<南瓜夜行>酒は飲んでも……え、マタタビ?
●
「トリックオアトリート!」
小さな子供がきゃいきゃいと境内で騒いでいる。
今年初めて境内でのハロウィンパーティーが開催され、珍しさもあってか近所の住民が集まって来ていた。
その様子を笑顔で見守る神主はマントに牙をつけた吸血鬼姿でお菓子が入った籠を持っている。その隣には香箱座りをしている巨大な猫。
しかし境内にいる住民達はその猫に気付いていない。
「お猫様、たくさんの人が来て下さいましたよ」
にゃあ。と、神主に応えるように巨大な猫が鳴く。しっぽの先にある榊と鈴が小さく鳴った。
この猫はこの神社と神主一族が代々祀って来た古妖である。
実は一度ちょっとした問題を起こしたのだが、それ以来神主はこの「お猫様」が退屈しないようにとあれこれ考え、今回のハロウィンパーティーもそのために企画したのだ。
「神主さん、どうもです」
「ああ田中さん。お菓子の提供ありがとうございます」
今回のパーティーに協力してくれた顔見知りの住民に、神主は深々と頭を下げる。
「やめて下さいよ。わたしも散々お世話になってるんですし。そうそう、お猫様にもマタタビのお菓子をお供えして来ましたよ」
「…………え?」
神主の笑顔が固まり、目だけでちらりと横を見る。
そこにいたはずの猫の姿はなく、社の方から明らかにおかしな鳴き声が聞こえて来た。
●
「酒は飲んでも呑まれるなっていうけど、これはどうなんだろうなあ」
首を傾げながら言うのは久方 相馬(nCL2000004)だ。
「今回皆に集まってもらったのは暴れる古妖をなんとかしてほしいからなんだ」
その古妖は神社を棲家として長い年月を過ごした猫又で、今では神社に「お猫様」として祀られ代々の神主一族がお世話役として仕えている。
実は以前、このお猫様の事で神主がFiVEに依頼を持ってきた事がある。その依頼は無事解決し神主もお猫様も元通りの暮らしに戻ったはずなのだが……。
「境内で企画されたハロウィンパーティーに来た誰かが神社にマタタビを奉納したらしい」
正確にはマタタビが入ったペット用のおやつらしいが、マタタビを知らなかったお猫様は興味本位で全部食べて見事に酔っぱらってしまうのだ。
マタタビに酔った猫がゴロゴロ転がったりあちこちに体を擦りつけるのを見た事はあるだろうか。お猫様もそんな状態になるのだが、お猫様の体は2mと言う巨体だからたまらない。
「小さな子供やお年寄りもいる中でそんな事になったら怪我人が続出する」
対処として考えられるのは覚者達が体を張ってお猫様を受け止め、その間に住民を避難させるのが一つ。避難誘導は神主や境内にいる一族も協力してくれるだろう。
パーティーの方は後から神主達が住民の家を回ってお菓子を配るなりしてフォローするだろう。正気に戻ったお猫様が自分がやらかした事でパーティーを台無しにしたと気落ちするかも知れないが。
「あとは……そうだな。強引だがハロウィンパーティーの余興にしてしまうくらいか」
こちらは古妖と覚者との大立ち回りを住民に受け入れてもらわなければならないし、何かと工夫する必要があるだろうが、お猫様もパーティーが成功すれば喜ぶだろう。
まあどちらを選んでも覚者がお猫様の受け止め役になるのは変わらないのだが。
「お猫様はある程度体力が削られれば酔いが醒めて正気に戻るようだし、覚者なら多少やられた所で深刻な事にはならないと思う」
多分な。と、相馬はこっそり付け加える。
「どうするかは皆に任せる! まあ、巨大猫と戯れるチャンスだと思って頑張ってくれ!」
「トリックオアトリート!」
小さな子供がきゃいきゃいと境内で騒いでいる。
今年初めて境内でのハロウィンパーティーが開催され、珍しさもあってか近所の住民が集まって来ていた。
その様子を笑顔で見守る神主はマントに牙をつけた吸血鬼姿でお菓子が入った籠を持っている。その隣には香箱座りをしている巨大な猫。
しかし境内にいる住民達はその猫に気付いていない。
「お猫様、たくさんの人が来て下さいましたよ」
にゃあ。と、神主に応えるように巨大な猫が鳴く。しっぽの先にある榊と鈴が小さく鳴った。
この猫はこの神社と神主一族が代々祀って来た古妖である。
実は一度ちょっとした問題を起こしたのだが、それ以来神主はこの「お猫様」が退屈しないようにとあれこれ考え、今回のハロウィンパーティーもそのために企画したのだ。
「神主さん、どうもです」
「ああ田中さん。お菓子の提供ありがとうございます」
今回のパーティーに協力してくれた顔見知りの住民に、神主は深々と頭を下げる。
「やめて下さいよ。わたしも散々お世話になってるんですし。そうそう、お猫様にもマタタビのお菓子をお供えして来ましたよ」
「…………え?」
神主の笑顔が固まり、目だけでちらりと横を見る。
そこにいたはずの猫の姿はなく、社の方から明らかにおかしな鳴き声が聞こえて来た。
●
「酒は飲んでも呑まれるなっていうけど、これはどうなんだろうなあ」
首を傾げながら言うのは久方 相馬(nCL2000004)だ。
「今回皆に集まってもらったのは暴れる古妖をなんとかしてほしいからなんだ」
その古妖は神社を棲家として長い年月を過ごした猫又で、今では神社に「お猫様」として祀られ代々の神主一族がお世話役として仕えている。
