Beast train
●Beast train
ポン、ポポン。夜のホームに鼓が響く。
ポポン、ポン。化けた電車がやって来る。
とっぷりと夜も更けた頃、すぐ隣に雑木林のある駅のホームに音がする。この駅は無人駅であり、ついでに言えばこの路線の終電は九時頃。とっくにそんな時間は過ぎている。
しかし現に電車は現れた。随分と古い型らしく、運転席の窓も小さい……が、それが逆に巨大な単眼のように見えてくるから不思議な物だ。
やがてホームへと着いた謎の電車は四両編成の内、前の二両を擡げて車輪を空転させた。誰も居ない駅に、機械音が木霊する。
ポン、ポポン。夜のホームに鼓が響く。
ポポン、ポン。化けた電車がやって来る。
●鼓が誘う化け電車
「今回の相手はお化け電車! 夜の無人駅に蛇みたいになった電車が出てくるから、それを退治してね! 今回の妖はおっきいよー?」
久方 万里(nCL2000005)が集まった覚者へ簡単な資料を配る。確かに妖は人気のない所に現れるが、何故この妖は誰も居ない駅に現れたのだろうか?
そんな疑問への答えとは違うが、万里は声のトーンを落として続ける。まだ何かあるようだ。
「それから物質系の妖……の筈なんだけど、何かおかしいの。物理攻撃があんまり効かないみたい。何か秘密がある筈だから、気をつけて調べてみるといいかも!」
ポン、ポポン。夜のホームに鼓が響く。
ポポン、ポン。化けた電車がやって来る。
とっぷりと夜も更けた頃、すぐ隣に雑木林のある駅のホームに音がする。この駅は無人駅であり、ついでに言えばこの路線の終電は九時頃。とっくにそんな時間は過ぎている。
しかし現に電車は現れた。随分と古い型らしく、運転席の窓も小さい……が、それが逆に巨大な単眼のように見えてくるから不思議な物だ。
やがてホームへと着いた謎の電車は四両編成の内、前の二両を擡げて車輪を空転させた。誰も居ない駅に、機械音が木霊する。
ポン、ポポン。夜のホームに鼓が響く。
ポポン、ポン。化けた電車がやって来る。
●鼓が誘う化け電車
「今回の相手はお化け電車! 夜の無人駅に蛇みたいになった電車が出てくるから、それを退治してね! 今回の妖はおっきいよー?」
久方 万里(nCL2000005)が集まった覚者へ簡単な資料を配る。確かに妖は人気のない所に現れるが、何故この妖は誰も居ない駅に現れたのだろうか?
そんな疑問への答えとは違うが、万里は声のトーンを落として続ける。まだ何かあるようだ。
「それから物質系の妖……の筈なんだけど、何かおかしいの。物理攻撃があんまり効かないみたい。何か秘密がある筈だから、気をつけて調べてみるといいかも!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.化け電車を倒す
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
・人気のない田舎の駅。灯りは古びた蛍光灯のみで非常に心もとない。すぐ近くが雑木林になっている。
●目標
化け電車:妖・物質系(?)・ランク2:電車がまるで竜か蛇のように襲い掛かって来る。見るからに物質系なのだが何故か物理攻撃に強く、特殊攻撃に弱い。
・体当たり:A物近列:巨大な体で押し潰すように体当たりをしてくる。
・大風弾:A特遠敵全:強烈な風を吐いてくる。
●備考
・事前行動が1ターン分可能です。味方の強化・周囲の調査等にどうぞ。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2015年11月12日
2015年11月12日
■メイン参加者 5人■

●
「……化けて出たなら怨念か心残りだと思ったのだがな」
ガラガラと戸を引いて赤祢 維摩(CL2000884) が駅舎から姿を現す。一通り探索していたようだが、成果は芳しくなかったようだ。
ここは田舎路線の無人駅であり、現在の時刻は午後十時過ぎ。そもそもそこに人が居るというのが不自然であったが、そこにいたのは維摩一人ではなかった。
「南南東、風速5メートル……と。駅舎の中はどうですか?」
「駄目だな、外れだ」
線路上に張られた高圧電線を慎重に避けながら飛び、それと並行して記録を取っているのは梶浦 恵(CL2000944) だ。
物理現象・生物の進化に正面から喧嘩を売っているような存在の多い妖や覚者といった存在を科学的に分析するのが生業の恵は、返って来た維摩の声にそうですかと若干気落ちしたように答える。
「うーん……あっ! たぬき!」
維摩から線路を挟んだホームに居たククル ミラノ(CL2001142) は懐中電灯で雑木林を照らしていると、その中に一匹のタヌキを見つけた……のだが。
「……なんか、アニメっぽい?」
照らされた光の中にいるタヌキは生身の動物のようなすらりとしたフォルムではなく、コミカルというかカートゥーンチックな姿のタヌキであった。
そんな「狸」ではなく「タヌキ」と表すのが正しく思えるタヌキは困惑するミラノをみてニヤリと厭らしく哂う。そして息を吸って腹を膨らませたかと思うと、ポンポンと腹鼓を叩き始めた。
