犬は踊れ、それを悲しみと呼ぶのなら
●
京都にほど近い、奈良北部の山中。
わたしたちはひっそりと生きていた。
だというのに、母は知らない人間に捕まり、檻に入れられて車に放り込まれ、どこかに消えた。
だから兄弟たちと、もっと奥に隠れてひっそりと生きていこうと、そう話しあったのだ。
だというのに。
「おい見ろよ、こんなとこに野良犬がいるぜ」
「うわ、どろどろで、きったねえの!」
「あっちにもいるな……3匹か?」
「なあ、こいつらで、この間のオモチャ試してみねえ?」
人間が、何人かで現れたのはその夜のことだった。
突然蹴り飛ばされ、がたがたと震えるしかなかった自分の前に兄たちが立ちふさがる。
たまに食べ物をくれるような、近くに住んでいた人間と違い、その人間たちは一様に、何かを見下すことでしか自分の存在を認識できないような、腐った目をしていた。
長兄が最初に、彼らに飛びかかった。
「なんだよこいつ、人間様に歯向かうなんていい度胸じゃねえか!」
人間の男が手にしていたのは、ナイフ、というものだっただろうか。
すぐさま血が飛び散った。
兄の血だった。
何をどうされたのか。長兄はどうと倒れて横たわり、ぴくりぴくりと虫の息だ。
次兄が、ばうと吠える。
人間が、手にした黒い塊を次兄に向けて人差し指を引いた。
ぱん、と軽い音がして、何かが次兄の目にあたった。
次兄は血の流れる左目を固く閉じたまま、次兄を傷つけた人間の方へと走って行く。
「ガスガンじゃ無理に決まってるだろ!」
「せっかく改造したってのに!」
「噛まれたあ!」
「逃げろ、おい車乗れ!」
誰かが次兄を蹴りつけた。ぎゃん、と悲痛な声がした。
わたしは長兄の鼻先のにおいをかぐ。もう息は止まっていた。
次兄の背が奇妙な方向にねじれ曲がっているのを舐める。次兄は逃げろ、とだけ言った。
兄達はもう、助かるまい。どう見てもそれがわかってしまった。
わたしは次兄の言葉に従わなかった。
人間たちの乗った車の前に飛び出す。
そして一声、吠えた。
「わう!」
ライトが見る間に近づいて来て、そして――
●
「轢かれたはずの『わたし』は目を覚まして、通りがかった人を襲うんだ」
久方 相馬(nCL2000004)が夢に見たのは、『わたし』が兄達とともにその道を歩く人を襲う姿。
その『わたし』が人を襲う理由は、と問われて少しの間、目をつぶって考えるような顔をした後、出てきたのが先の話だ。どうやら夢の中で相馬はまさに『わたし』だったのだろう。
そのあたりで野犬が不良に殺されたという話は、地元の人間にすぐ裏をとれたという。
人懐こい親犬が怪我をしたので、保護して治療している間の事だったらしい。
もっと早く、子犬たちも一緒に保護すればよかった、と悔やんでいた。
「見つかったのが今日の昼間で、明日の朝一で役所が死体を引き取るって話してくれたんだけど。
……その、親犬を飼うことにしたって言ってた人が、夢で見た、襲われる人だったんだ」
人間に恨みを持って死んだ子犬たちは、どうやら自分たちを気にしてくれる人のこともわからなくなってしまったらしい。
「その人に話があるって言って連れ出すことは出来るから、あまり気にしなくていいぜ。
みんなには、子犬の兄弟だった妖を討伐して欲しい。『力』を持つものでないと勝てそうにない。みんなの力が必要なんだ!」
それに頷いたものだけが、部屋に残る。
残った者達に、相馬がひとつ大事なことを忘れてた、と付け足しながらこう言った。
「誰かにもし何か聞かれることがあっても、FiVEだってことは、言わないでほしいんだ。
なんでって、俺に聞かないでくれよ、俺もそう言えって言われただけなんだぜ!」
京都にほど近い、奈良北部の山中。
わたしたちはひっそりと生きていた。
だというのに、母は知らない人間に捕まり、檻に入れられて車に放り込まれ、どこかに消えた。
だから兄弟たちと、もっと奥に隠れてひっそりと生きていこうと、そう話しあったのだ。
だというのに。
「おい見ろよ、こんなとこに野良犬がいるぜ」
「うわ、どろどろで、きったねえの!」
「あっちにもいるな……3匹か?」
「なあ、こいつらで、この間のオモチャ試してみねえ?」
人間が、何人かで現れたのはその夜のことだった。
突然蹴り飛ばされ、がたがたと震えるしかなかった自分の前に兄たちが立ちふさがる。
たまに食べ物をくれるような、近くに住んでいた人間と違い、その人間たちは一様に、何かを見下すことでしか自分の存在を認識できないような、腐った目をしていた。
長兄が最初に、彼らに飛びかかった。
「なんだよこいつ、人間様に歯向かうなんていい度胸じゃねえか!」
人間の男が手にしていたのは、ナイフ、というものだっただろうか。
すぐさま血が飛び散った。
兄の血だった。
何をどうされたのか。長兄はどうと倒れて横たわり、ぴくりぴくりと虫の息だ。
次兄が、ばうと吠える。
人間が、手にした黒い塊を次兄に向けて人差し指を引いた。
ぱん、と軽い音がして、何かが次兄の目にあたった。
次兄は血の流れる左目を固く閉じたまま、次兄を傷つけた人間の方へと走って行く。
「ガスガンじゃ無理に決まってるだろ!」
「せっかく改造したってのに!」
「噛まれたあ!」
「逃げろ、おい車乗れ!」
誰かが次兄を蹴りつけた。ぎゃん、と悲痛な声がした。
わたしは長兄の鼻先のにおいをかぐ。もう息は止まっていた。
次兄の背が奇妙な方向にねじれ曲がっているのを舐める。次兄は逃げろ、とだけ言った。