実は以前、このお猫様の事で神主がFiVEに依頼を持ってきた事がある。その依頼は無事解決し神主もお猫様も元通りの暮らしに戻ったはずなのだが……。
「境内で企画されたハロウィンパーティーに来た誰かが神社にマタタビを奉納したらしい」
正確にはマタタビが入ったペット用のおやつらしいが、マタタビを知らなかったお猫様は興味本位で全部食べて見事に酔っぱらってしまうのだ。
マタタビに酔った猫がゴロゴロ転がったりあちこちに体を擦りつけるのを見た事はあるだろうか。お猫様もそんな状態になるのだが、お猫様の体は2mと言う巨体だからたまらない。
「小さな子供やお年寄りもいる中でそんな事になったら怪我人が続出する」
対処として考えられるのは覚者達が体を張ってお猫様を受け止め、その間に住民を避難させるのが一つ。避難誘導は神主や境内にいる一族も協力してくれるだろう。
パーティーの方は後から神主達が住民の家を回ってお菓子を配るなりしてフォローするだろう。正気に戻ったお猫様が自分がやらかした事でパーティーを台無しにしたと気落ちするかも知れないが。
「あとは……そうだな。強引だがハロウィンパーティーの余興にしてしまうくらいか」
こちらは古妖と覚者との大立ち回りを住民に受け入れてもらわなければならないし、何かと工夫する必要があるだろうが、お猫様もパーティーが成功すれば喜ぶだろう。
まあどちらを選んでも覚者がお猫様の受け止め役になるのは変わらないのだが。
「お猫様はある程度体力が削られれば酔いが醒めて正気に戻るようだし、覚者なら多少やられた所で深刻な事にはならないと思う」
多分な。と、相馬はこっそり付け加える。
「どうするかは皆に任せる! まあ、巨大猫と戯れるチャンスだと思って頑張ってくれ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.住民から怪我人を出さない
2.お猫様の体力を三分の一削って正気に戻す
3.なし
2.お猫様の体力を三分の一削って正気に戻す
3.なし
ハロウィンパーティーにて巨大な猫又が大暴れするコメディ色の強い内容になります。
この古妖は以前出したシナリオに登場しましたが、知らなくても全く問題ありません。
ハロウィンパーティーの結果は成功条件には関係ないので、どんな方法を取るかは皆様にお任せと言う事になっています。よろしくお願いします。
●補足
ハロウィンパーティーは自由参加なので覚者たちも簡単に参加できますが、タイミングはお猫様がマタタビ入りのお菓子を食べてしまった直後になります。
最優先は怪我人を出さない事。お猫様は酔っぱらってしばらくしてから実体化しますが、最初の内はその場で体をひねったり社に体を擦りつけたりしているだけです。
住民がおそるおそる近付いて来る前に覚者達で囲んでから住民達に離れるように言えば怪我人を出す危険を減らせるでしょう。
●場所
とある神社の境内。時間は夕方ですが、境内の周りにはランタン型のライトがいくつも吊るされているので日が落ちても光源は十分です。
境内はそれなりに広く、地面は均された土。社の方にお菓子が置かれたテーブルが並んでいますが、中央には所々に灯篭があるだけです。
●人物
・近所の住民
小さな子供からお年寄りまで約三十人。「お猫様」はあくまで神社で祀られている存在と言うだけで、お猫様も住民の前では実体化しないので実物を見た人はいません。
お年寄り数名は多少足腰が弱いですが、子供たちは元気ですばしっこく、お年寄りもいざとなれば青年団や家族の方が背負って運んでくれます。
・神主とその一族
神主は温和そうな容姿の中年男性。他に一族五名が境内にいます。
代々古妖を祀り「お猫様」と大事にしており、お猫様のために体を張るのを厭いません。
住民が危険な時は体を張って守ってくれますが、覚者ではないのでお猫様に一撃もらえば沈みます。ただし「住民」には含まれないので怪我をしても依頼は失敗しません。
・お猫様
神社に猫神として祀られている古妖。元は境内に住み着いた三毛のオス猫でしたが、長い年月を境内で過ごし猫又になりました。
本来は大人しい性格で人の言葉は話せないものの理解はしてくれるのですが、マタタビに酔っぱらって話が通じません。
●能力
お猫様/古妖
非常に頑丈で覚者達に多少攻撃された所で怪我はしません。体力は削られます。
酔っぱらっているため体当たりや猫パンチを遠慮なく繰り出しますので要注意。
体力の三分の一を削られると酔いが醒めて正気に戻ります。
・スキル
猫パンチ(近単/非常に強力な前足パンチ。物理ダメージ)
ローリング(近列/勢いよく転がります。物理ダメージ)
ぶちかまし(遠単貫通2:前100%、後50%/巨猫本気の体当たり。物理ダメージ+ノックバック)
●おまけ
依頼が成功すれば、ハロウィンパーティーが失敗(住民を完全に避難させ敷地内から出してしまう)しても神主とその一族が心づくしのお菓子をお礼代わりに持たせてくれますし、お猫様もお詫びも含めて撫でまわす事ができるでしょう。
パーティーも成功させたい! と言う場合は何かしら工夫が必要です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年11月06日
2015年11月06日
■メイン参加者 6人■

●ハロウィンの悪霊がやってきた!
