼻持ちなら無い相手のようだ。その存在を二度も話題にされたせいか、みるみる目が据わってゆく。
「あんな澄ました顔して何を考えているか分からないクソ小娘と私が仲が良いですってエー!?」
「きゃあああああ!」
 またもの雷獣が戦場と化した民家の中へ轟く。完全に奥へ逃げた親子には当たらないものの、衝撃音に怯えたのか、菜々子の悲鳴が奥から響いた。
 本来の目標へ当たらないことに苛立ったのか、大きく舌打ちをする紅榴。その隙を見せたところへ飛び込んだのは、両慈の雷獣。続いて苦役の、錬覇法を纏った指捻撃。菜々子ときさらが完全に奥へ逃げたので、苦役も前衛に加勢しだしたのだ。
「あぐっ!……いいじゃなぁい、結構今いい一撃、入ったわよオ……」
 元々一対八で押されてやや消耗していたのに、ここにきて大きく体力を削り取られる。
「ったく、これだから外見だけ美少女ってなあ嫌いだわ」 
「あら、中身も美少女がいいの?やだ、私の世代だとロリコンってすなわち犯罪者なのよ」
 いつの時代の認識だというような主張とともに弓での念弾を数発撃つ紅榴。
 苦役はその説を弾き飛ばすように、香仇花の術と、やけに物騒な刀、棄灰之刑での斬撃の応酬を浴びせる。

 と、斬撃を浴びた次の瞬間に突然、紅榴が両膝を突いた。
 折れないものかと心配になるほど細い和弓を杖がわりに、よろめきを抑える紅榴。弓はどうやらびくともしていないようだ。
 立ち上がった紅榴は、まだ立っているFiVEの者を見渡すように視界に納め、特に沙織と両慈に興味ありげな視線を送る。
「ファイヴちゃんにもイイ子が居るって分かったわあ……。結構疲れたし、ゴミ掃除、『今日のところは』やめといてあげる……」
 くるりと後ろを振り向いて帰ろうとする紅榴……だが、そのまま帰る女ではなかった。

「じゃ、これお土産ね」
 もう一発、雷獣を落としたかと思うと、風のような勢いで走り去り、目の前から忽然と消えてしまった。

●極色嵐は通り過ぎ

 未だに、間近で起きた超常の戦いを頭で処理しきれず、ぼうっと座っている菜々子。きさらはというと、無邪気にもカッコよく見えた両慈や夜一へまとわり付くようにキャッキャとはしゃいでいる。
 そんなきさらへ手を伸ばし頭を撫でたのは、先程までは険しい顔で襲撃者へ向かっていた両慈。
「強く生きるんだ。お兄さんとの、約束だ」
「うんっ!やくそくっ!」

 逆に、憔悴したまま動けない様子の菜々子へは沙織が寄り添い力づける。
「何かあったら私たちも力になります。あとは……そうですね、哲雄さんの遺影に手を合わせてもいいでしょうか」
 一般人の親子を保護し、憤怒者であれども故人への冥福の祈りは欠かさない姿勢の沙織。彼女の、大人しく優しい気性が垣間見えるひとときでもあった。

「えーと、きららちゃん」
「きさらなのっ!!」
 名前を間違えられてぷーっと膨れるきさら。だが、間違いなくその目はカッコよく戦ったお姉さんを見てキラキラと光っている。
「これあげるから、お母さんと頑張ってなあ」
 きさらは、差し出されたすねこすりぐるみを、ニコニコと手を伸ばし受け取った。
「わぁ、ありがとう!じゃあ、おねえちゃんのおなまえつけるね!おねえちゃんのおなまえは?」
 凛やで、と軽く告げると、きさらはすねこすりぐるみにもりんちゃん、りんちゃんと早速呼びかけている。

 早速りんちゃんをなでなでしているきさらへ、回復の術式で立ち上がれるようになった桜が近寄り、小さいきさらに目線を合わせるようにしゃがむ。
 桜が、斉藤さんお願いと呟くと、きさらの頭にピョイっと斉藤さんが乗っかる。きさら自身には見えないが、なんとなく何かがいそうな感じがするのか、うーうーと頭に手をやる。
「私から見ればどんなクズでもいい父親だったんでしょう?悪い部分を覚えておく必要はないわ」
 これで、立ち聞いた父親に関する話は綺麗さっぱり、きさらの脳からは消え去る。思い出の中の優しい父親だけが残るのだろう。

 その後は再襲撃のおそれも考慮されたこともあり、親子はFiVEに保護され、五麟市へ転居することとなる。

●極色は褪せず

 自分は強くなるのに四半世紀かかったと言うのに、若者の成長というのは目覚しいと紅榴は感じた。今回は悔しさが上回っているが、若干楽しくもある。
 だが、それでも怒りというのはなかなか消えないもので。

 
 焼けて判別すら付かない家族の死体。

 髪を掴まれて引き倒されて、下卑た憤怒者の男に囲まれた自分。

 降り出した雨の中で、自らを取り囲む下等な雄たちへ、決死の想いで電撃を放ち、殺したあの日。


 紅榴の心の熾き火は、まだまだ消えそうにもない。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『雷麒麟』
取得者:天明 両慈(CL2000603)
『カワイコちゃん』
取得者:飛騨・沙織(CL2001262)
特殊成果
なし




 
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