兄達はもう、助かるまい。どう見てもそれがわかってしまった。
わたしは次兄の言葉に従わなかった。
人間たちの乗った車の前に飛び出す。
そして一声、吠えた。
「わう!」
ライトが見る間に近づいて来て、そして――
●
「轢かれたはずの『わたし』は目を覚まして、通りがかった人を襲うんだ」
久方 相馬(nCL2000004)が夢に見たのは、『わたし』が兄達とともにその道を歩く人を襲う姿。
その『わたし』が人を襲う理由は、と問われて少しの間、目をつぶって考えるような顔をした後、出てきたのが先の話だ。どうやら夢の中で相馬はまさに『わたし』だったのだろう。
そのあたりで野犬が不良に殺されたという話は、地元の人間にすぐ裏をとれたという。
人懐こい親犬が怪我をしたので、保護して治療している間の事だったらしい。
もっと早く、子犬たちも一緒に保護すればよかった、と悔やんでいた。
「見つかったのが今日の昼間で、明日の朝一で役所が死体を引き取るって話してくれたんだけど。
……その、親犬を飼うことにしたって言ってた人が、夢で見た、襲われる人だったんだ」
人間に恨みを持って死んだ子犬たちは、どうやら自分たちを気にしてくれる人のこともわからなくなってしまったらしい。
「その人に話があるって言って連れ出すことは出来るから、あまり気にしなくていいぜ。
みんなには、子犬の兄弟だった妖を討伐して欲しい。『力』を持つものでないと勝てそうにない。みんなの力が必要なんだ!」
それに頷いたものだけが、部屋に残る。
残った者達に、相馬がひとつ大事なことを忘れてた、と付け足しながらこう言った。
「誰かにもし何か聞かれることがあっても、FiVEだってことは、言わないでほしいんだ。
なんでって、俺に聞かないでくれよ、俺もそう言えって言われただけなんだぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖を3体とも討伐する
2.一般人に怪我人を出さない
3.なし
2.一般人に怪我人を出さない
3.なし
βシナリオですね。よろしくお願いします。
●妖
動物系:ランク1が3体。それぞれ「長兄」「次兄」「妹」とします。
攻撃手段は噛み付く、体当たりなどの単体物理攻撃のみです。
噛み付きは、腐敗が進んでいることにより毒のバッドステータスが発生します。
犬型ということもあり、なかなかに素早いです。
長兄は「刃物を使う」覚者、次兄は「銃器を使う」覚者を優先して攻撃します。
妹は兄二人が狙いそびれた敵を狙うか、兄の補助に入るか、状態によって変動します。
●戦場・時間
山と一緒に暮らすような田舎町の、山の一処。舗装されていない行き止まりの道のそば。
昔は家があったのか、いまや均されただけの場所。
不良がたむろするのに良い所を見つけたと嬉しがる様な、犬を捨てるのに丁度良いくらいの場所。
夜、夏の陽が沈んでいくらかたった頃。夜半と言うには早い時間。晴れ。
●以上
よろしければ、ご参加ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年08月17日
2015年08月17日
■メイン参加者 8人■

●
犬。
ひとの歴史に寄り添い、友として傍らにあることで種としての存続を見出した彼らを、愛着を持って見る者は多く――彼もまたそのひとりだったのだろう。
「お前達の親犬も、そんなになったお前達をみたら悲しむぞ」
犬の妖、その排除に向かった先で黒須 凱(CL2000362)のかけた言葉は、どれだけの意味があったろう。
他の覚者たちが、『立入禁止』を示す看板や赤いコーンを設置した上で結界を作り、万が一にもひとが迷い込み襲われることのないようにと下準備をしていた中で、彼は広い視野で、闇を物ともしない目でひとり、先行した。――それが誰であるかなど、子犬だった妖たちには関係なかった。
低級な妖というものは、知能がないに等しい。
彼らにとってはただ、憎しみを向ける対象が、二足歩行の哺乳類が、目の前に現れた、それだけのことでしかなかった。彼らは凱を見つけ、夏の暑さに腐りかけた唇を向き、濁りきった目を獰猛に釣り上げた。
凱は己の因子を覚醒させると四肢を硬化させ、刃を『逆手に』持って、先の言葉を告げたのだ。
もしかしたら。本当に、ただの一欠片でも。
妖たちに、人のよきともである犬の名残があることを、願って。
「ウゥ……!」
そんなことあるはずがないと。
凱自身にも、わかっていたのに。
刃の映す、弱々しい月光に長兄と思しき妖がひときわ大きく唸り声を上げる。
凱の様を隙の塊と見た長兄が飛びかからんとしたその時、長兄と、片目の潰れた妖――次兄だろう――の背後にいたひときわ小柄な妖が、小さな声で「わう」と鳴いた。
もうひとり、凱の他にも、先行した覚者がいたのだ。
「私、戦闘のイロハとか分からないから」
宜しく。凱を見据えてはっきりとそう付け加えた武蔵ヶ辻 かえで(CL2000005)は、長く重い刀が地面を引きずった轍をともにして、足を踏み出す。
「ほら、足も震えて。フフ、口先ばかりで結局は覚悟も出来ていなかったか」
――その足の異変にかえで自身が気付き、目は長兄を見据えたままに、僅かな自嘲を漏らす。
瓶底の、度のない眼鏡を外したかえでの瞳は、既に紫から金へと変じている。英霊の力は確かにかえでの傍にあり、彼女の力を高めているのだ。
「人が憎くて仕方ないのだろう?