普段は静寂に包まれた神社の境内も、今宵のハロウィンに合わせて雰囲気は一変していた。
思い思いの仮装をした住民が集まった境内は賑やかで、周辺に掛けられたランタン型のライトもなかなか雰囲気が出ている。
そんな中突然境内の門の方からこんな声が聞こえてきた。
「ハロウィンの悪霊、登場~!」
魔女姿のリゼット・デスプレーンズ(CL2000161)は更に芝居がかった仕草で指揮棒ワンドをかざし、なんだなんだとざわめく住民達を前にセクシーな衣服を押し上げるように胸を張って口上を続ける。
「今日こそはこのシュラインを乗っ取り、我々の城としてあげるわよ、うふふ~」
いきなりの登場とインパクトに、住民達は思わず門の方に注目した。
そのタイミングを狙ったかのように現れるのはそれぞれの役に扮した魔女の手下達。
「さー怯えなさい逃げまどいなさーい!」
那須川・夏実(CL2000197)こと南瓜頭に黒いローブの下っ端悪霊ジャックオーランタン。白い猫耳しっぽの猫屋敷 真央(CL2000247)は猫の獣憑き姿をそのまま生かしている。ゆらゆらと尻尾を揺らしながらくふふと笑う。
角と尻尾に悪魔羽。小悪魔の仮装をしているのは九段 笹雪(CL2000517)。南瓜色のリボンが黒髪と衣装によく映える。
重装備の鎧姿は明石 ミュエル(CL2000171)。ちょっと重そうなのがご愛敬。
丁度その時社の前にいた神主も突然現れた悪霊コスプレ達に驚いていたが、その視線が手下役の一人の所で止まった。
由比 久永(CL2000540)はフードを目深に被って顔を隠していたが、腰のあたりに見える赤い翼から何かを察したのだろうか。
「次から次へと……やれやれ、困った猫だのぉ」
久永も神主の視線に気付く。その近くで酔っぱらっているだろう古妖に、住民に聞こえないように苦笑した。
そこで鎧お化けのミュエルが一歩前に出る。
「この神社の主を倒して、みんなのお菓子も全部私達のものにしてやる!」
構えた槍の穂先は社の前、お菓子を載せたテーブルに向けられている。
六人の目的を知った住民と神主ははっとした。
その予想を肯定するように夏実が南瓜頭を揺らして言う。
「夜は我らバケモノの時間!抵抗は無駄!……例えば仮に、この神社に居るお猫様が、助けを呼ぶ良い子達の声援に答えて現れでもしない限りね!」
カッ! と南瓜頭が光る。夕陽かランタンの灯りが何かに反射したのだろうが、彼女が額にコンプレックスを持っているかも知れないのでどことは言わない。
その光る南瓜頭ごしに子供たちに視線をやると、突然の光にびっくり顔だった子供の顔がぱっと明るくなった。夏実の意図に気付いたようだ。
更に夏実は神主にも送心を飛ばす。
『促すの! お猫様が実体化する前に早く!』
夏実の送心に驚いた顔をした神主だったが、古妖と関わって来ただけあるのか素早く行動に出た。
「本物の悪霊が来てしまうとは……お猫様をお呼びしなければ!」
社に向かってどこからか榊を取り出し祈り始める神主。意外とノリがいい。
「守り神とやら、覚悟するのよ~。やっちゃえ~、我が同胞よ~!」
リゼットがワンドを振り下ろすのを合図に六人が身構え、それを見た住民達もつられて身構える。
「あ、近隣にお住みの皆様は安全な所まで離れて見て下さいねえ~?」
それを見たリゼットの台詞を聞いて、子連れの住民を中心に六人が通れるような道を空けた。六人はそこを走り抜け、神主の後ろで止まる。
到着した六人に神主は祈りを続けるふりをしつつ「よくいらして下さいました」と微笑む。
「また会ったな、息災か?……と、言いたいところだが、そうでもなさそうだな」
以前もこの神社に祀られている「お猫様」絡みで神主と面識のある久永は、神主が胃の辺りを抑えている事に気付いた。
「ああやはり。あの時はお世話になりました」
フードを押し上げた久永の顔に、神主はいささかほっとする。
その近くにぼんやりと何かが見え始めていた。白っぽくふわふわとしたもの。姿を消していたお猫様が酔っぱらって実体化しかけているのだ。
「此度の騒動、催しとして寸劇でもやってみようかと思ってなぁ。神社を乗っ取りに来た悪者対お猫様の攻防……面白そうだろう?」
次に何があるのかと見ている住民達に催し物があるからと笹雪が距離をとってもらい、他の五人もそれを手伝っているのを確認しながら神主に自分達の計画を説明する。
神主はそれを聞いて表情も明るく胃の辺りから手を離した。六人がお猫様のために尽力してくれる事に感謝を込めて「ありがとうございます」と頭を下げる。
「すまぬが客に害が及ばぬよう上手く避難させておくれ。あぁそれっぽく、おーばーりあくしょんで頼むぞ」
「お任せください」
こくりと頷き、神主が社の前から離れつつ境内のどこかに向かって手を軽く振る。同時に境内の端や住民の中から神主の一族五人が出てきた。
それを見届けた笹雪は何かを探るような仕草をすると、社の方を向く。
「……ハッ、この気配は神社の主? 追い返そうともそうはいかないよ!」
「皆さん! 悪霊が皆さんのお菓子を奪おうとしています。お猫様をお呼びして悪霊を祓っていただきましょう!」
笹雪の後に続くのは、やはりノリのいい神主。
先程出てきた五人の一族もメモ帳に「おねこさまー!」と書き、住民を煽っている。
「では、さんはい!」
「おねこさまー!!」
主に子供の声が大きく響いたその時、ふにゃあん。となんとも間延びした声と共に一匹の巨大な猫が姿を現した。
●炸裂! お猫様流酔拳!
ふわふわした柔らかそうな毛は白に二色の斑がある三毛。その尻尾は二股に分かれ、先には榊と鈴がついている。
この猫こそが神社に「お猫様」として祀られている古妖、猫又であった。
出てくるとしたら着ぐるみで仮装した誰かだと思っていた住民は、その登場に流石に驚いた。
「おねこさま?」
一人の子供がポツリと言う。
「ば、馬鹿な! まさか本当に現れるなんて!」
南瓜頭の夏実が叫んで後退りすると、その肩をリゼットが軽く押し留めた。
「うふふ~慌てる事なんてないわ~」
「ふっふっふっ。いくらお猫様さんとはいえ私達六人にかかれば恐るるに足らずです!」
手に装着した猫の手をびしっと突き出し、お猫様に宣言する。
「今日こそはお猫様の座を明け渡してもらいますよ!」
駆け出した真央のネコパンチがお猫様の柔らかなお腹に沈み込んだ。
にゃ~?
突然の刺激に気付き、お猫様が起き上がる。
その目に飛び込んで来たのはふりふりと動く尻尾とひらひら動く南瓜色のリボン。本能を呼び起こす動きにつられ、お猫様が突進する。
「速い!」
自分が標的になったと気付いた笹雪が身構えるが、お猫様の速度が乗った体当たりは笹雪を大きく後退させた。
おお……!
素早い真央の猫パンチ、巨大な猫の突進と、それを受けてノックバックされながらも倒れない笹雪。そこまで見て漸く住民達が目の前で起きた事を理解する。
「ふむ。流石は守り神よのう。しかし、余も負けてはおらんぞ」
羽織と翼をはためかせた久永の足元から霧が生まれ、お猫様と六人の悪霊たちをの周辺を漂う。
「かかりなさい我が同胞よ~、このシュラインとお菓子を我々のものにするのよ~」
「お菓子は、私達のもの……!」
ワンドを振る魔女リゼットの命令を受け、鎧お化けのミュエルが槍を持ってお猫様に仕掛けて行く。その槍についたキラキラ光るテープは即お猫様の目に留まったらしい。
きらりと目を輝かせたお猫様の肉球がぼふっと槍を挟み込み、そのままじゃれつく。
無防備になったお猫様に笹雪が召雷を放ったが、ぐねぐね動くお猫様の動きは偶然にも酔拳のように雷を避けてしまう。
更に雷と音と光で再び笹雪に注目したお猫様。今度は地面に背中を擦り付けていた体勢のままごろんと転がる。
柔らかな毛とあたたかな感触が、巨猫の重みを伴って笹雪とミュエルを押し倒して行く。
「二人の仕返しですよ!」
飛びかかる真央のネコパンチは今度はひらりと避けられてしまった。
真央の攻撃だけではない。六人の攻撃は最初の段階ではそれなりに当たっていたのだが、徐々に躱される確率が増える。
尚悪い事に段々酔いが回って来たのか、お猫様は猫から大トラへと変貌していた。
にゃー!
お猫様の前足が一瞬かき消える。その動きを捉えられた者は住民の中には一人もおらず、気が付けば鎧お化けがよろけ、お化けたちがざわついていた。
「ぐ、ぐふう……なんて、威力……」
「こ、これがお猫様の必殺技……猫パンチ!」
大袈裟によろめいたミュエルだったが、その威力は本物だった。南瓜頭の夏実も半分本気で慄きつつごりっと減ったミュエルの体力を回復させる。
「正気でないアレがどんな行動をとるかと思っておったが……」
久永は以前見たよりも明らかに威力が増している猫パンチにむうと唸る。あれを連続で叩き込まれればいくら覚者と言えど倒れてしまうだろう。
「うふふ~、これくらいじゃ諦めないわよ~」
リゼットが帽子をかぶり直しながら芝居がかった仕草で樹の雫を使う。
中衛にいた彼女もお猫様の下敷きになったりぶちかましに巻き込まれたりで体力を削られていたが、まだまだハロウィンの悪霊としての芝居は終わらない。
●邪気も酔いも祓われて
時折お猫様が住民達の方に視線を向ける事があったが、それを察したミュエルが深緑鞭を大袈裟に振りながら攻撃して気を引き、笹雪もことさらにオーバーリアクションで動き回る。
ノックバックで配置に穴が開いたり観客の方に位置がずれたりすれば、中衛にいる真央、リゼット、久永、夏実の四人が素早く他のメンバーが穴を埋めるなり受け止めるなりで対処する。
日が落ちた神社の境内では雷が、圧縮された空気や水の礫が飛ぶ。お猫様の巨体が悪霊をなぎ倒せば反撃とばかりにネコクロウや槍の穂先が煌めき、癒しの力を持った雫が降り注ぐ。
「おねこさまがんばれー!」
「お嬢ちゃんたちも頑張れよー!」
最初は驚いて声もなかった住民達だが、目の前で繰り広げられるお猫様と覚者達の寸劇と言う名の超常バトルにすっかり盛り上がっていた。
「盛り上がってるね」
「うん……」
「パーティーを成功させるため、最後まで頑張りましょう!」
笹雪とミュエルが囁き合い、真央も元気よくぐっと猫の手を握り込む。お猫様の大トラぶりは相変わらずだったが、心なしか挙動が落ち着いてきたような気がする。
ちらりと神主を見ればまた胃の辺りを押さえつつも「もう少しです!」と言いたげな顔で覚者達とお猫様を交互に見ていた。
「さあさあ、まだまだいくわよー!」
もうひと頑張りと杖を振り上げる夏実。気力は大分減ってきていたが、そんな様子は微塵も見せない。
にゃ~ん。
しゅばっとお猫様の前足がかき消え、見えないなりに何が起きるかはもう分かった住民達が「おおっ!」と騒ぐ。
「うむ……守り神の力を甘く見ていたかもしれんのう」
「でも~、私達はまだ誰も倒れてないわよ~」
まともに食らえばごっそり体力を削る一撃を受けた久永は思わず呻いたが、リゼットの回復を受け召雷やエアブリットでお猫様の注意を引きつつ芝居を続ける。
そうして芝居を貫き悪霊を演じる覚者達の頑張りが、ついに報われる時が来た。
「お猫様さん、覚悟です!」
真央の繰り出した一撃がお猫様の体にむにっと食い込む。
手応えありと見上げた真央は、ぱちくりと瞬くお猫様と目が合った。
「これは!」
その様子を見ていた夏実が急いでお猫様に向かって送心を送る。
『マタタビで酔って暴れちゃう予知が出たから、貴方が主役のショーのテイで誤魔化してるの! 悪者役の私達を改心させる光とか出しなさい! 無理ならそれっぽく高らかに鳴く!』
にゃっ?
え、なになに? と言う様子のお猫様だったが、夏実の送心と自分の目の前にいる六人、そして離れた所にいる住民と神主達を見て慌ててポーズを取る事にしたらしい。
にゃーん。
と一声鳴くと、しっぽを一番近くにいた夏実にぽふんと置く。先についた鈴と榊が音を立てた。
「う、うわあああ。邪悪の力が浄化されていく~」
へなへなと崩れ落ちる南瓜頭。お猫様のしっぽが悪霊達をぽふんぽふんと叩く度に、鎧のお化けが槍を手放して膝をつき、小悪魔もぺたりと座り込んだ。
「はっ……どうやら悪い夢を見ていたようだ」
フードをかぶったお化けまでもが我に返ったように辺りを見回すと、ついに悪霊達を率いて来た魔女が白旗を挙げた。
「も~ダメ、諦めましょ~?ごめんなさい、お猫様~」
「ごめんにゃさい、本当は皆さんとハロウィンパーティーをしているのが羨ましかっただけにゃんです」
魔女が降参すると白い猫耳しっぽの猫娘も観念して正直に謝った。
するとお猫様は再びにゃーと鳴き、何かに頷くような仕草をする。それを見た魔女、リゼットはにこりと笑ってぱっと立ち上がり、他の悪霊達も一列に整列する。
「お騒がせしました~。お楽しみ頂けましたか?」
リゼットの問いかけの答えは、住民達からの盛大な拍手だった。
●ハロウィンの夜は更けて行く
「皆にも迷惑をかけたな、すまない。お詫びにお菓子を配ろう」
「これはお詫び。ちゃんと他の子と分けるのよ!」
「仲良く、一緒に……ね」
興奮冷めやらぬ住民達の間を歩き、改心した悪霊達がお菓子を配り歩く。
「あら~。帽子をひっぱったらダメよ~」
「ほら、そんな風に飛びついたら怪我するよ」
「お菓子もこぼしてしますにゃ……です」
子供達の中には遠慮なく覚者達にまとわりついたりやんちゃをする子もいて、親や周囲の大人が慌てて止める事が何度かあった。
一番大変なのはついに姿を現してしまったお猫様になったはずだが、お猫様はこの場にはいなかった。
興奮した住民達の前に残ってもみくちゃにされたりまた何かをうっかり口にしてしまったりしては事だと神主と一緒に本殿の方で場が落ち着くのを待っているのだ。
住民達も最初はお猫様の姿がない事を残念がったが、大立ち回りを演じた六人の悪霊達を前に大いに盛り上がり、最後にそれぞれの手にお菓子を持って帰って行った。
そしてすっかり夜の帳が降りた頃、冷え込み始めた外ではなく拝殿の中で覚者達とお猫様と神主が改めて向かい合っていた。
「まったく……神主はきっと言わぬだろうから、余が言うぞ」
久永はお猫様を前に少々お怒りである。彼がお猫様の騒動に関わるのは二回目だ。
「この馬鹿者が! 神の名を冠していながらマタタビに酔って暴れるなど……情けない。きっちり反省するのだぞ!」
ぺたんと耳を伏せるお猫様。隣では神主も申し訳ないと頭を下げている。
「……と、まぁこれくらいで良いか? なに、終わりよければすべて良しだ」
久永が語気を緩めて言うと、それを切っ掛けに外で片付けていた神主の一族が拝殿に入って来て、パーティーで残ったお菓子や飲み物を覚者達の前に置いて行く。
「皆様には本当にご迷惑をお掛けしました。改めましてお詫びとお礼を申し上げます」
神主が頭を下げるとお猫様も少しばかり元気のない声で鳴く。
「もういいのよ~。終わりよければすべて良しといわれたでしょぉ?」
リゼットが背伸びしてお猫様の頭を撫でる。久永も先程の説教の分お猫様を優しく撫で、もう怒っておらぬと宥めてやる。
「それにしても、妖のお猫様さんでもマタタビでふにゃふにゃになってしまうんですね、私はマタタビにゃんかでふにゃふにゃににゃったりしないですけどにょえ」
お猫様のおなかあたりを触っていた真央の様子がおかしい。
「ちょっと、まだマタタビ残ってたりしない?」
「残ってるのかも」
もふもふと毛をかき分ける夏実と笹雪。柔らかい手触りを存分に堪能しつつ捜してみると、毛の間にお菓子のかけらのような物があった。
「アナタこれだけで酔ったの?!」
「よってないですにょ」
「酔ってるじゃない!」
ぐてっとお猫様のおなかに沈み込んだ真央を夏美が引きずり出す。
「お猫様……これ……マタタビ入ってないよ……」
ミュエルが差し出したのは彼女が作ったクッキーだ。
おいしそうな匂いに誘われるお猫様。神主を窺って大丈夫だと頷かれてから口にしたあたり、どうやら今回の事は堪えたらしい。
「今度こそ神主に心配をかけるでないぞ?」
久永が喉の辺りを撫でてやると、お猫様は喉を鳴らしつつぐりぐりと頭を押し付けて来た。
本当に大丈夫だろうかと一抹の不安はあるものの、六人の悪霊を演じた覚者達はFiVEからの迎えが来るまで、お猫様との交流を楽しむ事にした。
それから数日後、ハロウィンパーティーに参加していた子供達から神主へ一枚の絵が手渡された。
『おねこさまとおばけさんたち』
拙い文字で書かれたタイトルに、オレンジと黒の斑がある大きな大きな白猫。その前には南瓜頭のお化けに白い猫耳の女の子、三角帽子の魔女に鎧姿のお化け、フードを被ったお化けに悪魔の角と尻尾の女の子。六人の「おばけさんたち」とたくさんのお菓子が描かれている。
その絵は本殿の奥に飾られ、神社に祀られた古妖がその絵を度々眺めてはぐるぐると機嫌よく喉を鳴らしていると言う。
普段は静寂に包まれた神社の境内も、今宵のハロウィンに合わせて雰囲気は一変していた。
思い思いの仮装をした住民が集まった境内は賑やかで、周辺に掛けられたランタン型のライトもなかなか雰囲気が出ている。
そんな中突然境内の門の方からこんな声が聞こえてきた。
「ハロウィンの悪霊、登場~!」
魔女姿のリゼット・デスプレーンズ(CL2000161)は更に芝居がかった仕草で指揮棒ワンドをかざし、なんだなんだとざわめく住民達を前にセクシーな衣服を押し上げるように胸を張って口上を続ける。
「今日こそはこのシュラインを乗っ取り、我々の城としてあげるわよ、うふふ~」
いきなりの登場とインパクトに、住民達は思わず門の方に注目した。
そのタイミングを狙ったかのように現れるのはそれぞれの役に扮した魔女の手下達。
「さー怯えなさい逃げまどいなさーい!」
那須川・夏実(CL2000197)こと南瓜頭に黒いローブの下っ端悪霊ジャックオーランタン。白い猫耳しっぽの猫屋敷 真央(CL2000247)は猫の獣憑き姿をそのまま生かしている。ゆらゆらと尻尾を揺らしながらくふふと笑う。
角と尻尾に悪魔羽。小悪魔の仮装をしているのは九段 笹雪(CL2000517)。南瓜色のリボンが黒髪と衣装によく映える。
重装備の鎧姿は明石 ミュエル(CL2000171)。ちょっと重そうなのがご愛敬。
丁度その時社の前にいた神主も突然現れた悪霊コスプレ達に驚いていたが、その視線が手下役の一人の所で止まった。
由比 久永(CL2000540)はフードを目深に被って顔を隠していたが、腰のあたりに見える赤い翼から何かを察したのだろうか。
「次から次へと……やれやれ、困った猫だのぉ」
久永も神主の視線に気付く。その近くで酔っぱらっているだろう古妖に、住民に聞こえないように苦笑した。
そこで鎧お化けのミュエルが一歩前に出る。
「この神社の主を倒して、みんなのお菓子も全部私達のものにしてやる!」
構えた槍の穂先は社の前、お菓子を載せたテーブルに向けられている。
六人の目的を知った住民と神主ははっとした。
その予想を肯定するように夏実が南瓜頭を揺らして言う。
「夜は我らバケモノの時間!抵抗は無駄!……例えば仮に、この神社に居るお猫様が、助けを呼ぶ良い子達の声援に答えて現れでもしない限りね!」
カッ! と南瓜頭が光る。夕陽かランタンの灯りが何かに反射したのだろうが、彼女が額にコンプレックスを持っているかも知れないのでどことは言わない。
その光る南瓜頭ごしに子供たちに視線をやると、突然の光にびっくり顔だった子供の顔がぱっと明るくなった。夏実の意図に気付いたようだ。
更に夏実は神主にも送心を飛ばす。
『促すの! お猫様が実体化する前に早く!』
夏実の送心に驚いた顔をした神主だったが、古妖と関わって来ただけあるのか素早く行動に出た。
「本物の悪霊が来てしまうとは……お猫様をお呼びしなければ!」
社に向かってどこからか榊を取り出し祈り始める神主。意外とノリがいい。
「守り神とやら、覚悟するのよ~。やっちゃえ~、我が同胞よ~!」
リゼットがワンドを振り下ろすのを合図に六人が身構え、それを見た住民達もつられて身構える。
「あ、近隣にお住みの皆様は安全な所まで離れて見て下さいねえ~?」
それを見たリゼットの台詞を聞いて、子連れの住民を中心に六人が通れるような道を空けた。六人はそこを走り抜け、神主の後ろで止まる。
到着した六人に神主は祈りを続けるふりをしつつ「よくいらして下さいました」と微笑む。
「また会ったな、息災か?……と、言いたいところだが、そうでもなさそうだな」
以前もこの神社に祀られている「お猫様」絡みで神主と面識のある久永は、神主が胃の辺りを抑えている事に気付いた。
「ああやはり。あの時はお世話になりました」
フードを押し上げた久永の顔に、神主はいささかほっとする。
その近くにぼんやりと何かが見え始めていた。白っぽくふわふわとしたもの。姿を消していたお猫様が酔っぱらって実体化しかけているのだ。
「此度の騒動、催しとして寸劇でもやってみようかと思ってなぁ。神社を乗っ取りに来た悪者対お猫様の攻防……面白そうだろう?」
次に何があるのかと見ている住民達に催し物があるからと笹雪が距離をとってもらい、他の五人もそれを手伝っているのを確認しながら神主に自分達の計画を説明する。
神主はそれを聞いて表情も明るく胃の辺りから手を離した。六人がお猫様のために尽力してくれる事に感謝を込めて「ありがとうございます」と頭を下げる。
「すまぬが客に害が及ばぬよう上手く避難させておくれ。あぁそれっぽく、おーばーりあくしょんで頼むぞ」
「お任せください」
こくりと頷き、神主が社の前から離れつつ境内のどこかに向かって手を軽く振る。同時に境内の端や住民の中から神主の一族五人が出てきた。
それを見届けた笹雪は何かを探るような仕草をすると、社の方を向く。
「……ハッ、この気配は神社の主? 追い返そうともそうはいかないよ!」
「皆さん! 悪霊が皆さんのお菓子を奪おうとしています。お猫様をお呼びして悪霊を祓っていただきましょう!」
笹雪の後に続くのは、やはりノリのいい神主。
先程出てきた五人の一族もメモ帳に「おねこさまー!」と書き、住民を煽っている。
「では、さんはい!」
「おねこさまー!!」
主に子供の声が大きく響いたその時、ふにゃあん。となんとも間延びした声と共に一匹の巨大な猫が姿を現した。
●炸裂! お猫様流酔拳!
ふわふわした柔らかそうな毛は白に二色の斑がある三毛。その尻尾は二股に分かれ、先には榊と鈴がついている。
この猫こそが神社に「お猫様」として祀られている古妖、猫又であった。
出てくるとしたら着ぐるみで仮装した誰かだと思っていた住民は、その登場に流石に驚いた。
「おねこさま?」
一人の子供がポツリと言う。
「ば、馬鹿な! まさか本当に現れるなんて!」
南瓜頭の夏実が叫んで後退りすると、その肩をリゼットが軽く押し留めた。
「うふふ~慌てる事なんてないわ~」
「ふっふっふっ。いくらお猫様さんとはいえ私達六人にかかれば恐るるに足らずです!」
手に装着した猫の手をびしっと突き出し、お猫様に宣言する。
「今日こそはお猫様の座を明け渡してもらいますよ!」
駆け出した真央のネコパンチがお猫様の柔らかなお腹に沈み込んだ。
にゃ~?
