スモーカーズネスト
スモーカーズネスト


●シガーとギムレット
 口紅のついたタバコが灰皿の中でチリチリと燃えている。
 バージニア葉の香ばしいモヤが、白熱灯のオレンジ色の光を受けて、リボンのように揺蕩うこの場所は、『煙』が主役のBarである。

 カラン。というドアーチャイムの音が響き、新たな来客が訪れた。
 彫りの深い『新顔』の男が、口紅のついた紙巻タバコを見て、首を傾げる。
「シガーはやってないのか?」
「やっているわ。こちらへ」
 袖無しのフリルブラウスを着た傷顔の女が、『新顔』にカウンター席を勧めた。
「コートは?」
「このままで結構だ」
 『新顔』はコートを羽織ったまま着席し、両肘を立てて指を組む。
 カウンターを隔てた棚には、色とりどりの酒瓶達が整列し、光に当てられてキラキラと宝石のように輝いていた。
「オススメを頼む」
「承ったわ」
 女主人はひらりと奥の部屋へ行き、すぐに一本の葉巻を持参した。
 『新顔』は作法に則って葉巻に吸口を作り、煙をふかす。
「よい煙味だ」
 すぐにバーボンを呷る。
「ええ、パンチよ」
 女主人と『新顔』がシガーの品評をしていると、横にいた老紳士が無遠慮に絡んでくる。
「葉巻は、ちと気取り過ぎですな」
 『新顔』も無遠慮に応じる。
「ベントパイプの御人にいわれたかぁない」
 老紳士はクラシカルなパイプ喫煙だ。おいしく呑むにはそれなりに技術が必要な代物である。
「わははは。どれ、飴色さん。彼に一杯」
 と老紳士は機嫌を良くして『新顔』に酒を奢る。
 かくBarというところに、義務や道徳、建前など存在しない。
 ここはありのままの対話が許される数少ない場所である。
 下世話な話も、俗な話も、どうせ酒の席だ。無遠慮で結構なのである。

「おじいちゃん。一人で飲みたいお客さんだっているんだから、あんまりダメよ?」
 と、女主人が言うと、『新顔』は
「ギムレット」
 と、老紳士の心遣いを頂戴した。
「――物好きね。おじいちゃんの話、うんと長くなるわ」
「そうでもない。そろそろ十分味わった」
 『新顔』は葉巻を咥え、おもむろにコートの内側へ右手を入れる。
 次の瞬間――鋼色のきらめきが、白熱灯の光に反射した。
 老紳士は「ぎゃ!」と短く悲鳴を上げる。
 顔面中央にピっと赤い線が入る。首筋にも横一文字の赤い線。
 線から赤い飛沫が吹き出して、老紳士は恐ろしい形相で床に突っ伏した。
「元AAA職員――樒 飴色。生憎だが、お別れだ」
 『新顔』は、右手にナイフ。左に手榴弾を握る。
「お代を頂いていないわ。ギムレット(お別れ)には早すぎない?」
「お別れをするから頼んだのさ」
 『新顔』が手榴弾を放る。
 炸裂するその刹那、女主人は、白熱灯の光に反射する『XI』の刻印を垣間見た。


●紫煙と硝煙
「AAAを引退した元・職員――樒 飴色という人が、憤怒者に狙われれている! 関係ない客も一人巻き添えになりそうだ!」
 久方 相馬(nCL2000004)が険しい顔をしながらモニターを操作した。
「場所は、繁華街から少し離れた雑居ビルの最上階。『Smokers Nest』という店だ」
 10坪ほどの縦長の地形。
 カウンター席と小さなテーブル席が障害物となっている。
 雑居ビルの最上階にあるということは、隠れ家的なbarと怪しまれた。
「最速で駆けつける事ができれば、一般人――老紳士の殺傷を食い止められるけど
 この『新顔』という奴の配下が『Barの入り口』『ビルの正面玄関』『非常階段』にいる」
 画面が切り替わり、樒 飴色の写真と憤怒者の位置が表示される。
「樒という人は、サポートが中心だったらしくてな。戦闘力は高くない」
 そして、武装した憤怒者が14人と表示されている。
 状況はあまり良くない。
「俺は知らせることしかできないけど――どうか頼むぜ」