良いよ、全て受け止めよう……だが、殺されてやる訳には行かない」
「オウーウウゥ!」
武器を構える人間たちを前にして、次兄が、月を見上げて遠吠えた。
誰かを呼んだのか、それともただの本能か。
ともかく、それが火蓋を切った。
●
その遠吠えは、他の覚者の耳にも届いた。
「黒須さんと武蔵ヶ辻さんが妖と接触しています!」
レイヴンの目を通して何が起こっているのかを悟った新月・悛(CL2000132)が声を上げる。現場へと急いだ覚者たちの前には、己の身を守りながらも犬の妖に一方的に蹂躙される凱、そして闇雲に刀を振るっているかえでの姿があった。
最速でその場に合流したのは『幻想下限』六道 瑠璃(CL2000092)。瑠璃は、長兄の側で凱に噛み付いていた妹犬を睨みながら英霊の力を引き出そうと息を整え、小さく呟く。
「不良達のしたことは、いいとか悪いとか、そういうんじゃないと思う。
手を出して返り討ちなんだし。――ただ、オレは気に食わないけど」
己へと向いた意識に気がついたか、妹犬は瑠璃を見た。その濁った硝子玉にも似た、もう怒り以外の何も映すことのない瞳。三匹の犬が、既に生ける屍でしかないことの証。
瑠璃はロングソードを手に、懐中電灯をそっと地面に置いて光の道を走らせる。夜闇に視界を鈍らせる者も少なくないのだ。
「そういう気に食わない奴らを守るために、妖を手にかける。
でもそれはオレにとっては間違いなく正しいこと。オレみたいな目に合う人間は、もう誰もいなくていい」
それが少年の、覚悟。
刀を防御にのみ使っていた凱は、まだ言葉を重ねる。人の言葉で。犬の牙に耐えながら。
「お前達を殺した人間達は罰せられていないいのにな。
――理不尽だな、怒りと悲しみでやりきれないよな、俺達も人間だから、怒りをぶつけたいよな。
けど、このままじゃどんどん良くないモノになってしまうよ。
恨みとか苦しみばかりが蓄積されて、元のお前達とは違うモノに……!」
片目の犬が、何一つ意に介さず凱に牙を突き立て、肉を削ぎとらんとした時――その腐敗臭を漂わせた目が己を殺した武器の形を見つけ、そちらへと意識を向け、口を離した。
凱の肩を軽く叩いて首を横に振りもう遅いのだと言外に告げながら、『桔梗を背負わず』明智 之光(CL2000542)がハンドガンを犬たちへと突きつけていた。
細い眼鏡の奥から、灰に変じた瞳が烈火のような感情をのぞかせている。
「人間のエゴで殺された犬をもう一度殺さねばならない。
大変嫌な話です。ですが、成さねば悲劇は増えるのみ……出陣しましょう」
唇を噛みしめる、その心中に烈火が燃えていようとも、それに飲まれてはならぬと己に言い聞かせて。
龍姫丸が熱のない炎をかざし、あたりを照らす。
「てめえらの気持ちはわかる。二度死なさなきゃならねぇのは辛いがよ。
こういう事件は腹も立つし、胸糞悪いぜ。ガキの遊びにしちゃぁおイタが過ぎる――っとお仕事お仕事。
任務に私情を挟んじゃいけねぇな、っと」
その身に宿る炎を目覚めさせ、他の数人と同様に自己の強化を行うと『狼龍』長門 龍虎(CL2000022)は口元を引き締める。彼女は己のことを狼だと言いはるが、戌の獣憑に分類される。いろいろと思うところもあるようだ。次兄によく見えるように、グレネードランチャーを抱え上げる。
追いついた悛は、傷を一身に受けた凱の姿に驚き、一度黒耀の瞳をまぶたで覆い、それからそっと瞬いた。睫毛の隙間から覗く瞳は、いまや橙。力を封じたトランプを取り出す。
「あ。アタシ、が……」
それを見て、『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)が声を上げる。
犬たちが後衛の方まで向かってくることはそうそうないだろうと思えた。それならば、攻撃に手数を割きにくい自分の方が、適任だと思えたのだ。
「お願いします」
悛もまた、すぐにそのことを理解し、英霊の力で己を強化する。
ミュエルは祈りを捧げるようにも見える姿で念じ、現れた雫を凱に分け与えた。植物の生命力を凝縮させたそれが、凱の傷を和らげる。
シスター服の裾をおもいっきり蹴り上げながら、『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372)が走って来る。はー、と息をつくと手にした聖書のような本を閉じたまま、顔を扇ぐ。
「今、日本、とてもホット」
体内に宿る炎を活性化させる熱と、高温多湿の気温とでは温度の意味が違う。それをキリエは実感しているのだろう。
「かなしみ、あわれみ。
不良の方、とても悪いことしました。だけど、妖になった犬が悪いこと増やすの良くないです。
ここで止めましょう、絶対に」
キリエはそう、しっかりと言葉にする。
己の背丈ほどもある大太刀を振り回して、かえでは僅かに目を細める。
――これはただの妖退治だ。
だが。
(知ってしまった。腐り果てて猶、怨恨を小さき身に抱き唸る者たちの叫びを。
それを意に介さずに討伐する事は、既に唯の人為らざる者となった私には――)
おそらく、容易なことのはずだ。
気にしなければいい。ただの妖退治なのだから。
知らなかったふりをして、相容れることなき二元論として切り捨ててしまえばいい。
それでも、かえでにはそれを蔑ろにすることはできなかった。
(――それを背負う事こそが私自身への罰なのだ)
彼女が振り下ろした刀の先で、長兄はただ、刃へと憎しみを向けていた。
●
「キリエ。――足下、気をつけろよ」
瑠璃が若干何かが危うげなハイテンション娘に軽く注意を促しながら、転化した精神力を融通する。
彼の持つ刃物を長兄が睨みつけるが、飛びかかって来たのは妹だ。狙い通りに引きつけられた。
少しずつ足を動かして、うまく、他の者が三匹を同時に狙う事ができそうな位置へと誘いこむ。
真っ先にその恩恵に預かったのは凱だ。彼はまだ、説得を続けようとしていた。
「お前たちの親犬は、無事で、ちゃんと優しい人に――」
正気にかえることを期待して、凱は小さな雲を犬達の頭上に発生させ、雷を喚ぶ。
それでも何の変化も見受けられないことに微かに落胆し、噛み付いてくる長兄の牙を受けた。
次兄はその横に立つ之光の銃に釘付けになっている。龍虎とどちらを先に狙おうか、一瞬迷ったかのように首をかしげて見比べたが、凶器に明確に似ているものを持っている方を選んだのかもしれない。
噛み付かれた牙から毒が回るのを感じて、之光は顔をしかめ――銃を持つ手と、その反対の手で犬妖を挟みこむ。銃を持たない方の拳には拳鍔が、炎を帯びて鈍く輝いていた。毛並みを焦がした次兄は地面に叩き付けられ、すぐさま立ち上がるも、龍虎がそれに続く。
「さぁて……暴れさせてもらう!」
龍虎は手にしたグレネードランチャーを振り上げ、次兄に向けてそれで殴りかかった。まるで獣が猛り狂ったかのような一撃。片目の犬は、ぎゃんと一声の悲鳴を上げた。
「――悲しいお話だな、と。だからこそ、惨劇を止めてあげたい……。
これ以上繰り返さない為にも、彼らを僕達で止めよう。……僕はそう考えてます」
悛は凱の後方から、言い聞かせるような口調でそう言うと黒地に白百合の紋が書かれた背のトランプに念を込め、隙あらば目の前で刃物を握る相手に噛み付こうと歯を剥いている長兄に向けて飛ばす。ばちりと、カードに込められた力のはじけた音がした。
「それに。言葉は通じないかもしれませんが、何も知らないよりよいと思うのです」
そう言っていくらか微笑むと、悛はその顔を犬たちへと向けて、呼びかける。
「傷つけること、傷つけられること。
そこから生まれた想いに縛られているのなら……僕は君を助けたい。
新しい悲劇を、呼ばないためにも」
「犬さんたち……可哀想、だけど……。
このまま、意志もないまま、人殺しの怪物になっちゃうのは……もっと、悲しいこと……だから……」
ミュエルも、意識を研ぎすませながら悛の言葉に続ける。
「せめて、そうなる前に、安らかに……」
他の道が、今は見つからないのだから。迷っていることはできないのだ、と。
キリエが、とんとんと軽く地面を踏んだ。均すように。呼び出すように。
「燔祭のほのおよ、彼のものを神のみもとへ――」
詠唱に応じて、柱と見紛うような炎が地面から噴き上がる。
目の前で起こるそれは彼女に取ってみれば、己が神の御業の如し。
「わたくしのカミサマ、人も動物も善きも悪しきも全て愛します」
虚空を抱きしめるように手を胸の前で交差させ、うっとりと呟く。
炎にまかれた三匹が、苦痛にか、一層激しく唸る。
かえでは万が一にも彼らが逃げ出すことのないように、己を囮にするつもりで刀を振り回した。
●
少しの後。
キリエの放った二度目の火柱の後、始めに倒れたのは奇しくも、生前同様、長兄だった。
かえでは無用長物を手放すと己に噛み付いてきた長兄を受け止め、その両腕で炎撃を放つ。
「最早聞く耳持たぬかも知れないが。
お前達の親は生きている、そして生き続けていく。お前達が憎む人間とは違う人と共に」
どうかそれが救いにならんと、かえでは呟く。言葉が終わるより早く、ずるり、と長兄が力なく崩れ落ちる。地面に横たわる肢体には、あえかな息すらすでにない。
「痛いよな、斬られたら。
だけど手は止めない。止められない。人を守るのがオレのエゴだから」
