私は羊羹である
私は羊羹である


●私は羊羹である
 名も羊羹である。
 和菓子処『あばら谷』で、職人に煉られて何週間か経つが、いまも店頭の棚で四角く鎮座している。
 新入りの栗羊羹くんが、先ほど買われていった。
 やはり彼は、新鮮な栗をつかった、旬のものである。
 一方で、私は普通の練り羊羹だ。一向に買われる気配がないのが寂しいものである。
『世知辛いね。羊羹さん』
 ――と、ガラスを隔てて、干菓子くんがはなしかけてきた。
『なあに』
 と返事をする。
 私と干菓子くんは、保存がきくため、もはや古参である。
 そこへ、店の主人が銀色のトレーを持ってきて、昨日の生菓子のトレーと入れ替える。
『干菓子くんも、私もまだまだ持つ。機会はまだあるだろう』
 生菓子の若い衆は、見た目は立派だが、すぐダメになってしまう。
 つまり、トレーの交換は、生菓子たちの破棄である。
 「自分を食べてくれ!」「おいしくたべられたかった」という、生菓子たちの悲鳴がきこえるようで、少々つらみがある。
 菓子として作られた以上は、人間の口に入らねば、その役目を全うしたとは言われん。
 最大の幸福とは、おいしくいただいてもらえる事の他にはあるまい。
 そこまで考えを漂流させたとき、ふと気がついた。
 店の主人が入れ替えたトレーは、生菓子ではなかったのである。
『馬鹿な、モンブランだと!?』
 モナカのような台座に、これでもかと言わんばかりに、黄色いクリームの線が積み上げられている。てっぺんには栗だ。
 和菓子一筋でやってきた、この『あばら谷』に新しい風が吹き込んできたような錯覚を覚えた。
 だが、この新入りのモンブラン。どこやらおかしい。
 うまく形容できないが――。
 と、様子をうかがっていると、モンブランのその黄色いクリームの線が、ゆらゆらと触手のようにうねりはじめた。
 次の瞬間、モンブランの黄色いクリームが、レーザーのごとく四方八方へ突き出される。
 店頭のガラスを突き抜け、距離を隔てた醤油せんべいどもすら串刺しにしする。
 さらに「ぐわああ!」と店の主人の悲鳴が上がる。
 なんと、このモンブランの触手は、主人さえも貫いたのである。
『らめえええ! 和三盆糖がくずれちゃううう』
 と、触手にからめとられた干菓子くんが悲鳴をあげた。
 私は羊羹。
 これを止める術はなかったのだ。


●妖化した菓子を片付ける依頼
「物質系の妖、『モンブラン』と戦います」
 久方・真由美(nCL2000003)は、ブリーフィングルームに集まった覚者たちに話を切り出した。
 真由美は『あばら谷』という和菓子屋のチラシをぴらりと会議机の上にだす。
 新製品として『モンブラン』がでかでかとアピールされている。
 今回の事件の顛末としては、このモンブランが妖化して、和菓子職人の主人を殺傷するというものだった。
「モンブランは、栗が練りこまれた黄色いクリームを、触手のように動かして攻撃してきます。また、乗っている栗を飛ばして爆発させたりするようです」
 真由美は、チラシの裏に落書きをする。
 皿のような台座に、糸のようなクリームを積み上げた絵である。
 うねうねと触手を書いたり、勢いをつけて針のように伸ばしたり。
「あと羊羹と干菓子も、妖化しているようなしていないような、不思議な感じがありました。戦闘力は皆無ですが、何か起こるまえに回収しちゃってください」
 真由美がカツカツと床にヒールの音を鳴らし、向こう側から盆――湯呑とお茶葉を持って来た。
 つまり、そういう話であった。



■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:Celloskii
■成功条件
1.物質系妖:『モンブラン』 の撃破
2.『干菓子』『羊羹』を回収
3.一般人の被害を抑える
 Celloskiiと申します。
 お初にお目にかかる方は初めまして。初見でない方は、お久しぶりです。
 よろしくお願い申し上げます。