■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:Celloskii
■成功条件
1.飴色の生存
2.憤怒者の排除(条件1+最低でも撤退させれば成功とします)
3.なし
 Celloskiiです。
 煙たい依頼です。
 未成年の飲酒喫煙はマスタリングさせていただきます。
 よろしくお願いします。

●ロケーション
 ・夜。人払い不要
 ・5階立ての雑居ビル周辺、および最上階のBar。
 ・ビルは正面玄関と屋外からの非常階段があります。
 ・正面玄関には、最上階や屋上に行けるエレベーター有り
 ・リプレイはビル付近到着時から始まります。
 ・ビル付近までは、最速で現地到着できる認識で問題ありません。

●エネミーデータ
 『新顔』
 憤怒者組織『XI』所属とみられる男です。ハードボイルド気取りな優しくない男です。
 覚者ではありませんが、対覚者用強化ハンドガン、戦術手榴弾、対人地雷、フラッシュグレネード等で強力に武装しています。
 Barの中にいます。
 一般人なので、体力はかなり低いです。
 ・戦術手榴弾          物遠列 威力:ひかえめ 異:[出血]
 ・対人地雷           物近列 威力:ひかえめ 自分がKB 一回のみ
 ・フラッシュグレネード     物近列 威力:無し   異:[麻痺]
 ・バックスタブ攻撃       物近単 威力:普通   異:[出血][流血]

 憤怒者×13
 憤怒者組織『XI』所属とみられる『新顔』の配下です。
 いずれも『新顔』と同じ戦術手榴弾、フラッシュグレネードを使います。
 一般人なので、体力はかなり低いです。
 テナントがBarしかないことをリサーチ済みであるため、不信に思った瞬間、攻撃してきます。
 以下内訳。
 ・ビルの正面玄関を見張っている者が3名。
  見通しがよく、ほぼ見つかります。
 ・ビルの非常階段下を見張っている者が3名。
  暗がりにあるため目立ちませんが、鉄の階段なので音が響きます
 ・Barの入り口を固めている者が7名。
  Barの外から窓ガラスを突き破って突入するなどの荒技を使わない限り、戦闘不可避です。

●フレンドデータ
 樒 飴色(しきみ あめいろ)
 因子:械 術式:水 32歳 Lv1相当
 シガーバー、『Smokers Nest』の主人。
 元AAA職員。引退してBarを営んでいましたが、憤怒者に狙われました。
 顔の左半分に火傷のような痕がありますが、前髪で隠しています。


●その他
 店の被害が軽微であれば、一杯やるくらいは可能です。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年11月11日

■メイン参加者 6人■

『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『独善者』
月歌 浅葱(CL2000915)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『追跡の羽音』
風祭・誘輔(CL2001092)

●正面と非常階段
「なぁ、相手をしてくれよ」
 背中に食い込むような初冬の夜を感じながら、『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は静かに歩を進めた。
 視線の先には、コートの男達が三人、エレベーターに立ちふさがるように立っている。
「何だお前は?」
 とコートの男達の一人が瑠璃へと問う。
「なに、どこにでもいるだろ――」
 瑠璃は、歩きながら、片手を肩ほどの高さまで上げる。
 三人の男達は瑠璃から視線を外し、目配せをする。
「――お前ら憤怒者に恨みを抱いてる覚者だよ!」
 瑠璃が吼える。
 上げた手の掌中に大鎌が出現する。両手で携え、敵に向かって駆け出す。
 陽動は初っ端からバレると思っていい。だが、それを踏まえたうえで、オレの相手をさせてやる――この胸中であった。
 応じる様にコートの男達もサブマシンガンのトリガーを引く。
 大鎌で弾き、切り捨てる刹那――瑠璃の視界に、光が弾けた。