正道に基礎を押さえた振り抜きで、瑠璃は一瞬動きを止めた妹を切り伏せる。ごろごろと転がった妹犬はよろよろと立ち上がると、長兄へ近寄ろうとした。
何をしようとしたのかはわからなかった。
生者とは相いれぬ存在になってもまだ、兄妹であったのだろうか。
それとも、もしかしたら。兄に代わって、彼女の行く手に立っていた凱を、傷つけようとしたのか。
ここまでのほとんどを、自分の身を守りながら声をかけるに徹していた凱だが、近寄る妖の姿に、逆手に持ち続けていた刀を握り直した。
死にきれなかった犬達が、『オワリ』を求めているのかもしれないと。
そう感じて、凱は目を伏せた。
「……悪いが俺達は殺されてはやれない。今、お前達を楽にしてやるよ」
ひぅ、ひぅと。刀が風をきる音は、ほぼ同時に二つを重ねた。
「もう、楽になっていいんだ。もう、苦しまなくていいんだ。ゴメンな……」
妹犬が倒れ、今度こそ動かなくなった。
次兄へと、ついさっきワンドを握りしめたミュエルに傷を癒してもらった之光が炎をまとったナックルを叩き付けたところに、龍虎が愉しむ鬼をも思わせる形相で獣のように跳びかかった。
「我がきっちり、あの世へ送ってやるから安心しな」
上がった息を少しずつ抑えて、龍虎がそう告げる。
――全ての妖が、動かなくなった。
●
舗装されていない道の、道とそうでない場所との境目あたりを浅く掘ろうとした凱に、之光が声をかける。
「彼らの死体を埋めるつもりですか?
弔いの気持ちは分かりますが……ここは我々の土地ではありません」
「ああ。だけど、これくらいは――自己満足だって分かってる」
しゃき、と鍔の鳴る音がした。
他の覚者たちは、刀を引き抜いて妖たちに向き直った凱が何をするのかと、怪訝そうな目を向ける。
焦げたり汚れたりした毛を、一頭から一房ずつ、つまんで切り落とすと浅い穴におさめ、その上からそっと土をかける。
「……人間だって悪い奴だけじゃぁねぇんだけどな。ちっとばかし今回は不幸が重なっちまったな……」
墓を作ることはできない。軽く盛られた土の上に細い木の枝を刺した龍虎も、それはわかっている。
これは、ただの証だ。彼ら、彼女らがここにいたということの。
瑠璃と悛が、三匹をそれぞれ毛布でくるみ、その傍らに並べて横たえてやる。
ここなら、明日になって回収に来るという業者にも、すぐわかるだろう。
「お花を手向けたいのですが……」
「アタシ……持ってきた、よ……」
ミュエルが取り出したのは、柑橘系のにおいを漂わせる、白い花だった。
やすらぎを花言葉として持つ、モナルダの花。
「なにかしないと、気持ち……収まらない、から……」
小さな塚めいたものが出来たその場所で、キリエが静かに跪いた。
胸の前で手を合わせ――微笑んで。目を閉じて。
「わたくし、信ずる神に従い、お祈りします。
今生にて悲しい終わりを迎えたとしても天国にて、神のみもとにて、きょうだいが幸せに暮らせるように。
神よ、あわれみ給え」
悼みのかたちに、決まりなどないのだ。
キリエにつられる形で、その場の面々も目を閉じ、しばしの沈黙が落ちる。
「――さて。報告にもどりましょう。
はじめてのおつかい、終わりましたですね?」
真っ先に切り上げたキリエは、シスター服を翻して軽い足取りで元来た道を戻る。
「さて皆様、お疲れでしょう。九曜紋印のコーヒーは如何ですか?」
唐突に宣伝を始めた之光が、持参していたポットからホットコーヒーを振る舞い始める。
それは、熱い夏の夜だというのに、妙に皆の身にしみた。
<了>
犬。
ひとの歴史に寄り添い、友として傍らにあることで種としての存続を見出した彼らを、愛着を持って見る者は多く――彼もまたそのひとりだったのだろう。
「お前達の親犬も、そんなになったお前達をみたら悲しむぞ」
犬の妖、その排除に向かった先で黒須 凱(CL2000362)のかけた言葉は、どれだけの意味があったろう。
他の覚者たちが、『立入禁止』を示す看板や赤いコーンを設置した上で結界を作り、万が一にもひとが迷い込み襲われることのないようにと下準備をしていた中で、彼は広い視野で、闇を物ともしない目でひとり、先行した。――それが誰であるかなど、子犬だった妖たちには関係なかった。
低級な妖というものは、知能がないに等しい。
彼らにとってはただ、憎しみを向ける対象が、二足歩行の哺乳類が、目の前に現れた、それだけのことでしかなかった。彼らは凱を見つけ、夏の暑さに腐りかけた唇を向き、濁りきった目を獰猛に釣り上げた。
凱は己の因子を覚醒させると四肢を硬化させ、刃を『逆手に』持って、先の言葉を告げたのだ。
もしかしたら。本当に、ただの一欠片でも。
妖たちに、人のよきともである犬の名残があることを、願って。