 以下詳細。

●ロケーション
 ・時間は朝。
 ・商店街に面した『あばら谷』という老舗の和菓子屋です。
 ・モンブランの位置は、売り場のショーケースの中です。
 ・売り場は10m×10m。テーブルや椅子などの障害物があります。
 ・店舗の裏にまわると勝手口があり、主人の作業場と直結しています。
 ・主人の作業場から、売り場も直結しています。


●エネミー
 モンブラン×3
 ランク1。自我めいたものはありません。
 糸のようなクリームを触手のように伸ばして攻撃してきます。
 ・針      物遠単  威力:ひかえめ
 ・鞭      物近単  威力:ひかえめ
 ・生栗ボンバー 神遠列  威力:普通    一回使うと無くなるので一回きり


『羊羹』『干菓子』
 戦闘力皆無です。
 基本的に声は聞こえません。


●一般人
 ・あばら谷主人
 ・他、買い物にくる一般人がいるかもしれません。


●その他注意点
 プレイング次第ではありますが
 戦闘描写よりも、実食描写の配分が多くなるかもしれません。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(0モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年11月06日

■メイン参加者 8人■

『身体には自信があります』
明智 珠輝(CL2000634)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)

●甘味を求めて
 早めの時間に到着した。
 二十四節気の上では霜降(そうこう)という。
 立冬を目前に、朝方がとかくに冷え込みやすい。いよいよ空気が凛と張り詰める時分である。
 この日、集った覚者たちは、さっそく商店街のアーケードをくぐって行く。人混みはない。
「朝から和菓子屋さんに行くことって、思えばなかった気がするね」
 華神 悠乃(CL2000231)は、冷たい空気を胸一杯に吸い込んで吐く。
 和菓子。思えば、部活帰りの買い食いに行くのが一番多かった。
 この空気はどちらかと言えば――ひとっ走りランニングもしたくもなるような――朝練の感じであった。
 この悠乃の爽やかな瞑想のようなものを、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の、やけに大きな独り言が打ち破る。
「今日の為に3日間飯を抜いて来た!」
 零は目を瞑り、拳を強く握り、歯を食いしばる。食いしばりながら歩く。
 飯抜きは辛かった。辛かった! 報われるのだと思えば、独り言の一つや二つ出ようものだ。
 『Gバスターズ』明石 ミュエル(CL2000172)は、チラシを片手にきょろきょろと店の名前を確認しながら歩く。
「和菓子、楽しみ……あ、お仕事だから、真面目にやらなきゃ、ね……」
 ミュエルは、準備しておこうと、達筆な『臨時休業』の張り紙を出す。
 すると、おなじく店の外部担当の野武 七雅(CL2001141)は、もう出番なのかとちょっときょろきょろする。
 でもまだ店は無いようだったので、手持ち無沙汰のようにミュエルへ話しかける。
「老舗の和菓子屋さんってことは歴史がすっごいのかな? そんなすっごいところの作るモンブランたべてみたいの」
 ミュエルも頷いて。
「うん……楽しみ。良いお茶……もってきたよ」
 お茶と聞いて、『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は、耳をピクっと動かした。
 良い茶を持ってきたに違いない。
 事件が片付けば、メイドとしての腕の見せ所である。
 きりりと眉間に力がはいる。
「(和菓子は――大好きです)」
 それから、特に好物の最中は、ぜひ購入しておこうと思う程度に――今日は仕事と言うよりオフの気分であった。
 『身体には自信があります』明智 珠輝(CL2000634)は耽美にかく語る。
「和菓子も洋菓子も、お菓子は大好きです……! 個人的に一番好きな和菓子はあんみつ、洋菓子はチョコタルトです。勿論、モンブランも栗羊羹も大好きです」
 一呼吸で言い終える。
 そんな私の拘りは要りませんかそうですね、と自ら完結し、「ふふ……!」とキメのスマイルは忘れない。
 しかし、本件の妖モンブラン――素晴らしきお菓子を作り出す店主に危害を加えるなど、言語道断の沙汰である。と決意の炎は確固としてある。
 一番重要なのは、和菓子も洋菓子も、皆が堪能できる事。そのためには、全力を尽くす姿勢であると胸裏に反芻するのであった。
 『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)も、決意の炎を燃やす。しかし口に出さず、胸に秘めて静かに映ずる。
「(お菓子……それは俺達を幸せにしてくれるもの。そのお菓子が悲劇を招こうとしているとはな)」
 ゲイルと同様。四月一日 四月二日(CL2000588)も険しい顔つきであった。
「(ケーキで一番好きなんだよモンブラン……そんなモンブランに殺人をさせるなんて……)」
 歩きながら、ふとゲイルと四月二日の視線が交差した。
 おそらく同じ事を考えているのだろう――と、お互いがお互いの胸裏を察する程に、甘味を求めし漢の貌が見られる。
 つかの間の空白が生じて、視線は正面へと戻す。
「(絶対に阻止しねえとな)」「(悲劇を阻止しなければ!!)」
 気合十分。甘味のためならば、タフすぎて損はない。
 決意の炎は更に激しく、胸裏に燃え上がるのだった。
 アーケードをつーっと通って行く。
 預かったチラシと、店の名前を確認しながら少し行くと、『あばら谷』はすぐに見つかった。
 シャッターは半分下がっている。
 きっちり時間通りに動かない辺りが、なんとも商店街らしい趣があった。


