秋の血祭り
秋の血祭り


●御狐様
 秋も深まり、涼風が木枯らしに身を変えようかという時節。ふとした拍子に秋風に煽られた木の葉が、ふわりと舞って道を埋めてゆく。
 秋祭りを間近に控えた神社の境内では、櫓を組む人々が作業に精を出していた。
「親方ー、こいつぁどっちですかぃ?」
「おお、あっちの方に積んどいてくんなぁ」
 年に一度の祭りの季節。これを楽しみにしている近隣住民もまた、多くが期待を寄せている。自然と作業にも熱が篭ろうというものだろう。
 だが、異変は唐突に訪れる。がたん、という重い音に、作業に当たっていた人々が皆振り向いた。しかし。
「……親方? 今なんか落ちましたかぃ?」
「いや……あっちの方にゃ何も積んでねぇハズだけどな……?」
 音は、境内の入り口付近から響いていた。そちらには建材は何も置いていない筈。しかし、その音は立て続けにがたん、ごきん、と何か岩でも落としているかのように響き渡る。やがて、作業員の一人が視界に異変を捉えた。
「き、キツネが……動いてる!?」
 境内の入り口に建つ石造りの狐の像。稲荷を奉る神社には付き物のあれが、徐々にではあるがその身を微かに震わせながら動き始めていた。
 ばき、ごき、がしゃん
 音は次第に激しさを増し、狐の像もその大きさを増してゆく。乗っていた台座は音を立てて崩れ落ち、狐の像が二メートル程度にまで膨れ上がった頃──緊張の糸が切れた作業員が、悲鳴を上げた。
「あ、あああ、妖だあぁぁーっ!?」
 その声に反応してだろうか。狐の像──今や妖と化したそれは、ゆっくりと境内へと視線を巡らせて。
 確かに、にたりと嗤った。

●秋の血祭りを防ぐべく
「秋祭りの準備をしている神社に、妖が出現するみたいなんだ」
 久方 相馬(nCL2000004)は目頭を押さえながら言った。どうやら、夢見の予知で見た光景がだいぶ凄惨だったようだ。
「神社の入り口に、狛犬じゃなくて狐の像が置いてあるのを見たことはあるか? アレが物質系の妖に変わって、境内でお祭りの準備をしている人達を食い殺して回る」
 元が岩なので物質系であって、動物系ではない。姿は狐のようだが、どちらかと言うと狼に近い形だと言う。岩を元にしているだけあって、その身体はかなり硬い部類に入るだろう。
「数は二匹……ま、境内の入り口に並んで建ってるのが普通だし、当たり前か。境内には人が残ってる状態で変異するから、避難させたりも考えて欲しいな」
 事前の避難活動は不審に思われるだけに終わってしまうだろう。更に言えば、狐の像を事前に壊そうとしたら、ガテン系のお兄様方に取り押さえられて警察を呼ばれるのがオチだ。変異が始まった頃に避難させるのが妥当と思われる。
「結構な勢いでの体当たりとか、石で出来た爪で切り裂いてきたりとかするみたいだぜ。皆なら何とかなるだろうけど、硬い相手だから長引くかも知れないな」
 幸いなことに、覚者が目の前に居る間は二匹とも境内から離れることはないらしい。どちらかが倒れない限りは、戦場は境内に限定されるということだ。
「俺は知らせることしかできないけど、皆を信じてる。頼んだぜ!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:鉄機
■成功条件
1.狐の像×二匹の撃破
2.一般人に被害を出さない
3.なし
鉄機と申します。
秋祭りが血祭りにならないよう、狐の像が変異した妖の駆除にご協力ください。

●戦場について
神社の境内になります。広さはそこそこあり、大体二十メートル四方あると思ってください。
中央に組みかけの櫓があります。こちらは三メートル四方程度。付近には建材が纏まって置かれています。現状では足場が悪いということはありませんが、故意に櫓を壊したりすると足場が悪くなってしまう可能性はあります。
神社そのものは少々小高い立地になっており、入り口から階段を使って昇った先にあります。おおむね、二階程度の高さに境内が広がっています。
立地の関係上、階段下からは境内が見えません。狐の像は境内の入り口付近にありますので、一般人を逃がすのであれば狐が変異しきる前にその間を通す必要があります。