「ウゥ……!」
そんなことあるはずがないと。
凱自身にも、わかっていたのに。
刃の映す、弱々しい月光に長兄と思しき妖がひときわ大きく唸り声を上げる。
凱の様を隙の塊と見た長兄が飛びかからんとしたその時、長兄と、片目の潰れた妖――次兄だろう――の背後にいたひときわ小柄な妖が、小さな声で「わう」と鳴いた。
もうひとり、凱の他にも、先行した覚者がいたのだ。
「私、戦闘のイロハとか分からないから」
宜しく。凱を見据えてはっきりとそう付け加えた武蔵ヶ辻 かえで(CL2000005)は、長く重い刀が地面を引きずった轍をともにして、足を踏み出す。
「ほら、足も震えて。フフ、口先ばかりで結局は覚悟も出来ていなかったか」
――その足の異変にかえで自身が気付き、目は長兄を見据えたままに、僅かな自嘲を漏らす。
瓶底の、度のない眼鏡を外したかえでの瞳は、既に紫から金へと変じている。英霊の力は確かにかえでの傍にあり、彼女の力を高めているのだ。
「人が憎くて仕方ないのだろう?
良いよ、全て受け止めよう……だが、殺されてやる訳には行かない」
「オウーウウゥ!」
武器を構える人間たちを前にして、次兄が、月を見上げて遠吠えた。
誰かを呼んだのか、それともただの本能か。
ともかく、それが火蓋を切った。
●
その遠吠えは、他の覚者の耳にも届いた。
「黒須さんと武蔵ヶ辻さんが妖と接触しています!」
レイヴンの目を通して何が起こっているのかを悟った新月・悛(CL2000132)が声を上げる。現場へと急いだ覚者たちの前には、己の身を守りながらも犬の妖に一方的に蹂躙される凱、そして闇雲に刀を振るっているかえでの姿があった。
最速でその場に合流したのは『幻想下限』六道 瑠璃(CL2000092)。瑠璃は、長兄の側で凱に噛み付いていた妹犬を睨みながら英霊の力を引き出そうと息を整え、小さく呟く。
「不良達のしたことは、いいとか悪いとか、そういうんじゃないと思う。
手を出して返り討ちなんだし。――ただ、オレは気に食わないけど」
己へと向いた意識に気がついたか、妹犬は瑠璃を見た。その濁った硝子玉にも似た、もう怒り以外の何も映すことのない瞳。三匹の犬が、既に生ける屍でしかないことの証。
瑠璃はロングソードを手に、懐中電灯をそっと地面に置いて光の道を走らせる。夜闇に視界を鈍らせる者も少なくないのだ。
「そういう気に食わない奴らを守るために、妖を手にかける。
でもそれはオレにとっては間違いなく正しいこと。オレみたいな目に合う人間は、もう誰もいなくていい」
それが少年の、覚悟。
刀を防御にのみ使っていた凱は、まだ言葉を重ねる。人の言葉で。犬の牙に耐えながら。
「お前達を殺した人間達は罰せられていないいのにな。
――理不尽だな、怒りと悲しみでやりきれないよな、俺達も人間だから、怒りをぶつけたいよな。
けど、このままじゃどんどん良くないモノになってしまうよ。
恨みとか苦しみばかりが蓄積されて、元のお前達とは違うモノに……!」
片目の犬が、何一つ意に介さず凱に牙を突き立て、肉を削ぎとらんとした時――その腐敗臭を漂わせた目が己を殺した武器の形を見つけ、そちらへと意識を向け、口を離した。
凱の肩を軽く叩いて首を横に振りもう遅いのだと言外に告げながら、『桔梗を背負わず』明智 之光(CL2000542)がハンドガンを犬たちへと突きつけていた。
細い眼鏡の奥から、灰に変じた瞳が烈火のような感情をのぞかせている。
「人間のエゴで殺された犬をもう一度殺さねばならない。
大変嫌な話です。ですが、成さねば悲劇は増えるのみ……出陣しましょう」
唇を噛みしめる、その心中に烈火が燃えていようとも、それに飲まれてはならぬと己に言い聞かせて。
龍姫丸が熱のない炎をかざし、あたりを照らす。
「てめえらの気持ちはわかる。二度死なさなきゃならねぇのは辛いがよ。
こういう事件は腹も立つし、胸糞悪いぜ。ガキの遊びにしちゃぁおイタが過ぎる――っとお仕事お仕事。
任務に私情を挟んじゃいけねぇな、っと」
その身に宿る炎を目覚めさせ、他の数人と同様に自己の強化を行うと『狼龍』長門 龍虎(CL2000022)は口元を引き締める。彼女は己のことを狼だと言いはるが、戌の獣憑に分類される。いろいろと思うところもあるようだ。次兄によく見えるように、グレネードランチャーを抱え上げる。
追いついた悛は、傷を一身に受けた凱の姿に驚き、一度黒耀の瞳をまぶたで覆い、それからそっと瞬いた。睫毛の隙間から覗く瞳は、いまや橙。力を封じたトランプを取り出す。
「あ。アタシ、が……」
それを見て、『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)が声を上げる。