 瑠璃が単身で戦闘を開始したころ、非常階段の近くには5人の覚者が集っていた。
「邪魔だよっ! 道を開けてよ!!」
 非常階段――こちらにもコート姿の憤怒者が3人。
 御白 小唄(CL2001173)が駆け抜ける様に、眼前の敵達へ二撃ずつ、拳を突き刺す。
「馬鹿なAAAの残党か!? くそ、覚者め!」
 敵は、血反吐を吐いて悪態をつく。
 返答のように、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が、サブマシンガンの火線を小刻みにすり抜けて、つぎに敵一人の顎をぶん殴る。
「調べて準備し機を伺う、狩りとしては正しいですねっ! やり口に義は無いようですけどねっ」
 水車の様に中空で回転した敵に、更にもう一撃、腹部に正拳を突き刺して一人仕留める。
 葦原 赤貴(CL2001019)も、残る二人に対して横薙ぎの一閃を見舞って、向こう側へ立つ。
「憤怒者……こうまで見境のない手合いとはな」
 敵二人は、膝を震わせながらそれでも立っている。
「全くだ。AAAを引退した女が道楽で経営するシガーバー――中々と話のネタになるってのにな」
 と相槌をうって『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)が、機関銃を掃射した。
 倒れ伏せるコート姿の男たちが三人――ほぼ一瞬で片付いた状況とあいなった。
 赤貴がトドメを刺そうと大剣を振り上げたところで、浅葱が憤怒者を庇うように、右腕を伸ばす。
「かばうのか?」
「動けなくなればいいのですからっ。あっ、気合い入ってるなら男性の急所とか容赦なく狙いますよっ」
 赤貴は、静かに剣を降ろす。
 生かす理由など無い――が、たしかに一々取り合っている暇はない。と踵を返すように更に深い暗がりへと足を早める。
 すこし後衛にいた『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)が場を見渡す。
 ふと、コート姿の男うち一人が、赤貴の背中を凝視しながら落ちている拳銃に手を伸ばしている。
 トールは拳銃を蹴って向こう側へ飛ばし、一撃を入れる。
「ちょっと危なかったな」
 赤貴は一寸、視線を戻したが――また視線を正面へ向けてそのまま行った。
「憤怒者さんってホントに執念深いって言うかなんていうか……」
 小唄がぽつりと言って、非常階段へと走る。
「こちらも行くか」
 と、トールが足を急がせる。
 誘輔は短く「ああ」と次の煙草に火をつける。
「さあ、人助けのお時間ですっ」
 浅葱も気を引き締め、かくして非常階段を駆け上がるのであった。


●店内と店外
 小唄が何倍もの健脚で、あっという間に非常階段を登り切る。
 一度、下を見て、道中の3人に向かってひらりと手を振った後、5階の更に上へ行方をくらませる。
 残った3人は、非常階段から入る5階のドアへと進入する。
 突入して直ぐ視界に飛び込んできたものは、長い通路の先に、待ち伏せた7つの銃口であった。
 サプレッサーを用いた、キュッという発砲音が連続で鳴り響き、弾丸が雨の様に注がれる。
「とっとと片付けるに越したこたァねえ」
 誘輔は、小刻みに跳躍して弾丸を回避し――あるいは受けながら長い廊下を走る。
「えーいっ」
 と浅葱も両手を交差させ、弾丸を弾き、勢いを用いて突き抜ける。
 その二人の進路に、缶が一つカランと音を立てて転がった。
「グレネードだ」
 と、トールが言っている最中に光が弾けた。
 誘輔が舌を打つ。
 浅葱は腕を交差させていたため、これを回避し、さらに前のめりに征く。
「どーんっ」
 浅葱が敵の一人を殴りつけ、更にもう一撃を突き刺すと、あっさりと一人は場に伏せた。
「隅に行っててくださいねっ。流れ弾で死んじゃってもしりませんよっ」
 と、倒した相手を、隅の方に蹴飛ばして巻き込まれないようにする。これがトドメになったような気もするが、些事である。
 誘輔は左右に頭を振って、目眩ましを振り切る。
「やってくれたな」
 お返しとばかりに、真っ直ぐに走って、隆槍を放つ。
 敵の陣形が乱れる。
 敵は反撃とばかりに手榴弾を転がす。
 炸裂した爆風であったが、トールの回復の術式によってたちまち緩和される。
「あとは店の中か。上手くやってくれよな」
 戦況を眺めるトール。
 この様子なら、店外にケリがつくのも時間の問題。
 敵が固まるすぐ向こうのBARの扉と、更に奥のエレベーターを交互に見やるのだった。