●一般人について
いわゆるガテン系のお兄様方が主です。少しお年を召した神主様も居られます。
人数は十名(作業員)+一名(神主)となります。
全員の生還が成功条件となります。逃がしきれなかった場合は、何処かに隠れてもらうか、最悪守りながら戦う必要があるでしょう。
逃がす為には変異中の狐の像の間を通させる必要がありますので、効果的な誘導方法を考えてみてください。

●敵について
狐の像×二体:妖(物質系)/ランク1(本能に従って行動します)
耐久力が高めですが、岩で出来ているのでさほど速くは動けません。その代わり、一撃は若干重めです。
攻撃方法は以下の二種。
・全力体当たり:物近単 威力中
・石爪切り裂き:物近列 威力小
最終的には破壊してしまっても問題ありません。

それでは、頑張ってください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年11月13日

■メイン参加者 6人■

『幻想下限』
六道 瑠璃(CL2000092)
『ぬばたまの約束』
檜山 樹香(CL2000141)
『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)

●束の間という名の日常
 抜けるような青空が、秋晴れという言葉を如実に想起させる。吹く秋風は心地よく肌を撫ぜ、作業によってかかれた幾ばくかの汗を拭っていった。
 境内には、作業員達の威勢の良い声が良く通る。そんな様子を境内の入り口から見渡しながら、『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は、ふう、と息を吐いた。
「……平和、だな」
「今のところは、の」
 応えるは『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)。二人は狐の像の傍で、参拝客を装って境内を流し見ていた。
 作業員は三々五々に散って作業に当たっており、急に事が始まれば一斉に避難するのは難しいかもしれない。奥の社前では、神主と親方と思しき人物が図面を手に何やら相談をしている様子だ。
 境内を見遣る二人のその横では、御白 小唄(CL2001173)が無邪気に声を上げる。
「へー、狛犬じゃなくて狛狐って言うのかな、これ?」
 同じ狐の耳を動かしながら興味深げにしげしげと眺めつつも、その視線は変異の兆候を逃すまいと時として射抜くように像を刺す。
「すまんき、この祭りはどうゆう祭りなんじゃろうか?」
 一方で、作業員のひとりを捉まえて話を聞き出しているのは神・海逸(CL2001168)だ。聞き馴染みのない方言で問いかけられた作業員は初めこそ面食らいはしたものの、素直に五穀豊穣の感謝の祭りだと教えてくれる。狐はお稲荷さんの使いであり、刈入れ時に感謝と来年の豊作を祈る祭りとして開かれているのだと。
 作業員の祭り語りに熱が籠り始めた頃合いに、『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が差し入れと称して軽食と飲み物を持参してきた。秋に入り涼しくなったとは言え肉体労働。熱を帯びた体が欲する水分に、作業員たちは我も我もと集まりだす。
 これ幸いにと休憩を指示してどっかりと腰を降ろす親方に、『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)が覚醒した姿で現れて声を掛けた。大分布地の少ないその姿に多少どぎまぎする親方の目をじっと見据えながら、親方の意識を少しだけ書き換える。狐の像付近に確認事項があった、という一点だけを加えて、暫しの談笑。
 あらかたの菓子とドリンクが胃袋へと消え、休憩も終わりかという頃合に差し掛かると、親方は先ほど刷り込まれた記憶に従ってか狐の像の方向へと足を運ぶ。狐の像の変異が始まったのは、正にそのタイミングだった。