犬たちが後衛の方まで向かってくることはそうそうないだろうと思えた。それならば、攻撃に手数を割きにくい自分の方が、適任だと思えたのだ。
「お願いします」
悛もまた、すぐにそのことを理解し、英霊の力で己を強化する。
ミュエルは祈りを捧げるようにも見える姿で念じ、現れた雫を凱に分け与えた。植物の生命力を凝縮させたそれが、凱の傷を和らげる。
シスター服の裾をおもいっきり蹴り上げながら、『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372)が走って来る。はー、と息をつくと手にした聖書のような本を閉じたまま、顔を扇ぐ。
「今、日本、とてもホット」
体内に宿る炎を活性化させる熱と、高温多湿の気温とでは温度の意味が違う。それをキリエは実感しているのだろう。
「かなしみ、あわれみ。
不良の方、とても悪いことしました。だけど、妖になった犬が悪いこと増やすの良くないです。
ここで止めましょう、絶対に」
キリエはそう、しっかりと言葉にする。
己の背丈ほどもある大太刀を振り回して、かえでは僅かに目を細める。
――これはただの妖退治だ。
だが。
(知ってしまった。腐り果てて猶、怨恨を小さき身に抱き唸る者たちの叫びを。
それを意に介さずに討伐する事は、既に唯の人為らざる者となった私には――)
おそらく、容易なことのはずだ。
気にしなければいい。ただの妖退治なのだから。
知らなかったふりをして、相容れることなき二元論として切り捨ててしまえばいい。
それでも、かえでにはそれを蔑ろにすることはできなかった。
(――それを背負う事こそが私自身への罰なのだ)
彼女が振り下ろした刀の先で、長兄はただ、刃へと憎しみを向けていた。
●
「キリエ。――足下、気をつけろよ」
瑠璃が若干何かが危うげなハイテンション娘に軽く注意を促しながら、転化した精神力を融通する。
彼の持つ刃物を長兄が睨みつけるが、飛びかかって来たのは妹だ。狙い通りに引きつけられた。
少しずつ足を動かして、うまく、他の者が三匹を同時に狙う事ができそうな位置へと誘いこむ。
真っ先にその恩恵に預かったのは凱だ。彼はまだ、説得を続けようとしていた。
「お前たちの親犬は、無事で、ちゃんと優しい人に――」
正気にかえることを期待して、凱は小さな雲を犬達の頭上に発生させ、雷を喚ぶ。
それでも何の変化も見受けられないことに微かに落胆し、噛み付いてくる長兄の牙を受けた。
次兄はその横に立つ之光の銃に釘付けになっている。龍虎とどちらを先に狙おうか、一瞬迷ったかのように首をかしげて見比べたが、凶器に明確に似ているものを持っている方を選んだのかもしれない。
噛み付かれた牙から毒が回るのを感じて、之光は顔をしかめ――銃を持つ手と、その反対の手で犬妖を挟みこむ。銃を持たない方の拳には拳鍔が、炎を帯びて鈍く輝いていた。毛並みを焦がした次兄は地面に叩き付けられ、すぐさま立ち上がるも、龍虎がそれに続く。
「さぁて……暴れさせてもらう!」
龍虎は手にしたグレネードランチャーを振り上げ、次兄に向けてそれで殴りかかった。まるで獣が猛り狂ったかのような一撃。片目の犬は、ぎゃんと一声の悲鳴を上げた。
「――悲しいお話だな、と。だからこそ、惨劇を止めてあげたい……。
これ以上繰り返さない為にも、彼らを僕達で止めよう。……僕はそう考えてます」
悛は凱の後方から、言い聞かせるような口調でそう言うと黒地に白百合の紋が書かれた背のトランプに念を込め、隙あらば目の前で刃物を握る相手に噛み付こうと歯を剥いている長兄に向けて飛ばす。ばちりと、カードに込められた力のはじけた音がした。
「それに。言葉は通じないかもしれませんが、何も知らないよりよいと思うのです」
そう言っていくらか微笑むと、悛はその顔を犬たちへと向けて、呼びかける。
「傷つけること、傷つけられること。
そこから生まれた想いに縛られているのなら……僕は君を助けたい。
新しい悲劇を、呼ばないためにも」
「犬さんたち……可哀想、だけど……。
このまま、意志もないまま、人殺しの怪物になっちゃうのは……もっと、悲しいこと……だから……」
ミュエルも、意識を研ぎすませながら悛の言葉に続ける。
「せめて、そうなる前に、安らかに……」
他の道が、今は見つからないのだから。迷っていることはできないのだ、と。
キリエが、とんとんと軽く地面を踏んだ。均すように。呼び出すように。
「燔祭のほのおよ、彼のものを神のみもとへ――」
詠唱に応じて、柱と見紛うような炎が地面から噴き上がる。