ポンポン、ポンポンポン、ポンポンポンポン……タヌキが名乗りを上げると徐々にペースを上げた音に維摩や恵も気付き、ミラノの傍へ駆け寄る。
やや遠くで警戒に当たっていた鈴白 秋人(CL2000565) とリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862) も駆け寄って来るのと同時に、ミラノの猫耳に遠くから聞こえる音が届いた。
「あっ! ぽんぽんおとがしてきたっ!」
音のする方を見れば、そこには古びた型の電車。ポンポンとタヌキの腹鼓と同じ音を出していた電車の先頭、前方を照らすライトの上にタヌキが飛び乗った。
ポン! と一際強く腹鼓が打ち鳴らされると、蛇が首を擡げるように古びた電車が先頭の車両を持ち上げて車輪を空転させる。
それはまるで大蛇か龍が咆哮しているような威圧感を伴い、何が可笑しいのか電車に飛び乗ったタヌキはケタケタと哂っている。
「自然系でも心霊系でもない……『化け』電車という事ですか……!」
「ワッ!? そういう妖デスカ!?」
敵襲に備えていた秋人とリーネは即座に火行壱式「醒の炎」と土行壱式「蒼鋼壁」によって自身を強化する。
「ふ、ふぉふぉふぉっ! ミラノはさいしょからきっとそーだとおもってたよっ! ずばっとおみとおしっ!」
わざわざミラノはそう宣言するが……本当だろうか?
●
「ふん。朧車や火車、一目連辺りだと思ったが……これはこれで面白いサンプルには違いない」
維摩は鋭い目つきに興味の色を浮かべながらも天行壱式「纏霧」を使う。ご丁寧に妖自身がライトから出す光が、絡みつく霧によってキラキラと反射していた。
「む……どうやら物理・特殊の耐性や弱点は無くなっているようだな。タヌキが乗ったからか?」
「エネミースキャン」と「超視力」を併用した解析により、危惧されていた謎の耐性は失われていると看破される。
が、ある意味で隙が無くなったという事であり、更に維摩には知る由も無い事だが全ての能力がタヌキが乗る前よりも強化されていたのだった。
「ミラノちゃん、援護しマスネ!」
リーネは前衛のミラノへ蒼鋼壁をかける。前衛に立つミラノへの戦術的な行動と言うよりは「お姉さん」としての年下の友達への気配りなのだろう。
「心霊系や自然系なら、奪われてしまった魂でも運んでいるのかと思いましたが……どうやら違うようですね」
巨大な化け電車にB.O.T.を放ちながら秋人がぽつりと零す。耐性的にはその予想も正しかったのだろうが、深読みをし過ぎたという事だろう。
チョコンと車両の先頭に乗ったタヌキが嗤うのを見れば、そのどちらかと考えるのはすぐに間違いだと解る。
「いっくよ~~っ!! どかーん!」
ミラノは掛け声とともに両手のステッキで化け電車を強かに殴り付ける。その一撃は強力だが、鉄の箱を殴ったせいかミラノは涙目で動きを止めた。
先の一撃は「猛の一撃」。獣の因子を持った覚者が使う攻撃だが、如何せん攻撃に使ったのがステッキである。あまり痛打にはなっていないようだ。
「列車に乗れるなら中の様子も気になる所ですが……それは倒してからになるでしょうか」
化け電車が現れた様子をカメラに収めた恵は冷静にエアブリットを命中させる。狙いは眼前にゆらゆらと揺れる電車の駆動部分。
中身まで精巧に化けているのかは解らないが、どうやら狙いは正しかったのか少なくないダメージを与える事が出来たようだ。
「スゥー……ブゥッ!」
化け電車の上に乗ったタヌキが息を吸い込むと、それに合わせて化け電車も体を後ろに下げる。そのまま吐かれた息は強烈な風の弾となって覚者達に襲い掛かった。
その一撃は凄まじく、覚者の中で一番体力の低いリーネは一度に四割以上も消耗を強いられる程であった。
「いけませんね……回復します!」
攻撃が想像以上に強かったのか、秋人が慌ててリーネへ水行壱式「癒しの滴」を使う。バシャリとリーネは水を被るが、生命力に満ちた水は瞬く間にリーネを回復させていった。
「どうも秋人さん! 愛しの彼との仲は聞かないでおきマスヨー!」
「何言ってるんですか……」
「古妖擬きならば壊れた祠の一つや二つありそうなものだがな……錬覇法!」
維摩は考察を続けながらも自身の強化を図る。確かに今回の妖の本体はタヌキであり、古妖としてどこかに祀られていてもおかしくない存在だ。
とは言え、人語を話す事もできないようではその力量も遠く及ばないだろう。そう結論付けた維摩は油断なく化け電車に相対するのであった。
「夜のホームって暗くて何処か不気味であまり好きではナイデース……さっさと終わらせマス!」
はぁ、と溜息をつきリーネは化け電車へB.O.T.を放つ。何とか明るく振る舞っているようだが、そもそも周囲のホラー染みた雰囲気が苦手なようだ。
とは言え今は戦闘中であり、そんな事をグダグダ行っている場合ではない。リーネは気合いを入れ直した。
「駆動部分が壊れれば心霊系か自然系だと思ったんですが、そうでもないようですね」
一度リーネの回復をしようかとしたが、秋人に先を越されたので恵は攻撃を続行する。エアブリットは再び化け電車の駆動部に当たるが、これは壊れる物なのだろうか?