突然の刺激に気付き、お猫様が起き上がる。
その目に飛び込んで来たのはふりふりと動く尻尾とひらひら動く南瓜色のリボン。本能を呼び起こす動きにつられ、お猫様が突進する。
「速い!」
自分が標的になったと気付いた笹雪が身構えるが、お猫様の速度が乗った体当たりは笹雪を大きく後退させた。
おお……!
素早い真央の猫パンチ、巨大な猫の突進と、それを受けてノックバックされながらも倒れない笹雪。そこまで見て漸く住民達が目の前で起きた事を理解する。
「ふむ。流石は守り神よのう。しかし、余も負けてはおらんぞ」
羽織と翼をはためかせた久永の足元から霧が生まれ、お猫様と六人の悪霊たちをの周辺を漂う。
「かかりなさい我が同胞よ~、このシュラインとお菓子を我々のものにするのよ~」
「お菓子は、私達のもの……!」
ワンドを振る魔女リゼットの命令を受け、鎧お化けのミュエルが槍を持ってお猫様に仕掛けて行く。その槍についたキラキラ光るテープは即お猫様の目に留まったらしい。
きらりと目を輝かせたお猫様の肉球がぼふっと槍を挟み込み、そのままじゃれつく。
無防備になったお猫様に笹雪が召雷を放ったが、ぐねぐね動くお猫様の動きは偶然にも酔拳のように雷を避けてしまう。
更に雷と音と光で再び笹雪に注目したお猫様。今度は地面に背中を擦り付けていた体勢のままごろんと転がる。
柔らかな毛とあたたかな感触が、巨猫の重みを伴って笹雪とミュエルを押し倒して行く。
「二人の仕返しですよ!」
飛びかかる真央のネコパンチは今度はひらりと避けられてしまった。
真央の攻撃だけではない。六人の攻撃は最初の段階ではそれなりに当たっていたのだが、徐々に躱される確率が増える。
尚悪い事に段々酔いが回って来たのか、お猫様は猫から大トラへと変貌していた。
にゃー!
お猫様の前足が一瞬かき消える。その動きを捉えられた者は住民の中には一人もおらず、気が付けば鎧お化けがよろけ、お化けたちがざわついていた。
「ぐ、ぐふう……なんて、威力……」
「こ、これがお猫様の必殺技……猫パンチ!」
大袈裟によろめいたミュエルだったが、その威力は本物だった。南瓜頭の夏実も半分本気で慄きつつごりっと減ったミュエルの体力を回復させる。
「正気でないアレがどんな行動をとるかと思っておったが……」
久永は以前見たよりも明らかに威力が増している猫パンチにむうと唸る。あれを連続で叩き込まれればいくら覚者と言えど倒れてしまうだろう。
「うふふ~、これくらいじゃ諦めないわよ~」
リゼットが帽子をかぶり直しながら芝居がかった仕草で樹の雫を使う。
中衛にいた彼女もお猫様の下敷きになったりぶちかましに巻き込まれたりで体力を削られていたが、まだまだハロウィンの悪霊としての芝居は終わらない。
●邪気も酔いも祓われて
時折お猫様が住民達の方に視線を向ける事があったが、それを察したミュエルが深緑鞭を大袈裟に振りながら攻撃して気を引き、笹雪もことさらにオーバーリアクションで動き回る。
ノックバックで配置に穴が開いたり観客の方に位置がずれたりすれば、中衛にいる真央、リゼット、久永、夏実の四人が素早く他のメンバーが穴を埋めるなり受け止めるなりで対処する。
日が落ちた神社の境内では雷が、圧縮された空気や水の礫が飛ぶ。お猫様の巨体が悪霊をなぎ倒せば反撃とばかりにネコクロウや槍の穂先が煌めき、癒しの力を持った雫が降り注ぐ。
「おねこさまがんばれー!」
「お嬢ちゃんたちも頑張れよー!」
最初は驚いて声もなかった住民達だが、目の前で繰り広げられるお猫様と覚者達の寸劇と言う名の超常バトルにすっかり盛り上がっていた。
「盛り上がってるね」
「うん……」
「パーティーを成功させるため、最後まで頑張りましょう!」
笹雪とミュエルが囁き合い、真央も元気よくぐっと猫の手を握り込む。お猫様の大トラぶりは相変わらずだったが、心なしか挙動が落ち着いてきたような気がする。
ちらりと神主を見ればまた胃の辺りを押さえつつも「もう少しです!」と言いたげな顔で覚者達とお猫様を交互に見ていた。
「さあさあ、まだまだいくわよー!」
もうひと頑張りと杖を振り上げる夏実。気力は大分減ってきていたが、そんな様子は微塵も見せない。
にゃ~ん。
しゅばっとお猫様の前足がかき消え、見えないなりに何が起きるかはもう分かった住民達が「おおっ!」と騒ぐ。
「うむ……守り神の力を甘く見ていたかもしれんのう」
「でも~、私達はまだ誰も倒れてないわよ~」
まともに食らえばごっそり体力を削る一撃を受けた久永は思わず呻いたが、リゼットの回復を受け召雷やエアブリットでお猫様の注意を引きつつ芝居を続ける。
そうして芝居を貫き悪霊を演じる覚者達の頑張りが、ついに報われる時が来た。
「お猫様さん、覚悟です!」
真央の繰り出した一撃がお猫様の体にむにっと食い込む。
手応えありと見上げた真央は、ぱちくりと瞬くお猫様と目が合った。
「これは!」
その様子を見ていた夏実が急いでお猫様に向かって送心を送る。
『マタタビで酔って暴れちゃう予知が出たから、貴方が主役のショーのテイで誤魔化してるの! 悪者役の私達を改心させる光とか出しなさい! 無理ならそれっぽく高らかに鳴く!』
にゃっ?