●vsモンブラン
「こっちは、任せて……」
「こっそり片付けるの」
 ミュエルと七雅が店外での行動を開始する。
 よぼよぼとしたお客の老人が『あばら谷』へと近づいてきたので対応する。
「おじちゃんのお店のお手伝いなの」
「えと……お店に、妖が入ってきちゃって……」
「おおおお、それは大変だの、じつはこの店な。あれはおれが~」
 ここに、ミュエルと七雅は、老人の長話という遭遇戦が発生した。
 店内に一般客が居ないことを確認した珠輝が、ミュエルと七雅に加勢する。
「今、店内で取材と撮影中です……! 大変申し訳ございません……!」
 と、三人は恐るべき老人の長話に飲み込まれるのであった。

 悠乃が、最速で店内へと踏み込む。
 見れば、主人は生菓子のトレーと銀色のトレーを入れ替えた所だった。
 ちょっと呆けた様な顔をして、手を止めている。
「少し店内壊しちゃうけど、妖事件対応なのでご理解ご協力をいただきたく!」
 ショーケースへと踏み込む。手の甲をぶつけると、硝子は容易く飛散する。
 飛散した硝子が重力に引かれ、床に向かって落下し始める刹那の間に、悠乃は肩に鋭い痛みを覚えた。
「……もう動くの」
 モンブランの触手一本、まっすぐ伸びていた。
「できるだけ壊したくなかったが――」
 悠乃を刺す触手は、四月二日が携える鋼色の煌めきによって、切り捨てられる。
「――壊れたのなら仕方ない」
 続き、四月二日は肘を大きく後ろへ引き、貫殺の一撃を突きだした。
 ガギりと、金属質な手応えはモンブランらぬ硬さだ。
 四月二日は、左耳に入った風切音を聞いて片膝を折って屈む。
「飢えこそ最高のスパイスーーーー!」
 四月二日が屈んだすぐ上を、零の大太刀が横に通り過ぎた。
 ショーケースの硝子は更に飛散して、金属フレームがひしゃげる。
 更にもう一撃。小さな小さなモンブラン目掛け、鉄の塊が大上段から振り下ろされる。
 ゲイルは、ひしゃげたショーケースを乗り越えて、主人の店主の安全の確保に動いていた。
「派手にやってくれるな」
 見れば主人は、この様子に腰を抜かしたようだった。
 請求書がたまんねえな、と思ったところで触手が二本飛び出した。
 とっさに主人を庇う。
 覚者ならば大したケガではない。傷の一つや二つ増えたところで、そんなもの上等も良い所だ。
「危なかったな」
 と、ゲイルは主人を庇えた事を確認し、つぎにクーに視線を動かす。
 クーは頷いてショーケースを乗り越え、店主に肩を貸す。
「妖の事件です」
 と簡潔に説明する。
「代金は後ほどお支払いしますので、心配ならばここで見守っていられるといいです」
 主人を奥の作業場へと避難させ、。
 硝子が飛び交い、物騒な音が主に覚者の手によって乱舞している。
 主人は、口を半開きにして、放心とも驚愕ともつかない表情をしていた。


●終幕、誰が宛に金は鳴る
 覚者の作戦は、悠乃、四月二日、零が、モンブランを一体ずつブロックし、一体ずつ集中攻撃で倒していくものである。
 手堅く、敵の数を減らしていく作戦は、順調に進む。
「栗の爆弾!」
 いよいよ妖モンブランの必殺、生栗爆弾が火を吹くも、直後にゲイルが癒しの霧を放って、前衛を治癒する。
 また、今まで外を担当していた七雅が加わる。
「せっかく美味しくてかわいいお菓子なのに暴れたらかわいくないのー」
 七雅も回復手だ。
 敵の攻撃能力を、回復が上回った結果、気力が枯渇するような持久戦にでもならない限り――勝ちは時間の問題といえた。
「見つけた! こちらも忘れずに」
 悠乃はエネミースキャンを用いて、もう一つの任務目標である羊羹と干菓子を回収する。
「一つ目」
 クーは主人の安全を確保した後に攻撃に加わる。妖モンブランの一つを可能な限り綺麗に仕留める。
 また、外の対応を、ミュエルと珠輝が専任していたことは、結果として良手といえた。
 内部の激しい戦いの音は響く。たとえ朝方であっても、そこまで響けば人はやってくるものだ。
 珠輝の「取材をしています」と、ミュエルの「妖事件だから」が合わさり、商店の皆さんから「妖事件が発生して取材している」という風に受け取られているものの、大した話ではない。
「この妖モンブラン食えるのかなあ?」
 と言いながら四月二日が攻撃したところで、最後の妖モンブランの打倒に成功する。
 ここに、店内の戦いはあっさりと終幕する。
 しょせんは目覚めたてのRANK1相当。これに対して8人。やや物足りない評しても良いくらいだった。

 戦いが終わり、改めて主人への説明と後片付けが始まる。
「妖事件か……事故にでもあったと思うしかねえのかね。ともかく、命拾いしたってわけで、ありがとさんよ」
 嵐が過ごさったような店内、しかし、覚者が助けてくれたことに、主人は感謝の念を告げてきた。
 ならば、今の段階でダメになった商品も含め、諸々全部買いとろうと、四月二日が持ちかける。
「金なら大丈夫、ポンと出せる程度の財力はある。……けど、中くんの名前で領収書切って貰おうか。仕事だから経費で落ちるかも!」
「領収書お願いします。でも宛名とかはいらないです」
 零もその話に乗る。
「おや、ありがてえ話だな」
 主人は早速、ぱちぱちとそろばんを弾きだす。
 ゲイルは、しっかりと目当てのものを手に入れている。
「黒蜜あるかい?」
「ああ、あるよ」
 ちょっと待ってな、と主人はのそのそと奥の作業場より黒蜜をだしてくる。
「レンゲさん、おねがい」
 ミュエルは守護使役にお願いをする。【ぱくぱく】で硝子片やら何やらを片付けていく。
 七雅、クーもこれを手伝い、テキパキと片付ける。
 珠輝は、マダム受けしそうな甘いマスクを用いて、商店街のおじさんおばさんに接近し薔薇太郎の【すいとる】を用いていく。
「さて、あとはお待ちかね――ふ、ふふ……」
 一般人の被害を出さずに綺麗に済んだことはハッピーエンドというものだ。
 ここに覚者たちは、晩秋の冷たい朝方の空気を気持ち良く浴び、帰投するのであった。
 なお、妖モンブランは鉄のように硬く、とてもくえたものではなかった。


●ここから本編
 F.i.V.E.の本部へ帰投する。
 京都での老舗の基準から見れば、百年前後の歴史など老舗のうちには入らぬが、それでも長く続いているからには、信頼や実績というものがあるのだろう。
 干菓子と羊羹だけでなく、商品を軒並み買い付けて来たため、会議室の机の上はてんこ盛りといった有様である。
「クーさんのほうが、上手く淹れてくれそうだから…お願い、します…」
 と、ミュエルが差し出したものは、町外れの紅茶館で、石ころのような名前の店主が強く薦めてきた茶葉だ。
 クーは茶を受け取って、茶器に手をのばす。
 メイドの経験から、この手の事はすこぶる慣れている。
 高い位置から湯を注ぎ、葉に酸素を含ませることで、ティーポットの中で茶葉が上下にゆらぐ。
 これが味や香りを濃く抽出するヒケツである。
「せっかくだから、これも使ってみて!」
 と、零が、木製やら朱色の菓子鉢を並べた。
 そこへ珠輝が椅子をガタりと鳴らして立ち上がる。
「お任せください!」
 珠輝は、美大出のセンスを活かして菓子をならべる。
 かくして琥珀色の茶が白磁のカップに注げられて、美しい菓子と美しい菓子皿が並ぶ。
 漆黒の菓子皿には、色が映えるピンクの生菓子。生菓子の横には葉を模した緑色の干菓子がそえられる。
 木製の銘々皿には白い饅頭。青磁の小鉢に羊羹――
 ここまでくると、つくづく和菓子というものは、芸術品と見て遜色がない。
 感嘆の声が「おおー」と漏れ聞こえる。
「お仕事済ませて戻ったご褒美タイムですね! やった!」
 悠乃は、並んだ菓子を見て歓喜した。
「餡子って小豆と砂糖なわけですが、この辺が疲労回復に実によく効いて……」
 いや、こういう話はよそう。粒餡派とこし餡派で争いに来たわけでもないのだから。
 早速、楊枝を持って、羊羹に手を伸ばす。
 この羊羹というものは、べっ甲の濃いところと蝋石を練り上げた様な美しさがある。
 悠乃は、いただきます、と羊羹に送心を伝える。受信ができないのは残念だが、おそらく喜んでくれていることだろう。
 一口大を放り込む。
 餡の酸味と、ふわっとした甘味が味蕾を刺激する。
「~~~~~」
 これだ。これだこれだ。甘い! 美味い! 抹茶でも煎茶でも紅茶でも良いが、とにかく茶が欲しくなる。
 零も羊羹に手を付けた。
 形を崩さないように菓子楊枝で慎重に切り込みを入れる。
 あずき色の四角い固形物は、おしとやかさを感じさせながらも重くどっしりとして、しかし、楊枝はスッと入っていく。
「どきどき」
 わくわくしながら口中に入れる。
 甘味の加減も絶妙。切り口の凹凸はキメ細かく、シルクの表面のような舌触りだ。
「んーーー!」
 ここに渋めの茶を用いると、一瞬にして江戸の全盛期!
「日本(ヒノモト)に生まれてよかった♪」
 と、盛り上がる。
 ゲイルは、美食家としての力を全力で開放し、一匙、一匙とフルーツ白玉クリームあんみつを頂く。
 白玉、つぶ餡、寒天、黒蜜はあばら谷で購入したものだ。フルーツを添え、本部に帰参してからこしらえたものである。
「悲劇を防いで食べる和菓子はまた格別だよなぁ」
 非常に弾力のあるもちもちとした白玉に、黒蜜が絡む。
 さらりと砕ける寒天のみずみずしい食感に、フルーツの酸味と餡の強めの甘みが絶妙だ。
「……これ、美味いな」
 ゲイルは黙々と、しかし丹念に味わう。
 思わず、顔が幸せ一杯にほころんだ。だって美味しいんだから自然となってしまうのである!
 四月二日は、辛めのウイスキーをグラスに注ぎ、ロックをこしらえた。
 眼前にはモンブランである。モンブランが好きなのだ。