尚、維摩と共に事前の情報から妖の正体を類推していたようだが、腹鼓に着目していたミラノ以外は予想が完全に外れていたのは余談である。
「ブフゥゥゥゥゥッ!」
「くっ!」
「きゃああっ!?」
再び化け電車の大風弾が覚者達を襲う。伊達にタヌキが乗った訳では無いのだろう、例え反射された攻撃を受けようとも化け電車はビクともしていない。
「わわわ、ちょっとタイムッ!」
現に猛の一撃の反動で動けないミラノは妖へ叶いもしない事を口にしている。とは言え、たった二発で体力が半分以上削られてしまえばそれも仕方ないが。
「くっ、連続で来るなんて……!」
秋人は再び回復用の術式を使う。今度は味方全体をカバーする水行壱式「癒しの霧」だ。体力に余裕がある面々はともかく、流石に連続で全体攻撃を受けるのは厳しいものがある。
「電車擬きの姿なら、雷で落ちてろよ!」
強化を終えた維摩が天行壱式「召雷」で攻撃に転じる。首を擡げる化け電車、その先頭に乗ったタヌキの真上から落ちた雷がその脳天を突き抜けた。
「ギャンッ!?」
「フン、この手のは良く効くらしいな?」
普通の電車に雷が落ちても表面を通って地面へ流れるだけだが、これはタヌキが出した化け電車。決して無視できないダメージを与えることに成功していた。
「このままではいけませんね、回復します」
癒しの滴を使い恵はミラノの体力を回復させる。秋人の癒しの霧と合わせて何とかミラノの残り体力も安全圏に入ったようだ。
「お化け電車は都市伝説だけで充分デース!」
三度リーネはB.O.T.を化け電車に当てる。これだけ的が大きいのだから外す方が難しいが、体躯相応の体力を持っている化け電車はビクともしない。
とは言え攻撃が当たる度に金属音を立てて身を捩っている以上、攻撃は効いているのだ。ならば手を休めている暇はない。
「カァッ!」
やはりと言うべきか、化け電車は大風弾を放つ。全員少なくないダメージを負ったが流石にそう何度も同じ攻撃をされれば慣れるのか、前二回よりは確実に受けるダメージが減っていた。
「そぉれっ!」
返すようにミラノが使ったのは木行壱式「深緑鞭」。植物の蔓を鞭のように撓らせて打ち付ける攻撃である。
と、その一部が化け電車の車輪の一つに絡まったのかそこだけ目に見えて動きが悪くなる。どうやら良い所に当たったようだ。
「不愉快な音を出すなよ、騒々しい……召雷!」
維摩が手を天に翳し、勢いよく振り下ろす。それに合わせて放たれた召雷がタヌキと化け電車を撃ち抜いた。
「ギシィィィィ!」
「喧しい。黙ってスクラップになれよ」
タヌキが威嚇するのと同時に車輪が唸るが、維摩はそれをものともしない態度でタヌキを睨み返す。野生の眼光に負けない眼力であった。
「こんな大きな電車を呼び出したエネルギーは一体何処から……?」
恵は疑問を口にしながらも化け電車の駆動部へエアブリットを撃ち込む。既に車輪の幾つかは歪み、車体に引っ掛かって周らない物が出始めている。
化けて出た電車に本当に駆動部があるかどうかは解らないが、動作や形を模している以上は意味がある筈だと信じているのだろう。現に少なくないダメージを与えられているようだ。
「私に任せるのデース!」
リーネは攻撃の手を休めない。化け電車の先頭車両を横殴りにするようにB.O.T.を放ち、頭を背けさせる。
「弱点がなくなった分、ガンガンいきマスネ!」
そうは言うが、元よりリーネは防御力を上げるか攻撃に専念する以外の選択肢は無い。体力を削り切るか耐え切るか、それだけのシンプルな戦い方だ。
「バハァッ!」
化け電車は馬鹿の一つ覚えのように大風弾を放つ。確かに全員に攻撃できるのは強みだが、反射された攻撃が少なからず自身に返って来る事を理解しているのだろうか?
―――しかし、全員に攻撃し続けた結果がここで現れた。
「な、に……!?」
維摩の体がガクリと揺れ、バランスを崩して風に押されるままホームから転がり落ちる。維摩は歯を食い縛って立ち上がろうとするが、体に力が入らなかった。体力が尽きたのである。
「かいふくかいふく~っ!」
更に運の悪い事に最後尾に居た維摩の脱落に誰も気付いていない。ミラノも前衛で大きなダメージを負っている秋人の回復に手一杯だ。
「まずい、回復が追い付かない……!」
ここで初めて秋人の表情に焦りが混じる。その焦りは手元を狂わせ、癒しの霧による全体の回復も上手くいかない程であった。
「いまはかいふく! それからやっつけるよっ!」
ミラノは先程同様、木行壱式「樹の雫」で体力の回復を図る。ターゲットは現状最大のダメージを受けている恵である。
「って、あれ? ひとりいない!」
「えっ!? あ、赤袮さん!? くっ!」
ミラノの声でようやく維摩の脱落に気付いた恵が苦し紛れにエアブリットを放つ。完全に力尽きている以上、今更回復しても遅いのだ。
その一撃は咄嗟の一撃とは思えない程の威力であったが、覚者側の戦力が減った事を考えると容易に喜んでも居られない。
「ゲタゲタゲタゲタ!」
化け電車の上に乗ったタヌキが嗤い、それに合わせて化け電車の車輪が軋みを上げて空転する。その次の瞬間、目にも止まらぬスピードで化け電車は覚者達目掛けてその身を滑らせた。
「がはっ!?」
「ま、まだまだぁ……!」
前衛を担当していた秋人とミラノが化け電車に接触する。特に体躯の小さいミラノは一度完全に宙を舞うが、気力を振り絞って立ち上がる。根性を振り絞ったようだ。
「落ち着いて、落ち着くんだ……!」
秋人は自身を諭すように落ち着けと連呼しながらも癒しの霧を使う。が、それ自身が逆効果だったのだろう。やはり満足に回復の効果は発揮できていない。
「このっ! 負けまセンネ!」
化け電車による体当たりの予想以上の威力にリーネは吠えるが、やはり怖いものは怖いのだろう。手元が狂い、B.O.T.は車体を僅かに掠めるだけであった。
今までの攻撃と合わせて車体もボコボコになっているが覚者側も脱落者を出しており、正に一進一退の攻防である。
「ブッフゥゥゥ!」
「アゥッ!? ……ぁ、」
そこに追撃のように入る大風弾。全員が相応のダメージを負うが、元々打たれ強くないリーネがここで脱落。ゴロリと転がった体に力は入っておらず、気絶した事が解る。
「倒れてっ……!」
遂に二人目が倒され、焦って仕掛けた恵のエアブリットが化け電車の胴体に吸い込まれる。その焦りを映したか、今まで的確に駆動部を狙っていた一撃が初めて他の箇所に当たった瞬間だった。
「癒しの霧……!」
流石にこうも連発していれば焦りの中でもコツを取り戻せたのか、先程よりは秋人の回復の効果が現れる。しかし現状がジリ貧な事に変わりは無い。
「まけないっ!」
ミラノは自身に樹の雫を使い、体力を回復させる。何とか一撃で倒れない程には体力が戻るが、化け電車の全ての攻撃を受けてしまうミラノには非常に心もとない回復であった。
「バァッ!」
化け電車は立て続けに大風弾を覚者へ向かわせる。纏霧で弱体化している筈の攻撃だが、それを感じさせない程の力強さであった。
「ごめ、ん……なさ―――」
そしてついに恵が倒れ伏す。攻撃に専念していた恵が倒れた事で遂に覚者側は追い詰められた形になった。
「そんな!? ……あ、あきらめないからっ!」
「そうだ、俺もまだ戦える……!」
ミラノと秋人が立て続けに術式で自身を回復させる。攻撃に転じなければ勝てないのは解っているが、回復を続けなければ一撃で倒されてしまうのだ。確実に覚者達は追い詰められている。
「ゲタゲタゲタゲタッ!」
しかし、そんな二人を嘲笑うかのように化け電車が体当たりを仕掛けてくる。その圧倒的な質量にミラノは瀕死、秋人に至っては当たり所が悪かったのかホーム上を大きく転がってしまう。
「く、そ……」