え、なになに? と言う様子のお猫様だったが、夏実の送心と自分の目の前にいる六人、そして離れた所にいる住民と神主達を見て慌ててポーズを取る事にしたらしい。
にゃーん。
と一声鳴くと、しっぽを一番近くにいた夏実にぽふんと置く。先についた鈴と榊が音を立てた。
「う、うわあああ。邪悪の力が浄化されていく~」
へなへなと崩れ落ちる南瓜頭。お猫様のしっぽが悪霊達をぽふんぽふんと叩く度に、鎧のお化けが槍を手放して膝をつき、小悪魔もぺたりと座り込んだ。
「はっ……どうやら悪い夢を見ていたようだ」
フードをかぶったお化けまでもが我に返ったように辺りを見回すと、ついに悪霊達を率いて来た魔女が白旗を挙げた。
「も~ダメ、諦めましょ~?ごめんなさい、お猫様~」
「ごめんにゃさい、本当は皆さんとハロウィンパーティーをしているのが羨ましかっただけにゃんです」
魔女が降参すると白い猫耳しっぽの猫娘も観念して正直に謝った。
するとお猫様は再びにゃーと鳴き、何かに頷くような仕草をする。それを見た魔女、リゼットはにこりと笑ってぱっと立ち上がり、他の悪霊達も一列に整列する。
「お騒がせしました~。お楽しみ頂けましたか?」
リゼットの問いかけの答えは、住民達からの盛大な拍手だった。
●ハロウィンの夜は更けて行く
「皆にも迷惑をかけたな、すまない。お詫びにお菓子を配ろう」
「これはお詫び。ちゃんと他の子と分けるのよ!」
「仲良く、一緒に……ね」
興奮冷めやらぬ住民達の間を歩き、改心した悪霊達がお菓子を配り歩く。
「あら~。帽子をひっぱったらダメよ~」
「ほら、そんな風に飛びついたら怪我するよ」
「お菓子もこぼしてしますにゃ……です」
子供達の中には遠慮なく覚者達にまとわりついたりやんちゃをする子もいて、親や周囲の大人が慌てて止める事が何度かあった。
一番大変なのはついに姿を現してしまったお猫様になったはずだが、お猫様はこの場にはいなかった。
興奮した住民達の前に残ってもみくちゃにされたりまた何かをうっかり口にしてしまったりしては事だと神主と一緒に本殿の方で場が落ち着くのを待っているのだ。
住民達も最初はお猫様の姿がない事を残念がったが、大立ち回りを演じた六人の悪霊達を前に大いに盛り上がり、最後にそれぞれの手にお菓子を持って帰って行った。
そしてすっかり夜の帳が降りた頃、冷え込み始めた外ではなく拝殿の中で覚者達とお猫様と神主が改めて向かい合っていた。
「まったく……神主はきっと言わぬだろうから、余が言うぞ」
久永はお猫様を前に少々お怒りである。彼がお猫様の騒動に関わるのは二回目だ。
「この馬鹿者が! 神の名を冠していながらマタタビに酔って暴れるなど……情けない。きっちり反省するのだぞ!」
ぺたんと耳を伏せるお猫様。隣では神主も申し訳ないと頭を下げている。
「……と、まぁこれくらいで良いか? なに、終わりよければすべて良しだ」
久永が語気を緩めて言うと、それを切っ掛けに外で片付けていた神主の一族が拝殿に入って来て、パーティーで残ったお菓子や飲み物を覚者達の前に置いて行く。
「皆様には本当にご迷惑をお掛けしました。改めましてお詫びとお礼を申し上げます」
神主が頭を下げるとお猫様も少しばかり元気のない声で鳴く。
「もういいのよ~。終わりよければすべて良しといわれたでしょぉ?」
リゼットが背伸びしてお猫様の頭を撫でる。久永も先程の説教の分お猫様を優しく撫で、もう怒っておらぬと宥めてやる。
「それにしても、妖のお猫様さんでもマタタビでふにゃふにゃになってしまうんですね、私はマタタビにゃんかでふにゃふにゃににゃったりしないですけどにょえ」
お猫様のおなかあたりを触っていた真央の様子がおかしい。
「ちょっと、まだマタタビ残ってたりしない?」
「残ってるのかも」
もふもふと毛をかき分ける夏実と笹雪。柔らかい手触りを存分に堪能しつつ捜してみると、毛の間にお菓子のかけらのような物があった。
「アナタこれだけで酔ったの?!」
「よってないですにょ」
「酔ってるじゃない!」
ぐてっとお猫様のおなかに沈み込んだ真央を夏美が引きずり出す。
「お猫様……これ……マタタビ入ってないよ……」
ミュエルが差し出したのは彼女が作ったクッキーだ。
おいしそうな匂いに誘われるお猫様。神主を窺って大丈夫だと頷かれてから口にしたあたり、どうやら今回の事は堪えたらしい。
「今度こそ神主に心配をかけるでないぞ?」
久永が喉の辺りを撫でてやると、お猫様は喉を鳴らしつつぐりぐりと頭を押し付けて来た。
本当に大丈夫だろうかと一抹の不安はあるものの、六人の悪霊を演じた覚者達はFiVEからの迎えが来るまで、お猫様との交流を楽しむ事にした。
それから数日後、ハロウィンパーティーに参加していた子供達から神主へ一枚の絵が手渡された。
『おねこさまとおばけさんたち』
拙い文字で書かれたタイトルに、オレンジと黒の斑がある大きな大きな白猫。その前には南瓜頭のお化けに白い猫耳の女の子、三角帽子の魔女に鎧姿のお化け、フードを被ったお化けに悪魔の角と尻尾の女の子。六人の「おばけさんたち」とたくさんのお菓子が描かれている。
その絵は本殿の奥に飾られ、神社に祀られた古妖がその絵を度々眺めてはぐるぐると機嫌よく喉を鳴らしていると言う。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『猫神社のお守り南瓜』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