目の前で起こるそれは彼女に取ってみれば、己が神の御業の如し。
「わたくしのカミサマ、人も動物も善きも悪しきも全て愛します」
虚空を抱きしめるように手を胸の前で交差させ、うっとりと呟く。
炎にまかれた三匹が、苦痛にか、一層激しく唸る。
かえでは万が一にも彼らが逃げ出すことのないように、己を囮にするつもりで刀を振り回した。
●
少しの後。
キリエの放った二度目の火柱の後、始めに倒れたのは奇しくも、生前同様、長兄だった。
かえでは無用長物を手放すと己に噛み付いてきた長兄を受け止め、その両腕で炎撃を放つ。
「最早聞く耳持たぬかも知れないが。
お前達の親は生きている、そして生き続けていく。お前達が憎む人間とは違う人と共に」
どうかそれが救いにならんと、かえでは呟く。言葉が終わるより早く、ずるり、と長兄が力なく崩れ落ちる。地面に横たわる肢体には、あえかな息すらすでにない。
「痛いよな、斬られたら。
だけど手は止めない。止められない。人を守るのがオレのエゴだから」
正道に基礎を押さえた振り抜きで、瑠璃は一瞬動きを止めた妹を切り伏せる。ごろごろと転がった妹犬はよろよろと立ち上がると、長兄へ近寄ろうとした。
何をしようとしたのかはわからなかった。
生者とは相いれぬ存在になってもまだ、兄妹であったのだろうか。
それとも、もしかしたら。兄に代わって、彼女の行く手に立っていた凱を、傷つけようとしたのか。
ここまでのほとんどを、自分の身を守りながら声をかけるに徹していた凱だが、近寄る妖の姿に、逆手に持ち続けていた刀を握り直した。
死にきれなかった犬達が、『オワリ』を求めているのかもしれないと。
そう感じて、凱は目を伏せた。
「……悪いが俺達は殺されてはやれない。今、お前達を楽にしてやるよ」
ひぅ、ひぅと。刀が風をきる音は、ほぼ同時に二つを重ねた。
「もう、楽になっていいんだ。もう、苦しまなくていいんだ。ゴメンな……」
妹犬が倒れ、今度こそ動かなくなった。
次兄へと、ついさっきワンドを握りしめたミュエルに傷を癒してもらった之光が炎をまとったナックルを叩き付けたところに、龍虎が愉しむ鬼をも思わせる形相で獣のように跳びかかった。
「我がきっちり、あの世へ送ってやるから安心しな」
上がった息を少しずつ抑えて、龍虎がそう告げる。
――全ての妖が、動かなくなった。
●
舗装されていない道の、道とそうでない場所との境目あたりを浅く掘ろうとした凱に、之光が声をかける。
「彼らの死体を埋めるつもりですか?
弔いの気持ちは分かりますが……ここは我々の土地ではありません」
「ああ。だけど、これくらいは――自己満足だって分かってる」
しゃき、と鍔の鳴る音がした。
他の覚者たちは、刀を引き抜いて妖たちに向き直った凱が何をするのかと、怪訝そうな目を向ける。
焦げたり汚れたりした毛を、一頭から一房ずつ、つまんで切り落とすと浅い穴におさめ、その上からそっと土をかける。
「……人間だって悪い奴だけじゃぁねぇんだけどな。ちっとばかし今回は不幸が重なっちまったな……」
墓を作ることはできない。軽く盛られた土の上に細い木の枝を刺した龍虎も、それはわかっている。
これは、ただの証だ。彼ら、彼女らがここにいたということの。
瑠璃と悛が、三匹をそれぞれ毛布でくるみ、その傍らに並べて横たえてやる。
ここなら、明日になって回収に来るという業者にも、すぐわかるだろう。
「お花を手向けたいのですが……」
「アタシ……持ってきた、よ……」
ミュエルが取り出したのは、柑橘系のにおいを漂わせる、白い花だった。
やすらぎを花言葉として持つ、モナルダの花。
「なにかしないと、気持ち……収まらない、から……」
小さな塚めいたものが出来たその場所で、キリエが静かに跪いた。
胸の前で手を合わせ――微笑んで。目を閉じて。
「わたくし、信ずる神に従い、お祈りします。
今生にて悲しい終わりを迎えたとしても天国にて、神のみもとにて、きょうだいが幸せに暮らせるように。
神よ、あわれみ給え」
悼みのかたちに、決まりなどないのだ。
キリエにつられる形で、その場の面々も目を閉じ、しばしの沈黙が落ちる。
「――さて。報告にもどりましょう。
はじめてのおつかい、終わりましたですね?」
真っ先に切り上げたキリエは、シスター服を翻して軽い足取りで元来た道を戻る。
「さて皆様、お疲れでしょう。九曜紋印のコーヒーは如何ですか?」
唐突に宣伝を始めた之光が、持参していたポットからホットコーヒーを振る舞い始める。
それは、熱い夏の夜だというのに、妙に皆の身にしみた。
<了>
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