 一方で店内にて。
「ギムレットを貰おう――外が騒がしいな」
 『新顔』が老紳士の心遣いを頂戴したところで、外を気にする。
「何でしょうね?」
 女が首を傾げると、新顔は腕時計をチラりと見た。
「いや、時間があまりないようだ。十分に堪能した」
 『新顔』がコートに手を入れる。
 入れた瞬間。
「そこまでだ!」
 二つの影が、窓硝子を突き破って突入した。
 影の一人――小唄が、硝子片の散る中で『新顔』に肉薄する。
 『新顔』が、コートの中からナイフを引き抜く。
 小唄のナックルと、『新顔』ナイフがぶつかり、火花を散る。
 時間にして一秒程度であろう鍔迫り合いの如き短い間の中で、『新顔』の視線が横へと切られる。
「逃げて!」
 視線を察した小唄が老紳士に向けて言う。『新顔』は小唄の小柄な身体を弾き飛ばして、老紳士を狙う。
「――させん」
 この『新顔』と老紳士の間に、大剣が割り込み、凶刃を阻む。
 影のもう一人――赤貴である。
「別れを告げる? そんな暇があるなら斬るさ」
 赤貴は大剣の腹で『新顔』を殴りつける。
 敵は殴られた方向に受け身を取り、舌を打つ。
「――なに、美学さ。覚者の小僧ども」
 かく、小唄は屋上から面接着を用いて突入した。
 赤貴は、下で別れたあと蜘蛛糸で昇ってきたのである。
 そして突入。場に最速で至った二人であった。
 赤貴は剣を構え直しながら、老紳士と女主人側に視線を切り。
「奥に隠れるんだ」
 と告げる。
 小唄も老紳士と女主人へ向けて言う。
「奥か窓側! 店の外もこいつの仲間がいるから!」
 老紳士は呆然と状況が飲み込めていない様子だったが、女主人が老紳士の手を引き、奥へと避難した。
「覚者が3――いや、2か。少々分が悪いか」
 覚者が二人、対する一般人が一人。
 この状況を少々と言ってのけるのは、うぬぼれか本気なのか。……

「ギリギリか」
 瑠璃は、正面玄関で単身での戦いを終えて、エレベーターに乗り込んだ。
 武装した憤怒者3人を下したものの、かなりの消耗であった。
 肩で息をしながら、思考を整える。エレベーターが動き出す。
 これも作戦の内。正面玄関の3人を引きうける。
 負けることも想定していたが――勝てたから良しだ。非常階段側は5人もいるのだ。まず勝てるだろう。
 残るは店の外にいる7人だけ――そして。
「『新顔』が本当にただの一般人なら楽だが」
 瑠璃が乗ったエレベーター籠の行き先ボタンは、4Fと5Fがオレンジに点灯していた。