●戦場と化す神の社
 最初は妙な音。ばきん、ごきん、と響く音が狐の像から聞こえると気付いた親方の顔色がさっと変わる。
「妖じゃ!」
「危ない! みんな逃げて!」
 同じく像の変異に気付いた樹香と小唄が声を張った。同時に、瑠璃は狐の像に向かい大鎌を構えて警戒態勢を取る。
「今のうちに逃げるか隠れるかしてくれ!」
 突然の出来事に最初は何事かと視線を送るだけだった作業員達だが、親方や覚者達の様子から異変を察知したようだ。若干のパニック状態に陥りかけた作業員達を安心させる為、灯は覚醒状態へと変わり親方の意識を自分へと向けさせる。
「作業員の方達には怪我をされては困ります、ここは私達に任せて下さい」
 覚者としての姿を見せ付けられ、幾分か冷静さを取り戻した親方へと、灯は階段下からの一般人の来訪を止めてもらうように伝えた。親方が作業員達に瑠璃の示す経路で避難指示を送り、併せて風格を纏ういのりの声が響く。
「像は見張っておりますので、慌てずに避難してくださいませ!」
 それでもなお、混乱に襲われて動けない作業員の肩を、ごつい手がポンと叩いた。
「逃げるぜよ」
 海逸のしっかりした声色が短く、だがはっきりと作業員に届くと同時に、小唄が走り寄って件の作業員を引っ掴んで抱える。
「暴れないで、しっかり掴まっててよ!」
 そのまま韋駄天足で有無を言わさずに境内の外へと駆け抜けた。抱えられた作業員も、高速で駆ける小唄の速度に暴れることもままならず、そのまま階段下へと姿を消す。
 親方や覚者の避難指示により、バラバラと境内の外へと向かう作業員達だが、像の変異は思いの外速い。全員を入り口から避難させるのは難しいと判断した瑠璃が、海逸に社への避難に切り替えるよう伝えた。同時に灯も送受心を用いて社へと誘導を計る。
「オレは妖から離れるわけにはいかないから、頼む!」
「任せい、櫓の下敷きは御免じゃき!」
 本能的に後ずさってしまった作業員や腰を抜かして動けなくなった神主を、ひょいひょいと担ぎ上げて運ぶ海逸。反射的に抵抗しようとする者にはいのりが「社殿の中に隠れて下さいませ」と改めて伝え、像から庇うように位置することで大人しくさせる。階段下から戻ってきた小唄も手伝い、辛うじてギリギリのタイミングで一般人の避難は完了しそうな気配だった。
「最後はあなた! 掴まっててねー!」
 最後のひとりを抱えて走る小唄。その姿が社の中に消えたちょうどその時、境内の入り口から獣の遠吠えが響き渡った。

●あやかしぎつね
 狐の像──便宜上、狛狐と呼ぼうか──は、覚者達を前に値踏みでもするかのように、ゆっくりと円を描いて歩き始めた。奥の社には逃げ遅れた人々、境内の中央には、祭りの為の櫓。出来うる限りの被害を出さないようにと、瑠璃は隊列を崩さぬようにジリジリと動きながら、自らの内に眠る英霊の力を呼び出す。同様に灯も、体内の炎を活性化させて青く輝くトンファーを構えた。
 その様子を敵意と見て取ったか、狛狐の片割れが地を蹴る。鋭く研いだナイフのような爪を横薙ぎに振るい、目前の標的を切り裂いてゆく。だが、覚者達に退くつもりなど微塵も無い。その背には守るべきものがいくつもあるのだから。
「これしきのことで、退いてやるものかっ!」
 想いを乗せ、樹香の放つ棘一閃が狛狐の片割れに突き刺さる。だが、浅い。その身体を構成する岩石の表面を幾らか抉りはしたが、やはり全体的に硬いというのは確かなようだ。そこへ、一般人の避難を終えた小唄が飛び込んできた。
「ええい、狐の姿で悪さをする妖めー! 僕の肩身が狭いぞー!!」
 狐の特徴を持つ小唄にとっては、狛狐の存在は風評被害に等しい。怒りを込めて打ち放つ鋭刃脚が、樹香の棘一閃で穿たれた傷跡を拡げる。
「やはり、集中攻撃が得策か」
「もう一方の動向にも気を配りつつ、ですね」
 幾ら硬いとは言え、倒せない相手ではない。その手応えに、樹香と灯は互いに頷き合う。その視線の先では、相方を痛めつけられた恨みとばかりに、もう一方の狛狐が突進の体制を取ろうとしていた。だが、その周囲が突如として霧に包まれる。苦しそうな唸り声を上げる狛狐へと、避難誘導から戻ったいのりが叫ぶ。
「少々おいたが過ぎますわよ!」
 その横では、海逸が紺色の双眸を黄金に変え、錬覇法で己の力を湧き上がらせていた。全戦力が揃った覚者達に、改めて気迫が宿る。同時に、狛狐も覚者達を獲物ではなく、警戒対象として捉えたようだ。
「なるべく広いところへ誘導しよう。被害は少ない方がいい」
 瑠璃が斬撃を手負いの狛狐に食らわせて、少しだけ間を空けた。それに合わせて各自が隊列を変更し、徐々に狛狐を境内の中程へと誘ってゆく。
 狛狐の硬さ故、戦闘は長期戦の様相を呈していた。だが、一方に集中攻撃するという作戦は効を奏しており、漸く手負いの狛狐の身体が音を立てて崩れる。残された一方の反応に注視していた灯といのりが、もう一方の狛狐が動く前に先回りしてその退路を塞いだ。
「逃がしませんわ! おとなしくなさい!」
 邪魔立てする二人に向かい、突進の構えを見せる狛狐。だがその横面に、狙っていたようなタイミングで水礫が叩きつけられた。狛狐がその先に視線をやれば、海逸がにやりと笑う。
「獣は大人しく檻の中、ハウス、じゃの」
 挑発に似た海逸の言葉を理解したのかはわからないが、逃走を捨て、怒りに任せて吼え猛る狛狐。突進の矛先を海逸に変えて突っ込もうとするが、瑠璃に阻まれた上に樹香の五織の綾をまともに食らい、もんどりうって倒れ込んだ。
 覚者達の消耗は決して少なくない。しかし、覚悟と決心を以って臨む彼らの不屈を、狛狐が超えられる筈も無く。
 ややあって、残された狛狐の体躯にひび割れが目立つようになってきた。最後の一押しとばかり、覚者達の攻撃にも熱が篭る。いのりの放つ波動弾が狛狐を撃ち、その身体を地へと沈めた。
 もはや虫の息となった狛狐に向かい、灯がトンファーを持ち直して駆ける。全力を注ぎ、目の前の存在を打ち砕く意思を込めて。
 もはやまともに動けない狛狐を穿つ二筋の青い軌跡が、破砕音を響かせてその体躯を両断した。