 フォークを刺すと、ふわっと縦一文字に切れ込みが入った。力は不要だ。
 フォークを匙のようにして、崩さないようにゆっくりと口へ運ぶ。
「職人さんの丁寧な仕事ぶりを感じさせて……」
 栗を用いたクリームは甘さ控えめであるが、この黄色い線のどこかに、栗餡を用いているらしいのか、ところどころ甘い部分がある。
「うん、ウマーイ!」
 口中で転がすように味わった後は、ピリリと辛く香り高いウイスキーの出番だ。
 喉の奥からこみ上げてくる熱い息を、ハァと吐き出す。
 贅沢だ。この組み合わせがたまらない。
 今回の事件で問題になったモンブランであるが、妖となったモンブランは片付けてあるから、こちらは安全な品である。
 七雅も、和洋折衷たるモンブランの味わいに舌鼓をうっていた。
「これが老舗の味っていうやつなのー。すごくおいしいの」
 七雅は、モンブランを紅茶で頂く。
 モンブランの土台は、タルトの類ではなくメレンゲを焼いたものだ。
 ふわっとしたモンブランの柔らかい食感に、サクッとしたメレンゲの食感で飽きがこない。
 また、そのまま紅茶を含んだとき、焼いたメレンゲが、とろりと溶けていく。
 このくちどけは、ちょっと他には無い。
 これだけ美味しいのなら皆も同じことを考えているのか――と、七雅はふと周囲をみると、やはり想像通りな景色があって、ちょっと可笑しくなった。
 珠輝は、ハァハァと息を荒くして、頬を上気させ、潤んだ瞳でモンブランを一口、一口、と食べ進む。
「和菓子屋ならではの繊細な仕事、それと洋菓子がフュージョン新たな美味しさを生み出す――」
 とろんとした目で、美味さに感極まって。
「なんと素晴らしい!」
 より美味しい甘味を求めて、和洋の垣根を超越し、美味さのみを求める姿勢。かつ伝統を守る姿勢。
 匙を運ぶ。口中へ運ぶ。
 感動しないわけがないのだ。天下の逸品と評してよい。
「らめぇぇ、美味しくて明智の頬っぺた落ちちゃううぅぅ!!」
 と、可愛い声をだして物凄く盛り上がったところで、ちょっと行儀がわるいとおもって、着席して平らげる。
「金平糖、八ツ橋、ザラメ煎餅――まだまだ買ってあるぞ」
 ゲイルは、追加の菓子たちを出して「ニッ」と笑うと、珠輝もまた、「んふふ」と笑みをこぼして応じるのであった。
 クーとミュエルは卓を挟んで向かい合う。
「いい香りです。ミュエルさん、これはどこの紅茶でしょう」
 クーは、白磁のカップを傾けて味を楽しむ。
「ネパール産ってきいてるよ……」
 モンブランも羊羹も、頬にしみるように甘く美味い。
 クーは、口中に張り付く最中の皮を、紅茶で飲みくだす。
 紅茶の渋みが、甘さをキュっと引き締めるようで、スッキリといただける。
「羊羹も、干菓子も、季節の生菓子ほど、目立つお菓子じゃないけど……こうして、改めて食べると、やっぱり美味しいね……」
 紅茶と甘味をキッカケに、クーとミュエルは歓談を交わす。
「良ければ、友達になりたいです」
「アタシも、クーさんと、もっと仲良くなれたら……いいなって、思う……」
 甘味と紅茶の芳香を堪能しながら深める交友もあるだろう。
 各々、思うがままに、菓子を堪能し、茶を堪能し、酒を堪能する。
 やがては宴もたけなわ。
 悠乃が丁寧に合掌する。
「ご馳走様でした」
 じつに満足そうな「ご馳走様」が一同より唱和されたのだった。



■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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