●ELEVENとF.i.V.E.
 店内と店外の戦いは佳境を迎えた。
 店外は、トールの回復を地盤に、浅葱と誘輔が敵を一人一人戦闘不能に追い込んでいく。
 その最中に、敵が陣取るさらに向こうのエレベーターから、ベルが鳴った。
「挟み撃ちか!?」
 敵の後衛が銃口をエレベーターへと向ける――が、エレベーター籠の中には誰もいない。
「残念だったな。こっちだ!」
 屋内の階段から、瑠璃が駆け上がって飛び出す。
 敵の銃口がエレベーターから瑠璃のほうへ向く刹那、風車のごとき大鎌が敵の後衛を切り刻む。
 誘輔の煙草の灰が落としながら、一人を仕留める。
「一気に仕留めるぞ」
 ちとキナくせえと、トールと同様に誘輔も店の扉を見る。
 眼前の敵は『この程度』。店内には覚者が二人であるから、とうにケリがついていてもおかしくはない。
 浅葱もまた、一人を仕留める。
「当初の目的――飴色さん襲撃から気を逸らせば全体的には楽なものです」
 そして、此度の覚者達が、ここまで戦力を分散させた真意はこれである。
 ここに『敵を店内に合流させない』という策は十分に機能していた。
 瑠璃の合流により、複数の敵をまとめてなぎ倒す攻撃手段が加わり、じきケリがつく。
 この一方、店内では、優勢劣勢がつけがたい状況が続く。
「ほら、お前が憎む覚者がここに居るぞ!」
 小唄の斬撃のごとき蹴りが、『新顔』の鎖骨から脇腹にかけてを斬る。
 頑強なボディアーマーでも着込んでいるのか。違和感の残る感触があった。
「子供は帰って寝る時間だ。永遠に寝てくれると助かる」
 敵はふとコインを弾いた。
 視線が一瞬コインに行った瞬間に、敵の姿が眼前から消える。
 つぎには背後に強い痛みが走る。
「っ!」
 いつの間に回りこまれたのだろう。背中から滴る赤い液体を感じる。
 赤貴も、衣装を真っ赤に染めながら切り結ぶ。
「意思疎通不能な相手の前で、格好を気にするほど、自分に酔ってはいない」
「気にした方が面白い」
 敵は一般人だ。
 一撃でも入れば崩れることは明白である。そして攻撃は当てている。
 当てているが、手応えが薄い。
 この敵はダメージを最小限に留める技量を、研ぎ澄ませているらしい。
 コインが舞う。背中に痛みを覚える。
「逃げた二人のほうから始末する方が速いか」
 眼前の敵は続けて動く。
 女店主と老紳士が避難した奥の扉へ、手榴弾が放られる。
「さ、せる、かぁっ!!」
 すかさず小唄が咄嗟に飛び出して抱き込む――爆発を一手に引き受けて、場に倒れた。
「――っ」
 赤貴の視界が霞み始める。奥歯を強く噛む。
 ここで、店の扉が大きく蹴破られた。
「天が知る地が知る人知らずっ」
 強烈な光を発して、浅葱が――このために一旦装備を引っ込めて――登場した。
「十天が一、貴方方が忌み覚者ですよっ」
 店外で戦っていた面々が、雪崩れ込むように店内に突入した。
「大丈夫か? 今、回復する」
 トールが小唄に駆け寄り、瑠璃が敵へと駆ける。
「覚者が6か」
「余裕面か?」
「私もギリギリだ」
 赤貴に代わるように瑠璃が切り結ぶ。
「その程度でオレをやれると思うなよ!」
 誘輔は自付を終えて、敵を睨む。
「何にせよだ。お前には少し言いたいことがある」
「張り切っていきましょうかっ」
 浅葱もマフラーを靡かせて肉薄する。
 覚者の攻撃。いくら最小限に受ける技量を研ぎ澄ませようと限界はある。
 瑠璃、誘輔、浅葱の攻撃によって、たちまちの内に『新顔』の膝が笑った。
「ッ、ここまでだ、覚者ども」
 敵は、戦いながら赤貴と小唄が突入してきた窓を背にする位置まで移動していた。
「さらばだ」
 敵の手が不審な動作をする。
 カキリとクリック音が鳴り――。
「――お前が僕らを許さないように、僕もお前を絶対に許さない」
 命を燃やして立ち上がった小唄が、先ほど違和感のあったボディアーマーの傷と同じ所を蹴り斬る。
「な……!?」
 『新顔』は驚愕の音を漏らした。
 夢見が告げていた『新顔』の武器の一つ――指向性の地雷。
 偶然か確信か、刻んだ蹴りによって動作不良を起こし、上下左右に向けて、ベアリング球が飛び散った。
「ガッ!?」
 敵の端正な顔の、左半分が吹き飛ぶ。
 ベアリング球の炸裂により、硝煙とコンクリート片の霧が色濃い店内、超視力を用いるトールはしかと敵を見通す。
「その武装具合は、イレブンか? 烏(レイヴン)の間違いだろ」
「――ふ、フッ……光栄な話だ」
 顔半分半分が吹き飛ぶ重傷であるにもかかわらず、強がりの姿勢を見せる。
「光栄か。烏合の衆って意味で言ったのさ」
 回復に徹していたトールの術式はこれで終わり。
 しかし、皆の傷をリセットするかの如き回復によって、敵は詰んだと言えた。
 誘輔が眉をひそめながら、右足を大きく後退させる。
「チンケな小細工で逃げるつもりだったのか?」
 一歩大きく踏み込んで放つ斬撃のごとき蹴りが、『新顔』顔面に横一文字の斬傷を創る。
「うまい酒と煙草と弱いオンナを踏み台にしてハードボイルド気取り、ヤバくなった途端に尻尾を巻く――」
 更にもう一撃。岩を纏った脚部で、垂直に蹴りあげる。顎を捉える。
「独りよがりなハードボイルドは、煮え切らねーハーフボイルドだ。聞いてあきれる」
 上へ大きく反った敵に対して、靄の中から飛び出す様に白めくマフラー――浅葱が『新顔』に顔を近づける。
「指――ふっ、そんなものでは打ち砕けませんねっ。正しさを拳で語り合いましょうかっ」
 無遠慮で結構。己の正義を込めて胴を打ちぬく。
 そして誰も殺さないと決した一撃によって、敵は意識を手放し白目を剥く。
 ここで決着か――否。
 浅葱と対する様な志を持った赤貴が、うつむきながら呟く。
「――選択の余地は、ない 死にたくなければ、殺す事を躊躇うな」
 視界が朦朧とする。
 朦朧とする中で強く想う。覚者として生まれた以上、能力に加えて技術と知識で備えて生き抜かなければならない。
 そう考え教育してくれた両親は、正しかった。そういう時代なのだと、自らの手でしかと得物を握る。
 握って駆ける。
 振り上げる大剣。
 大剣に対して、敵が意識を取り戻したかナイフが迎え撃つ。
 迎え撃つナイフは、しかし瑠璃の大鎌が腕ごと拐っていく。
 ごろりと転がる敵の腕。遮るものはない。
「関わるのも無為な手合いだな、憤怒者」
 赤黒の軌跡が斜めに走り――憤怒者は後ずさる様に窓から転落した。