●秋風に揺られ
「いやあ、一時はどうなることかと……助かったよ、本当にありがとう」
 親方の感謝の言葉に、瑠璃は「もう安心だからさ」と返す。人的被害はなし、櫓の方は少々の損害はあったが、修復自体はさほど問題はないとのことだ。結果としては上々だろう。だが。
「流石に、こればかりはどうしようもないのぅ……」
 樹香は、狛狐の残骸を前に思案に暮れていた。変異してしまった狛狐は、見事に打ち壊されてしまっている。出来れば元に戻してやりたかったが、硬かった分だけ破損も細かく、修繕は不可能とのことだった。これはもう、新しいものを用意するしかないだろう。
 腰を抜かしていた神主も、漸く落ち着いて社から出てこれたようだ。境内が若干荒れてしまったことを瑠璃が告げると、そんなことより、と覚者達の身体を逆に心配されてしまった。
「物は壊れても直せば良いが、人の身体はそうもいかぬからな」
 怪我はないか、腹は減っていないかと、礼と呼ぶにはあまりに甲斐甲斐しい神主だが、聞けば社務所に一人で暮らしているという。恐らくは、覚者達は孫か何かのように見えているのだろう。
「そういえば、あの赤いボンテージの姉ちゃんはどこ行っちまったんだ?」
 不意に思い出したように呟いて境内をぐるぐると見渡す親方。その様子に、いのりは「あの方はもう行ってしまわれましたわ」と告げた。それを聞いた親方は至極残念そうな顔をする。
「ありゃ、そうか……もっとよく拝んどくんだったな。勿体無いことしたなぁ」
 親方は何気なく口にしたのであろうが、いのりの方は顔が熱くなるのを感じていた。作戦とはいえ、男性の前でのあの格好は恥ずかし過ぎる。母の遺品でなければ、袖を通すことなどなかったであろう。
 暫くして、避難していた作業員達も戻り、復旧作業が開始された。多少の遅れは出たものの、祭りまでには間に合わせてみせると意気込む親方達に見送られ、覚者達は境内を後にする。
「予定さえ合えば是非来てくれ! 最高の櫓を組んでやるからよ!」
 最後にかけられた親方の言葉を背にして、今回守れたものの大きさを各々が噛み締める。
 秋風が肌寒さを運ぶ季節、祭りを楽しみにしていた多くの人々の笑顔を守れたことを、心の誇りとして。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

鉄機です。
今回、だいぶ悩んだのですが、特に効果的に多岐の状況に合わせた
補助系のプレイングを頂いた方にMVPを付与させて頂きました。
私にとっては初依頼でしたので、参加された皆様のお気に召せば
良いのですが……
ともあれ、今後ともよろしくお願いいたします。




 
ここはミラーサイトです