吹き飛ばされて柱に激突した秋人は何とか身を起こそうとするが、やがてガクリと気を失った。
「ま、まだ、まだ……まけないっ!」
眼は翳み、足は震え、前後左右も定かではない。しかし、ミラノの心はまだ折れていない。最後の一人になったとしても、確実に勝てるようにと自身の回復を選択した。
絶望的な一騎打ちが、始まる。
「はぁぁぁぁっ!」
「ゲタゲタッ!」
隙を突いてミラノは連続でその身を癒すが、化け電車はそんなミラノに正面からぶつかっていく。しかし、まだミラノは立てる。戦えるのだ。
―――が、戦える事と倒せる事はイコールではない。
「ぁ……」
フラつきながらも立ち上がったミラノを車輪が撥ねる。流石に一度力尽きかけたミラノに再び立ち上がる余力は残されておらず、小さな声と共に気を失った……。
●
「ゲタゲタゲタゲタッ!」
ポンポン、ポポォン。
化けた電車は鼓と共に、今日も唸りを上げている。
「われ、タヌキ! かくしゃ、たおす、した! つよい、タヌキ!」
ポポポン、ポン。
妖として力を付けたタヌキは、今日も何処かで人を化かす。
―――ポン。
「……化けて出たなら怨念か心残りだと思ったのだがな」
ガラガラと戸を引いて赤祢 維摩(CL2000884) が駅舎から姿を現す。一通り探索していたようだが、成果は芳しくなかったようだ。
ここは田舎路線の無人駅であり、現在の時刻は午後十時過ぎ。そもそもそこに人が居るというのが不自然であったが、そこにいたのは維摩一人ではなかった。
「南南東、風速5メートル……と。駅舎の中はどうですか?」
「駄目だな、外れだ」
線路上に張られた高圧電線を慎重に避けながら飛び、それと並行して記録を取っているのは梶浦 恵(CL2000944) だ。
物理現象・生物の進化に正面から喧嘩を売っているような存在の多い妖や覚者といった存在を科学的に分析するのが生業の恵は、返って来た維摩の声にそうですかと若干気落ちしたように答える。
「うーん……あっ! たぬき!」
維摩から線路を挟んだホームに居たククル ミラノ(CL2001142) は懐中電灯で雑木林を照らしていると、その中に一匹のタヌキを見つけた……のだが。
「……なんか、アニメっぽい?」
照らされた光の中にいるタヌキは生身の動物のようなすらりとしたフォルムではなく、コミカルというかカートゥーンチックな姿のタヌキであった。
そんな「狸」ではなく「タヌキ」と表すのが正しく思えるタヌキは困惑するミラノをみてニヤリと厭らしく哂う。そして息を吸って腹を膨らませたかと思うと、ポンポンと腹鼓を叩き始めた。
ポンポン、ポンポンポン、ポンポンポンポン……タヌキが名乗りを上げると徐々にペースを上げた音に維摩や恵も気付き、ミラノの傍へ駆け寄る。
やや遠くで警戒に当たっていた鈴白 秋人(CL2000565) とリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862) も駆け寄って来るのと同時に、ミラノの猫耳に遠くから聞こえる音が届いた。
「あっ! ぽんぽんおとがしてきたっ!」
音のする方を見れば、そこには古びた型の電車。ポンポンとタヌキの腹鼓と同じ音を出していた電車の先頭、前方を照らすライトの上にタヌキが飛び乗った。
ポン! と一際強く腹鼓が打ち鳴らされると、蛇が首を擡げるように古びた電車が先頭の車両を持ち上げて車輪を空転させる。
それはまるで大蛇か龍が咆哮しているような威圧感を伴い、何が可笑しいのか電車に飛び乗ったタヌキはケタケタと哂っている。
「自然系でも心霊系でもない……『化け』電車という事ですか……!」
「ワッ!? そういう妖デスカ!?」
敵襲に備えていた秋人とリーネは即座に火行壱式「醒の炎」と土行壱式「蒼鋼壁」によって自身を強化する。
「ふ、ふぉふぉふぉっ! ミラノはさいしょからきっとそーだとおもってたよっ! ずばっとおみとおしっ!」
わざわざミラノはそう宣言するが……本当だろうか?
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「ふん。朧車や火車、一目連辺りだと思ったが……これはこれで面白いサンプルには違いない」
維摩は鋭い目つきに興味の色を浮かべながらも天行壱式「纏霧」を使う。ご丁寧に妖自身がライトから出す光が、絡みつく霧によってキラキラと反射していた。
「む……どうやら物理・特殊の耐性や弱点は無くなっているようだな。タヌキが乗ったからか?」
「エネミースキャン」と「超視力」を併用した解析により、危惧されていた謎の耐性は失われていると看破される。
が、ある意味で隙が無くなったという事であり、更に維摩には知る由も無い事だが全ての能力がタヌキが乗る前よりも強化されていたのだった。
「ミラノちゃん、援護しマスネ!」
リーネは前衛のミラノへ蒼鋼壁をかける。前衛に立つミラノへの戦術的な行動と言うよりは「お姉さん」としての年下の友達への気配りなのだろう。
「心霊系や自然系なら、奪われてしまった魂でも運んでいるのかと思いましたが……どうやら違うようですね」
巨大な化け電車にB.O.T.を放ちながら秋人がぽつりと零す。耐性的にはその予想も正しかったのだろうが、深読みをし過ぎたという事だろう。
チョコンと車両の先頭に乗ったタヌキが嗤うのを見れば、そのどちらかと考えるのはすぐに間違いだと解る。
「いっくよ~~っ!! どかーん!」
ミラノは掛け声とともに両手のステッキで化け電車を強かに殴り付ける。その一撃は強力だが、鉄の箱を殴ったせいかミラノは涙目で動きを止めた。
先の一撃は「猛の一撃」。獣の因子を持った覚者が使う攻撃だが、如何せん攻撃に使ったのがステッキである。あまり痛打にはなっていないようだ。
「列車に乗れるなら中の様子も気になる所ですが……それは倒してからになるでしょうか」
化け電車が現れた様子をカメラに収めた恵は冷静にエアブリットを命中させる。狙いは眼前にゆらゆらと揺れる電車の駆動部分。
中身まで精巧に化けているのかは解らないが、どうやら狙いは正しかったのか少なくないダメージを与える事が出来たようだ。
「スゥー……ブゥッ!」
化け電車の上に乗ったタヌキが息を吸い込むと、それに合わせて化け電車も体を後ろに下げる。そのまま吐かれた息は強烈な風の弾となって覚者達に襲い掛かった。
その一撃は凄まじく、覚者の中で一番体力の低いリーネは一度に四割以上も消耗を強いられる程であった。
「いけませんね……回復します!」
攻撃が想像以上に強かったのか、秋人が慌ててリーネへ水行壱式「癒しの滴」を使う。バシャリとリーネは水を被るが、生命力に満ちた水は瞬く間にリーネを回復させていった。
「どうも秋人さん! 愛しの彼との仲は聞かないでおきマスヨー!」
「何言ってるんですか……」
「古妖擬きならば壊れた祠の一つや二つありそうなものだがな……錬覇法!」
維摩は考察を続けながらも自身の強化を図る。確かに今回の妖の本体はタヌキであり、古妖としてどこかに祀られていてもおかしくない存在だ。
とは言え、人語を話す事もできないようではその力量も遠く及ばないだろう。そう結論付けた維摩は油断なく化け電車に相対するのであった。
「夜のホームって暗くて何処か不気味であまり好きではナイデース……さっさと終わらせマス!」
はぁ、と溜息をつきリーネは化け電車へB.O.T.を放つ。何とか明るく振る舞っているようだが、そもそも周囲のホラー染みた雰囲気が苦手なようだ。
とは言え今は戦闘中であり、そんな事をグダグダ行っている場合ではない。リーネは気合いを入れ直した。
「駆動部分が壊れれば心霊系か自然系だと思ったんですが、そうでもないようですね」
一度リーネの回復をしようかとしたが、秋人に先を越されたので恵は攻撃を続行する。エアブリットは再び化け電車の駆動部に当たるが、これは壊れる物なのだろうか?
尚、維摩と共に事前の情報から妖の正体を類推していたようだが、腹鼓に着目していたミラノ以外は予想が完全に外れていたのは余談である。
「ブフゥゥゥゥゥッ!」
「くっ!」
「きゃああっ!?」
再び化け電車の大風弾が覚者達を襲う。伊達にタヌキが乗った訳では無いのだろう、例え反射された攻撃を受けようとも化け電車はビクともしていない。
「わわわ、ちょっとタイムッ!」
現に猛の一撃の反動で動けないミラノは妖へ叶いもしない事を口にしている。とは言え、たった二発で体力が半分以上削られてしまえばそれも仕方ないが。
「くっ、連続で来るなんて……!」
秋人は再び回復用の術式を使う。今度は味方全体をカバーする水行壱式「癒しの霧」だ。体力に余裕がある面々はともかく、流石に連続で全体攻撃を受けるのは厳しいものがある。
「電車擬きの姿なら、雷で落ちてろよ!」
強化を終えた維摩が天行壱式「召雷」で攻撃に転じる。首を擡げる化け電車、その先頭に乗ったタヌキの真上から落ちた雷がその脳天を突き抜けた。
「ギャンッ!?」
「フン、この手のは良く効くらしいな?」
普通の電車に雷が落ちても表面を通って地面へ流れるだけだが、これはタヌキが出した化け電車。決して無視できないダメージを与えることに成功していた。
「このままではいけませんね、回復します」
癒しの滴を使い恵はミラノの体力を回復させる。秋人の癒しの霧と合わせて何とかミラノの残り体力も安全圏に入ったようだ。
「お化け電車は都市伝説だけで充分デース!」
三度リーネはB.O.T.を化け電車に当てる。これだけ的が大きいのだから外す方が難しいが、体躯相応の体力を持っている化け電車はビクともしない。
とは言え攻撃が当たる度に金属音を立てて身を捩っている以上、攻撃は効いているのだ。ならば手を休めている暇はない。
「カァッ!」
やはりと言うべきか、化け電車は大風弾を放つ。全員少なくないダメージを負ったが流石にそう何度も同じ攻撃をされれば慣れるのか、前二回よりは確実に受けるダメージが減っていた。
「そぉれっ!」
返すようにミラノが使ったのは木行壱式「深緑鞭」。植物の蔓を鞭のように撓らせて打ち付ける攻撃である。
と、その一部が化け電車の車輪の一つに絡まったのかそこだけ目に見えて動きが悪くなる。どうやら良い所に当たったようだ。
「不愉快な音を出すなよ、騒々しい……召雷!」
維摩が手を天に翳し、勢いよく振り下ろす。それに合わせて放たれた召雷がタヌキと化け電車を撃ち抜いた。
「ギシィィィィ!」
「喧しい。黙ってスクラップになれよ」
タヌキが威嚇するのと同時に車輪が唸るが、維摩はそれをものともしない態度でタヌキを睨み返す。野生の眼光に負けない眼力であった。
「こんな大きな電車を呼び出したエネルギーは一体何処から……?」
恵は疑問を口にしながらも化け電車の駆動部へエアブリットを撃ち込む。既に車輪の幾つかは歪み、車体に引っ掛かって周らない物が出始めている。
化けて出た電車に本当に駆動部があるかどうかは解らないが、動作や形を模している以上は意味がある筈だと信じているのだろう。現に少なくないダメージを与えられているようだ。
「私に任せるのデース!」
リーネは攻撃の手を休めない。化け電車の先頭車両を横殴りにするようにB.O.T.を放ち、頭を背けさせる。
「弱点がなくなった分、ガンガンいきマスネ!」
そうは言うが、元よりリーネは防御力を上げるか攻撃に専念する以外の選択肢は無い。体力を削り切るか耐え切るか、それだけのシンプルな戦い方だ。
「バハァッ!」
化け電車は馬鹿の一つ覚えのように大風弾を放つ。確かに全員に攻撃できるのは強みだが、反射された攻撃が少なからず自身に返って来る事を理解しているのだろうか?
―――しかし、全員に攻撃し続けた結果がここで現れた。
「な、に……!?」
維摩の体がガクリと揺れ、バランスを崩して風に押されるままホームから転がり落ちる。維摩は歯を食い縛って立ち上がろうとするが、体に力が入らなかった。体力が尽きたのである。
「かいふくかいふく~っ!」
更に運の悪い事に最後尾に居た維摩の脱落に誰も気付いていない。ミラノも前衛で大きなダメージを負っている秋人の回復に手一杯だ。
「まずい、回復が追い付かない……!」
ここで初めて秋人の表情に焦りが混じる。その焦りは手元を狂わせ、癒しの霧による全体の回復も上手くいかない程であった。
「いまはかいふく! それからやっつけるよっ!」
ミラノは先程同様、木行壱式「樹の雫」で体力の回復を図る。ターゲットは現状最大のダメージを受けている恵である。
「って、あれ? ひとりいない!」
「えっ!? あ、赤袮さん!? くっ!」
ミラノの声でようやく維摩の脱落に気付いた恵が苦し紛れにエアブリットを放つ。完全に力尽きている以上、今更回復しても遅いのだ。
その一撃は咄嗟の一撃とは思えない程の威力であったが、覚者側の戦力が減った事を考えると容易に喜んでも居られない。
「ゲタゲタゲタゲタ!」
化け電車の上に乗ったタヌキが嗤い、それに合わせて化け電車の車輪が軋みを上げて空転する。その次の瞬間、目にも止まらぬスピードで化け電車は覚者達目掛けてその身を滑らせた。
「がはっ!?」
「ま、まだまだぁ……!」
前衛を担当していた秋人とミラノが化け電車に接触する。特に体躯の小さいミラノは一度完全に宙を舞うが、気力を振り絞って立ち上がる。根性を振り絞ったようだ。
「落ち着いて、落ち着くんだ……!」
秋人は自身を諭すように落ち着けと連呼しながらも癒しの霧を使う。が、それ自身が逆効果だったのだろう。やはり満足に回復の効果は発揮できていない。
「このっ! 負けまセンネ!」
化け電車による体当たりの予想以上の威力にリーネは吠えるが、やはり怖いものは怖いのだろう。手元が狂い、B.O.T.は車体を僅かに掠めるだけであった。
今までの攻撃と合わせて車体もボコボコになっているが覚者側も脱落者を出しており、正に一進一退の攻防である。
「ブッフゥゥゥ!」
「アゥッ!? ……ぁ、」
そこに追撃のように入る大風弾。全員が相応のダメージを負うが、元々打たれ強くないリーネがここで脱落。ゴロリと転がった体に力は入っておらず、気絶した事が解る。
「倒れてっ……!」
遂に二人目が倒され、焦って仕掛けた恵のエアブリットが化け電車の胴体に吸い込まれる。その焦りを映したか、今まで的確に駆動部を狙っていた一撃が初めて他の箇所に当たった瞬間だった。
「癒しの霧……!」
流石にこうも連発していれば焦りの中でもコツを取り戻せたのか、先程よりは秋人の回復の効果が現れる。しかし現状がジリ貧な事に変わりは無い。
「まけないっ!」
ミラノは自身に樹の雫を使い、体力を回復させる。何とか一撃で倒れない程には体力が戻るが、化け電車の全ての攻撃を受けてしまうミラノには非常に心もとない回復であった。
「バァッ!」
化け電車は立て続けに大風弾を覚者へ向かわせる。纏霧で弱体化している筈の攻撃だが、それを感じさせない程の力強さであった。
「ごめ、ん……なさ―――」
そしてついに恵が倒れ伏す。攻撃に専念していた恵が倒れた事で遂に覚者側は追い詰められた形になった。
「そんな!? ……あ、あきらめないからっ!」
「そうだ、俺もまだ戦える……!」
ミラノと秋人が立て続けに術式で自身を回復させる。攻撃に転じなければ勝てないのは解っているが、回復を続けなければ一撃で倒されてしまうのだ。確実に覚者達は追い詰められている。
「ゲタゲタゲタゲタッ!」
しかし、そんな二人を嘲笑うかのように化け電車が体当たりを仕掛けてくる。その圧倒的な質量にミラノは瀕死、秋人に至っては当たり所が悪かったのかホーム上を大きく転がってしまう。
「く、そ……」
吹き飛ばされて柱に激突した秋人は何とか身を起こそうとするが、やがてガクリと気を失った。
「ま、まだ、まだ……まけないっ!」
眼は翳み、足は震え、前後左右も定かではない。しかし、ミラノの心はまだ折れていない。最後の一人になったとしても、確実に勝てるようにと自身の回復を選択した。
絶望的な一騎打ちが、始まる。
「はぁぁぁぁっ!」
「ゲタゲタッ!」
隙を突いてミラノは連続でその身を癒すが、化け電車はそんなミラノに正面からぶつかっていく。しかし、まだミラノは立てる。戦えるのだ。
―――が、戦える事と倒せる事はイコールではない。
「ぁ……」
フラつきながらも立ち上がったミラノを車輪が撥ねる。流石に一度力尽きかけたミラノに再び立ち上がる余力は残されておらず、小さな声と共に気を失った……。
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「ゲタゲタゲタゲタッ!」
ポンポン、ポポォン。
化けた電車は鼓と共に、今日も唸りを上げている。
「われ、タヌキ! かくしゃ、たおす、した! つよい、タヌキ!」
ポポポン、ポン。
妖として力を付けたタヌキは、今日も何処かで人を化かす。
―――ポン。