●DEATHとPeace
「なるほどね。助かったわ。ありがとう」
「ひどい目にあった。いやはや物騒なものだね」
 女主人嘆息をつき礼を述べ、老紳士はハンカチーフで額を拭って「今宵は休む」と店を出る。
「一件落着ですねっ! 店内の片付けも手伝いましょうっ」
 浅葱の号令で片付けが行われる。
 砕けた窓はどうしようもないが、カウンターは無事だ。一杯飲めなくもない。
 赤貴は、店内が片付いたことを見届けて、踵を返すように出口へと向かう。
「――子供は帰って寝る時間だ。言われるまでもない」
 女主人は、無表情な顔を少し緩める。
「あら。命の恩人に対して素気なくする気はないのだけれど」
 赤貴は顔だけ飴色の方へ向ける。
「9年後も営業していたら、その時は飲みにくるさ」
「気の長い話ね。ミルクのダブルを用意して待ってるわ」
 赤貴は振り返ることなく、場を後にした。
 浅葱は、赤貴が立ち去った後の扉と飴色を交互に見て、つぎにバーカウンターに着席する。
「ホットミルクお願いしまーすっ。ダブル!」
「承ったわ。軽食もどう? 作りおきだけれど」
 浅葱が「軽食?」と疑問を浮かべる。
 やがて温かいミルクと、温かいパンケーキが鎮座した。
 小唄の前にも鎮座して、小唄は少し狼狽する。
「いいの? 今日おかね持ってきてないけれど」
「感謝の気持ちよ」
 浅葱の顔がパアっと明るくなり、小唄の狐耳がピッと立つ。
「い、いただきます!」
 とろりと溶けたバターと蜜が溶け合い、バニラの香りがとても食欲をそそられる。
 疲れた後はひとしおだった。
「Deathを」
 トールが煙草を催促すると、女は棚を開け、ドクロのマークが描かれた黒い箱を出す。
「健康にわるそうなのが好きなのね」
「俺が死ぬ時はコレ以外に犯人はいない」
 トールの隣には誘輔が座る。
「風祭さんは……いや、風祭でいいか?」
 ああ、と誘輔は応じて、言葉を続ける。
「アンタ、探偵なんだって? 俺はケチな記者だ。ここで会ったのも何かの縁、そのうち世話になるかもしれねえな」
 トールは後ろ頭を掻く。
「探偵って言っても、まぁ、こっちでは新米だけどな」
 誘輔は女主人に注文をする。
「X-Y-Zを連れに」
「承ったわ」
 クリアな白色のカクテルがトールの前に出てくる。
「『もう後がない』『今夜はこれで終わり』、転じて『究極』って意味があるんだと」
「究極か。最後の一線を守れるくらいにはなりたいな」
 対してトールはオールドファッションを奢る。
「『我が道を行く』って意味だな。自分好みに呑めるから好きな一杯だ」

 壁に背を預けながら思索を続けていた瑠璃が、ふと問う。
「何か、狙われる心当たりでもあるのか?」
「そうね。ちょっとだけ」
 女はピースの一本をとって火をつける。
「AAAとは別の――新興の覚者組織に少しだけ接点があるくらいね」
 女主人は目を細める。
「あなた達は何者かしら?」
 言葉に窮していると、誘輔がオールドファッションを飲み干して。
「いい女とうまい酒と煙草にゃ守る価値がある。たまたまだ」
 と、新しい煙草に火をつけた。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです